トガった彼女をブン回せっ! 第32話その2
『逃げればいいのだな』

暗闇の中で火をつけるという行動は、暗い中で何かを追いかける時に使うのは愚策である。
もちろん視界を確保できるというメリットはある。しかし遠くからでも自分の居場所がバレる、不意をつけなくなるという大きなデメリットがある。
しかし、その「追いかける火」がたくさんであれば話は変わってくる。相手に「お前は包囲されている」と無言の圧力をかけられるからだ。
スオーラ達はまさにその「包囲されている」プレッシャーをひしひしと感じていた。
《こっちの姿は見えてねぇな。だから数を頼んで包囲網を敷いてる。そんな感じに見えるな》
ガン=スミスはたくさんの火の動きを注意深く見回しながら説明する。それを聞いたスオーラは、
「ここが地元であれば、バラバラに逃げてからどこかで落ち合う事もできますが……」
そう。ここは彼女らの地元から遠く離れた異国・ヒュルステントゥーム国。さらに初めて訪れた右も左も判らない国。しかもスオーラが信仰している宗教・ジェズ教の勢力がとても小さい。
こんな状況でバラバラに逃げるなどそれこそ愚策である。
馬と並走していたジュンが、いきなり傍らの木を蹴って真上に飛び上がった。頭の上で激しくガサガサッという音がしたかと思うと、何か重い物がドサッと落ちてきた。
それは明らかに人間だった。もうすっかり真っ暗なので詳細は不明だが、ジュンはまるで普通に見えているかのように何かやっている。
そしてまた小さな袋などを持って二人に追いついてきた。完全に狩りの気分なのだろう。やっている事はやっぱり強盗である。
《これで五人目か。やっぱり囲まれてきちまってるな》
「獲物」を見せびらかしてくるジュンに呆れ顔のガン=スミス。
周囲に揺らめくたいまつの炎が示しているように、自分達の行動範囲は確実に狭まっている。
《こうなったら強行突破しかねぇか……》
ガン=スミスにはここから逃げ出す奥の手があるにはある。愛馬のウリラを一時的にペガサスへと変身させ、空を駆けて逃げるものだ。
ペガサスが空を駆けるスピードは地上を駆けるより遥かに疾い。だがこの満月の中で飛んだら目立ち過ぎて格好の的となるだろう。
自分一人ならいざ知らず、もう二人乗せた状態ではいかにペガサスとてその速度は落ちるし、飛び始めからいきなり最高速度を出せる訳でもない。上空に到達するまでに弓矢や銃で狙われたら当たらないとも限らない。
そもそも今のウリラは疲労困憊もいいところだ。そんな酷使をさせるような真似はガン=スミスにはできなかった。
それにガン=スミスはオルトラ世界の人間ではなく地球の人間。それも二百年は昔のアメリカ人だという事も理由の一つだ。
当時のアメリカは白人以外の有色人種は人間と見なさなず、格下に扱う方が普通だった。
このオルトラ世界にやって来て、さらに魔法的な事故に巻き込まれ、知らないうちにいきなり二百年の時間を飛び越えてこの時代に来たので、そういった常識のズレが未だそのままだ。そのためスオーラには毎回のように怒られも叱られもしている。
人種的に白人のスオーラと愛馬のウリラは全力で守るが、黒人のジュンに関しては「守れれば守る」程度にしか考えていないのは相変わらずなのである。
「今回は先程よりも早く見つかった気がします」
スオーラが指摘した通り、三人目よりも四人目、四人目より五人目の方が、次の追っ手に明らかに早く遭遇している。
これはやはり無作為に探していない。あちらの方が間違いなく組織的にこちらを追いつめようとしている。
“やはり我の助けがいるようだな”
“やはり我の助けがいるようだな”
唐突に聞こえてきたその声は、男声と女声が一度に同じ事を喋っている様な声だった。
いきなり後ろから聞こえてきたその声に皆が驚いて振り向くと、そこに「浮いていた」のは右半分が女性で左半分が男性という、青白い肌を持つ人間(?)だった。
「ジェーニオですか?」
《何の用だ半分野郎が》
スオーラの安堵した声とガン=スミスの警戒心むき出しの声が重なる。ジェーニオと呼ばれた人間(?)はジュンの持っている小袋を指差すと、
“その袋の中に電波を発している金属片がある”
“その袋の中に電波を発している金属片がある”
このジェーニオというのは人間ではなく精霊という人外の存在である。元々は美和が団長をしていた盗賊団に仕える精霊だった。
今ではこうしてスオーラ達の手助けをしてくれているが、常に、ではないのが玉に瑕。そして何故か電波との相性がとてもいい。電波を発する金属片を見抜けたのは、人外の能力を持つからというだけではないのだ。
スオーラはジュンから小袋を受け取ると、その中身を自分の手のひらにぶちまけた。すると硬貨に混じってそれらより二周り程大きくて厚いコインが見つかった。
暗いので判りづらかったが、そのコインに描かれていたのはここヒュルステントゥーム国の国章。頭部が山羊になった鳥が翼を広げ、王冠の上に停まっているという図である。
“これが発信器……つまり、誰かにこの位置を教え続けている機械だ”
“これが発信器……つまり、誰かにこの位置を教え続けている機械だ”
機械的な物が判らないスオーラやガン=スミスに合わせたジェーニオの説明。
《って事は、コイツのせいでオレ様達の位置が判ったって事か!?》
“そうなるな”
“そうなるな”
《お前のせいじゃねぇか!》
それを聞いたガン=スミスは、思わずジュンの頭を殴りつけていた。
もちろん本気で殴ってはいないし、そもそも頑健な身体を持つジュンには大して効いていなかったが、さすがのスオーラもこればかりはかばう気持ちが薄かった。
元々強盗の様な真似には賛同できなかったし、その結果がこれである。自分の首を自分で絞めるとはこの事だ。
「キラキラ。カッコイイ」
殴られたのが納得いかないと言いたげな不満顔を見せるジュン。仕方ない。彼女が暮らしてきた森の中に、こんなキラキラした物体など滅多にないからだ。
《だからって何でもかんでも拾ってくんなよ、このガキ》
ガン=スミスは五つあった発信器の一つを苛立ちまぎれに思いっきり放り投げた。当然それを見て益々憮然とした顔になるジュン。
“浮かぬ顔だな”
“浮かぬ顔だな”
スオーラの考え込んだ顔に気づいたジェーニオが訊ねた。
「この事件。かなり不吉な物を感じています」
このオルトラ世界にはこうした機械的な物品がまだまだ少ない。昭士達のいる現代地球と比べると約百年は遅れている文明レベルなのだ。
にも関わらずこんなコインのように小型の発信器をどうやって作ったのか。そんな疑問が沸きあがったのだ。
スオーラは代々聖職者の家系にして、実父はジェズ教最高責任者という地位にある。だから一般的な市民よりも遥かに高度な教育を受けていた。
そんな高度な教育を駆使しても、この世界でこんな機械を作り上げる事はまず不可能だと断言できる。
だから自分達がこうして発信器の力で追いつめられている事よりも、この発信器を作れる常軌を逸した天才が背後にいる。その事実の方が恐ろしいと感じたのだ。
下手をすればスオーラ達本来の目的――エッセ討伐の妨害になりはしないか。そんな可能性も心配しなければならないのだ。
「もしかしたら、わたくし達のように二つの世界を行き来できる者がいるのかもしれません」
それは自分が地球とオルトラ世界を行き来できるから出てきた発想である。
その何者かが常軌を逸した天才ではなくとも、その人物が元々いた世界では科学技術が極度に発達し、こんな小型の発信器が普通にある世界という可能性だってあるのだ。
そんな人物が自分達を追ってくる組織(?)に肩入れしていたら。事はそう単純な話ではなくなってくる。
技術的に「未来の物品」は、この世界では「優れ過ぎた道具」になってしまう。このコイン型の発信器がまさにそうであるし、スオーラが今持っているガラケーだってそうである。
形はどうあれそんな優れた科学力(アイテムだけかもしれないが)を持った組織らしき彼等が、自分達の様な通りすがりの旅人(と見るにはかなり無理があるが)をここまで執拗に追いかけ回してくる理由。
「わたくし達を追ってくる理由、調べるべきでしょうか」
《わざと捕まる気か? そんな事したら監禁か拷問が関の山だぞ》
比較的スオーラに追随するガン=スミスも、さすがに彼女の提案は却下した。
《オイオイこのガキ、ドコ見てんだ?》
進行方向よりやや斜めをじっと見ながら歩いているジュンに、ガン=スミスが声をかけながら同じ方向を見る。
彼の視力でも、暗闇の中で身を潜めている追っ手の姿が見えた。ジュンはまたさっきのように仕留めて「獲物」を持ってこないとも限らない。いやおそらくやる。
そう思ったガン=スミスは、着ているチョッキのポケットから板状のアイテムを取り出した。これはムータと呼ばれるアイテムでエッセと戦う戦士の証を兼ねたアイテムである。
《バレストラ》
その呟く様な一言で板状のアイテムがひとりでにガチャガチャと変化しだした。すると板状のアイテムが変わったのはクロスボウ。拳銃の先に小さな弓がついたような、強力な飛び道具である。
本来は専用の矢をつがえる必要があるのだが、これには必要がない。光でできた特別製の矢を射出できるからだ。
だがこのクロスボウはちょっと変わっている。矢だけでなく小石程度なら発射できるのである。だからガン=スミスはさっき取り上げたコイン型発信器をつがえた。
シュッ。
静かな夜の森に一瞬の鋭い音。しかしその直後遠くで小さなうめき声がした。身を潜めていた追っ手に命中したのだ。
《もう一個》
スオーラからコインを受け取ると、もう一回違う方向にコインを発射。再びうめき声が。
《よし、もう一個》
再びスオーラからコインを受け取ろうとした時、ジェーニオの手がすっと伸びてコインを奪った。
“この金属片から声がする。少し静かにしろ”
“この金属片から声がする。少し静かにしろ”
何を言ってるこの半分野郎が、と言いそうになったガン=スミス。しかしスオーラに頼まれてその声を呑み込む。釣られたジュンは息まで止めて頬を膨らませている。
『Thcirebsutats ! Thcirebsutats !』
確かにそのコインから小さく誰かの声が聞こえる。このヒュルステントゥーム国の言葉なので何を言っているのかは判らない。
“今の状況がどうなのかを問うているようだ”
“今の状況がどうなのかを問うているようだ”
しかし精霊たるジェーニオには理解出来るようで、すぐに通訳してくれた。なんと。これは発信器と通信機を兼ねたアイテムだったのである。
これなら拠点と森に散らばる仲間達とで情報をリアルタイムでやりとりして追いかける事が可能だ。どうりで追いつくのが異常に早かった訳だ。
地球で携帯電話という利器に触れているスオーラはその早さと怖さを一度に、かつこれまで以上に理解した。
「これでは逃げ切れなくなるのも時間の問題です。このコインを捨てて強行突破してでも、ずっと遠くに逃げた方がいいのではないでしょうか」
ガン=スミスはそんな利器など知らないが、そう訴えるスオーラの青ざめて引きつった表情を見て「これはかなりマズイ」という事は理解した。
《しょうがねぇ。半分野郎。こうなったからには手伝ってもらうぞ》
ガン=スミスは硬貨やコインなどを力一杯その辺にバラ撒きながらジェーニオに小声で怒鳴る。
“逃げればいいのだな”
“逃げればいいのだな”
ジェーニオがそう言うと、彼等の身体がふわりと浮き上がった。馬のウリラも一緒である。何が起きたのか判らないウリラは悲鳴の様な声を上げてしまう。仕方のない事だ。
《半分野郎、一体なにしやが……》
ガン=スミスの文句は途中で止まってしまった。もの凄い力で真横に引っぱられる様な感覚が全身を包んだのだ。
そしてその感覚が唐突に止まると、勢い余ってひっくり返ってしまう。
急いで立ち上がるとそこは湖のほとりだった。満月の明かりがあるとはいえ夜なのでどこなのかは判らないが。
「ここは……ヒュルステントゥーム湖ですね」
周囲を――傍らに建つ石造りの古い聖堂を見て、スオーラはそう言った。
確かにこの湖は昨日見ている。湖の中央部には小さな島があり、そこに石造りの古い聖堂が建てられているのだ。遠くからチラッと見ただけだが、その聖堂に間違いなかった。
“とりあえずヤツらの包囲網とおぼしき場所の外側だ”
“とりあえずヤツらの包囲網とおぼしき場所の外側だ”
どんな術か魔法か判らないが、直面の危機は脱したようである。発信器であるコインはさっき「引っぱられる」前に総て捨ててあるので大丈夫だろう。それでもスオーラは警戒して、
「ジュン様。まだ持っているという事はありませんか?」
「ない」
あのコインの「キラキラ」がよほど気に入っていたのだろう。ジュンの発するこの不機嫌さはお腹いっぱい美味しい物を食べさせてもそうそう直ってくれそうにないように見えた。
「まさか一瞬で包囲網の外に行ったとは思わないと思いますから、少しは休めるでしょうか」
《確かに「包囲網の」外ではあるけどな》
驚いてその場で足踏みをしている馬のウリラをなだめながらため息をつくガン=スミス。段々落ち着いてきたのか足踏みがおさまってきている。
よく見れば耳が横に向き目はうっとりとしているように細くなっていた。これは落ち着いてきた証拠である。
その表情を見てジュンの不機嫌顔が少しよくなっていた。馬のウリラの機嫌が移ったかのように。そこは喜ぶべきなのだが。
《けど相手の勢力圏内なのは確かだ。身を潜めるにしたってなぁ……》
ガン=スミスは周辺を見回しながら、隠れられそうな場所を探していた。
自分達がいるこの島に橋は架かっていない。日中町を散策していた時に聞いた話によると、日が出ている間一時間に一本船が出ている。この聖堂を見学に来る観光客が利用しているそうだ。
この島には聖堂が一つあるだけなのでそんなに大きくはない。魔法で調べたジェーニオによれば島にも聖堂にも人がいる気配はないようだ。しかし。
“この聖堂には地下があるようだ”
“この聖堂には地下があるようだ”
「地下、ですか。我々ジェズ教以外の宗教では、聖堂の地下に殉教者の墓地を作る事がある、と聞いた事はありますが、その類いでしょうか」
ジェーニオの発した疑問にスオーラが答える。だがジェーニオは、
“その地下というのは、深さ十メートル程だ。しかも生きた人間が何人も行き来している”
“その地下というのは、深さ十メートル程だ。しかも生きた人間が何人も行き来している”
『え!?』
スオーラはもちろんガン=スミスも驚く。
日中なら墓地の手入れや亡くなった人物の埋葬などが考えられるが、こんな夜にそんな事をするのは、いくら宗教が違うといっても不自然が過ぎる。しかも「何人もの人間」となれば余計に。
《勢力圏内に来ただけでアレなのに、せっかく逃げた先がさっき以上にヤベェ場所ってオチか、半分野郎さんよ?》
元に戻し忘れていたクロスボウをちらつかせ、ガン=スミスが凄む。
“地下からここへ上がる事はほぼ不可能だ”
“地下からここへ上がる事はほぼ不可能だ”
ジェーニオは少し離れたところにある石碑の様な物を指差すと、
“あれを始めいくつか地下への通路はあるが、出入口はもちろん通路自体も埋まっている”
“あれを始めいくつか地下への通路はあるが、出入口はもちろん通路自体も埋まっている”
協力の仕方はともかく、その能力が優れている事は疑う余地はない。ジェーニオの言葉を信じるしかない。
少し時間ができたので、スオーラは何となくポケットに入れたままのガラケー(ここではゴツイ腕時計型になってしまうが)を取り出す。
表示されている時間は地球の日本時間。『01月02日 19:21』と表示されている。町を抜け出してから本当に丸一日以上経っている事に気づいた。
「それならば、少し休みましょう。さすがに疲れが……」
いきなりスオーラだけがその場にしゃがみ込んでしまう。彼女が特別軟弱という訳では当然ない。
夜も昼も絶え間なく追われ続けていたのだ。その間ゆっくり休む間もなければきちんとした食事をとる間もなかったのだから、本来ならとっくの昔に限界を越えている。
立派な成人であるガン=スミスや、森の中で原始的な生活を続けてきたジュンの二人と比べると、十代半ばの少女であるスオーラの基礎体力はどうしても劣ってしまうのだ。
しばらく追っ手は来られないという事態に今までの緊張が解け、さらに時間経過を自覚した事で肉体的・精神的な疲労が一気に吹き出たのだろう
ガン=スミスもジュンもしゃがみ込んだスオーラに駆け寄って声をかけている。
《オイ半分。てめぇの魔法でパパッと治してやれ》
とうとうガン=スミスからの呼ばれ方が「半分」になったが、ジェーニオの方は全く気分を害した様子もなく、
“治療自体は構わんが。魔法での治療はぶり返しやすいぞ”
“治療自体は構わんが。魔法での治療はぶり返しやすいぞ”
その言葉で先日の戦いを思い出すガン=スミス。魔法のアイテムでスオーラのケガを治したのはいいが、直後に無理をしたためすぐぶり返し、危うく死ぬところだったのだ。
ガン=スミスは魔法に関してはド素人だ。だが前例を目の当たりにしていたのでジェーニオの言葉を素直に信じる。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
空気を震わせる低く鈍い音が鳴り響く。その音が鳴った瞬間ガン=スミスはクロスボウを構え直し、スオーラは疲れた身体に鞭打って立ち上が――ろうとして膝から崩れ落ちそうになる。
この音はエッセが出現した事を知らせるものである。ただ「どこに現われた」かまでは判らない。それを知るためにはスオーラが持っているポータブル型のカーナビを見る必要があるのだが……
どどごんっ
いきなり地の底から響いてくた揺れと轟音。それも一度や二度ではない。
地震=地面が揺れるという事にほとんど慣れていないガン=スミスは馬のウリラと共に取り乱す程に驚いているが、一方のジュンは慣れていないにも関わらず「足元が揺れる」のが楽しいらしく笑顔を浮かべている。
その揺れが終わったかと思いきや、次はいきなり湖から飛び出してきた物があった。
轟音と共に大量の水を巻き上げて飛び出してきたもの。満月の月明かりに煌々と照らされたそれは、全長十メートルもの巨大なサメであった。それもその全身は金属の様な光沢を放つ何かに覆われている。
間違いなく彼等が戦うべきエッセである。そのエッセは空中でくるりと体勢を変えるとそのまま湖に飛び込んだ。
再び轟音と大量の水を巻き上げる。穏やかだった水面がまるで津波のようにうねって岸辺に襲いかかってくる。
《うわっ!》
くずおれてすぐに立ち上がれそうにないスオーラを慌てて抱きかかえて岸辺から離れた。それでもガン=スミスはびしょ濡れである。
《ったく。今度はこっちに出やがったのか!?》
安全な場所にスオーラを下ろして肩を貸し、自分は持ったままのクロスボウに光の矢を出現させ、また飛び出してきた時に備える。
とはいえこのクロスボウはエッセに対して効果はあるものの「効果的」と言える程の威力は、残念ながらない。
エッセとの戦いになればスオーラの魔法や、今は地球にいる昭士の剣の方がよほど威力があるのである。だから魔法でも薬でも、スオーラにはすぐ立ち直ってもらいたいのだが。
すると再び湖から飛び出してきたものがあった。さっき以上の轟音と大量の水を巻き上げ、湖面を激しく揺らして飛び出してきたもの。それは、
常軌を逸した巨大な鳥。それも鋼鉄でできた鳥である。その鳥は羽ばたく事なく空中に止まったのだ。
「でっかい!」
満月の光を遮る巨体を見上げ、ジュンが嬉しそうに声を上げる。
「随身(ずいしん)ブルチャ……では、ありませんでしたね」
同じように鳥を見上げるスオーラが、自身の宗教に出てくる神に仕える存在の名を漏らすが、そうではなかったと自嘲する。
『待たせたな! 敵はどこだ!?』
巨大な鳥から響いてくる声。地球にいた角田昭士の声である。そしてもちろんこの周囲にいる人間全員に聞こえてしまっている。日本語なので意味は判らないだろうが。
するとその巨大な鳥の身体が空中でバラバラになった。しかし落ちてこない。空中でバラバラになったパーツが飛び回るように入れ替わり、違う形になっていく。
それが終わった時には、頭部が鳥になっている人型の巨人が浮かんでいた。スオーラが随身ブルチャと言いかけたその姿。正式な名前は「聖鳥王(せいちょうおう)」という。
巨大ロボット=聖鳥王は湖に着水。膝の辺りまで水に入ると、鳥の頭部――視線が下に落ちる。だが、
《オイオイオイオイ! 水が来る水が来る!》
それを見たガン=スミスが鳥の頭部に向かって怒鳴る。この巨人に昭士が乗っているのを知っているからだ。
巨人の足が派手に水に入った事でさらに波が立ち、人間の身長以上に水も巻き上がる。どうにか濡れるのを避けていたスオーラまで水を被ってしまった。
《てめぇ! こっちをずぶ濡れにしてどうすんだ、ボケェ!》
“自分の大きさを考えろ”
“自分の大きさを考えろ”
とうとうガン=スミスだけでなくジェーニオまで文句をつけて来た。それが聞こえた昭士は申し訳なさそうに聖鳥王の動きを止めると、
『あー……済まん。で、敵はどこなんだよ』
聖鳥王は、まるで中に乗っている昭士の申し訳なさそうな動きを真似したかのように肩を落としている。
《……湖の中だよ》
一応の謝罪があったからか、怒鳴って怒り心頭だったガン=スミスのテンションが幾分下がり、むしろきょとんとした様子で言い返す。小声ではあったが。
ところが。
聖鳥王の右脚が微妙にガタガタと震え出したのである。本当に微妙だったので、視力のいいガン=スミスとジェーニオにしか判らなかったが。
その直後、急に聖鳥王の右脚が前方に跳ね上がるように動いた。その拍子に後ろにバランスが崩れる。
コクピット内の昭士はバランスを立て直そうとはしているようだったが、膝まで水に浸かっているせいで水の抵抗が邪魔してうまく動かせなかったらしく――派手にひっくり返ってしまった。
全長六十メートル、重量百五トンという巨体がひっくり返った衝撃によりこれまでで最大級の轟音を立て、湖面は激しくうねり、これでもかと水が跳ね上がった。
逃げる間も逃げる場所もなかったスオーラ達は、文字通り全身ずぶ濡れ。もう怒る気力も失せてしまう程だった。
このヒュルステントゥーム国は気候的にそこまで寒くはないものの、それでも今は真冬である。このままでは間違いなく風邪を引いてしまう。
これから戦いだというのにテンションが最大限に下降してしまったスオーラやガン=スミスをよそに、喜んでいたのは、
「びしゃびしゃ。おもしろかった」
ジュン一人だけだった。

<つづく>


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