トガった彼女をブン回せっ! 第4話その5
『お前がとったバカな行動の結果だ』

がたんっ!
いぶきと話している間にも何度かあった大きな揺れ。その揺れにまぎれてしまって判りづらかったが、この車はだいぶ傾いているようだ。それもかなり前のめりに。
賢者はともかく、バスなどで車に乗り馴れている昭士といぶきには事情が判った。
このキャンピングカーは今、とんでもなく急な下り坂を走っている事が。
昭士は転がるように通路に出ると、完全に坂になっているそこを滑るように移動して操縦席に乗り込んだ。
《げえっ!?》
乗り込んだ途端目の前に広がる光景に昭士が驚く。
何もないもはや崖のような場所を一直線に駆け下りているのだから。
《何やってんだよスオーラ! スピード出し過ぎだろ!!》
懸命にハンドルにしがみつくスオーラを無視して昭士はスピードメーターを覗き込む。
時速百二十キロ。そしてこの急な坂道。そこらの絶叫系ジェットコースターも真っ青な状況である。
「凄いですこの車! まだまだスピードが上がります! さすが六輪駆動のパワーです!」
ハンドルとアクセルを微妙にちょい、ちょいと動かしながらスオーラが叫ぶ。
普段の落ち着き具合からは想像できない状態だ。まさしく興奮状態にあると言っていい。
だがそのハンドル裁きはコンピュータのように冷静だ。普通これだけのスピードで走ればちょっとした段差の影響で車体が横転しかねない。特にこんな荒れた坂道では。
ちなみにタイヤが六本あってそれぞれがエンジンと連結して駆動するのでスオーラは六輪駆動(6WD)と呼んだが、昭士達の世界では総輪駆動(All-Wheel Driveを略してAWD)という言い方をする。だが免許すら持っていない昭士がそんな事を知ってる訳がない。
「しっかり掴まっていないと危ないですよ、アキシ様!」
スピードを出している興奮状態に加え、完徹した人間独特のハイテンション振りが加わり、正直正視したくない。
充血して興奮した目はカッと見開かれ、嬉しいのか引きつっているのか判らない口を横に引っぱった笑い顔。
百年の恋も覚めるというのは、こういう状況ではないのだろうか。何故か妙に冷静になれてしまった昭士は、そんな事を考えた。
しかし状況はそんな静かな考えに浸る事すら許されない。それほど激しい揺れなのだ。このスッド村への片道だけで、この車が全損してしまうのではないか。そう真剣に考える程に。
その時ふと、車体に襲いかかっていたあらゆる衝撃がピタリと止まった。しかし止まってはいない。動いている。このあらゆるしがらみから解放されたような浮遊感。もしや――
《衝撃に備えろ!!》
とっさに通路めがけ大声を叩き込み、自分も手すりを握り潰さんばかりにしがみついた。
昭士の予想は大当たりだった。下からドーーーンと桁外れの衝撃が襲いかかった。これまでで一番の揺れに通路の奥からは賢者といぶきの悲鳴が。運転しているスオーラもごつんとシートに後頭部をぶつけた程だ。
つまり。この重たい車体がほんの一秒あまりとはいえ「宙に浮いていた」のだ。よく倒れなかったものだ。昭士はその幸運に胸中でありったけの感謝の言葉を述べた。だが、
「剣士殿! 大剣が大変な事に!」
今度は何だ。昭士は心の中だけで悪態をつくと、また狭い通路を走って物置きまで戻る。
《どうした賢者!?》
「妹さんが物置きの角と角に挟まってしまって。これでは動かせませんよ」
見ると部屋の対角線。上の隅と下の隅にちょうど剣がガッチリとハマってしまったようだ。おそらくさっきの衝撃のせいだろう。
ガッチリハマってしまっているという事は、強い衝撃が来ない限りは大剣は「固定されて」いると解釈できる。口うるさいのはともかく、大きな荷物として考えるならばこれほど安心できるものはない。
《こっちは後だ。あれからだいぶ山を下りてきてるから、もういい加減着いてほしいんだが……》
そこで襲った衝撃で、昭士の身体は一気に操縦席の方に「歩かされた」。つまり急ブレーキをかけたのだ。
操縦席の扉に体当たりしないよう気をつけて手を突っ張る。それでどうにか身体の動きを止めると、改めて操縦席に飛び込んだ。
「アキシ様、着きました!」
さっきと同じ、見開き切った赤い目。薄く開けた口をカクカクと言わせて笑っているのか怒っているのか判らない微妙な表情。
だがそこには自分の仕事をやり遂げたという、満足した輝きも同時にあった。
《よし。いぶきと一緒に外に出るから、スオーラはここで待機しててくれ。全員で出る必要はない》
「しかし言葉は……」
《必要になったら呼ぶ。それでいいな》
昭士は立ち上がりかけたスオーラを強引にそこに座らせると、大剣を取りに物置きに戻る。
部屋の角にガッチリとハマっていたが、昭士が動かすと割と簡単に取れた。賢者にもここにいるよう伝えると、低くなっている入口と狭くなっている通路に気をつけて、昭士は後ろの扉から外に出た。
細いステップを下りた彼の目の前に広がるのは、完全に人の営みを無くした村の様子だった。
粗末な家は乱暴にに押し潰され。憩いの場であったろう広場の像は台座ごと砕かれ。道には大きな足跡が転々と残り。畑には無惨に折れ千切れた作物が散らばり。
そして、それ以上にあちこちに散らばるのは、金属の像にされた村人やペット、家畜達。鎧を着た兵士の姿も多く転がっている。きっと王子が連れてきた兵士だろう。
そんな村の外にあの時の飛行船が止まっているのが見えた。エッセの攻撃を受けたらしく、機体の前半分がひしゃげてしまい、もう飛べそうにない。
明らかに日が昇って朝を迎えているのに、人はおろか犬猫の姿すら全く見えない。まるで打ち捨てられた廃村だ。
しかし。かろうじて残っている建物から、強烈な猜疑心と警戒心を含んだ視線はひしひしと感じる。
昭士は、肩に担いでいたいぶきに声をかけた。
《無駄なのは知ってるけど、言わずにはおれんから言うわ》
そう前置きをして、昭士は勝手に話し出した。
《この村の惨状の責任は、お前にあるからな》
《ナンでよ。あたしにはナンの関係もないでしょ》
心底つまらなそうに吐き捨てたいぶきの言葉に、昭士は裸婦のレリーフに拳を叩き込むと、
《お前が飛行船に乗ってる時に王子さんをバカにしなけりゃ、昨日のウチにここに着いてた。俺もスオーラも作戦を練って戦えたし、王子さんの手勢の協力も得られた。そりゃ犠牲は出たろうけど、こんな村が半壊するような事にはならなかったろうな》
それからいぶきに見せつけるように剣を高々と掲げると、
《何も感じなくてもよく見ておけ。これが、お前がとったバカな行動の結果だ》
《バカな行動ねぇ。バカ王子をバカって呼ぶのがそンな悪い事? その結果がコレって言うけど、どうでもいいわよこンなの。あたしの知ったこっちゃないわ。こンなトコに来るくらいならとっとと帰ればイイのに。バッカみたい》
昭士はもう一度レリーフに拳を叩き込んだ。さっき以上の力を込めて。
《今日は覚悟しとけ》
《あンたが死ぬ覚悟?》
罪悪感ゼロのふざけた調子でいぶきが言い返した時だった。少し離れた何もない空間から「ぬっ」と現れた物があった。
「ソノ姿ハ巨大ナ四ツ足の獣。短イ足ニ巨躯。顔の中央に長い触手のヨウな物ガアリ、そレが絶大な破壊力ヲ誇ル」
以前賢者が言っていたエッセの姿。それらの特徴にピタリと合致する姿。
そう。象の姿をしたエッセが、昭士の目の前に現れたのだ。


《おいでなすったか》
昭士は戦乙女の剣をゆっくりと構え直す。
象の姿をしていると言っても、その表面は光沢のある金属。しかしロボットのような「いかにもメカ」という印象はない。金属で生物の象を形作っている。そんな感じが近い。
象型エッセの方もこっちに気づいているようだが、いきなり襲いかかってくる様子は全く見られない。
元々象はそれほど気性の荒い生き物ではない。何かに襲いかかるのは我が身と子供を守る時くらいだ。象型とはいえ、エッセになってまでその性質が受け継がれているかは全く判らないが。
気性や性質はどうあれ、人類をあっという間に死に追いやれる存在である事は間違いない。それはこの荒れ果てた村の様子を一目見れば、いぶき以外の人間には一発で伝わるのだ。
昭士はいぶきを肩に担いだまま、エッセに一直線に向かっていった。まさしく真正面から何の小細工もなく。それは象の牙が小さいからだ。もし大きかったらそれが邪魔をして真正面からは飛び込めない。
エッセにどのくらいの知能があるかは判らないが、殺気や闘気といった物を感じ取ったのだろう。鼻を高々と上げて気味の悪い声で吠えると、こちらに突き出した鼻から煙のようなガスを噴き出してきた。
このガスこそ、生き物を金属に変えてしまうガス。エッセはそうして金属に変えた物のみを捕食しているのだ。
しかし若干距離があったので、昭士は担いでいたいぶきを盾のようにかざす。ガスは総て大剣の刀身によって防がれ、昭士には何のダメージもない。大剣となったいぶきも同様だ。
《さむさむさむさむ冷た冷た冷た〜〜〜い!!》
しかし液体窒素のように冷たく、短い間でも浴びたいものではない。昭士はいぶきの悲鳴を無視して走りながら剣を持ち直すと、一気に間合いを詰めた。
剣を大きく振りかざし、自分が軸となって大きくプロペラのように振り回す。その遠心力を使って、無防備なエッセの足に渾身の力を込めて剣を叩きつけた。
《っっだあぁぁぁぁっっっ!!》
例によっていぶきの悲痛な悲鳴が上がる。賢者の話では、いぶきが痛みを感じる程剣の威力が増すと言っていた。
ところが。大剣は硬い岩を叩いたような感触と共に綺麗に跳ね返った。強制的に逆回転させられバランスを崩す。しかし転ぶまでに体勢を立て直して距離を取ると、
《何て硬さだ。ハンパじゃねえな》
柄を握る昭士の両手がビリビリと痺れている。きちんと握っているのは間違いないのだがその感触が全くない。
《ナンて事すンのよバカアキ! 痛いから止めろって言ってるでしょ!? 人の事殺す気!?》
《殺して死んでくれるんなら、とっくにやってるよ、このバカ女》
言い返しながら象を観察すると、剣を叩きつけたところにクッキリと痕がついているだけで、足には何のダメージも与えていなさそうである。
だが足を攻撃されて怒った事は間違いない。さっき以上に気味の悪い声で吠えると、今度は昭士に迫ってきた。距離はなかったが今の昭士の能力――周囲の動きを超スローモーションとして認識する――のおかげで難なくかわしてみせたが、象の方は急には止まれない。五十メートル程駆け抜けてようやく止まると、今度は方向をこちらに変えてきた。
この距離はまずい。五十メートルもあれば象の最高時速のスピードが出る事は間違いない。能力のおかげでぶつかる事は避けられそうだが、そんなスピードの硬い物体相手に剣を叩きつけたのでは、こっちの身体が持たない。
もっと剣の威力を上げるとか、戦法を変えるとかしないと倒す事はできないだろう。
……あるじゃないか。剣の威力を上げる方法が。
昭士は一目散にその場を逃げるように駆け出すと、大急ぎでキャンピングカーまで戻った。
運転席脇の入口を開けて入ると、スオーラが泡喰った調子で、
「アキシ様、先程の吠え声は、もしや!?」
《ああ。エッセのお出ましだ。倒すのにこいつを使う。手伝ってくれ!》
スオーラは顔一杯に「?」をつけたままだった。こんなキャンピングカーとやらをどう戦闘に使うというのだろうか。体当たりでもさせるつもりだろうか。
昭士は入口の扉を開けたまま剣だけ外に出した状態で座り、足を伸ばして突っ張ると、
《スオーラ、このままエッセめがけて走らせろ。全速力でな》
だが。たったそれだけを見て、スオーラは昭士の戦法をすぐに察してくれた。
「判りました、落とされないようご注意を!」
操縦席についたスオーラは素早くエンジンを始動させると、一気にアクセルを踏みしめ(実際には踏んでいないが)飛ぶように車を走らせた。
「なるほど。古き騎士のランス突撃の応用ですか」
その様子を見ていた賢者はさすがに知恵者らしく昭士の作戦を理解していた。
古い戦では、騎士は馬にまたがり身の丈以上の鉄の槍を抱えて敵陣に突進していった。その威力はことさら分厚く作られたランス戦専用の鎧をまるで薄板のごとく突き破って騎士を死に至らしめたという。
振り回すには重い鉄の槍を、時速七十キロを超える馬の速度を使って破壊力のある兵器に変えてしまう。ならばランスよりも重く馬より早い車とを組み合わせれば、もっと破壊力が出るのではないか。だが当然、
《おいバカアキ! あンたひょっとしてこのまま突っ込む気じゃないでしょうね!? ンな事したらさすがに死ぬから!!》
例によっていぶきが文句をつけてくる。しかし昭士は無視したままだ。
《スオーラ、向こうから象……じゃない。巨体のエッセはやって来ないか!?》
昭士は前を見るよりも剣をしっかりと固定する事を優先して、ちらりとしか見なかった。それに迂闊に身を乗り出して剣とのバランスが崩れでもしたら大変だ。いくら昭士には軽く感じるといっても、推定三百キロはあるのだから。
「はい、来てます。あれがアキシ様の世界の『象』という生き物の形をしているのですね」
さすがのスオーラも声が震えている。向こうから自分以上の巨体が猛スピードで向かっているのだから、怖くて当然だ。実際昭士も怖い。
「でも、大丈夫ですか?」
手すりにしっかりと掴まった賢者が、心配そうに声をかけてくる。
「すれ違い様に剣を叩きつけるという発想はお見事ですが、そのためには剣士殿がぶつかった衝撃に耐えないとなりません。でなければ剣は弾かれ、その威力のほとんどが失われてしまいます」
ランスを使いこなすには、そうした体力や腕力が絶対に必要。賢者は暗にそう言っていた。
昭士は変身するとある程度の筋力が増強されてバカ力を発揮できるが、それでも体力や腕力に頼った戦法がとれる程ではない。
普通に振るってもあれ程痺れが残る衝撃がきたのだ。この速度同士でぶつかりあった時に、昭士自身にかかる衝撃は――想像したくないレベルな事は確かだ。
しかし今さら戦法を変える訳にはいかない。耐えるしかない。何としてでも。
太い握りを抱えるようにし、脇でしっかりと固定する。速度が乗っているためか、剣先がふわっと上を向いて地面とほとんど水平になった。
《あいつの脇スレスレに頼むぜ!》
「判りました!」
スオーラが微妙にハンドルを操作して幅を詰めていく。元々機械は得意と言っていたが、基礎はあるにせよ未知の機械をここまで絶妙に操れるようになるとは。学習力と応用力の高さがトンデモないようだ。それも高い水準の教育が為せる技だろう。
《しぬしぬしぬしぬやめろやめろやめろってばーーーーーーーーっ》
《よぉし、こい、こい、こい……》
いぶきの必死の叫びを無視し、昭士は意識せずそう呟いていた。
お互い最高速度に乗った状態で、ぶつかるスレスレですれ違う。その時、まだクッキリ痕が残るエッセの足に、昭士は大剣の切っ先を叩きつけた。
力一杯抱え込んでいたものの、当たった衝撃で剣と身体がずるっと後ろに動いた。とっさに足をふんばり柄を押さえて動きを止めて、なおかつ力一杯押し返す。激しい衝撃と抵抗によるきしみが右腕に伝わってくる。
《いっっっでえぇぇぇえええええぇっっっ!!!!》
当然いぶきにも激突時の衝撃は走っており、さっき以上の悲鳴を上げている。思わず運転するスオーラが顔をしかめてしまった程痛々しい悲鳴が。
だがその甲斐あったのか剣の威力のおかげか、大剣の刃はエッセの足の中に一気に中程まで食い込んでいった。それを確認した昭士はようやく手を放す。
《スオーラ、止めてくれ!》
昭士の合図でスオーラが目一杯ブレーキをかけて車を止めた。
昭士は痺れるどころか完全に麻痺したような右腕を気づかいながら車を下りた。相変わらずエッセは気味の悪い声で吠えている。だがそれは威嚇ではなく痛みの為だ。
昭士の目論見通り、象である以上足の一本を潰されてはバランスが取れないし自分の体重も支え切れない。地響きを立てて倒れたばかりか、痛みで暴れ出している始末。
暴れるのは予想外だったらしく気まずそうにエッセに駆けよると、振り回す鼻や転げ回る巨体に気をつけて大剣を足から引き抜いた。
《っっっったーー。ハンパじゃない痛さだったわよ! 本気で死ぬかと思ったわ!!》
《そのおかげでこいつに大ダメージだ。賢者とやらの話は聞いてたろ?》
昭士はどうにか無事な左手一本で大剣を天高く振りかざすと、能力によってゆっくりに見える象の顔面に大剣を振り下ろした。象の動きが止まるまで、それこそ何度も何度も。
《いだっ!!》
《うげっ!!》
《ぐぅっ!!》
《あだっ!!》
何度目かでついに象の顔面にヒビが入り、大きく叩き割れた。そしてその斬り口が淡い黄色の光を放つ。それが斬り口からまたたく間に象の巨体全てに広がり、包み込んでいく。間違いない。このエッセの最後だ。
ぱぁぁぁぁぁあん!
光に包まれた巨体が小さな光の粒となって一斉に弾ける。その光は四方へ一気に天高く飛び散っていった。この光が金属となったものに降り注ぐと、生身の身体に戻っていく。ここは屋外だが、建物の中にいても光は届く。それは前の戦いの時に実証済だ。
これこそいぶきが変身した「戦乙女の剣」の真の力。らしい。
人々が元に戻った嬉しい悲鳴があちこちから聞こえてくる。
《っと、そうだ。忘れるところだった》
昭士は剣を抱えたまま、半分潰れた飛行船に駆けていく。潰れているのは飛行船のヘリウムが入るいわゆる風船部分。操縦席や船室がある部分はどうにか無傷だった。
昭士は力一杯入口を蹴り飛ばして開けると、すぐさま中に踊り込んだ。中で待機していた兵士が全身を震わせてびくついている。
昭士はそれに構わず部屋をきょろきょろと見回すと、勝手に奥に入っていく。もちろん兵士はそれを止めなければならないのだが、抜き身の大剣を片手で軽々持つ昭士を見て、完全に怯えてしまっていた。
昨日の記憶に従って王子がいた部屋へ急ぐ。「確かここだったな」という部屋の扉の前に立つ。落ちまいとして剣を叩きつけた痕がしっかり残っている。そこをこれまた蹴り開けると、そこは誰もいないガランとした部屋。
そしてその部屋に、大剣の鞘がしっかりと残されていたのだった。鞘には背負うためのベルトもついているので、この方が持ち運びしやすい。
《ふう。こいつがないと素っ裸のままだしな、お前》
剣を鞘に収めながら昭士が独り言のように呟く。いぶきの肉体が剣に変身する時、着ている服が鞘になる。鞘がないと元に戻った時、彼女はハダカのままだ。
こっちの世界ではもちろん、元の世界でハダカのままでいさせる訳にもいかない。これは着ていた服が変身しているので、放っておいたら服が無くなってしまう。わざわざこうして取りに来る価値はあるのだ。
まだまだ痺れが残る右腕が使えないので苦労したが、どうにか片手できちんと鞘に納める。
《あー。やっと服着れたわ。あのバカ王子、ブラやパンツ盗ンでないでしょうね?》
《これもお前が悪いんだろうが》
《うるさいバカアキ! あンたが落っこちるようなヘマしたからでしょうが!》
相変わらず言い合っていると部屋の外からたくさんの人の足音が聞こえてきた。
《言い争ってる場合じゃないか》
昭士は大剣を鞘に入ったまま窓に叩きつける。上空の気圧に耐えるための厚いガラスがあっさりと割れる。そこに開いた大きな穴から昭士は外に飛び出した。
《った〜〜〜〜。ナニすンのよバカアキ!》
《お前のせいで俺達はお尋ね者なんだぜ。捕まってたまるかよ!》
大剣を背負ったまま一目散に駆けて行く。そこには無事元に戻った人が喜びを分かち合う姿が。その中にはどこかにいたのであろう、王子の姿もちゃんとあった。
昭士は彼らに見つからぬように村を駆け抜け、人だかりができつつあるキャンピングカーに戻った。
車自体がとても珍しいのだ。こんな見た事のない車に注目が集まらない訳がない。
《おおい、頼むから退いてくれ!》
通じない言葉をかけながら、そんな人垣をかき分けて車の元へ向かう昭士。まさか彼らを物理的に蹴倒して行く訳にはいかない。いぶきではあるまいし。
村人達は「何だ何だ」と言っているような感じで彼を通してくれる。
《おい賢者、出て来い!》
昭士の怒鳴り声で、賢者は入口を開けて出てくる。彼が口を開くより早く、
《向こうの方に王子さんがいたからよ。何とか話つけといてくれ!》
「は、話をつけるとは言いましたが、いきなりですね」
《しょうがねえだろ、こっちだってまだ牢屋には入りたくねぇし!》
賢者を引きずり下ろすように車から下ろし、代わりに自分が飛び乗った。その賢者は気を利かせて車が動くから退くように皆に伝えている。
そんな彼に説得され、のろのろと人垣が動いて道が確保できる。窓から後ろを見た昭士は、王子が兵を引き連れて走ってくるのを見ると、
《じゃあ後頼むな。スオーラ、出してくれ!》
「ハ、ハイ、アキシ様!」
完全に勢いに釣られたスオーラは、車のエンジンをかける。その音はこの時代の車と違って意外な程小さい。
怒号を上げてこちらに迫る王子達をバックミラーで確認したスオーラも、一気にアクセルを踏みしめた。
この場から逃げるために。

<第4話 おわり>


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