トガった彼女をブン回せっ! 第31話その4
『どうなってやがんだ、こりゃ』

地球最大の砂漠といわれるサハラ砂漠。その一画の砂の海の中に、倒すべきエッセが潜んでいる。
その姿は地球上でもどう猛な生物に入るサメ。サメの総てがどう猛でも生き物を襲う訳でもないが、エッセの特性上生物を襲いに来るに決まっている。
何故ならエッセの食事は、自身が吐くガスによって生物を金属の塊に変えた物のみ。それ以外の物は食べられないらしいし、食べているのを見た事がない。
それに加えてここは生物がどのくらいいるか判らない砂漠地帯。実際視界の範囲内に動植物含めて生物の姿はほとんど確認できないのだ。
それが何を意味するかというと……エッセは確実に飢えている。飢えた生物が食べ物を目の前にしてじっとしている筈がない。
事実、昭士の持つ「自分の周囲のあらゆる動きを超スローモーションで認識できる」能力が教えてくれている。砂の地面の下にいるサメ型エッセが、明らかにこちらに向かって来ているのを。
「来るぞ! そっちだ!」
昭士が指差した左側十メートル先くらいの砂地からゆっくり姿を現わしたのは、サメ独特の三角形をした背びれであった。その背びれを出したまま、一直線に昭士の方に向かって来ている。
それはいい。しかし今の昭士には何の武器もない。唯一の対抗手段である「戦乙女の剣」は、現在地球の上空を一気に飛んでいる真っ最中。ここに着くまでにはまだ時間がかかるだろう。
そうなるともう一つの武器しかない訳であるが、こちらはエッセに対しては効かない事は確認済である。
しかしそれでも黙ってやられる訳にはいかないので、昭士は天高く右手を掲げた。するとそれをめがけるかのように飛んで来たものがあった。
戦乙女の剣ではない。鳥である。それもプラスティックの身体をした無生命の鳥。その鳥は昭士の手に停まる寸前でくるりと前転するように回り、その形を一瞬で変えた。
それはもう鳥ではない。銃だ。さっきまで乗って来た巨大な鳥型ロボが、この小さな鳥に姿を変え、さらに銃に変形までしたのである。
これも昭士が見ていた特撮番組でヒーローが使う可変武器・ウィングシューターである。彼はその銃口をサメの背びれに向けて引き金を引いた。
ちゅちゅん!
高いが小さく鋭い、そしてどこか安っぽい音。ウィングシューターの玩具が発する音である。
そしてそんなちゃちな音と共に発射された赤い高熱のレーザー。それは確実に背びれに命中していた。
本来なら高熱でたいがいの物は溶けてしまうのだが、全くの無傷。これがエッセの恐ろしいところなのである。
だが確実に昭士の方に注意を向ける事ができたようだ。背びれがすっと砂の中に沈んだかと思いきや、昭士の五メートル手前で飛び出たのである。
大きな口を開け、鋭く尖った歯を光らせて、瞬間最高時速三十キロといわれる速度を一切緩めずに飛びかかって来たのである。
数字だけだとそれほど早いとは思えないが、五メートル手前からの不意打ちと考えれば相当早く感じるのだ。
だが、もちろん昭士は全く慌てていない。「自分の周囲のあらゆる動きを超スローモーションで認識できる」能力のおかげである。彼はわざわざ片手用の銃を両手でキッチリ持ち直すと、エッセの口の中に向けて高熱のレーザーを発射したのだ。
ちゅちゅん!
また安っぽい音と共に高熱のレーザーが発射される。だが今度は身体の内側だ。効かない事は判っているが牽制には充分なるし、無駄に怒らせるには充分以上の効果があるだろう。
さらに時速三十キロの体当たりを紙一重で見切ってかわすと、今度はウィングシューターの銃口に自分のムータを被せた。そして銃口を上空に向けて叫ぶ。
「リムターレ!!!」
力強い叫び声と共に引き金が強く引かれた。その強さとは正反対に、ムータはゆっくりと宙に舞い上がり、粉々に砕け散る。正確にはそう見える青白い光が舞い飛んだ。
その青白い光の小さな一粒一粒が渦をなして昭士の身体にまとわりついていく。
その光は一瞬で消えると、彼の学生服にマントという服装が一変していた。
身体のラインに合ったワインレッドのつなぎ。それ以上に密着する様な金色のベスト。開け放した胸板には、双頭の鳥を図案化したマークが描かれている。
他に身につけるのは白グローブ、白ブーツ、携帯と銃のホルダーがついた白いベルト。そのバックルにはムータが収まっている。
その姿は、頭部こそ覆っていないものの、まさしく特撮のヒーロー番組のヒーロースーツである。とはいえその番組中ではこのスーツを着ていたのは女の子なので、スカートが付いていなくとも実は微妙に恥ずかしい。
しかしこの格好は伊達ではない。番組で「設定」とされている能力をそのまま持っているのだ。だから熱さにも寒さにもある程度の強い衝撃にも充分耐える事ができる。
《色がないから判りづらかったけど、あのサメはホホジロザメという種類のようね》
女性体のジェーニオが、鋭い観察力で見抜いた内容を告げる。
ホホジロザメ。サメの中でも凶暴な種類で「白い死神」という異名まであるらしい。
どちらにせよ、ここで倒さねばならない相手に代わりはない。同時に逃がしてもいけない相手である事も。
「ジェーニオ、ちょいと頼みがある!」
すぐ近くにいるので怒鳴る必要などないが、戦いになってテンションが上がっているのか、声が大きくなっている。
「ほんのちょっとでいい。ココ、傷つけてくれ」
昭士は自分の額を指差してコツコツと当てる。意味が判らないという顔をしているジェーニオに対し、
「サメってのは血の臭いにメチャクチャ敏感らしい。あのエッセがそのサメの特徴を受け継いでるんなら、俺めがけて襲って来る筈だ」
《その習性は知っているが、その必要はなさそうだぞ》
男性体のジェーニオが指差す先には、Uターンしてこちらに戻って来たサメ型エッセの背びれが一直線に向かって来ているところだった。またさっきのように飛びかかって来るつもりだろう。
そして案の定、背びれがすっと砂の中に沈んだ直後、再び砂の上に飛び出したのである。
大きな口を開け、鋭く尖った歯を光らせて……今度は生物を金属に変えるガスを噴射して来たのだ。時速三十キロの突進力がガスの噴射速度をより加速させ、さしもの昭士でも完全に避けるのが難しいタイミングであった。
しかしそれでもガスの大部分を避ける事に成功。効かないと判ってはいても、冷凍ガスのごとき冷たいガスなど浴びたくもないのだ。
避け切れなかった左腕が冷たいガスの影響で真っ白になっている。しかしすぐにガスは乾いて、ヒビの入った泥のようにバラバラと跡形もなく落ちていく。
もちろん左腕は全く冷えを感じていない。フィクションの世界のスーツだが「マイナス二七〇度から一万度の熱に耐え、戦艦の主砲の直撃にも耐える」という性能はフィクションではない。
昭士にガスを浴びせて再び砂の中に潜ろうとしたサメ型エッセの動きが無理矢理止められた。それは二人のジェーニオがエッセの尻尾を鷲掴みにしていたからだ。
そして息の合ったタイミングで天高く放り投げる。体長十メートルはあろうエッセがその何倍もの高さまで投げ飛ばされた。
そこへ。
『…………ぅぅえええぇぇぇええええぇぇぇぇぇっっ!!!』
遥か遠くから小さく、そして段々大きくなって来るいぶきの悲鳴。無理もないだろう。約一万キロもの強制的な空の旅を、時間を考えれば音速でやらされているのだ。
しかしその姿は巨大剣・戦乙女の剣。昭士が戦士の姿に変身するといぶきも同時にこの大剣の姿へと変わる。その変身にいぶきの権限は一切ない。
ドガンッッ!!
文字通り空を切り裂いてやって来た大剣は、着地の衝撃で豪快に砂を巻き上げる。太陽の光が少し遮られる程に。
周囲の動きを超スローモーションで認識できる昭士の能力も、この砂のように広範囲に豪快にブチまけられる様な物はさすがに避け切れない。
「相変わらずはた迷惑だな」
たっぷりと砂を浴びながらぼそっと呟く。そしてもう一度豪快な衝撃が起き、さらに砂が巻き上がる。さっき上に投げたエッセが地面に叩きつけられたからだ。
そこへ後ろからやって来た女性型のジェーニオが、昭士の身体をひょいと持ち上げ、砂の降る範囲から一気に抜け出す。
《やっと届いたわね》
ジェーニオは小声で言いながら、気を利かせて戦乙女の剣の元へ運んでくれた。
クレーターのようになった砂地の中央に突き刺さっている戦乙女の剣。しかしその剣は鞘に収まっておらず、抜き身のままである。
この剣はいぶきの身体が姿を変えたもの。そして、鞘は着ている服が姿を変えたもの。という事は、
『ったく。人が気持ち良く初風呂に入ろうとしてたってのに、何考えてンだこの変態バカが!』
剣からいぶきの極めて不機嫌な怒鳴り声がする。彼女の言う通り入浴しようとした時にこんな風に呼び出されれば不機嫌なのも当たり前である。
だがいぶきがエッセとの戦いに関して不機嫌なのはいつもの事であるし、それを気にしていては戦いにならない。
「何度も言ってる。諦めろ」
ジェーニオに抱えられたまま剣の柄に手をかけ、力強く引き抜いた。持ち上がっていた身体がほんのわずかだけ下がり、また上がった。
それだけ戦乙女の剣の重量が重いのである。何せ約三百キロあるのだ。しかも刀身の長さ一八〇センチ、刃幅四十センチ、厚さ五センチという、使い手の昭士よりも大きい豪快なスケール。
しかしその中身は――姿形はともかく――一女子高生のいぶきである。実質屋外で全裸である。ぎゃあぎゃあとうるさいのは仕方ない。
まだまだ砂が舞っている中エッセの方を見てみると、腹を上にしてジタバタともがいていた。昭士達は詳細なサメの生態は判らないが、腹を上にしているとうまく動けないのだろうか。
だがそれは同時にこちらのチャンスである。それを察したジェーニオ(女性体)も一気にスピードを上げてエッセの真上に来ると、昭士の身体を離した。
落下していく昭士の身体。とはいえほんの数メートル程なので大した威力はないだろうが、それでも昭士は落下の勢いを加えた戦乙女の剣の一撃を叩き込んだ。
『っっだあぁぁぁぁっっっ!!』
姿形は剣になっているが中身と五感はいぶきのままだ。叩きつけられたら当然痛い。しかもいぶきが痛がる程剣の威力は跳ね上がる。
事実、エッセの胴体に明らかにヒビが入っている。痛覚があるのかは判らないが痛そうにしてもがき方が激しくなった。そこへ間髪入れずに大剣を振り下ろす。何度も。何度も。何度も。
『っ。あだ。いでっ。でめぇっ!』
その度にヒビが大きく、そして広くなっていき、いぶきの悲鳴も段々長く大きくなっていく。
そこにはカッコ良さも勇ましさもない。事務的な作業でしかない。そのくらい割り切らなければいぶきの痛々しい悲鳴で手が鈍る。毎日殺される様な対応をされていても肉親を殺めるのは御免だという気持ちである。
やがてそのヒビが全身に回り、ついには胴体が真っ二つになって転げた。するとその切り口が淡い黄色に輝き出したのである。
淡い光は斬り口から瞬く間に全身に広がっていく。そして、
ぱぁぁぁぁぁあん!
光に包まれた破片が光の粒となり一斉に弾けたのである。その光は四方八方へと一気に、そして天高く飛び散っていく。この光はエッセを倒した証である。
「……変にあっけないな」
楽に倒せたのはいいのだが、いくら何でも楽過ぎる。昭士の脳裏に疑いの考えが満ちる。しかしエッセを倒した証の光の粒は出ている。
男性体のジェーニオが周囲を警戒しつつ昭士の元にやって来る。剣を振り下ろしたままではあるが、警戒を解いていない昭士に向かって、
《怪しいな》
「そうだよな」
『ナニが「そうだよな」よ。終わったンならとっとと帰せ変態野郎が』
緊迫した二人の雰囲気をぶち壊すいぶきのぼやき。二人はそれを当然のように無視し、
「まさか、この間みたいに蜂の巣ならぬ『サメの巣』ってのは、ないだろうな?」
前回戦ったのが蜂型エッセを次々生み出す蜂の巣だった事もあり、ジェーニオにそう訊ねるが、
《さすがにサメは巣を作らないでしょ》
という女性型ジェーニオのもっともなお言葉で終了する。それはそうである。エッセがサメの習性を色濃く受け継いでいる以上、巣を作る習性のないサメに巣がある訳もない。
ところが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
再び先程のようにムータが鳴ってエッセの出現を知らせる。そして昭士の能力に察知された物体が一つ。
それは砂の奥にあり、流線型の身体をした十メートル程の体長の生物。の形をしたエッセだった。
「……またサメかよっ!」
昭士が驚いた声を上げる。
エッセがどういう仕組みで作られるのかは調べがついているが(昭士が覚えていないだけ)、一度出てきた生物が再び現われる事は、これまで一度もなかった。
これが初のケースなのか、それとも何かがあるのか。この段階ではまだ断言は出来ない。
だがそれを考える時間はなさそうである。なぜならそのサメ型のエッセが、砂の海の底からもの凄い勢いでこちらに向かって「浮上」して来ているからだ。
さっきは間に合わなかったが、今の昭士には戦乙女の剣がある。砂の海から飛び出て来た瞬間に剣の刃を叩きつけてやる事も可能だ。
それから数秒後。地上に飛び出して来た直後のその頭部に、剣の切っ先を叩き込んでやった。一八〇センチの刀身の先が見事にサメ型エッセの頭部を真っ二つに叩き割っていた。
ぱぁぁぁぁぁあん!
光に包まれた斬り口がやがて光の粒となり一斉に弾けた。光は四方八方へと天高く一気に飛び散っていく。
「……ふう」
天に昇っていく光の粒を見ながら、昭士は一息ついた。ところが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
再び先程のようにムータが鳴ってエッセの出現を知らせた。昭士の能力が察知したものも、またサメ型のエッセの姿であった。
「どうなってやがんだ、こりゃ」
剣を肩に担ぎ上げた昭士がぼやいた。まだエッセとの距離があるからできる余裕振りだが、同時に奇妙さも感じていた。
《やはり何かあるな》
ジェーニオも警戒は解いていないが、同じ感想のようだ。
こうも立て続けに、しかも同じ型のエッセが現われた事はこれまで一度もない。これは絶対に何かある。ジェーニオはもちろん昭士も同じ考えだ。
だが昭士は頭脳労働タイプではないし、ジェーニオも知識はあるが人間の物とは微妙に異なる。蓄えた知識を提供はできても、その知識を駆使して新しいアイデアを思いつくタイプの「頭の良さ」は持っていない。
『判ンないならとっとと帰れ。正月早々ゴメンだっての、こンな事』
いぶきが「とっとと帰せ」という圧を込めてぼやく。もちろん他の面々はそれを無視する。
砂の中を泳ぎ、十メートルは離れた後方から地上に飛び出し、そのまま空中を飛んで昭士の真上に大口を開けて落下してきた。もちろん真上から金属化ガスを吐き出して。
もちろん昭士は慌てず騒がず、持っていた戦乙女の剣を盾にする。一八〇センチ×四十センチの大きさは伊達ではない。ガスを完全にシャットアウトする。
そこに加わるサメ型エッセの重量と落下の衝撃。戦乙女の剣はエッセに対しては絶大な威力を誇るが、受け手に回れば普通の金属。普通とはいえそうそう壊れる事はないが。
しかし、いぶきにとってはヘビー級ボクサーの必殺ストレートを喰らった様なものである。声も出せない程の痛みを受けているのは間違いない。
だが、この戦乙女の剣は、いぶきが痛がれば痛がる程強力な威力を発揮する。そのためだろうか。落下してきたエッセは硬い壁に当たってはね返るかのように上空に弾き飛ばされる。
それは十数メートル先まで飛ばされ、背中から砂地に叩きつけられ、さらに大きくバウンドしながら転がって行く。
本当なら追いかけてとどめを刺したいが、この砂地が相手では素早く走れない。もちろんジェーニオに抱えてもらえば一足飛びであるが、今のを倒してもまたすぐさま次のサメ型エッセが現われないとも限らない。いや、おそらくはそうだろうと踏んでいる。
つまり。その謎を解かない限り永遠にここで戦い続けるハメになりかねないようだ。
「……よし。その謎が解けるまであいつは放置。人里に近づいたらぶっ叩く。それで行こう」
昭士のその言葉がきっかけになった訳ではないが、エッセの気配がこの世界からなくなった。


「……判りました。こちらも警戒をしておきます」
昭士からかかってきた電話を切ったスオーラ。相変わらずエッセの生態は読む事ができない。そんな思いである。
とはいえ、読むと言える程の実態は判っていないのが現状である。
オルトラ世界に数ある国の一つ・ヒュルステントゥーム国。
良い意味でも悪い意味でも昔ながらの生活を守り続けているタイプの国だ。ただそれはジュンのように外界から遮断され原始的な生活を続けている村とは異なる。
単純に新しい物を積極的に取り入れる事をあまり良しとしない国民性、と言う方が正確である。
そして、スオーラが信仰しているジェズ教の影響が少ない国の一つでもある。そのためジェズ教教徒の多い国の年末年始に普通に見られる「神とその従者達の人形」がどこにも立っていないという光景に、彼女は不思議な違和感すら感じていた。
ついさっきまで故郷パエーゼ国にいたのだが、約一万キロも離れたこの国に今いるのが信じられない気持ちである。
しかし目の前に広がるのは「聖なる湖」と噂に聞いていたヒュルステントゥーム湖に間違いない。湖の中央部に浮かぶ島に建つ石造りの古い聖堂の趣や歴史には(他宗教のものとはいえ)スオーラも自然と胸が熱くなる。
何せこの国とパエーゼ国は飛行船でも四日以上かかる距離だ。徒歩での旅なら何ヶ月もかかる。しかし彼女達がパエーゼ国にいたのはほんの十分程前である。
隣にはスオーラと同じ僧服の女性。ガンマンのガン=スミス。その愛馬ウリラ。そしてその馬の背に乗って寝ているジュンという、極めて人目を引く組み合わせの一行がいた。
ほんの十分程で一万キロもの距離を移動できたのは、スオーラと同じ僧服の女性の力である。
「今回は仕方ないですが、帰りは自力でお願いしますね」
無感情な声で淡々と告げた僧服の女性。名は益子美和。本名はビーヴァ・マージコ。伝説となったマージコ盗賊団最後の団長である。
彼女もスオーラ達と同じくムータを持ちエッセと戦える手段を持った戦士の一人である。
しかし彼女のムータの力は「盗賊」。敵と直接戦う事には全く向いていないので、本来なら彼女のポリシーと相まって陰ながらのサポートに徹している。
だが今回は時間がない事もあり、盗賊のムータが持つ力の一つ「異なる場所に一瞬で移動する」力を使ってこの国にやって来たのだ。
「……そうですね。どうにかエッセ討伐の許可が出たのですから、確実に倒したいですね」
本来は約半日後に新年を祝う祭りの儀式への参加が義務づけられていたのだが、スオーラに限ってはエッセ討伐が最優先と、特別に町を離れる許可をくれたのである。
「確か、パエーゼ国の王子様が隣国ラント国へお出かけの筈でしたね。その帰りの飛行船に便乗する事をお勧め致します」
そう言うと美和の姿はいつの間にか一瞬で消えていた。
《相変わらず無責任なヤツだな》
露骨に嫌そうな表情で毒づくと、愛馬の背で気持ち良さそうに寝ているジュンの頭を鷲掴みにし、軽く揺さぶりながら、
《そこで寝てんじゃねぇ。せめて起きてろこのガキが》
「ガン=スミス様、あまり手荒な真似はなさらないで下さい」
本気で力一杯揺さぶってない事は傍目にも判るが、それでもスオーラはガン=スミスに注意を忘れない。
そこにスオーラの携帯電話(外見はゴツイ腕時計)にメールが来た。周囲に気を使ってメール本文を表示させる。
『エッセが姿を消した。オルトラ世界の方に現われる可能性あり。警戒されたし』
メールを送ってきたのはジェーニオだ。
以後に続く本文を読み進めると、スオーラの予想通り巨大な鳥のロボットで現地へ向かい、サメ型のエッセと一戦交えた事が判った。
ところが。倒しても倒しても次から次へと同じサメ型エッセが現われてキリがなかったらしい。
メールだけだとピンと来ないのだが、同じサメ型という事は、様々な種類のサメ型エッセが現われたのではなく、同種のサメ型エッセが次々と現われたという事なのだろうか。
このパターンは今までなかったものだ。蜂型エッセとそれを生み出す巣という組み合わせはあったが、それとは明らかに状況は異なるだろう。そもそもサメに巣があるなど聞いた事がない。
「また新しいパターンのエッセのようです。油断しないでいきましょう」
《判ってるよ、レディ。けど、どうやったモンかね》
ガン=スミスに正論を言われ、スオーラも考え込んでしまった。
この辺りはスオーラも実際に来た事はない。だが知識としてジェズ教教徒の数が少ない事は知っている。
それでもエッセに関してはスオーラに協力するよう通達は来ている筈。情報提供や町の案内くらいの助力は得られるだろう。
だが肝心のジェズ教教会の場所が全く判らない。おまけにこの辺りの土地勘もないし言葉もスオーラは判らない。距離が離れ過ぎているので言語に共通項が多いとも思えないので、似た言葉からの推測も難しい。
パエーゼ国の言葉がどこまで通じるか判らない中、どうやって聞いたものか。
「ガン=スミス様。旅の間にヒュルステントゥーム国、もしくはその周辺国に来た事はおありですか?」
世界中を旅していたらしいガン=スミスであれば、片言でも言葉を知っているかもしれない。そう思ったからだ。しかし。ガン=スミスは少し困った顔を見せると、
《おありですかと言われてもな。オレ様は国の名前なんか判らねぇぞ。そもそも地図だって持ってねぇし。ここに来た事がねぇのが判るだけだ》
「……その状態であちらこちらを旅していたのですか?」
風の向くまま気の向くまま。果てしない放浪の旅。そう言えば聞こえはいいが、本当に何も考えていない行き当たりばったりの旅をしていたようだ。それも十年間も。
「……魔法で言葉を翻訳した方が良いのでしょうか」
確かにスオーラが使える魔法の中にはそうした魔法もある。しかし基本使い捨ての上、魔法を使う為には変身しなければならない。
変身に時間制限がある訳ではないのだが、翻訳の魔法には時間制限がある。その制限がきたら一晩は休まないと再び使う事はできない。効率はあまり良くない。
本音を言うならエッセと戦う時に変身をして、少しでも力を節約したいのだ。
「ともかくまずは、ジェズ教教徒、もしくは教会を探しましょう」と、あまり前向きでない決意のスオーラ。
《そうだな。そのくれぇ(らい)はやってほしかったな、泥棒の大将よぉ》と、完全に愚痴になっているガン=スミス。
勇ましさは全くないが、二人は取るべき行動を決めた。
とりあえず、だが。

<つづく>


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