「Baskerville FAN-TAIL the 13th.」 VS. Smugglers
クーパー達はしばし考えた後、彼の教会に移動する事にした。もしスーボがここにいる事を感づかれたら、周辺に迷惑がかかってしまうからだ。
スーボは目立たないように全身を覆うタイプのローブを着せられ、コーランと一緒に歩いている。
人界の人間も、魔界の住人に対して嫌悪感はあるものの、向こうが何かしてこない限りは露骨に嫌悪する者は少ない。
基本的に魔族は人界の風邪ウィルスに対して極端に抵抗力がないので、コーランのようにそれを防ぐマントをつける者が多い。
だが人間型とかけ離れた姿の種族もいる。そういう者はマントをつける事ができない。
そういった魔族がこうしたローブ姿なのは珍しくないし、魔族でもこの町では顔が知られているコーランが一緒ならば「魔界の人なのか」で済む。それに何より全身を隠せる。
スーボはセリファのとなりにピタリと寄り添い、彼女と手をつないで歩いている。
「元々おとなしいタイプなのかな?」
その光景を見たグライダが呟く。
セリファは人見知りしないタイプだし、結構人懐っこい。その彼女でもすぐに仲良くなるのは珍しい。
「そうらしいわね。けど、どの種族か見当がつかないのが気になるわね」
「そうなの?」
「ええ。一口に魔族といっても種類は多いんだけど、結構特徴はあるのよ。ああいうタイプは初めてだわ」
グライダとコーランの会話にクーパーがすっと入ってくる。
「では、コーランさんの知る限り、彼と同じ特徴を持つ種族はない、という事ですか?」
「ま、あんな目立つ目の種族なんて聞いた事ないし」
さすがのコーランも「お手上げ」の仕種を見せる。クーパーも知識はそれなりに持っているが、さすがに魔族の種族に関する知識はほとんどない。
そんな時、コーランは何者かの気配を敏感に感じ取っていた。
それと同時に前にスーツ姿の男が立ちはだかる。やや遅れて後ろにも。
その姿を見てスーボが怯えてセリファの後ろに隠れる。その反応を見ても、彼らがスーボを追っているとみて間違いはない。
「その魔族を、こちらに渡してほしいのだが」
「お断りよ。偽物の治安維持隊さん」
間髪入れずにコーランが言い返す。その答えを予想してましたと言いたそうに、
「じゃあ、手荒になるが……」
にやにやしてこちらを見て、すっとナイフを取り出す。どう見ても手荒な事がしたいと言いたそうな雰囲気だ。
グライダも剣を出そうとしたが、正当防衛でも、町の真ん中での抜剣は少々問題がある。
そんな一瞬のやりとりの後、スーボが口を開いた。
『俺がそっちに行く。この人達には手を出すな』
『待ちなさい、スーボ!』
コーランが止めようとするが、スーボは力なく首を振る。
わからない魔界の言葉でもセリファには何となく伝わったらしく、
「おじちゃん、行っちゃうの?」
ぽつりと淋しく呟く。しかし、手は握ったままだ。
「この人たちにつかまっちゃうの?」
セリファはスーボの手を握ったままがくりとうなだれる。
「そんなのやだっ!」
セリファはスーボの手を取ってそのまま真横の路地に駆けこんだ。
この行動は誰も読んでいなかったらしく、グライダでさえ一瞬あっけに取られていた。
いや、クーパーだけはその直後に路地に走りこんでいた。それを追って二人の男が追いかけようとした時、
「ここは通さないわよ、あんた達」
グライダとコーランが路地を塞ぐ形で立ちはだかった。
グライダは右手に赤い剣を出現させる。
「理由を喋ってもらうわよ、二人とも」
コーランも臨戦体制に入った。


「セリファちゃん!」
どうにか追いついたクーパーは、後ろから追手が来ない事を確認すると、二人に止まるように言った。
「セリファちゃん。ずいぶん無茶な事を……」
「だって、おじちゃんがつかまっちゃうの、やだったんだもん」
口を尖らせているが、胸を張ってそう言ったセリファ。
「スまん。めイわく、かけタ」
スーボがたどたどしく謝るが、クーパーはそれを止めさせる。
「それについては気になさらずに。ですが、あなた自身が狙われる理由を覚えていない以上、敵から情報を収集する事も必要になってきますね」
「見つけた!」
そんな時、鋭い女性の声が響く。クーパー達の目の前には地味なスーツ姿の女性が一人、息切らせて立っていた。
「スーボを渡してもらうわ」
よく見ると、スーツの所々に赤い点がついている。それが返り血だという事に気がついたのはクーパーだけだった。
「お断りします。彼がどんな人物であれ、あなた方のような人達に渡すわけにはいきません」
クーパーがきっぱりと言い切った。
セリファも無言ながら「ダメ!」と言いたそうに睨みつけている。
「そうくると思ったわ。やっぱりこの作戦は穴だらけじゃない……」
クーパー達に聞こえないような小さな声でブツブツ言った後、彼女は懐に手を伸ばす。
銃を出すのかと警戒したが、彼女が出したのは一枚の紙だった。
「悪いけど戻させてもらうわね!」
そう言うと声高らかに魔法の言葉を一言唱え、紙を広げてこちらに向けた。
するとどうだろう。セリファが固く握っていたスーボの手の感覚が消え失せ、ローブが地面に落ちる。直後、セリファのとなりでガランと金属音が響いた。
「スーボ!?」
不思議がる中ローブをどけると、そこにあったのは、ずいぶんと長い刀身の一振りの片刃の剣だった。
もっとも、それを刃幅が広めに作られた日本刀だとわかったのはクーパーだけだったが。
「そうか、変化の魔法……」
ようやくスーボの正体がわかった。
彼は元々この剣だったのだ。それを何らかの理由で数日前に人型魔族の姿に変えられたのだ。だから、彼には数日前以前の記憶が存在しなかったのだ。
「ずいぶん手の込んだ事をしたんですね」
幾分挑発気味にクーパーが問いかけると、
「まぁ武器そのものよりも人型の方が税関をパスしやすいしね!」
それから立て続けに何かを投げてきた。
それがあっという間に翼のある小鬼の姿となり、瞬く間にセリファを捕まえて空中に逃げてしまった。
「セリファちゃん!」
彼女が連れ去られた上空を見てクーパーが叫ぶ。
「おっと。わかってるでしょ?」
動こうとしたクーパーが、その一言で動きを止めざるをえなくなる。こちらが動いたら、セリファを突き落とす気だろう。立派な人質だ。
「セリファちゃん!」
スーツの女性の後ろからも悲痛な声が。そこには逃げ出した女性を追いかけていたナカゴが立っていた。その後ろにはバーナムの姿もある。
「おいおい。もしかして『動けばこいつの命はない』ってヤツか?」
上空のセリファを見てバーナムが毒突く。
「ご名答。その剣をこちらによこしなさい」
彼女はクーパーの足下に転がっている剣を指さした。
「その剣を使おうなんて考えない事ね、神父さん。たとえあなたが剣の達人だったとしても、この距離じゃどうしようもないでしょ? 私が斬られるより早く、あのお嬢ちゃんを地面に叩きつけられる方が早いわよ」
クーパーの目測でも彼女の言う通りだった。
このまま一足飛びに斬りかかったとしても、刃が届くより前にセリファの命はない。
それにこの剣の長さ。このくらいの長さの剣は以前使っていた事があるのだが、ずいぶんブランクがある。いつもの刀のようにいかないだろう。
「ご苦労だったな」
クーパーの後ろから先程の男の声がする。
セリファが捕まった事を知らせたのだろう。
グライダとコーランも両手を上げて「無抵抗」の姿勢である。
「『大蛇丸(おろちまる)』にしちまったのか?」
「ええ。最初からこうすれば逃げられずに済んだのに、あんた達が人型にこだわるから……」
一同をよそにブツブツ言い争っている。
しかし、クーパーには大蛇丸を知っていた。
彼の使う剣の流派・石井岩蔭流(いしいいわかげりゅう)。
その伝説によると、開祖に剣を伝授した古代武神・岩蔭(いわかげ)の持っていた大太刀が大蛇丸といったのだ。
「それは、本当に『大蛇丸』なのですか!?」
クーパーがそう尋ねてしまったのも無理はないだろう。
「もちろん本物じゃないがね。けど偽物っていってもちょっとしたもんだよ。間違いなく高い値で売れるだろうさ」
女が得意そうにそう答えた時だった。
上空にいた小鬼がぎゃんと悲鳴を上げたのだ。その拍子に手を離してしまい、セリファが真っ逆さまに落ちてくる。
「セリファ!」
「セリファちゃん!」
グライダとクーパーがセリファを受けとめようと駆け出した時、彼女は高らかに叫んだ。
「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」
すると、落下してくる筈のセリファの身体が、落下の途中で空中にピタリと止まった。
一同が不思議がる中、彼女の背中にうっすらと人影が見えた。
それは白い羽の生えたぼんやりとした人影だった。
「そうか。『天使(エンジェル)』のカード……」
セリファは占いに使うトラッドカードに描かれた物を実体化する魔法が使える。それで「天使」のカードの絵を実体化させたのだ。
その天使はふわりとセリファを地面に下ろすと、かき消すようにいなくなった。


その頃、シャドウは工事現場のビルの頂上でライフルを構えていた。
スコープからセリファの無事を確認し、それからいそいそとライフルを片づける。
「さて。仕事に戻らねば」
ライフルケースのバックパックを背中に固定し、仕事の続きに戻っていった。


セリファはスーツの女をじっと睨んでいた。
無論恐怖を与えるような迫力は微塵もない。
「おじちゃんをかえして」
呟くようにぽつりと言った。
「おじちゃんをかえしてよ!」
表情に迫力はないが、彼女の持つほぼ無限の魔力が放つ威圧感は相当なものだった。
威圧感だけなら、神話に出てくる魔王クラスを凌駕するかもしれない。
じっと睨まれ続けている女は、正直に言って気を失いそうな程、精神的に押し潰されていた。
「それは、無理よ。その剣が本当の姿だもの」
蚊の泣くような細い声でそう言うのが精一杯だった。
「でも、その剣はもらわなきゃならないのよ」
女は仲間に目で合図する。すると、二人の男はスーツを引きちぎりながら巨大化する。さらに二つの巨体が混ざりあい、一人の巨人へと姿を変えた。女の方は高々とジャンプし、その巨人の肩に着地する。
「それなら、力づくで奪うのみ!」
全員が巨人に対して身構える。しかし、
「セリファがやる」
先程と同じように巨人を睨むセリファ。それから足元の大太刀の柄にそっと触れ、
「手つだって、おじちゃん」
小さくそう言うと、ポケットから一枚のトラッドカードを取り出し、柄の上に置いた。
「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」
柄の上に置かれた『英雄(ヒーロー)』のカードが鋭い光を放つ。その光が唐突に消えると、そこにセリファの姿はなく、きらびやかな鎧に包まれた青年が一人ひざまずいていた。
トラッドカードの絵を実体化させ、なおかつ己自身と融合させる。方法は知っていたが、一度も使った事のない大技である。
一つ命令を実行すると消えてしまう「召還」と同系統の実体化と違い、これなら力の続く限り姿を保つ事ができる。
青年は大太刀を無造作につかむと、
《助太刀はいらない。私一人でやる》
見知らぬ青年の声とセリファの声が混ざった平坦な声で告げた。
「……セリファなの?」
グライダがおそるおそる声をかける。
青年は軽くうなづくと、大太刀を肩にかついで、無防備に間合いを詰めていく。
「……死になさい!」
肩に乗った女がそう言うと、巨人は見るからに力強い拳を思い切り振り下ろした。
《愚か者!》
気合一閃。担いだ大太刀を力任せと思える動作で振り回した。
何と、たったそれだけで巨人の拳が一瞬で消し飛んでしまったのだ。
斬り裂かれたのではなく、消し飛んだ。この場の全員が何が起こったのかわからないままだった。
《このまま帰るなら、見逃す。さもなくば、覚悟を決めろ》
拳を喪った巨人の悲鳴が辺りに轟く中、青年は混ざった声で警告を出す。巨人は答える代わりにもう片方の拳を振り下ろした。
何と、青年はその拳を「蹴って」弾き返してしまった。体制を崩されて巨人がよろめく。体格差が十倍はあるのに、まるで勝負になっていない。
それから地面を蹴って天高くジャンプする。簡単に巨人の頭まで飛び上がった。青年は大太刀を思いきり振りかぶり、
《警告はしたぞ》
冷酷な声と同時に、その大太刀を振り下ろした。
その一撃で巨人は跡形もなく消し飛んだ。
青年は地面に落下する女を抱き止めて着地すると、
《まだ戦うか?》
短く問うたが、女は目を丸く見開いたまま口から泡を吹いている。
もう彼女に戦う意志は欠片も残っていなかった。


こうして犯人は捕まり、一応の解決をみた。
彼女のいた会社にも調べが入り、数々の密輸や盗品売買の実体が明るみになった。
それに加えて、逃げる時に治安維持隊の隊員にかなりの怪我を負わせている。その分の罪状も追加された。
そうした報告書に目を通し、サインを入れたところでナカゴは背もたれに身を預けた。
「実体化させた者との融合」という、常識外れの大技をやってのけたセリファは、あれから一週間経った今もずっと眠ったままだそうだ。
魔力の方は無限でも、それを制御する精神力はそうはいかないから仕方ない。
おまけにカードに戻った「英雄」が、あの時の大太刀を持っていたのだという。
それを見たセリファが意識を失う寸前、こう呟いたのを思い出した。
「これからはずっといっしょだね、おじちゃん」

<FIN>


あとがき

第13弾をお送り致しました。
「the 7th.」に続き、セリファがメインのお話です。
……彼女の「普通じゃない」っぷりがさらに増しただけのような気もしますが。
こうしてみると、彼女一人いればたいがいの事はできそうですね。それじゃ面白くないからこそ、イロイロと制限がある訳なんですが。
将来、その制限が少しでもなくなる時は……来ないだろうな。

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