『特攻野郎華撃団/愛と美の殴り込み大作戦 弐』
品川。古くは品川宿。
日本橋から始まる諸街道の中で最も重要とされていた東海道。その第一番目の宿場町である。
同時に「北の吉原南の品川」と呼ばれる程の歓楽街としても知られ、今もその活気は変わる事はない。
そんな品川の町の西の外れの高台。そこに目指す若衆会(じゃくしゅうかい)の屋敷があった。
典型的な日本家屋。高い土壁の塀に大きな門構え。そこには堂々と「品川若衆会」と達筆な文字が記された白木の看板がかけられている。
若衆会が恐ろしいのか、昼下がりにもかかわらず辺りに人影は全くない。
しっかりと準備を調えてやってきた六人。もちろん菊之丞は陸軍の制服(女性士官用)に着替えている。
「ここがその若衆会なのね」
武器らしい武器を持っていない斧彦が、真剣な眼差しで門を見ている。現在は固く閉められており、その向こうを望む事はできない。
「皆さん、どうかお気をつけて」
道案内としてでもついてくる、と言って聞かなかった色部が頭を下げる。
「判りました。色部さんはここで待っていて下さい。決して参戦しようなんて考えないで下さいね。そのケガなんですから」
大神の言葉に彼もうなづいた。
「みんな。準備はいいわね」
琴音はコートの内ポケットに忍ばせた拳銃を取り出して、残弾を確認する。
太正十四年に陸軍に制式採用された「南部十四年式拳銃」である。それを見た加山は少しいぶかしげな顔になった。
この銃は威力が今一つの上に故障も多く、一部の人間から欠陥兵器とまで言われている代物で、機関銃や大砲、もしくはかさばる武器を持ち込めない戦車や航空機などを扱う兵や下士官用の「自衛のための」銃なのだ。
こちらを使う将校もいた事はいたが、少尉以上になると自分で使う銃は自分の金で買わねばならないので、銃の威力を考えてアメリカ製のコルトかドイツ製のモーゼルあたりを選ぶ者が多かった事は事実だ。
(金がないという訳じゃなさそうだし、何かこだわりでもあるのか?)
加山が不思議がったのも当然かもしれない。
「みんな。相手はかなりの重武装みたいだ。油断するなよ」
新聞から得た知識で皆に注意を促す大神。
「何せ外国製の銃火器や最新型の人型蒸気まであるって話だからな」
人型蒸気とは、いわば蒸気の力で動く装甲強化服の事だ。もしこんな物が使われたとしたら、生身の人間では絶対に勝ち目はない。
「まったく。厄介なところにさらわれたもんだ」
周囲を警戒する加山がため息をついた。ほとんど強制的に参加させられたのだ。テンションが低いのも無理はない。
「問題は、人質がどこにいるかだな」
加山が屋敷の奥を見るように小さく背伸びする。別にそうやっても屋敷の中が見える訳ではないのだが、気分の問題である。
(銃撃戦に巻き込まれて死亡、なんて結末は洒落にならないぞ)
本当に洒落にならない事を考えた加山。もし色部が聞いたなら怒るか卒倒するかのどちらかだろう。
「大丈夫。人型蒸気っていうのはデ・マ☆」
琴音がとんでもない事をさらりと言ってのける。その言葉に一同が「えっ」となって言葉に詰まる。
「この私を誰だと思ってるの? 情報収集は私の専門分野☆ なめてもらっちゃ困るわ☆」
前髪を軽くかきあげて小さく笑う。もちろんポーズをつけて。その仕草に、
「さすが琴音さんです!」
「すごいわ♪ 人間同士なら勝ったも同然ね♪」
菊之丞と斧彦がすかさず賞讃の声を浴びせる。琴音はさらに饒舌になり、
「外国製の銃火器と言っても大がかりなものは少数。ほとんどはこうした自動拳銃程度。私達の敵じゃない。勝利は我が手にあり、よ!」
十四年式拳銃を持つ手を高々と振り上げて演説のように力強く宣言する琴音。そんな彼を見た大神は、傍らの加山に向かって、
「加山。琴音さんが言った事は本当なのか? お前だって情報収集はお手のものだろう?」
彼はちょっと困った顔をしつつも小声で、
「確かにその通りなんだが、人数が多い。五対五十の戦いになると思ってくれ」
一人あたりのノルマは十人という事か。確かに人数差が十倍はキツイ。加山はさらに続けた。
「でも……それだけじゃない」
「と言うと?」
「若衆会には、女子供をさらってきて、海外へ売り飛ばしているというキナ臭い噂もあってな。一筋縄じゃいかないかもしれないぞ」
海外で売り飛ばす。加山の言葉を聞いた大神は途端に泡喰った顔になり、
「それじゃ、こんなところでゆっくりしている暇なんてないじゃないか!」
さらわれたお嬢さんが海外に売り飛ばされているという最悪のシナリオが頭に浮かぶ。それを聞いた色部などは卒倒しそうになったくらいである。
「そうなんだよ。俺達二人だけで行く訳にもいかないし。何とかならないかな」
加山のぼやく先には、薔薇組の三人が運動部の学生よろしく円陣を組んで、小声で「薔薇組〜〜、ファイト!」と気合いを入れ合っている。
「あの、皆さん。そろそろ行かないと……」
戦う前だというのに、なんともテンションの低い大神。確かに、こんな事をやられていては上がるテンションも上がらないだろうが。
「判ってるわよ。斧彦。先鋒は任せたわ☆」
「了解したわ♪」
斧彦は門を見据えたままジリジリと後ろに下がっていく。ある程度まで下がったところで立ち止まり、
「いっきま〜〜す♪」
ダミ声で可愛らしく手を上げた。その途端、
どどどどど……ドバギッ!
二メートル近い巨体が大砲の弾のごとく疾走し、分厚い門に体当たり。こうした衝撃にはかなり強く作られている筈の門が、ただの板塀のごとく吹き飛んだ。
そのまま勢い余って前にごろんごろんと何回転もする。彼がうまくバランスをとって立ち上がった時には、門を破られた轟音を聞きつけた若衆会の下っ端連中がわらわらと集まってきていた。
そのほとんどが着流し姿に短刀片手の、いかにも「街のチンピラ」といった感じの連中である。
「じゃ、私達も行くわよ、菊之丞」
「は、はい!」
琴音が菊之丞の背をポンと叩いて破壊された門の向こうへ駆けていく。その後をすぐさま菊之丞が追う。もちろん大神と加山もそれに続いた。
「な、殴り込みかぁ!?」
「なっ、何モンじゃごるぁ!」
屋敷から勢いよく飛び出してきた下っ端が、威勢よく罵声を浴びせている。だが、斧彦を見た途端、
「……バケモノだ」
確かに二メートル近い筋肉質の巨漢だ。それだけでも驚くであろう。さらに、そんな巨漢のいかつい顔にはちょっと厚めの化粧がされているのだ。
皆が驚くのも無理はない。というか当たり前である。驚かない方がどうかしている。
本来ならこういった殴り込みには即応戦する彼らも、驚きのあまり「どうしたらいいのだろう」とあたふたしている。
「……ど、どこの組のモンぢゃあっ!」
下っ端の誰かが、かろうじてそう怒鳴りつける事ができた。
いつの間にか斧彦の脇に来ていた琴音が、ふっと気障っぽく笑みを浮かべると、これまた朗々とした声で宣言する。
「あなた達のような下衆どもに、名乗る名前はないけれど!」
「冥土の土産に覚えておきなさ〜い♪」
間髪入れずに斧彦が続ける。さらにその後菊之丞が、
「あたし達こそ誰あろう、愛と美の秘密部隊……」
そう言いながら、背の低い菊之丞を中心に、その両脇に琴音と斧彦が立った。
「帝国華撃団・薔薇組、ここに参上!」
大見得を切ったポーズを決め、バシッと三人の声が揃った。
……………………………………………………………………。
この場の一同は一人残らずぽかーんとしてしまった。中には持っている短刀を落としてしまった者までいる。
しーんとした、ある種の気まずさをたっぷり含んだ空気を破ったのは菊之丞の歓喜の声だった。
「やった! やりましたよ琴音さん、斧彦さん!」
「毎日毎日練習してきた甲斐があったわねん♪」
「さすが私達。大して打ち合わせもしていなかったのに絶妙のコンビネーション! 日頃のたゆまぬ努力が今こうして大輪の薔薇を咲かせたのよ! これを美しいと形容せずに、何を美しいと言うのかしら!」
斧彦と琴音もお互いの顔を見合わせ、手を取り合って喜びあう。場所が場所でなかったら、実に美しい光景である。
でも、人質を助けに来たのか自分達が目立ちに来たのかさっぱり判らない。大神と加山の顔には色濃くそう書いてあった。若衆会の面々はもっと訳判らない状態に陥っている事だろう。
だが、いつまでも呆然としているようでは、こんなヤクザなど勤まらない。
「こんなふざけたヤツら、とっととやっちまえ!」
「ちょっと待ちなさい」
今にもこちらに飛びかかってきそうな彼らを、すっと片手で征した琴音はずいと一歩前に出て、リーダー格らしい男に声をかけた。
「ちょっと。栽尾(さいお)さんとやらのお嬢さんは、ここにいらっしゃるかしら?」
「は? なんだそりゃ」
迫力か格の違いか。飛びかかるのを躊躇したばかりか素直に答える。
「こちらの方々に誘拐されたって、聞いてるんだけど」
周囲をくまなく殺気立った連中に取り囲まれているにも関わらず、琴音の表情はあくまでも変化がない。
「知るかよ! てめえらやっちまえ!!」
その怒鳴り声が、今度こそ開戦の合図になった。周囲の組員が一斉に迫ってくる。
薔薇組の三人は一気に散開し、手近の敵に挑む。
怒り心頭の組員が、短刀を力任せに振り回してきた。
「動きに鋭さがないわ」
琴音は最小の動きだけでそれをかわし、腕に手刀を叩きつける。かと思えば遠くの敵の足元に容赦なく発砲して威嚇、動きを止める。
一番ひ弱そうな菊之丞には、与し易いとみて一番人数が集まった。だが、彼とて伊達に陸軍少尉を名乗っている訳ではない。
「あなた達には容赦しませんっ!」
動き難そうな女性士官のタイトスカートにもかかわらず、簡単に相手の攻撃をよけ、軽々と敵を投げ飛ばす。
中でも一番目立っていたのは斧彦だろう。
大きな体躯のため、琴音や菊之丞のようなスピードは確かにない。
だが、二人が討ちもらした敵にその豪腕がうなり、鉄拳、張り手、肘打ちが情け容赦なく襲いかかる。
「早く降伏しないと、い・じ・め・ちゃ・う・わ・よ〜♪」
一応格闘技の心得のある組員もいるのだろう。慣れた動きで掴みかかろうとするが、それより早く彼の技が決まって吹き飛ばされる。
その被害を受けたほとんどはそれだけで気を失ってしまった。重戦車のようなそのパワーに、早くも逃げ出す者が出る始末だ。
それだけではない。体躯に見合った見事な筋肉は、まるで鋼鉄の鎧のように彼らの持つ短刀の刃をやすやすと弾き返してしまうのだ。
「す、凄いな」
その大活躍ぶりを見た加山が放心したように口をぽかんと開けている。
「あら。惚れちゃった?」
片腕で一人の首を極め、もう片方の腕でもう一人の頭を鷲掴みにする。そんな状態で加山にパチンとウィンクして答える斧彦。
「……え、遠慮しておきます」
よく判らないがとにかく怖い。そういう感想しか出てこない。
だが、呆れているばかりではない。斧彦の真後ろから短刀を構えて突っ込んでくる者を見つけた加山は、
「太田、動くなよ!」
すかさず投げナイフを斧彦めがけて投げつける。
それは斧彦の脚の間を見事にすり抜けて、真後ろから迫る組員のふくらはぎをかすめた。
後ろから聞こえたうめき声に斧彦は反応し、頭を鷲掴みにした人間を投げつけてその組員を吹き飛ばす。
「ありがと〜♪」
お礼とばかりに投げキッスまで返される。加山は苦笑いを浮かべて手を振って返しただけだった。
琴音が真っ先に飛び込んで敵の動きを止め、菊之丞が敵をかき乱し、斧彦のパワーで止めを刺す。
その絶妙の連携攻撃を見せて戦う彼らの姿は――言いたくはないが――美しかった。
もちろん大神も得意の二刀流(木刀)で迫りくる組員を叩き伏せているし、加山も投げナイフと身軽な体術を駆使して戦っているのだが、薔薇組と比べるとインパクトが違い過ぎる。
殴り込んできたのがたったの五人だったので、多少の油断もあったのだろう。しかし、彼らのあまりの強さを見たリーダー格が、かなり泡食った様子で、
「バカ野郎! 銃つかえ、銃!」
誰かの言葉でハッとなった組員達は、懐に手をやって銃を取り出そうとする。
パンッ! パンッ!
すかさず琴音がそんな彼らの足元に発砲。驚いている隙に、近づいてきた斧彦が力任せに殴り倒す。
「危ないっ!」
銃で狙われた菊之丞の前に大神が立ちはだかった。
「はああああっ!」
木刀を眼前で交差させて気合いの入った雄叫びと共に、彼の身体からオーラにも似た何かが立ち昇る。
ぱんぱんぱん!
乾いた音と共に何発もの銃弾が飛んでくるが、それらが大神を傷つける事はなかった。
これが、帝国華撃団・花組のメンバーが持つ不可思議な力「霊力」である。使い方次第では飛んでくる弾丸を防ぐ事すらできるのだ。
「どけぇぇっ!」
彼の全身を覆っていた霊力のオーラが木刀に集まったかと思うと、一気に振り上げて右、左と鋭く打ち下ろす。それはまるで衝撃波のごとく宙を駆け、離れた相手をあっけなく吹き飛ばした。
一度に大量の霊力を使ったために片膝をつく大神。生身で使うと疲労も激しいので連発できないのが欠点だ。
「大丈夫か、大神」
「大神さん、大丈夫ですか!?」
そんな彼を気づかって加山と菊之丞が肩を貸す。
「俺は大丈夫。このくらいどうって事ない」
その言葉に、オロオロしそうになっていた菊之丞の顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「加山こそ大丈夫か? 投げナイフだって無限にある訳じゃないだろう」
「心配するな。拾いながら戦ってるから」
戦いの真っ最中だと言うのにこの軽口。いつまで経っても彼の事がよく判らない大神である。
「俺だって、薔薇組の方々に負けてられないしな」
「そうだな」
言葉を交えた三人は、再び戦いを始める。
「な、なんじゃこいつら! やったら強いじゃねーか!」
リーダー格が、ほうほうの体で逃げ出そうとした子分を見つけて、
「アレ持ってこい、アレ! 一番デカイヤツだ!」
子分は投げ飛ばされた痛みを堪えながら敷地の奥に走っていく。
その様子はみんな気づいていたが、実力差があるとはいえ目の前の敵を放っておいて追いかけられる程の余裕はなく、そのまま行かせてしまう形になる。
が、人数は多くてもしょせんはチンピラ。正規の軍の訓練を受けている彼らとでは勝負にならなかった。
約十倍の数のハンディキャップにもかかわらず、始まって十分程でほとんどの組員は気を失うか逃走して決着がついたのだから。
「さて。さっき何か取りに行ったヤツが気になるな……」
加山が落ちていた自分の投げナイフを回収しながら呟く。
「しかし清流院。いきなり門を壊してなだれ込むとは。作戦もへったくれもないじゃないか」
「そうですよ。もし万一人質を楯にでもされたら……」
大神も心配そうだ。人質をとって「こいつの命が惜しかったら……」とやるのは、こうした連中の常套手段だ。
「その心配はないわ。ここに人質がいない事は判ったから」
「確かに、別の場所に監禁されている可能性が大だ。でも結果オーライだぞ」
琴音と加山が同じ意見で大神に答える。大神が不思議に思っていると、加山は「しょうがないな」と言いたそうに彼の肩を叩き、
「もし俺がやつらの親玉なら、さっさと人質を楯にしてこっちを捕まえてるよ。けど組員総崩れになってもその様子はないだろ」
言われてみれば確かにその通りだ。
「それに、人質を連れてくるのに『アレ持ってこい』とは言わないでしょうしね」
ぴしりと四角く折られたハンカチで額の汗を拭いながら、琴音が補足する。
「気をつけて。何か音がするわ♪」
斧彦が会話に割って入って注意を促す。耳をすますと何かが地面を引きずる音が小さく聞こえてきた。
「アニキ〜、持ってきました〜〜」
情けない声を上げて彼が引きずってきた物を見て、一同ぎょっとした顔になる。
無数の穴が開いた放熱被筒を被せた銃身が特徴的なそれは、ブローニングM1919という名の、アメリカ製の機関銃だった。
これは三脚で固定して大砲などの支援にも使えるし、歩兵と共に持ち運んで使う事もできれば、人型蒸気の予備武装への転用も利くという多用途機関銃で、一分間に五百発もの弾丸を発射する事ができる。
装甲強化服ともいうべき人型蒸気の登場・発達でこうした火器は影は薄いものの、それでも充分以上に驚異的な軍用火器の一つである。
こんな代物を一介のヤクザが手に入れているとは。
新聞の情報収集力を侮ってはいけないのと同時に、この国の行く末を不安がらせるには充分であった。琴音は銃を、加山はナイフを構えたが――
「アニキ。こいつどうやって使うんです?」
「バカヤロ! 説明書があった筈だろ」
「そんな事言われても……オレっちは横文字なんて判りませんよぉ」
「このタコ! すぐ使えるようにしとけって言ったろ!」
『……………………』
凄い噂の中身も、結局はこんな物か。まるで張り子の虎だ。
どんな強力な武器であろうとも、使い方が判らないのでは全くの無意味。まさしく「猫に小判」である。
何とも情けない怒鳴りあいを聞いていた大神達は、そこはかとなく空しい気分に包まれていた。
「とりあえず、人質がどこにいるのか聞いておいた方が、いいと思うんだけど」
「……そうだな、大神」
凄いのか情けないのかさっぱり判らない相手に、大神と加山が静かにため息をついた。

<参につづく>


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