『間違えられた話 参』
夜も更けたとはいえ、まだまだある程度の人通りがあるモンマルトル。
花火とグリシーヌはその中を駆け抜ける。
特に花火は弓と矢筒むき出しという、一種異様な姿だ。嫌が上でも人目を引く。
「花火、やはり弓矢は……その……」
グリシーヌが言い難そうに言葉を濁す。さすがに武器をむき出しで往来を行くのは気が咎めるのだろう。どこからともなくポール・アックスを出す自分では説得力などないのだが。
「ロベリアさんはやると言ったら必ずやる方です。どんな手段を用いても」
駆けながら花火は答えを返す。あまり運動に長けているとは言えない花火だが、息の乱れはない。
「でも、ロベリアさんを見つけてから弦を張るのでは時間がないの」
ワンタッチで弦が張れるなら苦労はない。かといって西洋のボウガンなら携帯するのは楽だが、矢を放ってから次の矢を放つまでのタイムラグが惜しい。速射性なら和弓の方が優れている。
「確かに時間は惜しいな。早くせねば隊長がどんな目に遭わされる事か」
あのロベリアの事だ。命に関わるような拷問はしないだろうが、話を聞き出すのに手段を問わない事に関しては花火と同意見だ。
それに、隊長である大神一郎は基本的に嘘をつくのが苦手である。それは自身の考えがすぐに顔に出てしまうからだ。
ところが大神本人はそれに全く気づかずに、ごまかそうとするあまり、あらゆる立ち居振る舞いがギクシャクして墓穴を掘ってしまう。
そんな彼だからこそ、彼女達は「嘘がつけない=素直で正直な人間」として信頼に値すると慕う訳だ。程度の方はともかくとして。
しかも今回の話は彼の初恋の人に関する事である(推測)。しかもその彼女は近い将来亡くなってしまうやもしれない身体なのである(推測)。
話せと言われて簡単に話してくれる内容ではないだろう。
どんな理由であれ、そういう「話してくれない」という行動は、他の人間には「隠し事をしている」と受け取られる。
そして人は、そうして隠されると余計に知りたくなってしまう物だ。
たとえ「天命」という割り切った言葉を口にしていても、辛い思い出を語るには長い時が必要だ。花火自身がそうだったように。
「私では何もできないかもしれない。でも少しでも大神さんに早く元気になって頂きたい。そのためにも、今は大神さんを守らなければ」
弓を握る左手を力強く握りしめる。その時、花火の視界にちらりと映った緑色のコート。
「あそこにロベリアさんが。左手の建物の屋根の上」
花火に言われてグリシーヌもその方向を見るが、左手の建物と言っても随分先の建物である。しかも緑色のコートが夜闇に映えている訳でもない。距離と相まって見づらい事この上ない。
それをしっかりと見極めた花火の目は、さすがと言える。
「グリシーヌはこのまま走って。私はここから足止めします」
左足でブレーキをかけるように歩を止めた花火は、グリシーヌが駆けて行くのを見届けてから弓を構えた。
西洋のロングボウとは異なり、和弓は弓の中央よりやや下を持って構える。そのため自然と斜め上を向ける事になり、その分遠くまで矢を飛ばす事ができる。
花火は弓をさらにやや上に傾けると、背中の矢筒から矢を一本取り出し、そのままつがえる。
だいたい六十メートルほど先では、ロベリアに追いついたグリシーヌが何やら彼女とやり取りしている。
さすがに声は聞こえないが、きっと「下りてこい、卑怯者め!」などと怒鳴っているのだろう。
それを確認した花火は、そのまま弦を引き絞り、天空へ向けて矢を放った。
そしてすぐさま次の矢をつがえ、少し角度を変えて、もう一本天空へ向けて放った。

「下りてこい、卑怯者め!」
地上と屋根の上という差はあるが、自分と平行して走るロベリアに向かって怒鳴るグリシーヌ。もちろんそんな事を聞くロベリアではない。
ところが。後ろから不思議な殺気を感じた。そして微かに聞こえるのは何かが風を切る音。
ロベリアは反射的に大きく前に飛んだ。その勢いで数度前転をしてバランスを保つ。
その時チラリと見えたのは、建物の屋根に深々と突き刺さった矢だった。もちろんこんな芸当はグリシーヌにはできない。間違いなく花火の仕業だ。
(あの女!)
こうなるとこっちが圧倒的に不利だ。霊力で作った炎はそんなに遠くまで飛ばせる訳ではないし、届くほど大規模の炎を作ったらこっちの身が持たない上に辺り一面が火の海になる。
しかし、だからと言ってこのまま逃げ続けるだけというのも癪に触る。
ここは一つ驚かせてやろう。そう思い、前転を止めて膝立ちで振り向いた瞬間、自分のあさはかさを呪った。
何と。矢はもう一本向かって来ていたのである! しかももう目の前に!
すなわち、移動先を読んだ上で、時間差をつけて矢を放っていたのだ。
花火にはロベリアの動きが読めていたという事だろう。でなければこんな芸当はできっこない。
「くっ!」
ロベリアは眼前に迫る矢に、霊力で作った炎を叩きつける。だが、それが逆効果になった。
矢は火に包まれたものの、勢いは変わらずにロベリアに迫っていたからだ。
「このぉっ!」
右手の鎖がうなりを上げて、火の玉と化した矢に叩きつけられる。それでようやく矢は粉々に砕け散り、間一髪で直撃を回避する事ができた。
しかし、その代償として、バランスを崩して背中を屋根に強く打ちつけてしまった。
「着地点を狙ってくるとはね。あの女……」
本来なら怒り心頭の筈だが、彼女は不思議と冷静だった。それどころか全身を包むのは快感にも似た高揚感。
最高の獲物を目の前にしたような、わくわくした笑みが自然とこぼれる。
立ち上がりながら下を見下ろすと、真下にポールアックスを構えるグリシーヌと弓を引き絞った花火の姿が見える。
ロベリアは右手に現れた火の玉の温度をいつも以上に上げ、勢い良く真下に叩きつける。同時に花火が矢を放つ。二人の中央で火の玉と矢が弾け飛んだ。
「……なるほどね」
普通の矢ならあっという間に焼き尽くせる自分の炎。不思議に思っていたロベリアの疑問は解決した。
弓道に限らず、飛び道具を正確に当てるためには集中力が不可欠。その高い集中力は自然と矢に霊力を込める事になったのだ。
霊力で作られた炎は矢にこもった霊力で相殺される。とすれば残るのは飛んでくる矢だけである。
だが弓矢は飛び道具である。接近戦になれば全くの役立たずと化す。このまま接近戦に持ち込もうと考えたが、ロベリアはその考えを変えた。
ロベリアは再び炎を真下に叩きつけると、そのままきびすを返して走る。だが少し走って屋根から路地へ飛び下りようとした時、放たれて落下した矢が彼女の頬をかすめた。
それに構わず屋根から飛び下り、ぼーっと立っていた小男を蹴散らして、目的地めがけて駆け出した。

(やはりできるな、ロベリア……)
花火の矢とロベリアの炎が空中で弾け飛ぶのを見たグリシーヌは心の中で舌打ちしていた。
普段敵に向けられる攻撃力が味方へ向けられる。これほど厄介なものはない。
ロベリアは性格こそ問題があるが、その攻撃力は巴里華撃団の中でも一、二を争う。
だが、相手が屋根の上では自分のポール・アックスは出番がない。槍のような使い方もできるが、それはあくまでも「突き」や「払い」である。さすがに投げて使える訳ではない。
それに、花火の放った矢を空中で燃やすとは思わなかった。さすがに「追われる」事には慣れているのだろう。
しかし傍らの花火はその結果に驚いた様子はなく、既に矢をつがえ、いつでも弦を引ける体勢にある。
「気をつけろ。花火は接近戦に持ち込まれたら不利だからな」
「判ってるわ」
弓が武器の自分の有利不利は、自分が一番判っている。接近戦に持ち込まれたら、それこそ矢をつがえる間もなく倒されるのは間違いない。
そこへ再びロベリアが上から火を投げて来た。今度は矢を放たずに走ってかわす。
その一瞬目を離した途端、ロベリアの姿は遥か遠くへ行っていた。
「くっ、逃がしたか。追うぞ、花火」
「ええ!」
グリシーヌの言葉に力強く答える花火だが、そこで二人はようやく気づいたのだ。
ロベリアが遥か遠くに逃げた理由が。
そう。夜も更けたとはいえ、ここはいわば繁華街のど真ん中。まだまだ人の行き来はある。
いきなり矢を放ったり火の玉が飛んで来たりすれば、それはそれだけで人目を集める事となる。
その人目が遠巻きの人垣となるのに時間はかからなかった。そして、その人垣が自然「足止め」の効果を果たす事を。
だが、それでも花火は冷静だった。やや上に弓を構えると、そのまま矢をつがえて引き絞る。
弓を引いた事に周囲の人垣からはどよめきと驚きの声が漏れるが、明らかに自分達に向いていないためか、それ以上の騒ぎと混乱はない。
己の背中に感じる追い風。「満を持して」という言葉通りの限界まで引かれた弦。
だが、その狙う先に入るロベリアの姿は、目測でも百メートル弱。当たるかどうかは正直微妙な距離だ。
弓というのは、達人ともなれば風に乗せて二百メートル以上は矢を飛ばせる。が、それはあくまでも「飛距離のみ」の問題で、実際に命中させる事を考えればその半分ほどの距離だ。
しかも動いている相手に命中させられるとなれば、五十メートルほどだろう。かの有名な那須与一とて、矢を射った距離は四十間(約七十メートル)と伝えられる。
それでも花火は矢を放った。鋭く放たれた矢は緩やかな放物線を描いて夜の空に消えていく。
そして、矢が放たれた瞬間どよめいて少しだけ割れた人垣の隙間に、花火とグリシーヌは迷わず突っ込んでいった。


二人がロベリアに追いついたのは、モンマルトルの外れの、とある十字路だった。
周囲には古い建物が軒を連ね、既に人通りも絶えて寂しさが辺りに漂っている。
「しつこいね、アンタ達も」
そう言い放つロベリアの頬にうす赤い線が走っている。それは先ほど矢の羽がわずかにかすった痕だった。
暗くてよく見えない動く目標にそこまでの精度で矢を放った花火の実力も卓越したものである。
「当然です」
花火は静かに、それでいて力強く答えた。
さすがに走り続けたため少し息が上がっている。だが、霊力は今までとは比べ物にならないほど充実して、体内を駆け巡っている。
同じ霊力を持つ者として、ロベリアとグリシーヌにはそれがはっきりと視認できた。
「私が、大神さんを、守ります」
「花火。『私』ではない。『私達』だ」
グリシーヌもずいとポール・アックスを構える。それから、何かを思い出したように、花火に耳打ちする。
一瞬きょとんとした花火だが、グリシーヌに無言でうながされ、言われた事を実行した。
「私達が大神さんを守ります。そして、あなたには負けません」
そう言って花火は右拳――それも手の甲をロベリアに向けて突き出した。
いや。正確には「拳」ではない。人差し指と中指を伸ばした、いわゆる「逆Vサイン」だ。
イギリスとフランスが戦った「百年戦争」の時。イギリス軍の弓兵部隊に苦しめられていたフランス軍は、捕えた弓兵の人差し指と中指を、見せしめのために切り落としたと伝えられる。
矢を弦につがえて引く方法はいくつかあるが、ほとんどの方法で人差し指か中指(もしくはその両方)が使われる。その指を無くすという事は弓兵としては死んだと同義である。
だから「この二本の指が無事なまま勝ってみせる」という挑発行為として、このVサインが始まったのだ。
興った国は違えども、弓を武器とする花火には相応しい(?)かもしれない。
その由来は知らなくとも、あからさまに目の前で挑発されてそれを無視できるほど、今のロベリアは冷静沈着ではなかった。
目の奥に暗い炎が宿り、その口は愉しそうな細い笑みを作り、その奥から小さく乾いた嗤い(わらい)声が漏れる。
「……上等だ。殺してやるからかかってきな」
月明かりを背に立つそんなロベリアの姿は、まさしく「悪魔」そのものに見えた。

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二対一の戦いが始まった。といっても、花火は近接戦闘には不向きなので、実質ロベリアとグリシーヌの一対一と変わらない。
ロベリアが無兵装なのに対し、グリシーヌの方はもっとも得意とするポール・アックス。普通に考えるならグリシーヌが圧倒的に有利だ。
だが、ポール・アックスという武器は長いうえに重いし、使い方も振り回す、振り下ろす、突くの三つのみ。
いくらフェイントがおり交じるとはいえ、限られた動きを予測して動くなど、洞察力に長けたロベリアには雑作もない事だった。
事実、グリシーヌの斧は空を切るか、石畳を叩くかのどちらかだった。
しかし、グリシーヌは背後に花火という味方がいる事の安堵感がある。それはそのまま、花火に常に狙われているというロベリアの不安感に繋がった。
だが、この程度で不安がって実力が発揮できないほど、彼女の神経は繊細ではない。たくみに身体を動かしてグリシーヌの影に入るよう動き、かつ戦っている。
そのため、矢をつがえたはいいが、花火は矢を放てないでいる。いくら花火の弓の腕が優れていても、矢は一直線にしか飛ばせない。放った矢の軌道を曲げる事など出来はしないのだ。
その花火の様子が判るのだろう。グリシーヌの動きのキレがわずかに鈍った。もちろん、それを見逃すロベリアではない。
彼女は長いポール・アックスをかいくぐってグリシーヌの懐に飛び込むと、左手でグリシーヌの顎を荒っぽく掴み、突進力を利用してグイグイと押し返す。
グリシーヌは自分の獲物の長さが災いして何もできない。手放して応戦する事も考えたが、拾う際の隙を突かれる事は明白である。
力任せに押しつけるロベリアと、倒れまいと踏ん張るグリシーヌの力が拮抗する。だがその時、グリシーヌがのけ反る格好となって、ロベリアの頭までの軌道が確保された。
迷わず花火は弓を構える。力強く弦を引き、狙いを定める。ここまでの行程がほぼ一瞬で行なえるほど集中していた。
「オラァッ!」
だが、それがロベリアの狙いであった。今まで空けていた右手から炎がほとばしり、大蛇のように花火に襲いかかる。
「きゃあっ!」
「花火!!」
花火の悲鳴とグリシーヌの叫びが重なる。その隙にロベリアはそのままグリシーヌを押し倒し、一足飛びに花火に肉薄する。
だが花火とて巴里華撃団で実戦を経験し、すぐに諦めてしまうような人間ではなくなっている。
後ろに飛び退いて距離を取り、改めて矢をつがえ弦を引く。だが、その途中で右肘に固い物が当たった。
(しまった!)
運が悪いと言おうか。右肘に当たったのは街灯の柱だ。これでは弦を引き絞る事ができない!
そこへロベリアの抜き手が迫る。花火の体術では満足に避け切れない。
しかし。花火は本当に諦めなかった。それこそ最後の最後まで。
なんと。彼女は中途半端に引いた右腕をそのままに、左足を一歩踏み出すと同時に、弓の方を力一杯前に押し出したのだ。
その予期せぬ動きにロベリアの動きが一瞬鈍り、抜き手が花火の黒髪をかすめる。だが彼女にはそれで充分だった。
弓を前に押し出した事が、弦を限界まで引き絞ったのと同じ効果をもたらしたのだ。花火はほとんど密着状態のまま矢を放つ!
次の瞬間、ロベリアはのけ反って倒れた。だが矢の方は命中していない。無茶な体勢から矢を放った事で狙いが逸れてしまったからだ。
花火は再び矢をつがえて引き絞った状態で、倒れたロベリアにピタリと狙いを定めた。
「……どうした。殺(や)らないのかい?」
眼前に突き出された鋭く尖った矢を見つめ、ロベリアは平然と言ってのけた。しかし花火は迷いのない声で、
「私の役目は大神さんを守る事です。あなたを殺す事ではありません」
その言葉を聞いたロベリアはわざとらしいため息を一つつく。だが花火は続けた。
「大神さんを狙わないのなら、これで終わりです。ですが……」
「一つ忠告してやる。トドメってのは刺せる時にキッチリ刺しておくんだな」
その途端、ロベリアの全身から炎が溢れ出た。突然の事に花火はもちろんグリシーヌも飛び退く事しかできなかった。
「往生際が悪いぞ、貴様!」
飛び退いた隙に花火から離れたロベリアに、グリシーヌが怒鳴る。
「だから言ったろ。『トドメってのは刺せる時にキッチリ刺しておけ』って」
ロベリアの手からふたたび炎が溢れ、花火に襲いかかる!
ガシンッ!
一瞬時間が止まった。
石が壊れる音。ロベリアの頬に走った、熱く小さな痛み。そして二つに分かれて消え行く炎。その先には――
凛として弓を持つ花火の姿があった。それも矢を放った直後の体勢で。しかも、その身体からは溢れんばかりの霊力がオーラとなって立ち昇っていた。
ロベリアが熱い頬を指でなぞる。指先に感じる血の感触。チラリと後ろを向くと、建物の石壁に深々と突き刺さった、霊力をまとった矢が。
(あんな細い矢一本で、アタシの炎を!?)
花火は矢をつがえずに、ゆっくりと弓を引き絞った。
「大神さんをお守りするには、まずあなたの行動を止める事が先決のようですね。……御覚悟!」
するとどうだろう。全身から立ち昇るオーラのような霊力が彼女の右手一点に集中した。
やがて集まった霊力が右手から細く伸び、それが一本の矢と化す。そして花火は、それをロベリアではなく、ほぼ真上に向けて、放つ!
霊力の矢はあっという間に夜の空に消えていった。グリシーヌもロベリアも、何が起きたのか全く判らない。
それが判ったのは次の瞬間だ。何と。放った霊力の矢が落ちてきたのだ。それも数を増やして。
それも一本二本という生易しいものではない。何十本。何百本! 何千本!!
ズドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!
霊力の矢は耳をつんざく轟音と共に、あっという間に石畳を穴だらけにし、建物にも容赦なく突き刺さる。その様子はまさに「豪雨」にして無差別攻撃。
ロベリアも炎で防ぎつつ懸命に避けるが総てをかわしきれるものではない。突き刺さりこそしないものの、身体のあちこちをかすめ、コートや服に切れ目が走る。
グリシーヌは建物の隙間にどうにか身を潜め、かろうじて矢の雨をやり過ごしていた。
「やり過ぎだ、花火……」
唖然とした表情で呟くが、同時に「花火を怒らせるのは止めよう」と固く心に誓う。
やがて矢の雨がおさまった時、その十字路に耳慣れた声が響いた。
「二人とも止めて下さい!」
その声の方を向くと、そこにはエリカが仁王立ちしていた。しかもその手には、愛用のマシンガンが握られている。
「まったく。あれほどケンカはいけないと言っているのに。どうして判ってもらえないんですか!?」
大声でそう言いながらずんずんと二人の元に歩いてくる。
「そんな人には神罰が下っちゃうんですから」
「これはケンカではないぞ、エリカ」
建物の隙間から顔だけ出したグリシーヌがエリカに声をかける。
「あ、グリシーヌさん、どうしてそんな所にいるんですか? ひょっとして、かくれんぼですか?」
この状況で「かくれんぼ」という単語が出てくるのが不思議である。
「周りをよく見ろ。これのどこがかくれんぼだ?」
先程の花火の矢の雨で、辺り一面穴だらけ。しかも霊力の矢なのでその姿は消えている。
石畳や建物にはロベリアの放った炎で焦げた跡があちこちに。
ついでに言うなら、グリシーヌが石畳に叩きつけた斧の跡もいくつかある。
「……判りました」
エリカはゆっくり周囲を見回した後、笑顔でうなづいた。
「これは、ケンカの後仲直りして、仲良くかくれんぼしていたんですね!」
キッパリと言い切ったエリカの言葉に、他の三人は愕然とする。
「酷いじゃないですか。かくれんぼだったらわたしも仲間に入れて下さいよ」
そう言うが怒った雰囲気はまるでなく、むしろうきうきした様子で、
「よ〜〜し。じゃあかくれんぼ再開です!」
そう言って大きく「バンザイ」をした時だった。
その拍子に、手に持ったままのマシンガンがエリカの手からすっぽ抜けて宙を舞う。
一番近かったグリシーヌが止める間もなく、マシンガンは地面に鈍い音と共に落下。
その途端――
マシンガンは暴発を起こし、地面を跳ねながら周囲に無差別乱射を始めたのだ!
その弾は穴だらけの石畳や建物に情け容赦なく降り注ぐ。
これまでの戦闘のダメージに加え、エリカのマシンガンの弾の衝撃が、周囲の古い建物に致命的なダメージを与えるまでには、それほど時間はかからなかったのである。


これは後の巴里に『原因不明の建物倒壊事件』と伝えられる事になるのだが、それは別の話である。

<完結編につづく>


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