『黄色と黒のリパルス 前編』

都立陣代高校生徒会副会長・千鳥かなめは、生徒会室の窓辺にもたれていた。
温かい日の光が存分に降り注ぎ、気持ちのいい風が窓から入ってくるのが実に心地よい。身体にたまった疲れが風に流されていくような感じすらある。
「……平和ね〜」
かなめの口から、そんな穏やかな言葉がポツリと漏れる。それを聞いてか聞かずか、そばでワープロのキーを叩いていた書記の美樹原蓮は、わざわざタイプの手を休めてかなめの方を向くと、
「何事も平和が一番ですよ。こうして心落ち着く穏やかな日は、とてもいいものです」
ある意味「癒し系」な笑顔に加え、折り目正しい雰囲気の落ち着いた声で言われると、かなめはますますその気になって青空を見上げると、
「このところ、どっかのバカのおかげで、こんな風に過ごせる日なんてなかったもんねー」
傾けたパイプ椅子にもたれ、大きく伸びをする。何となく頭の中までスッキリしたような気がした。
だが蓮はそんなかなめを見て小さく笑うと、
「でも、相良さんと一緒にいる方が、とても生き生きとして見えますよ、千鳥さん」
不意をついたかのような言葉に、かなめは思わず後ろにひっくり返りそうになった。慌てて体重をかけて体制を立て直すと、
「お、お蓮さん。心臓に悪い事言わないでよ。何が悲しくてソースケなんかと……」
「俺がどうかしたのか」
いきなり声をかけられてかなめの身体がビクンと跳ね上がった。慌てて振り向くと、そこには相変らずのむっつり顔で自分を見下ろす相良宗介が立っていた。
「ちょ、ちょっとソースケ。いきなり声かけないでよ」
「いつ何時襲撃を受けるか判らないのだ。警戒心が足りなすぎるぞ」
「そんな警戒心要らないわよ」
かなめは相変らずのやりとりの後、大きくため息をついた。幼い頃から世界各地の戦場や紛争地帯を転々としてきた彼に、この平和な日本での常識を叩き込むのがどれほど空しい事かをかみしめて。
「そもそもあたしは『平和』というものを思う存分満喫していたの。戦争ボケのあんたが来たんじゃ意味ないでしょ」
眉間に皺を寄せて宗介に切々と語っているかなめ。だが宗介は、
「それならば問題はない。俺も『平和』というものを確認してきたところだ」
彼の口から出た、意外すぎる「平和」という言葉。思わずかなめは目を点にしてポカンと彼を見つめる。
「今日も校内各地に仕掛けてあるトラップが作動していない。侵入者や襲撃者の報告や形跡もない。平和ではないか」
「……それはちょっと違うんじゃ?」
かなめは目を点にしたままカクンと首を前に倒す。だがすぐさま起き上がりこぼしのように首を上げると、
「つか、そんなトラップ仕掛けるな。すぐ外してきなさい!」
すかさず宗介の頭を拳で叩く。軽くだが。
「あの、千鳥さん。お話中申し訳ありませんが……」
蓮が心底申し訳なさそうにかなめに声をかける。かなめは一瞬動作を止めて蓮に向き直ると、
「お客様がお見えになっているのですけど」
蓮が指し示す生徒会室の入口には、この学校の女子ソフトボール部の部長である三年生が立っていた。
確か野上という名前だったか。人の名前を覚えるのがあまり得意ではないかなめが脳の奥から彼女の名前を引っぱり出すより前に、
「三年の野上由紀(のがみゆき)か」
「『先輩』くらいつけなさい、あんたは」
すらりとフルネームが出てきた宗介の後頭部をこれまた拳でゴツンとやると、
「ああ、どうぞどうぞ。入っちゃって下さい。遠慮なく。ずずずい〜と」
かなめは慣れた様子で生徒会室にあるパイプ椅子を指し示すと、彼女はやや遠慮がちに生徒会室に入り、ちょこんと席についた。かなめも由紀の正面に座ると、頭を指でこりこりとかきながら、
「え〜と。ひょっとして、ソフト部の助っ人ですか?」
生徒会以外にクラブに所属していないかなめだが、その運動能力はかなり高い。体育の成績は学年女子でもトップクラスだし、たいがいのスポーツはソツなくこなせる器用さもある。
そんな彼女がクラブに所属していないのは生徒会役員という理由もあるが、大きな理由は諸事情で一人暮らしをしているからだ。
「判ってるなら話は早いわ、千鳥さん。再来週の日曜日に練習試合があるんだけど、予定は空いてるかな?」
由紀がストレートに切り込んでくる。性分なのか、行動も戦法も回りくどい事をせず、割と直球勝負に出るタイプの人間だ。
裏目に出る事も多いが、それでも周りの意見はよく聞くので「自分についてこい」というタイプのリーダーとしては充分以上に人望を持つ。それは何度か助っ人を頼まれているかなめもよく知っている。
「ソフトボール部の助っ人か。しかし病人やケガ人はいない筈だが。その状況で千鳥に助っ人を依頼する理由を知りたい」
横で話を聞いていた宗介が口を挟んできた。どこでそんな情報を仕入れてきたのか。驚く由紀だが、かなめの方は慣れたものだ。
「いないのに助っ人ってのも妙な話ではあるけど……何かあったんですか?」
すると由紀は別に困った様子も見せず、サラリと言った。
「ああ。何でもおばあさんの法事とかで、九州の親戚の家に行かなきゃならないレギュラーの子がいてね」
その言葉にかなめは即納得した。それでは試合を優先させる訳にもいくまい。
「ウチって人数少ないからあんまり選手層厚くないし。補欠がいるとはいえ、レギュラーの子に抜けられるとねー」
忌憚ない由紀の意見も理解はできる。確かにレギュラー以外の選手はどうしてもレベルが落ちるのを知っているからだ。レギュラーが一人抜ける訳だから、助っ人を頼む理由としては充分だ。
「それに千鳥さんに助っ人を頼みたいのにはもう一つ理由があるの」
由紀はずいっと詰め寄るように顔を近づけると、力を込めて口を開いた。
「実は、今度練習試合をする吉方神(えほうじん)高校ソフト部に、今年海外からの留学生が来たって聞いたのよ」
由紀曰く、今度の対戦相手である吉方神高校は、今ではそこそこのレベルでしかないが、昔は全国レベルの強豪校で、ソフトボールの日本代表選手に選ばれた人も何人かいたそうだ。
その卒業生が日本で勉強してみないかとその留学生を呼んだらしいのだ。
その留学生も詳しい情報はよく知らないものの、足りない技術面を元来の身体能力で補っている選手らしい。さすがにレギュラーではないようだが、チャンスにはめっぽう強いらしい事は噂で聞き知っている。
レギュラーでないとはいえ、こういうキャラクターの選手がいるチームは技術よりも精神面で侮れない。
「で、その留学生がなんか文句言ってきた時に千鳥さんがいれば安心でしょ? 英語ペラペラだって聞いてるし」
事実かなめはニューヨークで暮らしていた時期があり、そのため日常会話程度の英語は問題なくこなせる。だがかなめは、
「でも、その留学生が英語を話す国から来たって保証、どこにもないですよ?」
世界でも英語を話す地域が多い事は確かだ。だからといってその発想は安易と言うべきか。
「それに、留学生なら日本語くらい話せるんじゃないですか? 片言程度なら」
そうでないならわざわざ日本の高校に留学などしないだろう。かなめの意見はもっともと言える。
「もちろん言葉だけで助っ人をしてもらおうなんて思ってないわよ。ちゃんと選手としてお願いしたいの」
長机に両手をついて頭を下げる由紀。上級生にここまでされては、かなめとしても引き受けざるを得ない。
「判りました。お引き受けしましょう」
その言葉を聞いた由紀も満面の笑みを浮かべて、
「有難う千鳥さん。早速だけど、明日から練習に加わってね。みんなにはこっちから話しておくから」
由紀は軽く手を振ると、猛スピードで生徒会室を飛び出していった。試合が近いから時間が惜しいのだろう。
「いいのか? そんな安請け合いをして」
彼女の姿と気配が消えてから、宗介はかなめに訊ねた。
「確かに安請け合いかもしれないけど、あそこまで言われて頼まれちゃあ、引き受けないのは女が廃るってモンよ」
どことなく胸をはってキッパリと言い切るかなめ。
「ことわざにもあるでしょ? 『義を見てせざるは勇無きなり』って」
何だかんだいっても、日本の事にうとい宗介に対しては、常にお姉さんぶって色々教えてしまうのがかなめの人の良いところだ。
そんなかなめを見た蓮は小さく微笑むと、
「やっぱり相良さんと一緒にいる方が、生き生きとして見えますね」
「ちょっとお蓮さ〜ん」
急に苦虫を噛み潰したような顔になると、蓮に向かってそう言うかなめだが、暖簾に腕押しだ。
すると外から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。宗介が腰に手をやるが、かなめが視線でそれを押しとどめる。
バタバタッと大きな足音が止まると、生徒会室の入口にソフトボール部のユニフォーム姿の常盤恭子が立っていた。彼女はかなめと同じクラスであり、一番仲がいい親友といってもいい間柄だ。
恭子はかなめの姿を確認すると、
「カ、カナちゃん、大変! 相良くんいる!?」
よっぽど急いできたのだろう。ずり落ちそうになっている大きなメガネをそのままにゼーゼーと肩で息をして、扉に片手をついて寄りかかるようにして叫んだ。
「どうしたの、キョーコ。そんなに慌てて!」
「何かあったのか、常盤」
ただ事ではない事を察した宗介が、恭子に駆け寄る。そこへ蓮がさり気なく湯飲みに入れた水を差し出すと、恭子はそれを急いで飲み干して、
「何か、グラウンドの脇に変な車が止まってるの。さっきからずーっと。何か気味悪くて……」
「変な車? どんなの?」
「ずいぶん昔っぽいヤツ。よく判らないけど」
恭子も懸命に身ぶり手ぶりを加えて説明はしているが、どうにも要領を得ない。かなめはもちろん宗介もこれだけで状況を把握できる訳ではない。
「実際に行くしかなさそうだな。案内してくれ」
「じゃ、お蓮さん、あとよろしく」
「はい。お気をつけて」
急いで駆け出す三人を笑顔で見送る蓮だった。


「あの車か」
グラウンドの端から、金網の向こうに停まっている目標の車を宗介が指を差して恭子に問う。しかし五〇メートルは離れた位置の為さすがの恭子も苦笑いだ。
「あんたね。この距離でどう判れってのよ?」
かなめも文句を言うと、宗介は内ポケットから分厚い小さな板を取り出してかなめに渡す。オペラグラスだ。
ぎこちなく変型させて彼が指差した方向を見ると……確かに小さな車が止まっていた。車の事は詳しくないが、確かに昔っぽいデザイン。多分国産車だ。
そうして遠くから観察していると、車のドアが開いて、中から人が出てきた。
「……うわ。車も変だけど、乗ってる人も変だわ」
車から出てきたのは、スキンヘッドのいかつい中年男性だった。悪人とまではいかないが目つきのいい方ではなく、どことなく不審な雰囲気を感じる。
そんな男が着ているのは映画に出てくるギャングの下っ端のようなありふれた黒スーツ。むしろあえて「背広」と言った方がいい感じだ。
何故かというと、微妙にデザインが古いのにやたらと真新しい。その上身体に全くフィットしていない。
もっと有り体に言えば首から上は中年男性だが首から下が高卒新入社員のようで、ギャップが大きすぎるのだ。
「ん?」
オペラグラス越しに見ていたその奇妙な中年男性に、かなめは見覚えがあったのだ。
「ソースケ。あの男の人……」
「そうだな」
宗介は恭子の方をちらりと見ると、
「案ずる事はない。あの男は我が校に危害を加えに来たのではない」
「知り合いの人?」
「そんなところだ」
宗介はそのままグラウンドを歩いて車に近づいていく。それこそ無造作に。
「あっちはあたし達で何とかしとくから、キョーコは練習頑張ってね」
かなめも恭子に短く挨拶すると彼の後に続いた。
恭子から充分に離れたところでかなめは、
「ソースケ。あたしが話しかけるから、あんたは後ろに控えてて」
「む。そうだな。判った」
別にかなめが生徒会副会長だからではない。少々複雑な事情がある。
件の中年男性とは、以前とある遊園地でいざこざを起こした事があるのだ。その時助けに入って彼らを叩きのめしたのが、遊園地のマスコットキャラ「ボン太くん」の着ぐるみを着た宗介だったのである。
そして後日、その中年男性が地元のヤクザの人間という事が判明。しかも組の名は『美樹原』組。そう。蓮の実家なのである。
歴史と伝統と格式のある、由緒正しき昔気質のヤクザではあるのだが、新興の暴力団に圧されて困っているところに、用心棒として「ボン太くん」に入った宗介を紹介したのである。
だから彼らの中では宗介とボン太くんがイコールで結ばれていない。下手に宗介が口を出したら説明が面倒な事になりかねないのだ。
やってくるかなめ達に気づいたのか、中年男性――柴田がちょっと不気味な笑顔を浮かべると、
「ああ、こりゃかなめちゃん。ご無沙汰してました」
いかつい顔を変に緩め(本人は友好的に微笑んでいるつもりだが)、金網の向こうでペコペコとかなめに頭を下げる。
「一体なんなんです? あっちの子達が変に気味悪がってましたよ? 下手すれば不審者だって言われて、警察に通報されてますって」
準備運動を始めている女子ソフトボール部員達の方を指差し、かなめが小さく抗議する。すると柴田はますます申し訳なさそうに小さくなって、
「いや。いつものカッコじゃあ、みんなに不信感を与えちまうだろうって、ウチの若い衆が言うモンで、こんなスーツを着込んでみたんですが……」
彼なりに「普通の社会人」になったつもりだったのだろう。結果はこの通り全く意味はなかったが。
「にしたって黒スーツはないでしょ。むしろ下っ端のギャングみたいです」
「いや、全く申し訳ない。カタギの衆に迷惑をかけねえのが俺達極道だってのに。面目ねえ」
女子高生に平身低頭なヤクザの図。柴田が一人でいるよりも異様な光景である。
しかし柴田の言う事ももっともなのである。
今でこそ「ヤクザ」「暴力団」のような悪者として一くくりにされてしまっているが、元々は「弱気を助け、強気を挫く」事を信条とした者を「極道者(ごくどうもの)」と称したところからきている。
江戸時代の奉行所や戦前の警察機構は、権力者や資本家に寄った「体制の維持」で動く事が多く、一般庶民には嫌われる事が多かった。そのため揉め事の際は警察より極道者の方が役に立つと考える庶民が多かったのである。
解決法が腕ずく力ずくだったり、助けた事を恩に着せたりする者もいたが、必ずしも悪人の集団という訳ではないのだ。あくまで「元々は」。
だからこそ今でもドラマや映画で極道者の物語が存在するのだろう。
昔ながらの生き様を貫こうとしている以上、彼の平身低頭ぶりは仕方ない部分もある。
「……で、一体何しに来たんですか?」
謝ってばかりの柴田だったが、かなめに言われてようやく用事を思い出す。
「ああ、そうだ。実はかなめちゃんにお願いがありまして」
それから、他人に聞かれまいと周囲をぎょろぎょろと見回すと、
「実は……また先生を呼んじゃ戴けないでしょうか」
先生。もちろんこの学校の先生の事ではない。用心棒として紹介したボン太くん(宗介入り)の事だ。
そんなボン太くんを呼んでくれというお願いに、かなめは少しだけ嫌そうな顔になると、
「あ、あの。またゴタゴタですか? シマ荒らしとか抗争とか?」
すると柴田は「違います違います」と両手を振って、
「実は……ウチのオヤジが身体壊してるのは、ご存知ですよね?」
確かに彼らの親分であり蓮の父親である美樹原寛二は、身体を壊して床にふせっている。
「幸い最近は身体の具合もよくて安心してたんですが……だからでしょうかねぇ。昔なじみの将麻(しょうま)組の組長さんが、久し振りに、コレ……やらないかって言ってきやしてね」
柴田は得意げに両手首をひねって何かのポーズをしているが、かなめも宗介もさっぱり判らない。その判らない事に気づいた彼は、これまた申し訳なさそうに、
「ああ、すいません。麻雀ですよ、麻雀。あちらの組長さんは、三度のメシより麻雀が好きってお人でして」
「はあ」
確かに言われてみれば、そう見えなくもない。と言っても二人とも麻雀そのものをよく知っている訳ではないが。
「そんな組長さんが、今度ウチにお見えになるんですが、その時に先生もご紹介しておくべきじゃねえかって話に、なりまして」
「なるほど」
かなめも宗介も、そうしたヤクザの義理人情の世界は稀に見る仁侠映画などでしか知らないが、普通の会社でも、新入社員が入ったら、得意先に紹介するものだ。
だがかなめは、その様子を思い浮かべて小さく苦笑いを浮かべる。
ずんぐりとした頭身のかわいいマスコットキャラの着ぐるみを、「ウチの用心棒の先生です」と生真面目な顔で紹介する。二〇年前のコメディ番組にだってこんな奇妙なシーンはないだろう。
そういう事なら仕方ないか……とかなめが口を開こうとした時、
「再来週の日曜日なんですが……都合の方はよろしいですかね?」
「再来週の日曜!?」
かなめの顔が硬直したのは言うまでもない。その日はさっき引き受けたばかりのソフトボール部の練習試合の日。
だから微妙にオロオロしているかなめの様子を察した柴田は、
「あの、ご都合、悪いんですか?」
「あー、いや、その……」
平身低頭な姿勢をとっているとはいえ、相手は紛れもないヤクザ屋さんである。迂闊に断わって恨まれでもしたら、真っ当な社会生活を送る事など不可能。
かといって引き受けたばかりのソフトボール部の助っ人を「ゴメン。急に用事が入っちゃったから」と断りを入れるのも、やっぱり気が引ける。
どちらかを断らねばならないのに、断わる事に引け目を感じる。揺れ動く天秤のようなかなめの心境。
「問題ない。その招きに応じればいいのだな」
ずっと後ろで控えていた宗介が唐突に口を開いた。それを聞いた柴田の表情は明るくなるが、かなめはとても泡喰った様子で彼の腕を引っぱって柴田から少し離れると、
「あんたね。そんな簡単に安請け合いしてどーすんの!?」
「君も先ほど安請け合いしたではないか」
かなめは「ああもう!」と苛ついて髪をかくような仕草をすると、
「だって。あたしがいなきゃボン太くんの言葉、相手に判らないでしょ!?」
宗介が持っているボン太くんの着ぐるみにはたくさんの改造が施され、下手な装甲服顔負けの性能があるのだ。
しかし。その様々な機構は、オリジナルのボイスチェンジャーと同じ物を作動させていないと正常に動作しないという問題点を抱えている。
そのボイスチェンジャーをつけていると「ふもっふ」としか喋れないのである。これではこちらの意思を伝える事ができない。
そのため以前用心棒に入った時は、通訳としてかなめが常に同行し、彼の発言を無線で聞き取って意思を伝える形を取ったのだ。
だから同じ方法をとって組の誰かが通訳に徹すれば何の問題もないのだが、ボン太くんの正体を明かす事に何となく抵抗感を感じてしまっているのだ。
「筆談にすればよかろう」
いつも戦争基準でトンチンカンな発想しかしない宗介にしては、至極まともなアイデアである。思わずかなめがポンと両手を叩いてしまったほどに。
かなめは急いで柴田の元へ戻ると、
「判りました。あたしは用事があって行けませんけど、ボン太くんには絶対行くよう言っておきますから」
その言葉を聞いた柴田は嬉しそうな笑顔でペコペコと頭を下げ、
「ホンット、恩にきます。もう、なんて言やあいいのか……」
柴田は何度も何度もペコペコと頭を下げつつ車に乗り込むと、猛スピードで走り去った。
本当に大丈夫なのだろうか。そんな心配が拭えないかなめだった。

<中編につづく>


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