『特攻野郎華撃団/愛と美の殴り込み大作戦 参』
薔薇組が残っていたヤクザ二人を尋問(彼らからすれば拷問に近いかもしれないが)した結果、さらった女子供を海外へ売り飛ばしている噂が真実だと判った。
さらに、明日の朝の船で海外へ売り飛ばすため、すでに横浜の倉庫街の若衆会の倉庫に連れて行って、そこに監禁している事もつきとめた。
時間がないと悟った一同は、屋敷にある武器弾薬、それから小型の蒸気トラックを「強制的に」借り受けて横浜へ走る事となった。
問題は――色部をどうするか、である。
もちろん戦力外の人間を連れて行く訳にはいかない。当然である。
しかし、役に立たないと判っていても彼は来ようとするだろう。
実際琴音にあれほど言われたにもかかわらず『自分の命に代えても』という気持ちを捨ててない事は、彼の目を見れば判る。
「さっきも言ったけど、私……そういうの嫌いなのよね。男って『自分の命に代えても』って言って、ホントに言葉通りに命を落としてしまうんですもの」
琴音はメガネを外して空を見上げた。
先ほどの喫茶店の時のような鋭い口調ではなく、どこかに想いを馳せているような、静かな言葉。
いや。静かな言葉だからこそ、胸に激しく響く事もある。今がまさにそれだった。
「これで、私達の実力は判ったでしょう? まだ不安?」
優しく問いかけるその雰囲気は、まるで母親が幼子に言い聞かせる時のような暖かさに満ちていた。
さすがの色部も、理性で無理矢理自分を抑え込んで納得しようとした時だった。
「……琴音さん。やっぱり色部さんも連れて行きましょう」
何か考え込んでいた大神が、顔を上げてキッパリと言い切った。
「もちろん戦いには参加させられない。でも……お嬢さんを助け出した時、彼女が一番最初に会いたいのは色部さんだと思う」
大神の真剣な言葉に、琴音すらも黙り込む。同じように考え込んでいた菊之丞も、
「そうですよね。あたしもそう思います」
その言葉を受けた斧彦も、
「そうよね♪ 女の子は誰でも『白馬の王子様』が来るのを待っているものよね♪」
斧彦も「白馬の王子様」を思い浮かべてるようなうっとりとした表情でそう言った。やっぱり無気味な表情である。
「このままだと一人で敵陣に飛び込んで、逆に人質になりかねない。連れて行った方がいい」
加山も冷たいようだが現実的な意見を述べる。そんな仲間の言葉に、
「……判ったわ。あなた達がそこまで言うんなら。一緒にお嬢さんを助けに行きましょう」
小さく笑って言った琴音に、色部は満面の笑みを浮かべて礼を言うのだった。


六人を乗せた車は、一路横浜の倉庫街へ向けて全速力で進んでいた。
横浜といえば、今や日本の玄関口。日本古来の文化と異国よりもたらされた文化が融合する、一種独特の雰囲気を持った町だ。
海岸線をひた走る蒸気トラック。その海の向こうは完全に真っ暗だ。
斧彦が運転。菊之丞が助手席。その他の面々は幌を張った荷台の上だ。骨組みにカンテラをぶら下げて明かりをとっている。
「みんな。ちょっと聞いてくれないか」
唐突に加山が口を開いた。
「若衆会が人身売買をやっている事はすでに明らかになった。そして、明日の朝には捕われた人々は船に載せられて海の向こうへ行ってしまう事も」
その発言に色部が言葉に詰まる。だが加山は彼を無視して続けた。
「捕われているのは、彼が助けたいお嬢さんだけじゃない。さっきみたいなでたとこ勝負で乗り込んで行く訳にはいかない」
それについては大神も同意見だった。運よく(?)いなかったからよかったものの、もしあの場にお嬢さんがいたら確実に楯にされてややこしくなっていた事だろう。
「でも、あれだけ騒いだにも関わらず、組長は姿を現わさなかった」
「……そういえばそうだな」
ぽつりと漏らした加山の言葉に、大神はハッとなる。
「まさか、組長が横浜に行ってるのか!?」
「可能性はあるわね。だから今度の戦いがいわばホ・ン・バ・ン☆ 準備はぬかりなくね。あ、もう少し明かりを右に動かして☆」
懐中電灯を持った色部にそう告げた琴音は、真面目な顔で南部十四年式拳銃を丹念に整備している。
「しかし清流院。どうしてわざわざ十四年式拳銃を使ってるんだ?」
やっぱり気になるのか、加山は話を中断してさっき浮かんだ疑問を素直にぶつけてみた。
威力はない。故障は多い。兵や下士官ならいざ知らず、大尉ともなればもっと高性能の銃を使っていても不思議ではない筈なのに。
確かに大神もそう思った。もちろん大神も海軍中尉。海軍陸戦隊制式の「南部式自動拳銃」を持っている。でも剣の方が性に合うし、海軍では艦対艦の戦いがほとんどで、個人の持つ銃はあまり重要視されないので頻繁に使う事はない。
ちなみに南部式自動拳銃の方が作られたのは早いが、後から出た十四年式拳銃の方が性能がいいという訳ではない。
大量生産し易いように各パーツ類がシンプルになった廉価版というだけで、基本となった機構はほぼ共通。それほどの性能差はない。閑話休題。
琴音は整備を黙々と続けながら、
「そうよね☆ 撃った衝撃で弾倉が落っこちるし、弾は十発も入らないし、中の機構の動作不良も多いし、挙げ句の果てに他の国の銃と比べて威力が弱い。一応改良に改良を加えてはいるんだ・け・ど☆」
整備の手を休めずに、シャレにならない事を淡々という琴音。
「でも今回の任務は人を殺す事じゃないわ。あくまでも『人質救出』。そうでしょ?」
美しさを求めて女言葉で振る舞ういつもの姿とは違う、軍人・清流院琴音を思わせる冷静な思考だ。
「だから私は、あえてこの十四年式拳銃を使ってる。必要以上に人を傷つけるのは美学に反するもの」
その言葉に大神と加山は一種の感動すら感じていた。
普段の姿がどうあろうと、彼も優秀な軍人なのだ。そして軍人の職務は戦う事であって人を殺す事ではない。
戦いの結果人を殺す事はあっても、人を殺すために戦わない。軍人とは、そうあらねばならないのだ。
「……そうだな。俺達が戦うのは、みんなを守るためだものな」
自分の存在意義を改めて感じたような気がする。大神は素直にそう思った。
「じゃ、おしゃべりはこのくらいにして。加山君、話のつ・づ・き☆」
琴音にうながされ、加山が再び話し始める。
「つまり、組長がいる可能性が高い以上、子分だって大勢いる筈だ。もしかしたら『センセイ』だっているかもしれないし」
この場合の「センセイ」とはもちろん学校の先生ではない。時代劇などでもお馴染みの『用心棒』というヤツである。
「だから、俺が一人で行って、できる限りの情報を集めてくる。作戦はそれから立てようと思うんだ」
確かに加山は情報収集を任務とする帝国華撃団・月組の隊長。隠密行動だってお手のものだ。
「そうね♪ 『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ね」
運転席から斧彦が会話に入ってくる。彼もこの提案に乗り気のようだ。
「けど加山。一人で大丈夫か?」
大神が不安そうに訊ねるが、加山はいつも通りの飄々とした顔で、
「心配ないさ。俺を誰だと思ってる」
「お調子者の若大将」
歯に衣着せない大神の意見が間髪入れず加山を叩いた。
「そりゃないだろう、大神〜。お前だけは信じてたんだぞ〜」
ガックリと肩を落とす加山。それを見た琴音は、
「油断大敵よ加山君」
クスクス笑ってはいるが、それは表向きだけ。目は何かを考えているように真剣そのものだ。
「でも……時間がない。それだけは確かね」
このまま車が順調に進んで横浜に到着するのは夜の八時過ぎくらいだろう。倉庫街の規模にもよるが、それから調べ始めれば、作戦決行は夜半過ぎ頃になるかもしれない。
若衆会側が夜中のうちに人々を船に載せてしまう事も考えられるし、倉庫の間取り、相手の人数・武装などをくまなく調べている時間がどれだけ取れるか。
まさしく「時間との勝負」とはこの事だ。ほんの少しの時間も無駄にできない。
「斧彦。できるだけ急いで」
「判ってるわ♪」
琴音の言葉に、斧彦のハンドルを握る手に力がこもる。
ゴトゴトと車体を揺らしながら、車は横浜に向けてひた走って行った。


少し道に迷ったものの、無事横浜港の倉庫街に到着する。往来の激しい倉庫街入口から少し離れた位置に停車した。
まずは加山が単身で、若衆会のいる倉庫がどこかを確認しに向かった。
時計を見ると、すでに八時半を過ぎている。大神は加山の偵察能力を高く買ってはいるが、それでもこの時間のない状況でどこまでできるか。それだけが不安材料だった。
そうして待つ事約三十分。時計の針が九時を差した頃、加山が戻ってきた。
「幌を開けてくれ」
「どうだったんだ、加山」
待ってましたとばかりに勢い良く幌を開ける。
「ほら、寒かっただろ。おでんの屋台が出てたから買ってきたぞ」
見ると、その両手には大きな丼を三つ乗せたお盆が。おでんの盛り合わせである。
こういった港では夜間働く者もたくさんいるし、仕事が終わってから一杯飲む人だっている。そういった人達のために、港の近所にはこうした店や屋台がいくつもあるのだと、加山は言った。
「……お前は偵察をしに行ったのか、おでんを買いに行ったのか、どっちなんだよ?」
親友の突飛な行動には慣れているつもりの大神も、つい声を荒げてしまう。
「何だ、大神。夜鳴きそばの方がよかったか?」
「そうじゃないだろ!?」
「落ち着け大神。古人曰く『腹が減っては戦はできぬ』だ。それに俺達はともかく、色部さんを飲まず食わずにさせておく訳にもいかないだろう?」
その言葉で大神は気がついた。確かに今朝喫茶店を出てから今まで、ほとんど何も口にしていない。空腹を感じなかったのは緊張感に包まれていたからか。
お嬢さんをどうやって助け出すかで頭が一杯だった大神に対し、周囲の状況をきちんと把握し、気配りまでできている加山。
大神は「こいつには勝てんな」と素直に思った。
狭い荷台に六人が車座になる訳にもいかず、入口の幌を開けたまま、三人は荷台、残る三人は車の外に立ったまま、おでんを食べながらの作戦会議と相成った。
おでんを見た琴音が「美しくないわね」とごねたものの、贅沢は言っていられない。食べられる時に食べておくのが鉄則だ。
「まず若衆会の倉庫だが、この倉庫街の一番奥。二十二番の倉庫がそうだ」
味のしみた大根をほお張りながら加山が説明する。
「そして、見張りは入口に二人。裏口に二人。皆地味なスーツ姿で手ぶらだったから、内ポケットに自動拳銃を持っていると見て、ほぼ間違いないだろう」
黙々とおでんを食べながら、加山の話に耳を傾ける一同。
「……それで、肝心の倉庫の中はどうなってるわ・け?」
煮卵を咀嚼し終わった琴音がやや冷めた目で訊ねる。その言葉に加山はバツの悪そうな顔になる。
「あいにくそっちはこれからだ。何せ倉庫だからな。普通の屋敷のように窓がたくさんある訳じゃない」
加山の言う事はもっともだが、そこが一番肝心なのだ。全員の批難の視線を一身に浴びている。
「まあ聞け」
皆のその行動を読んでいたように、勿体ぶった態度の加山。懐に手をやると、そこから折り畳まれた紙を取り出した。
「倉庫街の管理事務所で手に入れた、二十二番倉庫の見取り図だ」
「て、手に入れたって……盗んできたのか!?」
「失敬だな大神。必要だったので、暫時借り受けたまでだ」
あんまり大差ない。加山を除く全員がそう思った。
見取り図を見ると、倉庫の大きさは十メートルかける三十メートルの縦長。地上一階地下一階の構造になっている、小さいが割と贅沢なものだ。
一階は文字どおり物を入れておく倉庫。単にだだっ広いだけの空間だ。
地下部分はいくつかの小さな部屋があるだけだ。きっと見張りの人間が寝泊まりするスペースとして作ったのだろう。
もちろん、若衆会がこれらの建物を改装していないという保証はないが、これがあるのとないのとでは作戦の出来に天と地ほどの差が生まれる。
この短時間でこれだけの仕事をこなす彼の実力に、大神は改めて「月組隊長」の肩書きは伊達じゃないと思い直した。
「あら、おでん嫌いだった?」
さっきからおでんに全く手をつけていない色部を見て、斧彦が心配そうな顔をする。
「ダメじゃない加山君。人の好き嫌いくらい読まないと☆ イイ男になれないわよ☆」
琴音が割り箸で加山の事を指差す。
「い、いえ。そうじゃないんです」
色部が慌てて訂正する。
「お嬢さんが心配で……その……。別におでんが嫌いとか、そういうのじゃなくて……」
誰かの事が心配で、食事も喉を通らない。それほど真剣だという事だ。
「そうか……。でも、ケガをしているんだから、早く治すためにも何か食べた方がいいよ」
少しでも励まそうと明るく言う大神。
「大神さんの言う通りよ。空腹でフラフラになってお嬢さんを出迎える気?」
菊之丞は、少し冷めてしまった大根を箸で半分に割り、彼の口元に運んでやる。
色部は少し驚いたものの、素直に口を開けて大根を食べた。
「……ありがとうございます、皆さん」
色部が寂しそうに小さな声で言った。
口に入れた大根は少し冷めているのに、気持ちのどこかが暖かくなる瞬間。
人間とは、この瞬間を求めて生きているのではないかと思えるくらい、不思議と満ち足りる時とは、きっと今だろう。
色部は口の中に残るおでんの味に、みんなの優しさも感じていた。


「じゃあ俺は倉庫内部の偵察に行ってくる」
おでんの出汁まで綺麗に平らげてから、加山が言った。手にはさっき持ってきたお盆と丼がある。ついでに返してくるそうだ。
「誰か、時計を持っているか?」
唐突な加山の言葉に、
「私が持ってるわ。ほら」
琴音がコートのポケットから金の懐中時計を取り出してみせた。蓋の表面に薔薇の模様が彫られており、見た目にも高そうな印象がある。
「もし俺が十二時になっても戻ってこなかったら、お前達だけで突入してくれ」
その言葉に、一同が身を固くする。
「加山、それってどういう……」
「どうもこうもない。頼んだからな」
そう言うと、大神が何か言っているのも聞かずに闇の奥に走って消えていった。
「……行っちゃいましたね、加山さん」
彼が去った倉庫街を見て、菊之丞が呟いた。
「加山君が心配?」
琴音もどこかからかうように大神を見ている。
「当たり前じゃないですか」
大神の抗議も柳に風とばかりに聞き流した琴音は、
「色部さん。少し休んでいなさい。私達と違って、あなたはケガもしてるし」
「お気持ちだけ戴きます。それに、眠れそうにないですし」
食べ物を食べて気持ちに余裕が出たのだろう。だいぶ穏やかな表情を見せている色部。だが神経の方は不思議と昂っている。
「その気持ちは判るわ♪ 愛しい彼女が心配じゃ、眠れる訳ないもの♪」
斧彦がうんうんとうなづいている。確かにこの状況でゆっくり休んでいろと言われても、そうそう休めないだろう。
「しかし、ホントに一人で大丈夫かな、あいつ……」
一抹の不安を拭えない大神であった。


横浜倉庫街二十二番倉庫内。
ストライプ柄のダブルスーツという、アメリカのギャングにでもいそうなスタイルの中年男が、昨日到着した積み荷の木箱の中身を見て回っていた。
葉巻きでもくわえていればさらにギャングっぽくなっていただろうが、箱の中身は手に入れたばかりの銃器。火の気がないに越した事はない。
品川若衆会の組長・品川曾太郎(そうたろう)である。
数人の部下と共に倉庫内を歩き、到着した品の確認と明日積み込む「荷物」のチェックを自ら行っていた。
「荷物の方は、これで全部か」
「はい。あとはさらってきた女子供と共に積み込むだけです、組長」
部下の一人が淡々と言う。女子供という単語が出て思い出したのだろう。彼はさらに続けた。
「あいつら、ちゃんと食わせてるんだろうな? ガリガリに痩せ細ってるんじゃあ、高く売れないからな」
「それは問題ありやせん。充分とは言えやせんが、最低限の食事は与えておりやす」
別の組員の答えに、至極上機嫌の品川。
確かに自分のウチは代々続くヤクザの家。しかし、一介のヤクザで終わりたくないという夢――野望が彼にはあった。
昨年父親が他界して自分が「組長」となったのを期に、その方針をガラリと変えたのだ。
野望のための足がかりとして、金を集め、人を集め、武器を揃え、力をつける。
聞くところによれば、海の向こうのアメリカでは、禁酒法の元で密造酒を作ったギャングが莫大な利益を得て、権力まで手に入れたそうだ。
自分もそれに負けてなるかと奮起して、とうとう警察もおいそれと手を出せない組織へと変貌を遂げた。
しかし、この程度で満足する気はない。英語で言う「サクセス・ストーリー」はまだまだ始まったばかりなのだから。
「ところで、栽尾嬢は手荒に扱っていないだろうな?」
品川は凄みを利かせた目で、隣の組員を睨みつける。
「も、もちろんです。閉じ込めてはありますが、充分な食事は与えております」
部下の一人が泡食った様子で答えた。
(組長も物好きと言うか……なぁ)
(まったくだ。俺は御免だね、あんなの)
組員の二人が、組長に聞こえないように悪態をついている。
その時、倉庫の奥の方からバタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
「何事だ?」
走ってきた組員に騒ぎの原因を問う品川。
「組長。侵入者です」
その組員は少し焦った様子でそう告げる。
「し、侵入者だと!?」
品川はビックリして慌てそうになった。すぐ我に返り落ち着こうとするものの、すぐには落ち着かない。
「まさか、軍や警察じゃないだろうな!?」
さっきよりもわずかに慌てた口調で訊ねる。さすがに軍や警察が人数と武装を揃えて来た場合、勝てる見込みが少ないからである。
外国から購入した武器はあくまでも資金源。自分達の武装にあてるためだけではない。
武器があるという事で充分牽制になるし、駆け引きの材料にだってなる。ハッタリと言われればそれまでだが、敵を倒すばかりがヤクザではない。
「いえ。どうやら軍や警察ではないようなんですが。……もしかしたら、今帝都で話題の『私立探偵』というヤツかもしれません」
軍でも警察でも探偵でも、ここの秘密を探ろうという者を生かしておく道理はない。品川は、
「その侵入者はどうしたんだ。捕まえたのか?」
ギロリと睨みつけられた組員は、一兵卒のように直立不動の姿勢をとり、
「はい。今は拘束してあります。どうしますか?」
捕まえたの報に、殺してしまおうと思っていた考えとは別な考えが浮かんだ。
「誰であろうと構わん。おそらく何らかの組織の人間に違いない。尋問する価値はあるかもしれん。殺すのはいつでもできる」
組員の案内で到着した場所には、二人の組員に両腕を後ろに回された体勢で膝をつかされている、白いスーツの男がいた。取り押さえる時にもめたらしく、顔に殴られた痕がついている。
「加山……雄一、か!?」
その顔を見るなり驚いた声を上げたのは、品川のすぐ後ろにいた組員――
大神や加山の兵学校時代の同期生で所在不明だった、落合真伍その人だった。

<肆につづく>


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