トガった彼女をブン回せっ! 第29話その5
『行って参ります』

五十キロの距離も、空を飛べば本当にあっという間だ。
上空から見下ろす村の中心を通っている道を、我が物顔でのしのしと歩いている巨大な爬虫類。
《……あれはステゴサウルスかな》
背中に付いたいくつもの板っぽいもの――学術的には骨板らしいが、それから見当をつけた昭士。無論彼も恐竜に詳しい訳ではないが、さすがにティーレックスとステゴサウルスくらいは知っていた。
《全長はでぇてぇ(だいたい)六ヤードくれぇか。いや、もうちょっとあるか》
同じ視力でもガン=スミスの方は射手のムータの能力も手伝って、見ただけでだいたいの長さが判る空間認識能力めいた力を発揮できる。
昭士にはヤードと言われても全くピンと来ないが、元々のサイズより大きくなっているようには見えなかった。
エッセとはいえステゴサウルスは確か草食性だった筈。エッセは元の生物の特徴や性質を色濃く受け継ぐ。向こうから積極的に何かに襲いかかる様な事は……多分しないだろう。
そんな楽観的な考えのまま、ガン=スミスはそのまま村の上空を通過。ステゴサウルス型エッセの後ろ側まで行ってから初めて着地。初対面の敵に真正面から突っ込むばかりが戦いではないのである。
着地してから、愛馬のウリラをペガサスの姿から元の乗用馬に戻すと、一応刺激しないよう静かに村に近づいて行く。
馬ごと建物の陰に入ると昭士、ガン=スミスの順で馬を下りた。
《おいお前。武器はどうすんだ、置いて来ちまってるだろ》
手にしたムータをキーワードでクロスボウに「変形」させたガン=スミス。光でできた矢を発射できる上に弾道操作ができるので隠れたまま攻撃可能だが、効果的なダメージを与えられる程の威力はない。
一方昭士の使う「戦乙女の剣」ならば充分なダメージを与えられるし、金属にされてしまった生物を元の姿にも戻せる。
ガン=スミスがキーワード一つでムータをクロスボウにできたように、昭士にもキーワード一つでできる事がある。
それはこの場にいぶき=戦乙女の剣を「呼ぶ」事だ。ただ、テレポーテーションではなく「飛んで」来るので若干タイムラグがある。
しかしそれ以前に問題が一つある。それは昭士の今の格好である。
普段は学生服を着てオルトラ世界に来ている。その時は青いつなぎの上から胸当て・篭手・脛当てをつけた、技やスピードを生かして戦う「軽戦士」の典型的な格好になる。
ところが今の昭士の格好は剣道の道着の上から黒いマント。防具らしい防具は何一つ身につけていないのである。
いくら強力な武器を持っていたとしても、防御がおろそかでは。それこそたったの一撃でやられかねない。
昔のアニメではあるまいし、「当たらねばどうという事はない」などと開き直るほどの自信も実力もない。
そこで昭士が二つ思い出した事がある。
今年の夏、ひょんな事から「ウィングシューター」という武器を手に入れた。元々は昭士が幼稚園の頃に放送していた特撮ヒーローが使っていた武器兼変身アイテム。の玩具だ。
ところがそれが「本物」に改造されてしまったのだ。番組内のように破壊力の高い光線を発し、鋼鉄切り裂く剣に変形し、鳥型メカに変形までして意志を持つかのように飛び回る。
さらに驚く事に、それを使えば特撮ヒーローの姿に変身までできてしまうのだ。その姿なら多少の衝撃や高熱にも耐えられる筈だ。
じゃあそれを使えばいい。それが思い出した事の一つ。
持って来ていなかった。それが思い出した事のもう一つ。
当たり前だが一旦取りに帰る暇などある訳がない。この場にいぶきを呼び寄せたところで、一撃当たったらおしまいになりかねない戦いをするしかない状況に変わりはないようである。
《どうするかねぇ。まずはスオーラに話を……》
昭士が携帯電話を取り出そうとした時、視界をいきなり横切る物が。
「ああ、持ってきましたよ」
横を見ると、件のウィングシューターを差し出している美和の姿が。ビックリして声を出そうとしたが慌てて自分の口を押さえる昭士とガン=スミス。
《さっきもそうだがどっから出てくんだよ!》
《だから泥棒は信用できねぇんだよ!》
「落ち着いて下さい。これが必要なのでしょう?」
美和はそう言ってなだめるが、無表情の顔と声なのでかえって二人の神経を逆撫でしてしまっている。
彼女の言う通り、確かに今はこれが必要である。だが、何故この場にいなかった筈の美和がその事を知っていたのだろう。
何より昭士が自室の机の引き出しにしまったままのウィングシューターを「どうやって」見つけてここまで持ってきたのだろう。
「これでも盗賊ですよ。ロクな防犯設備のない部屋にこっそり入って物色するくらいできなくてどうします」
トンデモナイ事を無表情でサラリと言い切る美和には、さすがに昭士も表情が凍る。とはいえ美和のムータにある「空間を移動する」能力にかかっては、どんな鍵も壁も無意味であるが。
《やっぱり泥棒は信用ならねぇな。帰ったら他に何か無くなってねぇか調べとけ》
ガン=スミスがもの凄く真面目な顔で昭士の肩をポンと叩く。そもそも昭士の心配をするガン=スミスというのがとてもレアである。
「そもそも始めに言いましたよね。『手伝い方が盗賊流になるだけです』と」
確かにそう言った。それはさすがに昭士も覚えている。その一貫した言動にブレはない。
昭士は差し出されたままのウィングシューターを受け取るとそれをしっかりと持ち、取り出したムータの中央に銃口を密着させる。
ムータをつけたままの銃口を真上に高々と掲げ、叫んだ。
「リムターレ!!!」
強く引き金を引くと、引き金の勢いとは真逆に、ムータはゆっくり途中に舞い上がった。そしてムータが粉々に弾け飛んだかの様な青白い光が舞い飛び、その一粒一粒が渦を巻くように昭士の身体にまとわりついていく。
その光が消えた時、道着姿から身体に密着する様なワインレッドのタイツ姿に変わっていた。
タイツの上から金色のベストを羽織り、開け放した胸板には双頭の鳥を図案化した白いシルエットが描かれている。
身につけているブーツもグローブも、携帯入れと銃のホルダーが付いたベルトも全部白。バックルの部分にはムータが収まっている。
ガン=スミスは判らないが、これでヘルメットを被っていれば典型的な特撮戦隊ヒーローのスーツである。なお番組では劇中後半から加わった女の子の衣装のためスカートは無いものの、それゆえに微妙に恥ずかしいというのが昭士の感想である。
ちなみに番組内設定ではこのスーツは「マイナス二七〇度から一万度の熱に耐え、戦艦の主砲の直撃にも耐える性能」となっている。
玩具だったウィングシューターを「本物」にしてしまい、こうして変身もできるのだから、このスーツもその番組内設定の能力はある。と思う。
昭士はバックル部分のムータを取り外し、ムータを掲げた。
「キアマーレ」
いぶきを呼び出すためのキーワードを発する。そして昭士は建物の陰から飛び出してエッセに迫った。
変身の時に大声を出していたので、こちらの存在には気づいていたであろうステゴサウルス型エッセは、ゆっくりと昭士に向き直ろうとしている。
だがエッセがいるのはある程度の広さはあるが道である。広場ではない。その場で方向転換などしたら間違いなく周りの家々はしっぽに薙ぎ倒されて瓦礫の山と化す。
だから昭士は地面を蹴って飛び上がった。そして全高四メートルはあるエッセを悠々と飛び越え、エッセの眼前に着地してみせた。
ちゅちゅん!
ウィングシューターから妙に安っぽい音がすると、そこから放たれたのはオレンジ色の光。そう。ビーム銃である。
もちろんエッセに対して何の破壊力を発揮できないのだが、何もないよりは遥かにマシであり、いぶきが来るまでの時間稼ぎくらいは充分にできる。
そうこうしていると、昭士の後ろから確かにいぶき=戦乙女の剣の気配が大きくなってきた。
建物の陰に隠れているガン=スミスの視界に、小さな黒い点が見えた。その点はどんどん大きくなって――こちらに向かって飛んできているのが判る。
『……ぅぅうええええええええええぇぇぇぇぇっっ!!!』
微かだった悲鳴が一気にボリュームを上げていく。間違いなくいぶきの声だ。その姿は人間ではなく全長二メートルを超える巨大剣・戦乙女の剣である。
ドガンッ!
空を切り裂く様な勢いでやって来た剣は、ステゴサウルス型エッセの背中に生えた骨板の何枚かをなぎ倒して、エッセの背後の地面に突き立った。もちろん鞘ごとである。
呼んだ位置から昭士が動いたので着地点に誤差が出たのだろう。その辺りはもっと融通を利かせて欲しいのだが、それを言ったら戦乙女の剣をもっと小型計量化して欲しいところなので、文句を言っても仕方ない。
動かなければ良かったかと思い直すが、やっぱりこの場は少しでも被害が出なさそうな場所に移動する方が先だと決め、
《オッサン、すぐジュンに言ってそのデカイ剣運ばせろ!》
ちゅちゅん、ちゅちゅんと頼りなさげな音を発しつつ、昭士の銃はビームを放つ。もちろん当たるだけで何のダメージも与えられていない。
しかし、やはり鬱陶しいのか目の前にいる昭士に向かって歩いてくる。彼は後ろに気を使いつつ下がりながら村の外へ誘導にかかる。
と、そこへ礼拝堂の中から飛び出してきたのはジュンである。普段着ているマントの様な貫頭衣(かんとうい)を脱ぎ、ふんどし一つの裸同然の格好で。
彼女はこの格好で深い森の中で暮らしてきた。狩りなどの激しい動きをする時には、この方が動きやすいのである。
だが性的なイメージが皆無とはいえ同年代の女性である。いくらこの世界が「上半身の裸は男女ともそれほど気にしない」という常識であっても、昭士やガン=スミスは違うのである。
昭士は戦闘中ゆえにそんな事を気にしてる余裕はないが、ガン=スミスは別である。いくら何でもアレはないと、帽子をより深く被り直す。
そんなジュンはこっそり近づき尻尾に飛びついた。そしてそれを掴んだままがっしりと地面に踏んばる。
何と。それだけで尻尾の動きが止まったのだ。ジュンはその小柄で細身の身体からは信じられない怪力を発揮できるが、相変わらずの凄さである。
とはいえジュンもそれ以上の事はできないらしい。それでもズルズルと後ろに引きずろうと懸命に引っぱっている。
《逆だ逆、俺の方に何とか誘導しろ!》
「わかった。離す」
グイグイ引っぱっていたのを急に離したジュン。エッセはその反動でズドドドッとつんのめるように前に突き進み、そのままの勢いで頭から転んでしまう。
それに巻き込まれる様な昭士ではなかったが、周囲の建物などが巻き込まれていないか思わず確かめてしまう。
どうやら大丈夫だった様なので、ホッと一息つく。昭士はこの隙にエッセを迂回し戦乙女の剣を回収に走る。その間に、
《ジュン。スオーラがさっきから出てこないけど、何かあったのか?》
「知らない」
ジュンはずっと教会の長椅子で寝ていたらしいが、スオーラは村人達とどこかへ行ってしまっていたようだ。
どことなく「らしくない」雰囲気を感じていたが、聖職者たるスオーラの事である。ケガ人の治療でもしているのかもしれない。
納得の答え。それなら出てこなくて当たり前である。位は低くとも聖職者である。ケガ人を放ってはおけないのだ。
だがスオーラの使う魔法は、彼女専用の本のページを破り取って発動する、いわば使い捨てタイプ。一度使った魔法は最低でも一晩ゆっくり休まねば回復しない。
それならなおの事、ここで戦って村を巻き込む事はできない。昭士は戦乙女の剣を担ぎ上げると村の外に向かって走りながら、
《オッサンも来い!》
《オッサン言うんじゃねぇ!》
《先輩は……あ、いねぇ、逃げやがった!》
ガン=スミスはともかく、ついさっきまで一緒にいた美和の姿が消えている。
盗賊は正面切って戦うのが苦手らしいが、だからと言ってこの状況でいなくなるのはさすがに薄情である。
転んでいたステゴサウルス型エッセはどうにか立ち上がると、自分を攻撃してきた昭士を見つけ、ゆっくりとだが走って追いかけ出した。その後ろをこっそりとジュンとガン=スミスが追いかける。
ガン=スミスは自分のムータをクロスボウに変身させると、適当な方向にそれを向けて連続で引き金を引いた。
このクロスボウは対エッセ用の特別製で、矢を乗せていなくとも引き金を引くだけで光の矢が現われ、それを発射できる。しかもガン=スミスの意志で弾道をいくらでも変える事ができる。
とはいえ乱射すれば相当疲弊するのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。弾道が変化した光の矢はその総てがエッセの真正面に命中した。
対エッセ用とはいえ破壊力は低い。だが目的は果たせたようで、正面から攻撃が来たと勘違いしたエッセは、一直線に何もない村の外へ走って行った。


一方スオーラであるが、被害を受けていない民家の床に「寝かされていた」。
全身埃まみれではあるが、右膝から下が特に酷く汚れていた。土ぼこりなどの汚れではない。原因は血である。
ステゴサウルス型のエッセが突如出現し、村人が騒いでいたのを察知。急いで礼拝堂から外へ飛び出したまでは良かったが、エッセが蹴飛ばした瓦礫から逃げ後れた村人をかばい、その時に飛んできた大きな瓦礫が足を直撃し、そのまま押し潰されたのである。
その瓦礫を大人四人がかりでどうにかどけ、スオーラを近くの民家へ運び込んだのだ。エッセが追い打ちをせず、まるで興味が無くなったかのように去っていなければ、彼女は助からなかったであろう。
もしこれがエッセと戦うために魔法使いに変身していたのであれば、その時の特殊能力によって自然治癒していた。だが本来の姿にそんな能力はない。
痛みを堪えて出て行こうとしたが、さすがに村人達に止められてしまった。そのため昭士に携帯電話で連絡を取ったのである。自分がケガした事を隠して。
表から昭士やガン=スミスの怒鳴り声が聞こえてきて安心したのか、ホッとした途端に意識を失いそうになってしまった。
「ど、ど、ど……んです……先生?」
「これはひど……右足……全に折れてし……いる」
「……し訳あ……せん、救……様」
人々の声がとぎれとぎれに聞こえてくる。スオーラは動く右手の爪を手のひらに食い込ませて、少しでも痛みで意識を保とうとする。
そして左手で僧服のポケットからムータを取り出そうしたが、その上着を脱がされている事に今さら気がついた。
スオーラが変身すれば魔法使いとなる。分厚い一冊の魔導書の中にいくつもの魔法があり、その魔法は書かれたページを切り取る事で発動する。その中にはもちろん治療をするための魔法もたくさんある。
だがその魔法はスオーラ自身には効かない。自分の魔法で自分を治す事ができないのだ。
そして魔法使いの時に自然治癒能力があるといっても、ケガをした状態で変身して、その治癒能力が発揮されるかは判らない。
ムータを手元に「呼び出して」魔法使いに変身する事は可能だが、右脚から来る激痛のために意識が今にも遠のきそうなのをどうにかする方が先かもしれない。そのくらい自分の身体が危ないのを察した。
「し……りして…………救世……!」
「一体ど……た……いんだ!」
「……しかな……か!?」
「い……れは」
全身の激痛が他の箇所も痛めている。まるで針か何かを力任せに突き刺されている様な感じである。
この村には一応医者はいる様なのだが、まるで何も判らぬ新人のように慌てているだけである。スオーラも僧兵の訓練過程で応急処置くらいは学んでいるが、この朦朧としてきた頭では伝える事も無理そうである。
ところが、周囲のざわめきが一瞬でしん、と静まり返ってしまった。何が起きたのだろう。スオーラは必死に頭だけでも起こして周囲を確認しようとする。
村人達の視線は、傷ついたスオーラからいきなりの闖入者に注がれていた。
逆光になって細部は良く判らないが小柄な女性のようだ。着ている物も身体の線にピッタリとした物で、この辺りでは全く見かけないタイプだ。
そして近寄ってきた為に判ったその顔は、明らかにこの村の人間ではなかった。
「済みません。そこ開けてくれませんかね」
淡々とした物言い。その聞き覚えのある独特の声の主は、何と益子美和である。
身体にフィットしたタンクトップとスパッツが合体したような服を着ている。腰にはポーチ、右ももに小物入れがついた黒く太いベルトを巻いている。明らかにオルトラ世界には存在しない服である。
いきなり入って来ただけでも驚くのに、そんな見た事もない格好なのでは必要以上に警戒心が先に立つのは当たり前である。村人達はまるで重傷のスオーラをかばうかのごとく美和に立ち塞がろうとしているのだ。
「そんなに警戒しなくても。その人を助けたいのは皆さんも同じだと思ったんですが」
警戒心は解けていないが、明らかに村人達の間に動揺が広がっている。だがそんな美和の前に立ちはだかったのはヴェッリャルダ僧ヴェローラその人である。
当たり前である。美和は盗賊なのだ。たとえそう名乗っていなくとも、音もなく静かに入って来られる人間が怪しくない訳がない。ただでさえ盗賊は聖職者たる者の対極に位置する存在なのである。
「まぁ本来はこうして姿をさらすのは主義に反しますが、今回は非常事態ですしね」
立ちはだかる村人達をまるでスルーするかのようにかわして歩き、美和はスオーラの足元に片膝ついた。そしてもものベルトについた小物入れから取り出したのは、球を少し潰した様な形の透明な宝石だ。
その拳ほどもある宝石に、この場の全員の視線が集まっている。
「これは『グワリジョーネの水晶』と言います。身体の傷む場所に触れさせるとたちまち癒す効能があります」
美和は水晶をスオーラの潰れてしまった右脚に、それも服の上から置くように乗せた。そして脚の上をコロコロと転がし出す。
「……!?」
「たちまち癒す効能がある」。その言葉に偽りはなかった。本当に水晶が触れた部分の痛みが消えていくのだ!
ただ、本当に“触れた部分”しか痛みが消えないので、脚全体を治すには何度も何度も往復させなければならなかったが。
痛みが引いて意識もハッキリしてくると、スオーラは自分の脚を真剣な顔でさすっている美和の様子をじっと見ていた。
美和は昭士の学校の先輩と聞いている。だがこうしてオルトラ世界に来ているし、この世界の事も色々知っている。
一応彼女が盗賊団の団長だった事は――直接話を聞いた訳ではないが推測はしている。詳細を直接話してこないのは自分が聖職者で彼女が盗賊という、互いに相容れない存在だからだ。
しかし以前スオーラの姉の嫁ぎ先の国でクーデターが発生した時、誰よりも早く姉一家の無事を知らせてくれた事もあった。こうして自分達の戦いを色々と陰から助けてくれてもいる。
スオーラが口を開こうとしたその時、美和の方から話し出した。
「お礼は結構ですよ。自分がこうしているのは人助けではなく自分の為ですし」
何と日本語である。
「それに、あなた達にはのびのびと命を賭けて戦ってもらわないとなりませんからね」
「のびのび」。「命懸け」。そんな正反対の単語で自分達の戦いを表現されたくない。スオーラはそんな事を言いたそうな目で美和を見返している。
「ですが、あえて一言注文を付けるのであれば『自己犠牲も大概にしなさい』でしょうかね」
少なくとも外見だけは元のように戻ったようで、裾をまくり上げて素脚を露出させ、直接手で触って具合を確かめながら美和は話を続けた。
「聖職者であるあなたがすべき事は人を助ける事。それはいいでしょう。ですがその為に自分が傷ついたり死んでしまっては、助けるべき人達に迷惑がかかります。それこそ本末転倒というものです。今だってこうして皆に心配をかけさせてしまっていますし」
言い返そうとしたスオーラだが、美和は揃えた右手の指先で自分の口を軽くトントンと叩く。オルトラ世界の「静かに」「秘密です」といった意味の合図である。
「無論助けるべき人を見捨ててでもエッセを倒し、後からあなたの魔法で治せばいい、なんて言いませんよ。そもそも今回のケースなら、魔法使いに変身してから助けに入る選択肢もあったでしょうに」
魔法使いに変身すれば、瞬発力や跳躍力といった方向に超人的な能力を発揮できる。変身するタイムラグを充分カバーできるし、万一大ケガをしたとしても、魔法使いに変身していれば時間が経てば回復する。言われてみれば確かにその通りである。
呆気に取られて驚いているスオーラをよそに、美和の話は続く。
「それとも、以前のように化け物扱いされる事を恐れましたか?」
その一言でスオーラの表情は固く凍りついた。
スオーラがエッセと戦える唯一の存在と認められ昭士と出会うまでは、実父が一宗教の最高責任者という事もあって必要以上によそよそしい扱いであった。
それは「化け物を倒せる化け物」と認識されてしまっていたからである。現在のように無駄に自分だけを神格化されるのも困ったものなのだが、あの時はあの時で大変であった。
さすがの美和も言い過ぎたかと微妙に表情を曇らせ、「それはともかく」と前置きしてから、
「助けるべき人を見つけたとしても、自身や周りの様子をロクに見ないで一直線に突っ込んで行く様な真似が賢いとは思えません。今のあなたに必要なのは、そうした際にも冷静に周囲を見る観察力と、それを元にどんな選択肢があるのかを考える発想力、そしてそのアイデアの中からどれを選ぶべきなのかを選択・決断する速度を上げる事、ですね」
まるで教師の様な美和の物言いであるが、それがぐうの音も出ないほどの正論である事はスオーラが一番判っている。
相反する存在の盗賊からそんな事を教えられるとは。悔しいのと同時にまだまだ自分は未熟であると痛感していた。
美和は、相反する存在の自分にここまで言われても黙っているスオーラを、相変わらず感情の読み難い無表情顔のまま、
「一言が長くなってしまいましたね。年を取ると説教臭くなるのは、どこの世界でも変わらないようです」
ハイ終わり、と呟きながらスオーラの脚をパシンと叩く。
「あ、有難うございます」
「先ほども言いましたが、お礼は結構ですよ」
美和は今度はオルトラ世界の言葉に切り替えてスオーラに答える。それから持っていたグワリジョーネの水晶をスオーラに手渡すと、
「あなたが持っていて下さい。またこんな事が起きて、こうして来るのも面倒なので」
スオーラは受け取った水晶と美和の無表情顔を交互に見比べて驚いている。
「それから脚の方は一応治りましたけど、無理はしないように。しょせん魔法的な力での治療は簡単にぶり返すものです。敵の目の前で脚が動かなくなっても、次は助けませんよ」
美和はわざとらしく「よっこらしょ」と重苦しく立ち上がると、人垣の隙間をするりと抜けてまた出て行ってしまった。
出て行くのを確認したかのように、村人――中でも代表格のヴェッリャルダ僧ヴェローラが、おそるおそるといった雰囲気で、
「あ、あの。今の方は……」
とてもじゃないが救世主の仲間には見えなかった。彼女の目や表情がそれを語っていた。しかし救世主の身体を治してくれた事は間違いない。けれど……。そんな困惑の顔。
そんな不安と困惑の目がスオーラに集まる中、ゆっくりと立ち上がった。そして老僧の両手を取り、しっかりと握り、深く頭を下げた。
「もう身体は大丈夫です。ご心配をおかけしました」
本来の階級差を考えれば当然の所作である。しかし畏れ多いと慌ててスオーラから手を離した老僧は慌てて、
「いえ、こちらこそ。何のお役にも立てませんで。村人を助けても下さったのに、何もお助けできませんでしたし」
「本当に有難うございました、救世主様。私が逃げ後れたせいでこんな事に」
スオーラが助けた村人が、申し訳なさそうに膝をついてかしこまっている。しかしスオーラは、
「今度はわたくしが皆さんをお守りする番です。行って参ります」
彼女は差し出された上着を受け取るとそれを羽織る。そしてポケットに入ったムータを取り出して、それを眼前にかざした。
ムータからほとばしったのは青白い光でできた「扉」。その扉がまっすぐスオーラに迫る。そして交差した。
そこに立っていたのは「魔法使い」としてのスオーラである。背はすっと伸び、体型も大人びて、まとめていた髪は自然に後ろに流される。
僧服から縫製パーツごとに色がバラバラの短丈のジャケット。その下はスポーツブラの様なもの一つだけ。極短の黒いタイトスカートに革のサイハイブーツ。そして大きなつばの帽子を被っている。
周囲がその変化にどよめく中、床に置かれていたマントを手に取り、纏うとスオーラは出て行った。
振り返る事なく。

<つづく>


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