『少年がスっている! 参』
さすがに往来の真ん中でこれ以上のやりとりをする訳にもいかず、一同は一旦そこを離れ、邪魔にならなそうな市場の外れを目指して歩く。
地面に降ろされたものの、後ろ襟を掴まれたままの男の子。さすがにスリとった現場を見られたからかおとなしくしている。
「しかし。気をつけてたつもりだったんだけどなぁ。まさかスられてたなんて」
中身の無事を確認した財布をひしと抱き締めるように持つ大神。首をかしげる彼にロベリアが、
「あんな隙だらけなの、気をつけてるうちに入らないよ。昨日だってアタシが止めなきゃ見事に逃げられてたろうな」
昨日ヴォルールがいきなり転んだのは、彼女の仕業だったのだ。
そのロベリアの言い方は実に辛辣なものであったが、事実スられているだけに大神も文句は言えない。
「何故貴様がわざわざスリを捕まえるような真似をした」
この行動を露骨に怪んでいるのはグリシーヌだ。
ロベリアにとってはスリなど日常茶飯事。当たり前にやっているのが容易に想像がつくからだ。
「狩りと同じだよ。獲物が多いからって手当りしだいに取ってたら、そのうち無くなっちまうじゃないか」
後ろ襟を握るロベリアの手に、ぐっと力がこもる。
「それに。あと二、三日放っておいたら、冗談抜きで町中に警官隊が溢れてたろうからね。そんな事をされたんじゃ、こっちの商売もあがったりだ」
自分が困るからというひどく利己的な理由ではあるが、それがみんなの役にも立った事は確かだ。
「ところでエリカさん。あの男の子の事をヴォルールくんと呼んでいましたけど……」
ジャガイモの皮剥きから解放されたエリカに、花火が訊ねる。するとエリカは花火の方を向いて、
「はい。先日お亡くなりになった、孤児院のパトロンをされていた貴族の方がいらしたんですけど、その方の孤児院で、何度か見かけました」
彼女は孤児院を回ってその手伝いをする事も多い。その際に見たと言うのであれば納得もできる。
ヴォルールもこうして見ていると、本当にその辺にいる普通の子供と何ら変わる所はない。強いて言えば、着ている上着が少々薄汚れているくらいか。
その上着は、その孤児院の子供に与えられる物だという事だ。
「先の欧州大戦でご両親が亡くなって、親戚中をたらい回しにされて捨てられて、例の貴族の方に拾われたそうです」
そのいきさつにコクリコの胸がチクリと傷む。このご時世珍しくないとはいえ、自分と同じ境遇の子供がこうして目の前にいるのだから。
昨日、今日と聞かされていた話だけれど、大神も視線を下げて暗い顔になってしまう。
「孤児院が閉鎖されてしまって、子供達は散り散りになってしまったんですけど、ヴォルールくんだけはどこに行ったのか判らなくて……」
「判らなくて当然だろう。こうして隠れてスリをしていたのだからな」
エリカの言葉に、グリシーヌが怒り出しそうな、それでいて悲しそうな無表情な目で彼を見下ろしている。
子供が泥棒をするなど世も末だと言っていた彼女が、こうして泥棒をした子供を目の当たりにしているのだから無理もないかもしれない。
「住む所がないのでしたら、わたしが知っている孤児院を紹介しますよ」
エリカが首から下げた十字架をそっと握りながら優しく問いかける。
「行きたくない」
しかしヴォルールは、ぶっきらぼうに短く反論しただけだった。
「どうしてです? 孤児院なら住む所もその日の糧にも困る事はありませんよ。それに、お友達だってたくさんできて、楽しいですよ」
エリカがさらに言葉を続けるが、彼はむすっとしたまま答える気配はない。
「ヴォルール、と言ったな」
グリシーヌはわざとらしく咳払いをすると、
「いいか。どんな事情があろうとも、盗みは許されない事なのだぞ」
相手が子供だからか、多少は言葉遣いを柔らかくしているのが判る。その為か微妙に言い方がぎこちない。
「今ならまだ間に合う。こやつのように身も心も盗人になるつもりか?」
「余計なお世話だ」
ロベリアは自分を指差され、短く反論する。
しかしヴォルールは無言のままだった。
「貴様がした事は明らかな犯罪行為。実際どんなに貧しくとも盗みをせずに暮らしている者とて大勢いるし、子供だから何をしても許される訳ではない」
グリシーヌが語気を強くした。それから彼女はコクリコを指差し、
「彼女とてそうだ。決して裕福な暮らしではない。しかし盗みをせずに懸命に生きている。同じ事が何故できない!」
朗々としたその言葉にコクリコは、
「グリシーヌ。それじゃダメだよ」
彼女は悲しいような困ったような、複雑な顔のまま、
「『よその子ができるのに、何でできないの』って言い方は、その子を傷つけるだけだよ」
それからコクリコはヴォルールの正面に立つと、
「それにボクだって、一歩間違ったらこの子と同じような生活をしてたかもしれないから」
とても十一歳の言葉とは思えない程、その言葉は皆にずしんと響いた。
「ねぇヴォルール。最近笑った事、ある?」
唐突なコクリコの言葉に、さしものヴォルールもきょとんとしている。
「生きるのに必死だっていうのはボクも判るよ。それを責めるのは、ボクにはできない。けど、このままじゃ絶対ダメだよ」
大神もうんうんとうなづくと、
「そうだなぁ。こうしたスリとかをしてるなら、手先が器用なんじゃないかな。どこかの職人さんに弟子入りして真面目に修行すれば、きっといい職人さんになれるよ」
細かい作業を要求される細工物の伝統工芸品はたくさんある。大神自身にそういう職人にコネクションなどないが、探せば何とかなるだろう。
「そうだよ。一所懸命働いた後のご飯はおいしいんだから。いくら生きる為といっても、盗みばかりしてたんじゃダメだよ」
こういう時頭ごなしに「止めろ」と言っても聞きはしない。子供ならなおさらだ。コクリコも自分が子供だけにその辺りは充分自覚している。
「いい言葉だ……って言いたい所だけど、言うだけ無駄だろうな」
その場の雰囲気を一気にぶち壊したのは、ロベリアの言葉だった。
「こいつは生きる為に盗みをしてるんじゃない。遊びの延長線でやってるからな」
「遊びだと!?」
間髪入れずにグリシーヌが声を荒げた。花火も無言のまま唖然としている。
「生きる為に盗みをするヤツってのは、もっと総てになりふり構わず必死になるもんさ。泥棒を職業としているヤツは捕まらないように神経使ってるし、万一捕まっても逃げるのに知恵を絞る。けどこいつにはそれがない」
ロベリアの説明を聞き、ヴォルールをよく見てみる。
捕まったならもっと抵抗するだろうし、口八丁手八丁で騙したり、取引を持ちかけてきてもおかしくない。
しかし彼はどこか冷めた態度で「しょうがないか」と佇んでいる。諦めているとか開き直っているという感じとは――うまく表現できないが――違う気がするのだ。
それをすぐ見抜いた、ロベリアの物の真贋を見抜くような洞察力は、さすがと言うべきか。
「一言で言うなら、技術はあっても覚悟やセンスがない。三流以下だな」
そう言って後ろ襟を掴んでいた手を放し、軽く突き飛ばす。
「アタシらがあれこれ言っても、こいつはスリを止めないね。説教するだけ無駄だ。放っておきな」
ロベリアのその行動に、一同があっけに取られる。
「放っておけとは何だ、無責任な」
案の定グリシーヌがロベリアに喰ってかかる。
「遊びで犯罪をしているのなら、なお止めさせるべきだろう」
「それが無駄だって言ってんだよ。判らないヤツだな」
二人が喧嘩腰になりかけた時だった。ヴォルールは一瞬の隙をついて花火に体当たりし、包囲網を簡単に突破してしまったのだ。
一同が気づいた時には市場の中に紛れ込んで逃げようとしていた。
「しまった! 追いかけなきゃ!」
一番早く動いたのはコクリコだった。一直線にヴォルールの後を追って走って行く。
グリシーヌは倒れた花火に手を貸す。
「大丈夫か、花火」
「ええ。突き飛ばされただけだから」
花火は立ち上がり、服についた埃をはたく。そこにロベリアが、
「日本人ってのはホント鈍いな。自分の左手をよく見てみろよ」
花火の左手を掴み、それを彼女の眼前に持って行く。その左手を見た途端、花火の顔色が一気に青くなった。
「指輪が!!」
「何だとっ!?」
グリシーヌも慌てて花火の左手を見る。今日は宝石や細工模様のないシンプルな銀の指輪をしていたのだが、それが無いのだ。
「まさか、さっきの一瞬で!?」
どう考えても、さっきヴォルールが花火にぶつかった隙に指から抜き取ったとしか思えない。
「人間ってのは、他に意識が向くとどうしても別の場所に隙ができるからね。見事にしてやられたな」
ロベリアがキッチリと解説してくれたが、悠長に解説を聞いている場合ではない。
しかし。既に肝心のヴォルールは人混みの彼方に消え、もうどこにいるのかも全く判らない。


コクリコは人混みをかき分けるようにして、ヴォルールを追いかけていた。
ヴォルールが花火にぶつかって倒れる瞬間、彼女の左手にはめている指輪にヴォルールの手が伸びていたのを見ていたのだ。
一方に派手に注意を引きつけて、別の方向で重要な何かをする。彼女が得意とする手品の基本かつ常套手段であるからこそ、そこに目がいっていたのかもしれない。
コクリコは「ごめんなさい」「ちょっと通らせて」といちいち声をかけながら進んでいく。
一方ヴォルールは人波をすいすい縫うように滑らかに駆けていく。スリの生活で身につけた身のこなしだ。
これではあっという間に逃げられてしまう。コクリコも市場の中は詳しい方だが、それは向こうだって同じだ。
(こうなったら……)
コクリコは、すぐそばの露店の脇に置かれた大きな樽に目をやった。
「おじさん、ごめんね!」
一応店の主人に声をかけると、地面を蹴った。さらに樽を蹴って自分の身長以上の高さまで飛び上がる。
そして、大きな布を張った屋根の隅にピタリと着地してみせた。それから、
「待てーーっ!!」
屋根を支える木の骨組みの上を全速力で駆け出したのである。
向こうがスリの生活で得た身のこなしなら、こちらはサーカスで鍛えた身の軽さを生かす。その実力は、細い木の骨組みの上を難無く駆け抜けられる程だった。
まさか屋根の上を走ってくるとは思っていなかったヴォルールは、チラリと後ろを向くとさらにスピードを上げた。
通りをするする駆ける子供はともかく、屋根の上を走り抜けるコクリコは、誰の目にも止まった。
「どうしたんだ、コクリコ?」
「今スリを追いかけてるんだ!」
それを聞いた何人かの商人がコクリコの指差す少年を捕まえようとするも、その手をも楽々とすり抜けて逃げていく。
コクリコも走りながらヴォルールを観察する。さっきからずっと右手を力一杯握りしめている所から見て、まだ指輪を持っているだろう。
コクリコもロベリア程ではないが、スリの常套手段くらいは心得ていた。
スリ取った物をすぐに「相棒」に預けて一旦自分の身から手放す方法だ。
万一捕まっても、スリ取った品物がなければすぐに無実だと解放される。そして無実だと思わせておいて、後から品物を確保する。
だがヴォルールにその気配はない。本当に一人でやっているようだった。しかも遊び半分で。
遊び半分でのスリやひったくりなど、何としてでも止めさせたい。これ以上彼に罪を重ねてほしくない。
自分と似たような境遇の――もしかしたら自分もああなっていたかもしれないという思いが、コクリコの足を進ませる。
自分はサーカスに出会って、巴里華撃団に出会って、変われたと思っている。
だからヴォルールにとっても、生まれ変われる何かが、誰かがきっといる。きっと出会える。
そう信じているからこそ、彼を止めないといけない。その思いだけでコクリコは屋根を駆け抜ける。
「コクリコ、大丈夫か!!」
下の方から声がする。人混みを無理矢理かき分け、大神がやって来ていたのだ。大神と二人がかりなら何とかなると、コクリコは見当をつける。
だがヴォルールもバカではない。コクリコから離れるように角を曲がっていく。
コクリコが走る露店の列とは反対側の角を曲がられては、そう簡単に追いつく事はできない。だが、彼を見失う訳にはいかないのだ。
「イチロー、ごめんねっ!」
迷っている時間はないと判断した彼女は、屋根の上から一気にジャンプ。さらに、
「いいっ!?」
いきなり自分めがけて飛び下りたコクリコに驚いて凝固してしまう大神。そしてコクリコはその彼の頭を足場にさらにジャンプ。
道の反対側に建つ露店の屋根に見事着地して、さらにヴォルールを追いかけていく。
一方足場にされた大神は、その場で頭から転げていた。


やがて二人は市場を飛び出し、そのまま町をひた走る。
時間が時間だけに人は多いが、走れない程ではない。
本当は大声を出して助けを呼びたい所ではあるが、露店の屋根の上を走り続けるという「大技」をした直後だけに、走るだけで精一杯だった。
「早く、追いつかないと……」
コクリコが息を切らせて、前を走るヴォルールを懸命に追いかける。
一方前を走るヴォルールは、コクリコをなかなか振り解けない事に、だんだん焦りを感じていた。
いつも使う裏道に紛れ込んで逃げても、コクリコはピタリとくっついてきた。
低い塀で行き止まりになった所をよじ登って撒こうとしても、コクリコは置かれた木箱などを足場にジャンプして追いつき、逆に捕まりそうになる始末。
彼のようにスリをする者の逃げ足は早くなければ勤まらない。早いからこそ追手から逃げる事ができ、自分の命を繋ぐ事になるのだから当然だ。
しかし、その早さをずっと続けられる訳ではない。せいぜい五百メートルも持続すれば大したものだ。
つまり、短距離走の「早さ」なのである。
一方コクリコの「早さ」も同じようなものだ。
といっても、彼女の場合はスピードというより「瞬発力」と「身の軽さ」。ジャンプするには向いていても、早く走るのにはあまり向いていない。
それでも毎日の動物達の世話などで重い食べ物を運ぶ生活が、彼女の足腰を――わずかではあるが――確実に鍛える結果となっていた。
スピードには欠けるものの、その足腰がここでものを言った。ついにヴォルールがへばって倒れそうになった所に渾身の力で飛びかかり、その腰にしっかりとしがみついたのだ。
「捕まえた!」
息を切らせたまま、捕まえた両手にぐっと力を込めるコクリコ。
「早く、花火の、指輪を、返せ!」
走り疲れた身体にむち打って逃れようとするヴォルール。一方何としてでも離すまいと身体にしがみつくコクリコ。
「しつこいな、離せよ、お前!」
ヴォルールが握った左手でコクリコの頭をポカポカ殴る。しかし、それでもコクリコは怯まない。
片手で彼の身体を掴んだまま、もう片方の手を巧みに伸ばして指輪を取り返そうとする。
何としてでも逃れたいヴォルールと、何としてでも取り返したいコクリコ。
二人は走り疲れて息も切れているのに動くのを止めようとしない。
いや。止めた時点で自分の負けなのだ。そして、これは負けてはいけない「勝負」なのだ。
だが、同じ年代とはいってもやはり男女差は大きかったのか。
もがいていたヴォルールの足がコクリコの腹に当たり、痛みの後に一瞬呼吸が止まる。
もちろんその隙を見逃さず、ヴォルールは彼女を振り解いて立ち上がり、また駆け出した。
「げほ、げほげほ」
だがコクリコも負けてはいなかった。お腹を押さえて咳き込んでいたが、その目はまだ諦めていない。
(負けてたまるか。絶対花火の指輪を取り返すんだ!)
改めてそう固く決意すると、痛みを堪えて再び追いかけていく。


ヴォルールとコクリコの追いかけっこはまだ続いていた。
さすがに二人とも速度こそ落ちているものの、止まる気配は全くない。
ヴォルールは、ここまでしつこく食い下がるコクリコが気になって仕方なかった。
彼からすれば、たかが他人の指輪である。すごい謂れがあるとか、すごく高価な品物であるとか、そういった事はどうでも良かった。
もちろん高く買い取ってもらえればそれに越した事はないが、彼が持つ関心などその程度だ。
だから彼女のように「他人の為に何かをする」行動も、どうでもよかった。むしろ「何でわざわざ他人の為に」と、冷めて見ていた。
小さい頃戦争で両親を亡くし、引き取ってくれた親戚では露骨に嫌がらせを受ける始末。
満足のいくまで食べる事はもちろん、食事のない時だって多かった。
そんな時、盗む事を覚えた。
こっちが子供だという事で、周囲の大人達は油断して、笑ってしまいそうなくらい無防備になっていた。
無論スリなどやった事もないが、天賦の才があったのだろう。たいして失敗する事なく「荒稼ぎ」する事ができた。
だが子供が大金を持っているのはどう見ても怪しいし、万が一見つかったら取り上げられるに決まっている。
そのためお金を使う時は過敏に神経を使い、怪しまれない額だけ少しずつ使うように頭を使った。
そんな生活の為か、いつの頃からか、他人とは自分を守ってくれる存在ではなく、自分の障害であり、同時に盗みの対象でしかない存在という認識になっていた。
見知らぬ貴族が「私の孤児院に来る気はないかね?」と言ってきた事も、全く信用などしていなかった。
というより、信用というものの存在を知らずにいたと言った方が正しかったかもしれない。
だから孤児院に行っても友達などできる訳もない。信用するという事を知らないのだから、些細な事で誰かと衝突し、ケンカも絶えなかった。
やがてその孤児院が閉鎖されると、また元の盗人生活に逆戻りしてしまったが、その方が遥かに気が安らいだのだ。
(まだ追ってくる……)
本当なら指輪を放り投げ、相手がそれに気を取られている間に逃げる事もできた。
しかし、追ってくる相手は自分と同じ子供である。しかも東洋人の。
東洋人を見下すという西欧的な考えの中で育った子供である。向こうが独立したから同等に扱う、という器用な芸当などできようもない。
それに、些細な差別は子供社会の方が遥かに大きい。いくら個性を重視する文化であろうとも、他人とあまりに違う様相はすぐいじめとなって表れる。
だから「東洋人なんか、ちょっとこっちが本気を出せばすぐに諦める」。そんな考えがあった事は事実だ。
だが現実は、その「東洋人」に押されている。しかも女の子に。
女なんかに、という意識が「絶対に逃げ切ってやる」という考えに結びついたのだろう。
ところが。考えながら逃げていたからかもしれない。
細い路地を曲がったところで彼の足は止まってしまった。
目の前には高い壁。足場になるような木箱など何もない。もちろんジャンプして届く訳もない。
おかしい。こんな所に壁などない筈。彼は逃亡生活で染み込んだ記憶を大急ぎで総点検する。
そこでミスに気がついた。曲がる所を一つ間違えてしまった事に。
一瞬考え込む間に、後ろからの足音が大きくなって、ピタリと止まった。
少しだけ振り向くと、壁に手をついて肩で息をする少女――コクリコの姿が。
「もう、逃げられ、ないぞ……」
狭い路地を塞ぐようにして、コクリコはとうとうヴォルールを追い詰めたのだった。

<肆につづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system