『突然のファイア・ザ・レッド(上) 後編』

一月一六日 一三〇〇時(日本標準時)
硫黄島南三〇〇キロ <トゥアハー・デ・ダナン> 中央発令所

次の日。テッサが艦長を勤める潜水艦<トゥアハー・デ・ダナン>内。
彼女は中央発令所で、現在の艦の状況を副長のリチャード・マデューカス中佐から報告を受けていた。
初日にいきなり食料が大量に消えた、とコックの方から報告があった以外は、これまでトラブルも全くない。必要なデータもだいたい集まっている。整備の遅れていた機体も、どうにか予定通りに整備を完了している。
日本近海での一週間の演習航海も終わりだ。先ほど帰還の命令も出た。
時計を見ると、夜中の三時を過ぎたところだった。もっともこれは艦内だけのグリニッジ標準時。海の上の時間では昼過ぎだ。
テッサは報告を受けたら、少し休ませてもらう事に決めていた。
「二〇マイルほど東に水上艦が。おそらく……巡洋艦クラスかと」
そんな時、ソナー員が外界の様子を告げた。窓のない潜水艦が外界の様子を知るには潜望鏡を使うかソナーに頼るしかない。
「おかしいですね。この辺りは一般船舶のコースからは外れている筈ですし……」
テッサはソナー員からの報告を受け、手元のディスプレイに写った一般船舶のコースを再確認する。休憩はもう少し先になりそうだと、内心がっかりしながら。
<ミスリル>側が掴んでいる、ここから一〇〇〇キロ四方の船の行動は、客船や貨物船・漁船などを除けば、ここからずっと南で行われるノン・リーサル型ミサイルの試験のための米軍巡洋艦がいる事くらいである。
今回目標としているファラリョン・デ・メディニラ自体が遥か南だし、北回帰線より北に移動する予定は全くなかった筈だ。
「……漁船とか貨物船とか、そういった船ではないんですね?」
潜水艦の指揮をするにはいささかおっとりとした声で指示を出す。
『アメリカ海軍所属、タイコンデロガ級イージス巡洋艦・キングゲイザー』
この潜水艦のAI<ダーナ>が調べた結果が、ディスプレイに表示された。その艦は、今日は例のノン・リーサル型ミサイルのテストをしている筈だ。
そんな米軍の巡洋艦が、こんなところで何をしているのだろう?
仮に、このまままっすぐその艦が移動した場合、間違いなく日本の領海内に入る。
いくら遠距離からの射撃試験と考えたとしても、無許可で日本の領海内に行くなどまずあり得ない。
米軍発表の情報にもなかったし、こちらの情報部からの情報にもない。だからといって非公式の行動という解釈もかなり無理がある。
一般船舶や飛行機ならばハイジャックされたという可能性もあるが、いくら何でも巡洋艦でそれはないだろう。それも米軍で。
しかし、テッサの胸中は何かを激しく鳴らしていた。勘と言ってもいいかもしれない、不確かな何か。
「艦長?」
隣に立つマデューカスが、考え込んだテッサに声をかける。
痩せて眼鏡をかけたさえない風貌の彼を見上げて、テッサは取り繕うように、
「あ、何でもありません。すみません、マデューカスさん」
「いえ。お気になさらずに」
彼は淡々とした様子でそう答えると、背筋を伸ばして正面のスクリーンに目をやった。
「……! 大変です! 巡洋艦からミサイルが発射されたようです!」
「ミサイルですって!?」
切羽詰まったソナー員の報告に、テッサが目を見開いて驚く。
「それで、種類は? 方角は? 何発発射されたんですか!?」
テッサの矢継ぎ早の質問に、ソナー員はいちいちうなづきながら、
「間違いありません。巡航ミサイルです。種類は……トマホーク型かと思われますが、不明。一発だけ、北に向かっています!」
北。一番近いのは日本本土だ。目標が南なのに北に向かって撃つなど非常識もいいところである。
トマホークのようなタイプのミサイルは、飛行予定コース上の地形データをコンピュータにくまなくインプットする必要がある。もちろん、できる限りの最短コースで予定を組むのが常識だ。
トマホークといっても種類は豊富だが、その飛距離は最大で二〇〇〇キロを超える。ここから日本本土まで、約一六〇〇キロ。トマホークのタイプによっては充分届く距離だ。
もっとも、これはあくまでも「このくらいは飛ぶ」という数値に過ぎない。目標にできるだけ近づいてから撃つのが普通だ。
「何て事……!」
テッサの顔の血の気がさっと引いた。自分達も使っているだけに、亜音速で飛ぶトマホーク型ミサイルの威力はよく知っている。
あの米軍が、安保条約を結んでいる国にミサイルを撃ち込むなど何を考えているのか。
ほぼ音速という事は、時速に直せば(空気の温度で変化はするが)約一〇〇〇キロ。あと二時間もしないうちに日本のどこかにミサイルが命中するかもしれないのだ。
そう。あのミサイルが実験に使う「ノン・リーサル型」でないという保証はどこにもないのだから。
「基地へ帰るのは後回しにします。作戦本部からの命令はありませんが、このままにもできません。あの巡洋艦を追尾します」
どこの国にも属していないとはいえ<ミスリル>も軍隊である。どんな理由があろうとも、命令を無視した行動を取る事を許可している訳ではない。
現在はあくまでも演習なのだから。
「しかし艦長。お気持ちは判りますが、今からミサイルを迎撃することはできません。それに帰還命令が……」
「命令違反の罰則ならいくらでも受けます。始末書なら、何百ページでも書きます。わがままでも自己満足でも構いません!」
「ですが……」
「このまま放っておく事は、わたしにはできません!」
意義の申し立てをしようとしたマデューカスを、厳しい表情で一喝するテッサ。無論迫力や凄みは全くないが、有無を言わせぬ意志の強さがあった。
今回は艦での戦闘行為を想定していないため、人員もそれほど乗っている訳ではない。それでも、少ない人手でも、やらねばならない。彼女の目がそう語っていた。
「……確か、昨日傍受した情報の中に、『ハチジョー島のホテルにミサイルをぶち込んでやる』という、稚拙な犯行声明めいた内容のものがありましたよね。それとこれとを結びつけるのは、荒唐無稽すぎるかしら?」
テッサが手元のディスプレイに指を走らせると、トマホークの飛行予想線上の北には、その八丈島のある伊豆諸島も含まれていた。
しばしの沈黙のあと、閉じていた目を開いたマデューカスは、
「……判りました。私も、艦長と運命と共にしましょう。我々<ミスリル>は、こうした事件を解決するのが使命ですから」
普段は陰気な印象の彼も、今は違った。やらねばならない事を見つけた、一人の軍人の顔だ。
「ただ、作戦本部へ連絡をしてからにして下さい」
彼に言われ、ハッとなるテッサ。目の前でいきなりミサイルを発射された事に驚き、冷静さを欠いてしまっていた事に気づいたのだ。
こんな事ではいけない。どうも昨年末以来、気の引き締め方が甘くなっている。テッサは頭をぶんぶんと振って、ぱちんと自分の頬を叩いた。
それからテッサは、マデューカスに「ありがとう」と安堵の表情を浮かべると、連絡するように指示を出す。
そして、それを知らせる艦内放送のスイッチを入れた。


同時刻 <キングゲイザー>

タイコンデロガ級イージス巡洋艦・キングゲイザー内部は、一晩中上を下への大騒ぎだった。
グァムの米軍基地を出てから丸一日。この艦は乗組員の操作を全く無視した行動を続けている。
本来はマリアナ諸島沖に停泊。しかるのちに搭載した新型トマホークを目的の無人島へ向けて射出。その威力などを入念にチェックして、帰投。
そういうスケジュールの筈だった。
ところが、目的地の海域に到着し、停船しようとしても、止まる気配を見せない。そのままどんどん北へ向かって進んでいくばかりだった。
艦橋の総ての計器類は正常に動作している。また、制御用に搭載されているどのコンピュータ類からも、バグやウィルスは検出されなかった。
つまり、こちらで操作をしても、反応を示さないだけなのだ。どこからか操られているとしか思えないくらいに。
これらを調べ終わるまでに、完全に一夜を費やしてしまった。
無線機や内線の電話は沈黙を保ったまま反応がない。連絡をとろうにもこれでは救助を求める事もできない。
その間も艦は狂ったように(実際狂っているとしか思えなかったが)北を目指して進んでいく。
そこへきて、いきなり搭載されたトマホーク・ミサイルが発射されたのだ。
発射されたのは今回の試験で使う「ノン・リーサル型のミサイル」であったのが不幸中の幸いかもしれない。これがもし通常のミサイルだったらと思うと背筋も凍りつく。
これには、さすがに感情が表面に出にくいホルムン中佐と言えども、顔はこわばり血の気も一気に引いた。
「一体どうなってしまったのだ、この艦は!?」
あまり感情をあらわにする事のない艦長の顔に、焦りの色が濃く浮かぶ。
本当ならば、こういう時こそ自分が沈着冷静になり、部下達をまとめあげねばならないのであるが、いくら調べても原因不明の上に、ミサイルまで勝手に発射されては、どんなベテラン艦長でも落ち着くのは無理かもしれない。
「仕方ない。ウォルター博士を呼ぼう」
艦長に言われ、そういえばと思い出すビーン大尉。
人間、パニックになっている時ほど周りが見えなくなるものである。
今までバタバタとし過ぎたせいか、この船に「専門家」が乗っている事をすっかり忘れていたのだ。いや、忘れたかった人物を思い出したくなかったからかもしれない。
だが、彼の専門は兵器開発だ。しかし、この艦内ではコンピュータのトラブルなどに最も詳しい人物だろう。
ホルムンはすぐさま手近の部下にウォルターを呼んでくるよう伝える。
一応コンピュータの誤作動等を考慮して、コンピュータを使わない完全手動で艦を動かす方法もあるにはある。
しかし現在、艦内唯一の連絡手段が「人の口伝え」のみでは、どこまでこの艦を動かせるやら。そうした完全手動での操艦を知らない若い兵が何人も乗っている中で。
勤続二〇年のベテランでも即決できない問題だった。
「艦長」
ふいに戻ってきた部下に呼ばれた彼は何事か問う。すると、
「先ほどからウォルター博士を呼び出しているのですが、返事がないそうです。扉も開かないようですし、何かあったのでしょうか?」


一月一六日 一四二一時(日本標準時)
東京 八丈島

その日の午後、宗介とかなめは八丈島に到着していた。
とは言っても、前に一度ここを経由して<ミスリル>の基地があるメリダ島へ――急に予定が変更になりはしたが――行った事があるので、これが初めてではない。
今回は旅行券なので、飛行機に乗ったのは前回の調布飛行場ではなく羽田空港だった。
そこから飛行機に乗って一時間足らずの空の旅。
昔は「鳥も通わぬ」と言われていた八丈島も、今ではこんな短時間で行く事ができるのだ。
着陸直前の飛行機から見た島はまるでひょうたんのようで、思っていたよりも大きく、また美しかった。
あれから旅行のガイドブックなどで調べてみたところ、この八丈島には、意外と観光できる場所も多いようだ。温泉も結構豊富である。
いくら温暖な地域といっても、さすがに海水浴をするにはまだちょっと寒いが。
空港から出て、タクシーを拾う。とりあえず山の裾野と海岸線の隙間を縫うように走って、島の南側に向かった。
宿泊するホテルがあるのは島の西側だが、チェック・インの前にちょっと寄り道をしようという訳だ。
タクシーを降りたかなめは、眩しそうに太陽を見上げると大きく伸びをする。
「う〜ん。いい天気。やっぱたまにはこういうのも悪くないわね」
「確かにいい天気だ。これなら、雨の心配はないだろう」
去っていくタクシーを見送ったあと、空をゆっくりと行く雲を観察した宗介が言う。
そんな情緒も味気もない宗介の行動も、今日は何となく許せてしまう。
「今日は君を充分楽しませるよう、常盤からも注意を受けている。もちろん俺もそのつもりだ。できる限りの事をさせてほしい」
そんな親友のいらぬおせっかいすらも、今日は許せてしまう。それくらいかなめは上機嫌だった。
「でも、あんたも少しくらいは楽しまないと、意味ないよ」
「……善処しよう」
何やら難しい顔で短く答える宗介。きっとバカ正直に「観光の楽しみ方」でも考えているのだろう。
一応一緒に行くと決めたものの、やはりあれこれと同じ悩みを繰り返した。機内でもそうだ。
しかし、こうして現地に着いてみると「なるようになるわ、はっはっは」と一気に開き直れてしまう。
かなめは自分自身の単純さに改めて呆れたものの、
「えっと。ホテルには夕方の六時までにチェック・インすればいいから、それまで少し島を見て回ろ」
ホテルを予約した時言われた諸注意をメモしたものを小さな鞄のポケットにしまうと、元気よく歩き出そうとした。
「ソースケ。あんた何やってんの?」
見ると、彼はどこから取り出したのか、双眼鏡で島の南の海をじーっと見ていた。
一泊二日の旅行だというのに、仰々しい大きさのリュックサックを背負い、どこかの探検隊を思わせる服に、コンバット・ブーツを履いたその姿は、どう見ても旅行者には見えなかった。そんな宗介は、
「こうした観光というものは、景色を堪能するのだろう。これならば、景色もよく見えるぞ」
(見える意味が違うと思うけど)
かなめはあえてツッコミを入れるのを止めた。
「! あれは……!」
双眼鏡を覗き込んだまま、宗介の口元が引き締まる。
「何か見つけたの?」
かなめも彼に倣って同じ方向を見ようとするが、彼女は裸眼なのだから何も見える訳がない。
だが、水平線の方に、小さく水柱が見えた。まるで、何かが飛び込んだような水柱が。
しかし、考えてみれば、この距離だから小さく見えたのだ。実際の大きさは知れたものではない。
「今のは……おそらく巡航ミサイルだ」
「ジュンコーミサイル!?」
かなめは自分でも知らずに大きな声を出していた。慌てて口をつむぎ、宗介の口を塞ぐと、一目散にこの場を去る。
とりあえずその場からたっぷり五〇〇メートルは離れてから、かなめが宗介に詰め寄った。
「ソ、ソースケ。巡航ミサイルって何よ!?」
「ジェット・エンジンで飛ぶ無人誘導の有翼ミサイルの事だ。レーダーに捕捉されにくく、また命中精度も高い」
「へえ。ミサイルにも羽根がついたのなんてあるんだ……って、違う! あたしが聞きたいのはそういう事じゃないって!」
「ではどういう事だ?」
「別に日本は戦争やってる訳じゃないんだし。何でいきなりミサイルで撃たれなきゃならないのって事! 北○鮮じゃあるまいし。あ、あれは、方角が違うか」
一瞬納得しそうになったかなめが小さな声で激昂する。
「俺に言われても困る。一瞬だけ見えたが、今まで見た事のない型だった。どこかの国の新型巡航ミサイルの可能性が大いにある」
彼が<ミスリル>から受け取っていた軍事関係の情報でも、この近辺で演習や実験はない筈である。
すぐさま<ミスリル>に連絡をとって、現状を報告。しかるのちに――とそこまで考えが浮かんだ途端、宗介は渋い表情になった。
彼女はどうする?
今回の旅行は彼女を楽しませる筈だった。方法はよく判らないが、自分なりに。できる限り。
昨年夏。旅行ヘと誘った先が<ミスリル>の基地である事を告げた途端、これまで上機嫌だったのが一気に不機嫌になった事があった。
昨年のクリスマス・イブの時も、彼女と学校行事の旅行に参加する筈が、<ミスリル>の任務が入って不参加になった時などは、ろくに口も聞いて貰えなかった。
にもかかわらず、また<ミスリル>を優先させて、彼女を怒らせてしまうのか?
だが、この場を無視して観光旅行をする訳にはいかない。でも、三度も彼女を同じ目にあわせる訳にもいかない。
全く相反する二つの考えに挟まれて、宗介の額に脂汗がビッシリと浮かんでいた。
「いいよ、ソースケ」
宗介のそんな様子を見て、かなめはそっぽを向いたまま穏やかな声で言った。
「<ミスリル>に連絡して、行ってきなよ」
かなめの口から出た、思いがけない言葉。彼は思わず耳を疑った。
「……怒って、いないのか?」
宗介は、本当におそるおそる訊ねてみた。
「怒ってるに決まってるでしょ!?」
かなめは間髪入れずに短く怒鳴り、思わず彼の頭をげんこつで殴りつける。
「せっかくの旅行だってのに邪魔が入ったんだから、怒らない訳ないでしょ!? これから楽しむぞーって時にこんなんで、気分いいと思う!?」
彼女は彼を責めるように言ったあと、彼から視線を外して、
「まったく、人がうきうき気分で旅行だバカンスだって時に限って、決まってこうなんだから。あたしだって郷土料理を食べるとか、色々遊ぶとか、あれもこれもって結構楽しみにしてたのに。それなのにこういう物騒な事態ばっかり起こって。これじゃ何のためのバカンスか判りゃしないっての! 何か、あたしに恨みでもあるの? ええ!?」
溜まったものを吐き出すようにぽんぽん言葉が飛び出す。宗介は無言でうなだれるだけだ。
その沈みこんだ宗介を見たかなめは、一旦黙って呼吸を整えると、
「けどさ。ソースケがあんなの見たら、絶対気になっちゃうでしょ。それじゃ、楽しめないじゃない」
さっきまでの怒りはどこへやら。やれやれと言わんばかりの苦笑いを浮かべた顔で、
「どうせ気になって放っとけないなら、放っておかなきゃいいでしょ」
「だが、それでは君が……」
何か言おうとする宗介に、かなめはキッパリと元気よく言い切った。
「キョーコに『あたしを充分楽しませろ』って言われたんでしょ?」
「……言われた」
「で、それは『言われたから』じゃなくて、ソースケ自身もそう思ってる訳でしょ?」
「無論だ」
「だったら、ちゃちゃっと片づけて、戦争の事なんてすっぱり忘れて観光旅行しよ。それに、楽しむってのはね。相手が楽しくないと、こっちだって楽しくないんだから」
元気だが、優しさあふれる笑顔。いつも以上にお姉さんぶった、いつも通りのかなめを見て、
「そうなのか?」
「そうなの。たとえば、作戦会議の最中に『明日の休みどこ行こうかな?』なんて考えてて、会議に集中できる?」
かなめは戦争ボケの宗介にも判りそうなたとえを持ち出す。
「……無理だな」
宗介の返答に「そう言うと思った」と言いたそうな目をするかなめ。
「でしょ。今から行って、ぱぱーっと片づけてきなよ。あたしを楽しませたいって言うんなら、まずあんたが楽しまなきゃ」
怒っている筈のかなめの信じられないくらい優しい言葉。だが、宗介は本当にそうしていいものか、未だ判断がつけられなかった。
本来はすぐにでも<ミスリル>に連絡を取らねばならない。だが怒っている彼女をこのままにもできない。
そうして迷っている彼を見たかなめは、急に腹が立ってきた。
「ああ〜〜もう、じれったい! そんなに悩んでるならいいわよ、もう! あたしは勝手に観光してるから、あんたは勝手に任務でも何でもやってなさい!」
かなめは再び彼の頭をばしんと叩いた。
「ったく。事情が事情だし、珍しくこっちから折れてやろうってのに。何よ、その煮え切らなさは!?」
ぶつぶつ言いながら、その場を大股で去っていくかなめ。
だが、そんなかなめの腕を宗介が捕まえる。むしろ痛いくらいだ。
「ちょっ、何すんのよ、放して!」
「これから<ミスリル>へ連絡を取る。詳細が決まるまでは、待っていてくれないか」


同時刻 <キングゲイザー> 船室内

「外した!?」
軍の衛星から送られた、八丈島とその周辺地域のデータを見たウォルターは、うなり声を上げそうになった。
ミサイルは八丈島のかなり手前で海に落ちたようだ。この辺りには巡航ミサイルに対抗する兵器は存在しない筈だ。
そもそも、型遅れのノート・パソコン一つで巡洋艦一隻分の操作を総てやっているのだ。多少無理もあるのかもしれない。
実際艦の航行速度も安定しないし、計算したよりもミサイルは飛ばない。おまけにパソコンの処理速度も少々遅くなっている。
それでも彼は手慣れたスピードでミサイルのデータを修正していく。
さっきからドアを激しく叩く音がするが、無視だ。こっちはそれどころではないのだから。
このフラクシナスの有効射程距離は三〇〇〇キロ。充分有効射程内ではあるものの、もう少し近づいた方がいいかもしれない。
艦の速度をできる限り上げて目標に少しでも近づく事に決めた。その間にデータの修正に取りかかる。
次に発射できるのは夜になりそうだが仕方ない、と思い直して。

<突然のファイア・ザ・レッド(下) に続く>


あとがきというよりなかがき

皆さんごめんなさい。今回はイレギュラーな形式を取りました。
「(上)」とある通り、話の前半部。いわゆる「導入編」です。……それにしては話に入るまでが長過ぎますが。
色々言いたい事もありますが、まだ途中ですからね。後回しにしておきましょう。
今回の舞台となる八丈島。東京からも近いし、飛行機で約一時間。料金も羽田からなら片道20,000円ほどですし。思っているより安いんです。おまけに一月の八丈島は観光オフ・シーズンだし(笑)。
東京から近くて、比較的安く行けて遠い(印象の)場所を選んだら、ここになっちゃいました。というのが真相です。
果たしてこれからどうなるのか。それは「(下)」でのお楽しみ……。

追伸:今回登場のイージス艦「キングゲイザー」は実在しません。が『タイコンデロガ級イージス巡洋艦』というタイプの艦は実在します。だから、似た名前という理由で画面の前で踊らないで下さいね(……と、判る人には判るネタ)。

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