『想いの噛まないビジーボディー 中編』
そこでようやく話は本筋に戻る。
かなめ・恭子・瑞樹の三人は、宗介から少し離れた所で円陣を組み、ひそひそと小声で話し合う。
「カナメ。どうやってアイツに判らせるのよ。説明したってどーせ判りっこないわよ」
瑞樹が問う。それは、先程の会話から実証済である。
「でもさ。入口で待たせてたら、何かかわいそうだよ」
恭子が言う。男子禁制の催し物会場の入口でじっと待つ男子高校生。外で待っているだけなら確かに何でもない。それこそ何時間でも動かずに待っていそうだ。
が、彼の場合はまず入口で一騒動やらかしそうだし、同時に何かとんでもない事をしでかしそうで不安でならない。
頭の中で物騒な基準による「もしも」を想像し、勝手に思い込んだまま行動し、周囲を大混乱におとしいれる。彼が普段巻き起こす騒動の原因の半分くらいはこれだ。
「う〜。それが頭の痛いトコなのよ。何だってああも理解力とか洞察力とか適応力とかが乏しいのやら」
こめかみに人差し指をぐりぐりとやりながらかなめが悪態をつく。
「でも、あたしやミズキちゃんよりは、カナちゃんが言った方が絶対効果があると思うな」
恭子の発言に瑞樹もうなづく。
「という訳で、何かないかしらね?」
う〜ん、と三人揃って考え込む。
「あの戦争しか頭にないバカを説得なんてどうやれば……」
かなめがため息をついた時、いいアイデアを思いついた。
「そうだ。これならいいかも」
そう言うと、かなめは再び宗介に近づいていく。恭子と瑞樹はとりあえず事の成り行きを見守る事にする。
「ソースケ。あんた、ホントにあたし達についてくる気?」
「許されるのならな。しかし、男子禁制の場所なのだろう? それならば、俺は入口で待機するつもりだ。君に小型の発信機を渡しておく。何かあったらすぐにスイッチを押せ」
かなめは「やっぱり」と思いつつも、ややオーバー気味の演技で話し始めた。
「ソースケ。あんたのその気持ちを無下にするつもりはないわ。だけどね。例えるなら、これはあたし達の戦いなのよ。どんなに不利でも、誰の力も借りず、あたし達自身の力で勝利を勝ち取らないと意味がないのよ。もし、力及ばずに完膚なきまでに叩きのめされて敗北したとしても、あたし達はそれを粛々と受け入れる。その覚悟はあるつもりよ」
宗介は、かなめの芝居がかったそのセリフを真剣に聞いていた。
「とにかく、今回はソースケの力を借りる訳にはいかないの。それは……判ってちょうだい」
とどめとばかりに少しうつむいて、寂しさに耐えるような表情を見せる。
悲しくも凛々しい決意を胸の奥に秘め、今まさに「戦い」という名の修羅の道を歩まんとする一人の乙女。そんなイメージだ。
宗介もその様子を見て何かを決意したのか、
「……判った。君達の決意がそこまで固いのなら、俺は何も言わん。君達の勝利を願うのみだ」
相変わらず真剣なまなざしの宗介のその言葉に、三人は安堵の表情を見せる。しかし、かなめだけはすぐに元の表情に戻り「ありがとう」と呟く。
すると、宗介は「少し待て」と言い残して教室の外に出て行った。教室の外のロッカーの辺りでガチャガチャと何か音が聞こえる。
何をしているんだろう? と思っていると、手に何やら抱えて戻ってきた。抱えてきた物をドサッと机の上に置く。
置かれた物を見て、恭子と瑞樹は不思議そうに、かなめだけは呆れた表情で見ていた。
「相良くん。これ何?」
無骨なデザインの地味なチョッキを手にとった恭子が訊ねる。
「それは軽量防弾チョッキだ。そのモデルは四五口径の弾丸にも耐えうる性能だ。防弾だけでなく防刃・耐電性能も高い。生地がかなり薄いから、その上から服を着ても目立たないだろう」
普通の服と何ら変わらない厚さだ。確かに薄い。それは認める。
「これ……どう見てもスタンガンにしか見えないんだけど?」
「その通りだ。業務用五〇万ボルトの強力な物だ。比較的小型で扱いも容易。二〇〇ドル程で買える」
瑞樹が手にとったスタンガンを見て、そう説明する。
「じゃあ、こっちの懐中電灯みたいなのは?」
「フラッシュ・ライトだが? これはアメリカの警察でも使われている。これを相手の目に向かって点灯させれば、立派な目潰しになる」
「じゃあ、このスプレーみたいなヤツは……?」
「催涙スプレーだが。何か問題が?」
『……………………』
机の上にある「その手の」品の数々。一体これで何をしろと言わんばかりに呆然としている三人に向かって、
「戦いに行くのだろう? 訓練も経験もない素人でも簡単に扱えそうな物といえばこのくらいだ。これらが少しでも役に立つ事を祈る」
あくまでも「戦い」に行くと信じ、これらの装備をすすめる宗介。
「ねぇ相良くん。これって武器というよりも、チカン撃退の護身具とかじゃないの?」
フラッシュ・ライトをもてあそびながら恭子が訊ねる。
「肯定だ。素人は、つい攻撃したさに使えもしない強力な銃器を手にしてしまいがちだ。それよりも、まず自分の身を確実に守る事を最初に考えるべきだ」
言いたい事は、漠然とだが、何となく判るような気がする。
「今は手元にないのだが、FBIでも使われているマイオトロンを渡しておいてもいい。人間の運動皮質と視床下部からの脳波を遮断し、一五分程麻痺させるバルスウェーブを発する護身具だ。体内に数億もの鋭い針が走るような感覚を生じて、人間の運動を司る随意筋がコントロールを失い、これを受けた者は完全に戦意を失うだろう。厚手の服の上からでも使えるし、薬物中毒者にも充分有効だ。大きさもパソコンのマウス程度だから、携帯も容易だ。欲しいのなら仕入れておくが……残念だが、明日には間に合わん」
更に物騒な説明が彼の口から飛び出す。かなめ達は、ついその描写を思い描いてしまい、全身に言いしれぬ悪寒が走った。
行く手を遮る中年のオバサン達を催涙ガスやスタンガン等で蹴散らし、その隙に好きなだけ目的の物をゲット。
それでは、タダの過激な犯罪者の集団である。
そして、そんな想像をしてしまった事そのものに、三人の心は猛烈な後ろめたさと罪悪感で満ちた。
「どーすんの、カナメ。完璧に誤解してるわよ、あのバカ」
後ろから瑞樹が彼女の肩をつつく。
「素直に話した方が、まだよかったかなぁ……」
同じく後ろで恭子がポツリと呟く。
「はいはい。あたしがバカでした」
どうして彼とはここまで話が噛み合わないのだろう?
ガックリとうなだれ、疲れた表情を浮かべるかなめだった。いつもなら殴り倒している所だが、一気に脱力感に襲われる。
その光景を見た宗介が心配そうに、
「どうした、千鳥。何か、この装備に不備や不満があるのか?」
「この装備に不備があるんじゃなくて、こういう装備を持ち出すあんたの頭に不備があるんじゃないの?」
かなめの言葉に、瑞樹もうんうんとうなづいている。言われた宗介はどこからか鏡を出して自分の頭を見ている。
「……特に外傷は認められないが」
「中身の方だってば」
「中? 君は外から見ただけで内部の様子が判るのか?」
そう言いながら自分の頭をぺたぺたと触っている宗介。かなめの握り拳に次第に力がこもる。
「先程の武器といい、今といい、君には常人を超えた能力が……」
「皮肉だっつーの! いい加減判んなさい、あんたわっ!!」
一気に怒りが込み上げ、かなめは宗介の顎を蹴り飛ばした。


次の日。
Tシャツの上にNBAのレプリカ・ユニフォームを着て、さらに着古した黒のブルゾンを羽織り、肩にはお出かけセットを入れた小さな革のリュック。
更に、飾り気のない膝丈の巻きスカートに足元はスニーカーというシンプルかつラフな格好――もちろん動きやすさを重視した結果である――でかなめはマンションの部屋を出た。
すると、そこに宗介が立っていた。彼女は扉を開けたままちょっと驚いた表情を見せ、
「ソ、ソースケ。いきなり何なの? 何か用?」
すると宗介は無言のまますっと手を伸ばす。その手はかなめの肩をポンポンと叩く。
それから両腕を上げさせてから脇腹を軽く叩き、それから彼の手が叩きながらゆっくりと下に降りる。
「何すんのよ、いきなり!」
宗介の手が腰に来た所で、あっけに取られていたかなめが彼の頭をはたく。
「ボディ・チェックだが?」
「すんな! 暑苦しい!」
真面目な顔でそう言った彼を再びはたく。
「やはり思った通りだったか」
ため息交じりに彼女を見つめる宗介。自分の思い通りにならない不快なイライラ感にも似た顔つきだ。
「昨日俺が言った事を、なぜ実行しない。君達は戦いに行くのだろう? 武器の不所持については扱いの問題や日本の法律の問題もある。その事は大目に見るとしても、防具を何一つ持って行かないのは何故だ?」
「いらないわよ、そんなの」
「そうはいかん。君をわざわざ危険にさらす訳にはいかない。護衛対象を危険にさらすなど下の下だ」
「あんたは……!」
握った拳に力を込めて、もう一回宗介の頭をガンと叩いた。
「あのね。戦いって言ったのは単なる例えよ、た・と・え! タダの水着の展示会とケーキバイキングなんだから。ホントに武器持って戦う訳じゃないの。だから、そんな物はい・ら・な・い・の!」
不思議そうな顔をしている宗介に、ビシッと言い切るかなめ。さすがに宗介もその言葉を聞いてしばし考え込む。
「何よ。その不満そうなツラは? そこはかとなくムカつくんだけど。やめてくれない?」
かなめが彼の顔を覗き込む。すると、彼はどこからかあの時の防弾チョッキを取り出すと、
「君は、これらの性能を疑っているのだな。無理もない。四五口径拳銃といえば、素人にだって強力な銃だと判る。それが、こんな薄い生地のチョッキで防げるのかどうか、疑問を持つのは当然かもしれん」
やっぱり判っていない宗介のその言葉に、目を点にして呆然としているかなめ。
そんなかなめを無視してそのチョッキを持たせ、自分はどこからかごつい拳銃を一挺取り出した。
コルト・ガバメント四五口径。アメリカのアクション映画で何回か見た事のある銃だ。
宗介はその銃口をかなめの持つチョッキにピタリと合わせる。
さすがにその光景に寒気を覚え、
「ソ、ソースケ。あんた、何考えてんの……?」
「目の前でそのチョッキの性能を見せれば、君も納得して、安心して身につけてくれるだろう」
……ヤバイ。彼は本気だ。こんな薄っぺらい防弾チョッキ越しにあたしを撃つ気だ。……一応、性能は確からしいが。
そう考えたかなめは、いかにも取り繕った作り笑いを浮かべて、
「わー。そーすけがそこまであたしのことをしんぱいしてくれてたなんてうれしー」
小学生の学芸会の方が遥かにマシな棒読み口調で言うと、彼に軽く抱きつき、その背中をポンポンポンと叩く。
「じゃーあたしこれきてくるねー」
そう言って、かなめは冷や汗をだらだら流したままくるりと後ろを向いて、右手と右足を同時に出して部屋に戻って扉を閉め、しっかり鍵までかけた。
(…………?)
その場には、銃を出して首をかしげたまま硬直している宗介のみがぽつんと一人残された。
扉の向こうで、かなめは急いでリュックを足元に置き、ポンポンと服を脱ぎ捨てて下駄箱の上に放ると、上半身下着姿のまま、問題の防弾チョッキを手に取ってしげしげと眺める。
やはり、どう考えてもTシャツの下に着込むしかあるまい。Tシャツの上に防弾チョッキというのはかなめのセンスが許さない。
意を決して袖を通し、キッチリとボタンを止める。チョッキの裏地が素肌に擦れて少々違和感を感じるが、慣れれば気にもならないだろう。
いや。決して慣れたくはないのだが。
それから急いでTシャツとユニフォームを着込みブルゾンを羽織り直す。髪を軽く手櫛でささっと整え、自分の姿を鏡で確認する。
……うん。見た感じ違和感はない。
軽くその場で腰をひねってみる。
……特に動きにくい点はなさそうだ。想像していたより重さも気にならない。
「……よし」
かなめは今度こそ出かけるために部屋を出た。着ているのが判るのかは知らないが、宗介の方は、
「では、行ってこい。幸運を」
ぴっとこめかみを擦るような敬礼を送る。ここまで心配(?)しているのにもかかわらず「大丈夫か」とも「気をつけろ」とも言わない。
「……何か、心配の仕方が変なのよね、こいつは」
小さな声でボソッと言うと、彼女はマンションを出て行った。


かなめが新宿駅東口の交番前に到着したのは、集合時間を五分ほどオーバーしてからだった。
「ゴメンゴメン二人とも。待たせちゃって」
開口一番、素直に恭子と瑞樹に謝るかなめ。しかし、二人は怒らずに、
「まぁ、あたしもラブラブカップルのしばしの別れを邪魔するほどヤボじゃないわよ。『女の友情より男の愛情』ってね」
「相良くん、何か言ってなかった?」
瑞樹と恭子の興味津々なその視線に、少々ムッとした顔になる。
「何でそうなんのよ。いい加減にしてよ、ったく」
そう言うと、目的のデパートに向かってさっさと歩き出した。そんなかなめの後を、にやにやと笑いながら恭子と瑞樹が続く。
五分ほど歩くと、目的のデパートが見えてくる。時間の方は一〇時一五分。
しばしの間エレベーターホールで待っていると、少し経ってエレベーターが降りてくる。三人は他の客と共に乗り込んだ。
「で? 最初に水着の方から行くの?」
かなめが聞くと、瑞樹の方が少し考えるそぶりを見せて、
「ケーキバイキングから。水着の方は五時までやってるけど、ケーキバイキングは三時までしかやってないもん」
詳しく聞くと、ケーキバイキングは三時まで。それから二時間の下準備の後、今度は中華料理のディナーバイキングになるそうだ。
情報を仕入れてきて自信たっぷりといった感じの瑞樹の言葉に恭子が口を開いた。
「でも、ケーキバイキングって、確か十一時くらいから始まるんじゃなかったっけ?」
すると瑞樹はちっちっちと得意気に指を振り、
「甘いわね、キョーコ。今から人が列作ってるに決まってんじゃない。なんたって『セジュール・ハンプトン』のケーキよ。早めに行かなきゃろくろく食べれないんだから」
まるで熟練者のような瑞樹の態度。どうやら下調べは充分のようである。
そうこうしているうちにエレベーターは到着。三人はエレベーターを飛び出し「ケーキバイキングの行列はこちら」の看板を持つ女性店員目指して走る。
その女性店員は三人の姿を確認すると、
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「三人です。割引チケットもあるわ」
瑞樹が応対し、鞄の中から問題のチケットを取り出して店員に見せる。
「……はい。では、列の最後尾はこちらになっておりますので、そちらへどうぞ」
三人は彼女の手の指す方へぱたぱたと進んでいく。
かなめが最前列の方を見る。どうやら自分達より前に百人近く並んでいるようだ。席が空いているのかどうかちょっとばかり不安になる。
すると後ろの方から先程の女性店員の声が聞こえてくる。
「大変申し訳ございません。只今十一時よりのお席は一杯となっております……」
その声を聞いてほっと胸をなで下ろす三人。
「ふー。ギリギリセーフだったわね」
「これで間違いなく最初から食べれるわ」
かなめと瑞樹が何となく先頭の方を見る。自分達と同年代の人より、四、五〇代の中年のオバサン達が大部分だ。こうしたオバサンパワーの恐ろしさは三人ともよく知っている。
「いい、二人とも。こういうのはなめられたら終わりだからね。若さを生かして食べまくって、最悪でもモトは取るわよ」
意味もなく握り拳を作る瑞樹。変に気合いが入っているのがよく判る。
「もちろんよ、ミズキちゃん」
「こうなったら明日の分まで食べちゃおう!」
恭子とかなめもその意見に同意し、固く拳を握る。
三人の少女の気持ちが一つになった時、そこに確かに何かの結束めいた物が誕生した――ような気がした。
それから開始までの間にどんどんと列は伸びていく。自分達より後ろの人達は最低でも一時間は待つというのに。それが判っていても、そこを決して動こうとしない。
「後ろの人達、ずっとここで待つのかな?」
少し離れた階段の方にまで伸びた最後尾を見た恭子が呟く。それを見たかなめが、
「そりゃケーキバイキング目当てなら待つんじゃない? ここに並んでるあたし達が言っても説得力ないけどさ」
「そうそう。『セジュール・ハンプトン』のケーキが食べ放題だもの。一時間や二時間くらい待つ覚悟はあるわ」
瑞樹がもうすぐ開く扉を見て、はやる気持ちを押さえる。
「よし。二人に作戦を伝えるわ」
いきなり瑞樹が二人に小声で言った。
「まず、あたしとカナメの二人で、三人分のケーキを山ほど持ってくるから、キョーコは席を確保してくれない?」
「でも、あたし達までは席がちゃんとある筈でしょ?」
そののんきな恭子の答えを聞いた瑞樹が顔をしかめて首を振ると、
「あのね。どうせならケーキが並んでる所に近い席を真っ先に確保するのよ。その方が移動のロスも少なくて済むわ」
なるほど。確かにその通りだ。些細な事かもしれないが、些細な事が勝敗をわける事も世の中には数多い。
二人は瑞樹の意見を取り入れ、そのように行動する事を決意。瑞樹とかなめは自分の手荷物を恭子に預ける。
開始一〇分前になり、店員がプラスティックの篭を載せた台車と共に三人の所へやってきた。聞けば盗難防止の手荷物の預りだという。
三人は手荷物を渡し、引換証を受け取る。それと一緒に三つのネームプレートも渡された。
そのネームプレートは参加している証と、ケーキバイキング会場である屋上敷地内にトイレがないので、そのための再入場章も兼ねているという。帰りの会計の時に返却との事だそうだ。
やがて扉が開き、列が前に移動を始める。
三人の気持ちは自然に高まっていく。胸がわくわくする不思議な期待感と高揚感。
三人は、前でもたもたしているオバサン連中を追いこし、打ち合わせ通りに急いで屋上に散った。
恭子は席の確保。かなめと瑞樹はケーキがずらりと並んでいる仮設テントへ急ぐ。既に数人が早くもケーキを次々と持って行っている。
二人は大した苦労もせずにそこに到着。
そこには定番のショートケーキやチーズケーキを始めとして、フルーツのタルトにシフォンケーキ。ムース、ミルフィーユ、モンブランにガトーショコラ。果ては見た事のないケーキまでが所狭しと並んでいる。普通より少々小さめではあったが。
もちろん少しでも傷まないようにと保冷装置つきの大型容器に入っている。
極上のケーキの数々を前にして、かなめと瑞樹の目が輝いている。二人は心の中で「生きててよかった」としみじみと感動を噛みしめていた。
それから気を取り直し、当然そこにあるべき取り皿を探すが……どこにも見当たらない。後から来る他のオバサン連中は取り皿片手に次々とケーキを持って行っているというのに。
そうしてきょろきょろと辺りを見回している所に、三枚の取り皿を持った恭子がやってきた。
「はい、カナちゃん、ミズキちゃん。取り皿」
二人は不思議そうな顔でそれを受け取りながら、
「キョーコ。取り皿どこに置いてあったの? ここに置いてないんだけど」
かなめが首をかしげるが、恭子の方はクスクスと笑いながら、
「取り皿なら、テーブルの所に置いてあったよ」
その一言で、それまでのダッシュが無駄であった事を悟るかなめと瑞樹。
おまけに、無秩序な人だかりはデパートの店員によってきちんとした列になりつつある。仕方なく三人はとぼとぼとその最後尾に歩いていった。
なるほど。向こうもバカじゃないという訳か。

<後編につづく>


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