『秘密の中の秘密のダンジョン 中編』
一方、マオは先頭に立ち、かなめをシャワールームに案内していた。
とはいっても、かなめもこの基地には何度か来た事があるので場所は判っているのだが、せっかくの行為を無下に断わる事もないと、案内してもらっている。
「……まぁ注意としてはそんなトコね。まあいい加減直してほしくはあるんだけど」
設備が古い上にだいぶガタが来ているので、シャワーがなかなかお湯にならない事を注意するマオ。
「けど、そういうのって直さないんですか?」
かなめがそう思ったのも当然だろう。直す技術も道具もそれらを持った人物もこの世には存在しているのだから。
するとマオは「しょうがないでしょ」と言いたそうにため息をつくと、
「できる事はできるわよ? けどここは曲がりなりにも極秘の軍事組織。気軽に修理屋さんを呼ぶって訳にもいかないでしょ。そもそも予算ないし」
別にかなめを批難している訳ではないが、ついつい口調が荒くなってしまう。
「確か日本の諺で……『医者の不養生』だっけ? そんなトコだと思って」
彼女達の仕事は地域紛争の解決。思想や程度はともかく戦闘行為が本業である。戦闘に関する設備や装備はすぐに充実させるが、それ以外の部分はおざなりになりがちなのである。
「でも残念でしたね」
かなめは自分の後ろを歩く、名前を知らないアジア系の女性隊員――制服がマオの物とは違うので、おそらく部署が違うのだろう――の残念そうな言葉に、
「確かに失敗と言えば失敗ですけど、あたしはこうして無事に着いてますから。う、うはははは」
ムダに心配されるのも心苦しいと、無理矢理空元気を出すかなめ。
「ちゃんと成功してたら、サガラ軍曹もずいぶんと楽になるでしょうに」
宗介が東京でかなめを護衛するため一学生として生活している事は皆知っている。緊急召集の時にも何時間も飛行機を乗り継がなくてもよくなるだろう。
「あ〜。ひょっとしてそのためにこのワープゲートを?」
「ち、ち、違いますよ! 誰があんなヤツの為になんか……」
頬染めてどもったかなめを見た一同のテンションが一気に上がる。かなめを取り囲んで真偽を確かめようと質問を浴びせ始めた。
その様子を背中で聞いていたマオも、一〇〇パーセントではないが、六〇パーセントくらいはそんな理由だろうと、見当をつける。
かなめ自身面倒見のいい性格だし、<ウィスパード>の知識とて平和利用なら歓迎もしよう。
「でも、ホントに大丈夫? どっか具合が悪いとかない?」
「大丈夫ですって。ほらほらこの通り」
かなめは狭い通路に気を使って腕をブンブンと振り回す。
「せっかく来たんだから、ゆっくりシャワーでも浴びてなさい。あ、でも日本人ならお風呂の方がいいのかな?」
マオは考えるが、あいにく日本式の浴槽はこの基地にはない。かなめは慌てて、
「い、いいですって。そこまで気を使わなくたって……」
「お風呂。温泉もいいですよねぇ。もう何年も行ってませんけど」
マオとかなめのやりとりにそっと入ってきたのは日本人の隊員だった。確かシノハラと呼ばれていたのは覚えている。
「日本のオンセンにはノゾキがつきものらしいですね?」
これまたかなめが名前を知らない西欧系の隊員が真面目な顔で会話に入ってくる。
「つきものじゃないですけど……クルツくんあたりはやりそうだなあ」
かなめの沈んだ言葉に、その場の一同がうんうんと力強くうなづいた。
「ウチのシャワールームは、その辺のセキュリティはちゃんとしてるから。死角なんてどこにもないわよ」
マオは自信ありげににやりと笑うと、かなめの背中をバシンと叩いた。


同時刻。
クルツは大きなくしゃみをすると、運んできた無線機と発信器などの装備品を召集したPRTのメンバーにも手渡し、堂々と胸を張って皆の前に立った。
集まったのはPRTの中でも、割と暇そうにしていたメンバーである。ちなみに他の選出基準は小柄で細身というだけだ。
傭兵出身のピーター一等兵とユージン二等兵とエドガー軍曹。アメリカ陸軍出身のパーシー伍長とトーマス一等兵。ロシア特殊部隊出身のフォマー伍長。これに宗介とクルツを加えた八人で調査をする事になった。
じゃんけんに勝って暫定的リーダーの地位を得たクルツは、わざとらしい咳払いをすると、
「え〜、これから我がパーティーは、未知の迷宮へと突入を敢行する。二人多いけどな」[※C]
変に芝居がかった口調に失笑がもれるが、彼は全く気にせず続ける。
「ともかく。注意する点はただ一つ。『気をつける事』だ。何があるか、何が起こるか判らないからな」
真面目に立っているPRTのメンバーはまたまた失笑するが、それをやっているようでできていない人間の方が圧倒的に多いのが現実だ。
だが、失笑はしつつも計器の点検や調整の手を休める者はいない。その辺りはさすがに歴戦の傭兵揃いの<ミスリル>だけの事はある。
準備が整ったところで、クルツが軽やかに宣言する。
「では作戦名『狂王の試練場』[※D]を開始する」
点検を終えた宗介は、額に上げていた分厚いゴーグルを装着する。このゴーグルはディスプレイも兼ねており、自分達の発信器の反応を元に書かれた地図がリアルタイムで表示されるようになっている。
宗介は耳に装着したレシーバーのマイク部分に小声で、
「アル、準備はいいな」
コールサインで呼ばれた<アーバレスト>は済ましたような口調で、
『問題ありません。いつでも行けます』
イヤホンから聞こえる「相棒」のそんな声に押されるように、宗介は地下通路に降り立った。
さっきよりは遥かにマシだが、まだ少々埃が舞っている。念のためにと粉塵用のマスクも装着する。
「おーい、ソースケ!」
上からクルツの呼ぶ声がする。何事かと思って彼の方を見上げると、
「その辺に『TREBOR SUX !』[※E]とか書いてねぇだろうな?」
「ウェーバー軍曹。『CONTRA-DEXTRA AVENUE』[※F]じゃないんですか?」
「おっ、君もこのネタが判るのか、結構結構」
パーシー伍長の言葉にクルツが親しげに笑う中、宗介は自分の周りをぐるりと素早く、それでいて注意深く観察したが、
「何もないぞ」
「……突っ込めよ、冗談なんだから」
そのまま穴に落ちてきそうなほどガックリとするクルツ。そんなクルツを無視して、宗介は逆手に持ったマグライトを点灯させた。
瓦礫や機械をどかした事により、さっき宗介が少し見た通路とは反対方向にも行ける事が判った。
だが宗介は自分の足跡が残る通路を進む事にした。そのまま薄暗い通路を、時間をかけて少しずつ注意深く観察しながら進んでいく。
すでに崩壊の影響を受けていないエリアに入っている。マスク越しでも感じる、埃臭くカビ臭い独特の湿った臭い。思ったほど埃が舞い上がらないのが救いだ。
やがて丁字路が見えてきた。右へ行くか左へ行くか。
宗介はしばし思案した後、右へ行く事にした。特に根拠はない。自分の後ろから来ていたトーマス一等兵に「左に行け」と命じ、またゆっくりと通路を歩いていく。
音らしい音もほとんど聞こえてこない。仮に聞こえてきたとしても通路に反響するので、その音源の特定はかなり困難だろう。
そこに、クルツが無線で話しかけてきた。
『おい、ソースケ。「もんすたあ・さぷらいずど・ゆう」って落書き[※G]はないか?』
「一体なんだ、さっきから」
少しムッとした感じで返答する宗介。
『だってよ。敵らしい敵もいねえし、ただ歩いてるだけなんて退屈きわまりないぜ』
「気をつけろと注意した人間の発言ではないな」
ぼそっと、しかし冷ややかに言い返すが、クルツの方は不満そうに、
『ホンット普通の通路だもんなー。ピット(落とし穴)も回転床もテレポート・トラップも一方通行のドアも見えないドアもありゃしない』[※H]
「よく判らんが、相当ヒマなようだな」
『軍曹殿。先程からのウェーバー軍曹の発言には、すべて出展元があります』
何故かいきなりアルまでが二人の会話に割り込んできた。
『一九八一年にアメリカで発売された「Wizardry」というゲームです。コンピュータRPGの古典かつ原点と言っても過言ではないゲームでありまして……』
「解説はいい。マッピングに手を抜くな」
饒舌な解説をぴしゃりと遮る宗介の発言。
ゴーグルのディスプレイにはまだマップが表示されておらず、これでは元の場所に戻る事も困難である。もっとも宗介は自分が通った道は総て記憶しているが。
『まだ表示する程でもないのですが、ご要望とあれば表示致します』
アルは宗介の返事を待たず、ゴーグルのディスプレイに現段階のマップを表示させた。確かにアルの言う通り、大して複雑な地図ではなかった。子供でも暗記できそうな程だ。
『昔は方眼紙片手にしこしこ書いてたもんだけどなぁ、マッピングって』
何かに懐かしむような、しみじみとしたクルツの発言。
『ああそれからアル。もんすたあ・さぷらいずど・ゆうって「落書きの」元ネタは「Wizardry」じゃねーぞ』
「『Monster surprised you』。怪物はあなたを驚かせました、という事だろう。そういったRPGにはつきものだと思うが?」
幼少から戦争漬けでゲーム等にうとい宗介だが、以前プレイしたオンラインRPGゲームのおかげで、その程度の知識は持ち合わせている。
『軍曹殿の訳は正しいですが、状況を考慮すると「怪物の不意打ちを受けた」と解釈するのが良いと思います』
例によってアルが横から口を挟む。
『怪物ですか? ここならさしずめネズミかクモってとこですかね?』
エドガー軍曹が無線で会話に割って入る。するとユージン二等兵も、
『こっちは巨大ななめくじが出ました。至急増援を!』
わざとらしい悲鳴を上げてゲラゲラ笑っている。つられてアルと宗介以外のメンバーも大笑いしている。
「ずいぶんと不真面目な気がするな」
『そんな事はありませんよ、軍曹殿』
ふと漏らした宗介の言葉に、律儀にアルが反応する。
『こうした閉鎖的な空間にいると、気分も閉塞してくるものです。そもそも何があるか判らない心境から生み出される恐怖のあまり、緊張し続けていては身体も持ちません。こうした適度なジョークを言い合うのは、恐怖とストレス解消に効果的です』
『おっ、イイ事言うじゃねえか』
フォマー伍長が言った言葉にまた皆が笑う。それを受けてクルツが真面目くさった調子で言った。
『どんだけ場数踏んでたって、怖いモンは怖い。怖いと感じるってのは感情があるから健全な証拠。怖さを感じなかったり恐怖に飲み込まれる方がよっぽどヤバイぜ。こんな冗談言ってられるウチが華だよ』
真面目ではあるが、それでもいつもの軽口を叩くような感じだったので皆一様に笑っていたが、その言葉に秘められた意味は伝わったらしい。一同はピタリと黙り込んでしまった。
(怖いと感じるのは健全な証拠、か)
宗介はクルツの言葉を反芻する。宗介は今まで戦場で戦い続けていて怖いと感じた事はほとんどなかった。
それは「怖いと感じる暇すらなかった」だけであり、自分自身恐怖を感じない人間とは思っていない。だが感情が豊かだとは決して思ってはいない。
(こんな俺は果たして健全と言えるのだろうか)
そう自問しつつ、宗介は探索を続けていた。


探索開始からすでに一時間が経過していた。
通路自体はさほど複雑ではないものの、思った以上に広範囲に渡っていた。もっとも、大半が行き止まりなので地図さえあれば迷う事は少なかったが。
アルから「一旦集合して下さい」という伝言を受け、宗介は出発地点に戻ってきていた。
そこには<ミスリル>の野戦服を着たかなめが待っていた。きっと誰かのを借りたのだろう。着ていた埃だらけの服は洗濯中だが、そろそろ乾く頃合らしい。
「はい、ソースケ。お疲れ様」
かなめからミネラルウォーターのペットボトルを受け取った宗介は、キャップを開けると中身を自分の頭にぶちまける。
(飲んでほしかったんだけどな……)
少々ムッとした目のかなめに睨まれ、宗介は「何かまずい事でもしたのだろうか」と口を引き結んで身構える。
一方濡れタオルで髪を乱暴に拭いていたクルツは、アルと有線で繋がっているパソコンのディスプレイを眺めていた。そこには自分達が歩いて作った地図が表示されていたのだ。
「思ったんだけどさ、これ、基地の下にまで伸びてんじゃねえかな?」
クルツはアルの方を見上げると、
「なあアル、こいつを基地の地図と重ねるってできねえか?」
『基地の地図データがありません』
どことなく申し訳なさそうなアルの返答に「ま、いいか」と呟くクルツは、
「それに姐さん達はどうしたんだよ。カナメをシャワールームに連れてったついでに、自分達もシャワー浴びてサボってんじゃねえだろうな?」
「あ、浴びてる事は浴びてるんだけど……」
かなめが申し訳なさそうに会話に入る。
「何かシャワーがかたっぱしから壊れちゃってて、ちゃんとお湯になるシャワーが一つしかなかったのよ。だから一人ずつ交替で浴びてる」
テッサに言っといた方がいいかな、と小さく呟くかなめ。
それに兵士である前に女性である以上、いつまでも埃だらけのままでいたくないという気持ちは判る。いくら南国の気候にあるメリダ島とはいえ、水だけのシャワーでは嫌な人もいるだろう。
だがかなめはその後で思い出したようにクルツを睨みつけると、
「……ノゾキに行くとか、言わないでよね?」
「行きたいけど行きませんから、そんな目で見るのは止めて下さい」
怖いのか変に固い言い回しで頭を下げるクルツ。だがそこである異変に気がついた。PRTのトーマス一等兵の姿が見えないのだ。
「あれ、トーマスの野郎は? まだ帰ってきてねえのか?」
「戻って来ていないのはトーマスだけではない。フォマーもだ」
参加メンバーを見まわしていた宗介も異変に気づいた。
「アル。トーマス一等兵とフォマー伍長のマーカーはどうなっている!?」
『それで皆さんに一旦集合するよう進言したのです』
アルはもったいつけたように間を置くと、話を続けた。
『実は、トーマス一等兵の発信器の反応が四五分ほど前から。フォマー伍長の物は三五分ほど前から途絶えているのです』
一同の顔に緊張が走る。
『もちろん無線機も繋がりませんでした』
「そういう事はもっと早く言え」
アルにいら立ちをぶつけるように宗介が怒鳴る。
しかし即座に救助を出す訳にもいかない。まずこの作戦に割ける人数が少ないし、下手に行ってはミイラ取りがミイラになるという諺もある。それなりに準備というものがいるのだから。
「まさか携帯電話みたいに『電波の届かない地域』にでもいるんじゃねえのか?」
無理矢理笑おうとして、そんな冗談めいた事を言うクルツ。
『普段の作戦行動で使用している無線機です。妨害電波が発生していない以上、その可能性は限りなくゼロに近いと推測します』
アルの言う事も一理ある。<ミスリル>で使っている無線機は独特の暗号がかけられていて盗聴がしにくくなっている上に、その電波自体も他の無線機と比べればかなり届きやすくなっているのだ。
それでも無線が途絶える可能性は充分予想の範囲内だが、発信器の反応まで消えてしまうというのはただ事ではない。発信器の電源を切るか発信器自体が壊れない限り、消える事はあり得ないからだ。
こういう任務で自分から電源を切るとも思えない。道に迷う可能性があるからだ。すると残るは……。
「……まさか、その人達に何かあったんじゃ!?」
かなめの顔色が一気に青くなる。自分が事件の発端と言えなくもないだけに、かなり責任を感じているのだ。
「発信器の反応が消えたのはどの辺りだ?」
宗介のその質問を予期していたのだろう。アルはすぐさまディスプレイの地図の一点を点滅させた。
その地点は、先ほど自分がトーマス一等兵に行かせた左の分岐点からほんの少し先だった。
『トーマス一等兵がその分岐点を通過して五分後に、フォマー伍長も同じ方向に向かっています』
アルの淡々とした合成音声がこの場の全員に言いしれぬ恐怖を与えている。
そして宗介の胸中にも、嵐のような後悔が押し寄せていた。フォマー伍長はともかく、トーマス一等兵にそっちへ行くよう言ったのは自分なのだから。
「軍曹。自分が行きます」
そう宗介に進言したのは携帯電話をいじっていたパーシー伍長だった。
「おいおい、そういうのはリーダーの俺に言うべき事だろう?」
クルツが不満そうにパーシーの前に立つ。だがエドガー軍曹を手招きで呼ぶと、
「念のためだ。二人で行ってくれ。ただし、連絡は欠かさないようにな」
「判りました」
二人は揃って敬礼し、再び穴の中に潜り込んだ。
そして、二人のマーカーもトーマス一等兵達とほとんど同じところでぷっつりと途絶えてしまったのだ。
ユージン二等兵とピーター一等兵もその後で現場に向かったが、やはり結果は同じであった。


「おいおいおい、何だよこの展開。安いB級ホラーじゃねえんだぞ、コラ! 本当にモンスターでも潜んでんのか?」
PRTのメンバーが次々と六人も消息不明。応答もない。クルツでなくとも苛立ってくるだろう。
「それに無線も発信器も壊れやがったってのか? マイルフィックが大暴走でもしたのか!?」
『関連性が薄い上に、ずいぶんとマニアックなネタですね、ウェーバー軍曹』
クルツの悪態にも律儀に突っ込むアル。
「そうなの?」
かなめの疑問にアルはどことなく得意そうに、
『マイルフィックとは「Wizardry」というRPGに登場するモンスターの事です。一九八五年に発売された日本のパソコン版では、たまにですが、登場した瞬間にパソコンが暴走して動作不能になるというバグがありまして。ファンの間で「マイルフィックの大暴走」と囁かれた逸話があるのです』
「確かにマニアックなネタね〜」
ファミコンのドラクエくらいしかRPGを知らないかなめにしてみれば「Wizardry」が「魔法」という意味の単語だという事しか判らない。
というより、なぜロボットであるアルがこんなマニアックな事を知っているのだろう。それに加え、こんなバグがあったのによく商品回収などの騒ぎにならなかったな、と的外れな疑問も湧いたが、それを口にするのは止めておいた。
「……こうなったら俺達で行くしかないな」
しばし考えた後、宗介はキッパリとそう言った。
「この基地のどこかに六人もの兵士を『消息不明』にできる何者かが潜んでいるのだ。通路が狭い以上大軍を送る事も重装備で身を固める事もできん」
こうした兵装の重装備というのは案外かさ張るし、狭い通路では動きにくいという状態が簡単に命取りになる。
「なるほどな。そうなると単独でも身軽で強いヤツが行かないとならないって訳か」
さすがにクルツも宗介の考えは理解できたようで、少々不満げな顔でそう答える。
この<ミスリル>でも最高の戦闘員と認められる特別対応班に所属する二人が行くしかない。
「アル。この事を至急大佐殿に報告してくれ。書式は任せる」
『了解しました。どうかお気をつけて』
宗介とクルツは軽く目配せした後、武器を取りに部屋へ駆け出した。


武器といっても場所が場所だけに、使える物はかなり限定される。二人が用意したのはサバイバル・ナイフとサプレッサー(減音機)をつけた自動拳銃、それにスタンガンのみ。
「ねえソースケ。あれ持ってかないの? スタン・グレネードだっけ?」
装備品を疑問に思ったかなめがそう訊ねると、宗介が冷静なプロらしく、
「確かにスタン・グレネードは密閉された空間で役に立つ代物だが、この通路では狭すぎる。閃光はともかく轟音でこちらも耳をやられかねん」
言われたかなめも「そりゃそうか」と納得する。
「人間の可能性は低いだろう。可能性があるとすれば、基地の外の野生動物がどこからか潜り込むケースだな。最悪、毒蛇や毒グモにかまれて身動きがとれなくなったのやもしれん」
蛇やクモの毒は、相手を直接死に至らしめるよりも細胞組織を破壊したり麻痺させるものの方が多い。このメリダ島にも何種類か生息している事は確認されている。
「けど、そんな強力な毒を持ったヤツなんていたか?」
クルツも頭をひねるが、さすがに判らない。
「……っとそうだ、アル。確かお前のメモリーの中に音楽ファイルがあったよな?」
何かを思いついたクルツが、唐突にアルに訊ねる。
クルツの言う通り「搭乗者をリラックスさせるため」という名目で、彼のメモリー内には最新のヒット・ナンバーが五〇曲ほど用意してあるのだ。
肝心の搭乗者である宗介がリクエストをした事などただの一度もないためか、アルの無機質な合成音声がどこか嬉しそうにすら感じる声で、
『有難うございます、ウェーバー軍曹。リクエストは何でしょうか?』
「あー、リクエストってんじゃなくて、俺達が地下にいる間、無線で流しててほしいんだよ。いくら何でもシーンとして真っ暗な中じゃ、BGMの一つも欲しくなるしよ」
『了解しました』
「俺にはやらなくていいからな」
ムスッとした顔でアルに釘を差した宗介は、三度地下に下り立った。

<後編につづく>


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