トガった彼女をブン回せっ! 第23話その4
『ナニする気よこのバカは』

「手を貸してくれ」
聖職者の家系に生まれ育ったモーナカ・ソレッラ・スオーラは、そういった「助けを求める言葉」に弱い。
もちろんそれを口実に人を騙す者も多いのだが、そこはそれ。そもそもそうした聖職者――特にこの辺りで広く信仰されているジェズ教聖職者を騙した暁には、それこそ世界が敵に回ると言ってもいい。
そうした常識を知っているのかは判らないが、少なくとも手を貸してほしいと言うその初対面のガンマンの訴えにウソはない。
まだまだ熟練とは言えない一聖職者の身分だが、そう見抜いたスオーラは、彼の話を聞いてみる事にした。
昭士の方は今回この世界に来た目的の一つが果たせたので気楽に構えている。何せもう一つの目的である「エッセ討伐」に関しては、向こうが現れてくれない限り動きようがないところもある。
そして自分が食べる筈だったサンドイッチを食べられたジュンの方は、相変わらず不機嫌そうな態度であり、今にも襲いかかりそうに牙を剥き出した獣のようでもある。まさに「食べ物の恨みは恐ろしい」である。
《判った判った。ジュン。こっちもカップヌードルくらいは持って来てるし、こっちでも存在できるみたいだから、それで良けりゃ食わせてやる》
とにかくジュンの機嫌を直すには物を食べさせるに限る。見かねた昭士はそう切り出した。
年齢はほとんど変わらないが、隔離された森の中で原始的な生活を営んで来た彼女は、精神的に子供に近い。純粋無垢といえば聞こえは良いが、文明社会においては常識知らずの無知としか見られない。
ジュンは聞いた事もない「カップヌードル」という単語だが、食わせてやる=食べ物という事は理解できたようで、ようやくニコニコ笑顔になって、その場にペタンと座り込んだ。
その態度は「大人しくしていないとご飯抜きです」という躾(?)の成果であろう。昭士はスオーラに「キッチン使うわ」と一声かけてキャンピングカーの中に引っ込んだ。
自室に置きっぱなしのリュックの中からカップヌードルを二つ取り出すと、部屋を移動。小さなダイニングキッチンにある電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。
さすがに何度か来ているのである程度の勝手は判る。料理は見た目も味も大雑把な炒め物くらいしかできない男子学生だが、カップラーメンも作れないほど不器用でもない。
お湯が沸くまで手持ち無沙汰気味にしていたところに、昭士の携帯電話が震えた。これはメールだ。
誰からだと思ってメールを見てみると、差出人は「益子美和(ましこみわ)」とあった。
昭士と同じ学校の先輩にして新聞部の部長。というのは表向き。その正体はこのオルトラ世界のサッビアレーナという国で名を轟かせていた伝説の「マージコ盗賊団」最後の団長ビーヴァ・マージコ。
最後の仕事の際魔法的な事故に巻き込まれ、数百年未来の、しかも昭士達の世界へと飛び、そこで十年近く暮らしていた過去を持つ。
一応盗賊流とはいえ昭士達に協力してくれている人物だ。その協力の一つが、盗賊団専属(?)の精霊ジェーニオの貸与である。
そんな彼女からのメールである。何か新しい情報でも手に入れたのかと思い、急いで本文を見てみる。

『アメリカはイリノイ州の古民家にムータらしきアイテムを持っていたらしい保安官の記録を発見。地元の原住民との抗争の際、クロスボウで相手を撃退したらしい。その保安官はその後消息不明になっている』

……アメリカはイリノイ州。保安官。ひょっとして出会ったばかりのガン=スミスの事だろうか。それにしても保安官だったとは驚きである。
美和の知らせにあった保安官が本当に彼だったとしたら、であるが。それにガンマンなのに銃ではなくクロスボウで撃退という部分も引っかかる。
クロスボウは現代日本ではボウガンと呼ばれ、拳銃と弓を合体させたような武器である。機械の力で弓を引き、矢をつがえて銃のように発射する。威力の方は若干拳銃に劣るものの、音も少ないので隠れて使えば決して侮れない武器だ。
そこに今度は電話がかかって来た。電話の主は先程話に出て来た、スオーラにメールを送った人物。賢者ことモール・ヴィタル・トロンペその人だ。
《はい》
『私です』
いつも通りのやりとりの後、賢者が口を開いた。
『申し訳ありません。ムータを持っている人物を見つけたのですが……昨日逃げ出されてしまいまして』
賢者の本当に申し訳なさそうな声。昭士は「その人物が今ここにいる」とはあえて言わずに、
《何か、逃げられるような事、やらかしたんじゃないのか?》
どことなく意地悪く訊ねてみる。すると賢者は訳が判らないと言いたそうな雰囲気のまま、
『剣士殿のように、他にもムータを使える人物がいる事や、簡単な紹介をしただけなのですが』
そこまで言って、何となく言いにくそうな、話したくないような、そんな重い雰囲気の間が空いた。
『途端に頭をガツンと殴られまして。恥ずかしながら気絶してしまいました。加えて拘束もされたので助けも呼べず、こうして連絡が遅れてしまいました』
その答えを聞いた昭士は忍び笑いを漏らす。
《で。何か盗られでもしたのか?》
『それがなかったのが不幸中の幸いです』
《盗るような物がなかったんだろ》
昭士は冗談ぽく言ったつもりだったが、賢者の方はだいぶ精神的に激しいダメージを負ったようで、うっと言葉に詰まってしまった。
昭士は声を出さないように小声で笑うと、彼に話の続きをうながす。
《で、そのムータ持ってるヤツって、どんなヤツなんだ?》
賢者は「そうでした」と前置きをすると、丁寧に説明してくれた。
名前はガン=スミス・スタップ・アープ。出身は昭士と同じ世界にあるアメリカ合衆国イリノイ州。
さすがに別の世界だけあって地名までは賢者でも知らなかったが、彼の持っている武器には若干の知識があった。
このオルトラ世界にも、一応銃という武器は存在する。このパエーゼ国から西に一万キロほど行った、違う大陸にあるエッセ・ウ・ア国という国。そこが銃の発祥地であり、そこでは普通に普及している。
ところが海を挟んだ大陸の向こうだからという事なのか、パエーゼ国を含むこちらの大陸では知っている人間はほとんどいないというレアな武器なのだと語る。
それは、このパエーゼ国を含んだ周辺国家は未だ最強の個人武器といえば剣であり、その辺の文明度はおそらくその違う大陸の方が上なのかもしれない。
とはいえ、銃に関する事以外はすでに聞いている事だ。何事も情報の「裏をとる」事は重要である。いかに信じられる人間の情報であろうとも。
昭士は沸いた電気ケトルのお湯をカップヌードルに注ぐと、キッチンタイマーをセットしてから、
《で、そいつのムータって、どんなヤツなんだ? スオーラのは魔法使いで、俺のは軽戦士って言ってたけど》
『射手(しゃしゅ)のムータでした。銃を持っている彼女らしいムータでしょうね』
射手。飛び道具使い、という事か。考えてみれば色んなタイプのムータが本来あったのだろう。自分が初めてエッセに遭遇した際に、ほとんど全部が破壊されてしまったが。
自分(軽戦士)とジュンが前衛、スオーラ(魔法使い)とガン=スミス(飛び道具使い)が後衛と、ゲーム的に解釈すれば結構良いバランスかもしれない。
だが、スオーラに変に色目を使うというか、良いところを見せようと調子に乗っているような部分が引っかかるが。
真面目に戦ってくれないだけならまだしも、うかつにスオーラに手を出せば、その最高責任者である彼女の父が色々な意味で黙ってはいないだろう。
ガン=スミスだけを責めてくれれば良いのだが、連帯責任的に自分まで攻撃されるのはゴメンである。人それをとばっちりと呼ぶ。
『ですが気をつけて下さい。差別的な言動が多い方のようで、町の人々にかなり白い目で睨まれていました。話している間、生きた心地がしませんでした』
賢者がどことなく嫌そうに、昭士にそう忠告する。
この国かこの世界かは判らないが、この辺りは割と文化の違いには寛容らしい。もっとも「この辺りではこうなんだ」と主張はするが、頭ごなしに「こっちに従え」と押さえつける事も少ない。
そうした風習の国で差別的と白い目で睨まれる言動。どれだけ差別的な人間なのか。
まだ会って一時間も経っていないから判らないが、黒人であるジュンに「黒いの」「ブラック」、日本人である昭士に「イエローモンキー」。初対面の人間にその発言では確かにそういう感じを抱かせる。
もし昭士の世界でそんな差別的な発言を連発していたら、あっという間に孤立する事請け合いである。
こっちの世界じゃなくて良かったなと、昭士は心の中でツッコミを入れた。
そんなやりとりをしている間にタイマーがそろそろ三分になろうとしていた。麺がのびたカップラーメンなど食べたくないので、
《……判った。気をつけるわ。そっちもゆっくりしてくれ》
そうして昭士は電話を切る。そして小さめのフォークと共にそれを持って外に出た。
ジュンはきちんと地面に座っているが、その目が「早く、早く」と食事を非常に急かしているのが判る。
昭士はジュンに向かって「お待ちどうさん」と言うと、スオーラに向かって、
《そういやこいつ、ヌードルって食った事あんのか?》
「麺料理そのものは食べた事がありますよ」
昭士が持っているカップヌードルを見たスオーラはさらに続ける。
「ああ、カップヌードルですか。以前わたくしが食べた物は、とても味が濃かった覚えがありますが。大丈夫でしょうか」
確かに自然の野菜や調味料しか知らない人間に、人工化合物満載のインスタントラーメンはそう感じてもやむを得まい。特にジュンは単純に煮たり焼いたりした食べ物しか知らないのだから、きっとスオーラ以上にそうと感じるだろう。
昭士は蓋を外して、フォークとカップをジュンに渡してやる。
ジュンは興味深そうに湯気が立ち上るカップヌードルを真上から眺め、立ち上るにおいに鼻をひくつかせている。
さすがに初めて見る食べ物に少々緊張と警戒の表情を浮かべている。
《あ、熱いから気をつけて食えよ》
ジュンは少し首をかしげてはいたものの、昭士が食べているのを見てようやく「食べ物か」と判ったようだ。
だが彼のようにすする事はできないらしく、フォークを使って口の中にかき込むようにして食べていた。熱いのと味が濃すぎるので、そのスピードはだいぶゆっくりだったが。
そして。昭士のすする音にものすごく嫌そうに顔をしかめつつも、それに興味を示しているのはジュンだけではなかった。
《……そいつはなんだ? 食い物か?》
ガン=スミスである。その表情は警戒半分興味半分といった感じだ。
《何だよ。カップヌードル知らないのか? ドコの田舎モンだよ。四十年以上昔から出てるし、世界中で四百億食は売れてるって聞いたぞ?》
ガン=スミスのそんなリアクションに、昭士はどことなくバカにした風にそう解説する。若干バカにされたのが判ったようで、さすがの彼もカチンと来たらしく、
《確かにイリノイは大都会って風情じゃねぇが、断じて田舎じゃねぇぞ!?》
そう言われても、昭士は日本から外に出た事はないし、イリノイ州がどういうところかもサッパリ判らないので、それに対する返答はできないが。
だが、この短いやりとりの中で、昭士の脳裏に「もしかしたら」という考えが浮かんで来た。だから、こう訊ねた。
《ガン=スミスさんよ。自分の生年月日を言ってみな》
《西暦一八四八年一月十三日》
若干バカにされたのに拍車をかけて不機嫌な顔のまま、それでも正直に答える。
それを聞いた昭士は「やっぱりな」と言いたそうにうなづきながら麺をすすって、
《昔の人間って訳か。こっちに来る時に時間がズレたか、もしくはそんな事件か何かに巻き込まれたか、だな》
淡々とした昭士の言葉に過敏に驚くガン=スミス。
《昔ってどういう事だ!?》
《だって。俺の世界じゃ今は西暦二〇一六年だぞ? アンタ、どう見ても二百歳には見えないしな。そう考えるしかないだろ》
昔の人間と言われて驚いたガン=スミスと、昭士の考えが判っていないスオーラに向けて解説を始める。
まずスオーラが食べさせたBLTサンド。
“現代”アメリカでは誰もが知る、そして人気の定番中の定番サンドイッチである。それをわざわざ「(ベーコン、レタス、トマトのサンドイッチを)初めて」と言うのは奇妙である。
ちなみにBLTサンドが広く普及したのは第二次世界大戦以後。特に一九〇〇年以前は資料が乏しく、あったのかどうかも良く判っていない食べ物だと、以前興味本位で調べた物に書いてあった。
そして初対面のジュンに黒人を意味する「ブラック」。昭士に黄色人種を意味する「イエローモンキー」。現代でも使われている表現だが、少なくとも差別にうるさい“現代”人なら初対面の相手にいきなり言う事はまれだ。
さらに四十年前からあって今や全世界に広まっているカップヌードルを、三十過ぎの“現代の”大人が全く知らないというのは少々不自然。
それに加え、魔法的な事故に巻き込まれて数百年未来に飛ばされた美和という前例の存在から、もしやと思って生年月日を聞いたら大正解、という訳だ。
彼が生まれた一八四八年は、アメリカの奴隷解放宣言がされる二十年近く前。今以上に人種差別があった時代。正確には白人が黒人や黄色人種を下に見る方が「普通だった」時代なのである。
そんな中で育って来た人間が、世界が変わったからといっていきなり差別的な言動を止められる訳がない。というよりも差別と思っていないのだから判る訳がない。
それに加えて彼は「その考えのまま」いきなり二百年近い未来に来てしまっているのだ。現代の視点で見れば差別主義者に見えても仕方ないところもある。
《さっき賢者から電話がかかってきてな。アンタ、賢者をブン殴って逃げ出したらしいな》
昭士の発言にスオーラが驚く。だがガン=スミスの方は頑として「仕方ないだろう」と力を込めて拳を握ると、
《オレ様とあいつが初めて会ったのは、あのムータでこの世界に来た直後。十年くらい前だ。それ以後全く会ってねぇし、こっちも色々旅してたからな。その間少しも老けてねぇってのは変だなーって思ってたんだよ。まぁ結果的には殴って逃げといて正解だったかもなぁ。お前の言う事を信じるなら、オレ様はいつの間にか二百年以上未来に来ちまってんだろ? それでも姿形が変わってねぇのは怪しい以外の何物でもねぇだろ。子孫にしたって顔が同じ過ぎるぞ?》
昭士とスオーラがアゴを外しそうなくらいに大口を開けて驚いている。
彼の言う通りなら確かに怪しさ大爆発である。時間軸を整理するなら、
1:ガン=スミスがオルトラ世界に来て賢者と出逢う。
2:その後で二百年近く未来へ飛ぶ事件・事故が起こる。
3:飛んだ事に気づかず十年近くこのオルトラ世界で過ごし、今日に至る。
という事になるからだ。
情報は的確にくれるものの、どことなく胡散臭い雰囲気のあった賢者が、ますます怪しい存在に感じられてきた。
食べ慣れている筈のカップヌードルの味も吹き飛ぶその事実に、麺を口に運ぶ手も止まる。それを見たジュンが、
「くれ。食べないなら」
《いや、食うよ。ってか、もう全部食ったのかよ》
彼女が持っているカップがすっかりカラになっていた。こんな事なら普通サイズではなくビッグサイズやキングサイズにするべきだったか。だがそっちは量に比例して値段が高いので、昭士の小遣いでの大量買いは厳しいのだが。
《まぁその辺はおいおい考えていこう。けど今度賢者に会ったら「悪い」の一言くらい謝っとけ。で、こいつは何を手伝ってほしいんだ?》
話の腰を思い切りへし折った事を詫びるように、昭士は話題を変える。するとスオーラは、
「ダチョウ型のエッセによって金属の像に変えられてしまった愛馬を助けてほしいそうです」
《ダチョウ型!?》
エッセはどこかの世界に存在する生物(想像上の生き物含む)の姿形をとる。そしてその生物の特徴を良くも悪くも受け継ぐのだ。
そしてその口から吐き出されるガスによって、生物を金属の像へと変え、それのみを捕食する。
《あいつはこの世界で出逢った馬だけどな。良く懐いてくれたし、頭も良い。ちなみに名前は「ウリラ」だ》
ガン=スミスがスオーラに向かって、どこか自慢げにそう言った。確かに西部劇にはガンマンと馬の組み合わせは外せない。とても似合いそうだ。
《ウリラを鉄の塊にした直後ヤツは姿を消したんだが。やっぱり相棒を見捨てるってのは、男が廃る。そう思うだろ、レディ?》
彼は相変わらずスオーラに言い寄るように同意を求めている。
今のアンタは女だろ。そうツッコミを入れたくなった昭士。だがガン=スミスの気持ちはストレートにスオーラに伝わったようで、
「ではアキシ様。エッセが現れた時には、よろしくお願い致します」
《判ってるよ。けどダチョウが相手か……》
そんな二人のやりとりに首をかしげるガン=スミスだったが、
「ガン=スミス様。エッセによって金属の像に変えられた生き物を元に戻すには、アキシ様が振るう『戦乙女の剣』でトドメを刺すしかないのです」
わざと無視するように扱っていた昭士を指差され、しかも彼に頼らざるをえない状況と判り、ガン=スミスの表情は露骨に渋いものになった。
《ちょっと待ってくれよ。何でこいつじゃねぇとダメなんだよ。剣だけよこせよ。オレ様が使うから》
ガン=スミスの不満げな訴え。その訴えでしばし無言の間が空く。
彼にしてみれば二百年前の「白人至上主義」的な考えしかないため、白人でない昭士と共に戦うなど考えられない事である。
お手伝いや召し使いならいざ知らず、彼が戦いのメインというのがどうにも我慢できないらしい。
《そうは言ってもなぁ。少なくともお前じゃあアレ持てないだろうしなぁ》
《っざけんな! サルに出来てオレ様にできねぇ訳ねぇだろうが!》
「落ち着いて下さい、ガン=スミス様」
スオーラが仲裁に割って入る。とはいってもヒートアップしているのはガン=スミスだけで、昭士はいたって冷静そのものである。
「それに。過去の事情はお聞きしましたが、それでも違う人種を『サル』などと呼ぶのはお止め下さい」
《ああ、済まないレディ。つい興奮してしまいまして》
ガン=スミスの態度がコロッと変わる。この媚びというか軽さはどうにかならないものだろうか。
昭士はカップに残っていたスープを一息で飲み干すと、ゆっくり立ち上がった。「逃げんのか!?」と短く吠えるガン=スミスをよそに、彼はキャンピングカー後方部に行き、すぐ戻ってくる。
その手に大剣――戦乙女の剣を携えて。
その剣を見たガン=スミスはさすがに目を丸くする。
当たり前だろう。剣の長さは明らかに自分の身長よりも長いのだ。一応鞘に納まってはいるものの、その刃は信じられないほどに分厚く、また大きさもとても剣だと信じたくないほど幅が広い。
そんな剣を、自分よりずっと小柄の昭士が「片手で」「地面に引きずる事なく」「持ち上げて」いるのだ。
《……ったく、人がせっかくまどろンでるってのに、ナニする気よこのバカは》
不意に聞こえてきた、若干クセのある女性の声。ガン=スミスは声の主を探してキョロキョロしている。
《ナニこのカウボーイ。いつアメリカに来たっての?》
謎の声がいきなり自分に言及してきた事もあり、彼はますます辺りを見回している。だが、
《……ひょっとして、この剣か? この剣が喋ってるのか!?》
その驚きたるや、目の前にいきなりゴーストでも現れたかのよう。腰も完全に引けてしまっている。
昭士は鞘に納めたままの剣先を地面に立てるようにし、柄に彫られた上半身だけの全裸の女性像を指差して、
《こいつが戦乙女の剣。元の世界じゃ俺の妹でもあるがな。ちなみに名前は「いぶき」だ》
《兄貴ヅラしてンじゃねぇよ。一緒にされるくらいなら今すぐ死ぬわ!》
これまた声だけで相当怒っているのが良く判るいぶきの態度。だがそれ以上に怒りをあらわにしたのは、なんとガン=スミスだった。
《ちょっと待て。まさか女を戦いに引っぱり出す気じゃねぇだろうな!?》
その言葉に、皆の動きが止まる。
《女を戦わせるなんて、何考えてんだよ。戦うのは男の役目に決まってんだろ。ふざけてんのかイエローモンキーが!》
頭の上からツバを飛ばすような勢いで怒鳴られる昭士。彼は「うるせぇな」と思いつつも、
《だから、もうそんな時代じゃないっての。男だろうが女だろうが、戦うべきヤツが戦う。それが現代なんだよ。頭の硬い頑固ジジイじゃあるまいし、いい加減自分がいた時代と色々違うって事を判れや》
《誰が頑固ジジイだ。オレ様はまだ三十代だ!》
《同じ三十代でも、三十才と三十九才じゃ、天と地ほども違うだろ》
「お二人とも、ケンカはお止め下さい!」
スオーラが見かねて再度割って入るが、すぐに止まらなかった。昭士もガン=スミスも揃って「ちょっと待ってろ」と彼女の仲裁を止め、言い争いを始める。
どうしたものかと両者を見比べているスオーラ。ふと脇に座っていたジュンに目をやると、
「ジュン様。どうしたらよろしいのでしょうか」
「これ。ないのか。食べたい。もっと」
愛おしそうに空っぽになったカップヌードルの容器を持ったまま、ジュンが呟いた。
それは夕べも見せた一服の清涼剤のような幸せそうな笑顔ではあったが、何の効果ももたらさなかった。
この場では。

<つづく>


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