トガった彼女をブン回せっ! 第28話その2
『よじ。ごごばオレ様が出よう』

地球とは違う異世界・オルトラ
そこでは、オルトラ世界で広く信仰されているジェズ教という宗教最大の祭りが行われていた。
この祭りは「パヴァメ」と呼ばれ、ジェズ教の神とその神に仕える者達を祀る祭りである。
その年最後の九日間と次の年最初の九日間をかけて行われる壮大な祭りだ。
この世界の住人にしてジェズ教の托鉢僧という地位にあるモーナカ・ソレッラ・スオーラは、明日から始まる祭りに備え、久方ぶりに「オルトラ世界に」帰って来ていた。
仮にも聖職者の身分である自分が、この祭りに参加しないというのは気が引けてしまうのだ。
それは代々聖職者の家系ゆえの教育もあるかもしれないが、彼女自身の使命感の強さもあるのかもしれない。
しかし、帰って来て早々祭りどころではなくなってしまったのである。
スオーラの故郷であるパエーゼ国。その第一王子の居城があるソクニカーチ・プリンチペの町。その町の教会に不意にもたらされた凶報。
そう。エッセ出現の報である。
その報を早馬を飛ばして知らせてくれたのは、かつて色々モメた事のあるアッコー僧リトという老侍祭長の使いである。
彼のいる教会のある、パエーゼ国南部のメリディオーネ地方の一画に姿を現わしたというのだ。使いの者はスオーラより少し年上の若者であるが、ゼーゼーと荒い息のまま、
「は、はい。話に聞いていたエッセという怪物に間違いない、という事でした」
スオーラの父はこのジェズ教の最高責任者である。加えてかなりの親バカでもある。エッセの出現はもちろん、何か情報が手に入ったら知らせるよう、ジェズ教の教会総てに通達していたのである。
だがその情報にスオーラは驚きを隠す事はできなかった。
何故なら彼女が持っているカード状のアイテム“ムータ”には、エッセが現われると鳴って知らせてくれる機能があるからだ。
もっとも「この世界に」存在しない生物の場合は鳴らないケースも多く、確実とは言い難い。
しかし情報によれば今回現われたエッセは「人間の姿」をしていたというのだから。この世界にだって当然人間はいる。にも関わらず「鳴らなかった」。
どういう事だろう。彼女がそう思ったのは当然なのである。
[人間がぁ。下手ずれば今までで一番厄介がもじれねぇなぁ]
スオーラ達の会話に口を挟んできたのは、教会の中の長椅子に腰かけていた三十過ぎの中年ガンマンである。とはいえガンマンという存在自体このパエーゼ国では極めて珍しい存在だ。
「どういう事ですか、ガン=スミス様?」
スオーラに「様つきで」ガン=スミスと呼ばれたガンマンは、被っていた黒いウェスタンハットのつばを指先で持ち上げてスオーラ達に視線を向けると、
[今までのエッゼば所詮『動物』。爪や牙ば確がに強ぇが、動物にば本能ばあっでも知能ばねぇ。下手な強ざより人の知能の方がずっど怖ぇモンだ]
聞き取り難い発音の言葉で静かに、そして淡々と語って聞かせるガン=スミス。
「た、確かに言わんとする事は判りますが……」
これまで戦って来たのは総て動物の姿を模したエッセ(魚や昆虫もいたが)である。その戦い方は確かに総て動物の本能や習性に基づいたものだ。
[よじ。ごごばオレ様が出よう]
ガン=スミスはすっと立ち上がり、腰から下げているガンベルトの位置を微妙に直している。だが、その仕草に反応したのはスオーラではなく、その場にいた彼女以外の聖職者達である。
「ま、待ちなさい。何をする気ですか」
「貴様知らんのか。普通の人間がエッセと戦えるものか」
「そうだ。聖職者としてわざわざ死なせる真似はさせられん。たとえ異教徒であってもだ」
ガン=スミスの前に立ちはだかるようにしてそう口々に叱りつける。もっとも身長一八〇センチを超える長身のガン=スミスの前にあっては足止めにも見えないのだが。
「お、お待ち下さい、皆様!」
何としてでも止めようと必死の聖職者達に向かい、スオーラが声を張り上げる。
「ガン=スミス様はわたくしと同じです。エッセと戦える力を持っています」
スオーラのその言葉を聞いたガン=スミスは、チョッキのポケットからムータを取り出して見せる。
その様子に皆が驚いた顔をし、口をぽかんと開けたままスオーラとガン=スミスを見つめている。そしてその顔を見て、スオーラは少しだけ落胆した表情になる。
ジェズ教教徒であり、最高責任者の娘であるスオーラは、エッセと戦える救世主と祭り上げられている身だ。
もちろんスオーラだけで戦っている訳ではないし、対エッセ討伐チームとして考えるなら、むしろジェズ教教徒はスオーラただ一人なので少数派だ。
にも関わらず周囲の人間(特にジェズ教教徒達は)スオーラ一人だけを「救世主」としたがっている。それは月日が経つにつれ強くもなっていた。
それに関しては反論しているのだが、いくら「親の七光り」の力があってもそれは難しいようだ。
スオーラはガン=スミスを心配そうに見つめると、
「確かにお一人では危険かもしれませんが……」
[おっど。着いで来るなんで言わねぇでぐれよ、レディ?]
ガン=スミスは少々カッコつけた口調でスオーラを見つめると、
[ごれがら大(でぇ)事な祭りがあるんだろう? だがらごぞ『異教徒の』オレ様が行くんだ]
自分を止めようとしている他の聖職者達に「異教徒の」の部分を嫌みなくらい強調して言ってのける。
確かにガン=スミスはジェズ教教徒ではない。それどころかこの国、この世界の住人でもない。
元々は昭士達と同じ世界の住人。色々あってオルトラ世界にやって来て、しかも二百年近く未来=現代に飛ばされたという過去を持っている。
異世界に加え昔の常識のままの言動が未だに直っていないので、周囲の人間には「差別的」と受け取られモメる事も多い。
しかも元の世界では男性だがこのオルトラ世界では女性の肉体になっている。とはいえ女性らしい体つきでは全くない上に男性的言動のため、せいぜい中性的に見られるのがオチだが。
スオーラが言っていた「危険」はエッセとの戦いだけでなく、行った先での現地の人々とのモメ事も含まれる。差別的な言動はもちろん、性別を間違えられて憤る事も。
ガン=スミスのストッパーになりうる人物がいない事も彼女の悩みの種である。
昭士は差別的な言動で衝突し合うのがオチなのでダメである。いぶきも同様だ。
かといってジェーニオに頼むのも。ストッパーにはなるかもしれないが完全に人外の力を用いた「力技」にしかならないので、昭士達とは違う意味で衝突し合ってしまう。
スオーラが動ければもちろんそれが一番良いのだが、いくらエッセが現われたと言っても祭りの最中に抜け出して出かけるのは、一聖職者として気が引けるのだ。
一応共に戦う仲間はもう一人いるのだが、仲間の中で一番ストッパーにならないのだ。
そのストッパーにならない人物は教会の前にちょこんと座っていた。買ってもらったらしい串料理を両手に持ち、片方ずつ交互にかぶりついている。
その笑顔は無邪気な子供そのものであり、見る者を自然と笑顔にしてしまう不思議な魅力がある。
マントのようにも見える薄汚れた貫頭衣(かんとうい)――正方形の大きな布の真ん中に穴を開けただけの粗末な衣装を着た、ボサボサで白くとても長い髪。どうひいき目に見ても聖職者にも旅の巡礼者にも見えない、教会の前にいるにしては非常に怪しい人物である。
彼女の名前はジュンという。このパエーゼ国の隣にあるマチセーラホミー地方と呼ばれる地域の、大森林の中にある村の出身だ。
その外界から遮断された森林の中で未だ原始的な生活を営む、女性だけが住まう村。外部の人間がヴィラーゴと呼び、同時に「森の蛮族」と蔑んでいる存在だ。
彼女はスオーラやガン=スミスのようにムータを持たないが、原始的な生活の中で培われた、細身の身体からは信じられない怪力と俊敏さで皆の役に立っている。
だが森の蛮族という事に加え、彼女の浅黒い肌――黒人種という事も蔑まれる材料になってしまっている。
そんなジュンに好意的に接する人物はこの国には数少ない。特にガン=スミスは元々いた世界と時代では「黒人は人の形をした道具」として人間扱いすらされていなかった。
スオーラの取りなしがあってもジュンに対する言動はかなり差別的な意識をむき出しにしている。
そして、その数少ない好意的な人物の一人が、また食べ物を持ってジュンのところにやって来た。
白髪の女性の聖職者である。だがその肌や動作は決して老人ではない。
彼女はカヌテッツァ僧。このジェズ教の副長を努める重要人物である。人種的に白い髪という共通項があるからか、それとも彼女がくれる食べ物に釣られているのか、ジュンもカヌテッツァ僧の前では大人しく礼儀正しい。
「今日ハオ祭リダカラ、特別デスヨ」
少々固めの発音だが、ジュンの故郷の言葉を操れるのも、ジュンが懐いた要因の一つだろう。
ジュンは差し出された食べ物を見て、目をキラキラと輝かせている。
それはノナスニトナモチトナ・セナシクニミーキナと呼ばれる料理だ。
材料を混ぜた生地を冷暗所で一ヶ月ほど発酵・熟成させて作る保存食である。食べる直前に生地を切り分けて加熱する。
その加熱方法は地域や家庭で違いがあり、この辺りでは薄味のスープの中でさっと茹で、スープごと食べる。
この年末年始はお祭りで忙しくなるので、あらかじめ作り置きしておいたこれだけを食べる事も多く、またその出店や屋台も数多い。
ジュンは深めの器とフォークと受け取り、器の中の茶褐色の物体をまじまじと見つめている。
まじまじと見つめたまま茶褐色の物体にフォークを突き刺し、大口を開けて一口で放り込む。
「うまい」
モグモグと笑顔で咀嚼している様子を見てカヌテッツァ僧も笑顔になる。そんな光景を見て周囲の人間もどこか心に温かいものが溢れる。
そんな意図はないのだが、その温かさをぶち壊すようにガン=スミスが教会の外に出て来た。
[おい黒いの。何呑気にメジ食っでんだ]
そう言いながらジュンの背中をつま先で蹴るような仕草を見せる。本当に蹴っている訳ではないが、それを見たカヌテッツァ僧は少しムッとした顔をガン=スミスに向けると、
「ガン=スミス殿。『他人を足蹴にする者はやがて自分も足蹴にされる』。そう云われていますよ」
ジェズ教の教典か高名な聖職者の名言からの引用を思わせる言葉。何より説得力ある視線の迫力に圧されるガン=スミス。その辺りは伊達に教団副長の地位にいないという事だろう。
ガン=スミスはおどけるように肩をすくめると、
[オレ様ばぢょっど留守にずる。レディにば祭りに集中ずるよう、アンダがらも言っどいでぐれ]
そう言って歩き出した時、ジュンもスッと立ち上がりガン=スミスに続こうとする。
[ぢょっど待で。何でお前(めぇ)まで来るんだ?]
「ガン=スミス殿?」
侮蔑の表情でジュンを睨みつけるガン=スミスを、有無を言わせぬ迫力で黙らせるカヌテッツァ僧。その迫力は周囲の人間も表情を凍りつかせた程だ。
《……判ったよ》
この世界の住人には判らない、故郷の言葉の方で短く呟くと、勝手にしろと言いたげに肩をすくめて歩き出した。一瞬キョトンとしていたジュンも構わずそれに続く。
両手に料理を持ったままで。


祭りで賑わう町の中を、長身のガンマンと小柄の白髪少女が歩く。
その道すがら、ガン=スミスは商店で旅に必要な食料品や道具を買い込んでいた。これから旅になるのだから当然の行動である。
そんな荷物を背負ってやって来た目的地は教会から少し離れたところにある牧場である。
普段はガランとした草原で馬や牛がまばらに、そしてのんびり歩いたりたたずんでいるのだが、その敷地の半分くらいにこれから十八日間に及ぶ祭りに使う様々な資材が雑多に置かれている。
その半分になった敷地でものんびりと過ごしている馬や牛達を遠目に見ているガン=スミスは、目的の馬の姿を確認してピーッと指笛を拭いた。
遠くにいた馬の一頭が耳をぴくりとさせると、駆け足でガン=スミスの元へやって来た。茶色の毛並みの雌馬・ウリラである。
ガン=スミスが持つムータの持つ力の一つに、このウリラを翼のある馬・ペガサスに変身させるというのがある。そのペガサスの力でエッセの出た地へ行こうと思ったのだ。
陸を行ったのでは何日もかかるが空を、それもペガサスの翼であれば文字通りひとっ飛びだ。
《ウリラ、行くぞ》
馬に向かって自分の国の言葉で声をかけるガン=スミス。馬の方も本当に嬉しそうである。そんなウリラにぴょいと飛び乗ったジュン。手綱も鞍もつけていない裸馬の状態なのに非常にバランス良く。
[おいおいおいおい。デメェナニ勝手に乗っでんだゴルァ!]
カッとなったガン=スミスがジュンの首根っこを掴んで引き摺り下ろそうとするが、跨がったままペタッと伏せてその手をかわしてしまう。
ウリラの方もかっぽかっぽと蹄を鳴らして歩き出す。飼い主であり「相棒」でもあるガン=スミスに「こっちに来て」と言いたそうな目で。
飼い主であり「相棒」であり付き合いも長いガン=スミスもその辺りを見抜く事はできるので、物凄く納得が行かない、という顔のままウリラの後に続く。
祭りの準備の係が慌ただしく動き回る中をガン=スミス達は悠々と歩いて行く。そして顔馴染みの牧童の姿を見つけると、
[おい、ごれがら出がげるがら、オレ様の鞍と手綱を出じでおいでぐれ]
そう言いながらウリラにまたがったジュンを下ろそうと必死になるが、その手を馬に乗ったままのらりくらりとかわしてみせるジュン。
しかしかわすのにも限度があったのか、見事に首根っこを掴まれて下ろされてしまう。もちろんジュンは不満げである。
「持ってきました!」
牧童がガン=スミス専用の鞍と手綱をえっちらおっちらを抱えて来る。この鞍はガン=スミスの元々の世界の物。オルトラ世界の鞍とはパッと見ただけでもかなりデザインや構造が異なる。
それに加えガン=スミスのブーツに付いた拍車。これもオルトラ世界にはない物だ。本来こうした物を馬に付けるのは牧童の仕事でもあるけれど、さすがに特殊な物は手に負えない。
それ以前にガン=スミスが他人にやらせない。そのくらいウリラに関しては愛着も執着も強い。
「どこ行く。お前」
手慣れたそれらの作業を見ながらジュンが訊ねる。ガン=スミスはそれに答えずテキパキと鞍も手綱も付け、買い込んだ食料品も乗せると、馬に跨がる。そして脚で馬の腹を軽くしめると、
《ハイッ》
一気に走り出した。これにはさすがのジュンも虚を突かれた形になった。
とはいえジュンの身体能力は並の人間とは違う。馬の速歩(一分で約二百メートル走る)の速さにあっという間に追いついて来た。そのままウリラの真後ろを走りながら、
「どこ行く。お前」
息一つ切らさずさっきの質問をくり返して来るジュン。しかしガン=スミスは相変わらず答えない。馬の速度を上げようとするが、ウリラは首を振ってそれを拒否している。
《おいおいウリラ、一体どうし……!?》
ムータの影響で常人離れしたガン=スミスの視力が、遥か先にいる『者』をハッキリと捕えた。ガン=スミスは慌てて馬を止める。それと同時にジュンも歩みを止める。
しかしぶつかりそうになってしまった為、ほぼ垂直にジャンプしてかわす。そして着地したのは……ガン=スミスの頭の上だった。
「あ」
さすがのジュンも悪いと思ったのか、ガン=スミスに極力衝撃を与えないように気を使って飛び下りた。
ガン=スミスは勢いに任せてジュンを殴るか蹴るかしようと思ったが、今はそれどころではないと「遥か先にいる『者』」に視線を移した。
何と。ジュンもガン=スミスと全く同じ方向を見ていた。特にジュンは姿勢を低くしている。まるでいつでも襲いかかるぞと警告するかのようである。
ガン=スミスは「仕方ない」と言いたそうに溜め息をつくと、少し遠くにいた牧童に向かって、
[おいぞごの! 大至急ズオーラを呼んで来い! エッゼっで言えば判る!]
そう。彼らの視力が捕えていたのは、先ほど教会で話していた“人間の姿”をしたエッセだったのだから。


「お待たせ致しました!」
まだまだ遥か遠くにいる人間型エッセを睨んでいるガン=スミスとジュンの隣に、スオーラがやって来た。
[悪がっだな、レディ。本当なら祭りに専念じで欲じがっだんだが]
「いえ。エッセが町に入ったら、それこそお祭りどころではありませんから」
スオーラの姿は先ほどまでの少年ぽさの残る中性的な女性ではなく、見るからにスタイルの良い大人の女性。
派手と言えば聞こえの良い、配色がメチャクチャなジャケットにミニのタイトスカート。サイハイブーツを履き頭には魔法使いを思わせるつばの広い帽子を被っている。
「しかし、今回は不思議な事ばかりです」
スオーラの視力では何も見えていない地平線を見つめたまま、ガン=スミスに語りかける。
「今回はエッセが現われたにも関わらず、ムータが鳴って知らせてくれませんでした」
[らじいな]
ガン=スミスはウェスタンハットを手でパンパンはたきながらスオーラの意見に同意する。
今回現われたのは人間の姿。人間がこちらの世界にいないのであれば鳴らなくても仕方ないが(過去何度か前例がある)、人間がいる世界なのに人間型エッセ出現で鳴らないというのは疑問である。
「今回の戦いではそれにも気を配っていた方がいいでしょうね。アキシ様達と賢者様にはすでに知らせてあります」
賢者様とは、文字通りの知恵者の事。スオーラが言っているのは隣国出身のモール・ヴィタル・トロンペという人物だ。
知識を語るのが商売の賢者に相応しい実力の持ち主であるが、ガン=スミスは「うさん臭いとして」全く信用を置いていない。
それはオルトラ世界に来た時に出会い、その後に魔法的な事故に巻き込まれて二百年後の現代に飛ばされてから(ガン=スミス自身は気づいてなかったが)も「全く同じ人物」だったからだ。
どれほど長寿・長命でも、人間である以上二百年も姿を変えずに生き続ける事はできないし、子孫にしては姿に変化が無いし記憶を持っているのも変である。
賢者もガン=スミス同様に時を越えた可能性が無きにしも非ずだが、その辺りの言明が未だに無い事も、ガン=スミスが賢者をうさん臭がる理由の一つだろう。
スオーラもその理由は聞いているのでそれ以上の言及は避けておく。
「……とはいえ、今アキシ様はイブキ様が入院してしまったとかで、身動きが取れません。ジェーニオもあちらの世界での調べ物があるらしいので、増援は難しいと思います」
ガン=スミス個人としては彼らの増援がない方がスオーラと共にいられるから有難いのだが、さすがにそんな態度をスオーラの前で見せる訳にもいかない。
[何で身動ぎ取れねぇんだ。入院じだのば妹一人なんだろ? 一人ででも来りゃ良いじゃねぇが]
「以前アキシ様お一人でこちらの世界にやって来た時、イブキ様とは場所も時代もバラバラに転移してしまったからです。もうあんな思いは御免です」
まだ昭士達と出会ったばかりの頃やってしまった失態を思い出す。そんな失態があってからまだ一年経っていないのに、随分昔の事のように感じる。
しかし敵を目の前にしてそんな感慨にふけってばかりもいられない。注意と神経をエッセに集中させる。まだその姿は見えてもいないが。
[レディ。ごっぢがら出向ぐ方が良いが? 町に近づげざぜねぇ方が良いんだろう?]
ガン=スミスの提案ももっともである。町から離れている方が町への被害は少なくて済むだろう。
「判りました、行きましょう。ガン=スミス様、ジュン様」
三人は一斉にエッセに向かって走り出した。馬に乗ったガン=スミスや常人離れした脚力のジュンはもちろん、現在の姿に変身しているスオーラも、瞬発力や跳躍力といった方向に超人とも言える力を発揮する。
《……しかし、全身金属な人間ってのも、随分変な感じだな》
遥か先に見えている謎の人間――人間型エッセの特徴である全身総てが金属のような物でできている姿を見て、ガン=スミスが故郷の言葉で呟く。
だがムータを持つガン=スミスとスオーラは何語で話していても意思の疎通ができるので気にしていない。むしろジュンだけに聞かれない事を喜んでいるくらいである。
「全身が、ですか?」
これまでもたくさんのエッセを見て来たスオーラであるが、思わずそう聞き返してしまう。
《ああ。髪も服も靴まで履いてる。それらも全部金属だ。表情の方はさすがに良く判らねぇが》
全裸の人間でなかった事に何となく安堵を覚えたが、どんな生物の姿をしていようが、エッセである以上対処法は何も変わらない。
だが、人間型と聞いて浮かび上がって来た事がある。
いかに化け物とはいえ、自分と同じ人間の姿をしたモノを「殺せる」のか。
たいがいの人間は人間を傷つけ、殺す事にためらいが出る。本能的に“人と似ているが人でないもの”を恐れる。
その理由は色々あるが、相手が受けた痛みを文字通り我が事のように“理解ができるから”と云われている。人間誰だって自分が痛い思いをしたくない。
「ナンだ、あれ」
《何だありゃ!?》
ジュンとガン=スミスの声が重なる。その事に対してガン=スミスは「真似するな」とジュンを睨みつける。だがその視線も一瞬で前に戻した。
それもその筈。驚異的な視力を身につけたガン=スミスが、その視力を一瞬信じられなくなった程なのだから。
「どうかしたのですか?」
かろうじて小さくエッセが見えるようになって来たスオーラが、驚く二人に理由を訊ねる。
「でっかい」
《デケェぞありゃ!?》
再度二人の声が重なり、ガン=スミスはジュンを再び「真似するな」と睨みつけた。
確かにエッセは模した生物と同じ大きさとは限らない。たいがいはオリジナルよりも大きい姿で現われる。その事に関しては特に驚く事ではない。
二人の驚きは、やはり“自分達と同じ”“人間が”大きいというところに尽きるだろう。同じ人間と判っていても、自分と異なる部分を持つ人間に対して起こる警戒心である。
これと同じ事は相手がエッセでなくても「異国人」でも起こる事だ。いけないと判っていてもこればかりは人間の本能とも言えるかもしれない。
そうして走り続け、ようやく普通の視力のスオーラでも人間型エッセの姿がハッキリ見えるようになって来た。確かに先ほど二人が驚いたように、通常の人間よりも大きい姿である。
しかし、今の自分の二倍程なので取り立てて巨大という訳ではない。その姿は人間の髪や皮膚や服が総て独特の金属光沢を放っている。エッセに間違いはない。
互いは距離は取ったが会話ができる程度にまで近づいた。とはいえエッセが言葉を話す事などないのだが。
ガン=スミスは馬を止め、ジュンもスオーラも警戒して身構えている。
だが、次の瞬間皆は驚いた。喋ったのである。目の前のエッセが。
《あの。私の言葉は判りますか?》
しかも“日本語”で。

<つづく>


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