トガった彼女をブン回せっ! 第31話その3
『もっと早く呼んでおけと言ったのだ』

「と、飛び出したとはどういう事なのですか!?」
スオーラが驚いて、しかし声のボリュームはどうにか押さえてジェーニオに訊ねる。
“魔法でアルコール中毒を治したのだ。それでも少し休んでいろと言っておいたのだが”
“魔法でアルコール中毒を治したのだ。それでも少し休んでいろと言っておいたのだが”
ジェーニオのその物言いには、少し苛立ちを感じているがそこまで怒っていないのが表情から見てとれた。
エッセの出現を知り、スオーラが気軽に地球に来られない事を知っているので、自分が行かねばと飛び出したのだろう。
昭士の住む日本から一万キロメートル離れたサハラ砂漠まで。
《どうやって行くつもりなんだ、えぇ(あい)つ。しかも探しようもねぇだろ》
ガン=スミスが呆れ顔で毒づいた。当たり前である。一万キロという距離は個人でホイホイ行き来できる距離ではない。
「けれど、行く事ならできますよ」
しかし、スオーラの言う通り昭士個人でもサハラ砂漠に「行く」事自体は不可能ではない。
だが問題はある。サハラ砂漠に行ったとしてもどうやってエッセを探すつもりなのだろう。居場所が判るカーナビはスオーラの手にあるのに。
「ジェーニオ。アキシ様の元へ行って下さい。それが一番良いと思います」
「そうですね。連絡は密にお願いします」
スオーラの提案を美和が了承する。スオーラ以上に美和の命令に無言で了解の意思を示すと、ジェーニオはスマートフォンの画面の中に消えて行った。


アルコール中毒から回復した角田昭士は、現在日本ではなく中国の上空――高度一万メートルの地点にいた。
そう。昭士は今“空を飛んでいる”のだ。
もちろん昭士自身が飛んでいるのではない。乗り物に乗ってである。だがその乗り物は本当なら「存在しない」物だ。
なぜなら、彼が幼少時代に放送されていた特撮ヒーロー番組に登場する巨大ロボだからである。
現在は鳥の姿に変型しており、全長五十四メートル、重量百五トン、最高速度マッハ二十と「設定資料集にあった」巨鳥が空を飛んでいるのである。
まるで自分が番組内の変身ヒーローにでもなったかのように、昭士は鳥型ロボのコクピットにいた。ちなみにロボの名前は「聖鳥王(せいちょうおう)」という。
窓からは綺麗な青い空と、その下に白い雲。それしか見えていない。
昭士は目の前にズラリと並ぶ計器をチラチラと見つつも、窓からの光景に目を奪われていた。
この聖鳥王はある程度はオートで動かせるようだが、各種レバーやスイッチを使って操作するのが基本だ。もちろん音声入力でもない。
そのためのマニュアルはざっと目を通したが、それだけで完璧に操縦できる訳ではない。しかし今回は単に飛ばすだけなのでオートだけでも何とかなる。
今の昭士が一番奇妙に思っているのは「宙に浮いているレーザー状のディスプレイ」に表示されている丸い世界地図である。
日本を中心として、周辺の海や大陸が丸く変型して描かれているという、見慣れない地図である。
これは正距方位図法(せいきょほういずほう)という、飛行機に使われる地図である。中心からの距離と方位だけが正確に表記されている地図だ。
日本とサハラ砂漠の東の端――とりあえずエジプトが白い実線で結ばれており、その線の上を点滅する点が高速で移動している。
実線が飛行コースで点が現在位置を示しているだろう事は、飛行機関係のド素人である昭士にも見当がついた。
現在値を示す点は、既に世界最大の湖・カスピ海の辺りに来ていた。日本を出て三十分も経っていないのに。
(早いなぁ)
計算があまり得意でない昭士にはよく判らないが、マッハ二十を時速に直すと約二万四千キロ。日本〜エジプト間の約一万キロなら三十分もかからずに着いてしまうのである。
そこで、コートのポケットに入っていた携帯電話(ガラケー)がブルブルと震えた。この震え方は電話の着信である。蓋についた小さな液晶画面には「スオーラ」と表示されている。
彼女は今異世界にある故郷で、自分が信仰している宗教のお祭りに参加している筈である。こんな風に電話をする暇があるのだろうか。
「はは、はい、もも、もしもし」
ドモり症でもある昭士は、必要以上にドモりながら電話に出た。
『アキシ様!? 本当に大丈夫なのですか!?』
スオーラの慌てた声が電話口から響いてくる。それもかなりのボリュームだ。おまけに挨拶もない。礼儀正しいスオーラにしてはとても珍しい事である。
普段とのギャップに昭士は必要以上に慌てた調子で、
「あ、あ、ああ。ジェジェ、ジェーニオが、なな治してくれ、くれたから」
『病み上がりで戦いに挑むなど、無茶をするにも程があります!』
相変わらずのスオーラのテンション。それは、それだけ昭士の事を心配している証なのだが、今の昭士にそういった部分に気づける要素は全くない。
「だ、だ、だ、だ、大丈夫だよ。いつもの事だし」
『大丈夫でもいつもの事でもありません。もっとご自分を大事にして下さい』
いささかテンションは落ち着いたが、スオーラも割と自己犠牲精神が強いので、あまり人の事は言えない。
『すぐにジェーニオがそちらに向かいます。どうか、ご自分を大事にして下さい』
同じ事を二回言われ、通話は切れた。それから一分と経たないうちに、コクピット内にジェーニオが姿を見せた。男性体と女性体の二人が。
二人とも青白い肌の上に直接丈の短い真っ赤なチョッキを着て、足首でキュッと細くなる膨らんだ白いズボン。首や手首、足首には金の輪っかをジャラジャラとつけている。
そして黒く長い髪を頭頂部で総て一つにまとめて長く直立させて白い布を巻いている。まるでヤシの木に見える髪型だ。
《いくらエッセが現われたとはいえ、無茶が過ぎるな》
男性体の方が昭士を見下ろしてどこか呆れたように言う。女性体の方はコクピット内を見回しながら、
《サハラ砂漠という場所に現われたそうだけど、その砂漠の「どこに」現われたのかは、判るの?》
美和はサハラ砂漠は「東西に約五千キロメートル、南北に約二千キロメートルという広大な面積」と言っていた。この巨大な機械の鳥の機動性がどんなに高かろうとも、その中からどんな姿形か判らないエッセを探すのは無理なのでは、と。
すると昭士は正距方位図法が表示されているものとは違う、レーザー状の別のディスプレイを指差した。
そちらには一般的な世界地図を拡大したものが表示されており、そこに一つだけ赤い点が点灯していた。
「ここ、こ、この、ああ、赤い点が、エッセの、げげ、げん、現在地」
マニュアルにあったレーダーによると、以前戦ったエッセのデータを学習したようで、エッセ特有の何らかの情報を捕捉している様なのだ。
さすがにマニュアルにはその仕組みまでは書かれていないが、仕組みを知らなくても操作法が判れば使う事ができる。
その操作法でエッセを探索したところ、サハラ砂漠の真ん中に現われたらしい事が判った。
いくら日本からエジプトまで三十分かからず行けたとはいえ、そこからさらに出現現場まで行くとなるとさすがに時間がない。
エッセはこの世界に出現できる時間が限られている。具体的に時間を計った訳ではないが、出現してから三十分ではおそらく姿を消してしまっているだろう。
しかし最初の出現地点が判れば、そこで待ち伏せる事はできる。エッセが次に現われるのは最初に出現した地点、もしくはそこからさほど離れていない地点だからだ。
「とり、とりあえず、サハラさば、さ、砂漠まで行く。しゅしゅ、出現地点に着いたら、たた待機。その、そのささ、さ、作戦で」
ドモっているので微妙に聞き取りづらいが、急いで現地へ向かい、そこで待機。エッセが出現ののち対処。作戦としては全く間違ってない。
しかし昭士一人で対処までできるのだろうか。
確かに昭士には、一撃必殺の「戦乙女の剣」がある。だが当たらなければ意味がない。
この剣は、昭士の身長よりもずっと長く、重い。いくら使い手の特性としてその重量を無視して振り回せるといっても、やはり一人で戦うのは難しいだろう。
今乗っている鳥型ロボ・聖鳥王は、鳥の頭と翼を持った人型のロボットにも変型できる。全長六十メートル、重量百五トン、最高速度マッハ六という性能である。
もしエッセが建物のように巨大なスケールであったならこちらで戦う事もできるだろうが、このロボではエッセに効果的なダメージを与える事はできない。
エッセにダメージを与えられるのは、ムータを持つ戦士の攻撃だけなのである。特に「戦乙女の剣」でとどめを刺した時に限り、そのエッセに金属にされた生物を元に戻す事ができる。
これだけの事を昭士一人で全部やるのはさすがに無理がある。だからジェーニオが手伝いに来たとも言えるのだが、それでもこのロボットを動かせなどと言われても正直困る。いかに電波や機械といった物との相性が良いといっても。
そういった注文は来ないで欲しい。
精霊の特徴として自発的な行動を苦手としていたジェーニオが、自分からそう思える程に、本心から思っていた。
《作戦はいいけど無理はしないで。魔法での治療は簡単にぶり返すわよ》
女性体のジェーニオが昭士の耳元で囁くように忠告する。いぶきのせいであまり女性と親しくしたがらない昭士ではあるが、ほとんど上半身裸の女性体のジェーニオに密着するように近づかれてはさすがに平静でいるのは男としても難しい。
昭士はそんなジェーニオから露骨に視線を逸らす。そんな彼の様子を見て楽しそうにクスッと笑ったジェーニオ(女性体)は、
《二日酔いに効くスープでも飲んでおく? サッビアレーナ風で良ければ作るわよ?》
「ど、どど、どんなの?」
人間のいるところどこにでも酒はある。それは異世界においても変わらないようだ。異文化どころか異世界の二日酔い対策というのも気にはなる。
するとジェーニオ(女性体)はニッコリ笑って、
《簡単に言うと、牛や羊の胃袋のスープ》
日本では獣の内臓を使った料理はあまり馴染みがない。加えて異文化、異世界の料理、味付け。
昭士はもちろん食べた事はないが、食べてみたい好奇心よりもホントにそれで大丈夫なのかという不安感の方が勝った為、丁重にお断わりした。


サハラ砂漠の遥か上空。エッセが現われたとレーダーが関知した地点。
もちろんエッセの姿はない。
別に砂の中に潜っている訳ではない。こちらの世界に出現できる制限時間を過ぎてしまったようだ。
間に合わなかった訳だが、それならそれで対処のしようはある。
遥か上空から肉眼で眼下の景色を確認する昭士。正直な感想を言うならば「本当に砂漠なのか」という一点に尽きた。
レーダーで「サハラ砂漠」とされている地域の中には、砂の海としか形容できない地域もあるが、それより地層の岩盤がむき出しの場所、草木の少ない乾燥した地域の方がずっと多い。
砂漠の定義とは「年間降水量が二五〇mm以下の地域」「降雨量よりも蒸発量が多い地域」といわれている。
そのため、定義だけで考えるなら氷に覆われた南極大陸も砂漠になってしまうのだ。彼が想像する砂の海の様な場所だけが砂漠ではないのである。
広大なサハラ砂漠の中でも、砂の海の様な地域――エルグと呼ばれるのは、ほんの一四パーセント、約九十万平方キロメートル。日本の国土の約二・五倍。
それらの現実をレーダーや数字ではなく、遥か上空からの肉眼で見た昭士は、自分の立てた作戦がどれだけ無茶で無謀なものだったのかを突きつけられたようになった。
しかし、これ以上いい手は思いつかないし、助力も得られない。
「け、けけ、けど、ふふ、ふこ、不幸中の幸い、か、かかな」
《何がだ》
男性体のジェーニオが、昭士の呟きに反応してきた。昭士は眼下の砂漠を見ながら、
「いい、い、い、生き物、い、いないから。ひひ被害は出ない」
エッセは生物を金属に変えるガスを吐き、そうして金属にした者のみを捕食する。その生物がこの砂漠地帯には極端に少ない。
という事はエッセは出現しても食べるものが何もない。それだけに被害がこれまでよりずっと少なく済みそうだからだ。
《とはいえ、あなたに被害が出る事は誰も望んでいないわよ。気をつけなさい》
女性体のエッセが日本製の二日酔い用の飲み薬を手渡してきた。今さら効くのかは判らないが無いよりは良いのではないかと、昭士は迷わず受け取って蓋を開け一息で飲み干す。
エッセと戦う戦士である昭士は、金属に変えられるガスが効く事はない。しかしそれ以外の攻撃は普通に効く。死んでもやり直せるとはいえ死ぬ程痛い思いなどしたくはない。
特にジェーニオは以前昭士が死ぬところを目撃している。それだけに人間ではない精霊でも心配なのである。
「ど、どど、どんなエッセかなぁ」
昭士は独り言のように呟いた。エッセは何らかの生物の姿を模して現われる。特徴は全身が金属光沢を放つ何かでできている事だ。
同時にその生物の長所・短所をストレートに受け継ぐ。だから何の生き物かが判れば対策も立てられる。とはいえ姿を見かけていない以上、出てきてくれるのを待つしかなさそうである。
本当なら出てきて欲しくない侵略者だが、一旦出てしまった以上出てきてくれないと困る。
そんな矛盾した気持ちを抱えてレーダーを見たり、窓の外から直接下を見たりと、どこか落ち着かない様子である。
それしか思いつかなかったとはいえ、それしかできなさそうとはいえ、本当に大丈夫なのかという不安が、胸の中を渦巻いているからだ。
だが、そこでふと思い至った事があった。
「あ、ジェジェ、ジェーニオ」
《何だ》
たまたま近くにいた男性体の方が昭士に返答する。
「こ、こ、ここって、オオオル、オルトラ世界だと、ど、ど、どの辺?」
地球とオルトラ世界は微妙にリンクしているようで、昭士の通う高校の剣道場と、スオーラが所属している(らしい)教会の礼拝堂が同じ位置にある。
だから、そこから一万キロ離れた場所なら、あちらでも同じ方角に一万キロ離れた場所の筈。
それなら「地球のサハラ砂漠はオルトラ世界の○○国の辺り」というのが判れば、あちらとしても活動がしやすかろうと、昭士は考えたのだ。
《なるほどな。エッセが現われていない以上、そうした情報収集を優先すべきだな》
ジェーニオは自身の頭の中にオルトラ世界の地図を思い浮かべる。
とはいえ地球と同様なのであれば球体の地球を平面にする過程で必ず歪みが生じる。だから方角、形、面積etc.の全てが正確に描ける平面の地図は存在しない。
昭士がここに来る際に参考にした「正距方位図法」は地球では「十六世紀の人文学者ギヨーム・ポステルが採用した」とインターネットに載っていたので、文明が百年くらい昔のオルトラ世界にはあるかもしれない。
少なくとも空を飛ぶ飛行船は存在するのだから、空を飛ぶために便利な地図があっても不思議ではないが、地球から百年は昔の文明レベルの世界で、しかも人外の精霊が、そうした部分まで修正できるのか。
まずかったかもしれない。昭士はふとそう考えた。
《……だいたいヒュルステントゥーム国の辺りになるな》
少しの間が空いて、ジェーニオが答えを出した。もちろん昭士が聞いた事もない国の名前が出てくる。
ジェーニオの説明によると、スオーラの住むパエーゼ国から約一万キロ離れたところにある小さな国で、それだけ離れている国だけに、彼女の信仰しているジェズ教の影響が少ない国の一つである。
良くも悪くも旧態依然とした体質の国家のようで新しい物を取り入れる気概が薄く、周辺国家と比べると文明レベルが若干低めとの事だ。
特に隣国がラント国という、世界屈指の工業国家と呼ばれている国なので、よく比較されているらしい。
《それでも牧羊と医学に関しては世界でもトップクラス。ここで学んだというだけで、よその国ではかなりの高待遇で雇ってもらえるそうだ》
昭士にはあまり役に立たない雑学知識を披露してくれる。
「じゃ、じゃじゃ、じゃあ、スススオーラ達に連絡を……」
《もう済ませてある。お前はエッセが現われるまでゆっくり休んでいろ》
魔法で治したとはいえ急性アルコール中毒の病み上がりなのである。原因は何にせよ、病み上がりの人間が無理をして良い事は何一つない。
文字通り上からの目線で睨まれた昭士はコクピットシートに深々と腰かけ、背もたれにもたれかかる。
しかしゆっくりはさせてもらえなかった。再び携帯電話が鳴ったのだ。この着信音はメールの方だ。
蓋に表示されている名前は父親からだ。のろのろと開いてメールを表示させると、
『お前の事情は判っているんだから、黙って行くんじゃない。』
簡素な文面だが怒っている事と昭士の事を理解したい気持ちとがハッキリと読み取れた。
昭士の親族には、彼が魔法で治療された事は伝わってないだろう。急性アルコール中毒で運ばれた直後に病院を飛び出したと聞いては、怒られて当たり前である。
仕方あるまいと、昭士は詳細を記したメールを書き出す。昔ながらのガラケーのボタンをポチポチと押していく。
だが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
突然の、空気を震わせる低く鈍い音。その音が鳴った瞬間、まるで飛び起きるようにシートから立ち上がった。そしてレーダーを、さらに窓から肉眼で眼下の砂漠を見下ろす。
レーダーは確かにエッセが現われた反応を見せている。だがさすがに昭士の肉眼では、この高高度から地面の様子など判る訳もなかった。
《我が行ってくる》
男性体のジェーニオの姿がすうっと消えた。きっと地上へと瞬間移動でもしたのだろう。
もちろん昭士もただ黙ってジェーニオの報告を待つつもりはない。彼は黙ってコートのポケットから一枚のカードを取り出した。
それはスオーラやガン=スミスが持っていた物と同じムータである。昭士の物は表が青で裏が白。両面に金色のラメが入っている。
彼はそれを眼前に突き出した。
するとガラスを指で弾いた時の様な澄んだ音が響いた。ムータから四角い光が照射され、扉のように宙に固定される。その光の扉が昭士に迫り、彼と交わった。異世界の自分へと変身を遂げたのだ。
昭士の場合外見の変化は全くない。せいぜい服装が変化するくらいである。今回は黒いマントの下は学校の制服である黒い学ランだった。相変わらず服装の変化の法則性が掴めない。
だが今はそんな事を考えている余裕はない。昭士は目を閉じて意識を集中させる。そうすると、たとえ見えていてもいなくても、自分の周囲のあらゆる動きを超スローモーションで認識できるようになるのだ。
この力は元々は妹のいぶきが持っていたものだ。しかし今は昭士が自由に使う事ができる。普段からこれでは色々と不都合が起きるので戦う時にしか使わないが。
まるで周囲に神経の糸を張り巡らせるかのようにどんどん遠くへと伸ばしていく。最近は慣れたものでキロ単位で離れていても動きも感じ取る事ができる。
地表に降りたらしいジェーニオの姿をまず感じた。そしてそこからさらに距離を伸ばすと、砂漠の砂の下に、何か素早く蠢く者の存在を感じた。エッセだ。
大きさはだいたい十メートル。その姿はだいぶ細長く流線型。……判った。これはサメだ。サメ型のエッセが砂漠の砂の中を泳いでいるのだ。砂の海を深海のごとく泳いでいるのだ。
「おいジェーニオ、砂の中にサメがいる、気をつけろ!」
さっきまでのドモり口調とは違い、ポンポンと歯切れが良くなった。そう。昭士の場合変化するのは内面の方なのだ。
《サメって水の中にいるんじゃないの?》
女性体のジェーニオがすぐさま聞き返すが、
「んなモン知るか。いるんだからしょうがねぇだろ」
この認識能力の高さは皆が一目置いている。その自信ある声を聞いた女性体のジェーニオは、男性体の方に昭士の言葉を伝えた。
「よし、俺達も行くぞ!」
昭士は女性体のジェーニオに声をかけると、コクピットの計器をちょいちょいと操作する。するとその姿がパッと消え失せてしまった。
同時に、鳥型ロボ・聖鳥王の機体の真下から光の筒が地上まで一気に伸びた。昭士の身体はその中を一気に降りていく。まるで高速エレベーターだ。
地上では男性体のジェーニオが周囲を警戒していた。サメ型エッセの方はまだ砂の海を泳いでいるようで、地表には姿を見せてはいない。今がチャンスである。
地面に降り立った昭士は制服のポケットからムータを取り出すと、それを高々と掲げて叫んだ。
「キアマーレ!」
このキーワードは世界のどこにいてもこの場にいぶきを呼び出すものである。戦士になっていないと使う事はできないが。
今の昭士は戦士の姿に変身しているので、いぶきの身体は大剣・戦乙女の剣となっている。その剣が「空を飛んで」昭士の元にやって来るのだ。
さすがに日本と一万キロ離れているので、来るのにも時間がかかりそうなのだが。
《もっと早く呼んだらどうだ》
男性体のジェーニオが不満そうに昭士に訊ねる。ようやく降りてきた女性体のジェーニオも同意見のようだ。
「早く呼んだらうるせぇだろ、あいつ」
いぶきはエッセとの戦い、というよりも誰かの役に立つ、誰かを助けるという言動を死ぬ程嫌っている。自分がする事はもちろん他人がしているところを見るのも。だからやりたくないと口や態度で徹底抗戦し続けている。
いぶきがそういう性格だと判っていても、うるさいものはうるさい。しかしいぶき=戦乙女の剣を使わないとエッセとの戦いは苦しいものになるので使うしかないのである。
一方のエッセの方はこちらに気づいたらしく、蛇行しつつも明らかに昭士に近づいて来ている。しかしまだ明らかに砂の海の中だ。こっちから掘り進んで攻め込む事はできそうにない。
「ジェーニオ、引きずり出せるか?」
《引きずり出してもまだ武器が来てないでしょう。すぐ逃げられるわよ》
女性体の方がもっともな意見を述べる。
《だから、もっと早く呼んでおけと言ったのだ》
男性体の方ももっともな意見を述べる。
二つの真っ当な意見に挟まれた昭士にできる事は、願うだけだった。
早く来い、と。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system