トガった彼女をブン回せっ! 第24話その2
『知ってたろ彼女の正体!』

賢者のツィーポロの葉についての説明を聞いて困り顔になってしまった昭士。わざわざジュンとジェーニオに取りに行ってもらっているのに申し訳ない気持ちになる。
この葉を使うのはできれば避けた方が良い。そう考えるより他ない。
こうなるともはや神頼みでもして、南にあるという出現地での大雨が止んでくれる事を祈るしかないのだろうか。
雨で濡れてさえいなければただのダチョウと似たようなものなのだから。いつも通りの接近戦で決着がつけられる。
《結局良いアイデアはないって訳か》
『お役に立てなかったようで申し訳ありません。ですがアイデアというのは意図せぬふとした事でも思いつくものですよ』
それで賢者からの電話は切れた。
《結局、ジェーニオ達を行かせたのは無駄足っぽくなっちゃったなぁ》
昭士はそう言いながら携帯電話をパタンと閉じる。
賢者との会話が聞こえていなかった(当たり前だが)スオーラとガン=スミスは、
「アキシ様、どういう事ですか?」
《作戦が外れたか、東洋人?》
心配そうに昭士を見つめるスオーラに、ふんぞり返って「ざまあみろ」と無言で言っているガン=スミスの対比に苦笑した彼は、
《あいつらが取りに行った葉っぱだけどな。五十年くらい前に危険薬物に指定されてるんだと。慣れてるジュンはともかく、俺達がいきなり使ったら当分鼻が利かなくなるとさ》
《何だそりゃ、麻薬か?》
ガン=スミスが呆れている。
《ノリ的には近いモンあるかもな。で、どうするよ》
昭士はスオーラとガン=スミスの顔を見回して、
《鼻ツブす覚悟であいつと戦う気、ある?》
彼の提案は相当消極的な口調だった。
いくら自分達の使命がエッセを倒す事であっても、そのためによく判らない薬物を使って、嗅覚を(当分の間とはいえ)無くしてしまうというのは気が進まない。そう言いたそうに。
《ウリラのためにもえぇ(あい)つを倒してぇけど……けど鼻かぁ。鼻が利かねぇと地味に辛ぇぜ?》
ガン=スミスは一体どうしたものかと困った様子である。
今回のこの戦いで最後と判っているのであれば多少の無理・無茶も押し通すところではあるが、そうとは限らない。むしろ鼻が利かない間に鼻を使わねばならないようなエッセが出ない保証はない。
そのためスオーラですら「戦う」という気持ちにためらいが出ているのが見え見えだ。
だが、あの悪臭をどうにかしないと戦いにもならない事は実証済。その悪臭をどうにかする手段は危険が伴うし代償もずいぶんと大きそうだ。
だからといって別の手段がある訳でもない。賢者は「アイデアというのは意図せぬふとした事でも思いつくもの」などと言っていたが、そうポンポンと思いつけば苦労はない。
《なぁ、ガン=スミスさんよ? 昔のカウボーイの知恵とかで何かないか? 臭いをどうにかする方法?》
だいぶやる気が削がれた無気力ぶりを隠そうともせず、昭士がガン=スミスに訊ねる。
一応年長者であり優れた人種たる(と思っている)白人のプライドにかけて何かいいアイデアを出そうと頭をひねるが、浮かぶのは「自分の臭いを」どうにかする方法ばかり。
狩りは専門ではないものの、動物を相手にする場合は自分の臭いをどうにかするのが基本。その方法は色々と知っているつもりだが、この場では全く意味がない上に役に立たない。
もちろん悪臭をまき散らす相手に使う訳にもいかないときている。
《じゃあスオーラは? 何とか教に古くから伝わる秘術とかないのか?》
無気力ぶりのまま今度はスオーラに話を振る。彼女はその期待に少しでも応えるべく、真剣な顔で自分の記憶の中から役に立ちそうな情報を引っ張り出そうとしている。
あまり固有名詞を覚えるのが得意ではない昭士は「何とか教」で済ませたが、きちんとした名前はジェズ教。その中のいくつかある分派の一つ、キイトナ派がスオーラの属する派閥である。
自分が信仰している宗教の名前を「何とか」で済まされた事に対するリアクションを忘れるほど、彼女は考えに没頭していた。
「……あまり効果はないと思いますが」
スオーラは珍しく自信なさそうにそう前置きをすると、続きを話した。
「臭いとは空気を伝うもの。なので風でその臭いを押し返すというのはどうでしょうか」
《確かにさっきの戦いの時、南に向かって吹く風を感じたけどな》
その時確かに臭いが薄まった感じがした。申し訳程度のほんのわずかであったが。
だが強い風であれば、幾分マシになるかもしれない。あまり強いとこちらが立っていられなくなるか臭いの元凶の方向に吹き飛ばされるが。
「風であればわたくしの魔法で起こす事が可能です」
そうは言うが欠点はある。
一つは悪臭を感じると魔法に集中できなくなる事。そしてこの風をあまり長い間吹かせる事ができない事。この二つだ。
ムータからの警告を聞いてから魔法を発動。魔法が効いている間に間合いを詰めて攻撃をしかける。そういう作戦だ。
だが魔法が早くては実際対峙した時に魔法の効果が切れる可能性があり、遅くては悪臭にやられて魔法どころではない。
そのちょうど良いタイミングをぶっつけ本番同然でできるか否かにかかっている。
《それが一番現実的かぁ》
エッセが出現するギリギリまで考えて、もし思い浮かばないようならそれでいこう。そのくらい積極性に欠ける雰囲気だ。
他にも良いアイデアがありそうではあるが、思いつかないアイデアなど何の役にも立たない。
思い浮かばない良いアイデアより思いついたそれなりのアイデア。それで何とかやって行くしかないのだ。
「あの。申し訳ありませんが、シャワーを浴びてきたいのですが、よろしいでしょうか」
昭士達が乗ってきたキャンピングカーの中にはシャワールームがある。だがそのシャワーは車の外にもついており、外でもシャワーを浴びる事ができるのだ。
一応その時に使うためのつい立てもあるそうだし、色々な意味で問題はなかろう。そもそも人気の全くない荒野のど真ん中だ。
強いて問題点を挙げるとすれば、それを聞いたガン=スミスが覗きに行きやしないかという一点である。外見は中性的な宝塚女優だが中身は典型的な中年男性だ。
スオーラはポケットからムータを取り出し、それを中空にかざす。元の聖職者の姿に戻るのだ。
別に元の姿に戻らねばシャワーが浴びれない訳ではない。この魔法使いの姿はスオーラの「別の世界での」姿。このオルトラ世界では違和感ある不自然な姿であり、あまり長い時間この姿でいる事はできないのだ。
ムータから飛び出した青白い火花が作る扉のような物をくぐると、彼女の姿は一変する。
白いマントを纏った学生服のような姿。大人びて長身の女性らしい体型から少年を思わせる小柄で中性的な格好に。外見年齢が十数歳は一気に下がったのだ。
そんなスオーラは額に巻かれた鉢巻きをすっと上げて額を開けると、
「ではアキシ様、ガン=スミス様、少し席を外します」
きちんと頭を下げ、スオーラはキャンピングカーに向かって駆け出して行った。


スオーラが去ってしばしの時間が流れる。この間何も出来事らしい出来事は起きていない。
昭士は携帯電話のメールを(スパムメールを含む)一通りチェックし、返信が必要な物に返事を送り返すと、携帯電話に元々入っていた落ちものパズルゲームをやっている。
とはいえあまり得意なゲームではないので十分と経たずにゲームオーバーを迎える。そこで一旦ゲームを止め、大きく伸びをした。
その時視界の端に見えたのはガン=スミス。スオーラが去って行った方向をぼんやりと見つめつつ、呆然とした顔つきになっている。
そこで一瞬考えたのは彼の特性。射撃を得意とする射手のムータを持つ彼は、ムータの力で変身している今、とんでもなく視力が良くなっている。一キロ先の人間を見る事など朝飯前。
その能力でスオーラのシャワーシーンでも覗いて……いる割にはちっとも嬉しそうにしていないし、嬉しさを隠し切っている訳でもない。その辺はあまり女性に興味を抱けない昭士にも判る。
今まで「大人」な外見だったスオーラの本来の姿が、十五歳らしい子供子供した中性的な外見だった事にショックを受けているのだ。
昭士を見ても「女子供が戦うな」と言いたそうに嫌悪感を示していたのだ。見るからにその昭士と同年代の外見が本来の姿だと知って受けたショックからまだ立ち直れていないのだ。
まるで好みの女を見かけて声をかけ口説きに口説いて落とせたと思ったら実は……という笑えそうにないコメディの場面を思わせた。
まだ呆然としたままのガン=スミスに近づき、その肩をそっと叩いてやる。昭士の方が二十センチばかり背が低いので全くサマにはならなかったが、
《元気出せ。これも人生だ》
《うるせぇモンキー! 知ってたろ彼女の正体!》
ガン=スミスは昭士の胸倉を掴み上げてガクガク揺さぶっている。もちろん昭士なら簡単に避けられはしたがそこはあえてされるがままにされている。
《俺の世界じゃあの姿の方が普通だから、俺も忘れそうになるんだけどな。けど……》
意味ありげに言葉を濁す昭士。もちろんガン=スミスはそこに食いついてくる。
《けど何だ?》
《オッサンがロリコンじゃなくて良かったわ》
《よく判らねぇが誉められてねぇのは判るぞ? 大人舐めんな?》
こめかみと口の端をひくつかせて怒りを堪えているガン=スミスを見て、クスクス笑う昭士。
ロリコンとはロリータ・コンプレックスという和製英語であるが、その語源となった小説「ロリータ」は一九五五年刊。ガン=スミスの年代から考えると「存在しない言葉」なので判る訳がないのである。
それに近い英単語に「十代前半の少年少女を性的欲求の対象とする成人の性的倒錯」を表わす【hebephilia】という物がある程度だ。これも単語としては専門性の高い物なので、一介のガンマンだった彼が知っているかは不明だが。
……判ったら判ったで物理的な反撃が来るのは間違いなさそうである。
と、そこで昭士の携帯電話が震え出した。着信である。彼はポーチから携帯電話を取り出すと蓋についた液晶画面に何も表示されていない事に首をかしげつつも、蓋を開く。
“少々厄介な事になっているので、一旦報告に来た”
“少々厄介な事になっているので、一旦報告に来た”
液晶画面の向こうでムスッとしているジェーニオの声。ジェーニオは今ジュンを連れてヴィラーゴ村のある大きな森に行っている筈。そしてジェーニオの移動速度であればもうとっくに着いていておかしくない時間だ。
それに人間離れしてある程度万能な能力を持つ精霊が言う「厄介な事」というのも気になり、昭士は無言で続きをうながす。
“我が適当に持ち出した物が悪かったらしい。ジュンは今腹痛で苦しんでいる”
“我が適当に持ち出した物が悪かったらしい。ジュンは今腹痛で苦しんでいる”
それを聞いた昭士は逆に驚いた。野生育ちで胃腸は相当丈夫そうに見えたし、そもそもそんな「野生の勘」で食べてはダメっぽい物を見抜けたんじゃないだろうか、と。
“緑の莢に入った緑の豆に心当たりはないか?”
“緑の莢に入った緑の豆に心当たりはないか?”
緑の莢に入った緑の豆。昭士の知識から真っ先に思い浮かんだのは枝豆である。日本ではビールのお供としても有名な豆である。
それが浮かんだ次に思い浮かんだのは、昨日の光景だ。珍しくスオーラの携帯電話に何通かのメールが届いていたのだ。
その中の一つに「『枝豆は傷みやすいから』」というのがあった。スオーラがあちらの世界で働いている学食の同僚からのメールらしい。
美人が異国で一人暮らしというところから、結構食べ物を貰う事も多いらしく、その同僚から枝豆を貰ったそうなのだ。
だが茹でた枝豆は案外傷みやすい。特にこんな真夏の気候であれば冷蔵庫に入れていても油断はできない。
枝豆を食べるのは日本や中国くらいで、それ以外の国では「珍しい食べ物」扱いと聞くし、スオーラも枝豆は知らないようだった。
一応食べ物のようだったから持って行ったジェーニオ。見た事はないが食べ物らしいと判断して食べたジュン。だが傷んでいた事に気づかず腹痛を起こした。そんなところだろう。
意外に食い意地が張っているジュンらしい話と言えなくもないが、はた迷惑な事は確かである。
《あー、多分枝豆が傷んでたんだろうなぁ。ってか変な臭いとかで気づかんモンかな、あいつなら?》
“未知の食べ物だったからな。傷んでいるのか独特の臭いなのか判る訳がない”
“未知の食べ物だったからな。傷んでいるのか独特の臭いなのか判る訳がない”
ジェーニオにそう言われては返す言葉がない。特に醗酵食品等はその傾向が強い。
ともかくジュンの腹痛が治るまではどうにもなるまい。そのまま引き返してもらい、キャンピングカーの中にある常備薬でも飲ませればいいだろう。
わざわざ行ってくれた彼らには悪いが、あの葉は使わずに戦うつもりでいるのだ。その方策はまだ決まったという訳ではないが。
《そんな状態じゃ葉っぱ探しにならんだろ。一旦帰って来てくれ。車の中に確か薬があった筈だからそれ飲ませろ。それともジェーニオの魔法だか術だかでそういうの治せるのか?》
“不可能ではないが、先程ジュンは自前の薬を飲んで眠ってしまっている”
“不可能ではないが、先程ジュンは自前の薬を飲んで眠ってしまっている”
昭士は内心で「オイオイ」とツッコミを入れる。ジェーニオは更に話を続けた。
“起きてくれない事にはこの森から上手に脱出もできん”
“起きてくれない事にはこの森から上手に脱出もできん”
そういえばあの森は普通の人の方向感覚を狂わせる。それは精霊であるジェーニオも例外ではない。唯一の例外はその森の中にあるヴィラーゴの村の住人達。
そのヴィラーゴの村の住人であるジュンが眠ってしまっているのでは、これは確かに動きようがない。
昭士はジュンが起きたら帰って来るように言うと、電話を切った。
世の中思い通りに行かないものだが、こうまで行かないと逆に笑えてくる。笑うつもりはなかったが。


今話した内容をひとまずメールにまとめてスオーラに送信。その作業をしながらガン=スミスに説明する。
白人上位の考えが強い時代の人間だからか、ジュンの事は特に心配はしていないようだ。黒人一人がどうなろうと知った事ではない、といったところか。その辺は彼の時代背景上やむを得ないだろう。
どちらにせよ戦力が減ってしまった訳である。その部分は心配をしてもらわねば困るのだ。戦いというのは人手が多いに越した事はないのだ。
そこへスオーラからの電話が。さっき送ったメールを見たのだろう。
《おう、スオーラ。さっきのメールか?》
『は、はい。ジュン様が目を覚ますまではジェーニオもこちらには戻って来られない、という事ですよね?』
スオーラはきちんと「戦力不足」になった事を認識してくれている。昭士は助かると思いながら、
《まぁジェーニオは最悪この携帯に戻って来られるだろうけど、さすがにジュンを置き去りにって訳にもいかないしな》
精霊のジェーニオは携帯電話などの電波と非常に相性がいい。昭士の世界ではインターネット回線をも自在に動き回って色々な情報を集める事もできるのだ。
このオルトラ世界にはインターネットはおろか電話すら珍しい存在なのでそういった使い方はしないが、非常手段でジェーニオだけ戻す事もできる。……できればやりたくはないが。
《……で。つかぬ事を聞くけどさ》
昭士はガン=スミスから微妙に距離を取り、彼の様子を伺いつつ小声で続きを切り出した。
《シャワー浴びて臭い取れた?》
『自分では良く判りませんが、取れたと思います。一応香油はつけて行くつもりです』
スオーラは素直に返事をする。
身体が濡れた事によって発した悪臭が、お湯を浴びて落ちるのかどうかはさすがに判らない。その辺も賢者に聞いておけば良かったと昭士は思ったが後の祭り。
昭士には良く判らないが、香油とは良い臭いのする油の事だ。香水とは違うらしいが、とにかくそれで臭いがあってもごまかす作戦のようだ。
スオーラが言うにはこの辺りは日本と違って水が決して豊富とは言えない地域。日本のような風呂はないし入りようがない。
そこでこの香油を染み込ませた布で丹念に髪や身体を拭く事が多いそうだ。用途や好みに応じて様々な種類の香油が売られているし、自分で好みの香りの香油を作る趣味もあるそうだ。
この使い方が日本(地球)と同じなのか異なるのかは、化粧品などに関心がない昭士には判らないが、身だしなみを整えようとしている事はさすがに判る。
『アキシ様とガン=スミス様の分をお持ちするつもりですが、お使いになりますか?』
そう言われても香油など使った事すらないので良いも悪いもない。というか良いのか悪いのかも判らない、と言うのが正確だ。
でもせっかくの行為を無下にするのもなんだし、そもそも一回くらいは試してみたいという好奇心もある。とりあえず手間にならないなら持ってきて欲しいと頼んで通話を切った。
《スオーラがこれから香油を持って来てくれるとさ。アメリカに香油ってあった?》
現代日本よりはアメリカの方がここの文化・風習は近かろうと思った昭士の質問。するとガン=スミスは、
《あった事はあったけど、あのテの臭いは馬が嫌がる物も多いんでな。オレ様は使った事がねぇ》
馬の生態など昭士にはサッパリだったが、カウボーイだし元保安官らしいし、何より本物の「西部劇」の時代を知っている人間である。いくら東洋人の昭士相手でもそんな嘘はつくまい。
実際馬の嗅覚はかなり鋭いらしく、臭いで相手の識別くらいは簡単にできるらしいが。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
また例の音が二人のムータから響いて来た。いつもは半日から一日は間が空くのだが今回は早い。あまりダメージを与えられず、いわゆる「制限時間」が来て消えて行ったようなものだったからか。
だがガン=スミスはそのムータを可変させてクロスボウに。昭士も地面に転がしていた戦乙女の剣を取る。戦乙女の剣=いぶきの方はこれまで放置されていた――そもそも彼らの話に加わる気もなかったようだが――ためかやっぱり無言である。
その時彼らの後ろからもの凄いスピードで迫る者が、一人。
「お待たせ致しました!」
スオーラである。もちろん驚異的な脚力を発揮できる「魔法使い」としての姿で。この脚力にかかれば一キロなど数メートルにも等しい。
「香油を使っておきたかったのですが、間に合わなかったようですね」
昭士とガン=スミスを見て若干顔をしかめたところを見ると、二人にはまだあの時の悪臭の「残り香」があるようである。
《まぁ仕方ない。けどさスオーラ》
昭士はまだ濡れたままの長い髪の上からつばの広い魔法使いの帽子を被っているのを見て、
《濡れてる髪の上から帽子被るの、良くないんじゃね? 少しは乾かせよ》
美容に関する知識はないが、髪が濡れたまま帽子を被るのは髪に良くなさそうな感じがする。昭士の正直な感想である。
だが。
《これだああぁぁぁあああぁぁぁああああああぁぁっ!!》
昭士は喜び、驚き、思わず大声を上げてしまう。いきなりのそのリアクションに、敵が迫っている状況にも関わらずガン=スミスは、
《雄叫び上げてんじゃねぇよ、このサルが!》
「アキシ様、一体何がどうしたのですか!?」
ガン=スミスの「差別発言」に気づけないほどのスオーラのリアクションに、昭士がどこからか取り出したのは、一丁の銃。
それは昭士が幼稚園時代に放送されていた特撮モノ「飛空(ひくう)戦隊セイバード」に登場するウィングシューターという武器のオモチャだ。
右手に銃・ウィングシューター、左手にカード状アイテム・ムータ。それらを何となく頭の高さくらいまで掲げる。
それから眼前で銃口をムータの中央に密着させると、そのまま真上に掲げ、昭士は叫んだ。
《リムターレ!!》
強く引いた引き金とは逆にムータはゆっくりと宙に舞い、そこから青白い光が弾け飛ぶ。その光は小さな光と粒となって昭士の身体にまとわりついていく。
その光が消えた時、彼の格好は青から赤に変化していた。それも青いつなぎからワインレッドの全身タイツに金色のベストという格好に。
ベストを前で止めずに開け放した胸板には双頭の鳥を図案化した白いシルエットが大きく描かれている。
白いグローブとブーツ。それから携帯入れと銃のホルダーが付いたベルトも白。バックルの部分にはムータが収まっていた。
これでヘルメットを被っていれば、完全に特撮の戦隊ヒーローそのものの姿である。
前に一度見ているスオーラはともかく、初めて見るガン=スミスは驚いて声も出ない。
「あ、あの、アキシ様? 先程の『これだ』とは一体?」
スオーラがそう訊ねるが、昭士は自信に満ち溢れた表情でこれからやって来るであろうダチョウ型エッセが来そうな方向を見据え、右手のウィングシューターに左手をかけ、
がちゃっ。がちゃっ。かちかちかちっ。
安っぽいクリック音と共に銃の形が変化していく。手の動きが止まると銃だった物は一本の棒のように。
びひゅうううん!
スイッチを押すと、電子的な音と共に棒の先からまっすぐに伸びるオレンジ色の光。これがウィングシューターのビームサーベルモードである。
昭士は柄のスイッチを押したまま大きく二回素振りをする。ヴォン、ヴォンという音が辺りに響く。
そしてそのままもう一回続けて振った。
ばばばばばばばばばばっ!! どどどどどどーーん!!
今までで一番派手で大きな音が響く。これはオモチャに内蔵された、必殺技「フェニックス・ブラスト」の効果音と爆発音である。
スオーラとガン=スミスはその光景に驚きを隠せなかった。
なぜなら、振り下ろしたビームサーベルから真っ赤な炎でできた鳥が飛び出したのである。
オモチャの効果音と共に。

<つづく>


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