トガった彼女をブン回せっ! 第1話その2
『そういうヤツらみたいです』

物を金属へと変えてしまうガスの直撃を受けた女性。
やがてゆっくりとガスが晴れていくと、部員達は皆目を見開いて驚いた。
何と。その女性は金属になっていなかったのだ。
だが尻尾の直撃を受けて服はボロボロ。上半身は血にまみれ、体力という体力を消耗しているのは、素人目にも明らかだった。
しかしその女性は、そんなボロボロにもかかわらずゆっくり立ち上がろうとした。
まるで、自分以外あの化物と戦える人間はいない。そんな悲愴な決心をした表情で。
ところが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
空気を震わせる鈍い音。女性を含め生き残った部員達が音の主を探してキョロキョロしている。
それはすぐに見つかった。
逃げ遅れていた昭士が、さっき散らばったカードを持っていたのだ。
そのカード全体が青白く点滅し、鈍い音はそれに合わせて鳴り響いていた。
女性は驚きの声を上げると、自分のジャケットの胸ポケットから、昭士が持っているのと全く同じカードを取り出した。
《こっちを見て!》
その声を発したのは明らかに女性だった。しかも今度は何を言ったのかハッキリと判る。
彼女は昭士が自分の方を見た事を確認すると、そのカードを自分の目の前に突き出してみせた。「こうやって」と言いたそうに。
昭士は素直にその真似をしてみた。すると……
点滅していたカードから青白い火花が激しく散った。散った火花は次第に大きくなり昭士の目の前に広がっていく。
広がった火花は、昭士の目の前で形となり、青白い扉のような形となって固定された。
その扉がこちらに迫り、やがて昭士の身体を包み込んだ。そして消えた。
昭士は包み込む瞬間閉じてしまっていた目を開く。そこには……
今まで学ラン姿だった筈が、着ている服が全く違う物に変わってしまっていた。
服そのものは青一色の作業着を思わせるツナギ。しかし腕には金属の篭手。脛には金属の脛当てが。そして胸にも金属の胸当てが付いていた。
《軽戦士のムータですか?》
女性は上半身ボロボロのまま昭士に駆け寄ってくる。
「何だそりゃ!?」
《! 来ます!》
昭士の問いに答える間もなく、振われた尻尾を伏せてかわす女性。しかし昭士はその尻尾をとっさに両腕で抱えるようにして掴んでしまったのだ。
「ちょっと、どいてろ、あんた!」
昭士は乱暴な言葉遣いで掴んだ手に力を込めて両足をふんばると、尻尾を力任せに引っ張った。
するとどうだろう。数倍近い体格差にもかかわらず、恐竜が彼の方にズルズルと引きずられたではないか。
「ほら……よっと!」
今まで引っ張っていた尻尾を急に離したため、恐竜はバランスを崩してひっくり返ってしまった。
「武器は……ないのかよ」
自分の身体をきょろきょろと見回してそれを確認すると、覚悟を決めて拳を固く握り締めた。そしてそのまま、
「おらおらおらおらおらぁっ!!」
目の前にある壊れかけた頭めがけての乱打、乱打、乱打。素手での攻撃にもかかわらず、焦げていた部分がドンドン欠けて壊れていく。
それには女性はもちろん、残っていた剣道部員も目を丸くしている。型ばかり上手で練習試合すらろくに勝った事がない人間とは思えない活躍である。
ところが。その恐竜の全身に一瞬青白い火花が走ったかと思うと、手足をじたばたとさせながらその巨体がかき消えていったではないか。昭士の拳は空を切った。


昭士は腕を突き出した格好のまま、荒い息を整えていた。
女性は落ちていた厚い本を拾い上げるとパラパラとページをめくり、あるページを一枚切り取って昭士の胸に貼りつけた。
するとそのページは白く柔らかい光を放ちながら消えていく。同時にどうしようもなかった疲労感が一遍に吹き飛んでいた。
《良かった。効いたみたいですね》
戦いが終わった(?)からだろうか。ちょっと冷たい感じの大人を思わせる、冷静で落ち着いた雰囲気の外見と声とは反するような、優しく大人しい雰囲気の声である。
「何だこれ、魔法か? だったら自分に使えよ、痛々しくて見てられん」
昭士はボロボロのジャケット――の下に丸見えになってしまっている彼女の胸から視線を反らすように、ぶっきらぼうに言った。
《自分には効かないんですよ、この魔法は。でも、このくらいなら大した事はありません》
相手を心配させまいとするような、優しく温かい微笑みを浮かべる彼女。
「いや。そんな血まみれで言われてもなぁ」
妹のせいで女性への関心が薄い昭士ですら、その微笑みにドキンとさせられる。端から見ている剣道部員達なら女性でも「イチコロ」というヤツだろう。
しかし。これだけの大騒ぎをやらかしたのである。ギャラリーを集めない訳がない。
「何をやってるんだ剣道部!!」
とうとうやって来た体育教師に見つかってしまった。
「入学式に続いてまた騒ぎをおこ……な、何だこれは!?」
金属の塊となった部員達。一部の床が根こそぎ剥がされた道場。そして血まみれで立つ見知らぬ美女。
驚いて叫ばない理由など、何一つない。同時に言い逃れができるような状況でもない。
《わたくしが説明を致します》
女性はやって来た体育教師に向かってそう話すが、教師は何を言われたのかが全く判らずきょとんとしている。
「オイ、お前。言葉が通じてないって事に気づけ」
昭士に言われてハッとなる彼女。しかし何の説明もなく立ち去れる状況ではないし、このまま放置するのは後ろめたい。
「おい角田兄(あに)。お前、この人が言ってる事判るのか?」
さっきまで私刑まがいの事をしようとしたとは思えないほどの雰囲気で、沢が昭士に問いかけた。
「いや、俺もよく判らないけど、急に判るようになった」
すると沢はにっこりと笑って昭士の肩を叩くと、
「じゃあお前が通訳になって先生に説明しろ。いいな」
「そうか。逃げるなよ、角田兄」
沢と対照的に厳しい表情の体育教師。二人の人間に睨まれて逃げ道をなくされた昭士は、その女性と共に体育準備室に連れて行かれた。もはや完全に連行である。
部屋の中に入るなり、体育教師はロッカーからタオルとジャージを取り出すと、そばの流しでタオルを水に浸しながら、
「あー、そのお嬢さんに、こいつを着ておくように言ってくれないか」
さすがに血まみれの上、服もボロボロで胸が丸出しなのである。当たり前の配慮だろう。
「こいつを着とけってさ。あとこれで血を拭け」
彼女は言われて受け取ったジャージとタオルを空いている机の上に置くと、その場で無造作にジャケットを脱ぎ捨てた。その下にはほとんど破れているスポーツブラ(っぽいもの)だけ。下手をすればトップレスより扇情的である。
「ちょ、ちょっと待て待て! いきなり着替え出すヤツがあるか!」
遮る物がなくなった見事な胸を一瞬見てしまった体育教師が、昭士の目を腕で力一杯覆い隠しながら、猛スピードで部屋を出て行く。そのまま後ろ手で扉を閉めると、
「一体なんなんだ、あのお嬢さん。露出狂か?」
「知らないですよ」
「それにお前、何だそのコスプレは? ここは学校だぞ?」
「知らないですよ。急にこんな風になって。そもそも俺は完全に巻き込まれただけですから。何も悪くないですから」
昭士は小声で力一杯力説する。しかし準備室前に集まってきた剣道部員が、
「何だよ。お前ノリノリであの恐竜みたいなの、ブン殴りまくってただろうが」
「そうそう。型ばっかりのお前があそこまでやるとはなぁ」
「でもどうすんだよ、あんな銅像みたいになっちまった連中」
誰かの一言でその場がズンッと重い雰囲気になる。さすがに誰が悪いという訳ではないが、学校内で起きた事件である。
だがどう考えても警察がどうこうできる事件ではない。事情は全く判らないがそのくらいなら一体育教師にも判る。
当然大問題になるし、犠牲者の保護者への説明、賠償、そんな頭の痛い話が始まるかと思うと、その教師も胃の辺りがキリキリとしてくる。
「ともかく。あのお嬢さんの話を聞かない事には。しかし……」
体育教師はそこで言葉を一旦切ると、
「その、恐竜みたいなヤツってのは、何だ?」
その言葉に今度は昭士達がきょとんとなった。それはそうだろう。教師の方はあの骨格標本めいた恐竜の姿は見ていないのだから。
「何か壁からにゅって出てきたんすよ、等身大の骨格標本みたいな化物が。そいつが煙だかガスだかをブワーーッて吐いたら、あんな風に」
昭士はそう言って銅像と化した部員達を指差す。他の部員もそうそうと言いながら首を縦に振るが、
「お前達夢でも……と言いたい所だが、現にこうしてあるモンなぁ」
教師は昭士の頭をガチンと殴りつける。
「いてっ。何だよ今度は教師の体罰か、暴力か!?」
「どうやら夢ではないらしいが。っていうかお前、そんなにポンポン喋るヤツだったか?」
同じ中学出身の部員にそこまで言われて昭士はハッとなった。確かに自分はここまで横柄にポンポン喋るタイプではなかった。
何故だろう。むしろ今の方があらゆるしがらみから解き放たれたような開放感すら感じて、どことなく気分がイイのだが。
すると昭士の背後でドアの開く音が。さっきの女性が首だけひょっこりと出してこちらを伺っていたのだ。
《あ、あの。言われた通りに着替えましたが、これでよろしいのですか?》
もちろんある程度血を拭き取り、ジャージのファスナーを上までキッチリと閉めている。
そのジャージでも隠し切れない胸の膨らみに男子部員の下品な声が飛ぶが、彼女は言葉が判らないのか雰囲気が読めないのか、きょとんとしたままである。
「よし。じゃあ話を聞かせてもらおうか」
「先生。俺らも話聞きたいですよ。巻き込まれたのは変わらないんですから」
皆の意見を代表するような沢の意見に、他の部員達も「そうだそうだ」と同調する。
「おい、何かみんなが事情を話せって言ってんだけど?」
昭士の言葉に女性は真面目な顔になると、
《判っています。では、その広間に集まって頂けますか? ここではさすがに他の皆さんのご迷惑になると思いますので》
彼女が指差したのは、さっきまで戦いの舞台だった剣道場だった。


教師を含めた剣道部員達が、練習前のように礼儀正しく整列する。もっとも話を聞くだけなので、きちんと正座している者は稀だったが。
彼らの前に立つのは謎の女性。その脇に立つのは通訳を兼ねた昭士である。何人かの男子部員が「あんなヤツがあんな美人のそばにいるなんて」とやっかみ丸出しの妬んだ視線を送っている。
謎の女性は一同を心底申し訳なさそうな目で見回した後、自分の胸に手を当てて、こう言った。
《わたくしはこの世界とは異なる世界・オルトラはパエーゼ国の住人です。王室付の教団の見習い僧をしております、モーナカ家の三女、ソレッラ僧スオーラと申します》
「……あのさ。長過ぎて何がなんだかさっぱり判らねえんだけど」
あまりに長過ぎる自己紹介に、昭士がたまらず割って入る。
《えっ、そうなんですか。長いんですか!?》
「そんな驚かれても困るんだけど。だいたいナントカの住人でナントカ家のナントカって言われたって、長過ぎて覚える前に右の耳から左の耳に抜けてっちまうっての」
昭士の無遠慮な言い方に腹を立てるどころか「この世界ではそうなのですか」と小声で呟いた彼女は、
《判りました。わたくしの事はスオーラとお呼び下さい》
「あー、名前はスオーラって言うらしい。何か別の世界の人だってよ」
別の世界。そんなマンガかアニメみたいな事を言われても。皆がそう言いたそうな視線は昭士もよく判る。
しかし昭士はあのカードの力でこうして変身までしてしまっている。さっき教師に殴られた痛みからも、これが夢ではなさそうだとは思っている。納得はしてないが。
《先ほど皆さんの前に現れたのは、わたくしの世界に現れた侵略者。わたくし達は『エッセ』と呼んでおりますが。金属のような身体を持ち、金属しか食べる事ができない、通常兵器だけでは倒せない、そんな存在です》
「え〜と、何かよく判らなけど、侵略者だってよ」
昭士の短すぎる要約された説明に、さすがのスオーラも少々遠慮がちに、
《あの。大変申し訳ないのですが、それではあまりにも短すぎて、皆さんお判りにならないのではないでしょうか?》
「そう言われても、そんな長いセリフ間違えずに覚えられるほど、頭よくないから。そりゃね。俺達みたいな連中に判りやすく説明しようって気持ちは判るよ、気持ちは。でもあんな長いセリフ一字一句間違えずに言わなきゃならないこっちの気持ちも考えてくれる?」
昭士の無遠慮な言い方に腹を立てるどころか「この世界ではそうなのですか」と小声で呟いた彼女は、
《判りました。あれは侵略者で、人類の敵です》
「人類の敵ねぇ」
「おい角田兄。お前ホントに質問してるのか? こっちはお前の言ってる事しか判らないんだけどな?」
二人のやりとりに、教師がいきなり割って入ってきた。
「この女の言う事、何かすっげー長ったらしいんだもん」
「そこを覚えてこっちに伝えるのがお前の役目だろう。ちゃんとやれ、ちゃんと」
と、お説教された昭士は、一息つくと改めて訊ねた。
「でー、その『侵略者』って言ってたけど、別の世界のヤツがどうしてこの世界に来たんだよ?」
《判りません》
「……え?」
《判らないんですよ。エッセ達がどこで産まれ、どこからやって来たのか。侵略の目的すらも判っていません。判っている事は、この世界でもオルトラの世界でもない場所から来ているらしい事。通常兵器だけで倒す事ができない事。そして、先程のガスで物体を金属に変え、それを主食にしている事。そのくらいです》
昭士は頭をひねりながら皆の方に向き直ると、
「え〜と。どこから来たのか判らない侵略者で、普通の武器が効かなくて、さっきの煙だかガスだかで物を金属に変えて、そいつを食べる。そういうヤツらみたいです」
さっきよりは幾分マシになったが、それでも随分判りづらいだろう。通訳する昭士本人が全く事情を理解していないのだから。
「じゃあこっちから聞くけど、俺がこんなになったのは一体何故なんだ? それにさっきのカードは?」
昭士は全身をペタペタとやり、カードが尻のポケットに入っている事に気づいて取り出して見せた。スオーラはさっき以上に生真面目な顔になると、
《これこそエッセと戦う者だけが使える、別の世界の自分となる力を秘めたカードです》
「別の世界の自分!?」
《はい。別の世界に行くというのは、本来ならあり得ない事です。同じように見えてあらゆる『法則』が異なるために『別の世界に存在できない』のが理由なのですが。そのため、別の世界に行くためには、別の世界の法則を生まれつき持っている者、もしくは己の法則を別の世界の法則に変換できる者でなければなりません》
だんだんややこしくなり始めた話を、どうにか頭の中で整理した昭士は、
「つまり、このカードを使えるって事は、別の世界の自分になれるって事で、別の世界の自分になるには、別の世界の法則を持っていないとならない、か。けど俺、服が変わっただけなんだけど」
《申し訳ありません。わたくしも完全に理解しているとはとても言えない状態なのです》
スオーラは本当に申し訳なさそうに昭士に謝罪する。そこで昭士ははたと手を打つと、
「って事は、その今の姿も『変身した姿』って事なのか?」
《はい。本来のわたくしはここまで背が高くありませんし、その、体つきの方も、あまり自信が……》
スオーラは恥ずかしそうに顔をそむけてしまう。言葉は判らずとも、その態度にドギマギする男子部員達。
「おい角田兄。さっき出た『別の世界の自分』って何なんだよ」
剣道部員の誰かが、わざわざ挙手して割って入ってきた。昭士がその事をスオーラに伝えると、
《別の世界の自分というのは、よその世界の法則で形作られた自分自身と言える存在です。目に見えるか否かは関係ありません。別の世界の法則を持っている者、そして変更できる者は、かなり高い確率で『特異な力』を持っていまして、それはどちらの世界においても、とても強い武器になります》
「じゃあ別の世界の法則を持ってるヤツは、その『特異な力』とやらで、その侵略者と戦えって事かよ」
スオーラの説明を聞いた昭士は、通訳せずに困ったような呆れたような顔で頭をかきながら、
「そういう面倒な事はゴメンなんだけどな。タダでさえ人一倍、いや一万倍くらいしち面倒なヤツが身近にいるってのに、そんなヒマはないなぁ」
《……はい。確かに押し付けがましい事は重々承知の上です。ご迷惑な事も理解しています。巻き込んでしまった事も謝罪致します。ですが……》
スオーラは沈んだ表情でさっき倒されて重症を負った辺りへ駆けて行った。そして散らばっていたカード類を拾い上げ、数を数えながら戻ってくる。
《……間違いありません。わたくしがオルトラから持って来た九枚のムータのうち、八枚が先程の攻撃で金属化され、使い物にならなくなってしまっています》
「ムータって、このカードの事なんだよな?」
昭士はカードをひらひらさせながらスオーラに問うと、
《はい。しかし何故、あなたがムータを持っていたのですか?》
「ああ。あんたが吹っ飛ばされた時に散らばったのが、俺のすぐそばに転がってきたんでな。思わず手に取っちまった」
単純な理由である。
「ひょっとして、いきなり言葉が通じるようになったのも、このカードのおかげってか」
《おそらくそうだと思います。わたくしも、他の皆さんが何と言っているのか理解できませんけど、あなたの言葉はしっかりと理解できますから》
別に昭士もスオーラも相手の言葉を話してはいないし、話す事もできない。だが理解はできる。翻訳機のような役割も果たしているのだろうと昭士は思った。
スオーラは昭士が持っているカードを眺めながら、
《あなたが持っているのは『軽戦士』のムータですね。わたくしの物は『魔術師』のムータになります。使うムータによって『特異な力』の具現化の仕方が変わると聞いています》
「魔術師は判るけど、軽戦士って何? ノリの軽い戦士って事?」
《いいえ、違います。力より技を多用する戦士の事を、わたくしの世界ではそう呼ぶのです》
スオーラは昭士の冗談めいた言葉に真面目に返答すると、
《このムータを作る方法はすでに失われ、新しく作る事ができません。本来ならこのムータの使い手を別の世界から見つけ出してオルトラへ呼ぶのがわたくしの使命の一つでもあったのですが……》
その答えに昭士の表情がひどく曇っていく。
「今から止めるって訳には……いかないみたいだな」
《はい。ムータを扱える人間がいる確率は、一つの世界に数人いるかいないかという確率です。今から別の人物を探している間に、先程のようなエッセが、この世界総てを金属に変えてしまう事でしょう。もっともムータはもうないので探しても無駄ですが》
つまり。もう戦えるのはスオーラと昭士の二人だけしかいないという事だ。
いくら妹の影響で女嫌いまがいの突き放した言動が多い昭士でも、こういう状況になってしまったからには「俺は知らん」の一点張りでそっぽを向く訳にもいかない。たとえ向きたくても。
それでは自分が誰より嫌いな妹と同類になってしまう。それだけはどうしても我慢ならなかった。
だから昭士は改めて訊ねてみた。
「えーと、あの怪物に金属の塊にされたヤツらって、元に戻るのか?」
その一言でスオーラの表情が目に見えて固くなった。何と言っていいのか判らない。あからさまにそんな顔である。
それだけで「無理なのか」と悟った昭士は、この質問を後悔した。
スオーラの発した言葉は自分にしか判らないが、自分が発した言葉はこの場の全員に伝わるのだから。
この場の雰囲気が一気に重く暗くなった。「どうしてくれるんだ」と責める人間が出ないのが不幸中の幸いなくらいに。
《と、とにかく。わたくしはこれからオルトラへ帰って、文献をあたってみます。きっと何か方法がある筈です》
そう言うと、彼女は素早くジャージを脱ぎ捨てた。大きく破れたスポーツブラ(っぽいもの)のおかげでほとんど丸見えの胸に男子が驚き女子が慌てる中、スオーラは平然とボロボロのジャケットをまとった。
「あ、帰る前に、元に戻る方法を教えてくれ。戻れるんだろ?」
一応彼女から視線を反らしてスオーラに訊ねる昭士。スオーラは「忘れてた」と言いたそうに黙ると、
《先程と同じようにムータを掲げて下さい。そうすれば元の姿に戻れます》
昭士は言われるままにすぐさま実行に移した。
さっきと同じようにカードから青白い火花が激しく散り、その火花が青白い扉のような形になる。
迫って来た扉が昭士を包み込むと、元の学ラン姿に戻った。
「あ、あ、あ、あの。気を……落とさないで」
元の姿に戻ってしまった事で、言葉が通じるかは不安だったが、それでも昭士は彼女の後ろ姿にそう声をかけた。
さっきまでのぶっきらぼうな調子ではなく、そこには相手を思いやる優しい口調と気持ちが確かにあった。
《ありがとうございます》
そう言って振り向いた彼女は確かに笑顔だった。しかも言葉が通じた。
そして、現れた時のように壁をすうっと通り抜け、
姿を消した。

<つづく>


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