トガった彼女をブン回せっ! 第1話その3
『学校の校庭に、バカでかい化物が出た!』

残された剣道部員達と体育教師。それから金属の塊となってしまった犠牲者達。
このままにしておく訳にもいかない。騒ぎになるのを覚悟で、体育教師は警察に通報した。
騒ぎを聞いてやって来た校長が驚く中、すぐ近くの警察署から警官がやって来る。
だが警官はこの被害状況を見てもほとんど驚いていなかった。むしろ、
「あいつがやったんじゃないだろうな、アキ?」
昭士を見た顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)はどこか呆れ顔でそう呟く。
あいつとは妹のいぶきの事である。
他人の為に動く事を自殺してでも嫌うタイプが他人とうまく付き合える訳もなく。
その性格が原因で他人、特にガラの悪い人間とトラブルを起こす事が多いのだ。
トラブルといってもそのほとんどはケンカ。無論勝敗は「急所攻撃しかしない」いぶきの圧勝である。ケンカ相手のほとんどはいぶき曰く「正当防衛」という名の過剰防衛で病院通いをするハメになっている。
そのため毎日のように警察の世話になっている。一昔前のケンカに明け暮れる不良とは少々違うものの、その辺が「素行不良」と取られ、いぶきが剣道の公式試合に出た事は十年の剣道生活の中でただの一度もない。
「今回は無関係ですよ」
「そうだよ警察のオッサン。あの妹は兄貴が人質に取られても平気で帰っちまう薄情者ですから」
昭士の一年先輩の剣道部員が、チャラチャラした調子で彼の言葉に同意する。
警官達は皆を剣道場に入るように促した。全員が入った事を確認して、入口をしっかりと閉める。
それから皆を適当に並べさせると、
「これからお話する事は、決して口外しないで下さい。特にブログやツイッターなどのネット媒体には」
厳しい表情でそう前置きをしてから、鳥居警察官は重く口を開いた。
「実は、今回のような事件が起こったのは、初めてではないのです」
その言葉にざわめきが起こる中、皆の気持ちを代表し、校長が訊ねる。
「は、初めてではない、とおっしゃいますと?」
警察官も厳しい表情のまま、
「いわゆる『人体金属化事件』とでも言いましょうか。今月に入ってすでに四件の被害が出ています。現在は各マスコミにも情報を公開しないよう、厳しく通達しております」
それから、剣道場の隅に片づけられた、金属と化した部員達をチラリと見ると、
「今回のように大人数というのは初めてのケースですが」
間を取るように、そして被害者への祈りを捧げるように、制帽を少しだけかぶり直す。
「何らかの薬品や毒物の可能性が高いのですが、この中に目撃者がおりましたら情報の提供をお願い致します」
その言葉に更に皆が――剣道部員達がざわめく。
当然である。彼らは部員達が金属の塊にされる現場をその目で目撃したのだから。しかしそれを話す事には皆が躊躇していた。
先程帰って行ったスオーラから口止めをされていた訳ではない。しかし、あまりにも荒唐無稽かつファンタジー過ぎて、事実にもかかわらず現実感がなさ過ぎるのだ。
剣道部員達は「どうする?」「話しても信じてくれるか……」「俺らも信じられないもんな」とひそひそ囁きあっていた。
当然こんな間近でそんな会話を聞き逃す訳がない。鳥居が鋭い目で部員達を睨みつけるように見回すと、
「何か知っているのかね? 知っているなら是非話してもらいたい。そもそもそうした情報の提供や事件への協力は市民の義務なのだがね」
警察官らしいどことなく「上から目線」の態度。一方部員達は昭士を小突いて「お前が言えよ」と促している。
「あ、あの、とと鳥居さん……」
周囲の無言の圧力に屈した昭士は、そろそろと手を上げながら立ち上がる。
「ん。何だアキ。何か知ってるのか?」
「ハ、ハイ。その……一応」
周囲が無言で「早くしろ」と急かす中、昭士は意を決して口を開いた。
「こ、こ、これは……化物の仕業なんです」
「ば、化物ぉ!?」
どんな情報かと待ち構えていた鳥居は、飛び出したあまりに常識はずれな単語に驚くと、大声で笑い出した。
「いや。お前がウソを言うとは思ってないけど、それはあまりにも……」
「ほ、本当なんです。あ、あ、あの壁からニュッと姿を現して……」
笑い続ける彼に真剣に訴える昭士。周囲の剣道部員も、
「いや、ホントなんですよ。恐竜の骨格標本みたいなヤツで。そいつがガスみたいなヤツを吐いたら、みんなああなっちゃって」
「で、その金属になっちゃった床をバリバリ食べてたよ」
ワイワイと一気に騒がしくなった部員達の元へ、別の警察官が駆け寄ってくる。彼はそのまま笑いっぱなしの鳥居の元に向かうと、彼の耳にそっと何やら話した。
するとその表情が一転。笑い顔がピタリと止まった。それから昭士の方を向くと、
「……アキ。お前達の証言に裏が取れたよ。夕べ、この学校の隣の公園で『等身大の恐竜の骨を見た』っていうホームレスがいたそうだ。お前達が見たのと同じかどうかは判らないが、よく判らん化物がいるってのは確かのようだ」
何と。あの化物(?)は夕べもこの世界に現れていたのだ。
「同時に、その化物と戦ってたらしい女もいたそうだ。やたらスタイルが良くて髪の長い女だったと言っていたそうだ」
その言葉に一同は「彼女だ」とスオーラの事を思い浮かべていた。
「しっかし、化物ってだけでも非常識なのに、襲われて人間が金属になっちまうとはなぁ」
鳥居は独り言のようにブツブツ言っている。
「とりあえず、この事は絶対に他言無用でお願いします。いいですね?」
「鳥居、大変だ!」
剣道場の入口から、警察官の切羽詰まった叫び声がした。一同がそちらを向くより早く、
「学校の校庭に、バカでかい化物が出た!」


剣道場から学校の校庭に出るには、校舎を一つ経由しなければならない。スポーツに力を入れているだけはあり、敷地は割と大きい部類に入る。
その敷地の大きさが、今回裏目に出る事になろうとは。
鳥居達警察官が剣道場の面々に「危ないからこの場にいろ」ときつく言い含めてから四分後。彼らはようやく化物が出たという校庭に到着した。
「……何だよ、ありゃ」
現れた化物というのは、先程剣道部員達が言っていた通りの物だった。『恐竜の骨格標本みたいなヤツ』。何かの金属製のように見えたが、確かにその姿は「等身大の骨格標本」。
ただし、頭は半分焦げて壊れている。
それがゆっくりとずしんずしんと足音を立てて、ゴムチップを埋めて全天候型舗装をされた校庭の上を我が物顔でのし歩いているのだ。
それが薄暗くなり始めた情景の中で、不思議な事にクッキリと浮かび上がって見えた。
警官達は幼少の頃に見た怪獣映画さながらの光景に、目の前の現実が本当に現実なのかと、自分の目を疑いたくなっていた。無理もない。
「鳴き声、ないんだなぁ」
誰かの間の抜けたつぶやきに腰砕けになりそうになったが、自分が警察官である事を思い出したのか、逃げまどう人々に向かって「早く逃げろ!」と叫びながら骨格標本に向かって駆け出した。
わずかに残っていた生徒や教師は、その現実離れした光景に戸惑いつつも、化物に襲われてはかなわないと一目散に学校の外に逃げ出して行く。
それを見て若干安堵した警察官達だが、こんな化物相手に、自分達のような警察官が何をすればいいのか。
一応腰には拳銃をぶら下げているものの、あからさまに効かない事が明白な「化物」。
「どうしましょう!?」
鳥居はこの中で一番階級が上の警察官に向かって怒鳴る。その警察官も怒鳴るように、
「まずは人命最優先。それが済んだら……」
「そんな事言っても、あんなの自衛隊か特撮ヒーローでもないと相手にならないですよ!」
横から割り込んできた別の警察官が泣きそうになっている。確かに警察官の職務内容に、あのような化物を相手にする事は記載されていない。完全に職務外である。
むしろ化物の動きによってはどこが危険区域になってもおかしくはない。化物を倒せない以上、せめて皆を逃がす事くらいはやり遂げねば、警察官としてのプライドが許さない。
すると化物が口をゆっくりと背を後ろに反らしながらた大きく開け出した。これは煙のようなガスを吐く予備動作だが、警察官達は当然それを知らない。
動きが止まった事が幸いと、拳銃を抜いて化物に発砲する。弾は確実に当たっているのに痛がる素振りすら見せない。いや、そもそも「痛覚」というものがあるのかどうか。
化物はそんな警察官に向かって顔をつき下ろすと口から煙のようなガスが大量に吐き出した。
煙が薄れてかき消えると、そこには拳銃を構えたままの警察官の金属の像が立っているだけだった。
足元の校庭を含めて。


剣道場に半ば強制的に閉じ込められた剣道部員達。入口の前には見張りらしい警察官が一人いるだけだ。
しかしもし先程の化物だったら。それがこっちの方に向かってきたら。ここは閉じ込めるのではなく校外に逃がすべきだろう。そう思った生徒も数多かった。だが、
「その化物とやらがどこにいるか判らない以上、迂闊に動けばはち合わせるかもしれないだろう」
というもっともらしい意見を言う警察官。
だが学校の校庭に出た事は判っているのだ。逃げるなら早い方がいいに決まっている。
早く逃げようと主張する部員達。それはできないと主張する警察官。互いの意見が平行線を辿る中、
《何をしているんですか!?》
その声に一同が振り向くと、そこに立っていたのはスオーラだった。服がボロボロのままのさっきと同じ格好で。
《エッセが出た筈でしょう。皆さんは避難して下さい。危険です》
「あ、あ、あの。避難してって、いい言ってます」
唯一言葉の判る昭士が、警察官に向かってそう告げる。恐る恐るであったが。
警察官はついさっきまでいなかった筈の人間がいる事と、マントをつけているとはいえボロボロのジャケットとスポーツブラ(っぽいもの)という上半身裸同然という彼女のあらわな格好に驚いている。
《行きましょう。時間がありません》
スオーラは昭士の手を取って出入口に向かって行こうとするが、警察官がそれを阻む。彼は背中を入口にピタリとつけるようにしてとおせんぼしているのだ。
「君。誰かは知らないがここを出す訳にはいか……」
ガツンッ!
大きな音がしたと思いきや。何と、スオーラのブーツのかかとが扉に「突き刺さって」いたのだ。しかも警察官の顔のすぐそばに。
目にも止まらぬ上段蹴りである。
しかもスオーラの格好はマイクロミニのタイトスカート。警察官にはパンツ丸見えである。しかし恐怖のあまり役得感などこれっぽっちも感じられない。
《申し訳ありません。時間がないんです。通して下さい》
そう言った彼女の言葉が理解できた訳ではないのに、警察官はあっさりとその場を退いて道を開ける。
スオーラは昭士の手を引いて駆け出したが、すぐに昭士が平行して走っているのを確認して手を離す。
《どうして変身していないんですか?》
どことなく昭士を非難しているような口調である。
《エッセが現れると、あのムータが青白く光って音が鳴るんです。気づかない訳はないと思うのですが》
スオーラにそう言われた昭士は、さっきポケットにしまったカードを取り出してみる。だが、光ってもいなければ音も鳴っていない。
そのカードを見た彼女は少し考えると、
《もしかしたら、ムータの力が切れてしまったのかもしれません。使い過ぎるとしばらく時間をおかないと力が戻らないのです》
そして理由を聞かずに非難した事を素直に謝罪する。同時に昭士は「携帯みたいだな」と何となく思う。
そして、校舎と校舎の隙間から、さっき現れた恐竜の骨格標本、エッセが見えた。スオーラは指で「あっちです」と指し示すと、エッセに向かって一直線に走っていく。
《エッセに金属にされた人達を元に戻す方法ですが……まだ判っていません》
走りながらそう話すスオーラは、心底申し訳なさそうな顔をしている。それから自分の胸に手を押し込んでハードカバーの本を取り出すと、
《ただ『戦乙女(いくさおとめ)の剣』という武器があれば、エッセにより一層効果的な攻撃ができる事は判りました》
そう言いながら、本をパラパラとめくっていく。しばらくそうしていたが力なくパタンと本を閉じると、
《文献の挿し絵を模写してきたのですが、どうやらその紙はこの世界では存在できないようですね》
さっきの説明であった、同じように見えてあらゆる『法則』が異なるために『別の世界に存在できない』。そんな紙に至るまで『法則』があるとは思わず、昭士の方が申し訳なさそうな表情になる。
「そ、そ、それで、どんな感じな、なな、の?」
ドモりながらの昭士の質問に、スオーラは閉じた本の表紙に指で書きながら、
《戦乙女の剣ですか? 大きさまでは判りませんが、とても大きな剣のようです。長い握りに大きな柄。何より太く大きな刃が特徴的でした》
昭士も頭の中でそれらを想像してみる。あまり想像力が豊かな方ではないものの、自分がマンガやアニメなどで見た「大きな剣」を参考にして。
太く大きな刃。多分一メートル以上の長さで、幅も人間の胴体くらいはあるのだろう。
刃の幅が太い以上柄の方もかなりゴツくてガッシリした感じで。
そんな長くて重い剣を持つためには、バランスを取るために握りの部分もずっと長くしなくてはならない。
きっと筋骨隆々のマッチョ体型の戦士が力任せに振り回すような、そんな剣。もはや剣というより「鉄板に持ち手をつけた『何か』」である。
「それが、いい、戦、乙女?」
剣だから「戦」は容易に想像がつくものの、その外見で「乙女」と云われても。この太すぎる刃とやらに乙女の絵でも描いてあるのだろうか。
「でも、こんな短いじじ時間で、よく……」
スオーラの真剣な顔に、昭士がガラにもなく緊張してしまう。決して裸同然の上半身の為ではない。
《わたくしはあくまでも見習い僧ですが、協力をして下さる方々は大勢いますので》
自己紹介の時に「王室付の教団の見習い僧」と言っていたのを思い出す。王室付という事はそれだけ優秀な人材はもちろん、資料も多いだろう。
だが、いくらあのカードを使える人が限られるとはいえ、見習いがこんな世界の命運に関わるような戦いに駆り出されるとは。その辺は昭士でも同情を覚えた。
《わたくしの同僚達も、その剣を探して下さっています。あのエッセを倒したら、わたくしもこの世界を探してみようと思っています》
「判った」
昭士は短く答えた。
《……そういえば、あなたの名前を聞くのを忘れていました。何とお呼びすればよろしいですか》
スオーラの唐突な質問。
だがよく考えてみれば、確かに昭士は自分の名前を名乗っていなかった。名前がなければ色々と面倒だろう。あまり乗り気ではないがこれから一緒に戦う仲間なのだから。
「あああ、あ、昭士。角田昭士。角田はもう一人いるから昭士でいい」
《アアアアアキシ、ですか》
真面目な顔でそう言われてしまった。別にスオーラは彼をバカにしているのではない。単に「そういう名前だ」と認識してしまったのである。昭士は少々腹を立てて怒鳴る。
「昭士!」
《判りました、アキシ様》
スオーラは自分の間違いを素直に認め、昭士をそう呼んだ。しかしまさか「様」付けとは思わず、昭士はずっこけそうになってしまう。
「さ、ささ、さ様なんて付けなくていい!」
《相手に敬意を払うのは当然の事です。それに、わたくしが巻き込んでしまったのですから》
照れくささを隠すように怒鳴る昭士を諭すようにキッパリと力強く言うスオーラ。その目に退いたり考えを改める気は見えない。
こういう「頑固」な相手に自分の意見を言うのがどれほど無駄で疲れる事なのかは、昭士は妹の相手で身を持って体験している。勝手にさせる事にした。


エッセに近づくにつれ、何かが壊れる音、人々の悲鳴が大きく聞こえてくる。
校舎の中を突っ切って校庭に飛び出した二人。その校庭はさすがにスポーツに力を入れている学校だけの事はあり、ちょっとした競技場以上の広さを確保している。
普段は学生達が汗を流す筈のそのグラウンドを、我が物顔でのし歩いている巨大な骨格標本。
先程剣道場で遭遇したエッセに間違いなかった。頭部が半分焦げて壊れてもいるし。
校庭のところどころに逃げ切れずに巻き込まれ、金属の像になってしまった人々がいる。
だがさっきと違ってそれらを食べている様子はない。フェンスの向こうを覗き込むように大きく背を伸ばしてゆっくり頭を巡らせている。
まるで何かを探しているかのように。
《アキシ様。わたくしが先行して、あのエッセを庭の中央に誘い出します》
もし学校の外に出てしまっては今以上の騒ぎになってしまうし、被害も一層拡大するだろう。この場で食い止めたいという彼女の提案は実に正しいものだ。
でも手伝いたくとも、今の昭士にできる事は何もない。外見上はボロボロの彼女の手助けは何もできないのだ。生身のまま挑むような無謀な真似はできないし、やる気もない。むしろスオーラがさせないだろう。
スオーラは本の中からまた一ページ破り取ると、それを自分の頭上に軽く放り投げる。そのページはふわふわ舞い落ちながら彼女のマントにペタリと貼りついた。
すると、マントが縦に裂け、大きく左右に広がる。その様子はまるで背中に生えた翼である。
それからそのまま数歩駆け出すと、本当に鳥のように空に舞い上がったのだ。そして低空飛行でエッセに向かって突き進んで行く。
その様子にエッセも気がついたのだろう。学校の外を見るのを止めて彼女の方を振り向く。
さっき自分を痛めつけた事を覚えているかのように、明らかに臨戦体勢となってスオーラを迎え撃とうとしていた。彼女もそれに気づいて、教わった事を頭の中で反芻する。
恐竜のような巨大な生物と対峙する上で恐ろしいのは巨大な体躯と尻尾。それから爪に牙である。
尻尾はかなり器用で思わぬ所から襲いかかってくるし、爪や牙の鋭さは人間の身体などたやすく噛み砕いてしまう。それ以前にその巨体自体が大きな武器だ。
それに目の錯覚により、巨大な物は本当の速度以上に遅く見える。それで攻撃を避け損なってしまいがちなのだ。
しかしスオーラは同じ相手と戦うのは三度目になる。その辺りのスピードの把握はできている。
思った通り、エッセは全身を反転させ、その勢いをつけた尻尾が鋭く振われる。しかし手数が限られる上に動きが大きすぎる。スオーラは急上昇して尻尾をかわすと、あらかじめ破り取っていた本のページを、エッセの口の中めがけて放り投げた。
バチバチッ!!
口の中から全身に真っ赤な火花が散り、広がっていく。骨格標本は全身を硬直させて小刻みに震えていた。
「ナニあれ? リアルモンスターバスター?」
昭士はいきなり後ろから声をかけられると同時に膝の裏を蹴り飛ばされる。たまらず後ろにひっくり返った彼が見たのは、帰ったと聞いていた自分の妹・いぶきだった。
「モンスターバスター」。略してモンバスとは最近話題の3Dゲームで、巨大モンスターと武装した人間達が戦うゲームである。
そして足元に転げた昭士を見下ろして、軽蔑の眼差しを向けつつ、
「ナニ人のパンツ見てンのよ、変態!」
「みみみ見てないっ!」
頭を蹴られまいと目を閉じて懸命に立ち上がる。しかしいぶきはそんな兄よりも目の前の光景をじっと見つめている。
「か、帰ったんじゃじゃ、なかったの、いぶきちゃん」
「兄貴ヅラすンなバカアキ」
邪魔とばかりに拳を繰り出すいぶき。さすがにそれは距離をとってかわした昭士。
「お母さンからメールが来てたわよ。『今夜はお父さんもお母さんもいないから、夕飯は勝手に食べてろ』って。何で気づかないのよ、バッカじゃないの? ナンの為に携帯持たされてると思ってンの?」
露骨に蔑んだ態度のいぶき。昭士は慌てて自分の携帯を見てみると、確かにメールが来ていた。開けてみると『今夜はお父さんもお母さんも用事で出かけます。夕飯は何か適当に食べてて下さい』とあった。
メールが届いた時間から考えると、さっき剣道場でゴタゴタがあった頃である。授業が終わってからもずっとマナーモードにしていたので気づかなかったのだろう。
「だから学食でガッツリ食べてたンじゃない。『夕飯作ってやったよ』なンて、あンたに恩を売られるなンて死ンっっでもゴメンだし」
この学校の学食は学校関係者以外の人間も利用する事ができるからか、夜の七時頃まで営業している。だから部活帰りはもちろんの事、親の共働きなどで家に帰っても誰もいない生徒がここで食べていくケースも多い。
「で、ナニあの骨。それにあの空飛ンでる女」
いぶきは空飛ぶスオーラを追いかけ回しているエッセを見てキツイ口調で訊ねてきた。
「ここは危ないから、べべ、べ別の出口から帰った方がいいよ」
「あンたじゃないンだから大丈夫よ。あンなデカイヤツは動きがトロイって相場が決まってンの。避けるのなンて簡単よ。そンなのも判らない訳? あンたホンットバカね」
刺々しいまま怒鳴りつけると、いぶきは何でもない事のようにすたすたと校庭に出てまっすぐ校門に向かって歩き出した。
その先ではエッセとスオーラが戦っている真っ最中だというのに!
《そこのあなた、危ないから逃げなさい!》
視界の端にいぶきの姿を見つけたスオーラが叫ぶが、言葉が通じていないのかお構いなしに歩いてくる。
それが隙になってしまったのだろう。エッセの吐き出したガスの直撃を受けてしまう。
無論今のスオーラが金属化する事はないが、それでも吹きつけられたガスに押されて後ろに倒れてしまう。
そしてエッセもいぶきに気がついた。ゆっくりと身体の向きを変えいぶきの真正面に陣取る。
だがそれでもいぶきはまるで気づいていないかのように歩いている。その骨の巨体が、金属の恐竜が、見えていない訳はないのに!
エッセは近づいてきたいぶきに向かって口からガスを吐き出した。目と鼻の先の距離に絶対の自信を持って。
転げていたスオーラが何とか助けようと駆け寄るため地を蹴った。何とかしなければと真剣に思いながら。
その時、いぶきの全身に青白い火花が走った。痺れたように全身を硬直させるいぶき。
その状態のまま、いぶきの全身はガスに飲み込まれた。
直撃であった。

<つづく>


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