「Baskerville FAN-TAIL the 30th.」 VS. Royal Personage
とりあえず行くあてもなく、ふらふらと町の大通りを歩いていると、
「ナカゴ・シャーレン。あれは何だ?」
イダサインの指差す先には人垣があり、何かもめている声が小さく聞こえてくる。
「篭城事件の様だな」
センサーで遠くの音声をキャッチしたシャドウがそう答える。するとイダサインは、
「篭城か。捨て置けぬな」
彼はいつもと変わらぬ足取りで人垣に近づいていく。当然一同もそれを追いかける。特にナカゴは必死の形相で、
「で、殿下。いくら何でも危険です!」
「ナカゴ・シャーレン。治安維持隊員ともあろう者が、目の前の事件を見逃すのか」
確かにイダサインの言葉は正論であるが、既にシャーケンの町の警察官が、篭城犯と交渉——という名の押し問答をしている最中だ。
他所の現場にしゃしゃり出るのは明らかにマナー違反である。
その説明を受けたイダサインは「そうなのか」と納得はしたものの、
「だが、その手伝いくらいはしても、バチは当たるまい。たとえ他所の土地でも民が苦しむ様を放っておくのは忍びないのでな」
イダサインは人垣にすっと視線をやった。
するとどうだろう。たったそれだけで人垣が真っ二つに割れてしまったのである。
まさに彼の為に道を開いた。そうとしか表現できない事だ。
彼は開いた道を悠然と歩いて警察官の後ろに立つと、朗々とした声で犯人に告げた。
「我は魔界の械人の王子・イダサイン。速やかに人質を放し、己の罪を認め投降せよ」
その場に居合わせた全員がその言葉に驚いた。当たり前である。信じる信じないは別として、そんな人物がこんな所にいるとは、誰が思うか。
そして、その言葉に耳を傾ける犯人がどこにいるか。当たり前である。
「殿下〜〜〜〜〜〜」
ナカゴは顔面蒼白になり、頭を抱えてうずくまってしまった。これではどこが忍びの旅だと。同時に周囲の警察官達に「申し訳ありません」と平身低頭な態度で謝罪している。
「クーパー、どうしたらいい?」
「グライダさん。そう言われましても、次から次にアイデアが浮かぶ訳では……」
人質を心配そうに見つめるグライダの問いに、知恵者のクーパーも困っている。
「犯人が持って居るナイフは、先程我々を襲った暴漢の物と同じだな。刀身に傷付けた生物を麻痺させる呪いが刻み込まれて居る。今月の通信販売での売上は第一位らしい」
犯人が持っているナイフを観察したシャドウがそう言い切る。きっと自身の持つネットワーク機能で検索したのだろう。
「御負けに人質は其のナイフで傷付けられた様だな。身体が麻痺して居る」
「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」
急にセリファが高らかに叫んだ。占い用のカードを地に押しつけるようにして。子供の外見からは想像もできない大人びた声で。
すると地面の一部が一瞬で数メートルの高さにまで壁のように細長くそそり立った。
それよりわずかに遅れて上の方から何かがぶつかった音がする。
「何の音だっ!」
音に気づいた人々が空を見上げると、そそり立った壁の上の方に、投げナイフが突き刺さっていた。さらに注意深い人ならば、そそり立った壁と反対側のビルの屋上に、ナイフを投げた人物の姿がチラリと見えていた。
それが見えていた人物の一人であるシャドウは地面を蹴ってジャンプし、その細い壁の頂上に着地。さらに刺さっているナイフを引き抜くと「返すぞ」とばかりに投げつけたのである。
そのナイフは数秒前まで投げた人物がいた場所に狂いなく突き刺さる。
この一連の騒ぎに皆の注目が集まってしまい、肝心の篭城犯は完全に取り残された状態にあった。
その隙に辺りを伺いながらこっそり逃げようとする篭城犯の肩を叩く者が、一人。
「どこへ行く。逃げ場などどこにもないぞ」
いつの間に詰め寄ったのか。イダサインが篭城犯と対峙しているではないか。
朗々とした発言で、初めて篭城犯が逃げようとした事と、イダサインが対峙している事に気づく他の面々。
だがイダサインは何かを言いかけて口を閉じると、急に上を見上げる。
「ナカゴ・シャーレン。確か人界はあらゆる銃火器の所持・使用が禁止されていたな」
「は? ハ、ハイ!」
何の脈絡もない質問に一瞬ぽかんとしたものの、すぐさま答えを返す。
「それでは困るのだが非常時だ。理解してもらうより他はないな」
イダサインは篭城犯から離れ、背中の剣を自分の眼前に突き立てた。それから自分の両耳に手を添えるようにしたかと思うと、
がちゃ。
何と。イダサインの頭部が胴体から外れたではないか。しかもその頭を地面に突き刺さった剣の握りに被せる。すると、
ガチャガチャッ!
大きく分厚い刀身に亀裂が入り、弾けるように大きく広がった。亀裂は増え、裂けた刀身がねじれながら形を変えていく。
あっという間に赤い大剣は人の身体に変型してしまったのである。
それまであった青い身体も何かに変わっていく。腕が畳まれ、関節が縮み、足の裏から大口径の砲口が飛び出したそれを、赤い身体になったイダサインは悠々と担ぎ上げた。
「人界の警察官達よ。今すぐ市民達をこの場から可能な限り遠くに避難させよ」
何の権限もないのにそう命令するイダサイン。そう言いながら変型を終えた青い身体、名付けて二連ビームキャノンを斜め上に向けて構えた。だがその先には何も見えない。
人界では正規軍以外銃火器を所持する事を認めていない。魔界の治安維持隊だけは超法規的措置で所持は認められているが、無闇に発砲はできない。
いくら王子と言えども正規軍でない以上重大な法律違反。にもかかわらず警察官は彼の逮捕よりも彼の言った通り市民の避難を優先させようと動きだした。
これも人の上に立つ者のカリスマ性の力なのだろうか。
すると、ビームキャノンを構えるイダサインの隣にシャドウがスッと並んで立った。専用のビームライフルを構えて。
「其れだけでは恐らく足りぬだろう。僅かだが加勢する」
「助かる」
シャドウのビームライフルは周囲の精霊の力を取り込んで破壊力に変えるエレメントライフルと呼ばれるものだ。こちらも当然法律違反である。
「な、何をしようとしてるの?」
二人の行動が理解できない中、代表してグライダが訊ねた。
「隕石を召喚して此所に落とそうとして居る者が居る。其の為隕石を迎撃する」
シャドウのセンサーが、急激に軌道の変わった隕石の存在を感知した故の結論である。
そのシャドウの返答は、周囲をパニックに陥れるには充分だった。
その証拠に、ものの五分と経たずに、メインストリートから彼等以外の人影が消えてしまった。


隕石迎撃。そんな常識はずれな事に挑む、人型の二人、イダサインとシャドウ。
どちらも人間ではないから「人間業」では無理な事も可能かもしれない。という悠長な理論は当然成り立たない。
「いくら何でも無茶ですよ!」
イダサインの二連ビームキャノンとシャドウのエレメントライフルの威力を把握しているナカゴが絶叫した。
魔法によって隕石を召喚、目標に落とすという、極めて高度な魔法の存在はナカゴでも知っている。
隕石の大きさは術者の力量によるが、個人が持てる装備で迎撃できるとは思えない。
「ナカゴ・シャーレン」
こんな時にもかかわらず、イダサインは落ち着いた声でナカゴに話しかけた。
「隕石を目標の場所に正確に落とすには、ギリギリまで術で制御し続けなければならん。そのため、術者はこの近くにいる筈だ。探し出してほしい」
「わ……いえ、了解しました!」
彼女は手の中の携帯端末を素早く操作し、治安維持隊の全隊員にこの事を知らせ、最優先で探すよう通達。
クーパーとコーランは早速自分が使える探査の魔法を使い出した。
セリファもさっきとは別の占い用カードを取り出して、呪文を唱えている。
この状況で何もできないのは、迎撃能力も探査能力もない、バーナムとグライダの二人だ。
無論二人とも人間離れした力を持っているが、隕石の迎撃ができる程ではない。
だが、二人一緒でなら。
さすがに長年共に戦った仲間である。お互いの考えを見抜いた二人。
グライダの右手に黒い光の塊が、左手に白い光の塊が現れ、それらは共に一振りの剣となった。
右手が握るは炎の魔剣・レーヴァテイン。
左手が握るは光の聖剣・エクスカリバー。
その相反する力を持った剣の刃を力強く重ね合わせた。するとお互いに反発しあうように鋭い火花が散り始める。
バーナムは今着ているシャツを脱いで上半身裸になると、縦に裂けたような胸板の傷跡に指をめり込ませた。
すると胸板が蓋のように開き、彼の内臓がむき出しになる。だが心臓の部分にあったのは、臓器ではなく青白く輝く拳大の水晶玉。
バーナムはその水晶玉を鷲掴みにし、雄叫び上げて天高く掲げる。
「我! 今、水神・龍王に願い奉る! 我が声を聞き届け、我と共に戦わん事を!」
その言葉を聞き届けたかのように、水晶玉が一層強く輝いた。
その輝きの中で彼の身体が変わっていく。
全身の筋肉が盛り上がりながら、身体が一回り大きくなる。 
全身に鱗がびっしりと生え、両手両足の爪がシュッと鋭く尖った。
背中に大きな翼が生え、勢いよく尻尾が伸びる。
強い輝きが消えると、バーナムは人間の面影を残したドラゴンに変身していた。
その「変身」を初めて見たイダサインはさすがに驚きの表情を隠せなかった。
「龍人に変身とは。実に心強い。我の力を受け取るが良い」
龍には周囲のエネルギーを吸収し、自分の力に変える能力がある。それを知ってかイダサインは、隕石に向けていたビームキャノンの砲口を龍人となったバーナムに向けた。
シャドウもライフルの銃口を彼に向ける。
グライダも散った火花が作ったエネルギー弾をバーナムに投げつけた。
普段の彼だったら吸収し切れず破滅しただろうが、龍人となった彼にとってはちょうどいい援護だった。
その身に莫大なエネルギーを蓄えたバーナムは、翼を大きく広げて一気に空へ飛び上がる。小さな小さな点にしか見えない隕石に向かって一直線に。
全身に青白いオーラを纏ったバーナムは、体内でエネルギーを練りに練り、破壊力を増幅させながら隕石に向かう。
やがて普通の人間にもハッキリ見える距離まで近づいた。もう眼下に広がるシャーケンの町は何かの塊にしか見えない。
一方の隕石は、ちょっとした小屋くらいの大きさがあった。
もしこれが地表に激突したら、シャーケンの町は完全に消滅してしまうだろう。
バーナムはスピードをさらに上げ、練り切った「気」を自身に纏わせた。
彼の身体の硬度が増していく。鋼鉄を弾き返す龍の鱗。それすらも易々と破壊する幻の金属よりずっとずっと硬く。
「ウォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
一際高く吠える声と共に、隕石に体当たりをするバーナム。
龍人は見事、飛来した隕石を打ち砕いた。砕いた破片すら塵となって消えて行く。町に一辺の被害を及ぼす事なく。


『今回は情報を出せず済まなかった』
バーナム達が極秘理に属する、対人外生物用特殊秘密戦闘部隊バスカーヴィル・ファンテイルの指令を収めたDVDの映像に映るシルエットの主が、機械加工された音声でそう謝罪した。
『お抱えの占術士が隕石落下までは予測していたのだが、時間が全く読めなかった。それで指令を出す事ができなかったのだ』
そんな映像を観ている五人は、画面の中のシルエットにこれでもかとツッコミを入れたい気分をグッと堪えていた。
ちなみにバーナムだけは、龍人変化の反動で眠ったままである。
『今回のような「結果オーライ」の事態を極力無くすよう努める事と、今回の仕事料を増やすという事で、どうにか怒りの矛先を収めてもらえればと思う』
どこの誰かは未だ判らぬものの、あちら側も一応は謝罪の意志があるらしい。
結果として町に何の被害もなかったのだ。それは確かに喜ぶべき事である。
だが、その隕石を落としたとされる術士の逮捕はできなかった。
イダサインを襲撃しようとした魔界の殺し屋も捕まえる事ができなかったし、ナカゴ達治安維持隊も今回ばかりはいいとこなしである。
そのナカゴだが、魔界への帰路につくイダサインを見送りに行っていた。
その笑顔は要人警護というプレッシャーから解放された爽やかさに満ち満ちている。
だが、個人ではあらゆる銃火器の所持が禁止されている人界で、堂々とビームキャノンを撃つというただならぬ行動をしたのだ。
無論イダサインもその辺は覚悟を決めていたが、その判決は「人界追放処分」。
やった事から比べると信じられない程の軽い刑罰だ。
おまけに魔界の住人でありながら、シャーケンの町の「名誉町民」証まで授与された。
隕石迎撃による功と銃火器所持の罪を相殺した結果らしい。
「……あの、殿下。帰り際にこの様な事をお聞きするのはどうかと思うのですが」
「どうした、ナカゴ・シャーレン。忌憚なく申すがよい」
イダサインはそんな事態があった事など意にも介した様子もない。いつも通りだ。
「は。恐れながら。今回の人界の来訪の目的は、何だったのでしょうか?」
するとイダサインは「そのような事を聞くのか」と不思議そうな顔をしたが、例によって朗々と、
「理由などない。足が向いたから来た。それだけだ。ただの気まぐれである」
「き、気まぐれぇぇぇぇ!?」
ナカゴの絶叫が周囲の人間の注意を引きつけてしまった。
「あれ、ニュースでやってたイダサイン王子か?」
「そうだよ。間違いない。械人だ」
そんな声を上げながらやってくる人達に、一気に取り囲まれてしまう二人。
そんな状況にも全く頓着しないイダサインは、人々からの言葉を素直に受け、握手に応じ、サインまでしている始末。
隕石迎撃の報道はまさしく全世界に流されている。そのどれも人界での銃火器所持違反より王子自ら迎撃指揮を執った行動を讃えるものだった。
自らを讃える人々に取り囲まれるイダサインが、これまた朗々とした声でキッパリと言った。
「うむ。何だか知らぬがとにかく良し!」

<FIN>


あとがき

いきなり偉い人が来る。これほど色々な意味で困る事もなかなかありません。凄い人・偉い人ほど身に降りかかるプレッシャーは相当なものとなる事は間違いありません。
一組織のトップとはいえ立場的には中間管理職とあまり変わらないナカゴさんには不幸続きかもしれません。
しかし前回と出だしが全く同じになってしまったのは反省モノですね。
今回の「Royal Personage」というサブタイトルには“やんごとないお方、高貴なお方、王族”という意味があります。なぜこの単語なのかお判りですね?

この話をもって「ハナヂミール商店」さんの《のんぽり進化論》に投稿分は終了になります。掲載期間が空いた時期もありましたが1994年から2011年までの17年間お世話になりっぱなしでした。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
基本的に1話完結で1エピソードを語るスタイルですから、終わるのも再開も気軽です。
……一応止めるつもりはありませんよ?

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