トガった彼女をブン回せっ! 第29話その3
『スオーラ達と同類だからだよ』

「あたしとしては『お前は誰だ』とか『ここはどこだ』とか『これは何の施設なんだ』とかいうのも期待してたんだけど、まぁそれはどうでもいいわ」
スーフル・P=I・ドットレッサと名乗った、無駄に偉そうでどことなくいぶきに似た(自称)大天才は、
「個人でここまでのレベルの物が作れる頭脳と技術を持ってるスゴさっていうのは、いくら何でも判ってもらえると思うけど……判ってる?」
急にいぶかしげな目つきで美和やジェーニオを睨みつける。
「では、せっかくですのでそういった事を全部話して下さい」
美和は相変わらずの無表情で呟くように続きを促した。
こういうタイプは相手に合わせて好きにさせた方が面倒がなくていい。決して長いとはいえない人生経験で学んだ事の一つである。
そんな思惑を知ってか知らずか、スーフルは無駄にふんぞり返ると鼻息荒くテンションを上げ、
「まぁそこまで言うんなら、言ってあげる方が親切ってモンよね。話してやるからよ〜く聞きなさい」
完全に調子に乗って得意の絶頂なのが丸判りの表情である。それから机に置きっぱなしのたこ焼きをパクパクと口に放り込むと、それを噛みながら、
「ここはアルマビオロージコの製造工場。その二代目よ。アンタ達が『エッセ』って呼んでるヤツ。アレを作ってるの」
スーフルの解説によると、生物の首を取って来て、周辺にある台の上に乗せると、脳に残っている情報を元に全身金属で覆われた生物兵器が誕生する仕組みらしい。
身体が残っていれば記憶も意識も遺った者ができあがるが、首を取られたオリジナルの生物は、完全に首なし死体にしか見えないため、発見されればほとんどが処分されてしまう。
首が切り離されていても生命活動が「中断」するだけであり「停止」する訳ではない。厳密には動けないだけで死んではいないのに。
だが胴体がなくなると頭部の方にも影響を及ぼす事が判った。
本来は吐くガスによって生物を金属化して仲間にして増やして行くものだった。しかし頭部のみとなると生物の本能のみとなるのか、ガスで金属化しても目の前の生物を食べる事しか頭になくなるのだという。
という事は、普段襲いかかってくるエッセはこちらのタイプという事になる。
そして本能のみとなった場合、生物を金属に変えても仲間にはならなかった。そこが唯一の誤算と語る。
しかし一兵器という事を考えれば、こちらの命令を受けつけないだけで破壊力はあるため「これはこれで」と思って放置していたようだ。
「でもさー。曲がりなりにも機械でしょ? さすがに作ってから三百年も経てば、小さなバグやトラブルの一つ二つは出てくるモンでしょ。いくら作ってるのがあたしの様な大天才であってもさ」
「三百年、ですか」
無表情振りに定評がある美和でも、さすがにその単語には驚かざるを得なかった。
その口ぶりからすると作ってから三百年「生き続けている」としか思えないのだが、そんな外見には全く見えない。
オルトラ世界にも、噂話程度なら「不老長寿」の民族は存在する。人間年齢で二十代程にしか見えなくてもその実数百年以上生きている者など珍しくもないと云う。
しかし彼女がそんな「異民族」には見えないのだ。明らかに自分達と同じ「人間」種族。単に生き続ける事は――百年少しなら可能なものの、ここまで若々しい外見のままというのはさすがに不可能である。
スーフルは驚いている美和を見て、自分の言った事を思い返す。
「ああ。そっか。こんな若いまま三百年も生きてるっていえば、さすがに驚くか。けど驚くのはアルマビオロージコの方にしてくれない? 説明が面倒だし」
さも面倒くさそうな表情のスーフル。聞きたい本音はあるものの、これはおだてて調子に乗せたところで話してはくれまい。
そう直感した美和は、もっとエッセ=アルマビオロージコの事を聞いておきたいと思い、
「では、トラブルの方の話をお願いします」
するとスーフルはその期待に応えるように、さらに仰々しくポーズを決めて話し出した。トラブルなのだから自慢する事でもないだろうに。
さっき話した「トラブル」とは、台に乗せてから完成するまでの時間の事である。
予定通りに完成する者が多かったけれど、予定の時間を遥かにオーバーして完成する者。そして何年経っても全く完成していなかった者など、その落差が酷くなってしまったのである。
それは時間が経ち過ぎて、持って来た頭部の方が劣化・腐敗した結果、白骨標本同然のエッセ=アルマビオロージコが誕生した事がきっかけだった。
作ったばかりの頃はエッセ=アルマビオロージコもまだまだ強いとは言えずやられる事も多かった。そうしてやられた場合、頭部が腐敗して行く事は確かにあった。だが制作途中で起きたのは初めての事だったのだ。
だがこの骨格標本の様になって命令を受けつけなくなったが極めて高い破壊力は健在だったので「これはこれで」と放置しておいた。対策が面倒だったのもあるだろう。余談だが昭士が初めて戦い、撃破したエッセである。
「……でもねぇ。肝心の首を取ってくる方の機械――あたしはファルチエって名前を付けたんだけど、そっちにも問題が出て来ちゃってね」
困り顔の彼女の視線の先の暗がりには、こんな場所にどうやって乗り入れたのかは判らない、アームを最大まで伸ばした小型のクレーン車が停まっていた。これがファルチエらしい。
アームの先にはフックなどではなく、ショベルカーのすくう部分・スクーバーが付いている。縁はまるで鋭利な刃物の様なきらめきを放っているのが、暗がりでもよく判る。
そのクレーン車が明らかに酷使により劣化している事も。
ほとんど光が届いてない天井をよく見れば、同種のスクーバーを吊り下げたドローンの様なメカが、ほぼ無音でゆっくり飛び回っているのが見えた。
「こっちの方も経年劣化でトラブり出してさぁ。いつもならその気配や存在を感知するのは不可能な筈だったんだけど、低い確率とはいえ察知されるようになっちゃってね。おかげで目撃情報が出回っちゃってたし」
「目撃情報、ですか?」
「そう。どこかの村では首を食べる化け物とか、そんな風に云われてたみたいね。こんなカワイイ子のどこが化け物なんだか。その美的センスの無さにはほとほと呆れたわ」
首を食べる化け物。美和もちょうど同じ話をつい先日聞いたばかりである。確かそこでは「くびばきら」という名前だった。
四つ足でろくろ首のように長い首。夜道を行く人の前に立ちはだかって驚かせると、その隙に上からかじりついて首を食べてしまう。
しかしその切り口は極めて鋭い刃で切ったように綺麗であり、血は一滴も流れ出ていない。そんな話である。そして刃物のような縁のスクーバーがついたクレーン車を見れば……確かに目撃情報の様な首長の化け物に見えなくも……ないかもしれない。
だが「気配や存在を関知できない」メカなのだから、エッセではなくむしろそちらの方を「兵器」にした方が良いのでは。美和はそう考えた。
気配や存在を関知できないのであれば、わざわざエッセという「加工品」を作らなくても、ファルチエ単品で充分に兵器になるだろう。
「……ともかくね。設備が古くなり過ぎちゃったから、ここを潰して新しい工場に引っ越すつもり」
その辺を突っ込まれたくないのか、強引に話をそう変えてきた。
しかしその前に圧倒的技術力を見せつけるために誰かをここに呼ぶつもりだったところに美和が飛び込んで来た。だからこれ幸いと話しをした。という事のようだ。
それでも美和は質問――さっき浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「そのアルマビオロージコを作った目的は何ですか? 姿の見えないファルチエでも充分兵器になると思いますが」
「何でだと思う?」
「君いくつ?」「いくつだと思う?」という水商売の女性との会話を思わせるやりとりであるが、それでも美和は一応考えるそぶりを見せてから、
「単なる『こういった物を作れました』という自慢だけではないと思いましたが」
するとスーフルはとても気持ち良さそうな、しかし極めて意地の悪いニヤリとした笑みを浮かべ、
「ほー、良く判ってるわね。簡単に言っちゃえば『復讐』ね。コノウラミハラサデオクベキカ、ってヤツ? 見えないヤツに知らない間にやられるより、戦っても倒せないヤツにやられる方が『絶望する表情』が見えていいじゃない。そんな事も判らないの?」
またポイポイと口の中にたこ焼きをいくつも放り込む。その様は大好きだから食べているというよりは八つ当たりやストレス解消で噛み砕いているという印象だ。
「アンタならさすがに調べてるでしょ。オルトラ世界のプラーナ・ラガッツァと、地球がある世界の角田いぶきの二人の事は」
もちろん美和はその二人の名前を知っている。
角田いぶきはエッセと戦う角田昭士の双子の妹であり、そのエッセを唯一倒せる武器・戦乙女の剣(いくさおとめのけん)に変身する。
プラーナ・ラガッツァはそのいぶきの前世とされているオルトラ世界の住人だ。
性格はいぶきの生き写し――前世という事を考えれば逆なのだが、ともかく「度を超えて他人を顧みず自分勝手で独善的な生き方をし続けて皆に恨まれた女」である。
そのためなのか、神が罰として無償で他人の役に立ち、これに尽くす事を強制させた話を以前昭士からも聞いた事がある。その「尽くす事を強制させた」事の一つが巨大な刀剣への変身――オルトラ世界でのいぶきの姿=戦乙女の剣のようだ。
日本はともかくオルトラ世界では生まれ変わりの考え方はかなり一般的である。何度も生まれ変わり異なる人生観から魂を磨き上げ人間という「種」を進化させる。そんな考えである。
プラーナやいぶきは行動があまりに片寄り過ぎているために“善行の強制”をさせられているのだが、片寄り過ぎに加え本人にその善行をする意志が全くないので片寄り過ぎたままらしい。
そして片寄りすぎると人間ではない存在へと変貌するとされている。プラーナやいぶきの場合は悪魔だの魔人だのいわれる「悪」の存在になりかねないと聞いている。
人間がどう生きようがそれはさすがに本人の自由だし勝手ではあるが、さすがにそんな存在が増えるというのはご免被りたい。
無論美和自身が神という訳ではないが、たいがいの人間はそう考えるであろう。
「お二人とあなたの関係は?」
ふっ。スーフルは明らかに「その質問を待っていた」と言わんばかりの得意げな笑顔を作る。そして今日一番のドヤ顔を見せると、
「あたしの前世達!」
……その衝撃的すぎる発言も、口の周りのたこ焼きソースと青のりで台無しであった。


スオーラが老婆僧ヴェッリャルダ僧ヴェローラから色々な話を聞いている。
手持ちぶさたになったガン=スミスが礼拝堂の外に待たせた愛馬ウリラの世話に向かっている。
ジュンは相変わらず礼拝堂の長椅子の上で寝息を立てている。
一方、何もしていない事をしている状態の昭士は、ただただ暇を持て余していただけであった。
何もしていないというよりは何もできる事がない、である。いつもの事ではあるが、本当に自分は「戦い」以外で役に立てる事もなければできる事も何もない、と。
毎回毎回考えていてもしょうがないのだが、ついつい考えてしまう。もはやクセのレベルである。
天井に描かれたこの世界の宗教の神様らしき人物は、そんな昭士を見下ろしている。日中とはいえここは明かりに乏しい(自分から見て)百年は昔の文明の建物なのだ。煌々とした電灯などついている筈もない。
だが、そんな風に薄暗い筈なのに、そんな神の姿が見辛いという事がないのが不思議である。もっとも礼拝堂に描かれている神の姿が見えないというのは問題があると思うが。
スオーラと話していた老婆が、不意に昭士の前にやって来た。天井を指差しながら何か話しているのだが、もちろん昭士に判る訳がない。
「アキシ様。ヴェッリャルダ僧ヴェローラ様はこう仰っておられます。『天井に描かれた神や随身(ずいしん)と視線が合うと、良い事があるという言い伝えがあります』と」
随身というのは(昭士の感覚で云えば)神様に仕える天使の様な存在と聞いている。
絵に描いてある人物なのだから良く見れば視線などいくらでも合いそうなものだが、そうでもないらしい。
さっき何となくではあるが、神様らしきゆったりとした服の男と目が合ったと話すと、
「本当ですか、アキシ様。きっと素晴らしい事がありますよ」
心からの笑顔でそう告げると、隣の老婆にもそれを伝える。老婆も笑顔で昭士に話しかけているがやっぱり何を言っているのかは判らない。
昭士は判らないだけに老婆の言葉を聞き流していると、腰につけたポーチに振動を感じた。彼はポーチの中に手を突っ込み、震えている携帯電話(ガラケー)を取り出した。
理由は判らないが、このオルトラ世界でも何故か携帯電話が普通に使えるのである。
いつもならこの世界に存在しない携帯電話を使う時は周囲に気を使うのだが、今回はそんな気遣いをすっかり忘れ、長椅子に身を投げたまま蓋についた液晶画面に表示されている相手の名前を見ずに電話に出た。
《はい、もしもしこちら角田昭士です》
そう言いながら、出されていたまま放置していたお茶を一口含む。
『お、アキか。広道(ひろみち)だけど。久しぶり〜』
昭士は含んでいたお茶をスプレーのように派手に吹き出した。
スオーラ達の注目を集めつつも、彼は派手に咳き込みながら、
《何なんだよ、一体。確かエッ……化け物がどうのって聞いてるぞ? 何呑気に電話してんだよ。しかもどこからだよ!》
昭士のその言葉で、日本語が理解できるスオーラも表情を凍らせて驚いている。
それもその筈。今回の旅の目的は、エッセにされ(なり?)ながらも自我を保ったままという初めてのケースである人間型エッセ――その正体は昭士の母方の親戚である落合広道と会う事だからだ。
彼は旅行で北海道の三角(さんかく)山に行き、そこで何者かに首を掻き切られ、そしてエッセとなってこのオルトラ世界に現われた。
しかし自分が全身金属の化け物と化している事など全く判らずさまよっていた時にあちこちの町や村で目撃され、その結果スオーラ達と出会い、話をしている。
『それがこっちもさっぱりでさ。さっきスオーラっていうスッゴイ美人と少し話したんだけどさ』
そう話す声が少し華やいだ事に、昭士は「やっぱりな」と溜め息をついた。広道は基本的にミーハーなのである。
そこまで話してから、昭士の言葉を思い返して言葉に詰まった。
広道にはスオーラ達と昭士の関係を全く知らないので、昭士の「化け物がどうの」という言葉に驚いたのである。
『なっ、何でお前がそれ知ってんだよ!?』
《……俺もいわゆるスオーラ達と同類だからだよ。今俺も別の世界に来てる》
別の世界に来てる、という言葉に驚きが加算された広道ではあるが、それ以上に同類という言葉に反応して来た。
『って事は、あの美人と友達なのか? お前が? まさか付き合ってる訳じゃないよな?』
《そんな暇あるか。ともかく話の続き》
昭士に急かされた広道は、言われた通り続きを話し出した。
『何か俺がこんな風になった事を色々話してたんだけど、いきなり姿が消えちゃってさ。もう一回会いたいんだけど、名前しか判らないし。そもそもここがどこなのかも判らないし』
そう言われても昭士にだってオルトラ世界の土地勘は全くないので、説明されても困るだけだが。そばにスオーラがいて彼女に聞けるだけマシではある。それでも昭士は手がかりが欲しくて、
《何が見えるんだよ、そこから》
『えーと、何か原っぱ。草原。周り何にもない』
判るかそれで。昭士は再び溜め息をついた。そして言おうと思っていた疑問点を訊ねてみた。
《そんな何もない原っぱから、どうやって電話してるんだ?》
『何って……スマホに決まってんだろ。何か小さくなってるけどポケットに入ってたし。それにどこか知らないけど繋がるのな、こんなところで』
その声は本当に久しぶりに聞く親戚の普通の声。訳が判らないという焦りや嘆きなど全くない。それは間違いなくスオーラからある程度の話を聞いているからだ。
人間というのは何が何だか判らないから不安になるのであり、少なくとも何が何だか判らない“という事が判る”だけでも、随分と気持ちが落ち着くものなのだ。
しかし、どこにいるのか判らなければ、こちらから行く事も向こうから来てもらう事もできない。
たとえできたとしても、エッセにはこの世界にいられる時間に制限がある。その時間に間に合わねば意味がない。
《スオーラ。カーナビ貸してくれ。大至急》
昭士は携帯電話を一旦耳から外して、空いた手を出すと彼女のカーナビを要求する。このカーナビにはエッセがどこにいるのか表示させる事ができるのだ。
スオーラは自身の僧服のポケットの中からカーナビを出し、起動させた状態で昭士に手渡した。
受け取った昭士も電話を耳に当てながら画面を操作。相変わらず何と書いてあるのか、何と読むのかサッパリ判らない地名が並ぶ地図の縮尺をどんどん変えていくが、それらしいマーカーは現われていない。
とはいえ出現時にムータが無反応だった事を考えれば、表示されるかは判らない。
何せ今回は「元の生物の意識を持った」エッセという初めてのケースだ。これまでの常識が通用する保証はない。
それでも画面の両端の距離が百キロを超えたところで諦めた。この距離ではたとえ表示されてもこっちが行くまでにあっちが消えてしまう。
昭士は「ちょっと待て」と小声で言ってから、何となく携帯電話の下半分を手で塞ぎ、
《スオーラ。広道のエッセが出たんだが、どうやって合流したもんかね? アイデアないか?》
「えっ!? ど、どうと言われましても……」
いきなり聞かれたスオーラもさすがに困っている。
オルトラ世界の事を知らない広道に「○○に来て下さい」と言ったところで判る筈もない。当然だ。
前回と同じ道を歩いて来て下さいと言ってもあっちが覚えてはおるまい。意思疎通ができるとはいえ、出会った人に訊ねるというのはもちろん論外である。
異世界の言語である日本語がどれだけ通用するかも怪しいものだし――ほぼ日本語と同じ言語がオルトラ世界にもあるが、メジャーな言語ではないらしい――それ以前に外見を金属としか思えない謎物質で覆われた全長三メートルの人間、というだけで、事情を知らない者は化け物としか見ない。
たとえ言葉が通じたとしても、そんな化け物の外見と相まって、どのくらいコミュニケーションが取れるか判ったものではない。
だから自力でどうにかしなければならないのだが……そこで昭士の脳にひらめいた事があった。
彼は電話の向こうの広道に向かって、
《なあ、確かGPSだっけ。あったよな。それで自分の現在位置調べられるよな?》
とっさの思いつきにしては、なかなかのレベルである。
『えっ。ああ、そういやそうだけど。けど普段使わないからやり方知らないし。第一地名とか出るかねぇ?』
《そんなもんどっかにあるだろ、多分。判るかどうかの瀬戸際なんだから真剣に探せ!》
怒りに任せたかのようにそこで通話を切った。それを見たスオーラが、
「あの、アキシ様。わざわざ通話を切らずとも宜しかったのでは?」
《けど電話しながらじゃGPS使えないだろうし。ってか、使ってる人見た事ないし》
そんな二人のやりとりを見ていたヴェッリャルダ僧ヴェローラは完全に蚊帳の外も良いところである。しかもスオーラの言葉しか理解できないし、そもそも二人が何をしているのか判らない。
当たり前である。このオルトラ世界にの機械的な文明レベルは現代の地球の約百年前。固定電話と車は存在するけれど、携帯電話やカーナビは存在すらしていない。
しかし言葉は判らずとも、二人の会話の雰囲気から自分が口を挟む、挟める事ではないという事はすぐに察する事ができた。その辺りの観察力は伊達に年を取っているのではないという事か。
「スオーラ様、もしや化け物が現われたのですか?」
それでも老僧はスオーラに声をかけた。
「えっ、あ、現われたというか……その」
まさか声をかけてくるとは思っておらず、珍しくスオーラが驚いて返答に戸惑ってしまう。
「あ、現われた事には、その、違いがないのですが」
エッセに関する事を口止めされている訳ではない。しかしきちんと説明しようとすると「携帯電話」や「カーナビ」といった、この世界に存在しないアイテムの事を出さざるを得ない。
だがそんな存在しないアイテムの説明までしたところで判ってもらえる事はないだろう。
そんな風に良い意味で「いい加減」にできないのが、スオーラの生真面目なところであり、少々固いと言わざるを得ない部分である。
昭士は再び携帯電話を広げて話を始めていた。今度は気を使って少し小声になっている。そのおかげで会話は聞き取り辛いが、電話の相手はさっきと同じ広道のようである。
彼は耳と肩でガラケーを挟み、手元のカーナビを操作しながら一直線に窓まで歩いて行き、顔を近づけて何度も息を吐き出した。
そうして曇らせたガラスに指を走らせている。その様子はどう見てもメモである。使えそうな物がなかったのである。
《ああ。判った。間に合うかはともかく、行くだけ行ってみるから》
それで電話を切った昭士は、スオーラのところに急いで駆け寄ると、
《スオーラ。広道の居場所が判った。こっから五十キロくらい西にある何もない草原だ》
カーナビの画面の中心にはこの村=現在地があり、そこから五十キロ程西=左側にある「TouHleP」という地名を指差している。
昭士には意味のないアルファベットの羅列にしか見えないのだが、広道のスマートフォンのGPSの現在地にも同じアルファベットが表示されたそうだ。
カーナビもスマートフォンも現在位置確認にGPSを使っているのなら、この世界では同じアルファベットで表示されるのでは。それなら読み方は判らなくても探す事ができるのでは。そんな昭士の閃きがピタリと的中したのである。
この村から五十キロ程西に「プラート」と呼ばれる大草原地帯がある事はスオーラも知っている。このアルファベットをどう読めばプラートになるのかはさすがに判らないが、読めなくても場所が分かればこの場合は良いのだ。
後はどう急いでこの場所に向かうか、であるが……。
《……よし。断わるとは思うが一応聞いてみるか》
昭士は小さく首を傾げてから駆け足で礼拝堂を飛び出した。そして探したのはガン=スミスである。
ガン=スミスの愛馬ウリラは、過去エッセによって金属へと変えられている。そこから時間をかけて元に戻る事ができたのだが、その影響なのか翼のある馬・ペガサスに変身できるようになったのだ。
空を飛んで行けばさすがに五十キロ程の距離はあっという間だろう。だが昭士を乗せて行ってくれるかは判らない。いや、かなり高い確率で断わるだろう。ガン=スミスなら。
これがスオーラを乗せてくれというのであれば二つ返事で引き受けるのは間違いないが。
ガン=スミスは教会そばの井戸の前にいた。そこから汲んだ水を使い、ウリラの身体を丁寧に拭いてやっているところだった。
《ガン=スミス。すぐに五十キロ先まで移動したい。ウリラをペガサスにして乗せてくれ》
《断わる》
ガン=スミスは昭士の方を見ず、しかも即答で予想通りの返答をしながら、ウリラの身体を一生懸命拭き続けている。
「ガン=スミス様。時間がないのです。アキシ様を乗せて行って頂けませんか」
《レディがそう仰るなら》
ガン=スミスはウリラを拭いていた布をポイと放って、スオーラに向き直って一礼までした。
予想通りに。

<つづく>


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