トガった彼女をブン回せっ! 第29話その2
『自慢するためよ!』

昭士の暮らす世界。日本の留十戈(るとか)市。市内にある警察署署内。
どこも忙しい年末であるが、ここの警察署はそれに輪をかけて忙しい。
謎の化け物・エッセの対応に追われているからである。
エッセという化け物が現われる周期は特に決まっていないらしく、立て続けに現われる事もあれば数ヶ月以上出てこない時もあるらしい。
エッセの被害に悩まされている(?)異世界オルトラからの情報は色々と入って来ているが、やはり謎の部分の方が遥かに多く、また最も知りたい肝心な事は未だ判っていない。
どこから来ているのか。何がしたいのか。その正体は一体何なのか。そういった部分だ。
それに加え、一応国家権力を総動員してその存在を秘匿してはいるものの、それが限界に近づいている事だ。
何せ今はSNSというものがある。他の誰にも頼らずに一個人が全世界に向けて情報を発信できてしまう世の中。それを受け取るかどうかという問題はあるが。
事実何度かSNS上にエッセの姿や被害を受けた様子などが上がった事があり、その証拠隠滅に手を焼いているのが現状である。
もちろん一警察がインターネットの総てを監視するなど不可能であり、その辺は「異世界からの力」を借りてもいる。
その「異世界の力」である精霊が一人、警察署の会議室に姿を現わした。
手首や足首にジャラジャラと金色の輪っかをつけ、長い髪を頭頂部でひとまとめにし、白い布を巻いて直立させている。
丈の短い赤いチョッキを青白い素肌の上に直接着て、大きく膨らんで足首の辺りでキュッと細くなったハーレムパンツという中東の民族衣装といった、物語に出てくるランプの魔神を思わせる格好の女性である。
人間離れした妖艶な美しさを放つ彼女の正体は、ジェーニオという名の異世界の精霊である。
元のオルトラ世界では右半身が女性で左半身が男性という姿だが、ここでは男性と女性の二人に分かれてしまう。男性の方も今は違う用事で色々と調べ物をしているそうだ。
《今のところエッセの事がインターネットに上がっている様子はないわ》
この世界での彼らは電気や電波といった物との相性がとても良く、電脳世界と表現されるインターネットも例外ではない。その中を自在に行き来して調べ物をしたり今回のようにネットの監視をしたりと、ひれ伏したい程に活躍をしてくれている。
その報告を聞いた女性警察官の桜田富恵(さくらだとみえ)は、一呼吸程間を置いて「お疲れ様です」と小声で返すと、
「こっちも何もないわ。良い意味でも悪い意味でも」
さすがに疲れた表情を隠そうともせず、大きく伸びをしながらジェーニオを見返す。
自発的な行動が苦手な精霊と聞いてはいたが、こうしていると普通の人間とそう変わらなく感じるのは、ジェーニオに慣れてきたからだろうか。
ジェーニオは富恵の前に広げてあるノートパソコンの画面を覗き込むようにすると、
《確かに収穫はないようだけど……》
意味ありげに小さく微笑んで富恵の顔に視線を移すと、
《どこからか侵入されてるわよ、サーバーに》
「え!?」
このインターネット社会。他人のコンピュータに不法侵入するというのは珍しい事ではなくなった。もちろん警察署もきちんと対策をしている。
しかしインターネットの成長速度は遥かに早い。もはや官公庁のレベルが時代遅れにも程があるレベルになってしまっているし、少し詳しい中高生の方が遥かにレベルが高いケースだって珍しくもない。
ジェーニオはノートパソコンの画面にそっと手を触れさせると、そのままグッと手を「押し込んだ」。
《相手のパソコン、ちょっと壊しておいたから》
伸びをした姿勢のままの富恵に向かって妖艶に、そして得意げに微笑んだ。
「ど、どうも……」
ぜひウチに欲しい。その言葉をどうにか呑み込んだ富恵。
《それから、団長からの連絡もないわ。さすがに難しいようね》
ジェーニオは異世界オルトラで盗賊団にいた事があるのだが、その時の団長の事である。名前はビーヴァ・マージコ。かつては伝説とまで謳われた盗賊団最後の団長である。
色々あって現在ではこの世界で身分と職を得た上で、盗賊流に警察やエッセと戦う昭士達を裏から支えている。
その支えの一つが盗賊技術を使った情報収集である。パソコンなどのコンピュータを自在に操り、侵入不可能な場所にすら易々と侵入して。
今は男性体のジェーニオと共に昭士の双子の妹・いぶきの事を調べている。
数日前全く縁のない村の農道で倒れているところを発見されたいぶき。だが最後に留十戈市内で監視カメラに確認された時刻と村で発見された時刻から考えると「瞬間移動」をしたとしか考えられない時間差での発見だったのである。
そのためわざわざ倒れていた現場を調べてみたが手がかりは何もなく。村の駐在員から昔ばなしを延々と聞かされるハメになったそうである。
ただ、その中に「夜道を歩く人間の首を食いちぎってしまう妖怪」の話があった。その妖怪に首を食われた人間の首の切り口は極めて綺麗であり、血が一滴も流れていないという話である。
普通なら単なる昔話で片付けるところだが、つい最近それと全く同じ特徴の不思議な首なし遺体が発見されており、現在警察はその首の行方と関連性を調査している。
しかもその遺体の姿と記憶を持ったエッセまでが現われる始末。次から次へと展開される事態に誰もが追いつけていない有様なのである。
そのため警察としても通常の年末年始の業務に加えてこれらエッセに関する事を調査、情報統制をしなければならないので、通常業務に関してはよそからも応援を頼んでいる状態だという。
そんな忙しさが如実に表れているのは食生活であろう。富恵の傍らには半分程しか減っていない食べかけのコンビニ弁当と、中身が空っぽになったペットボトルのお茶が無造作に転がっていた。
置きっぱなしのコンビニ弁当の蓋に書かれた賞味期限の時間は、三時間程前に過ぎている。
もちろん現代日本の製造技術である。過ぎた瞬間食べられなくなる訳ではないが、彼女の忙しさを理解するには充分すぎる光景である。
しかし伸びをした事で全身の緊張がほぐれたのか、疲れが少し減った気がした。しかしノートパソコンに向かった途端、表示されている時計を見て表情が凍りつく。
「あ。やっばい。勤務時間過ぎてるにも程がある」
そう言いつつ、たった今気がついたかのように食べかけの弁当をかき込み出す。かき込んだ弁当を咀嚼しながら、
「ジェーニオさん、ちょっとお茶取ってもらえ……」
そう言いながら振り向いた時、ジェーニオの姿はそこになかった。
「出かけるなら一言くらいあっても……」
富恵はブツブツ文句を言いながら、自力でお茶を取りに向かった。


「どうかしましたか、ジェーニオ」
“何でもない”
“何でもない”
雑居ビルのエレベーターに乗った途端、いきなり二人の声が重なった様な声がして、ビーヴァ・マージコ=益子美和(ましこみわ)は一瞬驚いた。
そこには右半身が女性で左半身が男性という“元の姿に”なっていたジェーニオの姿があった。
日本にいる筈なのに、男性体と女性体に分かれていたのに、急に元の姿に戻るとは。
「気をつけて下さい。どうやら空間か世界が変わったようですから」
同じ存在であっても、世界が変わると姿形、性質が変化する例がある。いぶきがオルトラ世界へ行くと巨大な刀剣の姿に変わるように。
男女に分かれていた筈のジェーニオが元の姿に戻ってしまった。という事はエレベーターの中に何かあると考えていいだろう。
だが今は理由を考えている余裕はない。美和は盗賊としての感覚をフル活用して周囲を警戒し、最上階である「6」のボタンを押す。
昭士の事は色々と調べて知っている美和であるが、いぶきの事はそれほど調べていない。
その為、いぶきが最後に確認された留十戈駅近くの裏通りを調べている最中、そのすぐそばにある雑居ビルに、彼女が何度か入っているのを、監視カメラの映像で確認したのだ。
しかし、この雑居ビルに入っているテナントは、一般的な女子学生が通うと思える様な場所は一つもない。
傍若無人すぎる尖り切った性格のいぶきには友人らしい友人もおらず、この市内のほとんどの店舗は彼女が起こすもめ事を恐れ出入禁止にしている。何故このビルに出入りしているのかが全く判らないのだ。
だからいい機会だと思って雑居ビルの調査を始めたのである。
このビルは全部で六階建て。一階は夕方から営業の居酒屋。二階は税理士事務所。三階と四階は空きテナント。五階はネット通販の会社が倉庫代わりに使っており、最上階の六階にはビルのオーナーの自宅がある。
各階はそれぞれ既に調査が済んでおり、異常らしいものは何もなかった。念のためにエレベーターも調べてみようとした途端にこれである。
何の根拠もないが、何かあるのが確定である。美和の盗賊としての勘が明らかにそう告げていた。
《確かに違和感があるな》
《空間が歪んでる?》
今度は男性と女性に分かれたジェーニオの声がした。横目で見ると確かに男性と女性に分かれてしまっている。
さっきは一体。そして今は二体。どういう事だろう。上昇中に世界を移動したとでもいう気だろうか。
やがてキン、という小気味良い音がして、エレベーターが六階に到着した。ゆっくりとドアが開く。そこには踊り場があるだけで何も怪しいところはない。それは確認済である。
なので一階のボタンと閉じるボタンを押して、エレベーターを下ろす。その途中でジェーニオは元の一体の姿になり、そしてまた二体に分かれるという不思議現象を起こしていた。
一階に着いたエレベーターの扉が開く。するとそこには白いコート姿の少女が立っていた。近所にあるたこ焼き屋のロゴマークが入った袋を両手で持っている。
釣り鐘の様な形のクローシュという帽子を目深に被っているので顔は良く判らない。そんな彼女はすっと道を開けると、美和はそこを通ってエレベーターから出た。とっさに姿を消したジェーニオも同様である。
少女は美和に構う事なくエレベーターに乗り込んで、両手で持っていた袋を片手に持ち直すと、中からボタンを押した。
「人の事は言えませんが、変ですね」
《そうだな。このビルに用事がある人間には見えなかった》
美和と男性体が小声でそんなやりとりをする中、女性型ジェーニオだけが何かに気づいて驚いていた。そして上の方を見ている。
美和はその事を訊ねようとしたが、すぐに男性体の方も上って行くエレベーターが見えているかのように上を睨みつけていた。
その視線の先にはエレベーターが今どの階にいるかを示すランプが点いている。それは止まる事なく最上階――六階で止まった。
「さっき一瞬驚いていましたが、何だったのですか?」
美和も観察力は高い方だが、立ち位置的に見えなかった物に関してはどうしようもない。気づいたのは女性型だけだったようで、聞いてみたのだ。
《あの女性、エレベーターのボタンを押す時に指一つではなく右手の二本の指で押していたのよ。実際ほとんど同時だったけど押す音が二つ聞こえたし》
それを聞いた美和は少し首を傾げる。
「確かに奇妙といえば奇妙ですね」
六階と扉を閉じるボタンを同時に押したのであれば判らなくもないが、片手の二本の指で押すには離れ過ぎている。
二つの階を押したのであれば最上階に行くまでにどこかに止まる筈だが、それもなかった。
加えてエレベーターの途中でジェーニオが一体になったり二体になったり。
怪しい事は確定したがそこから先が判らない。エレベーターの中がおそらく怪しいのだが、肝心の「何が」「どう」という部分はサッパリ判らない。
さしものジェーニオもエレベーターという機械が絡む事は察し辛いのか、いつもの様な観察力や感知力がうまく働かないようである。
そうこうしているうちに、エレベーターが一階に戻って来て、扉が開いた。特にボタンを押していなかったのに。
美和は少しの間考え事をするかのようにエレベーターの中をじっと見つめると、意を決して中に乗り込んだ。そして行き先階のボタンを押さずに扉だけ閉める。
「ジェーニオ。このボタンを詳しく調べる事は可能ですか」
《どういう事だ》
《その理由は?》
男女のジェーニオが、二つに分かれているのに同じ様な質問を返してくる。美和はそのままボタンを指差したまま、
「さっきの女性がどこを押したとか、微妙な摩耗具合からよく使われているボタンはどれか、とか」
いかに美和の盗賊稼業で培われた観察力があっても、しょせんは人間レベルを超えるものではない。だが人間離れした能力を持つジェーニオは違う。
この雑居ビルは建てられてから割と年数が経っており、エレベーターも建設当初の物をそのまま使い続けているようだ。そんな状態から美和に言われた二つを調べるのはさすがの精霊にも酷であろう。
と思われたが。
《さっきの女性は三階と四階のボタンに触れてるわね。そこだけ他のボタンと比べてわずかに暖かいし》
女性型の方が目ざとく人間には判らない違いを発見する。そして男性体の方も、
《内部部品の傷み方から考えれば、テナントが無いにしては、その三階と四階のボタンは「使われている」ようだな》
内部を透視した様な返答を返してくる。
三階と四階のボタンを押して、エレベーターを上がって行った。しかし三階と四階には止まらず最上階の六階へ行っている。
おまけに、何もボタン操作をしていないのにエレベーターは一階に戻って来ている。まぁこれは乗って行った先ほどの女性が、出る時に一階のボタンを押していたなら戻って来ても不思議なところはないのだが。
「では、やってみましょうか。同じように」
外からいくら調べても判らない事はたくさんある。もちろん危険が全くないとは言わないが、実際にやってみなければどんな仕掛けがどのように動くのかは判らないものだ。
美和のその考えを読み取ったジェーニオ達は、美和の左右に位置して周囲を警戒し出す。そんな中美和が三階と四階のボタンを同時に押した。
一瞬感じる、エレベーターが動き出す感触。エレベーターはさっきと同様にゆっくり上っている。
その途中、だいたい三階に着く辺りで、ジェーニオの身体はいつの間にか一体になっていた。しかしエレベーターが三階に止まる事はなかった。
そして四階を過ぎた辺りで再び二体に戻る。もちろんエレベーターは四階には止まらなかった。
そうしているうちに最上階の六階に到着した事を、回数表示の数字が教えてくれる。だがエレベーターは「止まらなかった」。
そこからだいたいフロア一つ分くらい移動する時間が経ってからエレベーターはそこで停止し、扉が開いた。
日中にも関わらず薄暗い通路。しかし、やはりさっきまでとは明らかに違う雰囲気を漂わせている。
よく見ればジェーニオがまた一体に合体しており、少なくとも日本のある場所とは違う世界か空間だという事は見当がついた。
こういう時ほど、どの世界に行っても変化の影響を全く受けない自身の特異体質を恨めしく思う事はない。こうした変化を他人に頼らざるを得ないのだから。
首だけ出して周囲をよく見回してみる。トラップなどがある様子はない。どういう構造になっているのかは判らないが、太陽の光が入って来ず、非常用電源の様な頼りなげな薄緑の小さな光が通路を照らしているのみだ。
美和は商売柄夜目は効く方だし、ジェーニオに至っては真っ暗でも物を見るのに不自由はしない。
“どこかの部屋、のようだな。それも結構な広さだ”
“どこかの部屋、のようだな。それも結構な広さだ”
美和は無言で部屋(?)の中に足を踏み入れた。やはりトラップなどがある様子はない。
しかし遠くからカラカラカラと何らかの機械らしい音は聞こえてくる。それも上の方だ。その音の反響の様子からするとこの部屋(?)は随分広い。少なくともこれまでいた雑居ビルの面積よりもずっと大きい。
少し観察していると、自分達が今立っているここが通路であり、その両脇には一定間隔で台の様な物がいくつも並んでいるのが判った。
台の高さは美和の胸元くらいで、上に何か乗っている物とそうでない物とがある。その位置関係には特に法則性は見つけられなかった。
だがその上に乗っていた物の正体が判ると、さすがの美和やジェーニオも表情を硬くせざるを得なかった。
それは何かの頭部だったからだ。原形をとどめている物もあれば、腐敗して肉がとろけている物もあるし、完全に骨と化している物もあった。だがその割に腐敗臭らしい不快な臭いは全くない。
さすがの美和も頭蓋骨から何の動物かを判断できる程骨に精通はしていないが、さすがにジェーニオは判った。
“ライオン、ティーレックス、象、鷲、アナコンダ、トビウオ、バッタ……”
“ライオン、ティーレックス、象、鷲、アナコンダ、トビウオ、バッタ……”
そのラインナップには、美和は心当たりがあった。
そう。これまで確認されているエッセの「元となった」生物ばかりなのだ。ここまで一緒だと偶然にはとても思えなかった。
おまけにこのフロア(?)に来たかもしれない先ほどの女性もそうだ。関係者としか思えない。実際小さく気配を感じてはいる。
“うむ。この先にいるな”
“うむ。この先にいるな”
ほの暗い部屋(?)のずっと奥に、確かに天井の薄緑とは異なるタイプの光が見えている。その光はいわゆる起動中のパソコンの画面である。
警戒はしつつも、美和達はそのパソコンに向かって歩いて行く。画面から漏れている光がふらふらと形を変えているのが判る。それはその前に人がいるからである。
だが美和はその人物から十歩程離れた位置でピタリと立ち止まった。すぐ後ろのジェーニオも同じように止まる。
「盗賊のムータの持ち主っていうのは、伊達じゃないみたいね」
パソコンの前から、勝ち気な性格を思わせる少女の声が聞こえる。声が少しくぐもっているのは、たこ焼きを食べながら話しているからである。
この距離なら開けっ放しのパックから漂う独特のソースの匂いですぐに判る。
その少女はパソコンの画面を見つめ美和達に背を向けたまま、
「そこから一歩でも歩いてたら警報装置が鳴って、アンタ達を襲ってたよ」
美和のつま先には赤いビーム――赤外線がロープのように横切っていた。
「不法侵入で訴え……と言いたいトコだけど、こっちが案内したも同然だからそれはいいわ」
キーを叩く手を止め、その人物は大きく背を反らす。その体勢のままこちらに視線を合わせ、
「自己紹介、要る?」
「いえ」
美和は間髪入れずに即答する。聞きたい事、知りたい事はそれではないからだ。するとその少女は露骨に顔をしかめると、
「それはないでしょ! そこは自己紹介から色々話をさせるところでしょ!」
ガタン、と大きな音を立てて椅子から立ち上がると、ズカズカと美和の前まで歩いてくる。
その姿は、やはり先ほどエレベーター前で出会った少女だった。帽子を取っていたので判ったが、その外見は思いのほかいぶきに似ていた。
「このあたしこそ誰あろう、IQ230でギネス記録を塗り替え、ウニヴェルスィタ総合大学を十三歳で首席卒業した、世界レベルの大天才……」
無意味にその場でポーズを決め……ようとしてバランスを一瞬崩した。だがすぐに何事もなかったように立て直すと、
「スーフル・P=I・ドットレッサとは、あたしの事だああぁぁっ!!」
美和の方を指差して、力一杯叫んだ。
「……知らない方ですね」
本人の中だけとはいえ、力一杯盛り上がったそのテンションを一発で破壊する美和の淡々とした口調と態度。
このテンションの落差が生み出す空白の時間。お互いが口はおろか動作すら止めて見つめ合う形になる。
もちろん最初に動いたのはスーフル・P=I・ドットレッサと名乗った方である。
まるでかんしゃくを起こしたように足で力一杯地面を何度も何度も叩きまくりながら、
「失礼にも程ってモンがある! それがこの世界レベルの大天才の前に立つ事を許された、選ばれし人間の取る態度か!」
名乗り以上の力を込めて美和に怒鳴りつけた彼女だが、ふと何かを思い出したかのように平静の表情に戻ると、
「ああ、そうか。知らなくて当たり前なんだった。ココでは」
一人で納得したようにウンウンとうなづいている。多少演技過剰にも見えるその態度に、
“ここは……日本ではないな、やはり”
“ここは……日本ではないな、やはり”
今まで黙っていたジェーニオが唐突に口を開く。その言葉に素早く反応したスーフルは必要以上に得意げに胸を張りつつ、
「おーおー、さすがは精霊、普通の人間じゃ判らない事をサラッと見抜くねぇ。どこで判った?」
“インターネットの回線が、明らかに先ほどまでと違っていたのでな”
“インターネットの回線が、明らかに先ほどまでと違っていたのでな”
これまでいた日本では、どんなに速くても回線速度が1Gbps(ギガビーピーエス:一秒間に送受信可能なデータ量を表す単位)を超えるサービスはまだ多いとは言えない。
最近は「最速1Gbps」を謳った広告もあるが、それはあくまでも“最速”であって“必ず”その速度が出るという訳ではない。
先ほどスーフルの口から出た『ウニヴェルスィタ総合大学』という単語をこっそりインターネットで検索しようとしたジェーニオは、ここにあるそれを遥かに超える回線速度に気づいたのである。
「さすが電波と相性が良いだけはあるね。そうよ。ここはアンタ達から見ればだいたい三百年は未来の世界になるから」
サラリと飛び出した衝撃の事実。まさかうらぶれた雑居ビルの最上階より上に(?)行ったら未来の世界と繋がっていたとはさすがに思わなかった。
美和本人も昔とある事故で二百年程時間を越えてこの現代にやって来た身ではあるが、こんな簡単に過去と未来を行き来してしまうとも。
「それでは、あなたのご要望にお応えして、質問をさせて戴きましょうかね」
無表情な美和の顔もさすがに驚きを隠せぬまま、この世界での仮の身分――市立留十戈学園高校新聞部の部長の顔つきになると、
「我々をここにわざわざ呼んだ目的です」
「簡っっっっ単な事よ」
スーフルは目一杯溜めてからビシッと指を差して、
「自慢するためよ!」
そう言い切った。

<つづく>


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