「Baskerville FAN-TAIL the 14th.」 VS. Undeads
「おねーサマ〜〜〜」
これから寝ようかと思ってベッドに入ったグライダ・バンビールの部屋に、妹のセリファ・バンビールが入ってきた。
姉であるグライダのぬいぐるみを大事そうに抱え、目をうるうると潤ませている。
「いっしょにねてもいい?」
今にも泣きそうな顔でぽつりと呟くように訴えるセリファ。その顔を見たグライダは、
「だから言ったじゃないの。あんなの見たら、絶対こうなるって」
「でもぉ」
「でもじゃない。自業自得よ」
わざと冷たくあしらって蒲団をかぶるグライダ。しかしセリファはうつむいたままトコトコと彼女のそばに歩いていき、蒲団ごと彼女を揺さぶった。
「おねーサマ〜〜」
今度は涙まじりの声だ。文字通り泣いて頼んでいる。それに加えて容赦なくゆさゆさ揺さぶられポカポカ叩かれているのに限界を感じたグライダは、
「あー、もうわかったわよ! 今回だけだからね!」
セリファの方を振り向いて蒲団をめくってやる。すると今まで泣いていたのがピタリと泣きやみ、照れくさそうに笑うとぬいぐるみを抱えたまま一緒の蒲団に潜り込んだ。
「ありがと、おねーサマ♪」
セリファはグライダにピタリとくっついてようやく穏やかな笑顔を浮かべた。


世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
だからこそ、ここへ来れば——どんな職種であれ——仕事にあぶれることはない、とまで云われている。


そんな事があった翌朝。朝食をとりながら、グライダは言った。
「セリファ。返すのは一人で行きなさい。いいわね?」
「……は〜い」
少し寂しそうに口を尖らせたセリファが答える。
かたわらには、レンタルビデオのテープが三本ほど。だが、問題はそのジャンルだ。
そのどれもが年齢制限付のホラームービーばかり。しかも総てが雑誌の評論で「掛け値なしに怖い」というコメントだったものばかりだからだ。
外見は十歳そこそこにしか見えないセリファだが、実は本当の年齢は十九歳。姉のグライダとは双子の姉妹なのだ。
年齢的には(一応)問題はないのであるが。
「ったく。お化けとか苦手なくせに、こういうビデオばっかり借りてくるんだから……」
いつもの事なのであるが、それでもため息をつきつつ妹を見る。
「……見たかったんだもん」
セリファは頬を膨らませてじろっと睨む。
だが迫力や恐さはなく、むしろ微笑ましい印象しかない。その顔を見たグライダも、
「だったら、せめて夜一人で寝られるようになってから借りてきなさい」
ホラービデオを借りてきては、夜一人で眠れなくなりグライダに泣きつく。これもいつもの事だ。
セリファはしゅんとしたまま、黙々とパンをかじっていた。
一足先に食べ終わったグライダは、椅子に腰掛けたまま新聞を大きく広げていた。
「へぇ。この間オープンしたテーマパーク。『早くも五十万人突破か』だって」
感心した様子で眺める新聞記事には、このシャーケンの町の外れの埋め立て地に作られ、先月末にオープンしたばかりのテーマパークの特集記事が載っていた。
「テーマパーク……。人界に来て初めて知ったものの一つね」
あと片づけをしながら呟くのは、同居人のコーランだ。彼女はここ人界ではなく魔界の住人。そして魔界にはこういった施設はないそうだ。
「子供はスポーツ。大人はカジノが多いわね、向こうじゃ」
コーランが、魔界での生活を思い出してため息をつく。
カジノといっても、行なわれるのは賭博ばかりではない。劇場・映画館・ショッピングモールなどのインドア系統の娯楽施設が固まっている場所を、魔界では「カジノ」と呼ぶのである。
そんな時、突然呼び鈴が鳴った。グライダが慌てて応対に出る。
「あら。クーパー」
そこにいたのは、グライダ達と親しいオニックス・クーパーブラック神父であった。
いつもと変わらぬ笑顔に神父の略式礼服姿でそこに立っている。
「どうしたの、クーパー。こんな朝早く」
クーパーは少しだけ迷ってから、グライダにこう言った。
「突然で申し訳ありませんが、セリファちゃんをお借りできますか?」
「え?」
何事かと思ったグライダが疑問に思うのも当然だ。親しいとはいえ単刀直入にこれでは。
そんな彼が言うには、さっきグライダが見ていた新聞に載っているテーマパークの入場券が手に入ったので、よかったら……というお誘いである。
グライダはそれを聞いて手放しで喜びの声を上げる。
「そりゃ助かるわ。あたしとコーランは、これから出かけなきゃならないし。クーパーがセリファを見ていてくれるんなら安心だわ」
「あの。ボクは子守ではありませんよ」
その物言いに、さすがのクーパーも苦笑いしている。
「ねーねーおねーサマ。おねーサマは行かないの?」
セリファは彼女の服をくいくいと引っ張っている。そんなセリファを見て、
「あたしとコーランは、今日は仕事」
ボソッと言ったグライダにセリファがしがみつき、
「セリファ、おねーサマといっしょがいい〜」
と駄々をこねるが、
「今日の仕事はゾンビ退治よ。お化けを恐がるセリファを連れて行ける訳ないでしょ」
「でもぉ」
「でもじゃない」
グライダはセリファをじろっと見つめる。
見つめられたセリファはうつむいてむくれたまま「うん」とうなづいた。
「今日はクーパーとテーマパークへ行ってきなさい。今人気があって、チケットなんてなかなか取れないらしいんだから」
新聞記事の中身をそのままセリファに言うと、ようやく彼女も納得した。


クーパーとセリファは、シャーケンの町の外れにあるテーマパーク「ユーロスタイル・エキスパンド」へと到着した。

『訪れる者に楽しさを 家路の者に幸せを』

開放された門の上に、凝った銀色の字でそう書かれていた。
「あの文は、バイブルの一説をもじっているんですね」
門の上を指さしたクーパーがセリファに説明する。
「本来の文は『訪れる者に安らぎを 立ち去る者に幸せを』なんです」
セリファはうんうんとうなづいて聞いている。もっとも、彼女の口の中には、さっき買ったポップコーンがたっぷり詰まっているので、喋りたくても話せない。
ポップコーンをモゴモゴと噛み砕き、やっとの事で飲み込んだセリファが、
「ねーねークーパー。セリファ……ジェットコースターにのりたい!」
開口一番そう言うと、勢い良く園内へ走り出した。
が、そこでこれまた勢い良く転んでしまい、手に持っていたポップコーンもぶちまけてしまう。
「大丈夫ですか」
すぐ傍にいたテーマパークの係員が駆け寄り、セリファを抱き起こす。それから持っていたホウキとちりとりで、せっせとこぼれたポップコーンを掃き取っていく。
「バーナム!?」
その係員を見たクーパーは目を丸くして驚いていた。
顔見知りの武闘家バーナム・ガラモンドである。普段と違うテーマパーク係員の制服を着込み、ボサボサの髪もきちんと整えている。
「何だ。お前らも来たのか」
係員にあるまじき言い方であるが、辺りをはばかった小声なので心配はない。
「バーナム。どうして貴方がここに?」
するとバーナムは別になんて事はないという感じで、
「ああ、金が無くてな。求人広告見て来たら、採用された」
しかし、クーパーの聞いた限りでは面接は難しく、係員の教育も徹底しており、普段乱暴で荒っぽい言動の彼が合格するとは思えなかった。
「俺はやる時にはやる男だよ」
珍しくカッコつけてそう答えるバーナム。
「ああ、そうそう。一つ忠告しとくぜ」
急にまじめな顔でポップコーンを掃除しながらバーナムが言う。
「このテーマパーク内で失踪事件が起きてる。それも十件二十件じゃねえ。気をつけな」
先月末にオープンしたテーマパーク内での失踪事件。しかも十件二十件ではない。
という事は、短い期間に立て続けに事件が起きている計算になる。
「どこからそんな話を?」
「このテーマパーク内じゃ、結構有名な話だぜ。経営上層部が躍起になって口止めしたり伏せてるみたいだがな。バレるのも時間の問題だな」
バーナムは最後のポップコーンを掃き終わると、
「それでは、今日一日ユーロスタイル・エキスパンドでお楽しみ下さい」
バーナムは被っていた帽子を取り、一礼して二人を見送った。
普段のバーナムとはかけ離れた仕種なだけに、クーパーは違和感と笑いを隠すのに苦労していた。
苦労した理由はもう一つ。バーナムは自慢げにああ言っていたのだが、実はクーパーの方は、既にその情報を入手していたからである。
昨夜、ポストの中に入っていた封筒に、このテーマパークのチケットと、仕事——バスカーヴィル・ファンテイル——の内容が書かれた手紙が入っていたからだ。
それは、このテーマパークで起きている失踪事件の被害状況だ。いつ、どのテーマパークで、何人の人間が消えたという事が事細かに。
しかし、クーパーはこの一件を己の胸にしまっておく事にした。
今回は何かの組織の壊滅やモンスターの掃討などではない。
手紙には被害状況しか書かれておらず、どのような任務なのかがさっぱり分からないからだ。
普段なら、警察組織を上回る情報網と量で、綿密に調べ上げた資料と目標を定めてくるのだが、今回に限ってはそれがない。
それを怪しんでいるのだ。
「ねーねークーパー。どうしたの?」
手を繋いで歩くセリファが、不思議そうな顔で見上げている。彼は気を取り直すと、
「セリファちゃんは気にしなくていいんですよ。どれから乗りますか?」
「ジェットコースター!」
セリファは、ニコニコ笑顔のまま元気良く答えた。
「じゃあ、どのジェットコースターに乗りますか?」
クーパーは、テーマパークの地図を広げて、セリファに見せる。彼女は地図を隅々まで見回してから、
「これ!」
小さな指で指したのは「マンションズ・オブ・ゾンビーズ」と書かれた、いわゆるお化け屋敷だった。
このアトラクションでも、何人かの行方不明者を出している、と手紙にはあった。
「ジェットコースターじゃないですけど、これでいいんですか?」
クーパーが念を押して訊ねる。セリファは元気にうなづいた。
(お化けが苦手なのに、行きたがるんですよね。恐いもの見たさ、でしょうか)
クーパーは地図を折り畳むと、
「それじゃ行きましょうか」
セリファの手を引いて、ゆっくりと歩き出した。
そうして着いた「マンションズ・オブ・ゾンビーズ」の前には、それなりの人だかりができていた。
しかし、入場までに何時間も待つような人数ではない。二人は並んで待つ事にする。
ここは二、三人乗りの小さな乗物に乗ってゾンビ達の待つ屋敷の中を探検するというシチュエーションのアトラクションである。
ここにいるだけでも恐いのか、セリファがクーパーにしがみついてくる。
「大丈夫ですか、セリファちゃん」
気遣ってクーパーが声をかけるが、彼女は完全にやせ我慢をしているのが見え見えの態度で、
「セリファ、だいじょーぶだもん」
そう言いつつも、クーパーの腕にしっかりとしがみついている。
そんなやりとりをしているうちに二人の順番がやってきて、小さな乗り物に乗り込んだ。


その頃、傭兵ギルドの仕事でやってきた古ぼけた館の中で一つの戦闘が簡単に終わっていた。
「アンデッド・モンスターを殲滅するには、四肢を分断するしかない、だったな」
もはや「死体」とは言えない程にバラバラになった足元の元ゾンビを見下ろして呟くのはロボットのシャドウだ。
「けど、死体だからねぇ。やっぱり気持ち悪いわよ」
鼻をつまんで辺りを見回しているのはグライダだ。
そもそもゾンビというアンデッド・モンスターは弱い部類に入る。
弾力のない腐った肉を纏っているので、基本的に動きは緩慢。
生前の生き物の強さに比例するのだが、ドラゴンのゾンビを作っても、より早く飛べるようになったり、ブレスの威力が上がるかといえばそうでもない。ほとんどの場合そういった「種族独特の強み」が失われてしまうのだ。
あるのは体をバラバラにでもしないと倒せないというしぶとさくらい。
しかし、そのしぶといアンデッドも、それなりに修業を積んだ聖職者の手にかかれば、あっという間に操る魔力から開放されて元の死体に戻ってしまう。
だからアンデッド・モンスターは、死体に対する畏怖の念もあり、よほどのマニアか物好き以外扱う事はない。
その『物好き』が妙にゾンビを大量に使役しているという通報を受けたので、警察だけでなく、戦闘力を持つ傭兵ギルドの出番となったのである。
さらに今回は助っ人として魔術に長けたコーランと物理的攻撃力に優れたシャドウも加わっている。戦闘が文字通りあっという間に終わったのはそのためだ。
「どうやら館の中に対聖職者用のトラップを色々仕掛けてたみたいだけど、今回聖職者は誰もいないのよ」
館の主人を足蹴にし、床に描かれた不気味な紋様をチラリと見てコーランが淡々と言う。
「さて。警察の方も来た事だし、さくさくと喋ってもらいましょうか?」
この三人が異様に突出してしまったので、警察がずいぶん遅れてやってきた。
後ろを見れば、警察の責任者らしき人物と、傭兵ギルドのリーダーが何やら深刻な顔で話し合っている。
「コーランさん」
傭兵ギルドのリーダーに呼ばれた彼女は、二人のそばに行く。
「魔族のあなたにお聞きしますが、通常、こうしたゾンビはどうやって作りますか?」
いきなり警察の人間にこう言われては、さすがのコーランも面食らう。
確かに魔族がこうしたアンデッドと縁のある事は知られている。だがそれは遥か昔の話でしかない。今の魔族は多少能力が高いだけで人間と大した違いはないのだ。
でも、その偏見が今もこうして生きている事にわずかに肩を落とした彼女は、
「私も死霊魔法(ネクロマンシー)は専門外なんで詳しくは分かりませんが、どこからか死体を調達し、それに魔術をかけるのが普通でしょうね」
コーランは一般的と思える方法を述べた。
「ですが、ここにはそういった設備がないんですよ」
そういった設備とは、魔法陣や死体を保管する倉庫などの事だ。
もちろん出合い頭の人を殺害し、その場で魔術をかけて……という方法もない訳ではないが、ゾンビにするための魔法は割と大がかりな「設備」がいるし、儀式に必要な時間もかかる。
「館の中にも屋外の周辺にも、それらしき跡はありませんでした」
その警察官の報告を聞いたコーランは、少し首をひねって考え込んでいた。
「シャドウ。この館の主の事、詳しく調べられない?」
「調べるも何も、出撃前に渡された資料にある通りではないのか?」
シャドウは自身のメモリーのデータを一瞬で呼び出すと、
「イナ・ブラッシュ。元ブラッシュ警備会社取締役。昨年ゾンビの技術を応用した警備兵を作成しようとして反対に合い、無理矢理実行しようとした為に更迭された……」
資料の文句を一字一句違えずに話す。その時、コーランの頭に閃いたものが。
「警察や他の傭兵ギルドのメンバーは、会社の方の捜索にあたってるの?」
「はい。幸い支社はほとんどないので助かってますが。現在の所、ゾンビに関するものは何も出てきていません」
その警察官の報告に、コーランも渋い顔をする。そこにグライダが、
「警備会社だったら、自社ビルだけじゃなくて、警備を任されてる倉庫とか、そういうトコも怪しいんじゃない? 何かこっそり使ってそうじゃない」
「ま、そういうセンもありよね」
コーランは二、三度うなづくと、
「ここはもう終わりだから移動しましょう。ここから一番近くて、その会社がからんでる場所とか建物とか、どこになります?」
すると、その警察官は間髪入れずに、
「ユーロスタイル・エキスパンドですよ。あのテーマパークの」
あっさりと答えを言った。
「あそこの警備システムはブラッシュ警備会社のものですし、いくつかのアトラクションの提供もしている筈ですよ」
一同はその警察官の言う通り、そこに向かう事にした。

<To Be Continued>


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