トガった彼女をブン回せっ! 第9話その1
『ナンだ。これ?』

白いマントを翻し、長く赤い髪をなびかせた人影が、休日の学校の広大な敷地を駆けて行く。
布でくるんだ包みを抱え、ずり落ちないようにと被る帽子を手で押さえつつ走る。
その帽子も広いつばに先が折れたトンガリ帽子という「魔法使い」スタイルの物だ。
だが実際、彼女は正真正銘の魔法使いである。
名をモーナカ・ソレッラ・スオーラという、この世界とは異なる「別の世界」にて、本来は托鉢僧をしている人物だ。
そんな別の世界の住人が、異なる世界の何の変哲もない学校などにどんな用があるのだろう。
その答えは彼女が抱えている包みである。その中身は彼女の世界で「マーノ・シニストラ」と呼ばれる短剣。利き手とは逆の手に持ち、相手の剣を受け、捌くための「防御用の」短剣。この世界にも同様の使い方をする短剣は存在する。
さらに言えばその短剣は自分の明確なる意志を持ち、言葉を話して意志の疎通もできる。
その短剣曰く、名前はジュン。しかもスオーラと同じ世界の人間。らしい。
だからこのジュンという人物(?)を元の世界であるスオーラの世界へ連れて帰るために「受け取りに」来たのだ。
受け取るまでに色々と騒動もあった。
スオーラ達とは不倶戴天の仇敵・エッセとの交戦。その戦いのさなかの彼女の魔法の源となる書物の喪失。そして、スオーラが助けた幼女からの贈り物――黒い魔法使いの帽子。
その帽子に込められた感謝の気持ちと温もりを、名残惜しそうに手のひらで感じながらスオーラは駆ける。
ぴぴぴっ、ぴろぴろぴろろっ。
名残りを惜しむ気持ちに割って入るかのような、軽快な電子音が鳴り響く。
さっき鳴った時には音の出所が判らずに警戒してしまったが、さすがに二度目なのでもう判っている。
スオーラは丈の短いジャケットのポケットにしまっていた「携帯電話を」取り出す。そしてこちらの世界の人間がやっていたように左手だけで持ち、親指の位置に来ている銀色のボタンをカチッと押した。
すると二つ折にされていた携帯電話がぱくんと開き、画面には「通話中 賢者」と表示されている。
[ア、アキシ様ですか!?]
素早く携帯電話を耳に当てたスオーラは、開口一番電話に向かって大声を出してしまう。その大声に面喰らったかのように二呼吸ほど間が開くと、
『んなデカイ声出さなくても聞こえるって。悪かったなさっきは。いきなり電池が切れやがって』
先ほど電話をした時に話の途中で通話が途切れた事を言っているのだろう。
しかしその時は、スオーラも気づかぬうちに電源を切ってしまっており、結果を言えばどちらが悪いという事はないのだが。
『で、うまい事受け取れたのか?』
電話の向こうで「アキシ様」が心配そうな声を出す。
[はい。問題ありません。無事に受け取れました]
その嬉しそうな声に、電話の向こうで「アキシ様」が露骨に安堵の声を出す。
『判った。じゃあ早く帰って来いよ』
[判りました。では、お手数ですが中庭の人払いをお願い致します]
『あいよ』
その声と共に通話が切れる。それを確認したスオーラも、携帯電話を両手できちんと二つ折にしてからポケットにしまいこんだ。
『今のは何でありんすか?』
布に包まれた短剣から、妙にゆったりとした花魁口調の言葉が飛び出す。スオーラはそれを気にした様子もなく、
[アキシ様と連絡がつきました。これからオルトラ世界に戻ります]
『おるとら?』
短剣――ジュンが不思議そうな声で訊ねてくる。
その声を聞いてスオーラは、自分の発言に配慮が足りなかった事を自覚した。
調べたところによれば、ジュンが住んでいる村は、深い森の中にある他との交流がほとんどない村。しかも今の世でも原始的な生活が続く村である。
そうした村では村とその周辺の森こそが世界の全てという考えになり、当然関心もそこにだけ注がれる。
そのため、それより外の世界があるという発想がない。もしくは乏しい。
ジュン達が住む森(せかい)が、スオーラ達が住む「オルトラ」と呼ばれる世界。そう説明しても理解が追いつかないのである。
[とにかく、これから元の世界に帰って、あなたの故郷の森に向かう事にします]
スオーラが向かっているのはどこなのか。それは、この広い敷地を持つ市立留十戈(るとか)学園高校に複数ある駐車場の一つだ。
乗用車に混じって駐車されている小型のバスのような車。そこが目的地である。
この一見小型バスにしか見えない車だが、実はキャンピングカー。スオーラの世界に住む賢者が魔法で「召喚した」車で、スオーラの世界の物でもなければこの世界の物でもない。らしい。
スオーラは迷う事なく、運転席ではなく最後部に向かっている。そこに細長い扉があってそこからも車内に入れるからだ。
カギを取り出して素早くカギを開け、身体を横にして車内に滑り込むように入る。そこは通路になっているが、とても狭いのだ。身体を横にしなければとても通れない狭さなのである。
その途中にある一室――ベッドがある程度の個室に入り、ベッドの上に短剣をそっと置くと、また狭い通路を通って運転席へ出た。床から一段高くなっている運転席に座り、エンジンを始動させる。
エンジンが動き出してから、彼女は視線だけで各部をチェックしている。その様子も実に手慣れたものだ。車の運転ができるのだからそのスムースさ、危なげのなさは当然かもしれない。
もっとも彼女の世界には運転免許証という物がなく、かつこちらの世界の免許証も当然持っていないので、動かせるのは私有地内に限られるが。
その動かしてもいい学校の敷地内を、これまた危なげなくハンドルを回して静かに動かしていく。それもマイクロバスほどの大きな車を。
そんな彼女が運転する車は、敷地内にある剣道場の脇、それも壁に向かった状態で一旦ピタリと止まった。
するとスオーラはわざわざ身を乗り出して運転席から見える景色から、車の位置をしつこいくらいに確認している。
大丈夫。間違いない。それをしっかりと確認すると、スオーラはジャケットの胸ポケットから一枚の白いカードを取り出した。
表面によく判らない文字がビッシリ刻まれたそのカード。これこそ彼女を魔法使いに変えているカードである。異なる世界の「自分」にある力を引き出すための物らしいのだが、詳細はよく判っていない。
そのカードは二つの世界を行き来する時にも使われる。こうして車の運転席で使えば、この車ごと別の世界に行く事も可能なのだ。
スオーラは腕を思い切り突き出すようにしてカードをかざしてみせる。
すると、指でガラスを弾いた時のような「ぴぃぃぃぃん」という、涼やかな澄んだ音が辺りに響いた。カードから四角い光が前に照射され、目の前の壁を四角く照らす。
照らした光はみるみるうちに大きくなり、やがては青白い光を放つ光の扉を作り出した。といってもその様は扉というよりはトンネルをイメージさせたが。
そんなトンネルが現れたのを確認すると、スオーラはゆっくりと車を発進させた。前に一度やった事があるとはいえ、万が一壁にぶつかって壊してしまう訳にはいかないという気持ちが、アクセルを動かす力を弱めてしまう。
ゆっくりと壁との距離が狭くなっていく。一メートルから五十センチ。そして二十センチ。十センチ。……そして〇センチ。
青白い光のトンネルに車が触れた瞬間、まるで光の扉に吸い込まれるようなスピードで、一気に飲み込まれた。急な加速にありがちな圧力などこれっぽっちもなく。
そして車が通り抜けたのを確認したかのように、青白い光のトンネルの入口は姿を消した。


光のトンネルを抜けるとそこは、スオーラの世界「オルトラ」であった。場所はスオーラが頻繁に出入りしている小さな教会の中庭――正確には二棟の建物に挟まれた小さな庭である。
スオーラの世界と今までいた世界は位置関係だけはリンクしているらしい。あの場所がこの中庭に繋がっている事は既に把握済である。
そのため先ほどの電話で「中庭の人払い」を頼んだのである。万が一人にぶつかったり轢いてしまったのでは、当然冗談では済まない。
少しだけ開けっ放しだった運転席の窓の隙間から、慣れ親しんだ風が優しく吹き込んでくる。
風などどこの世界でも変わらないと思うのだが、二つの世界を行き来する彼女は気分的な物で違いを感じ取っていた。
その風が「帰ってきたんだ」という気持ちを胸一杯にさせる。そこへ入口をノックする音が聞こえたので、スオーラは気分を切り替えてドアを開けた。
《お疲れさん》
軽い調子で片手を上げてスオーラを出迎えたのは角田昭士(かくたあきし)。先ほどまでスオーラがいた世界の住人であり、彼女と同じく侵略者・エッセと戦う力を持った戦士である。
スオーラは大事そうにしまっていた「彼の」携帯電話を、うやうやしく差し出して返却する。昭士はそれを受け取ると、今まで持っていた「スマートフォン」を後ろに立っていた人物にポンと投げ渡した。
いきなり投げ渡されて驚きを隠せないその人物は、昭士のその態度に対して不満を感じた様子も見せず、
「お帰りなさい。短剣の方は無事に受け取れたようですね」
やるべき事をきちんとやってきた。自信に満ち溢れたスオーラの表情からそれを察した彼こそが、この世界で「賢者」と云われている、モール・ヴィタル・トロンペその人である。
別の世界へ行ったスオーラと連絡が取れないと困るため、別の世界でも「存在」可能な事が証明されている昭士の携帯電話をスオーラに貸し、昭士は賢者のスマートフォンを使っていたのである。
だから先ほどの電話の画面に「通話中 賢者」と表示されていたにもかかわらず、スオーラはすぐに昭士の名を言ったのだ。
もっともスオーラは、まだその文字を理解する事ができないのだが。
《で。その剣はどうしたんだ? いや、こっちに来たから剣って形じゃないんだろうけど》
昭士がその短剣の経緯を思い出して言葉を訂正する。
その短剣はこちらの世界では立派な人間なのだ。世界が変わると姿形が変わる者もいれば、存在できない者もいる。
実際スオーラは姿形が変わる人間だ。先ほどまでのスタイルのいい長身の美女から、小柄で中性的な少女に姿が変わっている。
服装も学生服を彷佛とさせる詰め襟で、胸のところには六角形に五芒星というシンボルマークが刺繍されている。その上から白いマントをまとっているのだが、一つだけ出発の時と変わっていた点がある。
それは彼女の頭。紺色の鉢巻きが巻かれていたのである。
賢者の後ろに立っていた彼の父親にして、ジェズ教最高責任者であるモーナカ・キエーリコ・クレーロ僧は、目を丸くして驚いている。
「スオーラ! トラスイクチニカーチニミチミーシチ!」
スオーラが信仰している宗教・ジェズ教では「額には神を見るための第三の目がある」と考えられているため、聖職者は見習いであっても額を大きく開けておかねばならないという決まりがあるそうなのだ。
だがその鉢巻きは開けておくべき額をしっかりと塞いでしまっている。きつい表情で指を差す父に言われそれに気づいたスオーラは、両手の指先で鉢巻きをくいと少し上げて、額を出した。
その様子から怒られているくらいは判るが、
《何言ってんだか判んねぇよ、ったく》
聞こえないようにぼそっと愚痴っている昭士。
彼にはこの世界の言葉は全く判らない。例外はスオーラが持つのとお揃いのカードの力で彼女の言葉が理解できるのと、この世界にある特定地方の言葉くらいだ。マチセーラホミー地方という名の地域らしい。
そして、スオーラが「持ち帰った」短剣=ジュンと名乗る人物の故郷が、そのマチセーラホミー地方の森の中にあるらしいのだ。
《で。そのジュンとかいうヤツは、今どこにいるんだ?》
するとスオーラは自分の後ろにある通路へのドアを指差すと、
「一番手前の個室のベッドに短剣を乗せておきましたので、おそらくそこにいると思います」
とは言うが、このキャンピングカーも世界が変わると姿形が変わってしまう。車幅と間取りが変わるだけだが。
この車には同じ内装の個室が三つある。あちらの世界の「一番手前の個室」が、この世界だとどこになるのか。
それでも三つしかないのだから、一つ一つ見ていけば判るだろう。
昭士は運転席から車内へ入る細い扉を押し開ける。先ほどの世界では車内の右端に細い通路があったのだが、この世界では車内中央に細い通路がありその両側に部屋がある。
とりあえず昭士は一番手前の両側にある扉を一斉に二つともバッとスライドさせた。すると左側の部屋に何かの気配を感じた。
恐る恐る首だけ部屋に入れてみると、誰もいない。ベッドの上に丸めた布切れがあるだけだ。
部屋といっても小さめのベッドくらいしかない、寝るためだけの狭い部屋だ。見逃すほど広くもないし隠れられるような場所も……あった。
ベッドの下がちょっとした物入れになっているのだが、そこにいた。いや、あった。小さな人間の下半身が。
それも裸の。
四つんばいになって茶色く小さなお尻をこちらに――入口に向けている、人間の下半身である。それも全裸の。昭士は思わずその場に硬直してしまった。
一瞬何も履いていないと思ったが、昭士の世界でいうふんどしのようなものが見えた。全裸でなかった事に昭士は何となくホッとする。
《……おい、何やってんだ》
自分の真下で何やらごそごそとやっている下半身に声をかける。その声に反応したらしく、そのふんどし(?)一つの下半身がもぞもぞと動いた。一旦ベッドの下に引っ込み、そこで体を入れ替えて再びひょこっと顔を出し、すっと立ち上がる。
「アキ!」
開口一番、嬉しそうな笑顔でそう大声で言った。
「オレ。ジュン。ナンだ。これ?」
楽しそうな笑顔であちこちを指差しまくるジュン、と名乗った人物。
身長は昭士よりも低い。今の状態のスオーラよりも少し低いくらいだ。髪は真っ白だがボサボサで伸び放題のザンバラ頭。ろくに手入れをしていないらしく髪の脂でベタベタである。
笑顔を浮かべている顔は、本当に純真で屈託のない明るい笑顔。そうとしか形容ができない代物だ。
体型もずいぶんとガリガリというかヒョロッとしているというか。一度「村一番の戦士」と言っていたが、本当かどうか。もちろんヒョロッとした外見だから弱いという事はないが、どうにも信じ難い。
そんな痩せた上半身は粗末な布をバサッと羽織っているだけ。正確に言うなら、薄汚れた大きな布の真ん中に穴を開け、そこに首を通しただけという貫頭衣(かんとうい)と呼ばれる服だ。昭士はメキシコのポンチョを連想したが。
その丈は上半身だけを被う程度。そのためチラチラとふんどし(詳細な名称は知らないが、多分)が見え隠れしている。足は裸足で何も履いていない。
つけ加えるなら人種的には黒人、と言えばいいのか。真っ黒と言うよりはすすけた茶色というレベルだが。
昔ながらの原始的な生活を営む、森の奥に住む原住民。女性ばかりが住まう「アマゾネス」のような村の出身らしいので、そう思えばこの格好も納得である。
《じゃあ、ちょっとこっちに来い》
「アキ。ナンだ。これ。ナンだ。これ?」
ベッドの上にあぐらをかいて、マットをガンガン叩きながら、興味津々の笑顔でそう訊ねてくるジュン。話を聞いているのかいないのか。そもそも言葉が通じているのかどうかも疑問視したくなる展開である。
あちらの世界ではゆったりとした花魁ぽい口調だったのに、こっちの世界では単語を並べただけのような口調。外見だけでなくそうした部分も変わるとは。変わり方が本当に人それぞれのようである。
《これは車。自動車。乗り物。その中にある部屋。……っても判んねーだろな、多分》
露骨に「しょうがねぇな」という諦めの表情で、ジュンにそう説明する昭士。
「乗り物! 乗り物! スゴイ。乗り物!」
ジュンは笑顔のままいきなり万歳三唱を始める。文化風習の違いなのか本人の性格なのか。行動が全く読めない。
(幼い子供の面倒見るって、こんな感じなのかねぇ)
声に出さず胸中でため息をつく昭士。しかし表情には出ていたようで、ジュンは昭士のそんな顏を間近で覗き込むようにすると、
「アキ。どうした。ないぞ。元気」
指の腹で彼の胸の辺りをペチペチと叩く。
「おまじない。これで。出る。元気!」
胸をはって「すごいだろう」と言わんばかりにふんぞり返るジュン。そこへスオーラの声が。
「アキシ様。ジュン様は見つかり……」
いきなり現れた見知らぬ人影に、さしものスオーラも一瞬固まってしまった。
しかしこの車には自分とジュンしかいなかった。外部から侵入の形跡がない状態でここへ来た。そこに昭士が入った。
という事は、この肌の浅黒い少女(?)が、さっきまで短剣だったジュンという事になる。筈である。
「誰だ。お前」
当然ジュンからそんな質問が飛ぶ。あちらの世界とこの世界では、スオーラの容姿は大きく変わる。初対面で判る筈もないから当然だ。
無論スオーラ自身もそれをよく判っているので、
「わたくしはモーナカ・ソレッラ・スオーラ。あちらの世界でお会いしていますよね。この世界ですとこんな姿になりますが、あちらの世界でお会いしたわたくし本人に間違いございませんよ、ジュン様」
彼女らしく丁寧に挨拶をするが、ジュンの方は口を尖らせてむくれている。
「長い。よく。判らない」
《難しい言い回しはダメなんじゃないのか? 簡潔でいいんだよ、簡潔で》
昭士が横から助け舟を出す。言うほど助けにはなってないと思うが。スオーラはエッと言葉を詰まらせると、
「む、難しい、ですか?」
《難しいかはともかく、長い事は確かだな。『スオーラです。よろしく』くらいでいいんだよ、こういう時は》
昭士の言葉に「はあ」とどこか納得が行かないような感じで首をかしげたスオーラは、改めてジュンに向かってもう一度、
「ジュン様。わたくしが、スオーラです。よろしく」
「スオーラ! 違う。全然。でも。スオーラ!」
ジュンは再び嬉しそうな顔のまま、いきなり万歳三唱を始めた。やっぱりよく判らない。
しかし万歳三唱を終えると、嬉しそうな顔から少し不満そうな顔になった。
「名前。違う。ジュンサマ。オレ。ジュン」
スオーラは再びエッと言葉を詰まらせると、自分自身に言い聞かせるよう、そしてもう一度確認をするように、
「で、ですから、ジュン様、ですよね?」
「違う。ジュンサマ! オレ。ジュン!!」
二人の不毛なやりとりに、昭士はスオーラの肩をつついて、
《なぁ。ひょっとしてこいつ、『様』が敬称って事、知らないんじゃないのか?》
「様」が相手の名前につける敬称という事が判らない。従って、ジュン様という敬称をつけた呼び方ではなく、「ジュンサマ」という名前だと間違えている。だから自分の名前は「ジュン」だと訂正している。という事だ。
「で、ですが、さすがに彼女の村でも身分や年齢の上下を考慮した言い回しがある筈でしょう」
《どうだかなぁ。自分の所にある筈だからよそでもある筈ってのは、結構な思い込みだぞ。世界は広いんだから》
その言葉にスオーラはハッとなった。所変われば品変わる。その言葉を忘れていたのだ。
何だかんだ言っても、やはり彼は頼りになる。スオーラはその認識を新たにする。
適当に偉そうな事を言っただけでそんな風に思われているとはつゆ知らず。昭士はジュンに向かって、
《それじゃあコイツを村に送り返して、それからあのバカを探すとしようか》
「あのバカ」とは彼の双子の妹・いぶきの事である。
昭士がこの世界で戦士に変身するのに対し、いぶきは巨大な大剣に変身する。昭士の身長よりずっと長く、重さは何と三百キロあまり。
昭士だけはその大きさを無視して振り回す事ができるものの、決して使い勝手がイイとは言えない。でも、文句を言いつつも探す価値は十二分にあるのだ。
その武器に固執する理由はただ一つ。その大剣「戦乙女の剣」こそ、彼等が戦うべき侵略者・エッセにもっとも効果的なダメージを与える事ができる唯一と言っていい武器なのだ。
一般的な武器では傷一つつかず、いくつもの強大な魔法の力押しでようやくどうにかなるか、というレベルの侵略者を、ただの一撃であっさり倒せる威力とくれば、固執するのは当然と言えよう。
ところが。その妹いぶきに問題があり過ぎるのが問題なのだ。
誰かを助ける事。他人と協力する事。そういう事を殊の外毛嫌いする性分なのだ。いや、心底憎んでいると言い切ってもいい。
ボランティア活動をさせられるくらいなら死んだ方がマシと、本当に自殺した事まである。命は助かったが。
どんなエサや報酬で釣ろうとしてもやる気は皆無で手に負えない。説得にすら耳を貸さないし、貸す気もない。
何せ戦乙女の剣の能力が判ってからも、いぶきの「非協力的」な態度に変化がないくらいだ。むしろ「人の事を勝手に使うんじゃない」と露骨に反発する有様なのである。
だが他人が自分を助けるのは当然であり常識であり、宇宙の法則によってそう定められているとばかりに胸を張って言い切る性分。
物心ついた頃からそういう態度しかとった事がないので対人関係は最悪。友達一人いた試しがない。
それでいて美人の範疇に入るルックスに加え、学校の成績はほぼ全部の教科でトップクラスを誇るのだから、学校側も扱いに困っている。
さらに言うなら兄である昭士は、その妹の傍若無人極まる言動に振り回され、彼女がしでかした騒動で人違いで巻き込まれ、これ以上ないくらいの災難に見舞われ続けている。
それでも妹を見捨て切れないのは、やはり血を分けた家族のサガというヤツか。それは彼自身に聞いても答えは出てこないだろう。
「探す? ナニ。探す?」
ジュンはキョロキョロと辺りを見回し出す。
《俺の妹だよ。お前も一度あっちの世界で見てる筈だぞ。あのでっかい剣》
「! アレか。デッカイ剣か。スゴイな。アレ」
これまた笑顔で万歳三唱。感情表現の基準が今一つ判りにくい。昭士はそう思った。
心の底から。

<つづく>


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