「Baskerville FAN-TAIL the 28th.」 VS. Mannequin
「……伝え聞いた話なので、正確さに欠けていたり、誇張されていたりするとは思いますが」
その場の誰もが、そう締めくくったクーパーの話を静かに聞いていた。
互いを思いながらも結ばれる事なく散った若い二人に涙する者までいた。
既に運ばれている料理は少し冷めてしまっているが、そこに冗談めいて話を振れる雰囲気でもない。
そんな雰囲気の中に、電話で呼び出されたグライダ達が到着したのだ。その異様とも言える雰囲気を、電話してきた野次馬から聞いたコーランは神妙な面持ちで呟いた。
「こうした武器には血なまぐさい謂れがあるものだけど、そういう話は珍しいかもしれないわね」
そこで、野次馬の誰かから質問が飛んだ。
「そんな刀を何で神父さんが持ってんだよ」
確かにもっともな疑問である。その逸話にクーパーは出てきていないのだから当たり前である。
するとクーパーはその野次馬ではなく、むしろ宋朝に向かって答えた。
「ずいぶんと前に、その刀を奉納した寺院が火事に遭いまして。復旧の手助けに行った事があったのですよ」
しかしその手は外した柄を元通りにつけ直す作業をしている。彼はその手を止めぬまま、
「その時に火事場泥棒を撃退したのですが、今まで使っていた刀が折れてしまいまして。撃退の礼にと譲り受けました」
その理路整然とした答えに周囲から「そうだったのか」と納得の声が漏れる。
「今ではボクの愛刀と言っても言い過ぎではありませんが、この刀に固執しているつもりもありません」
鞘を元通りにしたクーパーは、彌天太刀を元のように袋に戻し終えると、宋朝の目を見て厳しい表情で口を開いた。
「ですが、それでも名を騙るような方にお渡しする事はできません。お引き取り下さい」
口調自体は優しい物言いだが、そこにはこれ以上ないくらいの強い拒絶の意志があった。
周囲の野次馬達も「これは神父さんが正しい」という雰囲気になってきている。
そんな雰囲気に割って入ってきたのは、ずっと外で待機していたシャドウだった。表情がないので分かりにくいが、かなり慌てた様子に見える。
「此処から九百メートル程先が騒がしい。其れに悲鳴も聞こえた」
『悲鳴!?』
シャドウのいきなりの言葉に皆が驚きの声を上げる。しかしシャドウが嘘や冗談を言う性格でない事は承知している。本当に何かがあったのだ。
そこへ続いて飛び込んで来たのは肩から激しく出血している中年の男性だった。彼は神父の格好をしているクーパーを見て、
「たっ、助けて下さいっ! 変な人形みたいなヤツがいきなり斬りかかって来て……!」
その言葉に驚くが、クーパーはすぐキッと鋭い真剣な表情となり、その男の肩に両手を当てた。そしてそのまま目を閉じる。自分の両手が血まみれになるのもお構いなしだ。
やがて彼の両手が優しく淡い光を放ち出す。一般に「神の奇跡」と呼ばれる傷を塞いでケガを治す魔法だ。
本来は大金を積まねば施してはもらえないだけに、実際の様子を見るのは初めての人間が多い。
クーパーの手がそっと離れた時には、傷そのものは少々の痕が残るのみで、完全に塞がっていたのだ。さすがに切り裂かれた服は血に塗れ直らないままだったが。
食堂の誰かが差し出した濡れタオルで血まみれの手を拭くクーパー。男はハッとなって治療費とばかりに自分の財布を丸ごとクーパーにうやうやしく差し出すが、彼はその財布を手で押し返す真似をして断わると、
「それよりも、どうして貴方がそんなケガをしたのか、詳しいお話をお願い致します」
その中年男性が言うには、何の前触れもなく急に空から降って来た細身の変な人形のような物がいきなり斬りかかって来たと言う。
その動きはとても素早く、いや、素早いなどというものではなく、あっという間に十数人が斬られていた。
自分にはしつこく向かって来なかったのでこうして逃げられたが、何度も斬りつけられた者もいたらしく、もしかしたら死んでしまった人がいるかもしれない。
クーパーはもちろん、バーナム達とてそんな話を聞いて穏やかでいられる訳もない。
「行ってみましょう。これ以上被害を出す訳にはいきません」
バスカーヴィル・ファンテイルの再出動である。五人(と背負われて寝ているセリファ)は急いで店を出て駆け出した。


彼等が見た物は、目撃情報通り「細身の変な人形」であった。動くマネキン。形容するならばそんな言葉がしっくりきた。
『……ホウ。マタジャマスルキカ』
ロボットのシャドウより遥かに劣る合成された機械声が、そのマネキンから聞こえた。
「またって、どういう事!?」
さすがに町の中なので剣を出さぬままグライダが訊ねる。するとマネキンはわざとらしく格好つけたポーズを取ると、
『コレヲミレバオモイダスカナ』
マネキンの両手には、盾のような物が握られていた。それを見たシャドウが、
「成程。先程仕留め損ねた甲冑人間か」
マネキンが持っているのは盾ではなく、先程戦った騎士の装甲。バラバラにされた装甲板を盾のように構えている事。
シャドウの優れた分析力がそう見抜いた。
その言葉に急いで構える一同であったが、マネキンの姿があっという間にかき消えた。
そして再び同じ場所に姿を現わした時。全員身体のどこかに斬り傷がついていた。
『ホウ。ヨケタカ』
マネキンの盾に赤い液体が。それは血だった。それも彼等の(シャドウは違うが)。
「高速で移動しての斬撃か」
マネキンを睨みつけたままシャドウが呟く。
「み、見えた!?」
斬られた腕を押さえて驚くグライダ。
「かろうじてな。けど、ちょっとこっちから仕掛けられるスピードじゃねぇ」
頬を伝う血を指で払うバーナム。
「細いだけに相当身も軽そうね」
金属並の高度を持つマントがスッパリと斬り裂かれ、表情が凍りつくコーラン。
「ですが、戦えない訳ではありません」
鎖帷子を仕込んだ神父の礼服に切れ目が入ったクーパーが、袋から刀を取り出しながら、
「あのスピードで動いて隙を突いた割に、ボク達は致命傷を受けていません。つまり彼の攻撃力はそこまで高くないという事になります」
こうした多対一の戦いの場合、少ない手数で少しでも敵の人数を減らしておくのがセオリーだ。
目にも止まらぬ速さで動けるのなら、いくらでも隙を突いて致命傷を追わせられる筈だからだ。姿の見えない相手に次々仲間が殺されていくというのは、相手にとって最も強いプレッシャーを与えるからだ。
「あのマネキンはスピード以外は使い物にならないくらいに、スピードのみに極めて特化した戦闘兵器の素体でしょう」
クーパーは近づいて来たら即斬り捨てると言わんばかりに、いつも通り抜刀術の構えを取った。
「……そして、対魔法防御能力の高い装甲を纏って研究所で暴れた。破壊か脱走かは分かりませんが」
外部からの侵入や攻撃が極めて困難でも、内部からなら脆いケースは多い。
『ゴメイトウ』
マネキンはダンスでも踊るようにクルクルと回って、かつオーバーなリアクションまでつけて驚く仕草を見せると、
『スピードニトッカシスギテギャクニツカエナイッテ、ハイキショブンケッテイナンダトヨ。フザケルナッテンダ』
その粗悪で平坦な合成音声が、どことなく淋しげに聞こえたのは、同じ戦闘用兵器として作られたロボットのシャドウだけだろうか。
「其の気持ちは理解可能だが、目標物でも無い人間を傷付ける事は、許される事では無い」
そのシャドウの右腕から剣の刃がジャキンと飛び出す。続いてバーナムも大地に踏ん張って拳法の構えを取ると、周囲に集まり出した野次馬達に向かって、
「野次馬は退いてな! こっちは敵味方仕分けるほど器用じゃねぇぞ!」
バーナムの怒鳴り声に、彼を知る町の人間は我先にとその場から逃げ出した。
「グライダさんはコーランさんと共に下がっていて下さい」
抜刀術の構えを取ったままのクーパーの言葉。それに異を唱えようとしたグライダだが、
「その腕では戦いになりませんし、貴女のスピードではマネキンに追いつけません」
言い方は優しいが辛辣なほどの冷静な分析に、コーランの手によってグライダは下がらせられる。
「スピード特化って事は、その分装甲は薄い。一発デカイの当てりゃこっちの勝ちだ」
素早く周囲の気を吸収し、練り上げたバーナムはそう叫ぶと、突き出した右手から莫大なオーラを立ち昇らせる。
「いでよ纏竜(てんりゅう)!」
彼の背後に宙に浮かんだ青白い半透明の竜が姿を見せる。
『サッキヨリハヤイナ』
先程マネキンの着ていた装甲を力押しで粉砕した技。四霊獣龍の拳・龍纏(りゅうてん)。自身のオーラで竜を造り出し、使役する技だ。
一度やって何かしらのコツを掴んだのだろう。マネキンの言う通り先程の半分以下のスピードで現れた。
纏竜と呼ばれた竜は無言で吠えると一気にマネキンに迫った。その速度はさすがに神の眷属だけの事はある。まさしく「神速」だ。
だがそれもトップスピードに乗れば、である。マネキンの初速の方が遥かに速く悠々と避けられてしまう。
『オソイオソイ』
そんな言葉が聞こえたかと思った瞬間、バーナムとクーパーの身体に痛みが走る。またマネキンに斬られたのだ。
身構えていた筈なのに目で追えない速さ。まさしくスピード「特化」し過ぎの言葉は伊達ではない。
しかし転んでもタダで起きるつもりはないバーナムは、痛みを堪えてそのまま竜を操り、自分達の周囲を大きくグルグルと飛び回らせる。まるで結界のように。
「バーナム。竜をそのまま回らせていて下さい」
クーパーは珍しく腰のベルトに無理矢理刀をねじ込むと、右手でゆっくりと引き抜いた。そして両手でしっかり柄を握ると、すっと真上に振り上げた。剣道でいう「上段の構え」と呼ばれるものだ。
竜が自分を攻撃して来ないと分かるや否や、マネキンは刀を振り上げたクーパーに襲いかかる。目で追えない「超神速」から次々と連続攻撃が繰り出されていく。
だが。威力自体は大した事がないとはいえ、自分の服や頬が斬り裂かれているにもかかわらず、クーパーは微動だにしない。それどころかそっと目を閉じる有様だ。
『ブキヲモッテテモナニモデキナキャイミガナイナ』
明らかに嘲る口調だが、「超神速」での移動の為かさっき以上に聞き取りにくいマネキンの声がする。しかしクーパーは冷静なものだ。
「先程の宋朝さんにした話で、思い出した事があります」
目を閉じたままの彼は、自分を心配するグライダ達に、何より自分に言い聞かせるように、ハッキリと言った。
「ボクの武器は石井岩蔭流剣術ではなく、この刀・彌天太刀なんだという事を」
その時だ。クーパーが振り上げたままの刀の刃が静かな光を放ち出したのだ。
日の光の反射では絶対にない。星がまたたく満天の空を思わせる、静かで控えめだが確かな明るさを持つ輝き。そう。刀の名である「彌天」そのものの光である。
クーパーは唐突に何もない筈の目の前の空間めがけてその光る刀を一気に振り下ろしたのだ。
足の踏み込み。体重移動。振り下ろす角度・速度・力配分。そのどれもが「理想」に完全に合致した。
一秒後。彼の右後方と左後方で、がしゃっと何かが落ちる音がした。
それは「超神速」で動いていた筈のマネキンだった。それも全身が綺麗に縦半分に斬り裂かれて。
高速移動の名残りのようにビクビクと手足を動かしていたが、それも唐突にカクンと止まった。電池切れを起こした玩具のように。完全に機能を停止したのだ。
何ともあっけない幕切れに、クーパーを除くメンバーはぽかんとして言葉をかける事すら忘れてしまっていた。
そうして緊張が解けた為か、バーナムが造り出した竜は姿を消す。すると追いついていたのか逃げ出さなかったのか、宋朝が呆然と立っていた。
その目は刀を振り下ろしたままのクーパーを凝視して。
「……今のはもしや『魂刀(こんとう)の唐竹(からたけ)』では……!?」
「な、何なの、それ?」
初めて聞く単語に反応したグライダが、宋朝に訊ねる。
「私の国では、どの剣術でも真上から真下に一直線に刀を振り下ろす事を『唐竹』と呼ぶのだ」
宋朝はようやく輝きの失せた刀をゆっくりと収めるクーパーを見つめたまま、話を続ける。
「魂刀もそうで、剣と己の魂を一つにするほど集中させる事により、刃が極限まで研ぎ澄まされると言われている」
心・技・体の三つを鍛えに鍛え上げた達人の中の達人のみが、初めてその片鱗を知る事ができると云われている、流派を問わず伝えられる究極の剣技。彼はそう説明した。
あまり分かりやすい説明とは言えないが、クーパーが何かとんでもない高等技術で敵を斬った事だけは分かった。
ようやく刀を収めたクーパーは、そのままの姿勢で放心状態のように立ち尽くしていた。
「おい、大丈夫かよ」
バーナムが荒っぽく背中を叩いて声をかける。やや遅れていつもの笑顔を見せると、
「これで依頼完了、ですかね」
地面に放ったままの袋を拾い上げると、袋の中に刀をしまう。
するとクーパーの目の前に慌てて駆けて来たのは宋朝である。彼はクーパーの足元に額を擦りつけるように平伏すると、
「あなたの剣、確かに拝見致しました。日本刀究極の技『魂刀の唐竹』。魂で物を斬る。それを初めて目の当たりにした気がします」
日本刀の刃は他の刀剣類と比べても遥かに細い。しかしその切れ味は世界最高峰とまで云われる鋭さだ。
それを生み出すのは使い手の魂と刀に込められた魂との調和と共鳴。それゆえに「魂で物を斬る」。
「そして、彌天太刀があなたの元にあるのが相応しい事も」
優れた使い手ほど優れた武器の力を引き出せる。その言い伝えは真実。
その言葉を胸に刻んだ織田宋朝。
そして彼は、来た時とは別人のような晴れやかな顔で皆に一礼すると、踵を返して去って行く。その様子には彌天太刀に対する未練や執着などこれっぽっちもない。
「こっちも終わったみたいね」
コーランはぽつりと呟くと、背負ったままのセリファが身じろぎする。
「……どーしたの、コーラン?」
まだ半分寝ぼけているようなセリファを見たバーナムが、
「このガキ。これだけやってる中でグースカ寝てやがったのかよ」
その言葉にグライダがゴチンと拳でバーナムを殴りつける。
「しょうがないでしょ。身体は子供なんだから。それに一晩中起きてた訳だし」
それからグライダはコーランに向かって、
「今度こそ家で寝よ。無駄に疲れちゃった」
眠ろうとした時に騒ぎに呼ばれ、しかも何の活躍もできなかったのだ。愚痴を言うのも無理はない。
「俺も放り出して来たメシ食お。片づけてねぇだろうな?」
家路についたグライダ達とは違う方向にバーナムもとぼとぼと歩く。その背中を見送る形になったシャドウは、歩き出そうとしたクーパーに小声で訊ねた。
「十三代目織田勘亭が死んだのは、もう二百年は昔の話らしいな」
「……そうみたいですね」
「彼等が眠る寺院は、刀が奉納された直後に消失したと記録が有った。では御前は二百年も前に火事場泥棒を撃退したのか?」
「……さあ、どうでしょう」
どこか怪しむようなシャドウの態度に、クーパーは飄々とした笑みを浮かべている。
そこに、やや離れた所からセリファの大きな声が。きっと起きたのだろう。その声が二人の間に走った緊張感を破壊してしまった。
「クーパー。ごはん食べよ〜〜!」

<FIN>


あとがき

「the 28th.」。お届け致しました。
この話はクーパー、それも彼の日本刀・彌天が話の中心でした。日本という名前が出て来ないのに“日本刀”として良いのかというツッコミはさておき、彌の字は弥の正字です。間違えてる訳じゃありませんよ?

『the 6th.』でも彼の刀の事に触れていますが、この設定だけは初期から全くブレておりません。珍しく。むしろ「ようやく書けた」くらい間が空いてしまってますね。
でも今回の話は全体的に結構いじってますね。特に刀作りのところ。意外と刀作るのって時間かかるんだ(汗)。
少しは調べてから書きなさい。そういうツッコミが聞こえて来そうです。素人とはいえその辺に手を抜いてはイケナイ。という事ですな。
それから「彌天」ですが、正確な意味は「空いっぱい」「満天の」。劇中とは微妙に違いますがツッコミはその位にして戴けると有難いです(^_^;)。

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