『黄色と黒のリパルス 中編』
ソフトボール。
アメリカ合衆国はイリノイ州・シカゴにおいて興ったものという説が有力である。
元々は寒い冬の時期に、室内で野球の練習をするためのスポーツとして発案されたという。
そのため当時は「インドア・ベースボール」「プレイグラウンド・ボール」などと呼ばれていた。
それが次第に本格的に野球のルールと結びつき、現在のソフトボールへと発展を遂げていったのだ。
ちなみに最初の頃は、柔らかいボクシングのグローブを丸めたものをボールの代用品として使用していた。「ソフト」ボールの語源はここであるという説もある。

     ●

ついに練習試合の日がやってきた。
対戦相手である私立吉方神(えほうじん)高校にやってきた、都立陣代高校女子ソフト部の面々。
今の三年生が一年生の頃こうして練習試合に来た事があるそうで、それを知らない一、二年生は校舎の大きさと校庭の広さに呆然としていた。
校舎はまるで巨大なマンションのよう。校舎の中央が時計台のように空に突き出しており、上空から見れば「¬」の形の校舎も、西の端から東の端まで一〇〇メートルはありそうである。
校舎がそうなのだから校庭の広さも半端ではない。ちょっとした競技場並だ。そこに敷き詰められているのは、最近では珍しくなりつつある乾いた土。
今回の練習試合はこの校庭で行われるのだが、こことは別に野球ができるグラウンドも近所にあるらしい。
「私立はお金があるんだねー」
恭子がポツリと言った言葉に、一同がうらやましそうに、そして少々ねたみ全開で力一杯うなづく。
「ウチの倍くらいは部員がいるからねー。選手層も厚いよ」
部長の野上由紀が他人事のようにそう言うと、選手達の表情が不安げに一瞬曇る。
「多いからイイってモンじゃないでしょ。少数精鋭って言葉もあるし」
由紀は皆を励ますように力を込めて言い放つが、不安解消の効果は余りなかったようだ。
一方少し離れたところには、紺地にレモンイエローの筆記体で「Ehoujin」と鮮やかに描かれたユニフォーム姿の吉方神高校ソフト部員がズラリと並んでいる。濃いオレンジ地に紺の文字で「Jindai」とある陣代高校と逆の配色だ。
その後ろには応援団とおぼしきレギュラー以外のソフト部の面々や在校生が。二〇名ほどの近所の人らしい大人の姿もある。中には宴会と勘違いしたような、ビール片手の中年オヤジの姿も見えた。
だが、先日由紀が言っていた「留学生」らしい生徒がどこにも見当たらない。
実際留学生としか聞いていないので、どこの国から来たのかは判らない。日本人と似ている中国や韓国からの留学生なら、区別がつきにくくても無理はないが、そういう訳でもないようである。
かなめはもちろん他のメンバーも「噂の留学生とやらはどこだろう」と、周囲をきょろきょろと見回していた時だった。
「ぶしょー! こんなのひろたですー!」
微妙に奇妙なアクセントの声が校庭の彼方から聞こえてきた。皆がその声の方を向くと、全員が申し合わせたかのようにその場に棒立ちになっていた。
声の主らしいのは、吉方神高校のユニフォーム姿の人物だった。
褐色の肌を持つかなり細身の小柄な女の子である。昔のコントの爆発後のような、チリチリとした短い黒髪。そしてその顔立ちは明らかに日本人ではない。黒人だ。
ユニフォームを着ているからこの学校の学生=高校生なのだろうが、中学生かそれ以下にしか見えない。細すぎて女性らしい体型とは無縁なので、少年にも見えそうである。
無邪気としか形容できない笑顔と輝くような瞳がそんな印象に拍車をかけていた。かなめ達は「これが噂の留学生か」と一目で理解する。
だが、問題は彼女が手を引いて連れてきた「もの」だ。
犬だかネズミだかよく判らない、ずんぐりもこもことした二頭身の体型。大きくつぶらな瞳に、愛らしい蝶ネクタイ。
そう。どこからどう見ても、かの「ボン太くん」に間違いなかった。
だが、そのボン太くんは細部がかなり異なっていた。
オシャレな山高帽の代わりに、迷彩色のヘルメット。ぶち模様の胴体にはグレーの防弾チョッキ。腰に巻いたベルトには手榴弾や予備弾倉やらがズラリと挟まっている。
極めつけは、あるのかないのか判らない肩から、堂々と下げている一メートル近い長さの散弾銃。見慣れているかなめにはイタリア製の散弾銃だと判った。
それから、どうやって持っているのか、もこもことした手には何故かスケッチブックとマジックペン。
そんな物騒な装備に身を固めたボン太くんを、双方の選手達はもちろん、ギャラリーの大人達もがいぶかしげに遠巻きに見ている。
こんなボン太くん。世界広しと言えどもたった一つしかあり得ない。かなめは小さな怒りに肩を震わせていた。
一方、まるで迷子になっていた幼子と再会した母親のように、吉方神高校の部長(と紹介された人物)が、ようやく留学生の元へ駆け寄る。
「ケラちゃん、何してるの!?」
「ぶしょー! これカワイーです。ボツワナにいないです。かいたいです」
ブショウではなくてブチョウである。うまく発音できないらしい。ケラちゃんと呼ばれた留学生は目を輝かせて部長の返答を待っている。
「飼いたいって言われても……」
その部長は何と言っていいのか判らぬ困り顔で留学生とボン太くんを交互に見る。
どう見ても中に人が入っている着ぐるみ。しかも片手に立派な銃器を携えて。にもかかわらず、その留学生・ケラは「日本に生息する何かの生き物」と本気で思っているのが丸判りだからだ。
見かねてかなめも二人の元へ行く。
「あー、その、ボン太くん。ちょっとこっちに……」
かなめがため息混じりにボン太くんの手を引っぱると、留学生が反対側のもこもこの腕にしがみついて、
「このこ、ケラがみつけたからケラのです!」
「ふもっふ?」
両側から引っぱられ、今まで黙っていたボン太くんが声を上げてしまう。その鳴き声(?)を聞いた彼女は更に目を輝かせて、
「カワイーです。ケラがかうです。ぜたいかうですー!」
しがみつく力をますます強くして、まるで駄々っ子のように「持って行くな」とアピールする。
「いやあの、これ、着ぐるみなんだけど……」
どうしたものかと頭をかくかなめ。吉方神高校の部長の方も同じような困り顔でかなめに言った。
「済みません。すっごい純粋すぎて、突っ込むに突っ込めないって言うか……」
そう言いたくなる気持ちはかなめにも判った。
国籍を考慮しなくても、高校生にしてはあまりにも子供過ぎる。だが、それだけに純粋無垢であるとも言える。
子供の夢を壊したくないというのか。そんな気分にさせてしまうのだ。何となく。
かなめは「やむを得ないか」と覚悟を決めた。
「あー、えーと、ケラちゃん、でいいの?」
「はいです。ケラトゥルウェ・セタコです。ニポンにべんきょーにきたです」
腕にしがみついたままだったが、丁寧にペコリと頭を下げる。つられたかなめも同じように頭を下げてから、
「えっと。千鳥かなめです。ケラト……え?」
名前を復唱しようとしたかなめが言いにくそうに口をぱくぱくさせると、
「ニポンのひといえないから、ケラでイイです」
ケラが先程と変わらぬ笑顔でそう言った。少なくとも日本人には発音しづらい名前である。
「じゃあケラちゃん。実はあたし、このボン太くんとお話ししたい事があるんだけど……」
「おはなしできるですか!?」
ケラはさっき以上に目を輝かせ、かなめに飛びついた。その目は純粋に「この人スゴイ」という尊敬の念に溢れており、さすがのかなめも一歩たじろいでしまう。
迂闊な事言っちまった〜。かなめの全身がそう物語っていた。
だが他の人に助けを求めようにも、全員が揃って一〇歩は離れた位置にいるのでまず無理だ。それに助け舟を出す気配がない。陣高側も吉方神側も。
この時ばかりは真っ先に飛び込んで行ってしまう自分の性分を恨んだ。同時に助けをくれない事も少しだけ恨む。
だがすぐに笑顔を作ると、まるで幼稚園児に向かって話しかけるように、
「ともかく。ボン太くんと二人でお話したいんだけど、いいかな?」
ケラは少し考え込むように口をつぐんだ後、
「わかたです。おはなしイイです」
それを聞いたかなめは作り笑いでボン太くんの手を引いて歩き出すと、ケラが、
「おわたらあそびにくるですよ?」
両手をブンブン振って二人を見送っている。かなめは小さく手を振り、何となくつられたボン太くんもビシッと敬礼でそれに答える。
それからかなめは思い出したように皆に向かって、
「あ、試合、始めちゃってて下さーい」
かなめはあくまでも助っ人であり先発メンバーではない。いなくても試合を始める事はできる。
その発言で「始めるか」とばかりに選手や審判が持ち場へと散って行く。ケラと呼ばれていた留学生も、素直に他の選手達のいるベンチに戻った。
その時、通りがかった陣代高校側のベンチにいた恭子が、かなめに声をかける。
「カナちゃんも色々大変だね」
「まーねー。ちょっと灸をすえてくるから」
どうやら恭子は見抜いているらしい。さすがに付き合いが長いだけの事はある。
かなめは投げやりに「ほら来なさい」とボン太くんをずるずると引っぱって行くと、皆から死角になる体育倉庫らしき建物の脇に押し込んだ。
「一体どうしたのよ?」
しかめ面でそう訊ねるかなめに、ボン太くんは持っていたスケッチブックをパラパラとめくる。そしてマジックペンのキャップを「きゅぽっ」と取り、何かを書き始めようとした時、
すぱんっ!
小気味よい音を立て、かなめのハリセンがボン太くんの顔面に命中した。
「……あんたね。頭取りなさい、頭。何のためにこんなトコまで来たと思ってんの?」
かなめの言葉にボン太くんは素直に従い、ひょいっと頭を取る。そこには――彼女の想像通り宗介が入っていた。
「千鳥。ひょっとして怒っているのか?」
ムッとした表情で自分を睨みつけているかなめの顔色を伺うように、静かに訊ねる。
「怒ってるっていうより、アンタ今日は美樹原組の方の用事があった筈じゃなかったっけ?」
先日の約束ではそういう手筈になっている。会話は筆談で何とかするとも。
「その用事でここへ来たのだ」
悪びれもせずふんぞり返ったまま、宗介は真面目な顔でそう言い切った。
彼曰く、美樹原組の親分・寛二と昔なじみの将麻(しょうま)組組長の家が、この学校のすぐそばにあると言うのだ。
その組長が出かける時、他の敵対組織の襲撃を受けぬよう、こうして怪しいところがないか見回っていたのだと言う。
「特にこの学校は、格好の狙撃ポイントが三か所もある危険地帯だ。そのため俺が直接出向いたのだ」
かなめは半ば義務化したように、力なくハリセンを振り下ろした。
「それでしっかり素人に見つかってりゃ、世話ないでしょ」
彼のプライドをいたく傷つけるセリフであったろうが、こんなかさ張る着ぐるみを着ていたのでは見つからない方がどうかしているとも思う。
「そもそも。どこかのマフィアのボスじゃあるまいし。そんな地元のヤクザ屋さんを殺すようなヤツが来る訳ないでしょ」
「部外者があのように簡単に入れるのだ。警戒をしてし過ぎるという事はあるまい」
確かに在校生や部員はともかく、何かを勘違いしたあの大人達の存在はどうかと思う。それでもかなめは「アンタの場合はあり過ぎるんだってば」と、心の中できつくツッコミを入れておいた。
「だがこの学校へ来たのは不幸中の幸いだったな」
意味ありげに言葉を切った宗介は、さっき以上に真面目な顔つきになる。
「君も気をつけろ。あの女には何かあるぞ」
かなめは「あの女?」と首をかしげるが、
「先程ケラトゥルウェ・セタコと名乗った女だ。どうもひっかかる」
宗介は何やら思案している(ように見える)が、かなめの方は気楽そうに笑うと、
「あの子が? ……ひょっとして組長さんの命を狙う暗殺者とか言わないでよ? あんなカワイイ子?」
「君は甘い」
宗介が真正面からかなめを見据える。
「スパイや暗殺者に国籍も性別も年齢もない。むしろ無害に思わせるカモフラージュという意味では、女の方が向いている場合もある」
言われて思い出したのは、以前ダラダラと見ていたR指定スレスレの女スパイものの映画だ。
その映画には、相手の男を色気で釣って様々な情報を聞き出すというシーンがたくさんあった。
見事な手練手管と言うよりは、どうして男ってこんな手に引っかかるんだろうと、半ばバカにして。
「他にも気になった点はある」
宗介は肩から下げたままの散弾銃をかなめに掲げて見せる。
「君はこれを見て、どう思う?」
いきなりの質問に、かなめはどう答えたものかと思案しつつ銃身をつつき、
「どうと言われても。銃なんだから、怖いなーとか、撃たれたくないなーとか、物騒だなーとか」
彼はその答えを予想していたように、
「一般的な日本人はそう答えるだろう。これが他国なら持っているだけで撃たれても文句は言えない。危険な武器と認識されているからな」
かなめも昔ニューヨークに住んでいた事があるので、彼の言わんとする事は何となく判る。
「でも、あの子確かボリビアだっけ? そこから来てるんなら……」
「ボリビアではなくボツワナだ。ボリビアは南アメリカだかボツワナは南アフリカだ。全然違うぞ」
覚え違いにキッチリダメ押しされ、かなめはハリセンで彼の頭をはたく。
「どっちだって似たようなモンよ。アフリカなら貧しさから来る内戦とかで、あんたみたいに戦ってる子供もいるって話じゃない。前にテレビで見たし。ならあたし達よりは身近な道具だと思うよ?」
かなめの言葉に宗介は小さくため息をつくと、
「千鳥。君はもう少し世界情勢を勉強するべきだ。そういった国が多いのは事実だが、アフリカの総てがそうだという訳ではない」
彼はまるで学校の先生のような調子で話を続ける。
「ボツワナは四〇年ほど前にイギリスから独立した後、国内でダイヤモンドを始めとする鉱脈が見つかり、それで外貨を得る事ができた。日本や欧米諸国と比べれば大したレベルではないが、それでも他のアフリカ諸国と比べれば裕福で安全な部類に入るだろう。都市部と郊外の落差はかなり激しいが」
自分を始めとする日本人がほとんど知らないであろう、ボツワナ情勢を滔々と語り出す宗介。
「独立当時の大統領は、それらの利益を国の武力化や工業化ではなく、教育に注ぎ込んだのだ。おかげで今では識字率も国民の八割から九割と、先進諸国と比べても遜色ないレベルにある。ろくに教育が受けられない他のアフリカ諸国から見れば天国だ」
もうかなめは感心するしかない。アフリカにそんなすごい国があったとはと驚いていた。
「ダイヤモンドが採れるのかぁ。だったらよけいにモメてそうな気がするんだけど?」
ダイヤモンドの鉱脈なら、採掘権や売買の問題が嫌でも噴出するに決まっている。独占したいがための内戦とか抗争がたくさんありそうだ。
それにイギリスからの独立国なら、イギリスが「昔のよしみで少しはよこせ」くらいの無理難題は言ってくるに決まっている。
そう思ったかなめがどこか胡散臭そうにそう言うと、宗介もそれを肯定し、
「内戦にまでは発展しなかったが、小規模の抗争や盗掘団は頻繁に出没した。それらが沈静化したのはつい最近の筈だ」
それはつまり日本と違い、戦闘行為が無縁ではあり得なかった事を意味している。
「詳しいわね、あんた。ひょっとして……」
「ずいぶん前に、ダイヤモンド鉱脈の護衛として雇われた事があるからな。自然と覚えた」
まあそうだろうなと、かなめは素直に納得していた。その言葉は書物やインターネットではなく、自身の体験で得た説得力のある言葉なのだから。
そんな彼は浮かない表情で話を続ける。
「しかしそれらの収益も、高い失業率とエイズの対策にほとんどが消える有様だ。特にエイズの感染者率は世界のワースト三に入っている程だ。平均寿命も四〇歳程で、よい事ばかりではない」
最後の言葉にかなめの表情もやや翳る。世界にはまだまだ大変な思いをしている国がたくさんあると判ったからだ。
だが、何となく話の論点がずれている事を思い出す。もっともずらしたのはかなめが原因だが。
「で、話を戻すけど、それと銃とどういう関係がある訳?」
それで宗介も脱線に気づき、どことなく照れくさそうに咳払いをすると、
「つまり。たいがいの人間はこうした武器を見ると、怯えて怖がるか、逃亡するか、殺されまいと反撃してくるかの三通りに分かれる。だが、あの女は全く怖がっていなかった」
かなめはなるほどと思った。
日本人なら「モデルガンじゃないのか?」と思ってなめてかかる人もいるだろうが、アフリカならばこうした銃器は日本よりは身近な存在だろう。これが人の命を奪う武器だという事を知らないとは思えない。
「そもそもボツワナからの留学生という触れ込みも怪しい。本当に留学ならば、アメリカやヨーロッパの方に行く人間の方が多いだろう。わざわざ旅費がかかる上、交流も乏しい日本に来るのは不自然だ」
その言葉にはかなめも同意する。元植民地という事でイギリスや、人種などの偏見が少ないアメリカに行く方が多いような気がする。
ボツワナの人々には大変失礼だが、日本ではボツワナという国の存在すら知らない人が大多数だろう。そんな国にわざわざ留学というのは、少々不自然な気がする。
「だから最初はどこかのエージェントかと思ったのだ。しかし身体能力は高いようだが、明らかに戦闘訓練を受けていない。そんなエージェントはあり得ん。だから奇妙に感じたのだ」
いつもは誤認しまくる宗介の思考と観察眼だが、確かに堂々と銃をぶら下げている様子を見てあんなに無邪気にしていられるのは、奇妙といえば奇妙だ。
そう考えると、さっきまでの天真爛漫な無邪気さが逆に不気味で怖く感じられはしたが、同時に無邪気にしている理由の見当もついた。
かなめも見慣れたとはいえ、もちろん銃器は怖い。当たり前である。だが宗介が持っているとそれほど怖さを感じないのだ。
それは、宗介は無差別の発砲する事が絶対にないからだ。
もちろん普段から銃を容赦なく撃っているのが、それは総て危険と判断したから。そのほとんどが誤解と勘違いなので毎日のように騒動を引き起こしているのは事実である。
その原因は彼が危険と判断する基準が、自分達「一般的な日本人」とかけ離れすぎているため。それでも危険と判断しなければ発砲する事は決してない。それが一番彼に近しいかなめがようやく達した結論である。
もっとも。それを判っていてもここは日本。銃器の使用はもちろん所持だって認められていない。反射的に叱り飛ばしてしまうのがかなめである。
だが、あのケラという留学生も、純粋な分その事を見抜けたのかもしれない。
付き合いの長い自分と同等の観察力を出会った途端に発揮され、少々悔しい気持ちもある。だが宗介はそんなかなめの気持ちに気づいた様子は全くなく、警戒心を緩める事なき厳しい表情で、
「君を守るのが俺の役目。もちろん警戒を怠るつもりはないが、君達も充分に注意してほしい」
「う、うん……」
一通り注意を与えると、宗介は外していたボン太くんの頭を手に取り、
「では俺はもう少しこの学校を調べる。君は試合に戻ってくれ」
そう言うとボン太くんの頭をすっぽりと被る。
「調べる必要はないと思うけど……」
どことなく疑わしい目に見送られ、ボン太くんとなった宗介はペタペタと歩いて行った。かなめも陣高側のベンチに戻って行く。
「あ、カナちゃん、お疲れさま〜」
完全に他人事の恭子がケラケラ笑って出迎える。見ると陣高の選手がバッターボックスに立っていた。
「試合はどうなってんの?」
「まだ一回表も終わってないよ。今ツーアウト。ランナーなし」
かなめがグラウンドを見回すと、吉方神高校側のベンチが目に入った。部員数の多さもあいまって、まるで応援団がバックにいるような錯覚すら感じる。
「しっかし人数多いわねー。応援団みたい。センパイも言ってたけど、多けりゃイイってモンじゃないでしょ」
「そりゃカナちゃんはいいよ。応援は相良くん一人いれば充分以上なんだし」
かなめの発言に、恭子は苦笑いを浮かべてそう答える。もちろんかなめはツッコミという意味で彼女の頭を軽くこづいた。

<後編につづく>


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