トガった彼女をブン回せっ! 第29話その6
『話して下さいますかね』

戦乙女の剣が振り下ろされる。重量数百キロの鉄の塊が遠心力という力も加わって強大な破壊力を生み出す。
特にこの戦乙女の剣はエッセに対して絶大な効果を発揮する上に、この剣でとどめを刺すとそのエッセが金属へと変えてしまった生物を元の姿に戻す事ができる。
しかし使い手の昭士の手に伝わる感触は、分厚い鉄板を木の棒で叩いた時の様な、むしろ痛みすら感じるものだった。
これは効いてない。そう直感できるほどに。
《何やってんだてめぇ、ちゃんと当てろ!》
少し離れた位置からクロスボウを連射するガン=スミスが怒鳴る。このクロスボウも対エッセ用の武器ではあるが、残念ながら決定的な破壊力には欠ける。
幸いなのは超人的な力を発揮できるジュンがステゴサウルス型エッセの尻尾を掴んで離さないので、動きを大幅に制限してくれている事だ。
深い森で原始的な生活を営んで来たジュンである。こうした体格差のある相手との戦いはお手の物のようだが、彼女にはエッセに対する攻撃力はない。
昭士の戦乙女の剣による攻撃力が何故か発揮できていない以上、苦戦、長期戦は免れない。
だが、あまり威力を発揮され「過ぎても」逆に困る。以前山の頂上を一振りで吹き飛ばした事があるので、それがこの場で発揮されたら村に被害が出かねない。いや、間違いなく出る。
(言い訳か、ったく)
昭士の視線が一瞬村の方に移った。
この村にいた筈のスオーラがすぐに来ないのも気になっているのだ。昭士はケガをした村人の治療でもしているのかと思っていたが、どうなのだろうか。
いつの間にか姿を消していた美和に関しては全くアテにできない。持って来るのを忘れていたウィングシューターを持って来てくれた事自体は確かに有難いのだが。
昭士は銃モードのウィングシューターをエッセに向け連続で引き金を引く。
安っぽい音と共に発射された総てのビームがエッセに直撃しているが、この武器はエッセに対しては無力。注意をこちらに向けたりするのには使えるが、それ以上の効果はない。
《なら、これでどうだ!?》
昭士は戦乙女の剣を一旦地面に突き刺すと、ウィングシューターを持ったまま無謀にも間合いを詰めた。それも相手の真正面から。
これではエッセの吐く生物を金属に変えるガスの餌食になるのは確定である。今の昭士には周囲の動きを超スローモーションで認識する能力があるが、こういったガスのように広範囲に無差別に来る攻撃をかわすのは不得意。
《あのバカ、何考えてやがる!》
ガン=スミスは少しでも援護になればと、クロスボウの狙いをエッセの眼球に向けて連射する。
いくら普通の攻撃が効かないとはいえ、エッセは元になった生物の特徴を受け継ぐ傾向がある。目を攻撃されて何のリアクションもしてこないとは思えないのだ。
相変わらずクロスボウから発射される光の矢は突き刺さりはする。しかしダメージを受けているようには全く見えない。見えないだけで受けているのなら良いのだが、相変わらずそんな感じがしない。
しかし気は引けたようで、小さな頭が少しだけガン=スミスの方を向いた。だが昭士は、至近距離で立ち止まってしまったのである。ウィングシューターの銃口はエッセに向いているが、あれでは攻撃されたらひとたまりもない。
ひぃひぃひぃひぃひぃひぃぃぃぃぃぃっ。
甲高い鳥の鳴き声の様な音を立てながら、銃口の直前にいきなり赤い光の弾が現われた。その弾はだんだんオレンジ、黄色、白と色が変わっていく。そして白い光が青白い光に変わった時、それは発射された。
妙な温度に気づいたエッセが再び昭士の方を向いた時には、その青白い光の弾はエッセの口の中に吸い込まれていった。
どどどどどぼぼぼぼぼぼぼぅん!!!
ウィングシューター「から」派手な爆発音がする。これぞウィングシューターが持つ必殺技の一つ。一万度の高熱ビームの弾を相手に放つ、その名も「フェニックス・クラング」。
以前使った炎の鳥を作って放つ「フェニックス・ブラスト」よりも高温だが、こちらは一直線にしか弾を飛ばせないデメリットがある。射撃が下手な昭士はだからこそ危険を承知で接近したのだ。
一万度という高温でエッセの体内に飛び込んだそのビーム弾は、普通の生き物であれば内臓を焼いてあまりある威力ではある。しかしエッセがダメージを受けている様子が相変わらずない。
皮膚からガスを発するのではなく口だけからガスを吐く関係上、外側と内側は全く同じではなく、何らかの違いがあるのではと思っていたのだが。
ところが。エッセの動きが変わったのだ。口を大きく開けて全身を小刻みに振るわせ出したのである。まるで「何かを吐き出そうとしている」かのように。
《バカ野郎早く止めろ!》
それに気づいたガン=スミスが昭士に怒鳴る。昭士も口の中から出てこようとしているビーム弾を見て、急いで戦乙女の剣を掴み直すと切っ先をエッセの口に向け、そのまま突進した。
こんなところで一万度の火の玉を吐き出されたら、周囲の土が解けるのではなく「蒸発」しかねない。一万度とはそのくらいの温度なのだ。
戦乙女の剣の切っ先がエッセの口に突っ込まれる。これは攻撃の為ではない。吐き出される火の玉を口の中に確実に「押し込む」為だ。
《…………あづあづあづあづあづあづあづぅぅ!!!》
これまで完全に無視を決め込んでいた戦乙女の剣=いぶきも、さすがにこの高熱にさらされて我慢ができなかったようだ。苦しそうなうめき声を上げる。
だがこれが良かった。戦乙女の剣は、いぶきが痛みを感じるほどその威力を発揮する。エッセに噛み砕かれる事もなくグイグイと火の玉を押し込み、かつ巨大な刃がエッセの喉奥に呑み込まれていくのだ。
エッセも吐き出そうとしていた物を呑み込まされ、しかも天敵ともいえる物を無理矢理押し込められ。その表情には一切の変化がないが、脚をバタバタとさせて苦しそうなのが初めて伝わって来た。
「皆さん、遅くなりました!」
村から魔法使いに変身したスオーラが駆けてくる。小脇に専用の魔導書を抱えて。
《気をつけてくれ、レディ! こいつは今までのとちょいと違うぞ》
エッセを見据えたままスオーラに大声で言うガン=スミス。相手が苦しそうな時ほど警戒しなければならない。その苦しさから逃れようとどんな行動をしてくるか予測できないからである。
今は相変わらずジュンが尻尾を掴んで動きを封じてくれているからほとんど被害は出ていないが、もしも今以上に強く暴れられたら、さしものジュンの怪力をもってしても無理になるかもしれない。
《スオーラ。何か、こいつの動きだけを止める魔法なんてあるか?》
戦乙女の剣を丸ごと口の中に押し込むようにしている昭士がスオーラに大声で訊ねる。スオーラも付き合いの長さという意味で彼の言いたい事をすぐ察したようで、
「判りました。とりあえずこの魔法を……」
スオーラは万一暴れられても大丈夫なギリギリの距離まで近づいてから魔導書を開き、一枚のページを切り取る。そしてそのページに向かって自分の魔力を注ぎ込みながら、
「HIUUHMIODU」
短く良く判らない言葉を呟いた。
するとエッセは全身を振るわせるのを途端に止めた。いや、違う。動けないのだ。
ステゴサウルスの特徴とも言える、背中の骨板が変な方向に折れるように潰れ出したのだ。四つの足もまるで土が泥に変わったかのようにズブズブとゆっくり沈んでいる。
エッセにだけもの凄い重力が加わっているからである。その口の中に剣を押し込んでいる昭士も、剣を通じて伝わる圧力の様な物を感じている。
だが、さすがにいつまでもこの状態が続いている訳ではないだろう。結局は一時しのぎに近い。
何か打開策の一つも考えないとどうにもならない。そう考えた時だった。
昭士の方から妙な音楽が聞こえて来たのである。それが彼の携帯電話の着メロだという事が判ったのは本人とスオーラだけだ。
しかし昭士は手が離せないし、魔法を使っているスオーラも同様である。そのためこの場の空気にそぐわない音楽が小さく流れ続けているのだ。
《…………おい。何だよこの変な音楽はよぉ》
ガン=スミスが渋い顔になったのは当然であろう。しかし自分ではこの音楽をどうこうする事はできないのが判っているので、余計に腹が立つのである。
昭士は剣の支えを一旦片手にすると、ベルトについた携帯入れからメロディ鳴り響く携帯電話を取り出して片手で開けた。
それを耳と肩で挟みつつもう一度剣を両手で支えながら、怒鳴りつけるように電話に話しかける。
《ハイこちら角田昭士忙しいから手短かに》
電話の相手が話し出したらしく、昭士は黙ってそれに耳を傾けつつ剣に力を込めてビーム弾を体内に押し返している。
《は!?》
いきなり昭士が呆れた声を出す。電話の相手が何か無茶でも言ったのだろうか。彼は忌々しそうに舌打ちするとその体勢のまま、
《スオーラ! 何かケガ治すアイテム貰ったらしいな!》
昭士の脈絡のない唐突な発言。だがそれで電話の相手が美和だという事が判ったスオーラは、魔法に集中しつつも律儀に昭士の声に耳を傾ける。
《何かそのアイテムを、エッセにぶつけてみろってよ!》
「は!?」
唐突すぎるその意見にスオーラも昭士と同じ返答になってしまった。それで魔法が解けてしまうほどの驚きではなかったが、一瞬術の威力が揺らいでしまった。
上からの何らかの重圧が解けたその隙にステゴサウルス型エッセが思い切り暴れ出した。四本の足を地面に叩きつけて激しい地響きが起こる。
全身で暴れた事、地面が揺れた事、そして長時間掴んでいた事の疲労感からか、ジュンの手が尻尾から放れてしまう。そしてその尻尾が今までの恨みとばかりにジュンに振り下ろされた。
無論それを喰らってしまうほどではなかったが、避ける為にどうしても一旦エッセから距離を取らざるを得なくなってしまった。
《黒いの! ナニ放してんだヴォケ!》
エッセから離れたジュンに向かってガン=スミスが怒鳴る。だが少しでも彼女に攻撃が行かないようにクロスボウの光の矢を連射している。
いつもならその言葉遣いを諌めるスオーラも、今回ばかりは自分のミスが原因と再度術に集中しようとするが、少し離れた彼女の立ち位置ですら、まるで地団太踏む様なエッセの暴れっぷりが起こす揺れで立つのが精一杯。
そんな中でも昭士はどうにか呑み込ませた剣にしがみつくような体勢で踏んばっている。一番近くにいるのに。
スオーラはポケットに入れていたケガを治すアイテム――グワリジョーネの水晶を取り出すと、まだまだ暴れ続けているエッセに向かって突進した。
ところが。完治したばかりの右脚に一瞬痛みが走り、一瞬だけ脚が動かなくなる。しかしその一瞬のせいで普段通りの動きができず、バランスを崩して転倒してしまったのだ。エッセのすぐ横で。
《レディ、大丈夫か!?》
エッセの注意が向く前にガン=スミスが何とか助けに入り、急いで抱えてエッセから離れる。だが、その拍子にグワリジョーネの水晶がポロリと手からこぼれ落ち、コロコロとエッセの方へ転がって行く。そして、
ばぎっ。
相変わらず大暴れしているエッセがその水晶を踏みつけてしまった。足の下からくぐもった音が小さく聞こえた。
水晶が転がって行く様、エッセの足から聞こえて来た音を、スオーラは生涯忘れる事はないだろう。いわばせっかくもたらされた起死回生の策を、自分自身のミスで台無しにしてしまったのだから。そのショックは計り知れない。
パキーーーーーーン!
ガラスを叩き割った様な高い音が響き、エッセの足の下から青白い光が漏れた。その光は次第次第にエッセの全身に広がっていく。
そして溢れ出た光はどんどん強くなり、昭士はもちろんスオーラやガン=スミス達をも包み込んでいく。しかも持っていたムータがその光に答えるように強い輝きまで放ち出した。
何が起こっているのか全く判らないままに光が収まると、そこにいたのは全身を先ほどの青白い光に覆われたエッセである。
その光がボロボロとエッセの全身から剥がれ落ちていく。まるで汚れか何かのように。
光が剥がれ落ちるに従って、エッセの暴れ方が明らかに変わって来た。これまでは周囲の昭士達が邪魔・鬱陶しい感じであったが、今は苦しんでいるのがあからさまなのである。
表情や鳴き声がないのでその辺りは判りづらいのだが、スオーラにはそれが判った。そして昭士にも。
《一体どうなってんだ、こりゃ!?》
暴れ方が派手になったのと、これまでのジュンの尻尾の押さえがなくなった事もあり、昭士も地面に踏んばろうとするのが精一杯になって来ている。
おそらく重量三百キロという戦乙女の剣のおかげだろう。いかなエッセとてその重量を咥えさせられては自在には動けないようだ。
ジュンはその隙をついて再びエッセの尻尾を掴んで動きを止めようとする。ところがすぐに手を放してしまった。
「あつい」
泣きそうになっている彼女の両手からわずかに焦げた臭いが漂う。火傷である。頑健さが売りではあっても限度はあるという事か。
《……何か、急にやたらと暑くなってきやがったな》
ガン=スミスが着ているシャツの首元のボタンを開け、額の汗を拭う。この辺りがいくら比較的温暖な気候であっても今は冬なのだ。暑くなって来た事を変に感じて当然である。
ちょうどその頃、エッセの動きが急に緩慢になった。ドスドスドスという足音がドスン……ドスンと明らかにペースダウンしている。
《呑み込んだ火の玉の熱が全身に回ったみたいだな。いくらエッセでも金属でできてんだ。熱は伝えやすい。表面と機構が違うだろう内部なら尚更か》
外部と内部は機構や構造が異なるであろうと読んだ昭士の考えが見事当たったのだ。一万度の高熱を「咥え続けた」ために、外側は無傷でも体内はその熱で確実にダメージを与えていたのである。
そして外見は無傷でも体内の熱はその外殻を伝って放出される。ジュンの火傷はそのせいだ。
昭士も今着ているのが「マイナス二七〇度から一万度の熱に耐え、戦艦の主砲の直撃にも耐える性能」のスーツでなければ同じ目に遭っていただろう。
ようやく昭士は渾身の力を込めて戦乙女の剣を引き抜いた。もちろん無傷である。
彼の言う事が本当と仮定するならば、剣先だけとはいえ一万度の熱にさらされて無事だった事になる。戦乙女の剣の頑丈さは常軌を逸したレベルである。
普通の生き物にたとえれば、今のエッセは外観はそのまま無傷だがその内部は一万度の熱に焼かれ溶かされ原形をとどめていないのである。これならいくら何でも動けまい。
昭士はベルトのバックルについたムータを取り出しながら場所を変える。ちょうど村を背にしてエッセと対峙する格好だ。
そして手にしたムータを戦乙女の剣の巨大な刃の根元にくぼみにセットする。途端に剣全体が赤く発光し、そこから蒸気まで立ち上った。気のせいか、その蒸気がまるで今まで以上に巨大な刃を作り上げるように固まり出した。
「! アキシ様、そのままでは危険ですっ!」
スオーラは以前山の頂を一振りで吹き飛ばしたその威力を思い出した。無論昭士もそれを忘れた訳ではない。
《だからよぉ……》
昭士は戦乙女の剣を上ではなく横に振りかぶった。それはまるで野球のバッターだ。
《これなら文句ねぇだろうが!》
まさしくバットのごとくフルスイングしたのである。タダでさえ巨大な戦乙女の剣が謎の蒸気を纏ってさらに巨大になった、まさしく超巨大な剣、いやバットがうなりをあげてエッセを襲い、激しく叩いた。
どごぉぉぉおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉおおおん!!!
《っだあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!》
轟音と共に、天高く吹き飛ぶステゴサウルス型エッセの巨体。その轟音に負けぬ、痛みを堪え切れなかった痛々しいいぶきの悲鳴。
遥か上空で一万度の火球を体内に秘めたエッセの身体は爆散した。戦いが終わったのである。


どずんっ!
《いでぇっ!》
戦乙女の剣が地面に倒れた衝撃といぶきの悲鳴が響く。ほんの一秒ほど地震かのように地面が揺れると、
《…………つかれた》
独り言のように呟いた昭士もその場で倒れるように仰向けに寝転んだ。
スオーラに手のひらの火傷を治療してもらったジュンも、彼の隣に同じように黙って寝転んだ。ふんどし一つのままで。
さっきまでは戦いに夢中であったが、さすがに同年代の少女が上半身裸のままというのは落ち着かない。
この世界では男女とも上半身裸くらいなら気にもしないのは聞き知っているものの、昭士はこの世界の人間ではないし。
《……レディ。この黒いのにそのマントかけてやってくれ》
ガン=スミスも溜め息をつきながら帽子を深く被り、スオーラにそう指示してやる。彼女も「そういえばそうだった」と言いたそうに微笑むと、自分のマントを外してジュンの身体にかけてやった。
それから寝転んだままの昭士のそばに膝をつくと、彼の顔を覗き込み出した。
《ど、ど、ど、どどど》
昭士はどうしたの、と言いたいのだが、だいぶ慣れて来たとはいえ間近でまじまじと見つめられて落ち着けるほどではない。
「アキシ様は、どこも火傷をされていませんね」
《あ、ああ。このスーツのおかげだ》
昭士はスーツの性能について説明する。むき出しだった顔にも軽度の火傷すらなかったのは、多少なりともスーツの影響だったのかもしれない。と、都合良く思っておく事にした。
そしてスオーラは立ち上がると、皆に向かって深く頭を下げた。
「今回は色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。わたくしの脚のケガのせいでグワリジョーネの水晶が破壊されてしまいました」
昭士への電話で水晶をエッセにぶつけると良いと言っていた。そう言ったのはおそらく美和であろう。
だが先ほどガン=スミスが「これは今までのと違う」と断言していた。もしこれからのエッセを倒すのにこの水晶が必要になるのだったら。
砕けた水晶は光となって消えてしまっている。次にエッセが出た時にどうすれば良いのか。
だが昭士が――特にガン=スミスが反応したのは「脚のケガ」の部分だった。
《レディ、ケガをしたのか!? さっき転んだのはひょっとしてそのせいか?》
《けどスオーラ。確か変身してればケガはすぐ治るって言ってなかったか?》
ガン=スミスの心配する声と昭士の不思議そうな声。スオーラはそこで初めて変身前にケガをした事を言った。その為出遅れてしまった事も。
いきなり美和が現われて、その水晶で脚を治してくれた事も含めて。
スオーラの謝罪の言葉を聞いて、昭士もガン=スミスも深く息をついて黙ってしまう。
別にグワリジョーネの水晶を壊してしまった事を怒っているのではない。ケガを隠していた事を怒っているのだ。
《えぇ(あい)にくオレ様は魔法に関しちゃ素人以下だ。けど無茶はともかく無理はさせたくねぇよ》
ガン=スミスが珍しくスオーラを避難するように険しい表情になる。
《戦ってケガをするのは当たり前だ。でもケガしたヤツを戦わせる訳にはいかねぇんだよ》
「ケガ。よくない。ちゃんと治せ」
ジュンも寝転がったままスオーラを見上げ、心配そうにしている。
同じ様な事をジュンに言われたガン=スミスは、一瞬だけジロッと睨みつけるとスオーラに向き直り、
《だいたいよ。遠くから水晶をぶつけりゃいいってんなら、射手のムータの使い手であるオレ様の得意分野だろ。どうして言わなかった》
ガン=スミスの武器は拳銃とクロスボウだが、いわゆる射撃武器や投擲武器に関する事であればある程度の技量が備わるのだ。石などの投擲技術も含めて。
《それに戦い以外は全部スオーラにおんぶに抱っこで頼りっぱなしなんだ。戦いでは少しは頼れよ》
寝転がっているからか、スオーラから少し視線を反らしたままの昭士がそう告げる。
《俺達はいわばチーム。一人のエースの力に頼りきりのチームじゃなくて、全員で協力して事に当たるタイプの方の》
戦乙女の剣という強大な「エース」に頼り切りの戦い方をしている現状なのに、その本人のこの発言に若干の矛盾を感じる。
《勝手にあたしを混ぜるなバカアキ》
今まで黙っていたいぶきが、非常に疲れた声で彼の発言を否定してきた。昭士は「一蓮托生」と一言で済ませるが、その一言に腹を立て、百言以上に言い返してくるいぶき。
「相変わらずうるさいですね、お二方」
何の前触れもなく聞こえて来たのは美和の声だ。昭士にも全く悟られる事なく彼等のすぐ後ろに現われたのである。
全員がギョッと目を見開いて驚いている顔がよほどおかしかったのか、いつもの無表情がほんの少しの間だけ笑顔になった。
「先ほどモーナカさんには言ったのですが、今回は特別に姿をさらしました」
美和の持つ盗賊のポリシーは「影に徹する」事。こうして姿をさらすのは主義に反すると常々言っている。
「こちらの調べた情報を総て覚えて伝えてくれるなら良かったのですが、あいにくお二人はそういった事は苦手そうですので。紙資料に判りやすくまとめる頃には年を越しそうですし」
昭士とガン=スミスを嫌みたらしくチラチラ横目で見ながら淡々と言っている。悔しかったが事実なので何も言えずにいる二人を無視し、美和は再度一同を見回した。
「何だか推理小説のクライマックスで、容疑者を集めた探偵にでもなったようです。盗賊なのに」
再びほんの少しの間だけ笑顔になる。美和なりのジョークなのだろうか。
「まぁ色々と新事実が判明しましたが、それを伝える前にいくつかお聞きしておきたい事があるのですが……話して下さいますかね」
美和の視線はゆっくりと動き、戦乙女の剣に――いぶきに行き着いて止まった。
他の誰でもなく。

<第29話 おわり>


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