トガった彼女をブン回せっ! 第28話その1
『やっぱり証拠らしい物はなさそうですねぇ』

町中がクリスマス一色で騒がしくなる十二月。そのクリスマスが間近に迫れば騒がしさも一層、というものだ。
だが留十戈(るとか)市内の警察署は、そうではなかった。
日本の年末年始である。夜中に酔っぱらいが起こす騒ぎ。慢性的な交通渋滞。そんな「通常業務」はもちろんある。
だがこの警察署がそうではない理由は、会議室に集まった面々が見つめる携帯電話――ガラケーとスマートフォンである。
ガラケーは液晶画面が、スマートフォンはそれそのものが、真っ二つに切られているのである。
それもただ切られているのではない。その断面は信じられないくらいに綺麗であり、どんな鋭い刃物を使ったのか想像もつかない程だ。
しかし、本当に驚くのはそこではない。何と。物理的に完全に真っ二つになっているにも関わらず、ガラケーもスマートフォンも、その動作には「何の影響もない」事だ。
何かを表示する事しかできないガラケーの液晶画面はともかく、スマートフォンの方は物理的にくっつけようが離そうが、画面に触れて動かす一連の動作の総てが何の問題もなく行えるのだ。
「どうなってるんだ? 下手な手品よりスゴイな」
科学警察研究所だか科学捜査研究所だかから来た初老の所員が、スマートフォンの画面を指でなぞったり、真っ二つの本体を近づけたり離したりしながら口をあんぐり開けている。
「けど手品なんかじゃありません。事実です」
警察官であり携帯電話・スマートフォンの持ち主を知る警察官の鳥居が、あえて淡々と所員に告げる。
「ふーん。しかしこれはもしかしたら厄介になるかもしれませんよ」
切り口をしげしげと眺めつつ所員が独り言のように呟く。そして誰かの返答を待つ事なくさらに続ける。
「仮に刃物で金属を切ったとしたら、刃の金属とスマートフォンの金属がこすれ合った傷や跡がどうしても付きますが、これには全くない」
つまりこれを切ったのは刃物でない可能性もあるというのだ。これには驚きである。
とはいえ。ここまで鋭利に何かを切り裂ける物は刃物以外に思いつかない。驚きを通り越してもはや不思議レベルである。
「不思議と言えば……先日発見された首のない遺体も、確かこんな不可解な切り口でしたね」
北海道の雪山の中で、首のない遺体が発見された。一応荷物や所持品から身元は判明しているのだが、首だけがどこを探しても見当たらない。そんな不思議な遺体である。
その切り口は鋭利な刃物としか思えない物で断ち切られていたが血が流れ出た様子が全くない。血を拭いた跡すらなかったのである。
所員はそこまで言ってから「ああ」と溜め息をつくように間を空けると、
「確か発祥はこちらでしたかね。エッセとかいう謎の怪生物の情報は」
「あ、は、はい」
この席に同席していた桜田富恵(さくらだとみえ)という女性警察官が慌てて返事をする。
明らかに人間業とは思えない=通常の事態ではない=もしや情報公開を禁じているエッセと関係があるのでは。そんなむちゃくちゃとしか思えない論法で、この話が北海道から遠く離れたこの留十戈市にわざわざもたらされたのである。
そんなエッセという謎の怪生物がこの世界に姿を現してから(正確にはその存在を警察が知ってから)約一年が経つ。
何かの生物を模した姿をしており、その全身は金属らしき物で覆われている。もしくは謎の金属でできている。
口から吐き出されるガスは、あらゆる生物を金属へと変え、それのみを捕食する存在。
通常兵器は一切通用せず、特別な力を持った人間の攻撃だけが通用する。それがエッセである。
その「特別な力」を持った人間が、この留十戈市にいる。
液晶画面を切り裂かれた携帯電話の持ち主にして市内の高校に通う高校一年生・角田昭士(かくたあきし)である。
そしてもう一人。このエッセを追って「異世界から」やって来たという少女モーナカ・ソレッラ・スオーラ。彼女によってエッセの詳しい情報がもたらされたのである。
とはいえ判っているのは本当に上に挙げた事だけであり、どこから来ているのか、どうやって生まれているのか、それとも何者かが造り出しているのか、その目的は何なのか。
そうした肝心な部分はまだ何一つ判っていない。一年が経つというのにも関わらず。
その理由の一つはエッセの意思疎通法が全く判らないため。もう一つはエッセの「死骸」が存在しないため検死ができないからである。
死骸が存在しないのは昭士が使う巨大な刀剣に理由がある。その名を「戦乙女(いくさおとめ)の剣」という。
その刃は、刃というよりも巨大な鉄塊。刃の部分、つまり刀身だけでも身長一六二センチの昭士よりずっと大きい事からも、その巨大さが判ろうという物。
そして彼だけがこの巨大な刀剣を、重さが無いかのごとく振り回す事ができる。
無論彼が常軌を逸した怪力の持ち主という訳ではない。エッセと戦える戦士に変身した事による作用、と言うべきか。
この巨大な剣でとどめを刺した時に限り、エッセは光の粒となって消滅し、金属にされた生物を元に戻す事ができるのだ。
その為「検死の為に遺体を残しておいてくれ」と言えないのである。
そんな巨大な刀剣・戦乙女の剣に「変身する」のが、昭士の双子の妹・いぶきであり、真っ二つになったスマートフォンの方の持ち主でもある。
携帯電話が真っ二つになったのとエッセが関係あるのかどうかはまだ判らないが、少なくともこの双子の兄妹が「不思議な事」に関わっている事は確かなのである。
それらの話を聞いていた所員は、まぶたに挟んだ接眼拡大鏡でスマートフォンの切り口をまじまじと観察しながら、
「その学生達……角田兄妹に直接話を聞く事はできますかね?」
周囲の警察官達にそう訊ねるが、帰って来たのは「どうしたものか」という困った雰囲気だけであった。
その雰囲気を疑問には感じたものの「いくら何でも好き好んで警察に関わりたくはないか」と、所員は一人納得する。
しかし警察官達が言い淀んだのはそれが理由ではない。兄の昭士はともかく妹のいぶきのせいである。
彼女はとにかく「誰かのために」「みんなのために」という行動を見るのもするのも死ぬ程大嫌いと来ているからだ。
そんな事をするくらいなら死んだ方がマシだと常々公言しているし、中学生時代にボランティアをする事になった時に自殺を図ったくらいである。
加えて気に入らない相手や攻撃して来る相手には一切の容赦なく急所に拳や蹴りを叩き込む。それで入院した者は数知れず。障害が遺った者も数知れず。
これまで何度言ってもその態度が改まった事はないし、そんな人物が捜査に協力するなど決してあり得ない。毎回の徒労を思い出すとそれだけで疲労感が蘇る程だ。
だが、もし協力的な人物であったとしても、現在は入院中なので難しいのであるが。


角田いぶきは入院中である。正確には検査入院だ。
留十戈駅近くの裏通りを歩いていた筈が、気絶していたところを発見されたのはそこから二時間以上かかる場所――隣の九代鈎(くよかぎ)市の外れにある壱多比(いちのたくら)という農村の農道だったのである。
別に旅行などで行った訳ではない。誰かに連れて来られ農道に放り出された。そうとしか思えない状態だったのである。
さらにつけ加えるなら、裏通りに設置された監視カメラに写っていた時間と、農道で倒れていたと通報された時間のズレが少なすぎるのである。連れて来られたというよりは瞬間移動としか考えられない程に。
そんな不可解な移動をしたいぶきの首には細い首輪を思わせるような痕がくっきりとついており、医者の診断では前から細い板か紐のような物を力一杯叩きつけられたのではないか、という事だった。
とはいえ痕がついている以外身体には何の異常もなかった。一通りの検査を済ませればすぐにでも退院はできる、との事だ。
そんな医者の説明をうなづきながら聞いていた母・さくらは、後ろで立っていた昭士に向かって、
「不思議な事もあるもんだねぇ」
と首をかしげている。
ああ見えていぶきは剣道の段位を持っている。初段だが段位は段位である。
かつては「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」という超能力としか思えない能力を持っていたが、今はその力は彼女にはない。
不意を討たれたら攻撃を受けてもおかしくはないのだが、そんな段位持ちが首にくっきりと痕がつくような攻撃をみすみす受けるだろうか、という意味である。
元々段位を持てるだけの実力はある上に、本番には必要以上に強かったので、実は全国でも充分通用するレベルなのだ。
……性格の問題で素行不良と見られているのでなかなか試合に出してもらえないから、そう思われていないだけである。
それよりも問題は現在のいぶきである。
エッセとの戦いを経て色々変革を起こしており、今の彼女には「相手が受ける筈のダメージが自分に跳ね返って来る」のと「自分の攻撃の威力が何万倍にも増幅される」という二つの、呪いとしか思えない力がある。
しかもそれらがランダムで発揮されるようなのだが、それでもいぶきは他者に対する暴言・暴力を止めようとはしない。だから町が破壊されたり自分が大けがをしたりと散々な目に遭い続けているのだ。
しかしそんな状況でもこれまでの攻撃的すぎる暴言暴力のおかげで、同情される事は家族ですらまれだ。
そんな訳で今は気休めの手錠をした状態で警察病院で入院しているのである。
今のところはさすがのいぶきも暴れ出そうとはしていないらしく、病院内も本当に穏やかなものである。一時はあらゆる病院や留置場・拘置所などから出入禁止を受けていた事から考えると、遥かにマシである。
医者と母親の話が延々と続いている為手持ちぶさたになった昭士が、携帯電話を取り出そうとポケットに手を入れて、思い直したように手を引っ込める。
彼の携帯電話は現在警察署にあるからだ。昨日何だかよく判らない物に切り裂かれてしまっているため、その証拠品として押収されている。
本当ならその場にいた昭士も証言を聞く為に警察署に呼ばれていてもおかしくないのだが、昭士が改まって話すような事ではないし、話せるような事もない。
かつていぶきが持っていた「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力が今は昭士が持っている。
その能力で携帯電話が切られる様子『だけ』が判ったのみであり、何がどうやって切ったのかは全く判らなかったからだ。
その辺りの事は調べてもらうよう頼んではいるものの、その結果はどうなる事やら。と、昭士はだいぶ楽観視している。
自分ではできない、どうにもならない事を必要以上に気にしてもどうしようもないのだ。
《大丈夫? 眉間に相当シワが寄ってるけど?》
昭士の背後から不意に女性の声がした。だがその声が聞こえたのは昭士だけだ。
その声はスオーラと同じ異世界からやって来た精霊である。名前はジェーニオ。その姿は絵本で見たアラビアの魔神そっくりである。姿は見えていないが。
あちらでは左半身が男で右半身が女という姿だが、こちらに来ると男性と女性の二体に別れてしまう。今いるのは女性の方だ。
いきなり声をかけて来たので驚いたが、ここで返事をする訳にもいかず、話を母親に任せて昭士は診察室を出た。
《団長とジェーニオが例の村に着いたって。これから調べるようだけど、何か伝言があれば聞いておくわよ?》
携帯電話を持っていない現在、このジェーニオが代わりになっている。代替機にしては随分と豪勢である。仕方ないかもしれないが申し訳なさも同時にある。
人の目があるためおおっぴらに話しかけられはしなかったが、とりあえず何もない事を伝えておくに留めた。


昭士に調査を頼まれた益子美和(ましこみわ)と男性体のジェーニオの二人は、彼に言われた通り九代鈎市の外れにある壱多比という農村にやって来ていた。
この村は交通の便が悪く、一番近くの鉄道の駅からバスで四十分程。そのダイヤも朝夕一本という具合だ。
おまけに他の土地から人がやって来るような名所・名物など全く知られてない、本当にただの寂れた農村としか説明できない村である。
そんな田舎の村にやって来た、都市部の学校の制服姿の女子高生。人間離れした姿のジェーニオは姿を消しているので、本当にただ一人きりにしか見えていない。
美和はいぶきが倒れていた場所にしゃがみ込んで地面の様子をじっくり観察していた。ジェーニオも姿を消したまま観察している。
「やっぱり証拠らしい物はなさそうですねぇ」
《日にちが経ってしまっているからな。当時の状況など望むべくもない》
かつて盗賊団の団長として異世界で伝説となっていた美和と、人間の能力を遥かに超えた力を持つジェーニオの二人がかりでも何か見つかるとも思えなかったが、電車とバスで二時間はかかる場所にどうやって来たのか。それも瞬間移動同然のタイムラグで。
いぶき自身にそんな事ができる能力はないし、そんな事ができるアイテムを使った形跡もない。それは盗賊の力を使って確認済である。
もし瞬間移動だったのであれば魔法だろうが、その可能性は低いと美和は踏んでいる。何かが運んだか誰かが運んだかだろうと。
《瞬間移動ほどの魔法であれば、その気配が少しくらい残っていてもおかしくはないのだがな》
魔法を使う為の力――魔力は、強力な魔法ほどたくさんの魔力を使うというのは当然だし、ジェーニオでなくても素人にだって判る理屈だ。
だが、こちらの世界に魔法はない。だから魔力もない。しかし魔力を持った者がこの世界に来て魔法を使う事はできる。スオーラやジェーニオのように。
仮に魔法だったとするならば、その魔法を使った時の反応がジェーニオには判る筈なのだ。普段魔法のない世界で魔法が「発生」すれば目立つ事この上ないからだ。
もちろんそれはジェーニオだけでなく美和も承知している。
「あります、そんな気配?」
《そこまでではないな。ゼロではない、というレベルだ》
魔法がない世界で魔力を感じるのだから確かに怪しいと言えば怪しいが、瞬間移動をしたにしてはあまりに少なすぎる量である。
「時間が経ったから減った、という事は?」
《減って少なくなったという感じではないな》
ジェーニオはそこでいきなり黙り込んでしまった。別に言葉に詰まった訳ではない。こちらにやって来る人影を確認したからだ。
一応美和だけに聞こえるように話す事もできるが、姿を隠しているのに声がするのではあまりに不自然である。
もちろん美和も盗賊だけに人影の気配は感じ取っていた。しかしここは何の変哲もない農道。周囲には作物の育っていない畑があるに過ぎないし、身を隠す場所もない。
もちろん美和の実力であれば逃げ切るくらい容易だが、わざわざ露骨に怪しまれる行動をとる事もないと、その場に立ってやって来る人物の方を見た。
無骨な白い自転車にまたがってやって来る制服姿の老人。警察官である。いや、場所柄を考えるなら駐在さんと呼ぶべきか。
「おおーい、そこのお嬢さんや。何をやっておるんだい」
駐在さんは美和の前で自転車を停めて降り、朗らかそうな笑顔でそう話しかけて来た。
「先日ここで倒れていた女子生徒の落とし物を探していました」
美和は適当な理由をでっち上げて説明する。すると駐在さんも「ああ」と何か思い至った事があったようで、
「そうそう。その制服だ。この辺りは滅多によそ者が来ないからね。良ぉく覚えてるよ」
いささかスローテンポな喋り方で、一人で勝手にウンウンとうなづいている。
「しかし、落とし物か。そういった物がないか調べた筈なんだが。して、落とし物は何だったのかな。見つかったのかい?」
「はい。おかげさまで」
心底心配する駐在さんに適当に話を合わせている美和。
もちろん本当はこんな話などさっさと切り上げて帰りたい。昭士に言われて一応捜索には来たが、やはり手がかりになりそうな物はなさそうだし。
こんな事なら怪しまれようが疑われようがとっとと帰るべきだった。美和は心底そう思い始めていた。
「しかし、駅に行くバスが来るまで、あと三時間はあるよ。それまでどうするんだい?」
腕時計を見ながら、やはり心底心配そうに駐在さんが聞いて来る。
そんな物はジェーニオに頼れば一時間とかからずに帰れるのだが、まさかこの場でジェーニオに運んでもらう訳にもいくまい。それこそ怪しさ大爆発どころの話ではない。
ジェーニオに頼らずともタクシーを呼んで帰るだけのお金は持っている。しかし、
「お嬢さんが良ければ、駐在所で時間を潰していかないかい? バス停からも近いし」
美和はあえて駐在さんのその誘いを受ける事にした。いつでもどうにでもできるという余裕からである。


駐在所までは徒歩で二十分ほどかかると言った。駐在さんはアレコレと美和に話しかけているのだが、美和の返し方が露骨に適当なのを察したのか、黙ったままになった。
このくらいの年頃の娘は難しい。そんな表情で隣の美和を見つめている駐在さん。
しかし黙ったままの雰囲気に我慢できなくなったのか、駐在さんが口を開く。
「ああ、この辺りは壱多比という地名なんだが、その由来を聞いた事はあるかね」
そこまで言って「ないだろうな」と淋しく言ってから、勝手に話し始めた。
壱多比という地名は古そうに感じるがそうでもなく、明治時代に入ってからこの名前になったそうで、それ以前は「志津女村(しずめむら)」と呼ばれていたと云う。
戦国時代この辺りで大きな戦があった。戦で戦った侍たちだけでなく、この辺りにあった村々が丸ごと戦に巻き込まれたのである。
それだけにたくさんの人が亡くなっており、その慰霊の為に一人の高僧が寺を建て住みついたのが元であると伝えられている。志津女の名前も霊を「鎮める」から来ているそうだ。
戦前まではお寺はもちろん、その戦の慰霊碑や首塚もあったのだが、第二次大戦の空襲で総て無くなってしまった。
戦後、そして高度経済成長期の頃、寺や慰霊碑、首塚の復活案が出たそうなのだが、戦の規模は大きかったが歴史に残るような有名な代物ではなかったらしい。歴史の研究家でも知らない人も多いくらい。
そんなマイナーな戦の慰霊碑を作る予算など無いいう事と寺の跡継ぎがいなかった事で忘れられてしまったまま現在に至る、という事のようだ。
「まぁ、ここで生まれ育った人間以外は、まず知らないからなぁ」
初めて聞いたという顔の美和に、駐在さんが穏やかな表情のまま笑っている。だが不意に薄気味の悪いニタニタとした笑いを浮かべると、
「さっきお嬢さんが何かを探していた辺りが、かつて首塚のあったところなんだよ」
普通の女子高生なら多少はビビるかもしれないが、美和がその程度で驚く訳はない。しかし一応表情だけは驚いておく。……元々無表情気味な顔なので、あまり変化はなかったが。
「若いお嬢さんは霊感が強い人が多いらしいからね。ゾクゾクするとかなかったかい?」
薄気味悪い笑顔のまま美和の顔を覗き込んでいる。
その怖がった表情に良くしたかのように駐在さんが話を続けた。
「そんな事があったからかねぇ。自分の身体を求めてさまよう武者の生首の話やら、首塚に首を集めようとする僧の霊の話なんかが、村には伝わっていてねぇ……」
そんな話をとても嬉しそうに話している。
別に美和を怖がらせたり困らせるのが楽しくて話しているというよりも、久しぶりに話せる人がいて嬉しいから話しているという感じなので、悪気などはない事は伝わって来る。
……でも、嬉しい訳ではない。それが美和の無表情の中に隠している本音である。
「あと極めつけは、夜道を歩く人間の首をガブリと食いちぎってしまう妖怪もいたなぁ。なんて名前だったかなぁ……あ、そうそう『くびばきら』だ」
思い出せたのが相当嬉しいらしく、自分の頭をパシパシと叩く駐在さん。
「四つ足でろくろ首みたいな首をしていてな。夜道を行く人の前に立ちはだかってビックリさせるとな。こう、上からガブリと頭に齧りついて、首を食っちまうんだ」
身振り手振りを交えて、とても楽しそうに話して来る駐在さん。
さすがに飽きて来た美和は制服のポケットに入れていた自分のスマートフォンを取り出した。そこには姿を消しているジェーニオからのメッセージが表示されていた。
『この世界では敵兵の首が戦功の証だったようだな。首塚とはその首を斬られた者を弔う為の物か』
この世界でのジェーニオは電気や電波との相性がとても良い。姿を消しただけでなく、インターネットで自分なりに首塚の事を調べたのだろう。
彼らの故郷である異世界――オルトラと呼ばれている世界には「首が戦功の証」という文化がない。その為「首塚」というものが良く判らなかったのだろう。
美和はこの世界である程度の教育を受けているからその存在は知っていたが、つい最近この世界に来たジェーニオでは無理もない。
“その通りです。証だてた後、恨みつらみを受けないよう祈願する墓碑です”
すごいスピードでそうやって返事をする美和を見て、駐在さんが身振り手振りつきの話を止めて苦笑しつつ、
「お嬢さん。さすがに警察官の前で歩きスマホは止めてくれんかね。こんな何も無いところだけど」
「……済みません、もう終わりました」
今のところ歩きスマホをして刑罰を受ける事はないが、良くない印象をわざわざ相手に与える事はない。そう判断してスマートフォンをポケットにしまう。
それを確認した駐在さんは小さく咳払いをすると、
「で、その“くびばきら”だがな。不思議な事に首を食われた人間なんだがな。刃物で切ったみたいに綺麗な切り口でな。血が一滴も流れてないという……」
その言葉を聞いて美和の動作が一瞬止まる。
先日警察署にもたらされた「不思議な首なし遺体」の特徴――刃物で切ったかのように綺麗な切り口で、血が一滴も流れておらず、首は行方不明――と合致するからだ。
もちろん盗賊稼業の人間である。そこを聞いてすぐさま「くびばきらが首を食べてしまったから首なし遺体ができあがったのだ」という考えにはさすがに至らない。
だがこんな話が存在する以上、聞き流してスルーする訳にもいかなくなった。
そもそもエッセは何らかの原因で首なしになった死体の生物の姿を模して現れている事は既に判っている。くびばきら、もしくはそれに類似した何者かの仕業ではあるまいか、と。
はたまた今度はその「くびばきら型」のエッセでも出てくるというのだろうか。もしそんな者の姿を模されたらたまったものではない。
悪い予感ほど現実になる。そんな言葉が去来していた。
美和の心の中に。

<つづく>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system