トガった彼女をブン回せっ! 第1話その4
『いっっっだあぁぁぁあああああぁっっっ!!!!』

ガスを吐き終わったエッセは、さも満足したかのように背を伸ばし、のしのしとどこかへ歩いていく。
「いぶきーーー!!!」
昭士が全速力で駆けてくる。その姿は先程見せた「変身後」の姿だ。青いつなぎの軽戦士姿。どうやらカードの力が回復したらしい。
だが人間を金属に変えてしまうガスの直撃を受けたのだ。おまけにスオーラのように「変身」もしていない。いくら何でも無事であろう筈がない。
いくら恨みつらみしかない相手とはいえ、血を分けた実の妹。それも双子の妹である。嘆き悲しむ気持ちがゼロな訳もない。
せめて金属と化した妹が食べられないようにしたい。昭士はその一心で校庭を駆ける。
スオーラも助けが間に合わなかった悲しみ、苦しみに満ちた固い表情を見せていた。
また自分の目の前で犠牲者が出てしまった。その後悔の念が今の彼女の胸中を支配していた。
霧のように濃かったガスが次第に晴れていく。そこにはいぶきのうっすらとした人影のシルエットが……。
なかった。それこそ影も形もない。
「な、何なんだこりゃ!? ガスは直撃だったんだぞ? 間一髪で避けたってのか、あの女!」
少し遠い距離だったが、いぶきは明らかにガスの直撃を受けていた様に見えた。かわせた様子は全くない様にも見えた。
なのに何故彼女は金属の像になっていない。いや、そもそも彼女は一体どこに……!?
『な、ナニよこれ!? また動けなくなったじゃないの!? さっきといい今といい、どうなってンのよ、これ!? ふざけンじゃないわよ。こら、誰か! こんな美人が困ってるンだから助けるのがスジでしょ!?』
昭士の耳に、いや脳を直接殴りつけるような妹の声が。一瞬彼女の無事を安堵した昭士だが、肝心のいぶきの姿がどこにも……いや、あった。
いぶきの頭があった位置からずーーっと下。それこそ地面すれすれに。
そこに転がっていたのは、一振りの剣だった。丈夫そうな皮張りの鞘に収まった、人間の背丈程もある大きな剣だ。
剣の握りは太くて長い。明らかに両手で扱うための物だ。
柄には両手を広げる裸婦の上半身が浮き彫りにされている。その顔がいぶきに似ているのは気のせいか。
鞘に収まっているので刃の具合は判らないが、鞘の幅はそれこそ三十から四十センチはあろうか。
しかも驚くのは、その剣「らしき物」から、明らかにいぶきの声がする事だ。
『ちょっとバカアキ、そンなコスプレしてるヒマがあるンならあたしを助けなさいよ! 妹が困ってる時に助けないなンて男としてどっか壊れてる証拠よ! ナニ考えてンの!? そンなンだから未だに彼女もできないのよ。判ってンの!?』
などと。相変らずの調子で怒鳴りまくっているのだ。
昭士はしばしの間考えると、
「悪い。ちょっとコイツの相手してるから、アレ、頼むわ」
どこかへ行こうとしているエッセを指差してスオーラに頼む。彼女は何か言いたそうにしていたが、今はエッセをどうにかする方が先と割り切って、歩く骨格標本を追いかけた。
昭士はその場にしゃがみ込むと、
「おいいぶき。さっき『さっきといい今といい』って言ってたな。何だそりゃ?」
『学食でごはン食べてた時いきなりなったの! 動けないわ倒れるわ誰も助けに来ないわで散々だったわよ。ったく、人が困ってる時に助けないなンてどういう根性してンのよ、あンた含めて』
そして昭士は腰のポーチを探った。
剣道場で変身して武器を探していた時に気づいたが、ここに自分の携帯電話が入っていたのだ。彼はそれを開き、何やら操作する。
ぴろーん。
携帯のカメラのシャッター音が鳴った。写真を撮ったようだ。
「はいよ。今のお前さんの格好だ」
携帯をくるりと回し、画面一杯に写っている一振りの剣を、何となく柄に刻まれた顔の前に突き出した。
『…………な、ナニよこれ!? これがあたし!? ナニナニナニナニどうなってンの!?』
再びけたたましい叫び声がする。昭士は思わず耳の穴に指を突っ込んでやり過ごす。
「ナニも何も。今のお前さんはどっからどう見ても剣そのもの。つーか。むしろそれにしか見えん」
昭士は鞘から伸びているベルトを掴んで、ひょいと持ち上げた。
「おまけに何だよこの軽さ。使いモンになるのか、おい?」
何と驚く事に。その剣はほとんど重さがなかった。すごく軽いなんてレベルではない程に。
剣のタイプにもよるが、剣にはある程度の重さが必要不可欠。剣の威力というものは、その重さもある程度関わってくるものなのだ。
ところが片手でひょいと持ち上がるにも関わらず、剣が置かれていた(倒れていた?)部分のゴムチップが、明らかに剣の重みで凹んでいる。
これは明らかに超重量級の物を載せたようにしか見えなかった。しかしこの剣は軽い。一体何故だろう。
『使い物って何よ!? ……ひょっとして、あンた、使う気なの!?』
そんな考えをきっちり邪魔するいぶきの金切り声に昭士は、
「当たり前だろ。あんな化物と戦うんだ。武器の一つ二つあった方がいいに決まってるだろ」
『ふっっざけンじゃねーーわよっ、このバカアキ!!!』
これまでで一番大きな怒鳴り声が響いた。
『あンたみたいな「型」しかできない弱っちいヤツが実戦で戦えると思ってンの!? 一億年早いわよ! あンたが勝手に自爆して死ぬのは大歓迎だけど、あンたのとばっちりとか巻き込まれて死ぬなンてゴメンだからね。ふざけンじゃないわよ。そもそもナンであたし剣なンかになってンのよ、こら、元に戻せ、聞いてんの、バカ!』
ベルトを使って肩に背負ったためか、耳元でガンガン怒鳴られているような感覚になり、露骨に鬱陶しい表情になる昭士。
いつものように手なり足なりが来ないだけでも遥かにマシなのだが、鬱陶しい事に変わりはない。
「知るかよ。あんな化物ほったらかしたらのんびり暮らせないからな。行くぜ」
『それこそあたしの知ったこっちゃないわよ。まず最初にあたしを元に戻せ、こら! バカアキの分際で偉そうにするな!』
「だから知らないっての。少し黙ってろ、うるせぇ」
鬱陶しい表情のまま柄に手をかけ、少しだけ剣を抜いてみる。その途端、
『ナニすンのよ、このド変態ーーーーーーーッ!!!』
さっき以上の金切り声の悲鳴。さすがの昭士も思わず柄から手を離してしまう。
『あンたね。いくらナンでも実の妹脱がそうとする、普通!? しかもこンな状況で? 大バカだとはずーっと思ってたけどね。こンなキモイ変態とは思わなかったわよ!』
「俺は剣を抜こうとしただけなんだけどな。だいたい今のお前の鉄板ボディなんぞ見ても、これっぽっちも嬉しくないね」
『ナンですってーーーーーーーーッ!? バカアキのくせに!』
また例によって金切り声で怒鳴り散らすいぶき。さすがに本気で鬱陶しくなったので無視する事に決める昭士。
ここで浮かんだ推論が一つ。いぶきのこの姿は、おそらく自分と同じ「変身」だろう。
カードに力が戻って自分が変身したのとほぼ同時に、いぶきの全身に全く同じ青白い火花が散ったのだ。この推理は決して的外れではない筈だ。
そして剣から抜いた時に「脱がすな!」と怒鳴られた事から推測するに、きっと剣自体は彼女の身体が変身したもので、鞘は着ていた制服が変身したのだろう。
しかし、カードもないのにどうやったのか。それが疑問だったが、そんな推察は後回しだ。校庭のずっと向こうでは、スオーラがたった一人で戦っているのだから。
いつまでも一人で戦わせるのは気がひける。昭士は再び柄に手をかけた。
『ちっと待てゴルァ! また人の事脱がす気!? こっちが動けないからって調子に乗るな! このキモイ変態痴漢最低変質者!』
ひたすら耳元で罵倒を続けるいぶき。昭士はひょいと剣を肩から下ろし、浮き彫りにされた女性の顔面に力一杯拳を叩き込んだ。
「他人の頼みを聞かないヤツが、自分の頼みを聞いてもらえると思ったら大間違いだ。いい教訓だ」
顔(?)を殴られた事でまたぎゃあぎゃあ喚き出したいぶき。しかし昭士はそれに構わず剣を抜き放った。
『やめろってンだろ、この変態野郎ーーーーーーッ!!!』
その怒鳴り声を無視して、昭士は剣を観察してみた。
刀身は予想通り三十から四十センチの幅。刃の厚みも五センチくらいある。それが一メートル以上にわたって一直線に伸びているだけだ。
いや。正確には一直線ではない。全体的な形状こそ一直線で間違いないが、普通の剣でいう刃に当たる部分がギザギザなのだ。それも細かくついている。
有り体にいえば巨大なノコギリ。小さな刃の一つ一つが針のように鋭く尖っていて、見ているだけで痛そうである。
そんな刃さえなければ、まさしくさっき思ったばかりの「鉄板に持ち手をつけた『何か』」そのものである。
「しかし。ホントお前の性格がにじみ出た剣だなぁ」
ひたすら悪態を続けるいぶきに構わず、思わずそんな呟きがもれる。
自分が良ければそれでよし。他人の事などお構いなし。頼られても一切助けない。しかし自分が困った時にはそれを棚に上げて助けをせびる。助けられても感謝など一切しない。おまけにイジメっ子気質。それが昭士の思っているいぶきである。
握りにも刀身にも飾り気が全くない(女性が浮き彫りにされた柄を除けば)直線的なデザインにもかかわらず、不思議と「刺々しい」というイメージしか浮かばないのだ。ノコギリ状の刃のおかげで。
しかし昭士はあえて「剣」と思い込む事にした。さすがに巨大ノコギリを担いだ戦士など、カッコ悪い以外の何物でもない。
「ぎゃあぎゃあ喚くな。今のお前は貧乳好きでも萌えないし、これっぽっちもエロくないから安心しろ」
昭士は心底迷惑そうにそう言い返すと、その場に鞘を置いたままスオーラとエッセの戦いの場へ駆け出す。剣をプロペラのように振り回しながら。しかも片手で。
これも剣が異常に軽いからこそできる芸当である。だが、
『ぎゃあああああ、めがまわる。まわる。まぁぁわぁぁるぅぅぅ〜〜〜〜!!』
いぶきの視界が高速でグルグルと動く。念を入れてプロペラのように一方向ではなく、八の字を描くように振り回しているからだ。
剣になっていてもその辺は判るようで、人間なら三半規管を混乱・破壊するかのような動きである。
実際かなり三半規管が混乱しているらしく本気で目を回したらしい。いぶきは声を出す気力すらなくなってきたようで静かになってきた。
そしてその動きのまま、戦いが始まった。昭士の接近に気づいたエッセが、例によって尻尾を振りかざしてきたのである。
尻尾が昭士の目の前に迫る。しかし彼は全く慌てずに、回転させていた剣の動きを止め、鈍い刃先を迫りくる尻尾に力一杯叩きつけたのである。
すると、その尻尾はいとも簡単に切断された。普通これだけ軽い剣だと勢いに負けて吹き飛ばされかねないにも関わらず。
『っっだあぁぁぁぁっっっ!!』
同時にいぶきの悲鳴も上がる。
しかし力一杯叩きつけたにもかかわらず、大剣にはヒビどころか刃こぼれ一つ起きていない。恐ろしい頑丈さである。
「悪い、遅れた!」
そう言いながら片手でブンブンと剣を振り回して間合いとタイミングを取る昭士。一方のスオーラは、力より技を多用する「軽戦士」とは思えない力任せの戦いぶりに一瞬唖然となるものの、
《有難うございます。これで尻尾がなくなった分攻撃力が減りました》
広げたままのマント=翼を使って急上昇。エッセの頭上に飛び上がると、また本から破り取ったページをエッセの頭に貼りつける。
すると今度は貼られた部分を中心に、エッセの頭が凍りつき出した。魔法の原理は判らないものの、なかなか多芸な様である。
「じゃ、もういっちょ行くぜ!!」
タイミングを計るように剣をブンブンと回していた昭士は、数歩走って勢いをつけると、残像が浮かびそうな速さで剣を叩きつける。
『いだいっていってンでしょ、ばがあぎ〜〜〜』
相変わらずいぶきは悲鳴を上げるが、身体をブンブンと振り回され続けたためか、声に元気が全くない。
斬った脚を見ると、脚の半分くらいに亀裂が入っていたが、残念だが切断まではいかなかったようだ。
しかし持ち上げられたもう片方の脚が昭士の真上から降ってくる。それを後ろに飛び退いてかわす。
脚を斬られたのにまだまだ戦う気満々に見えるエッセを見上げた昭士は、
「ったく、まさかリアルでモンバスやるハメになるとはなぁ」
《でも、その剣は信じられないです。まさかこんな強力な剣がこの世界にあったなんて》
スオーラも昭士の持つ剣を驚きの目で見ている。
《この剣が『戦乙女の剣』だといいのですが》
そう言うスオーラだが、自分が模写してきた絵との共通点が多い事を感じていた。
長い柄。太い刃。尖った刃先。元々の絵では長さは判らないが、柄とのバランスを見る限りかなり長い剣であろう事が推測される。
そして何より、自分の魔法以上の攻撃力を発揮している点。それもたったの一振りで。
《アキシ様。重くないのですか?》
「ああ。何かそこらの棒っ切れみたいに軽い、ぜっ!」
スオーラの質問に答えながら再び剣を振り回す昭士。今度はさっき切れかけた脚を見事に切断した。剣を叩きつけた事によって、またもいぶきが悲鳴を上げる。
さすがに二足歩行の恐竜でも、片足と尻尾を斬られては立っている事はできない。ゆっくり地面に倒れてくる。
《アキシ様、危ない!》
スオーラがとっさに彼の腕を掴み、地面を滑るように飛んで避け……ようとした。しかし、
《な、重いぃぃ!?》
いくら引っ張っても昭士の身体はピクリとも動かない。そう。重いのだ。それも信じられないくらいに。
むしろ昭士が逆にスオーラの腕を掴んで、一気にそこから脱出した。それもすごいスピードで。すごいといっても、人間一人と重い大剣一つ持った状態の、であるが。
《アキシ様、その剣、ものすごく重かったですよ!》
その重さの原因は、明らかに彼が持つ剣だった。確かに見るからに重そうな剣ではあるがここまでとは。
『ちょっと! どこの誰かは知らないけどね。初対面のクセに重いなンて失礼な事言われる筋合いはないわよ、しかもトップレスの変態女に。そう言うあンたはよっぽど軽いンでしょうね。頭ン中と同じく』
今のスオーラが着ているのは、すっかりボロボロになったジャケットにスポーツブラ(っぽいもの)。マントが翼のように左右に大きく広がっているので隠す物は何もない。一見すればタダの変質者である。
ただでさえ無理矢理振り回されて機嫌の悪いところへ「重い」発言。ただでさえ女に体重の話は禁句。いぶきの性格ではスオーラに食ってかかるのは当然だろう。
もっとも、相手は明らかに外人だから、自分の日本語が判らないだろうという考えもあったかもしれない。ところが、
《この世界では、体重が軽い事が自慢になるのですか》
しっかり通じていたようで、真面目な顔でそう言われてしまった。別にスオーラはいぶきをバカにしているのではない。単に「この世界ではそういう考えなのか」と認識してしまったのである。
あからさまな嫌みと皮肉を、豆知識のように「なるほど」と納得されたいぶきはますますヒートアップ。
でもそこはやはり実戦中。スオーラは昭士に向き直って叫んだ。
《ともかくアキシ様。今のうちにとどめを!》
昭士は一瞬考えていた。
この骨格標本のどこを斬ればとどめになるのだろうか、と。
典型的なファンタジー世界に登場するモンスターに、骨だけのスケルトンというモンスターが出てくる。
そんなモンスターの事を解説した本には、確か身体をバラバラにしないと倒せない、と載っていた筈だ。
《バラバラにすれば、さすがのエッセも倒す事ができるでしょう。けれど……》
スオーラは困った様子で昭士を、そして彼が持つ大剣に視線をやると、
《その度にその剣が悲鳴を上げるのは、聞きたくはありませんね》
理由や事情は判らないが、その剣はどうやら若い女性らしい。
同じ女性として、いや、見習いとはいえ聖職者として、人が悲鳴を上げる状況というものに、絶対的な嫌悪感を持ってしまうのだ。
そんなわずかな戸惑いの間に、エッセは大きく口を開けていた。どうやらまたガスを吐く様である。
それに気づいたのは、エッセの喉の奥(?)から何か込み上げるような、ごぉぉっという音が聞こえたからである。
しかも喉の奥に吐き出そうとしているガスらしい白い塊が見えている。
「まずい!」
無論二人はこのガスの影響を受ける事はないのだが、それでも浴びたい訳ではない。
昭士はとっさにスオーラをかばってエッセに立ちはだかると、剣を盾のようにして眼前にかざした。
恐竜の口から一直線に吐かれたガスは、一瞬よりも早く二人に襲いかかった。だが盾にしていた剣――いぶきに阻まれて、二人がガスを直接浴びる事はなかった。
『冷た冷た冷た冷た冷たつ〜め〜た〜〜〜い!!』
直前までジェット戦闘機のきりもみ飛行のようなGに襲われたと思いきや、今度は謎のガスの盾にされているのだ。いぶきにしてみればたまったものではないだろう。
『バ、バカアキ! ナニ人の事盾にしてンのよ。それに人の事なンだと思ってンのよ、殺す気!?』
しかし昭士はケロッとした表情で
「このくらいでお前が死ぬ訳ないだろ。剣なんだから」
そう答えて足を踏み込むと、ガスが途切れたタイミングで剣を頭上に振り上げ、無防備になったエッセの頭めがけて力一杯降り下ろした。
ばぎん!
重い刃はいとも簡単にエッセの頭蓋骨を真っ二つにした。あっけないくらいに。
『いっっっだあぁぁぁあああああぁっっっ!!!!』
同時にいぶきは、今日最大級ボリュームの悲鳴を上げた。
片耳を指で塞いでその悲鳴に耐えた昭士だが、一つ奇妙な点に気づいた。
頭蓋骨を叩き割ったその切り口が、淡い黄色に輝き出したのである。
その淡い光は斬り口から頭全体。首、胸、腕、腹、腰、足、尻尾と瞬く間に骨格標本全身を包み込んでいく。
ぱぁぁぁぁぁあん!
全身の骨が小さな光の粒となって一斉に弾けたのだ。その光は四方八方へ一気に、そして天高く飛び散っていく。
それから十数秒後。飛び散った光の粒が、まるで淡雪のようにチラチラと降ってきた。そのあまりの美しさに思わず昭士もスオーラも顔を上げて見とれてしまう。
そんな光景の空気を全く読む気のないいぶきだけは相変わらず昭士に悪態をついているが、彼は光を見上げたまま「黙ってろ」と言いたそうに、浮き彫りの顔に拳を叩き込んだ。
《アキシ様!?》
遠くを指差したスオーラが驚きの声を上げる。昭士も彼女が指差した方を見て、驚く。
何と。さっきエッセによって金属にされた人々が、元に戻っているではないか。空から降る淡い光が金属の像となった人に降り積もると、光が弾けた部分からどんどん生身の身体に戻っていくのだ。
《わたくしも何体かエッセを倒しましたが、こんな光景は初めて見ます》
自分が知る限り、エッセによって金属の像に変えられた者を元に戻す方法はなかった筈だ。だが今目の前で、像に変えられた人々が確かに元の姿に戻っていく。
《これがもしや……この剣の力なのでしょうか》
スオーラは昭士が未だ離さない大剣をそっと見やった。


「とりあえず、これで片づいたのかな」
昭士は「やれやれ」と言いたそうに大剣を肩に担ぎ上げる。その顔は疲れの中にも何かをやり遂げたような満足げな笑みが浮かんでいる。
《はい。この度は本当に有難うございました》
つられて笑ったスオーラも、左手で彼の左手に触れ、軽く握る。
《この世界ではどうだか判りませんが、わたくしの世界では左手は『自分自身の為の手』とされています》
「自分自身の為の手?」
《はい。そのため左手での握手は自分自身をあなたに委ねるという意味を含みます。深い信頼や感謝の証でもあります》
あいにく日本には握手の習慣が乏しいため、右手でする握手や左手でする握手の意味など、昭士にはよく判らない。ニュースで見る海外の要人が会うシーンなどでは必ず右手だったが。
握手の意味は判らなくとも、彼女が心から感謝している事くらいは、彼にだって判る。
そのくらい、スオーラの笑顔は喜びに満ち溢れた美しいものだったからだ。
それから彼女は怒鳴り疲れて黙ってしまった剣――いぶきに向かって、
《どなたかは知りませんが、皆が元の姿に戻れたのは、あなたのお力のおかげです。重ねてお礼申し上げます》
『勝手に人をこンなカッコにした挙句、このバカアキにさンざン振り回されるわ痛めつけられるわ。責任取ンなさいよね、責任』
優しい笑顔のスオーラに露骨な迷惑声で答えるいぶき。
『そもそもこれ元に戻れるンでしょうね? つーか今すぐ戻せ早く戻せとっとと戻せパンツ丸出しのトップレス女』
確かにいぶきの言う通り、服はボロボロでほとんどスオーラの上半身を隠せていない上に、ハデに立ち回ったせいでマイクロミニのスカートの裾がだいぶずり上がってパンツが完全に見えてしまっている。
ところが肝心のスオーラはその事を気にしている様子が全くないのだ。むしろ「何か変なのだろうか」と自分の格好を見回しながらキョトンとしている。
そんなスオーラをなるべく見まいと視線を反らした昭士の視界の隅に、剣道部員や警察官達がこちらにやって来るのが見えた。戦いが終わった事を察したのだろう。
その中には、剣道場で金属に変えられた面々もいた。空から降った淡い光は、建物の中にも降り注いだらしい。
これでようやく彼自身も「終わったんだなぁ」と心底思えるようになった。
「あー、多分、俺が変身を解けば元に戻るんじゃねえのかな。俺の変身と同時にこいつも剣になったみたいだから」
昭士はさっき言われた通り、ポケットに入っていたカードを突き出すように掲げた。
さっきと同じようにカードから青白い火花が激しく散って、火花が作る青白い扉が昭士を包み込む。
一瞬閉じていた目を開けて自分の姿を確認してみると、確かに元の学ラン姿だった。
その右手には剣の握りではなく誰かの手の感触がある。いぶきが変身した大剣を握ったままだったから、きっといぶきも元に戻れたのだろう。昭士はいぶきに向き直り、
「い、いいいぶきちゃん。元に戻れてよよよか……!?」
彼女を見た昭士の顔が、一気に真っ赤になる。まるでトマトか信号機だ。
走り寄ってきた面々も遠巻きのまま全身を硬直させている。
いぶきも急にやってきた日暮れの肌寒さで、ようやく自分の格好に気がついた。
そう。一糸まとわぬ見事な全裸だったからである。靴も靴下すら身につけていない産まれたままの姿で。
服が変身した鞘から抜かれた状態で元の姿に戻ったためだ。現に随分遠く、鞘を置いてきた場所にはいぶきの制服が「着ているそのままの状態で」横になっていた。
屋外で。公衆の面前で。意図していなかったとはいえ。盛大に自分の裸を披露してしまったいぶき。
恥ずかしさと怒りで、顔が一気に真っ赤になった。
「……いっっっやあぁぁぁあああああぁっっっ!!!!」
無論その怒りの矛先は、昭士を中心としたその場の全員にもれなく向かう事となった。
言うまでもなく。

<第1話 おわり>


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