「Baskerville FAN-TAIL the 26th.」 VS. KASOGO
それから七人総出でのカプセル探しが始まった。
外見を知っているミンカはともかく、それ以外のメンバーはそれすらも判らないのだ。当然作業は難航した。
クーパー、コーランはとりあえず探査の魔法。シャドウは自身に搭載された全レーダーを駆使してはみたが、広い範囲を探せないためか未だ発見されていない。
「……本当にここでイイのか、オイ?」
作業を完全に投げ出したバーナムが毒づいたのは、一同に諦めムードが漂い始めた時だ。
「セリファつかれたよぉ」
セリファがその場にペタンと座って、眠そうに目を擦っている。
高かった日もすっかり傾き、あと数時間もすれば完全に日が沈むであろう時。
「確かに疲れたままでは効率も落ちますね」
クーパーはそばにいたミンカに声をかける。
「状況の切迫さは理解していますが、一旦休憩を取った方がいいですよ」
しかしミンカは作業を止めようとはしない。その背中には、何としてでも探し出したいという決意が強く表れている。
それはクーパーにもよく判っているだけに、強く止める事もできなかった。
仕方ないと小さく息を吐くと、彼は一旦皆と合流する。
「しっかし、これだけ探して無いって事は、ココじゃないんじゃないの?」
非常食にと持って来ていた乾パンをパクつくグライダ。もちろんその隣ではセリファも真似をするかのように同じようにして乾パンを頬張っている。
「其の可能性も捨て切れぬな」
シャドウが相変らず周囲を見回して短く答える。
だが、ミンカが皆を担いでいるとは思えない。あの真剣な表情は、演技では決して作れないからだ。
「……そのナントカいうじーさん、ボケてんだろ? それで落っことした場所間違えてんじゃねぇのか?」
「……何か、だんだんそんな気がしてきた」
バーナムの投げやりな言葉にグライダの気持ちがそちらに傾き出した。
そこへ、ヘトヘトになったミンカがやって来た。彼女はグライダが差し出した乾パンを無言で受け取って口に放り込むと、
「皆さん、ご協力有難うございます。でも、もう結構です。これ以上ご迷惑はかけられません」
「そんな事言わないでよ、ミンカさん」
傾き出した気持ちが反転。グライダが間髪入れず励まそうとする。
「そのカプセルが割れたら、とんでもない大津波が起こるんでしょ? だったらこっちにだって関係ある事だし。他人事じゃないよ」
頬一杯に乾パンを詰めたセリファも、グライダの言葉にかくかくとうなづいている。
「ミンカさんも少し休んで、力一杯やってみようよ。有名な人のお弟子さんなんでしょ?」
彼女を励ますグライダの言葉。だが、
「でも、私の力なんて、たかが知れたものです。大した事はないんです」
ミンカは強く思いつめたような、暗く沈んだ無表情を浮かべている。
「ボケる前の師匠——おじいさんは『お前は立派な魔術師になれる』と言っては下さいましたが……私には魔術師の才能がないみたいです」
偉大すぎる人物が身内にいるとそれだけ大変という事か。あいにくグライダ達にはそういう経験はないが、その気持ちを判らない訳ではない。
「魔術を学んで十年近くになりますけど、まだ基礎課程すら終了できない有様ですから。ですから『カソゴ師のお孫さんなのに』と蔑まれる事ばかりで」
ミンカは自虐的に小さく笑う。それを見たグライダはミンカに聞こえないように、こっそりとコーランに尋ねてみる。
「それってそんなにダメなもんなの?」
「確かに遅いけど、ダメっていう程のレベルまではいかないわね。純粋な人間ならむしろ早いくらいよ?」
元々魔力を持たない人間と、先天的に魔法を扱える種族との差はそれほど大きいのだ。コーランはミンカを上から下まで観察するよう眺めると、
「でも、純粋な人間にしては、彼女結構な魔力持ちだし、ひょっとして……」
そこへバーナムが割り込むように口を開く。
「実力があろうがなかろうが、やらなきゃならねぇんなら、やるしかねぇだろ。グダグダ泣き言言ってんじゃねぇ」
「そうですね。先程も言いましたが、探す事しかできないのなら、まずそれをやりましょう。力を落とさないで下さい」
クーパーも優しくミンカを励ます。
他のメンバーも、口にこそ出していないが同じ気持ちだった。
見ず知らずの人達が、ここまで協力をしてくれているのだ。自分が頑張らなくてどうするのだ。ミンカの胸中は暖かい思いで一杯になる。
彼女は足元に落ちていた小石を拾い上げ、
「判りました。もう少しお手伝いをお願いします」
そう言うと、景気づけとばかりに拾った小石を対岸めがけて力一杯投げつけた。
その石は十メートルほどの川幅を飛び切って、対岸の草むらの中に消えた。
コンッという小さな音と共に。
その対岸から勢いよく飛んで来た物があった。とっさにバーナムが手で弾く。だが、
「ぐああっ!」
逆に彼は手を押さえてうずくまってしまった。押さえた手の隙間から凄い勢いで血が垂れ落ちている。
その光景に皆が驚く中シャドウ一人が冷静に、
「飛んで来たのは水だ。不用意に受け止めればバーナムの二の舞だぞ」
「水!?」
シャドウの言葉に一同が「そんな馬鹿な」と言いたそうに驚く。
「今ミンカが石を投げたな。その石が当たったのが件のカプセルの様だ。其れらしい球体に至極小さな穴が開き、其処から水が飛び出して居る」
対岸を綿密に観察していたシャドウの言葉。
彼のカメラアイには、艶のない銀色のカプセルが写っていた。それがミンカの探すカプセルであろう事をすぐ理解した。だがすぐにクーパーは、
「高圧縮の水であれば話は変わってきますね。ウォーターカッターの原理と同じですから」
彼が言うように高圧縮の水は、強固な鉄板すらやすやすと穴を開けてしまうだけの威力がある。
それを安易に素手で受け止めたら、バーナムのようになるのは明らかだ。
「大洪水を封じ込めたカプセルに、ほんの小さな穴が開いて、その穴から洪水が漏れたって事?」
「そんなところでしょうね。水は小さな穴から出ようとすると圧力が高くなって遠くまで飛ぶようになるしね。水鉄砲みたいに」
グライダとコーランの会話で、さすがに驚いていたミンカも我に返った。
「それじゃあ、さっきの石のせいで……」
探し物が反対の岸辺だったというミスに加え、自分自身がさらに事態を窮地に追い込んでしまった。自分がしでかした事の重大さを理解してザッと血の気が引いている。
ミンカはそのままへなへなと座り込んでしまう。そこにグライダが、
「何してんの? 早く何とかしないとならないんでしょ!?」
右手に愛剣・レーヴァテインを出現させてミンカに訴えるが、彼女は血の気が引いた顔のまま震えているだけだ。
そんな彼女をチラリとも見ずに、バーナムが手を押さえながら立ち上がる。まだ血は止まっていないのに。
「ビビって腰の引けた奴なんざ、盾にもならねぇよ。すっこんでな」
いくら口の悪いバーナムでも、ここまでストレートに悪し様な事を言うのは珍しい。それに少し驚いたコーランは周囲を見回して、
「……今はまだ小さな穴で済んでるけど、穴が大きくならない保証はないわね。確かに早く何とかした方がいいけど……」
幸い巻き込みそうな物は大してない郊外だが、中の大津波をどうにかしなければ、誇張抜きで町が危険だ。だが、その方法が思いつかない。
たとえ同じカプセルがこの場にあったとしても、その大津波を封じ込めるような芸当が自分にできるかと言えば、正直微妙だ。得意分野の差もあるが、それだけ高度な術なのである。
「とりあえず、結界を何重にも張って凌ぎましょう。時間稼ぎにはなります」
クーパーの言葉に、コーランも「それしかないか」と言いたそうにうなづき、呪文を唱え出す。
やがてカプセルを中心とした青白いオーラでできたドームが完成する。結界ができたのだ。
「ねえ、バーナムの拳法って龍が力の源なんでしょ? それって確か水の神様なんだし、津波くらい何とかならないの?」
「この傷で無茶言うなよ。治したってしばらくは気を使った技は無理だぜ」
グライダの提案をバーナムは一蹴する。そればかりか、
「それなら、てめーの剣で水を蒸発させればイイじゃねぇか」
「それこそ無茶よ。大津波対剣一本じゃ、いくら『世界を焼き尽くす炎の剣』って言われてるレーヴァテインといえども限度があるわ」
今度はバーナムの提案をコーランが一蹴する。
そんな三人の不毛な会話が空しくミンカの耳を通過していく。
(何で自分には、こんなにも勇気がないんだろう)
やらなきゃならない。
判っているのに、手が震えて止まらない。足が震えて動けない。
「いかん。カプセルが砕けるぞ!」
シャドウが言った直後、ドーム状の結界内が一気に水で満たされた。その水は出口を求めて結界内で激しくうねっている。
「コーランさん、それからセリファちゃんも手伝って下さい」
クーパーの呼びかけでコーランは再び結界を作る呪文を唱え出した。
セリファもポケットから専用の占い用カードを取り出す。そこに描かれた魔術師が彼女の頭上で実体化して同じ呪文を唱え出し、結界がさらに強化される。
だが大津波の勢いは増すばかり。大量の水の圧力は人間の想像を遥かに上回る。いくら何重にも張った強力な結界とはいえ破られるのは時間の問題だ。
手に乗ってしまうほど小さなカプセルの中にそれほどの大津波を封じ込めたというのか。カソゴという魔法使いの力量は、さしものコーランも背筋が凍る思いだった。
「ミンカさん」
一人作戦に加われないグライダが、ミンカの隣にやって来た。彼女は震えて立てないミンカに向かって、
「怖くていいんですよ。あたしだって怖いですから」
グライダの口から出た意外な言葉に、ミンカはきょとんとなった。
「で、でも。あんな風に困難に立ち向かえるのは、勇気があるからでは?」
グライダはいきなりそんな事を言われ笑いそうになりながら、
「別に勇気なんてないですよ。町を守るっていう使命感とか、そんなのも全然ありませんし」
そして、急に照れくさくなったのかそこで言葉を切ると、
「あたしには『魔法が効かない』っていう変な体質があるんです。こればっかりは恨んでも悩んでもしょうがないですし。でも、これがもし何かの役に立つってんなら。あるんなら使わなきゃ損でしょ。それだけ」
「使わなきゃ損、ですか……?」
不思議そうな顔のミンカにグライダはこくりとうなづくと、
「それから、これはコーランが言ってた事なんだけど」
そう前置きしてからグライダは話を続ける。
「あなた、かなりの魔力持ちなんだって。でも、歯車が空回りしてるって言うのかな。魔法っていうのは気合いと精神力が物言うみたいだから、そういうののバランスが取れてないと、使える物も使えないって」
「気合いと精神力、バランス……」
そう言われて、自分の胸中を探るようにこれまでの事を思い返す。
確かに自分は、これまで「カソゴ師のお孫さん」「カソゴ師のお弟子さん」という見方ばかりされてきた。
会心の事ができても「できて当然だろ」と言われ、たまたま些細なミスをしても「あの弟子のクセに」と必要以上に責められる。
確かに自分は「カソゴ師の孫で弟子」だが、それ以前に「ミンカ・ルー」という一人の人間、魔法使いである。
「少しは気づいたみたいね」
ほんのわずかだが、今までとは違う表情を見せたミンカに、コーランが声をかける。
「確かに師匠の名を汚さぬようにっていう覚悟は大事だわ。でも、だからといってそれをプレッシャーに感じて、潰される事はないわ。もっと気持ちを大きく、自由に、楽に持ちなさい。魔法使いに必要なのはそうした常識や固定概念に縛られない精神力なんだから」
コーランはミンカの手を取って立ち上がらせると、
「魔力が多いから良い魔術師っていう事はないけれど、あなたくらいあれば大丈夫。ガツーンと行けば何とでもなるわ」
「それって……いわゆる『失敗を恐れるな』って事ですか?」
おそるおそる。自信がなさそうな、不安げなミンカの声。しかしコーランは間髪入れずに、
「それ逆」
ビシッと言い切ってから意地悪っぽく微笑むと、キッパリこう続けた。
「必ず失敗しなさい」
思ってもみなかったコーランの一言に、ミンカはたまらず吹き出してしまった。堪えようとするのだが、どうにもならずにクスクスと笑ってしまう。
「その笑顔よ。やってみなさい」
言われてミンカはハッとなる。そういえば、こんな風に笑ったのなどずいぶん久し振りのような……。
これまで感じていたのは劣等感ばかり。だが今感じているのは身体に少しずつ溢れてくる、そうではない「何か」。
自信ではないが、それに結びつきそうな何かかもしれない「何か」。自分でもうまく表現できない物が、確かにある。胸の内にしっかりと。
「判りました。やってみます!」
気がつくと、手の震えも足の震えもピタリと止まっていた。
ミンカは目を閉じ、口の中で小さく呪文を唱えながら、そっと上げた両手の掌を結界に向ける。すると、今まで青白かったドーム状の結界が、次第に赤みがかってきた。
それから彼女はその掌を向かい合わせにして、ゆっくりと重ね合わせていく。
何と。その動きに連動するかのように、大津波を封じた結界がゆっくりとその大きさを縮めていくではないか!
コーラン達が数人がかりでやっとだった大津波を、たった一人の人間がいとも簡単に抑え込んでいるのだ。驚かない訳がない。
そんな驚きの視線が集まるミンカの両手が、やがて音もなくパチンと合わさった時、あった筈の大津波の塊は——
結界ごとその場から消え失せていたのだった。


「カプセルの処理と、お弟子さんに自信をつけさせる。二つのご依頼、この通り完遂致しました」
車椅子に座るカソゴを前に、クーパーは丁寧に頭を下げる。だがバーナムは露骨に嫌な顔を隠しもせず、
「結局このじーさんの予定調和と尻拭いに付き合わされただけじゃねぇか」
カソゴはボケ老人の演技を解き、
「まぁ、そうむくれんでくれんか、若いの」
朗々とした声で、本心から謝罪する。
終わってから事情を聞いたミンカはさすがに怒っていたものの、結局は自分の為にした事だと思い直した。
自信があればあれだけの事ができると、教えてくれたのだから。
「けどよ。たかだかその程度の事で、よその町を巻き込むんじゃねぇよ」
バーナムの怒りももっともである。口にこそ出していないが、程度はともかく皆もそう思っている。それについてはカソゴだけでなくミンカも平謝りだ。
「偉大な師匠を持つと、弟子は苦労するって事でしょうね。いろんな意味で」
グライダの言葉にミンカも小さく笑っている。それを見たカソゴは、
「だから偉大な魔術師ではない、ボケ老人として振舞っていたというのに」
そんな無茶苦茶な。ミンカを含めた皆の思った事はその一つであった。
「……でも、そんな自分に良く尽くしてくれたな、ミンカ。有難う」
しんみりとカソゴの漏らした感謝の言葉に、ミンカも泣きそうになりながら、
「当たり前です。ボケているのが演技だって事は、とっくにお医者さんから聞いて知っていましたから」
この一言には、さすがのカソゴも大口を開けて笑っている。騙していたつもりが騙されていたという訳だから無理もない。
「じゃあさっき怒らなくても良かったんじゃ」
不意にぽつりと漏らしたコーランの言葉に、カソゴはさらに大笑い。
そんな笑いに包まれた中、グライダは握手を求めてミンカに手を差し出した。
「ま、せっかく自信がついたんだから、修行の方も頑張ってね」
ミンカも負けじと手を差し出し、力強い握手をかわす。
「この自信、無くさないように頑張ります」
グライダは、ミンカの顔を見つめると、こう返した。
「自信がなくなっても、今回みたいな真似はしないでな、お二人とも」

<FIN>


あとがき

「the 26th.」。お届け致しました。
この辺りの話は、いつもの6人よりゲストキャラの方が主役だったり話の中心だったりという回を意図的に作りました。通行人不在の話なので「町の中」という感じが乏しいと思ってたモンで。
さすがに舞台は一緒、登場人物も一緒でずーーーっと話を作っていけるほど器用でもありませんし。
今回の話も細かい所に手を入れてます。セリフ等の順序を入れ替えた箇所も結構あったりします。その変更箇所が「成長の証ゆえ」ならいいんですけどね……。

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