トガった彼女をブン回せっ! 第29話その1
『失言なのは判ってる』

『剣士殿、喜んで下さい! 新しい資料が見つかったそうです!』
賢者モール・ヴィタル・トロンペの弾んだ声が耳元で爆発する。だから剣士殿と呼ばれた軽戦士・角田昭士は思わず携帯電話を耳から離してしまった。
《おいおい。電話でそんな大声は勘弁してくれ》
サイドカーに乗っている昭士のそんな言動に疑問を持った、バイクに跨がるモーナカ・ソレッラ・スオーラが話しかけてくるより早く、昭士は無言で「大丈夫だから」と合図を送る。
『し、失礼致しました』
申し訳なさそうに、必要以上に声を潜めた賢者は、それでも喜びを隠せぬ声のまま、新しい資料(おそらく何かの本)をパラパラとめくる音が大きく聞こえる。
『この資料に因りますと、かつて犬型のエッセが存在していた様なのです』
《犬!?》
その資料にはこうあった。
とある猟師が飼っていた猟犬の首が、いきなり消え失せてしまった。首を斬って隠してしまったかのように。
その首の切断面はまるで磨いたように綺麗で、些細な凹凸すら見られない程だった。
驚いて動けないでいる猟師の前に、いきなり宙から湧き出たかのように一匹の犬が姿を現わした。
そしてその犬は、何と猟師にかしずくかのようにピタリと座り込んだ。
よく見ればその犬には、首を失くした猟犬と寸分違わぬ姿をしていた。
だがその体表は刃物のようにキラキラとしており、まるで金属でできているかのようだった。
寸分違わぬ姿の犬は、些細な仕草に至るまで、首を失くした飼い犬そのものであった。
『元の生物のままのエッセとは、まるで今回現われたエッセのようだと思いませんか?』
《ちょ、ちょちょ、何だそりゃ!?》
昭士はついついツッコミを入れてしまう。当たり前である。
何故今までそんな資料が出てこなかったのか。エッセに関する資料があったら優先的に譲ってもらえる様な協力体制があった筈ではないのか。
スオーラの父であり、この辺りで一番信仰されている宗教・ジェズ教のトップであるモーナカ・キエーリコ・クレーロの勅命で、王家や貴族などのお偉方に話が行っている割に、提供された資料はあまりに少ないと言っていい。
勿論エッセに関する目撃情報、被害情報が少ないのが一番の原因である事はさすがの昭士も理解してはいる。だがそうした組織や機関の力を借りても集まらないのか。
そう思っていた矢先の資料発見である。ツッコミの一つ二つ入れたくなろうというものだ。
《だいたい首なし死体が後にエッセになってくるんじゃなかったのか? 随分前にそう聞いてるぞ? そんな情報今さらじゃねぇか》
『それは仕方ありませんよ。一つの新事実が見つかると「他の本にそれらしき記述は本当にないのか」と、また一から見直す作業が始まるのですから』
賢者が言うには、本や資料に書かれている事が「本当に」エッセについて書かれた事なのか判るとは限らないのだという。
エッセという存在を知らぬまま書かれた物をよく調べてみたら実はそうだった、という事態が確率は低いが起こりえると言う。
今回のこの発見も、今年の夏頃に判った事実を元に調べ直した結果出てきたそうだ。しかもこの国から遠く離れた異国で。
このオルトラ世界は昭士の基準からすれば文明レベルが百年は昔の世界。あらゆる伝達技術が彼の世界と比べれば遥かに未熟。
新事実の伝達に時間がかかり、調べ直しに時間がかかり、こちらに届くまでに時間がかかり。
賢者のそうした説明に昭士は「そうだった」と後悔しつつも、その反省からか話を遮る事はしないでいた。
『今回見つかった資料では、エッセはすぐさま襲いかかっていません。外見はエッセそのものですがその内面は元の飼い犬のままのようでしたから、まさしく今回のケースと同様の事が過去にもあったという新事実です』
《確かに今度出た親戚のエッセも意思疎通はできたって話だし。新事実っちゃ新事実だけどよぉ》
昭士は露骨に不満を露わにする。
エッセは生物を模した姿で現われる事は既に判っている。首なし死体が見つかり、後にその生物の姿のエッセが出る事も既に判っている。
確かに過去同じケースがあった事は正直驚いている。だが、こちらが既に知っている事を新情報だの新事実だのと言われても、嬉しくも何ともないのが本音というものだ。
昭士はふと気になった事を訊ねてみた。
《なぁ。その猟犬がエッセになった資料って、いつくらいの話なんだ?》
『あ、ああ。そうですね。今からだいたい三百年は昔の話になります』
三百年前。昭士は以前聞いた三百年前に起きたという事件の事をおぼろげに思い出した。
この世界にあるペイ国という国で人ならざる化け物と戦っていた戦士の話。
その戦士とは昭士の前にムータの力で軽戦士に変身して戦っていた者だ。名前は聞いたと思うが覚えていない。
その戦いの中で色々あったらしい事は覚えているのだが、詳細はやっぱり忘れている。
勿論それらと関係があるかは判らないが、この世界の三百年前と聞いて昭士が思い出せたのはそのくらいである。
昭士はしばし考え込む。
飼い主を覚えていた猟犬といい、今回の親戚といい、生き物を模したというよりは元々いた生き物のコピーと言った方が正しいと思えてくる。でなければ記憶まで持っている訳がないからだ。
これがどちらも最近のケースであったなら、模して作る技術が上がって、記憶を保ったバージョンが作れるようになったという解釈もアリだったろう。
だが少なくともスオーラが戦い始めてからは、今回の親戚のケースが初めてだと言うし、この間何体ものエッセと戦ってきているから、作れるようになってきたという解釈には少々無理がある。
逆に言えば、問答無用で襲いかかり、生き物を金属へと変えるガスを吐き、それのみを食する普段通り(?)のエッセはどうして生まれたのか。今回のケースとの差は何なのか。
《どう思うよ?》
『どう、と言われても困るのですが……』
電話の向こうで、明らかに賢者が困惑しているのが判る。
『この資料に因りますと、続きにはこうあります』
賢者が話の続きを始める。
仕方なくしばしの間金属のようになった犬を使っていたが、好物のエサを何一つ食べようとしなくなった。
鳴き声を一切放つ事もなく、表情も全く変わらないので、調子や状態が全く判らなかった。
そんな犬が突然ボロボロになって消え失せてしまった。
という事が書いてあった、と。
《食べなかった、ねぇ。口からガス出して生き物を金属にして食ってなかったのかね?》
『さすがにそこまではこの資料からは読み取れませんが、飼い主と猟犬が長い時間離ればなれになるとは思えませんので、おそらくなかったのではないでしょうか』
それにあったのなら、真っ先に飼い主が金属にされて食べられている。それならこうした文章は残っていないだろうとつけ加える。
そうだろうなぁと力なく呟く昭士。
『また何か新しい発見がありましたらお知らせ致します』
《ああ。無茶は承知で言うけど、エッセにされたヤツを元に戻す方法を大至急な》
昭士はそれで通話を切った。
一応聞こえていたらしく、バイクに跨がったままのスオーラが昭士に訊ねてきた。
「賢者様は何と仰っていたのですか?」
《過去にも似た様な事があったって感じで、役に立つ情報じゃなかった》
情報を集めてもらっている身分で偉そうな態度な事は昭士も自覚しているものの、もっと役に立つ情報をよこして欲しいし、そもそも一番欲しい情報が来ないのではどうしようもない。
《まぁ、あんまりえぇ(あい)つに頼るな》
バイクの隣を馬で並走していたガン=スミス・スタップ・アープがそう声をかけてくる。
昔賢者と色々あったようで、少なくとも根っから信用しているとはとても言い難い、そんな中年カウボーイ、いや、カウガールである。
ガン=スミスは元々昭士と同じ世界のアメリカ合衆国の出身である。加えて元々は二百年は昔の人間だ。
オルトラ世界にやって来た時に、外見のみが中性的な女性に変わってしまったので、男と言っていいのか女と言っていいのか未だに判断し辛い。
オルトラ世界で魔法的な事故に巻き込まれて二百年程時代を超え、現代こうしてこの場にいる。時代のギャップでトラブルを起こす事も多いが、年季の入った大人には違いない。
いきなりやって来た事に昭士が少し驚く。昭士から見れば古いとはいえバイク相手にここまで馬が並走できるとは思っていなかったからだ。
《馬をナメるなよ。四十メェ(マイ)ルは無理としても、それに近ぇ速度は出せるんだ》
鼻を鳴らして得意げになるガン=スミス。昭士はまだしまっていなかった携帯電話を使って四十マイルが時速何キロメートルになるのかを調べていた。
《……四十マイルって、だいたい時速六十四キロくらいか。結構な速さだな》
その速度にも驚いたが、本当に驚くべきはガン=スミスの乗る馬のウリラである。見る感じ全力疾走という感じではないにせよ、もう二時間近く走りっぱなしなのである。
馬といえば紛れもない生き物。いくら走る事に卓越した能力があっても、全く疲れずに走り続ける事などできる訳がない。
馬に関してはほとんど知識がない昭士でも、さすがにそのくらいは理解している。
《なぁ。さすがにそろそろ休ませないと、馬の方がマズイだろ。この先に町とか村とか、休めそうな場所はあるのか?》
昭士はガン=スミスではなくスオーラに訊ねた。スオーラは少し遠くを見るように少しだけ身を起こすと、
「小さな農村ならありますので、そこで休憩にしましょう」
その提案には勿論全員が乗った。特に、地面からの振動に辟易しきっていた昭士が。


村人達は、やって来たのがサイドカー付きのバイクと馬の組み合わせに驚いていたが、それ以上に彼等の人種に驚いていた。
いわゆる白人が二人、黄色人種が一人、そして――黒人が一人。
人種的な外見で露骨な差別をされる心配は少ないのだが、それでも黒人はこの辺りでは滅多に見かけないので、どうしても奇異の視線を集めてしまう。
加えてその黒人が「森の蛮族」と蔑まれている村の出身であるから尚更だ。
馬に跨がるガン=スミスの背中に無防備にもたれかかっているその黒人の名はジュンという。
深い森の中で未だ原始的な生活を営む、女性だけの村の出身であり、小柄で細身の身体から信じられない力を発揮する野生児の少女戦士だ。
しかし今はもたれかかった状態ですやすやと眠っている。黒人に対しては(現代支点で)差別的な言動の方が普通だったガン=スミスは、勿論良い顔をしていない。
だが今この場で馬から振り落とす真似もできない。その行動がマズイ事くらいはガン=スミスといえどもさすがに学習している。
スオーラはバイクを停めると、近くにいた村人に、
「一つお訊ねします。この村にジェズ教教会はありますか?」
彼女が信仰しているジェズ教は、この国を含めた周辺諸国で一番広く信仰されている。大きな町なら必ず教会があるが、こうした小さな村だとない場合があるためだ。
スオーラはジェズ教聖職者階級の中でも最下層の托鉢僧である。このジェズ教では「フラーテ」と呼ぶ。各地を旅して回り、布教活動に勤しむのが職務である。そんな聖職者達が着る僧服姿なので、村人にも彼女が何者か判ったようだ。
ところが、むしろそんな聖職者=托鉢僧が、何故見るからに異教徒とおぼしき人物達と一緒にいるのか。そんな疑問点やうさん臭さを感じたのだろう。
警戒した表情を隠そうともしないままではあったが、一応指を差して教会の場所は教えてくれた。
それを聞いたスオーラは礼を言い、再びバイクを走らせる。ガン=スミスの乗った馬もゆっくり後を追う。
そんな奇妙でしかない組み合わせの一行を、村人達は不思議そうな顔で見つめていたが、やがて顔を見合わせると一行の後を追いかけ出した。
馬をゆっくり走らせていたガン=スミスは、後ろからゆっくり追いかけてきているそんな村人達に注意を払いながら、隣を走るスオーラに向かって、
《後ろから何か来てるが、何でか判るか?》
スオーラもバイクのバックミラーで後ろを確認し、そんな人影を見つけると、
「確かにこちらに向かっているようですが、礼拝の時間はもう少し後の筈です」
しかし、鏡越しに見る村人の雰囲気はどう贔屓目に見ても礼拝に行こうという感じは全くない。むしろ感じるのは強烈な警戒心である。
《こういう小さい村は閉鎖的とか排他的とかよそ者に警戒心が強いってやつ。そういうんじゃねーの?》
少し周囲を見回した昭士がありがちな事を言う。
《ひょっとしてアレか? レディが無駄に救世主扱いされてるからだろ。一方オレ様達は救世主に群がる異教徒集団。良くも悪くも注目は集めるわな》
どことなく呆れた雰囲気を漂わせ、ガン=スミスはスオーラに一応付きで申し訳なさそうに言った。
エッセと戦える数少ない人間故に救世主と崇め奉られるのはある程度妥協はできても、戦えるのはスオーラだけではない。その辺はいくら言っても改善される様子がない。
ジェズ教としては聖職者にしてジェズ教トップの愛娘であるスオーラを必要以上に「推して」アピールをしたいのだろう。完全に宣伝の看板扱いである。
地元でもそうなのだから、話の伝わり方が遅く、また尾ひれがつきやすい離れた場所ならば改善されている訳がない。
明らかにスオーラの表情が固くなったのを、見てはいないが察したガン=スミスは、
《レディ。失言なのは判ってる。けど受け止めてくれ》
改善して欲しい気持ちは理解できるが、現状がそうだという事、そして自身が属している団体がどういう事を考え、自分に何を望んでいるのかもきちんと理解する。宗教だろうが組織だろうが、所属している以上必要になってくる事だ。
スオーラはガン=スミスの言葉に応えず、無言のままバイクを走らせる。
《……教会って、あれか?》
昭士の視線の先には自分が知っている礼拝堂に似た建物が小さく見えてきた。けれど明らかに普通でない事は誰の目にも判った。
理由は簡単。建物の一部が壊れているからだ。
《随分前から壊れっぱなしって感じじゃなさそうだな》
自慢の視力で壊れ具合を観察するガン=スミス。さらによく見れば、村人達が集まって掃除をしているのも見えた。
「清掃活動というよりも、瓦礫の撤去と言った方が正確でしょうね」
壊れた建物の具合。瓦礫の撤去の具合。ガン=スミスの言う通り、壊れたのは本当につい最近。むしろ昨日・今日というレベルだ。
一行はそれでも教会の前までやって来る。撤去作業をしていた村人達は一斉に手を止め、彼らを不思議そうに見ている。スオーラは真っ先にバイクから降りると他のメンバーに、
「わたくしが話を聞いてみます」
それが良いだろうと、昭士もガン=スミスも反対しなかった。彼女は一直線に村人達の中でも一番年かさそうな人の元へ行くと、
「初めまして。わたくしはソレッラ僧スオーラと申します。この村の……」
言いかけた時、半開きだった教会の入口から出てきたのは、スオーラと同じ服の老婆だった。老婆はスオーラに歩み寄りながら、
「ヴェッリャルダ僧ヴェローラと申します。托鉢僧のお嬢ちゃんが、こんな田舎に何の用です?」
いささかしわがれて聞き取り辛い声だが、不意の来訪者を先ほどの村人達のように警戒している様子がない。
僧同士が名乗り合う時は「洗礼名プラス自分の名前」と決まっており、その法則に従っているだけである。
スオーラの壊れた建物への視線から何が言いたいのかを察したのか、力なく溜め息をつきながら、
「キエーリコ僧クレーロ猊下が仰っていた化け物が出たんですよ」
だがその老僧の言葉に、スオーラは身を固くする。
「その化け物とは、まさか巨人の様な姿では!?」
「良く知ってるねぇ。……まさか他のところにも出たのかい!?」
スオーラの問いに老婆の方も驚きを隠せない。
[オレ様達ば、ぞいづを追っでるんだよ、婆ざん]
馬を下りて来たガン=スミスも、わざわざ少しかがんで老婆に話しかけている。
昭士やスオーラと話す時はともかく、そうでない時はこのオルトラ世界の言葉を話している。その発音は酷く聞き取り難いのだが、通じない程ではない。
老婆は酷い訛りにいささか目を丸くしていたが、一応は通じたようでさらに目を丸くすると、
「ダメダメダメ。アレは通達のあった化け物に違いない。アレを見つけたらソクニカーチ・プリンチペの町にいるモーナカ・ソレッラ・スオーラ様の元へ連絡するよう言われておる」
彼女は長身のガン=スミスにすがる様に服を掴むと、
「お前さんは異教徒のようだけど、それでも若い命を無駄に捨てる様な真似を見過ごしては、このヴェッリャルダ僧ヴェローラの名が廃るというモンだ」
[ぞれなら問題ねぇよ。ごぢらのレディが誰あろう、当のモーナガ・ゾレッラ・ズオーラ嬢に他ならねぇ]
無駄に胸を張ったガン=スミスの発言に、スオーラは恥ずかしそうに顔を伏せ、ヴェッリャルダ僧ヴェローラと名乗った老婆は、それこそ腰を抜かさんばかりに驚いていた。


スオーラとガン=スミス。そしておまけといった感じでジュンを背負った昭士が礼拝堂の中に入った。
その外では村人達が瓦礫の撤去を続けている。だが建物の外からでも何となく感じる視線。いや、入口の扉に隠れてチラチラと中を覗き込んでいる村人達。
その中に後を付けて来ていた面々を見つけた。だが中に入ってくる様子はないので、昭士はとりあえず無視しておいた。
ヴェッリャルダ僧ヴェローラという老僧は、何の変哲もない田舎の村に「救世主にして教団トップのご令嬢」の来訪という事実に、年甲斐もなく興奮している。
「パヴァメのためにロクなおもてなしもできませんが、どうかゆっくりなさって行って下さいまし」
パヴァメはジェズ教徒にとって一年最後の、そして最大の祭りである。そのパヴァメの時には、規模の大きな教会へ出向くのが信者の義務とされている。
もちろん村人全員で行く訳ではない。今年は誰が、来年は誰がとローテーションを組んでいる。そのためいつもより村人の数がずっと少ないのだ。瓦礫の撤去が進まないのもそのせいである。
[もでなじば有難いんだが、建物壊じだ化げ物の話を頼みでぇんだが]
表をチラチラと気にしながら、ガン=スミスが単刀直入に訊ねる。馬のウリラはさすがに中に入れる訳にはいかないので表にいるからだ。ウリラはああ見えて気難しい。村人の誰かがちょっかい出しやしないか心配なのだ。
「お願い致します、ヴェッリャルダ僧ヴェローラ様」
スオーラも彼女の顔を真正面から見据えて頼み込む。
すると老婆の興奮は一気に冷め、どことなく申し訳なさそうな顔になる。
「はぁ。話も何も。いきなり歩いてこの村にやって来て、建物にぶつかってもそのまま歩いて村を去ってしまっただけなので」
確かにこれが本当なら情報といえる様なレベルではない。期待してやって来てくれたのにこんな事しかできないと、自分で自分を責める様な顔だ。
そんな顔をさせてしまった事に、今度はスオーラの方が申し訳ないという顔をしている。その顔を見た老婆がより申し訳なさそうな顔を……と話が全く進まない。
これは埒が明かないとばかりに、ガン=スミスが立ち上がると、
[レディ。済まねぇが話を聞いでおいでぐれ。オレ様ばヴリラの様子を見でるがら]
わざと足音を立てて、そのまま表に出て行ってしまった。
言葉が全く判らない昭士も出て行きたかったが、出て行って何ができる訳でもない。もちろんこの場にいても何もできやしない。戦い以外では何もできない無能である事を痛感しているしかない。
昭士はなぜかつけていたポーチに入れていた携帯電話を取り出す。メールも電話も着信はない。相変わらず異世界なのに電波はきちんと届いており、アンテナは三本立っている。
一応二人の僧侶はボソボソと会話が続いている。昭士にはこの国はもちろんこの世界の言葉が全く判らない。
こちらの世界に来るようになってもうすぐ一年が経とうとしているが、ずっといる訳ではない事を加味しても、簡単な挨拶一つ覚える事ができないのはおかしいと言う人も中にはいる。この世界にも元の世界にも。
だができないものは仕方ない。昭士が悪いのではない。彼にはこの世界の言葉を理解する能力がないと言っていい。
それも昭士がこの世界で戦士としての力を振るえる代償なのかは判らないが、そうとでも考えないとやっていけないのが本音だ。
そもそもスオーラも、昭士の世界では瞬発力や跳躍力に超人的な力を発揮できる代わりにあちらの世界の「文字」を理解する能力がなく、あちらの世界で買った携帯電話を使うのがとても大変と聞いている。
それでも暮らせているのだから大したものなのである。世界は違えど人間としてのレベルが違うに違いない。自分の様な半分コミュ障の様な人間とはやはり違う。
だからスオーラに対しては借りだらけと言っていい。元々人は良い昭士はその借りを返すためにやっている部分がおそらく大きい。もちろんエッセが自分の世界で暴れては迷惑だからという面もあるが。
そのエッセが、今回はよりにもよって自分の親戚・落合広道(おちあいひろみち)ときている。
スオーラ達の話によれば普通に意思の疎通は可能だというから戦いにはならないだろうが、もちろん彼をそのままにはしておけない。
元の世界では首のない遺体で発見されたというし、この世界ではエッセ=化け物になっているというし。
実際に戦いで剣を振るうのは自分であっても、そこに行くまでの様々な下準備は完全に他人任せなのはこれまでも、そしてこれからも変わらないだろう。その度に自分もこうやって悩み続けるのだろう。
(こっちの神様は、俺の言う事は聞いちゃくれないだろうな)
何となく見上げた天井にはジェズ教の神様らしき人物が描かれており、昭士は大きく溜め息をつきかけて、慌てて止めた。
視線が合ったから。

<つづく>


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