『秘密の中の秘密のダンジョン 後編』
ムスッとした顔でアルに釘を差した宗介は、三度地下に下り立った。
何人もの人間が行き来したからだろうか。通路にあった埃もだいぶ薄くなり、始めの時と比べればかなり視界も見やすくなっている。暗い事に変わりはないが。
それでも宗介とクルツはゴーグルと粉塵用マスクをつけた。今度のゴーグルには超小型カメラが搭載されている。このカメラの映像をアルにも分析させるつもりなのだ。
「よっし、死んだヤツらの回収[※I]に行きますか」
「別に死んではいないのだが……ひょっとして、それも例のゲームからか?」
クルツは「ああ」と短く答える。それからわざわざ日本で買ったという日本製の携帯電話を取り出し、ちょちょっと操作してそのゲームの画面を自慢げに見せた。
「元が二〇年以上前のゲームだから今の目で見れば地味で味気ないし単調な作業ゲームに見えるけど、かなりシンプルな作りだからお前さんも気に入ると思うんだけどなぁ。この通り携帯版もあるし」
確かに宗介の性格からすると豪奢に飾られた物よりは、シンプルで使いやすい機能美を好む傾向がある。そこへいきなりアルが宣伝マンのように割り込んできた。
『今なら総てのシナリオが一本のソフトとしてまとまっていますよ。シンプルなゲームなら、軍曹殿もお気に召すかと』
「召すも召さないも、やる気などないぞ」
勝手に勧められて憮然とした顔の宗介だが、アルはピタリと押し黙りクルツはイヤホンから流れるBGMに聞き入っているようで、こっちの文句を聞くつもりはないらしい。
それに構わず宗介は通路を歩き出した。六人もの人間が「消息不明」になった何かを求めて。その後ろを鼻歌混じりにクルツが進んでいく。
一見ふざけた態度にも見えるが、彼なりに集中している事は、これまで一緒にこなしてきた任務から判っている。不真面目に見えるが任務はきちんとこなすタイプなのだ。……だいぶ大雑把ではあるのだが。
だが彼の得意分野である狙撃は、この地下通路でどれほど役に立つ事か。もちろん狙撃しかできない「バカの一つ覚え」タイプではないのだが、クルツの接近戦の腕前はマオに「まるでチンピラ」と酷評されている。
それを知っているだけに宗介はいつも以上に注意深く通路を進んでいく。
「なぁソースケ。この先に一体何が待ってると思うよ?」
独り言のようにクルツが訊ねてくる。だが宗介は間髪入れずに、
「それを調べるのが俺達の役目だろう」
「そうだけどよ。少しは想像力を働かせて……ああ、想像力がないなら、このテのゲームは向かねえか」
何やらガッカリとした調子のクルツ。確かにRPGは想像力あってこそ楽しめるゲームではあるが。
何事もなく進み続け、先程の地図で示された「消失地点」に到着した。何の変哲もない丁字路で、行けるとすれば直進するか左に折れるか。もしくは後戻りするか、である。
『軍曹殿。問題の地点です』
「判っている」
宗介の耳にアルからの警告が入る。彼はクルツに「止まれ」と命じると、自分もピクリとも動かずに周囲に気を配り出した。
研ぎすまされた彼の耳に聞こえる音は、何やら水が流れる音と何かの音楽くらいだ。
水の音はすぐ上を廃水のパイプが通っているからであり、音楽はクルツのイヤホンから微かに漏れ聞こえてくるから。別に不思議でもない。
ゴーグル横についた超小型暗視カメラからの映像を見ていたアルが、
『何人かの人間が、確かにここを通過しているのは間違いないようです。床の方を見て戴けませんか?』
アルの言う通り宗介が下を見る。少し間が空いてから、
『おかしい点を発見しました』
アルの言葉に二人がイヤホンに耳をそばだてる。
『どちらの通路も行き止まりではないにもかかわらず、数メートルほど進んだ足跡と、そこから戻ってきた足跡があります』
「なんだ、そりゃ!?」
クルツがはばかった小声を出す。宗介は少々呆れ気味に、
「あの六人のうちの誰かが、通路を少し進んだだけでこの丁字路に戻ってきたという事だ」
「そんな事は判ってんだよ」
判っている事に念を押されたクルツは荒っぽく言い返す。
「それを調べるのが俺達の役目だと、さっきも言ったろう」
「あ〜あ。現実に『KANDI』[※J]があればまだ楽なのになぁ」
二人は壁や天井を念入りにマグライトで照らしていく。しかし特に変わった様子は見つけられなかった。だが床に奇妙な点が一つだけあった。
綺麗なのである。まるでこの部分だけを綺麗に掃除したように。その一画を除くと、足跡以外埃がぬぐわれた様子すらないのにもかかわらず。
奇妙ではあるが、それだけに充分怪しかった。ここに何かある。もしくは、ここで何かあったと勘ぐれる程度には。
「……別に、ここに来たら無線が使えなくなるって訳でもなさそうだな。相変わらず音楽は聞こえるし」
延々と無線から聞こえてくる音楽に耳を傾けつつ、マグライトの明かりを四方へ向けるクルツ。
「そのためにわざわざリクエストをしたのか?」
「おう。俺だっておちゃらけてるだけじゃねえぜ」
会心の笑みを浮かべて得意そうなクルツ。
「それに機械のパーツが転がってる様子もないし、落として壊れたってセンもなさそうだな」
それらパーツを片付けるために掃除をしたという事も考えたが、おそらくそれはないだろう。
そうなると思いつく理由は「無線機や発信器の電源を自ら切った」くらいしかないが、そうするメリットが思い浮かばない。むしろ道に迷いやすくなるデメリットしかないように思える。
という事は、そんなデメリットを覚悟した上で電源を切ったという事だろうか。むしろ、その事情が彼らを消息不明にした理由に関係があるに違いない。宗介はそんな風に考えた。
だがそんな理由を思いついたところで、彼らを探す手がかりにはならない。
「ったく、どこ行きやがったんだ、あいつらは!? アブドルのタクシー[※K]でも見つけて帰ってこいってんだ」
「……ゲームと現実を一緒にするな」
冷静な宗介のツッコミに構わず、クルツは八つ当たり気味に目の前の壁をゴツンと拳で叩いた。だがその鈍い音を聞いた途端彼の動きが止まる。
それから手当りしだいに辺りの壁をこつこつと慎重に叩き始めた。その音を聞いていた宗介も、音がおかしい事に気づいた。
「妙だな、音が」
「ああ。ひょっとするとひょっとするかもな」
普通の壁であればもっと高く堅い感じの音がする筈だ。鈍く響かない音がしたという事は、その向こう側が空洞である可能性が高い。
せっかく見つけた「違和感」だ。徹底的に調べてみてもいいだろう。
「じゃあ壊してみるか。単なる壁だったってオチでも構わん。オックおばさんの聖なる手榴弾[※L]、用ぉ意!」
クルツが意味不明の単語と共に嬉々として壁と対峙する。しかしいくら何でも素手で壊せるとも思えないし、壊すような道具を持っている様子もなかった。
宗介はその前に、壁にピタリと耳を当てた。
「……誰かいるな、向こうに」
宗介の耳が、微かな人の息遣いを感じ取ったのだ。クルツも慌ててピタリと壁に耳をつけ、真剣に中の音を聞き取ろうとする。
「確かに。何かいるっぽいな」
「トーマス達か?」
「だといいけどな。任務も終わるし」
二人でボソボソと言い合いつつ、宗介は床をもう一度よく見てみた。仮にトーマス達がこの壁の向こうにいるとするならば、隠し扉でもあるのではないかと思ったのだ。
宗介の予想は当たったようで、壁と床の境目付近に、真新しいこすれたような傷を発見したのだ。どうやらこの壁の一画が横に動くらしい。
しかし、そうするためには取っ手のようなものがなければ難しい。それらしいものを手探りで探してみると、壁の一画が細長くくるりと半回転して、半円状の小さな取っ手が出てきた。
その取っ手を持ち力を込めて引き戸の要領で動かすと、その壁はあっさりと動いた。
そしてその壁の向こうには……いたではないか。マーカーが消えた筈のユージン二等兵の姿が。さすがに慌てふためいた様子で、ビクビクとした表情をありありと浮かべている。
「何やってんだよ、お前ら。無線と発信器はどうしたんだよ?」
クルツがリーダーぶって彼に訊ねるが、ユージンはしどろもどろに何か言おうとするだけで言葉になってない。
しかし彼はすぐさま横に動いて逃げた。見事だと褒めたくなるようなスピードである。
宗介とクルツがユージンの逃げた方向を見ると、そこは上に上がる細い階段になっており、登った先からヒソヒソとした話声が聞こえてくる。
「マズイですよ、軍曹達に見つかりました!」
「だからってこっちに来るなよ、行き止まりなんだぞ、ここ!」
「誰だよ、見つかりっこねぇなんて言ったの!」
どうやらマーカーが消えた筈の六人全員がここに潜んでいたらしい事が、声から判った。
だが彼らは無線と発信器をオフにして、ここで何をしていたのだろうか。ただのサボリにしては、どこか妙である。
クルツが真っ先に階段を一気に駆け上がると、逃げようと押し合いへし合いしていた六人に一気にのしかかられそうになった。
後から上がってきた宗介が負けじと押し返すが、さすがに七人分の体重を一人で支えるなど不可能。自分がこのまま押しつぶされる訳にもいかないので、とっさに「明るくなっている壁」の方に受け流そうとした。
だが逆に自分の方が「明るくなっている壁」に押しつけられる結果となってしまう。
「明るくなっている壁」にほぼ全員の体重がのしかかる。そして五〇〇キロ近い重量と圧力に壁が耐えられなかったのか、「明るくなっている壁」をぶち破って、その向こう側に転がり出てしまった。
大の大人達に押し潰される宗介。いかに歴戦の傭兵でもこの状況から逃れる術はない。
壁の向こう側の明るさに目を眩しそうにしている宗介とクルツは、折り重なった痛みをこらえて現場を確認する。
明るくなっている壁の正体は透明の壁で、明るいのは壁の向こう側の部屋の明かりであった。そして、その向こう側の部屋というのが……
基地内のシャワールームだったのである。それも女性用の。そんな彼らの闖入をぽかんと見下ろしていたのは――首からタオルをかけただけのマオだった。
その場にいた他の女性隊員達が転がり込んできた一同を見てものすごい悲鳴を上げ、あるいは容赦なくそこらの物を投げつけている。まさしく修羅場と形容すべき状態だ。
「バッ、バカ野郎! 早くどけ、お前ら!」
押し潰されている苦痛と、無抵抗で攻撃を受けている苦痛に耐えつつ、自分の上に乗っている男達に注意するクルツ。
しかし押し合いへし合った状況なのだ。そうそうどけるものでもない。特に一番下になっている宗介は脱出もままならない。
『ウェーバーさん? どちらへ行かれるんです?』
いきなり無線機から聞こえてきたのは、テッサの声だった。
『ゴーグルにつけた超小型カメラの映像で、そちらの様子は確認しました』
反射的にクルツの動きがピタリと止まる。
『今からわたしもそちらへ行きますから、そこを動いちゃダメですよ?』
年相応の可愛らしい声ではあったが、そこに含まれる鋭い殺気のようなものを、クルツは確かに感じ取っていた。


女性用シャワールームの入口の壁に沿うようにして正座して並ばされている、消息不明だった六人の隊員達。それから宗介とクルツ。
全員が女性隊員達に容赦なくめった打ちにされ、かなり痛々しい姿となっている。クルツは自分達を睨みつけてくる女性隊員達をちらりと見ると、
「……ずいぶん可愛げのないVORPAL BUNNY[※M]ちゃん達だこと」
「ウェーバー軍曹。首はねられても知りませんよ」
「『THAT KING, HE FINDS DOOM !』の謎[※N]より理不尽だぞ、絶対」
クルツとパーシー伍長が小声で軽口を叩きあっている。だが実際彼らの「首を飛ばす」事ができる人物が目の前にいる。ハッキリ言ってシャレになってない。
「お前らはイイよなぁ。こっちなんか全然見てねぇのにこの扱いだぜ?」
そんなクルツの言葉に反応した女性隊員達(特にマオ)は「黙ってろ」と無言で睨みつける。
状況からすれば宗介とクルツは完全にとばっちりだが、こういう状況の女性陣にそんな理屈は通用しない。
「なぜ俺まで……」
納得がいかない宗介の独り言を聞き、格納庫からやってきたテッサと、彼女についてきたかなめがじろりと横目で見る。
そしてその後ろからとりあえず服を着た女性隊員達がずらりと取り囲み、怒りと蔑みの表情を浮かべて殺気立ち「一遍死んでこい」「万死に値する」と息巻いている状態だ。
だがマオだけは怒りの中に「こんなところに死角があったとは」と、別方向の怒りも胸中にあるが。
少し調べて判った事だが、シャワールームの壁の一部分は、マジックミラーのように一方からは普通の壁。もう一方からは透明で向こう側が透けて見える「マジックウォール」と呼ぶべき壁だったようだ。
マジックの仕掛け用に作られた物らしいのだが、どんな技術でもこういう使い方は全く歓迎しない。隠しカメラや盗聴器の有無を確認してから、普通の壁で作り直す事になるだろう。
その際になかなかお湯にならないシャワーも直してくれればいいのだが。とマオは考えていた。
「……なるほど。その言葉、神に誓って偽りはないんですね?」
男達から事情を聞いていたテッサは、ムスッとした顔で彼らに念を押した。テッサの背後の女性隊員達の殺気に満ちた視線のためか、壊れた人形のように首を縦にカクカクとさせている。
まずトーマス一等兵がたまたま隠し扉を見つけたそうだ。奥の階段を登った先が、女性用のシャワールーム。向こうが全く気づいていない事をいい事に、明るい壁越しにそのまま見ていたらしい。
だが隠し扉が完全に閉まっていなかったので、後からやってきたフォマー伍長がその隠し通路を発見し、彼も同じように彼女達のシャワーシーンを眺めていたそうだ。
物音を聞かれまいとわざわざ無線のスイッチを切り、場所がバレないように発信器のスイッチまで切って。
おまけにその状況をトーマス一等兵がパーシー伍長に携帯電話のメールで教えてしまい、一緒に行ったエドガー軍曹も誘って以下同文。
いい加減帰らないと怪しまれると隠し扉から出てきたところを、最後に潜り込んだピーター一等兵とユージン二等兵に見つかり、以下略。
そんな風に六人の男がノゾキに勤しんでいるとは知らず、宗介とクルツの二人に隠し通路に押し込まれてこうなった。
最後まで事情を聞いた被害者である女性陣は、全員怒りよりも「ど〜して男って……」とコメントに困る表情を浮かべている。
テッサも「一体どう処分したものか」と困った顔で頭を抱えている。
テッサも一人の女性である以上、ノゾキを許すつもりは全くない。彼女達の「一遍死んでこい」「万死に値する」という気持ちは、我が事のようにとてもよく判る。
だが彼女はこの基地の責任者である。責任者である以上、いかなる事でも感情に任せた判断をして責め立てるような真似はできない。
部下に対しては常に公平に接しなければならないのが責任者たる者の行動規範である。そうなると、この場合理論的に隊規に照らし合わせる事になる。
罰するべきは報告を怠った事とノゾキをした事だけだ。彼らがこの隠し通路を作った訳ではないのだから。
そうするとせいぜい減給に重労働のペナルティーといったところだ。どう重く見積もっても命で罪を償わせるほどではない。
だがそうしたら「女のくせに女の気持ちが判らないのか」と被害者を始めとする女性隊員達から不満の声が出るに違いない。
しかし本当に命で罪を償わせるような真似をしたら、今度は男性隊員達から「いくら何でも厳しすぎる」と文句が来るだろう。
女性としての自分と、責任者としての自分。どちらを優先させるべきなのだろうかという葛藤。そんな風に悩むテッサを見たかなめはテッサを元気づけるように、
「ここでダラダラ時間かけててもしょうがないし、とりあえずバシバシーンと二、三発引っぱたいておいたら?」
「そ、そうは言いますけど、わたし程度がやってもバツにならないんじゃ?」
見た目通りテッサは非力である。力一杯叩いたところで大して痛くもないだろう。
「そんな気楽な事言ってられないわよ、カナメ」
先程からメモに何か書いていたマオがため息をついている。彼女はそれをかなめに見せると、
「トーマス達の行動と、あたし達のシャワーを浴びた順番と時間を照らし合わせてたんだけどね。アンタのハダカ、トーマスにしっかり見られてるわよ」
メモを受け取ったかなめの表情が凍りついた。確かに浴びていた最後の数分間とトーマス一等兵が隠し部屋にやって来た時間が一致している。
一瞬不気味さに血の気が引いたが、やがてすぐ怒りをあらわにして顔を真っ赤にすると、
「ねえテッサ。こいつらブン殴るの、あたしも加わっていいかな……?」
右手を力一杯握りしめるかなめが、怒りを押し殺した声でテッサに訊ねる。だがテッサが答えを出す前に、
ぼっぼっぼっ。
何やら気の抜けた破裂音が通路に響いた。だがかなめを除くその場の全員は音だけで判っていた。これはサプレッサーをつけた拳銃の発砲音だ。撃ったのは――
「ソースケ!?」
かなめの口があんぐりと開いている。宗介は銃口をトーマス一等兵に向けたまま、
「……銃が暴発した。済まんな」
弾丸はトーマスの首筋スレスレの壁に命中している。さすがの傭兵もこの攻撃には表情を引きつらせる他ない。
だが「暴発した」と言う宗介がトーマスを見つめるその視線は、完全に殺気立ったものだった。
「死ね」
ぼっぼっぼっ。
再び減音された発砲音が響く。さすがに今度はトーマスも力一杯銃口から逃げだしているので一発も当たっていない。
「何やってんの、ソースケ!?」
「サガラさん、銃を収めなさい!」
かなめとテッサが慌てて静止を呼びかけるが、
「済まない。また銃が暴発したようだ」
(今あんた「死ね」って言った!)
しれっとした宗介の返答に、二人の少女は揃って心の中でツッコミを入れる。
「おいソースケ、シャレになってねーぞそりゃ!?」
後ろから羽交い締めにして宗介を止めようとしたクルツだが、宗介は後ろを見ずに彼の足元に一発発砲すると姿勢を低くして、逃げ出しているトーマスを矢のようなスピードで追いかけ始めた。
取り残されたのは二人以外の全員。烈火のごとく怒っていたかなめを含むシャワーを覗かれた女性陣も怒りを忘れてぽかんとしている。
クルツはあきれ顔のまま宗介が消えた通路の先を見つめると、
「カナメのハダカ見られて、相当怒ったらしいな。ありゃアーム・スレイブでも使わんと止められそうにねえぞ?」
「そう……なの?」
あの行動だけでそこまで理解できたクルツの思考能力に、かなめは口をあんぐりと開けたまま聞き返す。
「そりゃトーマスがカナメのシャワーを見てたって判った瞬間にアレだもん。見当つくって」
だがどこか楽しそうににやりと笑うと、
「不器用つーか、独占欲が歪んでるつーか。まだまだガキなんだよなぁ、あいつも」
その「ガキ」はただのガキではない。宗介一人でも相打ち覚悟なら基地の人間の大半を抹殺できるくらいの戦闘力はあるのだ。SRT所属の肩書きは飾りではない。
かなめはクルツから無線機を奪うと、そのチャンネルを宗介の物に合わせた。
「こらソースケ! 何やってんの、とっとと戻って来なさい!」
『女のハダカを見た事は万死に値するのだろう? それを実行する』
「するな!」
『君は何も心配する必要はない。君の秘密はきっちり闇に葬り去る』
「だからするな!!」
確かにハダカを見られて怒り心頭な事は認める。確かに万死に値する事も認める。
だがそれは正確には「そうしたいくらい怒っている」のであって、本当に殺したい訳ではない。いくら許し難い事態でも、そのくらいの分別を忘れるほど我を忘れる事はない。
かなめは心底疲れた顔で大きなため息をついた。相変わらず、物の喩えや比喩の表現が通じない男である、と。

<秘密の中の秘密のダンジョン 終わり>


あとがき

まぁお読み戴ければお判りでしょうが、完全に趣味に走らせて戴きました。古典RPG「Wizardry」。そのネタ満載であります。でもきちんと注釈を加えているので、全く知らない方でもどうにか理解はできるかと。
これは元々「ハルシオン・デイズ」さん主催のアンソロジー本『理解不能な十人十色』に寄稿した物です。しかも注釈部分はわざわざ別紙にまとめるという親切な技も見せてくれましたし。まぁネットで掲載するにあたって多少文章を加えている物もありますけど。
以前期間限定でアップしていましたが、アンソロジー本が完売したとの事で、正式掲載する事に致しました。
当時は趣味に突っ走ったおかげで思いっきり浮きまくったとしか思いませんでした。予想はしてましたけどね(苦笑)。

最後に恒例ですが単語の意味を。ダンジョンはこうした地下迷宮を指す単語です。元々は「地下牢」の意味だったんですけどね。元祖RPG「Dungeons & Dragons®」くらいからかねぇ。地下迷宮的な意味に使われ出したのは。

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