トガった彼女をブン回せっ! 第29話その4
『その時間はなかろう』

村を出て十分程。村から約五十キロ離れた草原のど真ん中。
《おいおいおいおいおい黄色いの。エッセはドコにいらっしゃるんでしょうかねぇ?》
ガン=スミスは昭士に向かって力一杯皮肉を叩きつけている。
昭士の言う通り、わざわざ自身の馬を空を飛べるペガサスに「変身」させ、空を飛んで急いで来たのだ。
昭士が言うにはここにエッセがいるという事だったが、影も形もない。ガン=スミスの特殊能力を加味した視力で周囲の草原を見回しても、エッセらしい姿はやはり影も形もない。
今回出現したエッセは人間の形をしており、いつもは意思のかけらも感じない行動だが今回は元になった人間の意識がしっかりと残っていた。
その人間というのが昭士の親戚の落合広道だったのである。
親戚という事を利用(?)し、何故かエッセになっても持っていたスマートフォンでやりとりをした結果、この草原のど真ん中にいる事が発覚。
エッセがこの世界に出現している時間には制限がある。だからガン=スミスに無理矢理乗せてもらって来たらこの有様。
元々ガン=スミスは二百年は昔のアメリカ人。当時は(現代基準の)人種差別扱いの方が普通だった時代。
日本人=東洋人である昭士には当然蔑視の強い言動が多いのだが、今の皮肉にはそれ以上の気持ちがあるのはさすがの昭士にも判った。
《時間制限にはまだ早い筈だけどな》
昭士は馬から下りると、その場を中心に少し地面を見て回っていた。ここにエッセ=親戚がいたのなら、その痕跡くらい残っているだろう、と。
そしてその残っている痕跡を発見した。短い草生い茂る草原の、ほんの一部分の草が抜かれて土がむき出しになっており、そこには「TouHleP」という文字が書かれていたのだ。
これは先ほど広道とやりとりをした時に聞き出した地名である。相変わらず何と読めば良いのか理解は不能だが。
《おいガン=スミス。こっち来てコレを良〜〜〜く見てみろ》
昭士は地面に書かれた文字をちょいちょいと嫌みったらしいドヤ顔で指差してた。二百年前の人間を相手に「ドヤ顔」と言っても通じないだろうが、さすがに嫌みの部分だけはきちんと伝わったらしい。
だがそれでも昭士が周囲を探索しているのを少し待ってやってから、
《いねぇんならどうにもならねぇだろうが。帰るぞオレ様は》
嫌みの仕返しにと、きびすを返して村へ帰ろうとするガン=スミス。だが馬の鼻先にいきなり現われた「モノ」に驚いて情けない声を上げてしまう。
“そこまで驚かれるとは心外だな”
“そこまで驚かれるとは心外だな”
そう。そこに立っていたのは精霊のジェーニオである。あまり表情豊かな方ではないが、それでも不機嫌そうな顔なのがストレートに伝わってくる。
「ああ、お疲れ様です」
一方しゃがんでいた昭士の目の前には、同じくしゃがんでいた美和の無表情な顔が。昭士の方も情けない声を上げてしまう。
《おお、おど、おど、脅かすなよ!》
何の予告も前触れもなく現われては、驚かない方がどうかしている。
今の昭士には周囲の動きを超スローモーションで把握するという、チートの様な能力がある。その能力で全く把握できなかったという事はその場にいきなり出現したとしか考えられない。
盗賊のムータの使い手である美和の神出鬼没さは理解していたが、ここまでとは予想外であった。
「まぁ色々と新情報を持って来ました。あと、ご親戚の頭とか」
美和がジェーニオを指差すと、ジェーニオが片手で持っていたのは確かに人の頭らしき物体。視線を感じたジェーニオは、昭士の方にその物体の「顔」を向けてやった。
間違いない。確かにその顔は親戚の落合広道のものであった。
久方ぶりに顔を見たがそれが顔だけだったというのはジョークにもならないし、そもそもブラックジョークとしても出来は悪い。
だが生き物の生首――それも見知った親戚のものとなると、やはり不気味さや気持ち悪さは隠しようもない。自身の顔から血の気が引いているのがハッキリ自覚できる。
美和は「仕方ないですね」と小さく呟くと、
「とりあえず新情報の報告をしておきたいんですがね……」
わざとらしく何もない周囲を見回して、
「モーナカさんはいらっしゃらないようですね」
そうは言うものの、盗賊である美和は立場・地位的に正反対の存在である聖職者たるモーナカさん=スオーラとは、極力出会わないように振舞っている。
いくら自分達に協力的な存在とはいえ、根っからの聖職者が美和の様な盗賊の存在を許せる訳がないのである。そしてまがりなりにも元の世界では保安官だったガン=スミスも同様である。
《よくもまぁオレ様の前に顔を出せたモンだな、泥棒の分際で》
「拳銃の弾丸をたくさんあげたでしょう。もっと欲しいんですか?」
嫌悪感丸出しのガン=スミスの言葉を無視する様な平淡さでかわすと、昭士に話しかける。
「それから、妹さんはどこに?」
《ああ。スオーラのいた町に置いて来た。重くてバイクに乗らないし》
「そうですか」
無表情なので呆れているのか納得しているのかが全く判らない、相変わらずの美和の表情である。
「ではジェーニオ、頼みました」
“判った。行ってくる”
“判った。行ってくる”
そう言うとジェーニオは広道の首を持ったまま姿を消した。
《なぁ、あいつの首どうするんだよ》
「とりあえずは身体と一緒に保管して頂くつもりです。元に戻せるかはまだ判りませんが、離ればなれは良くないでしょうし」
美和の説明に昭士も同意する。もちろん切断面をくっつければ直るという単純な話ではない。それで直るのであれば、昭士やいぶきの携帯電話はとっくに直っている。
美和はいささかわざとらしく首を傾げて考えるそぶりを見せながら、
「本当ならモーナカさんにはお会いしたくないのですが……」
昭士、それからガン=スミスの顔を見て、
「仕方ありません。主義には反しますが自分でやるとしましょう」
《何を?》
昭士の当然の問いに、美和は済ました顔でサラリと言った。
「新情報の説明です」


時間は少しだけさかのぼる。
スーフル・P=I・ドットレッサは確かにこう言った。
オルトラ世界のプラーナ・ラガッツァと、地球がある世界の角田いぶきが自分の前世の存在だと。
胸を張って得意げに、そして何よりも極めて自慢げな得意顔で言い切ってくれた。
美和ももちろんその二人に関する事は調べるだけ調べてある。
そのどちらも「度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた女」である。好きな人間も憧れる人間もおそらくおるまい。
だがスーフルは違うようだ。ドヤ顔とふんぞり返り具合から見ると嫌うどころか尊敬の念すら感じる程だ。
「いや、ご先祖様の苦悩の歴史を知って、泣けて来たわよ。これはもう恨みを晴らしてあげるのが子孫の役目ってモンでしょ」
生まれ変わりだから先祖とは限らないのだが、その辺にいちいちツッコミを入れていたらおそらくキリがない。第一めんどくさいのでそのまま放置しようと思った美和である。
「だからあたしはご先祖様に敬意を表してあやかりたくて、プラーナ=イブキってミドルネームをつけ加えたのよ。これが恨みを晴らしますって決意なんだから」
握りこぶしを固く握り、何だか良く判らないが「決意」を思わせる表情でどこかの中空を見つめているスーフル。
マンガの主人公にでもなったかのように、一人で悦に入っている。そんな感じである。
プラーナもいぶきも人々に嫌われる事しかしていないし、他人からの評価もそうである。
だが、美和の調査でもミドルネームにつける程「敬意を表し」「あやかりたい」と言い切ったのは彼女が初めてであり、おそらく唯一の存在であろう。
それは自分の生まれ変わりだからそう感じるだけなのでは。それが美和のウソ偽りなき本音である。
元々人間は群れで暮らす動物である。だから人間生活というのは基本的に他人がいてこそ生活できる。持ちつ持たれつという意味でも、利用する・されるという意味でも。
そもそも人間は言葉の通りに「独りで生きる」事はできない。自分しかいない無人島での完全自給自足でもない限りは。
そこまで他人が嫌いなら一人で暮らせば良いのだが、プラーナもいぶきもそれをやろうとしない。それが無理だという事だけは判っているからだ。
プラーナは包丁で普通に材料を切っただけなのにまな板とテーブルを真っ二つに叩き割った。いぶきは普通にガスコンロに火をつけただけでボヤを起こした。
こんな感じに「呪われている」としか思えない事態を何度も引き起こしている。
これだけなら「どうして自分ばかり」とネガティブ思考になるだけで済むだろうが、彼女等はいちいち「自分は悪くない。悪いのはこいつ等だ」と他虐を極めに極めた。
それに加え「こうした自分を助けるのは当たり前だ」「むしろこっちが困る前に察して行動しろ」と常々主張してはばからなかった。それが理由で嫌われたのである。
しかしそれが判っているのかいないのか、それとも最初から判ろうともしないのか、プラーナもいぶきも、おそらくこのスーフルも全く同じ言動をくり返している。
特にオルトラ世界では生まれ変わりをくり返し違う人生を持って魂の修行をすると考えられている。この分だとその「修行」とやらは全くできていないようだ。
美和はそんな考えを普段の無表情の中に隠す。少しでもバレて無駄に憤慨されたり攻撃されたくはない。
そんな葛藤の間にも、スーフルはたこ焼きをポイポイ口に放り込みながら話をしていた。
「だから色々作ってはみたんだけど、必ず妨害が入るのよねぇ。ムータの戦士だっけ?」
彼女は空になった容器をぐしゃぐしゃと丸めて床に投げつけ、足で何度も踏みつけた。その怒りの形相はよほど「ムータの戦士」とやらに恨みがあるようだ。
実は美和も“盗賊”のムータを持っている。
ムータには使い手の「別の世界の」自分と融合してより強い力を持った人間に変身できるという力がある。その力の発揮の仕方で職業――昭士の“軽戦士”。スオーラの“魔術師”。ガン=スミスの“射手”といったものが決まる。
今となっては新しく作る事も修復する事もできないらしい。だから人材の補充ができず、ムータの戦士の攻撃しか通用しない以上、彼らが命懸けでエッセと戦うしかないのである。
恨み骨髄、という雰囲気を感じなくもないが、ムータの持ち主というだけで美和自身を攻撃する気はないらしい。
「一応ムータの戦士がいるところにアルマビオロージコを送り込んでるつもりなんだけど、世界が違うとこのあたしの頭脳と技術を持ってもズレの修正が難しいのよ。場所とか時間とか。おまけに電力バカ食いするからまとめて送れないし」
恨みを晴らすと言っていた割に何体も出現させて力まかせのごとく攻めてこないのはその辺が理由か。
だがそこで思い至った事がある。いぶきの事だ。
現在のところエッセ=アルマビオロージコにまともにダメージを与えられるのは“戦乙女の剣”だけである。
エッセが金属にしてしまった生物を元の姿に戻す事ができるのも“戦乙女の剣”でとどめを刺した時だけである。
前世達の恨みを晴らす為に作られた兵器を破壊できるのが、前世の変身した武器のみというのは、やはり奇妙に感じる。
スーフルはパソコンが置かれたテーブルをきょろきょろと見回していた。そして小さく舌打ちすると、
「……ったく飲み物買ってくるの忘れたわ。たこ焼きもなくなったし、今日はこれで終わり。帰って」
犬かなにかを追い払うように手を振りながら、スーフルは薄暗い通路を早足で歩いて行く。そしてエレベーターがあった辺りで立ち止まると、中空に向かって何かしている。
すると明らかに壁ではない部分がガーッと開いた。何とエレベーターである。彼女はそこに足を踏み入れると、
「どのみちココは破棄するから別にアンタが帰る必要はないか。一生ココにいて良いわよ。どうせもう出られなくなるし」
エレベーター内の明かりが逆光になって見づらいが、明らかにそこに浮かんでいる笑みは底意地の悪さがにじみ出た厭らしいものであった。
すぐにエレベーターの扉が閉まる。美和は足音を消してそこへ行ってみたがエレベーターらしき物は何もない。
スーフルのあの口ぶりだと、この部屋(?)に出入りできるのはあのエレベーターだけらしい。閉じ込められたようだ。
だが、こんな事で焦って慌てる様な神経は持ち合わせていないのが盗賊の盗賊たる由縁である。美和は全く焦らず、
「ジェーニオ、終わりましたか」
今の今まで全く会話に加わっていなかったジェーニオを呼んだ。ジェーニオは美和の後ろでずっと無言で控えていたのだ。
無論何もしないで黙って話を聞いていた訳ではない。電気や電波と相性の良い特性を利用してこの部屋にあるパソコンの内部、そしてインターネット回線を通じて集められる情報を片っ端から集めていたのだ。
“まだ総てとは言えないが、その時間はなかろう。破棄すると言っていたが放置はしないと見た”
“まだ総てとは言えないが、その時間はなかろう。破棄すると言っていたが放置はしないと見た”
もしずっとここにいたら、何らかの手段でこの部屋は消滅する。そしてその消滅に美和やジェーニオを巻き込むのが狙いだろう。だからわざわざここへ誘い込み、あんなにも堂々と大事な情報を開示したのだろうから。
「盗賊をなめてかかり過ぎですね。反省してもらいましょう」
美和は身につけていたブレスレットを確認でもするようにそっと撫でた。薄暗いので判りづらいが金属製の細いブレスレットだ。その表面にはシワの様な細かい模様が刻み込まれている。
このブレスレットは「オルディーレの運び屋」と呼ばれるアイテムだ。二畳程の大きさの絨毯とセットのアイテムである。
このブレスレットの表面を強くこするとどんな土地や世界にいても一瞬で絨毯の上に戻って来られる。かつて盗賊団の団長だった時代に手に入れた魔法のアイテムなのだ。
ジェーニオは片手にスイカ程の大きさの球体。もう片方の腕を美和の身体に回して密着した。
このアイテムの弱点はブレスレットの持ち主にしか効果を現さないという点だ。だから少しでも美和に密着して、ブレスレットに美和の「一部」と誤認させる必要がある。
何度かやってるので慣れてはいるが、万一の事態など起きて欲しくはないのが本音だ。
ブレスレットを強くこすった瞬間、目の前が一気に明るくなった。目が急激な光度の差に慣れずズキンと痛む。
痛みに慣れると、そこは石造りの部屋の中であった。かつて団長を務めたマージコ盗賊団のアジトである石造りの塔の内部である。
身体に巻きつくようにしていたジェーニオが美和から離れた。どうやら移動は成功したようだ。
だがゆっくりしている時間はない。自分の役目は手に入れた情報を皆に知らせる事なのだから。
「昭士くん達の居場所は判りますか、ジェーニオ?」
“……プラート草原にいるな。だがスオーラは草原ではなく草原そばの村にいるようだ”
“……プラート草原にいるな。だがスオーラは草原ではなく草原そばの村にいるようだ”
何らかの事情で二手に分かれているのだろうか。とにかく昭士の元へ行くのが先決だ。
美和は自分のムータを取り出し、それの端の方を持った。そしてムータの角で何もない空間を力強く斬りつける。すると何もない空間に突然切れ目が現われた。
この切れ目を通ると、空間を越えてどこにでも行けるのだ。同じ世界の中で、という条件はつくが。
そうして昭士達の目の前に現われたのである。


《はぁ。ご苦労様な事で》
昭士はぽかんとした表情でそう呟くのが精一杯だった。
自分達とは別行動で色々情報を集めてくれているのは知っていたが、さすがに「どうやって」という部分は今まで聞いた事もなかった。聞いたところで素直に話すとも思えなかったが。
美和は相変わらず感情の読めない無表情顔のまま、
「お礼は結構ですよ。前に言いましたよね。『盗賊が活動するためにはある程度世界が豊かでなければならない』と。協力をするのはあくまでも自分のためです」
確かに以前そう言われた事があるし、エッセの様な化け物が闊歩する世界が盗賊にとっての豊かな世界とは言えまい。
《それなら豊かじゃねぇ世界の方が有難ぇな。お前の様な盗賊がいねぇんだから》
ガン=スミスは愛馬の首を優しく撫でながら、独り言のように呟く。
《むしろ豊かじゃない世界の方が泥棒が多そうだけどな》
昭士の脳裏に浮かんだのは古いマンガの絵だ。荒廃して暴力が支配する世界の物語。
「どんな想像をしているのか見当はつきますが、奪うと盗むは全く違います。一緒にして欲しくはないですね」
盗賊には盗賊なりのプライドやポリシーがある。無表情な顔が少しだけ不満そうな顔に変わった。
「盗む物があるから盗賊という商売が成り立つんですよ。盗む物もないくらい荒廃しては意味がありません」
昭士の言葉に美和は淡々と言い返す。だが話が脱線しているのに気づき、
「それはともかく、これらの情報をあなた方の手でモーナカさんに伝えて頂けるのであれば、こちらとしても有難いのですが」
会わずに済みますし、と美和は言葉を締めくくった。
そんな事はとても無理な事はやってみるまでもなく判るので、昭士もガン=スミスも口を揃えて「頼む」と頭を下げる。
その聞く前から判っていたリアクションを見て「そうでしょうね」と再び無表情顔に戻った。
その時、視界の端に何か違和感を感じた。普通の人間の視力では判らない、盗賊ならではの遠目が確かに見た「何か」。
「ガン=スミスさん。あちらに何か見えますか?」
ガン=スミスはめんどくさそうに、美和が指差した方向を見る。射手のムータの能力で彼女以上の視力を持つためだ。
めんどくさそうだったその表情が、見る見るうちに愕然としたものに固まっていく。
《お、おいおいどうしたんだよオッサン》
昭士の問いかけに「オッサンじゃねぇ」と言い返す事もせず、
《ヤベェぞ、村にエッセがいやがる!》
ガン=スミスの視力が捕えたのは、さっきまでいた村に迫ろうとする巨大な四つ足の爬虫類。背中に板状の部品をいくつも立てた姿だ。
その巨大な爬虫類は全身が独特の金属のような物でできている。エッセに間違いない。
だが本当ならエッセが出現すると鳴って知らせてくれるムータは……無反応である。昭士もガン=スミスももちろん美和も自分のムータを取り出していた。
《やっぱダメか。最近多いな、壊れたか?》
《知るかバカ。オレ様のは元々壊れてるからどうしようもねぇけどな》
昭士のボヤきにガン=スミスが自虐的に文句を返す。ガン=スミスのムータは裏面(どちらが裏かは判らないが)に大きな傷がついてしまっており、昭士達のように二つの世界を行き来する事ができないのだ。
「やはりあちらも日々進化してるんでしょうね」
美和は淡々とそう言うとムータを元の場所にしまい込む。そして、
「で。行かれないんですか、お二方?」
《行くに決まってんだろバカ盗賊。おい黄色いのさっさと乗れ!》
指摘されたガン=スミスが顔を真っ赤にして怒鳴ると、昭士の襟首を掴み上げて乗せようとする。もちろんそんな風に掴まれる昭士ではない。素早くペガサスの横に回り込んでからその背に跨がる。
《早く出せ、ガン=スミ……あ、ちょっと待った》
ポーチの中の携帯電話の震えを感じた昭士は、すぐさま取り出して電話に出る。かけてきたのは何とスオーラである。
もちろん彼女も携帯電話――オルトラ世界ではゴツイ腕時計の様な外見になるが――を持っているのでかけてきてもおかしくないのだが。
『アキシ様、村にエッセが現われました。四つ足の爬虫類の姿です』
感情を押し殺したかの様な、珍しい平坦な声である。
四つ足の爬虫類。それだけでは何のエッセかは判らないが、そんな分析はとりあえず後でいい。まずは村に戻らねばならない。
『村の人々は建物の中に避難して戴いております。今はほとんど動いておりませんが、暴れられたら村に大変な被害が出てしまいます』
《判ってる。何とか急いで戻る!》
ガン=スミスの背中をガンガン叩きながら電話に怒鳴る昭士。
《叩くな小猿。飛ぶぞ!》
叩かれているガン=スミスは後ろの昭士に向かって同じように怒鳴ると、ペガサスを急発進させた。
「後から行きますので、よろしく」
すっかり小さくなった二人に向かって、美和は聞こえもしない声量でそう言った。
その背に向けて。

<つづく>


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