『巴里の空の下 聖母は輝く 後編』
「どこに行った!?」
「あの目立つ格好だ。見つけられない訳がない」
「手分けしてこの辺りを捜索しろ!」
「急いで警部に報告して、指示をあおぐんだ!」
大神とエリカが隠れているところに、何人もの警官の声が聞こえてくる。二人は物陰に隠れてじっとしたまま、警官達の声と足音が消えるのを辛抱強く待っていた。
「……行ったみたいだな」
物陰からそろそろと身を乗り出して周囲を確認する。警官の姿はない。大神はようやく胸をなで下ろし、溜めていた息を吐いた。
「大神さん。こんな事をしている場合じゃありません。早く聖ジュスタン教会へ行かないと」
君に言われたくない、とツッコミを入れそうになる大神。
「それで、さっきの話なんですけど」
何の前置きもなく、いきなりエリカが尋ねてきた。
「神様を信じていないのはいけない事です。改宗して下さい」
その話か、と大神がため息をつく。
「別に神様を信じていない訳じゃないよ。日本にだって神様はいるからね」
確かに日本には「神道」という立派な宗教があり、無論神だっている。
「日本の神様ですか? 日本の神様というと、やっぱりチョンマゲをしてるんですか?」
エリカは目を煌めかせて尋ねる。彼女と初めて出会った時にも聞かれたが、なぜ彼女はここまで「チョンマゲ」にこだわるのだろうか。大神は苦笑いすると、
「別にチョンマゲはしてないけど。日本の神様は『八百万(やおよろず)』といってたくさんいるんだ」
「ヤオヨロズ?」
聞き慣れない単語にエリカが首をかしげる。
「漢字で『はっぴゃくまん』って書くんだけど、ホントに八百万も神様がいる訳じゃなくて、数え切れないくらいたくさんいるって意味なんだ。あらゆる物に神様が宿っているんだよ」
「あらゆる物ですか? じゃあ、日本ではプリンにも神様が宿ってるっていうんですか!?」
彼女の目の煌きが一層増したのが判る。プリンが何よりも大好きな彼女らしい発想と言えるが、
「あ、でも日本にはプリンはなかったんでしたね。残念です」
すぐにガックリと肩を落としてしまった。
「それにしても、神様がたくさんいるなんて不思議です。ホントに日本は変わっていますね。それじゃあお祈りするのも大変じゃないんですか?」
エリカは真剣な顔で考えている。たくさんいる神様一人一人に祈りを捧げていたら、それだけで日が暮れてしまうだろうに、と。
「いや、自分のところで奉っている神様に祈るんじゃないかな。俺もよく判らないけど」
「やっぱり日本はおかしいですね」
エリカはうんうんとうなづくと、
「自分の国の神様の事なのに判らないなんて、やっぱりおかしいです。勉強が足りませんよ、大神さん」
そんな事を言われても、神様の数が尋常ではない神道で、全部の神の事を覚えるのはほぼ不可能だ。
「いや。俺は別に神主さんでもお坊さんでもないし……」
一神教であるキリスト教を奉ずるこのフランスで、多神教の一つである神道の考えを説明するのは少々酷かもしれない。しかも説明する相手はエリカである。
大神はふと我に返って気持ちを切り替えると、
「エリカくん。その話はあとにしよう。今は教会に行く事が先決だ」
「……判りました」
しぶしぶといった感じではあったが、さすがのエリカも優先順位は判っているようだ。
しかし、警官から逃げる事だけを優先して走っていたので、どっちへ行ったら良いのか、大神にはまるで判らなかった。そんな風に困っている大神を見て、
「大丈夫です、大神さん」
エリカが自信満々な態度で宣言する。
「あそこに警官の人がいますから聞いてみましょう」
エリカは今までの事をコロッと忘れているのか、鼻歌混じりで警官を手を振って呼び止める。
しかも、その手にマシンガンを持ったままで。
「エリカくん、マシンガン!」
大神が警告したが遅かった。警官はエリカの持つマシンガンに気づき、こちらに向かってくる。
「何で追いかけてくるんですか〜〜!?」
再びエリカの手を引いて走る大神。
「だから、マシンガンをしまわないからだよ」
「じゃあしまえば追いかけられませんね。しまいますから止まってくれませんか?」
「止まった時に捕まっちゃうよ!」
実に間の抜け切ったやり取りをしつつ、二人は暗くなったパリの街を駆けて行く。


警官全員が出て行った教会の中で、ロベリアは周囲に気を配っていた。
この教会の様子をどこからか見張っている輩もいる筈だ。警官がいなくなった絶好のチャンスを逃す筈はない。
「来るな……」
ロベリアの盗賊としての勘がそう告げていた。
「何が……まさか盗人が来るのか?」
ロベリアのつぶやきが聞こえたグリシーヌが尋ねる。ロベリアは無言のまま入口を見ると、
「アンタ達は手を出すなよ。足手まといになる」
「大した自信だな。賊は一人二人ではあるまい?」
グリシーヌはそう言うとどこからか愛用のポールアックスを取り出す。
「花火とコクリコは、ここを頼む。行くぞ!」
「アタシに指図するな!」
ロベリアが顔をしかめつつ怒鳴りながら、二人揃って教会の外へ。すると案の定、日が落ちたばかりの表では、今にも入らんとしている盗賊達がズラリと取り囲んでいた。
大規模の盗賊団ではなさそうだ。ここを狙ってきた無数の盗賊(団)達といったところだろう。
「逃げるんなら、今のウチだよ」
「なめるな、ロベリア。敵を目の前にして逃げ出すなど、この私がすると思うか!」
グリシーヌはやる気満々でポールアックスを構えた。
「邪な目的で教会に群がる不逞の輩め。成敗してくれる!」
ズガガガガガッ!
グリシーヌの勇ましい怒号を引き裂くマシンガンの音。その音に驚いた全員が音のした方向を向く。
「どいて下さいっ! さもなくば撃ちますよ!」
走ってきたばかりなのか、息も整えていないかすれた声。だが、既に撃ってから言うセリフではない。
マシンガンの音に驚いた人波が、まるでモーゼの「十戒」のように割れると、人垣の向こうにいる音の主の姿があらわになった。
「エリカ!?」
グリシーヌとロベリアの声が綺麗に重なる。
そこに立っていたのはマシンガンの銃口を天に向けているエリカと、盗賊達を警戒して立つ大神の二人だった。
盗賊達は明らかに彼女の持つマシンガンを見て引いている。無理もない。
「あ、グリシーヌさん。ロベリアさんまで!」
マシンガンを持ったまま笑顔でとたとたと二人の元に駆けて行くエリカ。それを追う大神。そして、それをあっけに取られて見ているだけの盗賊達。
「ロベリアさん。やっぱり盗みに来ていたんですね!? ホントにもう。ダメですよ、泥棒なんて」
ロベリアの名が出た途端、盗賊達がざわめき出した。さすがにここに来ているような連中にはロベリア・カルリーニの名は知れ渡っている。
「あ、そうだ。この教会に泥棒さんがたくさん来るみたいですから、皆さん注意して下さいね」
周りを全く把握していないエリカの発言に、一同が呆然とする。
「……エリカ。今我等の周りにいるのは、一体誰なんだ?」
頭を抱えるグリシーヌに言われて周囲を見回したエリカは、
「信者の皆様じゃないんですか?」
……………………………………………………。
その場にいた者全員が、出どころのよく判らない疲労感に襲われてとても空しい気分に満たされる。
だが、そんな中盗賊の一人が我に返り、
「敵はたった四人だ! 死ぬ気でかかれば何とかなる!」
その声で皆はっとなり、襲いかかろうとナイフなどを取り出す者も出る。
普段はどうあろうとも巴里華撃団の隊員。周囲の殺気を敏感に感じ取り、瞬時に戦闘体制に入る。
「数が多い。みんな、油断するな」
隊長らしく大神が周囲を見渡して皆に告げる。
盗賊(団)達と大神達の緊迫感が高まったその時、
『貴様ら! 教会の前で何をしている!』
拡声器で拡大されたエビヤンの声が響く。その声を聞いた盗賊達が一瞬びくっとなり、慌てて逃亡しようとする。
しかしあまり広くもない道にたくさん詰めかけていたのだ。まともに動ける訳もなくなかなか逃げられない。
それ幸いとエビヤン率いる警官隊が次々と盗賊達を捕まえていく。
大神達はそれでもこちらにきた何人かを押し返すだけでよかった。
結局一時間ほどで盗賊(団)達の殆どは捕まったのだった。


「サフィールさん。この教会を守ろうと自ら立ち上がるとは。その度胸には恐れ入ります。しかし、あまり無茶はしないで下さい」
エビヤンが満面の笑みを浮かべてロベリアに一礼する。
「い、いえ。それほどでは……」
ロベリアも一応の笑顔を作って応対する。
「全く、シャノワールには美しくも勇敢な女性達が多いですな。頑張ってくれたまえ、大神くん」
エビヤンは笑いながら大神の肩を叩き、警官隊と共に去って行った。
そうしているうちに完全に日が暮れており、ガス灯が周囲を照らしていた。その明かりをやや眩しそうに見つめるグリシーヌ。
「さて。すっかり夜になってしまった。そろそろ戻ろう」
グリシーヌが教会の中へ戻ろうとした時、ロベリアはまだ周囲の警戒を解いていなかった。
何者かの気配を感じるのだ。それも一人ではない。
ロベリアは予備動作なしで、いきなりナイフを茂みの中に投げた。
「わざと外してやったんだ。出てきな」
挑発するように不適に笑うロベリア。それから茂みからガサガサと音を立てて出てきたのは三人の男達。
教会でロベリアに追い払われ、先程大神とエリカに警官をけしかけたあの三人組である。
「あ! さっきの泥棒さん達!」
エリカの声に、三人の男達の顔がひきつる。
「またアンタ達か。いい加減しつこいな」
あきれ顔のロベリアを見た三人は、
「頭脳プレーと言ってほしいね。あれだけの盗賊達を連行している最中なら、駆けつけてくる警官だって少なかろう。邪魔は入らない」
コートの男が不適に笑ってロベリアを睨み返した。その笑みには必勝の策があるような自信に満ちている。
「貴様、エルネストか!?」
コートの男の顔を見たグリシーヌが不快な表情をあらわにして叫ぶ。
「知り合いなのか、グリシーヌ?」
「……彼の父とは懇意にさせてもらっている。人格者である父親と違い、エルネストはどうしようもないヤツでな。侯爵である親の七光りがなければ何もできない、最低の輩だ」
エルネストと呼んだコートの男から視線を逸らさず大神に返す。
「言ってくれますね、グリシーヌ殿。我等と事を構えるおつもりか?」
「ふざけるな! 貴様のようなヤツには鉄槌あるのみだ!」
手にしているポールアックスを構え直すグリシーヌ。
「人聞きが悪いですね。私がマリア像を買い取るから、その金でこの教会を修復してはどうかと神父に持ちかけているだけですよ」
その一応筋の通った意見を聞いて、グリシーヌがうっと言葉に詰まってしまう。
グリシーヌの悔しそうな顔を見る得意そうなエルネスト達の表情を見て、ロベリアの背筋に寒気が走った。寒々としたガス灯の明かりも手伝って、気味が悪い事この上ない。
うまく説明できないが、確実にある生理的な嫌悪感、と呼べばいいのか。
(気に食わないね)
そう思ったロベリアは一足飛びでエルネストとの間合いをつめると右腕を一閃。同時に右手の中に炎が生まれ、彼を焼こうと鞭のように襲いかかる。
「な、なにっ!?」
かろうじてかわしたものの、いきなり炎を浴びせられては誰しも驚く。しかもこの炎はロベリアが持つ霊力が造り出したもの。文字どおり種も仕掛けもない。
「前にも言った筈だ。『雑魚はとっとと失せな』ってな」
今度は余裕を持って右手の中に燃え上がる炎を生み出す。
炎に照らされたロベリアの無表情な目が三人の男を射抜く。静かに熱い殺意を秘めた「本物の」殺気を含んだ視線。
「な、なんなんだ、こいつは……」
ケンカはしていても、本物の殺気を知らないのだろう。明らかに怖いが、なぜ怖いのかが判らない。理由の判らない恐怖感に襲われてエルネスト達の顔が青ざめていく。だが、
「ふ、ふ、ふざけるなぁっ!」
震えながらも、恐怖を振り払うように拳を振るうチンピラ二人。しかしそんな拳を食らうロベリアではない。右手の中の炎を、遠慮なくチンピラ二人に叩きつけた。
「アヂヂィッ!!」
彼等の服に小さく炎が燃え移り、消そうと躍起になって周囲を走り回り、バタバタと腕を振るう。
その様子を冷徹に薄笑いを浮かべて見ているロベリアは、
「今度は全身を焼いてもいいんだぜ?」
それがとどめになった。完全に腰がひけてしまったエルネストとチンピラ二人は、泡食って何度も転びながら逃げ去っていく。
「二度と来るな、バカが」
意味もなく石畳を踵で蹴って、吐き捨てるように言うロベリア。
「ロベリアさん、スゴイです!」
エリカがぴょんと子供のようにロベリアに抱きつく。
「うわあっ、くっつくんじゃねーっ!」
露骨に嫌そうな顔で、ひしとしがみつくエリカを引き剥がしにかかる。
「もう、ロベリアさんって、意外と照れ屋なんですね」
「違うっ! うっとうしいから離れろ!」
どうにか引き剥がそうとじたばたともがくロベリア。先程の冷静さとは雲泥の差の慌てぶりだ。
「全く。とんだ『偲ぶ集い』になってしまったな」
構えを解いたグリシーヌがため息混じりに言うものの、表情は清々しさに満ちている。
「ところで、偲ぶ集いはどうなっているんですか?」
「これからだよ」
エリカの問いに答えたのは、様子を見に出てきたグラン・マだった。
「何だい。エリカとムッシュまで来たのかい」
いない筈の二人の姿を見て少し驚いた表情になる。しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべると、
「せっかくだ。二人とも中へお入り。水晶の聖母マリア像を見ていくといい」
グラン・マの誘いを受けて、大神とエリカが教会に入る。
中には花火とコクリコ。それから数人の招待客とシャレードという神父。
総ての燭台には灯がともり、両脇に長椅子が並ぶ通路の一番奥には祭壇がある。その祭壇から一メートルほど離れた通路上に高さ二メートル程の柱があり、その上に水晶の聖母マリアの像が乗っていた。
離れたところにある燭台の灯と、ところどころに設けられた電球の光が礼拝堂を照らしている。
「夜を待ってくれ」という遺言だが、「夜」のいつかは判らない。何かあるのは確かだが、それまで時間を潰すしかなさそうである。
そんな時間の中、ロベリアが何となく天井を見た時だった。
「おい! 明かりを消してくれ、全部だ!」
言いながら自分も燭台のロウソクを次々と消していく。
「何かあったのか?」
「話はあとだ、アンタも手伝え!」
大神に向かって怒鳴りながらあちこちを走り回る。訳が判らないながらもその他のメンバーもロベリアに言われた通り手近の明かりを消していく。
やがて礼拝堂内は真っ暗になった。そうすると、ロベリアの謎の指示が全員理解できた。
ステンドグラスから入ってきた月明かりが、台座の上の水晶のマリア像に吸い込まれている。その月明かりを吸い込んだマリア像がうっすらと淡い光を放っていたのだ。
「綺麗ですね……」
自己主張をする強さではなく、柔らかく包み込む暖かさのある、それでいて目の離せない光。そんな静かな光を見た花火が呟くが、その言葉はこの場にいる全員の気持ちだった。
全員がその静かな美しさに見入っていると、像に吸い込まれていた光が少しずつ広がっていく。
光はステンドグラスに伸び、カラフルなステンドグラスから礼拝堂の天井に伸び、壁にかけられた十字架にも次々伸びていく。
決して強くはないが、誰もが安堵するような落ちつきのある光。そんな光で辺りは満たされていく。
「! 天井を見て!」
コクリコが天井を指差し、一同の視線が上に向く。
なんと、天井が透けて外の星空が見えていたのだ。夜空にきらめく無数の星々が、幾億年も前に放たれた輝きを見せてくれている。
「スゴイです。礼拝堂の中なのに、お星様が見えるなんて……」
エリカが自然と両手を組んで祈りを捧げている。
「まるで芸術作品のようです」
花火も胸に手を当て、しみじみとしたたたずまいである。
「……いや、これは本当の星空ではない。まるで話に聞いたプラネタリウムだ」
厳しい目で天井を見ていたグリシーヌが呟く。目を凝らしてみれば天井に光が当たり、それが星のように見えているだけだと判った。
プラネタリウムというのは、ドーム型の天井に投影機で星空などを投影して再現するシミュレーターの事だ。
台座に置かれた水晶のマリア像が月の光を受けて投影機の役割を果たし、周囲に光を放ったのだろう。
この時代より数年前にドイツで発明され、一時期話題になった事を覚えていた、貴族のグリシーヌならではだ。
「じゃあ、この星空は本物じゃないの?」
「本物じゃなくたって、充分綺麗じゃないか、コクリコ」
少しがっかりした声のコクリコに、大神が優しく諭す。
仕掛けが判ればなんという事はないが、この場の誰一人として見るのを止める者はいなかった。
「人はみんな、心のどこかに『本当の星空』を持っているものさ」
グラン・マが天井を見上げたまま静かに言った。
「そして、それはいつでも見られる訳でもなければ、手に入る訳でもない。だから、忘れる事のできない大事な『本当の星空』に見えるんだよ、きっと」
確かにこの星空は本物ではない。しかし心の中の「本当の星空」をこの場に投影している。そうしている限り、この星空は「本物」なのだ。
「へえ。ガラにもなくロマンチストなんだな」
「『ガラにもなく』だけ余計だよ」
ロベリアの呟きに間髪入れずグラン・マがやりかえす。
古来より水晶には不思議な力があると信じられてきた。その不思議な力のせいなのか、この場の皆の気持ちは一つになって星空を見つめていた。
そうして眺めているうちに、月の角度が変わって光が届かなくなったのだろう。光が少しずつ薄まり、輝きが弱くなり、やがて何も映さぬ暗い天井へと戻っていった。
どこからかカンテラを持ってきたシャレード神父が、もう一度燭台のロウソクに灯を点していく。
「なるほど。この教会とマリア像に、こんな仕掛けがあったとはな」
今はもう輝いていないマリア像を見て、ロベリアが感心していた。
形の無いものではあるが、確かに美しいものだった。それに五〇年も前にここまで緻密な計算をして作られた事も驚きである。
グラン・マは足場に乗ってマリア像を外すと、きちんと箱に戻してロベリアのところに来た。しかし、ロベリアは、
「……やっぱりいいや。グラン・マが持っててくれよ」
そう言い残して教会を出ていった。不思議に思った大神が真っ先に彼女を追う。教会から少し離れたところで彼女に追いついた大神は、
「ロベリア。さっきのは一体?」
彼女はうっとうしそうに横目で彼を見ていたが、
「ホントなら、あれは明日アタシの物になってたんだ」
ぽつりと短く答える。
「けど、あの像と教会はセットじゃないとダメだ。あの像は、あそこにあるからいいんだ」
しみじみとした彼女の言葉を、大神は無言で聞いていた。
「……でないと価値が下がるからな。価値の下がったものなんていらないし、だからって、教会ごと貰ったってしょうがないだろ?」
しかし、このロベリアらしい一言に大神がガクッとコケそうになる。
「でも、いい物は見させてもらった。……なぁ、隊長」
ロベリアは急に大神の肩に手を回してきた。
「このまま飲みに行こうぜ。近くにいい店があるんだ。酒はイケるクチなんだろ?」
男女の語らいと言うよりは旧友同士の友情といった感じだが、不思議と似合っていた。
「もちろん、アンタのおごりだよ」
「ええっ、俺が出すのか?」
「安月給だからって、しけた事言うなよ。あんないい物を見たあとだ。酒の肴には事欠かないだろう?」
ロベリアは肩を組んだまま大神の肩をぽんぽんと叩く。
「何たって、これから行くのは『星空亭』って店だからな」
彼女はそう言って見上げると、本物の星空を穏やかに眺めている。薄曇りの夜空の向こうに、先程見たのと同じ星々が煌めいていた。
グラン・マにはああ言っていたが、彼女も案外ロマンチストなところがあるのかもしれない。
そう思った大神は、その申し出を快く受け入れた。

<巴里の空の下 聖母は輝く 終わり>


あとがき

「巴里の空の下 聖母は輝く」。いかがでしたでしょうか?
前作「間違いだらけの和食講座」で一番(?)可哀相だったロベリアさん。今回は、そんな彼女の「カッコイイ」ストーリーをとやってみました。
それにしてもロベリアは書くのが難しいですね。一番つかみ所のない人物でしょうから。

それから「後編」で少しだけ神道の事に触れていますけど、明治時代から太平洋戦争終結まで『天皇家を中心として云々』という使い方(国家神道)をされたために、未だ勘違いしている人も多いんですが、元々は(大雑把に書けば)ホントにあんな感じです。
「あらゆる物に神様が宿っている。だから大事にしましょう」という感じになるんでしょうな。
ちなみに神道は「民族宗教」といって民族の中でのみ信仰されている宗教なので、キリスト教のように布教活動はやりません。

さて、今回のタイトル。カンのいい方は気づかれたでしょうが、1951年のフランス映画「巴里の空の下 セーヌは流れる」が元ネタです。
全く関係のない三人の登場人物。彼等の人生が運命の悪戯によって交錯していく……というストーリー。特に挿入歌は有名なので、聞いた事がある方もいるかもしれません。
重ね重ね申し上げておきますが、タイトルとこのSSに関連性は全くありません。


文頭へ 戻る メニューへ
inserted by FC2 system