『巴里の空の下 聖母は輝く 中編』
当日の夕暮れ。聖ジュスタン教会にはたくさんの警官の姿があった。グラン・マが手配した「水晶のマリア像」警護の警官達である。
しかし、その警護は難航どころか最初から揉めに揉めていた。なぜなら、神父のシャレードと警官達の押し問答が続いているからだ。
「……ですから、なぜ警護を拒むのです!」
「警護を拒んでいるのではありません。教会の周囲を取り囲まれるのが迷惑だと申し上げているのです。そのように取り囲まれては、皆が怖がります」
意見の言い合いはずっと平行線だ。教会の周囲を何十人もの警官で取り囲んで誰も入れないようにしたい警察側と、招待客が来るので取り囲むのは迷惑だと主張する神父。確かに、警官にぐるりと取り囲まれた中での礼拝というのは戴けないが。
「神父殿。では、その間をとって、我々警官の何人かを神父に変装させて、教会内に待機させるというのはどうでしょうか?」
そういう案を出したのはジム・エビヤン警部。あかぬけない頼りなさそうな外見ではあるのだが、パリ市警でも知られた有能な警部である。
「これならば教会の警備もできますし、そちらの仰るように教会を取り囲む事もない。いかがでしょうか?」
警護は遠慮したかったものの、そこまで正論な意見を出されては断わる事もできない。彼は苦々しい顔をしたいのを隠し、仕方なく承諾した。
「警部。像がこちらに到着しました」
警官の一人が警部にそう告げる。警部がその警官の指し示す方を見ると、シャノワール支配人のグラン・マとサフィール――いつものコート姿ではない質素なパンツスタイル姿のロベリアが蒸気自動車から降りたところだった。
「お待ちしておりました。お早いおつきですね」
「お預かりしていた水晶の聖母マリア様の像。こうしてお持ちしました」
グラン・マが手に持った箱を少しだけ掲げてみせる。
「あたしはこの教会を設計した方と面識は殆どなかったけど、九十七まで生きた方の遺言ですから、叶えて差し上げないと」
「なるほど。お気持ちお察し致します」
エビヤンがうんうんとうなづいている。
「警部さん。ご苦労様です」
ロベリアがいつもと違う貞淑な表情で優しく言うと、エビヤン警部はビッと背筋を伸ばし、
「サ、サフィールさんもいらしていたんですか!? ここは我々が厳重な警戒網を布いています。不審な人物は決して教会内に立ち入れさせはしません。このジム・エビヤンがついています。どうかご安心を」
少し照れが入った笑顔を浮かべ、胸をどんと力強く叩く。
(「ご安心を」ねぇ。まぁアタシの為にも頑張ってもらわなきゃ困るけどな)
そう思いつつもロベリアは花のような微笑みを浮かべ、
「まぁ。警部さんがそこまで仰って下さるなら安心ですわ」
普段の彼女を知る人間が見たら「一体何があった!?」と卒倒するような穏やかで優しい笑顔。
その笑顔を見た途端、エビヤンの顔が真っ赤になり、
「お任せ下さい。このジム・エビヤン。決してあなたの期待を裏切るような真似は……」
饒舌に自分の事をアピールしようとする彼に、グラン・マの咳払いが割って入る。エビヤンもそれで我に返って苦笑している。
「で、では盗賊に狙われないうちに教会の中へ。我々も警備体制を整えますので」
そこでグラン・マとロベリアは、神父と共に揃って教会の中へ入った。
「……何笑ってやがるんだ?」
口元をほころばせるグラン・マを横目で睨むロベリアに、彼女は、
「いや。何でもないよ。さすがだと思ってね」
警部はロベリアの顔を知っている筈なのに、眼鏡を外して服と声色を変えただけで判らなくなるのだから当然か。
ロベリアは教会の中をぐるりと見回してみる。
教会の中にはまだ誰もいない。明かりも最小限の為かなり薄暗い。この暗がりのどこかに誰かが潜んでいないとも限らないので、警戒は怠っていない。
「……おいおい。どこが『厳重な警戒網』だよ、あのバカ」
祭壇の方から人の気配を感じ、そちらに視線を向ける。
「どうかしたのかい、ロベリア」
「そこに隠れてるヤツ、出てきな!」
グラン・マの問いに答えず、気配のする方向を見据えて鋭く言い放つ。すると、
「あれ? ロベリア?」
聞き覚えのある声と共に姿を現わしたのは、ロベリアと同じ巴里華撃団のメンバーの一人・コクリコだった。
「シルク・ド・ユーロ」という権威あるサーカス団の団員で、マジックやナイフ投げ等が得意な少女だ。年はまだ十一歳と子供だが、育った環境からか年齢と比べて大人かもしれない。
「コクリコ。こんなところで何してるんだい?」
いきなり現れたコクリコに驚くグラン・マ。コクリコは照れくさそうに頭をかいて苦笑いすると、
「実は、この子を追いかけてきたんだ」
そう言って一旦しゃがむと、何かを拾い上げて二人に見せる。
それはところどころに薄茶色の斑がある小さな仔猫だった。しかし右足を怪我しており、小さいが痛々しい傷が見えている。
「誰かに虐められたみたいなんだ。それで治してあげようとしたんだけど、警戒してなかなか近づかせてくれなくて、怪我してるのに屋根の上を逃げ回ってさ。ようやく捕まえて懐いてくれたのはいいんだけど、今度は教会の回りに警官がたくさん来て、出るに出られなかったんだよ」
仔猫を落ちつかせようと優しく頭を撫でながらそう説明するコクリコ。
「じゃあ、どこから入ったんだ?」
「屋根からだよ。鐘のあるところから中に入ったんだ」
それを聞いたロベリアは外の警官達をバカにした目で見ていた。厳しい警戒が聞いて呆れる。
「しょうがないね。ここで放り出す訳にもいかないから、おとなしくしてるんだよ」
グラン・マがそう指示するとコクリコも素直にそれに従う。
「という訳で済まないけど、あの子の事は大目に見ちゃくれないかね、神父さん」
「いいでしょう。生き物を大切にする事は、良い事ですからね」
経緯をうかがっていたシャレードも優しくうなづく。グラン・マは彼に向かって、
「ところで、集いの準備の方はどうなってるんだい?」
「像を台座に安置させるだけです。あとは、招待したお客様がお見えになれば……」
シャレードはそう言って台座のそばに木箱を持ってきた。台座の高さは二メートルあるから、足場に使うためだ。
グラン・マが足場に乗ったあと、足元に箱をそっと置いて蓋を開ける。上に乗っていた木製の像を外し、袱紗ごと慎重に水晶の像を持ち上げて台座の上に乗せ、ゆっくりと袱紗を取る。
水晶の聖母マリア像は、まるで最初からそこにあったかのようにピタリと収まっていた。
薄暗い礼拝堂の中に安置されたマリア像。しかし像そのものが光っている訳ではないので別に美しさが引き立つ等の効果はない。
台座に乗せて夜を待てと言うのだから、これでいいのだろう。
「神父殿。こんな感じでよろしいでしょうか?」
そこに、どこから調達してきたのか神父の服を着たエビヤン警部と警官達が現れた。
警官達はともかく、エビヤンの方は合うサイズがなかったらしく、合わないサイズの服を無理矢理着ているのがバレバレなのも加えて、まるで似合っていなかった。
「警部。ここに見覚えのない子供が……」
警官がコクリコを捕まえている。コクリコも別に抵抗らしい抵抗はしていないのでおとなしいものだ。
「子供!? いつの間に入り込んだんだ?」
慣れない服でずかずかとコクリコに近寄るエビヤン。そこにグラン・マがやんわり割って入る。
「この子が泥棒じゃない事は、あたしが責任を持つよ。せっかくだからここにいさせてやってくれないかい?」
それからちらりと横目でロベリアを見る。ロベリアはそのアイコンタクトで彼女の事を察したようで、
「警部さん、私からもお願いします」
とロベリア――サフィールにまで言われては、彼としても折れるしかなかった。
「ま、まぁ、そこまで仰るのでしたら。……いいかい。おとなしくしてるんだよ」
エビヤンからすればコクリコなどほんの子供だ。しっかりと言い聞かせるように念を押す。だが必要以上に子供扱いされた事が不満なようで、ちょっと不機嫌そうに承諾していたが。
そこで教会の入口が開き、警官が、
「シャレード神父。招待客が来ているのですが……」
「わかった」
彼は短く答えると、招待客を出迎えに表に出ていった。
「ところで、招待客というのは何人いるのですか?」
エビヤンがグラン・マに尋ねる。彼女は思い出しながら指折り数え、
「それほど多く招待した訳じゃないよ。いわゆる『故人にゆかりのある方』ってヤツさ。どうも友好関係の方は少なかったみたいなんでね」
そう言うと、入って来た人影を見て穏やかな表情を作る。
「グラン・マ……いやライラック伯爵夫人。この度のお招き、ブルーメール家を代表して、このグリシーヌ・ブルーメールが有難く受けさせてもらう」
礼儀正しく背筋を伸ばすのは、ブロンドの髪も美しい男装の少女だった。
青を基調とした服に身を包んだグリシーヌ・ブルーメール。バイキングの流れを組むノルマンディ貴族で、フランスでも指折りの名門貴族だ。
「私は父の代理で来ました。よろしくお願い致します」
彼女に付き従うように後ろにいた、日本の北大路男爵令嬢・北大路花火が軽く会釈をする。1/4日本人であり、日本の大和撫子たれと育てられてきた、グリシーヌの親友だ。
実は二人とも巴里華撃団の隊員である。
「二人ともよく来たね。ご苦労様」
グラン・マがねぎらう間もなく、険しい顔になったグリシーヌがつかつかとロベリアの前に歩いていく。鼻先が触れあいそうなくらい顔を近づけると小声で、
「ロベリア。なぜここにいる!?」
「大きな声出すなよ。あいつらに聞こえる」
神父に扮した警官達を横目に見て、口に人差し指を当てて「静かに」のサインを送る。グリシーヌも教会内でもめ事を起こしたくないので、一層小声になると、
「私の質問に答えろ。もし貴様があの水晶のマリア像を盗もうと企んでいるのなら、容赦せんぞ」
「そんなんじゃない。むしろあの像を守らなきゃならないんだ。アタシの邪魔するんじゃないよ」
それだけ言い合うと二人ともぱっと離れた。
「グリシーヌ。何かあったの?」
「何でもない。ロベリアがいた事が気になっただけだ」
心配そうに尋ねてくる花火に、できるだけ温和な表情を作って心配させまいとするグリシーヌ。
「コクリコまでいるのか。これでエリカと隊長がくれば、全員揃ってしまうではないか」
巴里華撃団の一人、シスターのエリカ・フォンティーヌと日本から来ている巴里華撃団隊長・大神一郎の事だ。
「それで、大神さんとエリカさんはお見えになるんですか?」
花火が誰に尋ねるでもなく疑問を口にする。
考えてみれば、イレギュラーであるコクリコはともかく、その二人が「故人を偲ぶ」集まりに招待されているとも思えなかった。
「さてね。アタシは知らないよ」
ロベリアがさっさと答えて話を打ち切る。そんなやり取りをしている間にも、数人の招待客がやってきていた。
彼女は集まりの内容などどうでもいいとばかりに、台座に乗った「水晶の聖母マリア像」をじっと見つめている。
台座の高さは約二メートル。手を伸ばすかジャンプすれば取れなくもない高さだ。
しかし、コクリコの例もあるように屋根から侵入するという手口も充分考えられる。
どうせ警察は平面的な防衛法しか考えていない。上や下からの侵入に全く警戒していない事は既にコクリコの件で証明されている。
それに、もしこの状態で賊が侵入でもした場合、警官達の前で「盗賊ロベリア・カルリーニ」の行動を取る訳にもいかない。
ロベリアは招待客の動向を厳しい目で観察しつつ、警官達をどうにかできないかと考えていた。
そんな時、急に表が騒がしくなった。何事かと皆が周囲を見回していると、教会の入口が乱暴に開き、警官が大きな声で怒鳴った。
「警部。街でマシンガンを撃って暴れている人物を発見との報告が!」
それを聞いたエビヤンもさすがに表情が凍りつく。
「警部さん。行って下さい」
ロベリア――サフィールが待ってましたとばかりにエビヤンに近づき、静かに言った。
「警部の使命はこのパリの街を守る事。あなたがやらなくて、誰がやると言うのです!?」
「サフィールさん。いや、しかし……」
「今はより多くの人々が危険にさらされている街を守る事が先決です。お願いします」
彼女は目にうっすらと涙をためて訴える。その姿が、エビヤンの心を激しく打った。彼はいつも以上に引き締まった表情になると、
「判りました。市民の安全を守れなくて何が警察官だ。行くぞ!」
にわかに勢いづいた警部は、部下の警官全員を連れて教会を駆けて出ていった。ロベリアはその光景をあっけに取られて見ているしかなかった。
「……いつ見ても、男って単純だな〜」


ロベリア達が教会についた頃、人気のない路地を一組の男女が歩いていた。
真っ赤な法衣をまとったシスターであるエリカ・フォンティーヌと、日本から来て巴里華撃団隊長となった大神一郎である。
「……なるほど。この先の教会でそんな事があるんだ」
エリカからかいつまんだ説明を受けていた大神がうなづいている。もっとも、かいつまみ過ぎて事情を理解するまでに大神はげっそりとしているが。
「ええ。絶対にロベリアさんとか、ロベリアさんみたいな人達が盗みに来る筈です。ですからシスターの一人として、少しでもお役に立ちたいんです」
エリカも巴里華撃団の一員だし、ロベリアとは仲間同士だ。にもかかわらずこの発言。大神は少し頭を抱えると、
「俺はキリスト教徒じゃないけど、そういう事なら手伝うよ」
「ところで大神さん?」
大神の言葉を受けたエリカが元気よく尋ねる。
「どうして神の教えを信じてないんですか?」
「えっ!?」
話の矛先がいきなり自分に向いて焦る大神。
「そもそも、神の教えはとっても有難くて、タメになって、それから……」
言いながら、エリカの視線が宙を泳いでいる。必死になって思い出そうとしているかのようだ。
「それから?」
「と、ともかく。神の教えは大事なんです。絶対なんです」
開き直ったエリカが握りこぶしを作って力説する。確かにこのフランスの人口の約八割はエリカと同じカトリック系のキリスト教信者であるから、彼女の意見も判る。
「そんな事言われても。俺は日本人だし……」
「人種は関係ありません。総ての人々に救いの手を差し伸べて下さるのが、神様なんですよ、大神さん」
それから急に真剣な表情で彼の両手を取り、見上げるように彼の顔を見つめる。
「今からでも遅くはありません。改宗して下さい」
「いいっ!?」
いきなりのエリカの申し出に、さっき以上に焦りまくる。
「わたしは大神さんの為を思って言っているんですよ?」
エリカに真摯な目で見つめられ、手を握ったまま更に身を寄せてくる。
まるで愛の告白でもしているようなシチュエーションに、大神の顔が真っ赤になる。
巴里華撃団の部下は全員女性だが、もともと恋愛に関しては相当奥手な大神。落ちついて対処などそうはできない。これ以上ないくらい脂汗を流しておろおろとしている。
「お願いします、大神さん……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、エリカくん……」
「おうおう、見せつけてくれるねぇ」
いきなり割って入った野太い声。二人は慌てて離れ、声の方向を見る。
そこにはコート姿の大柄な男とガラが悪いのを絵に書いたようなチンピラが二人いた。どうひいき目に見ても友好的な印象はない。
「ずいぶんと熱烈なシスター様ですねぇ。こんなところで男と密会ですかぁ?」
チンピラの一人が品無く笑いながら二人をじろじろと眺める。
「何だ、東洋人か。サルはずーっと西のブローニュの森にでも帰りなさい」
三人は日本人である大神を明らかに蔑んだ目で見て、笑い声をあげる。当時東洋人の地位はかなり低かったため、そうした目で見られる事も少なくなかった。
「な、何て事を言うんですか、あなた達は!」
エリカがつかつかとコートの男の前に行き、厳しい表情で彼を見上げ、真剣な顔で力強くエリカが叫ぶ。
「大神さんは人間です。サルなんかじゃありません!」
「冗談が判らないのか?」と言いたそうに、思わずぽかんとしてしまう男達。
「第一、おサルさんはもっとカワイイです。つぶらな瞳と愛くるしい動作がステキなんですよ!?」
「エリカくん……」
怒る論点が思い切りズレている気がするエリカの発言に大神も呆れるしかない。
「あ、兄貴。こいつひょっとして、あのエリカってシスターじゃ?」
小柄な男がコートの男に向かって後ろからそっと小声で話す。
「エリカ? まさか『恵まれない人間を不幸にする』って噂のアレか?」
「間違いないっすよ。あんな赤い服のシスターなんて二人といませんよ」
「そんな事より、早く行かないと水晶のマリア像を他の誰かに持っていかれますぜ」
エリカを無視してぼそぼそと二人でそんなやり取りをしている。実はあの時、教会でロベリアと対峙した男達なのだが、そんな事はこの二人には判らない。
「今、何て言いました!?」
いきなりエリカが鋭く叫ぶ。
「今『水晶のマリア像』って言いませんでしたか!?」
ずい、と大柄な男に詰め寄る彼女は、さらに、
「もしかして、その像を盗もうなんて考えているんですか!?」
急に強気になったエリカは更にまくしたてる。
「教会の物を盗むなんて、何て悪い人たちなんでしょう!? 改心して下さい!」
そんな事を言われて改心するような輩ばかりなら苦労はない。
エリカは彼等の返答を待たずに法衣の裾を持ち上げ、ももに固定している小型のマシンガンを取り出して銃口を向ける。ちなみにこのマシンガンにはラファエルという大天使の名前がついている。
「改心して下さい。さもなくば撃ちます!」
「待つんだ、エリカくん!」
マシンガンを取り出したエリカを見て、慌てて止めに入る大神。いくら何でも町中でマシンガンをバンバン撃たせる訳にはいかない。
「何をするんですか、大神さん。教会の物を盗もうとしている人がいるんですよ!?」
「それは判るけど、マシンガンは止めてくれ。また警察に捕まるぞ」
「大丈夫です。わたしは泥棒を捕まえるんです。警察の人も誉めてくれます」
いつもながら、どういう論理なのかまるで判らない。そんなやり取りにつき合ってられないとばかりに二人の男は逃げ出した。
「あ、待ちなさい。泥棒さん!」
大神に羽交い締めにされてじたばたもがくエリカ。もがいた拍子にマシンガンの引き金に指がかかってしまい、
ズガガガガガッ!
弾が空に向かって一連射分発射される。驚いた拍子に大神は思わず手を離し、尻餅をついてしまった。
「待って下さい。改心して下さい、泥棒さ〜ん!」
マシンガンを持ったまま、男達が逃げていった方向へ向かって走り出すエリカ。大神も慌てて立ち上がって追いかけようとするが、
「エ、エリカくん、前!」
どごん。
大神の注意も空しく、エリカが立てかけてあった骨董品屋の看板に正面衝突してしまった。
「エリカくん、大丈夫かい?」
鼻の頭を押さえて涙ぐむエリカに、大神が手を差し伸べる。
「え〜ん。逃げられちゃいました〜〜」
看板にぶつかった当のエリカは、まるで子供のように泣きべそをかいている。
「と、とにかく元気出して。その教会に急ごうよ」
「そうですね」
つい今し方まで泣きべそをかいていたが、ぱっと元気な顔になる。実に立ち直りが早い。
「こうしてはいられません。早く教会に行って、泥棒が来ている事を知らせないと……」
「あそこです、あの女です!」
少し離れたところから声がする。見ると、さっきの三人組が――何と警官を連れてきていた。
「貴様ら! 無駄な抵抗をするな。武器を捨てて投降しろ!」
警官は大神とエリカを見て力強く警告する。
「武器? 武器って……あ」
エリカの右手には、まだマシンガンが握られたままだ。こんな町中でこんな物を持っていたら警戒されて当然。
「諸君。通報感謝する」
「いえいえ。一般市民として当然の事をしたまでです」
警官と男達のそんなやり取りが聞こえる。
「逃げるぞ、エリカくん!」
尋問を受けている時間はないと察した大神は、エリカの手を掴んで一目散にこの場を逃げ出した。
「どうして逃げるんですか? わたし達何も悪い事してません!」
「そのマシンガンだよ!」
「これは悪を成敗するための物です。話せばきっと判ってくれます!」
が、追いかけてくる警官には、とても話は通じそうにない。というか、エリカの話そのものが通じるとも思えない。
今の大神にできる事は、警官を振り切って逃げる事だけだった。

<後編につづく>


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