『少尉さんは暇がない 中編』
「残念ですが、この子を返すわけにはいきません」
加山は、はっきりとそう言い切った。
『……………………』
間違いなく、その場の空気が凍りついた。加山を除く一同は目を点にして唖然としている。
「どんな辛い事情があったのかは知りません。ですが、自分の子供を捨てるというのは、許せません」
一番早く立ち直った由里が小声で加山に告げる。
「加山さん。あなたの言いたい事も判るけど、事情が事情なんだし。それに考え直してくれたんですから……」
しかし彼はそれを無視して増子夫妻の方を見ると、
「自分の子供を捨てるなんて、真っ当な人間のする事ではありません。そんなあなた達に親たる資格はありません」
おおらかで飄々としたいつもの雰囲気とはまるで違う厳しい表情のまま、彼は続けた。
「俺も……捨て子でした。捨てられて独りきりになってしまった子供の気持ちは、痛い程よく判ります。こんな悲しい気持ちを、この子には味わわせたくない……」
くっと言葉に詰まり、皆と視線をそらす。悲しみに耐えようとする男の顔である。
「あ、あの、加山君。あなた……」
かえでが何か言おうとするのを片手で制し、さらに続けた。
「だからこの子は……俺達が立派に育ててみせます! もちろん、みんな協力してくれるだろう!?」
悲しみの中に揺るぎない決意を秘めた彼の叫びに、夫妻はもちろん、この場の全員が呆然としつつも呑まれていた。
「そ……そんな……」
母親が心ここに非ずといった焦点の合わない目で彼を見つめている。無理もないだろう。
加山の主張の方が偏りはあるが正しいからだ。両親は返してほしいと言いたかったが、何も言えないままがくりと肩を落とした。
肩を落とした母親の視界に、すっと何かが入り込んできた。
それは、まぎれもなく赤ん坊だった。
「はい。お返しします」
その顔は、先程までの厳しいものではない。いつも大神達と飄々と過ごしている顔だ。
「言いたい事を言ったらスッキリしました。やっぱり本当の両親の元にいる方が、お子さんも幸せでしょう」
夫妻を含め、この場の全員がまた目を点にしていた。
「……あ、ありがとうございます」
目を点にしたまま条件反射のごとく我が子を受け取り、おし抱く。母親は「ぼうや。ごめんね、ごめんね」をくり返してうっすら涙ぐんでいた。
それから夫妻は何度も何度も頭を下げつつ帰って行った。大神は夫妻が見えなくなるまで見送っていた加山に、
「お、お前……孤児だったのか?」
その顔は、親友の知られざる一面。隠しておきたかったであろう一面を知ってしまった驚きと後悔に満ちている。
「加山さん。私……よく判らないけど、何だか感動しちゃいました」
由里も目の端にうっすら浮かんだ涙をぬぐっている。
「今まで加山さんの事を『ただの調子がいい人』と思ってた自分が恥ずかしいです」
「私も同感です」
椿とかすみも憧れの眼差しで彼を見ている。
「……あの。感動に水をさすようで悪いんだけど。彼の両親と祖父母は、共にご健在よ」
ものすごく冷めた目で後ろにいたかえでが呟く。それを聞いた四人は動きが止まる。
「……ゑ?」
「そうなんですか、加山さん?」
すると加山はばつが悪そうな顔でこめかみをぽりぽりとかきながら、
「ああ。確かに口からでまかせです。いくら何でも『捨てた子供を返して下さい』『はい、どうぞ』って訳にもいかないでしょう?」
「加山。お前なぁ……」
大神ががくんと肩を落とす。
「感動して損しちゃった」
由里もふて腐れた顔で、何やらぶつぶつ言っている。
「まったくです」
「そうですね……」
椿とかすみも呆れた顔でため息をついている。
「おいおい、みんな。そんな目で見ないでくれよ。結局無事解決したんだから。あ、ほら。『終わり良ければ総て良し』って、昔から言うし……」
苦しい言い訳のようなその台詞を聞かずに、三人娘はさっさと事務室に引っ込んでしまった。
「加山君。話があるから、ちょっと来てくれない?」
かえでが厳しい表情のままちょいちょいと手招きをする。
加山は「はぁ」と生返事すると、二人で帝劇に戻った。
大神はほっとした事で気持ちのどこかがゆるんだのだろう。どことなく疲れた肩をとんとんと叩く。
(でも、ちゃんと解決して良かったな)
両親が去って行った方向をじっと見つめていたが、そこに由里の怒鳴り声が響いてくる。
「大神さん! 伝票整理、途中でしょ!? サボるのは許さないですよ!」
その声で我に返り、急いで事務室へ駆けて行く。
(今日はとんでもない一日だったなぁ)
そう思いつつ事務作業に戻る大神だった。
しかし、これからもっと大変な一日になるであろう事は、察しすらしていなかった。


日が暮れる少し前、伝票整理から解放された大神は、大きく伸びをしていた。
もう日もだいぶ傾いている頃合だが、空を覆う厚い雲のために綺麗な夕焼けは見られそうにない。もしかしたら一雨来そうな雲行きだ。
一日の仕事が終わったかすみ・由里・椿の三人は、浅草へ行ってキネマを見るんだと、はしゃぎながら出て行った。
本当は上野公園に来ていたサーカスを見に行きたかったようなのだが、さすがに日中が仕事ではそれも無理だ。
加山はいつの間にか帰ったらしく、かえでは陸軍の方へ出かけなければならなくなったと言って外出してしまった。
この広い劇場に、実質大神一人きり。急にぽつんと取り残されたような寂しさが彼を襲う。
がらんとした建物を包む、耳が痛くなるくらいの静けさと、どこからともなくやってくる寂然感。
普段賑やかな場所ほど静かになるとどこか寂しい雰囲気になる物だ。可能ならば、このまま逃げ出したい不安感を感じていた。
事務室の電話がいきなりけたたましく鳴り響いたのはそんな時だ。大神は寂しさから抜け出すように電話に飛びつき、急いで受話器をとる。
「はい。大帝國劇場です」
『隊長ですか、マリアです』
電話をかけてきたのはマリア・タチバナだった。舞台では男役のスター。日露のハーフで射撃の名手。ちょっと堅い所はあるが頼りになる副官でもある。
『今、私は花小路伯爵の別邸にいるのですが、こちらはものすごい豪雨なんです。ほとんどの交通機関が麻痺している有様で、復旧は明日の早朝になると……』
電話の向こうから、微妙なノイズ混じりのマリアの困り果てた声が聞こえてくる。大神は窓から外を見つつ、
「そ、そうなのか。こっちは雨は降ってないけど」
『ですから、今夜は伯爵の所にご厄介になります。みんなには、そう伝えてもらえませんか?』
「ああ、わかった。伯爵にもよろしく伝えてくれ」
それから二言三言話をした後電話を切り、そばのメモ帳に「マリア 花小路伯爵邸」と手短かに書く。
それから四、五分たった頃だろうか。また電話が鳴り、大神は受話器をとった。
「はい。大帝國劇場で……」
『あ、少尉さーん。織姫でーっす』
日伊ハーフの貴族ソレッタ・織姫だ。独特の奇妙なイントネーションの日本語が響いてくる。
『今日はパパの所に泊まりまーす。ひさーしぶりの親子は水は要らないというヤツでーす』
「『水は要らない』って。それを言うなら『親子水入らず』だろう?」
織姫の、真面目に使った間違った日本語をやんわりと訂正し、小さく笑う。すると随分慌てた調子で、
『そ、そうとも言いまーす! ともかくそういう訳なので、チャオ!』
それだけでガチャリと電話は切れてしまった。大神はため息をついて「織姫 父の長屋に泊まる」と書いた。
そうこうしているうち日もすっかり暮れ、こっちの方も雨が降ってきた。まるで、南国のスコールを連想させる激しい雨が、銀座の石畳を叩くように降り注ぐ。
(織姫君が泊まる事にしたのは正解かもしれないな)
窓からの景色は、バケツをひっくり返したような雨のため向こうが良く見えない程だ。叩きつける雨の音もラジヲのノイズ音のように感じていたが、慣れればこれはこれで趣すら感じられる。
そんな趣をぶち壊すかのように、大神の腹が鳴った。彼は一人苦笑すると、
(そろそろ夕食の時間だけど……他のみんなはどうするんだろう?)
そう考えていた時に再び電話が鳴った。大神は落ち着いた動作で受話器を取る。
「はい。大帝國劇場です」
『大神はん? ウチです。紅蘭です』
中国生まれでおかしな大阪弁を話す李 紅蘭だ。
「紅蘭。どうかしたのかい? 今、花やしきにいるんだろう?」
すると、電話の向こうでう〜んと小さく唸る声が聞こえた後、
『いや。確かにその通りなんやけどな。さっき全身ずぶ濡れのアイリスとレニがやって来ましてなぁ。上野から浅草へ歩いてたら雨に降られたようなんや。二人でお風呂に……』
紅蘭の声が急に途切れ、そこの別の声が割り込んだ。
『お兄ちゃん。アイリスだよ』
花組メンバー最年少のアイリスだ。「お兄ちゃんの恋人」と本人は大人ぶっているが、やはりまだ子供だ。
『今日行ったサーカスでね、すごいのがいーっぱいあったんだよ。綱渡りとか、空中ブランコとか、ナイフ投げとか……あ。レニも、お兄ちゃんと何か話す?』
そう言うとアイリスの声は途切れた。受話器をレニに渡しているのだろう。すぐ別の声がする。
『……隊長』
レニ・ミルヒシュトラーセは、ほとんど感情のこもってない淡々とした口調でぽつりと言った。
「レニか。雨に降られたんだろ? 大変だったね」
『……大丈夫。さっき、お風呂に入って身体を暖めた』
一切の無駄のない――悪く言えば味気ない返答をした後、再び紅蘭の声が。
『そういう訳で、もう日も暮れたし、雨は止みそうにないよって、二人はここに泊めた方がええんかなーと……』
「その方がいいだろうね」
『わっかりました。他のみんなにもよろしゅう伝えてぇな、大神はん』
『お兄ちゃん。アイリスがいないからって、浮気しちゃダメだからね!』
紅蘭と横から割り込んだアイリスがそう言うと電話は切れ、大神は織姫の下に「紅蘭・アイリス・レニ 花やしき」と書いた。
そして、休む間もなく再び電話が。
「はい。大帝國劇場……」
『あら、少尉。どうなさいましたの?』
電話は神崎すみれからだった。日本有数の神崎財閥の令嬢。今日はポスターの撮影の筈だ。その事を言うと不機嫌さをあらわにし、
『聞いて下さいな、少尉。この急な雨のせいでスタジオが雨漏りして、撮影が中断しているんです。再開はいつになるかまだ判りませんの。わたくしは神崎の蒸気自動車の中から、新型の車内電話でかけてますけど、感度はどうですか、少尉?』
はははと乾いた笑いを浮かべつつ、大神は曖昧に返事を返す。中止にしないのかと聞くと、
『満足のいく仕事もしないうちに中途半端で終わらせるなど、この神崎すみれのプライドが許しませんわ!』
すみれが声を荒げたために、大神も一瞬竦んでしまう。
「そ、そうだね、すみれ君。がんばって……」
『そういう訳ですので、少尉。ご機嫌よう』
それだけ告げて、一方的に電話が切れた。メモ帳の下に「すみれ 撮影中」とつけ加える。
そこでようやく一息ついた。


夕食をどうしようか思案しながらしばらくその場でぼーっとしていると、事務室に置かれたラジヲが目に入った。それを見た大神は、
(そう言えば、さっきのドタバタでさくら君の出ているラジヲ番組が聴けなかったな)
そんな事をぽつりと思ったりする。
そう思ったからだろうか。
がぎいいぃぃ。
来賓用の玄関が開いた音が響いた。静かなだけに余計に。事務室を出ると、そこには黒い雨合羽を来た人物が。
「あ。大神さん」
フードをとってそう声をかけてきたのは真宮寺さくら。言うまでもなく花組のメンバーだ。
「おかえり、さくら君。この雨の中、よく帰って来れたねぇ」
彼女が行っていたのは芝区(現在の東京都港区)にある愛宕(あたご)山の東京放送局。ここ銀座から二キロほどの距離だが、この豪雨ではその行き来も大変な筈だ。
「放送局の方が蒸気タクシーを呼んで下さった上に、この雨合羽まで貸して下さったので、それで……」
この近辺で一番蒸気タクシーが多く停車してるのは新橋の駅だ。それは銀座と愛宕山のほぼ中間にあたる。
近場ゆえに、この雨でも呼べば来てもらえる可能性も高い。
「そうか。後でお礼を言わなくちゃね」
今まで一人だったためか、急にほっとして心強くなる。現金な物である。
「あの。ところで、他の皆さんは……?」
さくらにそう聞かれ、メモに書いた状況を説明する。彼女は少し寂しそうな顔を浮かべると、
「この雨じゃ仕方ないですよね」
「さくら君。身体が冷えてるんじゃないのかい? お風呂に入ってあったまってきたらどうかな?」
「え?」
急な提案にきょとんとしたさくらを見た大神は、急にあたふたとして、
「あ。か、風邪でもひいたら大変だし……。べ、別に変な意味とか下心とか、そういうんじゃなくて……」
恥ずかしそうにしてあたふたと言い訳めいた事をまくしたてる大神を見たさくらは思わず吹き出すと、
「はい。お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
それから急に真面目な顔になると、
「……覗かないで下さいね?」
大神の顔が耳まで赤くなり、その場に硬直している。直後、声を荒げて、
「そ、そ、そんな破廉恥な事、頼まれたってするものか!」
「そんな事頼む人なんて、いないと思いますけど?」
思わず出た言葉にさくらが反応して、ジト目で睨まれる。
睨まれて困り果てたままますます顔を赤くする大神。冷や汗をだらだら流して困惑する彼を見たさくらは、くすっと意地悪っぽい笑みを浮かべると、
「ふふ。冗談です。それじゃ」
さくらは脱いだ雨合羽を大神に預けると、そのまま自室へ向かった。
「……心臓に悪いなぁ」
その場でため息をつく大神だった。
彼女が去って少しした後、裏口の方で小さな音がするのが聞こえた。不思議に思いつつも慎重に足音を殺してそろそろと裏口に向かう。
裏口の戸がなぜか少し開いていた。わずかに開いた戸の隙間から、外の豪雨が入り込んでくる。
大神は慌てて事務室に鍵を取りに行き、急いで戻って戸を閉めて、中から鍵をかけた。
しかし、この戸はさっき自分自身で鍵をかけた筈だった。それなのに、鍵がかかっていなかった。
ドアノブを握り、軽く捻ったり押したり引いたりして、きちんと鍵がかかっている事をしつこいくらい確認する。
(おかしいな……かけ忘れかな?)
首をかしげつつ、もう一度事務室に戻った。なぜか浮かんできた違和感を拭えないまま。


今日は休館日なので厨房で働く人間はいない。材料はここに住み込んでいる大神や花組達の分である最低限しか残っていない。更に、残らないようにしているため、作り置きもない。
こうした場合、趣味も兼ねてマリアが料理をする時も多いが、そのマリアも今日はいない。
そういった事情でさくらが料理をかって出たのはいいのだが、残念ながらさくらはあまり料理が上手とは言えず、包丁を持つ手はおっかなびっくりでどこか危なっかしかった。
それをどうにかして一汁二菜の慎ましい夕食をこしらえる。書庫になぜかあった料理の本を見ながら作ったというのが情けないが。
しーんと静まりかえった食堂の片隅で、二人はいつもより遅い夕食をなぜか黙々と食べ続ける。
誰もいない帝劇――それも夜――にさくらと二人きり。そう思うだけで意味もなく大神の心臓が早く鼓動を打ち始め、手には汗がびっしりと。
彼女の故郷仙台風の味つけなので、栃木育ちの彼には少し塩辛いのだが、そんな味など全く感じていない。
(いかん……落ち着け)
帝劇で女性に囲まれて過ごすようになって随分経つものの、それでも二人きりになると緊張を隠せない。
(べ、別にこれから……何かしようとか、そういう訳じゃないんだ。ただ夕食を食べてるだけなんだから。こんなに緊張する事なんてないんだ)
そう思うものの、緊張はなかなか解けてくれない。そして、大神は思っている事がすぐ顔に出てしまう。
そんな風にガチガチに固くなっている彼を見たさくらは小さく笑うと、
「大神さん。何か緊張してません?」
いきなりそう言われ、彼はびくっとなったまま、
「い、いや。えーと、そんな事はないんだけど。ふ、二人きりっていうのが、その……どうしても……」
うわずった声のまま赤くなってしどろもどろになる大神。みんなといれば結構平気に振る舞えるのに、二人きりになると勝手が違うのか、そう上手くはいかないようだ。だが、二人きりと聞いたさくらの方も、
「そ、そうなんですよね。二人きり、なんですよね……」
さくらも現状を思い出したようで、頬染めたまま箸を止めてうつむいてしまった。
食堂を沈黙が包み込む。何となく気まずい。その気まずさをどうにか打破しようとするが、何と言っていいのか判らない。判らなくて、何とかしようと一層焦る。悪循環である。
「あの……」
二人は全く同時に声をかける。そして同時に驚いて、
「さ、さくら君からでいいよ……」
「い、いえ。大神さんから、どうぞ……」
二人してうつむいて、再び食堂を沈黙が包み込む。やはり意味もなく気まずい。堂々巡りである。
しかし、今度は気まずさよりも、どこからかこみ上げてきたおかしさの方が大きく、二人揃って吹き出してしまう。
その笑いが、気まずさを吹き飛ばしてしまった。二人は気を取り直して、今日あった事をお互いに報告しあいながら食事を続けた。
さくらのラジヲ局での様々な出来事。楽しかった事、失敗してしまった事。大神はそれらにいちいちうなずいて楽しそうに笑う。
大神の方も、由里に質問攻めにあった事から、赤ん坊が捨てられていた事。両親が思い直して引き取りに来た事までを話した。
そうしているうちに、さっきまであった緊張感はいずこかへ消え失せていた。普段と同じように会話ができていた。
(ふう。いつもこうして普通に話せればいいんだけどな)
カッコ悪いところは見せたくないが、だからといってガチガチに緊張してしまうのではかえって逆効果だ。大事なのは、いつもと同じ自然体でいる事。自分らしくある事だ。
もっとも、大神が常にそうできるようになるまでには、まだまだ時間がかかるであろうが。
「大神さん。そういえば、さっき変な気配がしたんです」
ふいにさくらが言ったその言葉に、食後のお茶を飲んでいた大神は湯飲みを置いて聞き返した。
「変な気配って……幽霊とか?」
花組のメンバーは総じて高い霊力を持っている。その高い霊力がある事が「帝國華撃団」の隊員としての最低にして絶対の条件なのだ。
その高い霊力で普通の人には見えない幽霊などの存在を察知する事も不可能ではない。
さくらは幽霊と言われて少し怯えた顔になるが、
「いえ、違うんです。幽霊とかじゃありません。……そうですね。『気配を殺してじっとしている』みたいな感じでしょうか?」
今一つ自信と確信の持てない、不安そうな顔でそう答える。
かの有名な剣の流派・北辰一刀流免許皆伝の彼女ではあったが、剣の腕前ならともかく、精神面まで免許皆伝の域かというと、そうとも言い切れない面もある。
「そうか……。じゃあ、食事が済んだら一通り見回りをした方がいいかな」
空元気を出してそう言うと、大神は湯飲みのお茶を一気に飲んで、むせた。

<後編につづく>


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