『間違えられた話 完結編』
『モンマルトルで謎の建物倒壊事件!』
翌日の朝刊の見出しには、大きな文字でそう書かれていた。
シャノワール支配人室に呼び出された巴里華撃団一同が見守る中、総司令官にしてシャノワールのオーナーであるイザベル・ライラック伯爵夫人――通称グラン・マは、
「あんた達の仕事は、この町を守る事の筈だよね?」
朝刊の見出しを皆に見えるように机に放り出す。
新聞の一面には、崩壊した建物の写真が大きく載っている。その写真を見て申し訳なさそうにうなだれる一同(ロベリアを除く)。
「そのあんた達が町を壊してどうするんだい?」
口調こそ穏やかではあるが、そこには怒りが含まれているのは明白だ。
エリカ、グリシーヌ、ロベリア、花火の四人は、包帯やら絆創膏やらの痛々しい姿でグラン・マの前に直立していた。
マシンガンが乱射され、建物が崩れ落ちる中、よくこれだけの軽傷で済んだものである。
「ムッシュも昨夜から連絡が取れないし。どうしたもんかねぇ」
ムッシュとはもちろん大神の事である。この中で唯一「破壊活動」に加わっていないコクリコが、
「イチロー、何かあったの?」
「それが判らないんだよ。夕べも家に帰った様子はないらしいし」
グラン・マは困った様子でため息をついた。
そこへドアのノックの音が響く。グラン・マが返事をするとドアが開かれ、秘書が大神の来訪を告げる。
「失礼します。みんながここにいると聞いたので」
折り目正しくそう断わると、大神は急ぎ足で部屋に入ってきた。グラン・マは昨夜の所在を聞くより早く、
「ムッシュからも何か言ってやってくれないかい。昨夜――」
「ええ、判っています、グラン・マ」
彼女の言葉を遮るように答える大神の言葉に、怒りは全くない。それどころか喜んでいる感じですらある。
大神は振り向いた花火の前に立つと顔をほころばせて、
「よくやってくれた、花火くん!」
『はぁ!?』
破顔一笑の大神の言葉に、この場の皆がポカンと呆気に取られた。
大神の話はこうである。
昨夜。町の見回りをしてから帰ろうとした矢先。表通りが騒がしいのに気づき、裏道を通ってそこへ向かおうとした時だった。
そこにうずくまる人影を見つけた大神は、心配そうに駆け寄った。
その男は大神よりずっと背の低い小柄な男で、大きい両目玉をギョロギョロとさせた――いわゆるカメレオンのような男。しかも妖力を発していたのである。
巴里華撃団は妖力を操る怪人と戦ってきている。万一を考えて警戒した大神に、その男が正体を現わして襲いかかってきたのだ。
外見通りのカメレオンの怪人に変身し、鞭のような舌を長く伸ばして。
だがその攻撃は途中で止まり、再び肩を押さえてその場にうずくまる。見ると、彼の肩には一本の矢が深々と突き刺さっていたのだ。
暗がりで見づらかったが、その矢からは澄んだ霊力を感じる。大神にはその矢が日本の弓の物。しかも花火が使っているものと同じという事が判った。
「……それでその怪人を警察に突き出したんです。今まで夜通し事情聴取とかされていましたけど、ようやく解放されました」
「ひょっとして、あの時の小男か?」
ロベリアは、花火から逃げる途中で出くわした「ぼーっと立っていた小男」を思い出した。確か肩を押さえていたような気がしないでもない。
「その怪人が何をしていたのか。何をしようとしていたのかはこれから明らかになると思いますが、被害らしい被害も出ていない。被害が出る前に、よく彼が怪人だと判ったね、花火くん」
大神は彼女の前に立つと、その両手を力一杯握りしめていた。
「けど、どうして止めを刺したり捕まえたりしなかったんだい?」
「……あ、あの、大神さん。その……」
頬を赤らめ、蚊の鳴くような花火の声。それで大神は今自分が彼女にしている事に気づき、真っ赤になって彼女から離れた。
「……ところでグラン・マ。どうしてこんな朝早くにみんなを集めてるんです? それにみんなもこんなにケガをしてるし。一体何が?」
そのある意味場の空気を読めていない発言に、グラン・マの怒りは急激にしぼんでしまっていた。
「まったく。ムッシュも間が悪いね。あたしの話が続かなくなったじゃないか」
「は? それはどう言う……」
『何でもないです』
エリカ達五人が口を揃えて大神に詰め寄った。
「……しょうがないね。今回の一件は『そのせい』って事にしておくよ。上の方にはあたしが何とかうまく言っておくから」
グラン・マは「かなり甘いけどねぇ」と思いつつも、さり気ない動作で新聞を畳み、皆に出ていくよううながした。


六人でゾロゾロと支配人室を去る。そんな中、花火は意を決したように力を込めて、大神に言った。
「大神さん。今すぐ日本へ帰って下さい」
唐突に花火の口から出た言葉。さすがの大神も何の事かさっぱり判らず問い返すと、コクリコが大神の身体を揺すって必死に語る。
「事故に遭ってケガしちゃった初恋の人がいるんでしょ?」
その言葉に一同ハッとなり、
「そうだ。今は華撃団よりもその女性の助けとなるべきだ。迷う事はない。旅費がないのなら、私が工面するぞ」
グリシーヌもそう言って彼の肩を叩く。
「行ってあげて下さい、大神さん」
「ついでにその辺のトコを話してくれればな」
エリカとロベリアも彼に詰め寄る。
何の事かさっぱり判らない大神は、首を小刻みに動かして皆の顔を見比べる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ケガ? 初恋の人? 何の事だい、それ?」
「この期に及んで隠す事もなかろう」
グリシーヌが強い調子で大神に言う。さらにコクリコも、
「そうだよ。『カノジョに会えない。これもテンメーだ』なんて言わないでさ」
その言葉で大神は首をかしげ、何やら思案する。……思い当たるのは一つしかない。
「ひょっとして、昨日の加山との会話を?」
「うん。ごめんイチロー。聞くつもりはなかったんだけど……」
コクリコの答えを聞いた大神は、いきなり大きな声で笑い出した。今度は他のみんながポカンとする番だった。
「いつまで笑ってんだ!」
容赦ないロベリアのゲンコツが飛び、大神は笑うのを止める。
「せっかく我々が案じているのに、笑うとは何事だ!」
「そうですよ。そのおかげでロベリアさんと花火さんがケンカして大変だったんですから」
グリシーヌとエリカにまで怒られた大神は、苦笑いをしてペコペコ頭を下げる。
「ごめんごめん。何か話が随分トンデモない事になってたもんだから、つい」
不満そうな二人に大神はそう言い返すと、話のあらましを語った。


それを聞いた五人の乙女達は、皆揃って気恥ずかしそうに顔を赤らめた。

<間違えられた話 終わり>


あとがき

グリシーヌとロベリアはいがみ合いっぱなしだし、エリカは何にも考えてないし、花火は暴走したら止まらなくなるし。一番まともなのはコクリコくらいでしょうか。
自分でこんな風に書いておいてナンですが、ホントこいつらまとまってるようでバラバラだよなぁ。

今回の話は普通とは逆のスタイルを取っています。「彼女→軍艦」という「オチ」を最初に持ってきてる、という部分。
普通ならオチであるこれは最後に持ってくるべきです。が、この「船を彼女と例える」のは割と知名度が高いので、知ってる人なら「判り切った事をズルズル引き延ばしてるな」と受け取られ、オチのインパクトが下がり、つまらなく感じる事でしょう。
ただでさえウチの話は「しょーもない事をダラダラ引き延ばす」タイプですから。
それならば最初にバラしておいて「真相は全然違うのに何してんだろ、こいつら」という見方をしてもらう方が面白いだろう、と判断しての構成です。
今回は特に誰が主人公……という事はないのですが、一応花火さんにスポットを当てています。
けど、彼女は基本的に受動的なタイプ。そういうタイプを話の軸にするには「何かに巻き込む」のが手っ取り早い。でも、巻き込んだらキャラ変わっちゃいました(笑)。でも、思い込んだら一直線って感じするんですよ、彼女。

今回のタイトルは、アルフレッド・ヒッチコック監督作品「間違えられた男(1956)」からです。
身に覚えのない連続強盗の疑いで連行された主人公。状況は次第に彼に不利になり、妻も深刻な精神的苦痛を負い……という、実話を元にしたサスペンス物です。あんまり受けなかったそうですが。
もちろん、今回の話との関連性は……全くもってありません。

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