トガった彼女をブン回せっ! 第23話その3
『はい。エッセと戦う者です』

翌日。それこそ日の出る直前に、スオーラ達は出発した。
以前は恒例だの儀式だので出発の段階でモメまくった事があるが、さすがにもうそれはない。何より親バカを通り越したバカ親寸前のスオーラの父親が来なかっただけずいぶんマシだろう。
そんな訳で昭士が眼を覚ました時には、既にキャンピングカーは出発していたのである。もちろん車の中にある小さな個室で寝ていたので、寝過ごして乗り損なう事はなかったのだが。
小さな窓から見える景色が横に動いていたのでそれに気づいた昭士は枕元の携帯電話の時計を見た。時刻は朝の七時十五分。あちらの世界にいても今日は休日だ。別に寝坊でも何でもない。
彼は脱いでいた服を着込むと、昨日持ってきていた小さなリュックサックを確認する。この世界に来ると元の世界の物が存在できなくなったり、姿形が変化するからだ。
幸いにしてそうした変化はしていない。それを確認した昭士はドアのロックを解除すると、狭い通路を経由して運転席に顔を出した。
《よぉ、スオーラ。おはようさん》
「おはようございます、アキシ様」
さすがに運転中故に声のみであったが、きちんと挨拶を返す。昭士は運転席に入ると窓から見える、目の前に広がる荒野を見渡して、
《一旦町を出るとどこもこんな感じなのか?》
「そうですね。あと五時間も走れば少し大きな町が見えてくる筈です」
その辺の地理は昭士にはさっぱりなので何も言わなかった。車の運転も全くできないし。
それでも速度のメーターを見てみると、この荒野にも関わらずスピードは時速百キロ近い。
マイクロバスという大きめの車体の上、単にならしただけの土の道路。そこをほとんど揺れずにこのスピードで走れる事自体が常識はずれの性能である。
この車もどこから来た物か判らない。スオーラも時折車体を洗う程度の事しかしていないという話だが、足回りなどの調子が悪くなったり壊れたりした事は一度もない。
この車と出会ってから半年は経つし、使い方も結構荒っぽいし、一度点検した方が良いかもしれないと、スオーラに提案してみる。スオーラもその辺は気になっていたようで、
「そうですね。あちらの世界に行ってから、聞いてみたいと思います」
彼女の言葉を聞きながら、昭士は運転席から見える位置に固定してあるカーナビの画面を見る。すると明らかにこちらの世界の地図が表示されている。
携帯電話が通じる事も疑問だが、こうしたナビの情報はどうやって更新しているのか。車の出所と同じくらい怪しさ全開であるが、気にしても判らない事は気にしない。使える物は便利に使う。
昭士はカーナビの画面を指差すと、
《聞いても判らんけど、今どの辺り?》
「そろそろメッゼリーア……この国の中央付近にさしかかるところです」
目的地はこの国の南部なので、まだ先は長い、といったところか。
《そういやジェーニオは? アイツにコレ運ばせるって手もあったろ?》
「ジェーニオは先に南部のメリディオーネ地方に。詳しい情報を集めて戴くようお願いしました」
スオーラのその言葉に、昭士が何か言おうとする前に、
「わたくし達がこうして車でメッゼリーアに来たのは、会わねばならない人がいるからです」
《会わなきゃならない人?》
誰だろう。昭士に疑問はもちろんそこにあった。
水や食料は問題ない。車の修理や改造などこの世界でできる筈もないし、まだ必要ない。
エッセと戦うのに必要な人材や物がある、という理由なら判るが……。
「昨日の話に出てきた『ムータらしき物を持っていた旅人』が、この先の町にいると言うのです」
《はぁ!?》
あまりのご都合主義さに呆れる昭士。エッセ討伐とその人物探しで東奔西走という展開とばかり思っていたので、拍子抜けも良いところである。
確かに物事が楽に進めばそれに越した事がないとはいえ、この唐突さは。昭士がそんな風に呆れていると、
《どこ情報だよ、それ》
「賢者様からです。今朝携帯電話を見たらメールが来ていました。メールの差出日が一昨日の夜になっていましたが」
スオーラはサラリと答える。その答えを聞いた昭士は呆れたまま「納得」と呟く。
賢者。名前はモール・ヴィタル・トロンペ。このパエーゼ国の隣のペイ国の出身。らしい。
この世界の賢者とは「知識を売り物にしている人物」の事らしく、昭士がイメージしていた「あらゆる魔法を使いこなす人」ではないらしい。
だが魔法が使えない訳ではなく「別の世界から物品をこの世界に呼び込む魔法」は使えるようで、今乗っているキャンピングカーもそうした過程で手に入れた物である。
もちろん知識が売り物だけあって、彼の知識が助けになった事は数知れない。その辺は確かに助かっているのだが、どことなく胡散臭さが拭い切れない人物なのである。
一昨日出したメールが今朝着いたのにも、一応おかしい点はない。スオーラが契約しているプリペイド携帯の会社でトラブルが起きたからだ。おそらくサーバー側のトラブル、というヤツだろう。機械にあまり強くない昭士では、説明を聞いたところでサッパリ理解できないが。
一昨日の夜はそのトラブルが起きていた真っ最中。翌朝には復旧したのだが、そのトラブルに巻き込まれて届いていなかったそのメールが今朝届いたのだろう。最近は少なくなったがこうしたトラブルは機械類にはつきものである。
判らないなりに昭士がそう説明すると、スオーラは何か納得したような雰囲気で、
「わたくしはあまり携帯電話を使っていませんから、動作がおかしくなったのでしょう。そう考えればジェーニオに運んでもらわなかったのは正解だったかもしれません。この車も最近走らせていませんでしたから」
スオーラも何か勘違いしているようだが、この車に関しては昭士に何か言う資格はない。本当に戦い以外では何の役にも立たないと痛感させられる出来事だ。
《あとジュンのヤツは? さすがにもう起きてるだろ》
深い森の中で原始的な生活を続けてきたジュン。それこそ太陽と共に起き、日の出と共に寝る。そんな生活だ。
以前訳あって電車での旅をした時も、彼女は早く起きていた。
「まだ部屋にいらっしゃるようです。少し物音は聞こえたので、起きているとは思うのですが」
何をやっているのだろうと、単純に気になった。昭士が踵を返そうとした時に、
「アキシ様。ダイニングの冷蔵庫にサンドイッチを作ってありますので、ジュン様とどうぞ。わたくしは既に朝食は済ませましたので、お気づかいなく」
……本当に戦い以外では何の役にも立たないと痛感させられる出来事だ。


昭士は狭い通路に引っ込み、小さなダイニングキッチンの冷蔵庫から、皿に乗せられラップがかかったサンドイッチを取り出す。昨日色々と貰ってきた野菜を使ったBLTサンドだ。飲み物も牛乳の一リットルパックがあった。
これらは世界が変わっても姿形が変わらないようだ。その辺は安心する。やはり人間食べ慣れている物が一番だ。
彼はそれらを手際良くトレイに乗せると、ジュンがいる部屋に向かい、ドアをノックする。
《オイ、ジュン。いるか?》
さすがに一応同年代の女性である。いきなりドアを開けるような真似をするほど無作法ではない。
だが返事はなく、部屋の中から何か声が聞こえる。明らかにジュンの声ではない。昭士はやっていいのかどうか少し迷ったが、聞き耳を立てた。
『……さぁおおくりしてまいりましたが、とうとうおわかれのじかんとなりましたー』
強い個性を持った聞き覚えのある声。これは早朝に放送している子供向けのバラエティ番組だ。
昭士も小学生時代は番組終了ギリギリまでこれを見てから学校へ走って行ったものだ。確か今は時間が短縮されてしまっているので、七時半には終わるようだが。
各個室には小さな画面のテレビがついているが、興味本位であれこれいじっているうちに電源が入って、何となくそのまま見ていたのだろう。
携帯電話の電波が通じるのだから、テレビの電波を受信できても別に驚きはしないが、どこで作られたのかも判らないキャンピングカーなのに、現代日本の地上デジタル放送を受信できるとは思っていなかった。
昭士はもう一度ノックしながら、
《おいジュン。何やってんだ?》
少しだけ間が空き、ジュンの弾んだ声が聞こえてきた。
「アキ。すごいぞ。いる。人が」
単語を並べただけのような口調である。昭士は開けてしまっていいのかどうか再度迷ったが、ジュンの性格からしてこういう事はあまり気にしないだろうと思い、ドアに手をかけた。
もちろん鍵をかけるという発想がない。あってもやり方が判らないジュンの事。ドアはあっさり開いた。
そこには昭士が思っていた通り。枕元についた十五センチ四方ほどの小さな液晶画面を覗き込むようにしてテレビを見ているジュンの姿があった。
《やっぱりテレビ見てたか》
「テレビ。ナンだ。それ」
昭士はどう説明したら良いのか考えようとしたが、考えたところで無駄な事を悟り、番組が終わったタイミングで横から手を出してテレビのスイッチを消した。
「あっ。消えた。人が!」
昭士の角度からでは見えないが、目を丸くして驚いているのが充分予想できるようなリアクションだ。
《とりあえずメシ食っとけ。量が少ないのは我慢しろ。あと、ポロポロ下に落とさないように食えよ》
そう言うとトレイをベッドの上に置いた。するとすぐにジュンの興味はテレビからサンドイッチに移った。ところが手を伸ばそうとしたジュンの動きがピタリと止まった。
「……来る。殺気」
ドアの前にいた昭士をすり抜けるようにして部屋を出るジュン。そのまま運転席に向かっている。昭士もサンドイッチをそのままにして彼女の後に続くと、ジュンは運転席の窓に顔を押し当てるようにして前を見ている。
スオーラは、運転の邪魔こそしていないがジュンのその奇妙な行動に首をかしげながらも運転を続ける。
ジュンが見ているであろう目の前の荒野には誰もいない。野生動物すらもいない。荒野といっても道路ではないところにはむき出しの岩がところどころに転がるくらいのアクセントしかない、本当にだだっ広いだけ。
そしてその道路のずっと先に、ほんの小さく目的の町が見えるか見えないか。そんな感じである。
だが昭士にも判った。何故ジュンが「殺気が来る」と言っていたのかを。
《スオーラ。気をつけろ。やっぱり「悪目立ち」してたみたいだから》
「悪目立ち、と言いますと……」
《多分右から攻撃が来る。車、停めてくれ。静かにな》
昭士はそう言うと運転席から通路に引っ込んだ。
「いる。人。見てる。こっち」
ジュンも顔を押しつけたまま右斜め前方を睨んでいる。
二人がそこまで言うのなら、と、スオーラは車を停めた。もし強盗だったら車を停める方が危ないのだが、昭士とジュンの絶対の自信を持ったような発言を、信じてみる事にした。
すぐに車は停まった。スオーラ自身も運転席から周囲を見回してみる。だが目の前に広がるのは大小の岩がところどころにあるだけの荒野だ。
攻撃が来る。昭士は確かにそう言った。人が見てる。ジュンは確かにそう言った。
右の方を見ると、確かに人間が数人隠れられそうな大きな岩がある。そこに誰かが隠れて、こちらを伺っているのだろうか。
自分も「戦士」に変身しておくべきか。上着のポケットから自分のムータをすぐ取りだせるようにしておく。
その時だ。その岩がいきなり吹き飛んだのだ。轟音を立てて。木っ端微塵に。同時に人の悲鳴も。
それをやったのは昭士である。彼は車の後ろの出口から戦乙女の剣を持ってこっそりと出ると、その剣を「鞘に収めたまま」降り下ろしたのである。
今の戦乙女の剣は信じられない破壊力を発揮する。普通に振るったのでは岩はもちろんその向こうにいた人間もまとめて吹き飛ばすどころか、クレーターの一つ二つできる事請け合いだ。
その岩が吹き飛んだのを確認するかしないかのタイミングで、ジュンも飛び出した。着ていたポンチョを脱ぎ捨て、木綿のシャツに膝丈のスボンに裸足という格好で駆けて行く。
そのスピードはとにかく速い。これこそまさしく槍のようなスピードだ。
《何なんだてめぇは!?》
岩の向こうにいたらしい人物の、明らかに露骨に不機嫌な怒りに満ちた怒鳴り声が聞こえる。
スオーラも席を立とうとしたが、開け放したままの入口にいつの間にか立っていた昭士が、
《スオーラはここにいてくれ。アイツ一人だから陽動とかはないだろうけど、これを無人にもできないからな》
そう言うとジュンの後を追うように駆けて行く。
だが。肝心のジュンの方は……その人物の顔面をキッチリ蹴り飛ばして一発でノックアウトさせ、昭士の出番は全くなかった。


「………………」
ジュンが露骨に嫌味全開で自分が蹴り飛ばした人物を見つめる中、その人物は彼女が先程食べようとしていたBLTサンドをあっという間に平らげてしまった。
[助がっだ。逃げまぐっでだがらメジ食っでなぐでな。金もログにねぇじ、追い剥ぎでもじねぇどやっでられねぇよ]
ジュンが蹴り飛ばした人物は少し低めの、そして非常に聞き取りにくい声で礼を言うと、ようやく安堵した表情を見せた。
だがジュンの方をジロッと嫌味たらしく見て、ジュンを露骨に手で追い払う仕草をしながら、スオーラに空の皿を突き出す。
[まざが黒いのに蹴倒ざれるどば思わながっだげどな]
スオーラは皿を受け取ると、相手をきっちり見やって、
「餓えていたのには同情申し上げますが、だからといって泥棒は決してしてはいけません」
と、托鉢僧らしくキッチリと説教している。その様はさすがに聖職者らしいものだ。
どうやら食うに困って金か食料のどちらかを奪うつもりだったらしい。見た事のない「鉄の塊」の中に人がいるのだから、それはできるだろうと考えて。
だが昭士の攻撃で岩を吹き飛ばされ、とどめにジュンの一蹴りで気絶。そんな彼をスオーラが介抱。その時に首の骨が少しズレた上にヒビが入っている事が判明。
その治療の際に空腹と判り、先走った上にやり過ぎたジュンへの「お仕置き」を兼ねて、BLTサンドを彼に提供した。という訳である。
そのため今のスオーラは「魔法使い」としての姿になっている。
[いやぁ美味がっだよレディ。ベーゴン、レダズ、ドマドのザンドイッヂなんで初めでだ。有難う]
彼はスオーラの手を取り、その甲にキスをする真似をしている。だいぶキザな仕草だが思いのほかサマになっている。
一心地ついたのか、帽子を脱いでそれを団扇代わりにしてパタパタと仰ぐ彼。その顔――というか人種的には典型的な白人だ。
細身だが二メートル近い長身。短い金髪に青い目の三十過ぎの中年男性……ではない。女性だ。いかにも宝塚の男役にいそうな顔立ちなので、どっちなのか一瞬判別がつかなかったが間違いない。
そんな彼――ではなく彼女の格好は一言で言うなら「西部劇のガンマン」。
黒いウェスタンハット。白い長袖のシャツに革製の茶色いチョッキとジーンズ。つま先が尖った黒い革のショートブーツ。
何よりその下腹に巻かれているのは、西部劇に良く出てくる独特のガンベルト。右腰に下がるホルダーにはもちろん銃が納まっている。
《ともかく。そいつでズドンとやられなかったのが、不幸中の幸いだろうな》
昭士はホルダーの銃を指差して、ジュンに言った。
身体の頑丈さには自信があるジュンだが、それでも拳銃の威力まではね返せるかは判らないし、そもそも無駄なダメージを負う事もない。
だが「昭士のその言葉に」激しく反応したのは、そのガンマンだった。
《てめぇ、東洋人のクセにこいつを知ってんのか!?》
女ガンマンはいきなり「昭士に判る言葉で」そう言うと、なめらかな動作でホルダーから銃を引き抜いた。
一瞬撃つのかと思って身を固くしそうになったが、引き金に指がかかってないのを見てノーリアクションに務めた。
《ああ、拳銃だろ。さすがに細かい名前までは知らないけどな。銃は詳しくないし》
昭士のその答えを聞いてそんな女ガンマンはどこか感心したように小さく口笛を吹くと、片手で銃をクルクル回し始める。ガンスピンである。
やがてガンスピンを止めると、今度は昭士に銃を見せつけながら、
《コルト社製シングル・アクション式回転式拳銃“コルト・シングル・アクション・アーミー”。覚えておいて損はねぇぜ? ここの連中はこいつが判らねぇらしくてなぁ。困ったモンだぜ》
詳しくないのでそう言われても判らないが、コルトというのは聞き覚えがあった。アメリカの有名な拳銃だ。
そんな「アメリカの」拳銃の名前が、どうしてオルトラ世界の住人の口からスラスラ出てくるのだろう。
そこまで思い至った時、それよりも重大な問題に気がついた。
《ちょっと待った。どうしてこっちの世界のヤツの言葉を、俺が理解できるんだ?》
一応日本語に近しい言語がこのオルトラ世界にもあるが、それ以外は昭士にはサッパリ判らない。満足に聞き取る事すらできないのだ。それなのに、いきなり「相手の言葉が理解できるようになる」というのも少々奇妙な話だ。
「アキシ様。どういう事なのですか? わたくしにはずっときちんと理解できていますが?」
スオーラが首をかしげて訊ねる。そこで昭士はハッとなる。彼はポケットから急いでムータを取り出すと、
《おいアンタ。ひょっとしてこんなカード持ってないか!?》
眼前に突き出されたカード――ムータを見開いた目で見ていた彼女は、大急ぎでチョッキのポケットから取り出して見せる。
確かにそれは紛れもないムータだった。ムータには所持者同士の言葉が通じるようになる力があるのだ。
ちなみに女ガンマンのムータは全体が薄い茶色。表も裏もだ。だがムータの裏面(どちらが表か裏かは判らないのだが)に、何かでえぐられたような大きな傷跡が遺っていた。
《でぇてぇはこいつから聞いてるけど、言ってる事が今一つ良く判らねぇ》
ムータをヒラヒラとさせている彼女を、スオーラは感慨深い目で見つめていた。
自分のせいで大半を無くしてしまったムータ。だがここにこうして使い手が存在したのである。スオーラの胸は喜びで一杯になった。
「わたくしはジェズ教キイトナ派の托鉢僧をしております、モーナカ家の三女、ソレッラ僧スオーラと申します」
スオーラもムータを取り出してキッチリとそう名乗る。昭士には「長過ぎて訳わからん」と言われた事がある挨拶だ。
もちろんガンマンの方も相当驚いたようで、スオーラとムータを見比べながら、
《確かに同じ物だな。色は違うが。じゃああんた達も……》
「はい。エッセと戦う者です。あなたと同じく」
スオーラは右手をすっと差し出した。握手である。ガンマンの方も右手を出して彼女の手を握ると、若干演技気味に気取ってから、
《オレ様はイリノイから来たガン=スミス・スタップ・アープ。通称ガン=スミス。覚えておいて損はねぇぜ、レディ?》
ハッキリ言ってキザな仕草だが、意外とサマになっている。
イリノイと聞いて首をかしげるスオーラに対し、またも聞いた事のある単語が出た昭士は驚いて、
《イリノイって……アメリカ人かよ》
《アメリカって名前が出るって事は、お前もオレ様と同じところから来たらしいな》
《ああ、角田昭士。日本人だ》
《…………判らん。けど、東洋人だろ?》
快活に笑うガン=スミス。だが昭士の方は相変わらず胡散臭そうにしている。
外人の名前に詳しくない昭士だが、どう聞いても「ガン」だの「ガン=スミス」というのが女性の名前には思えなかったからだ。ちなみに「ガンスミス(GUNSMITH)」と書けば銃を作る職人の意味になる。
加えてガン=スミスと名乗った彼女の、スオーラを見る露骨な色目。思わず昭士は、
《女が女口説くなよ》
そんな彼の小声の呟きに、ガン=スミスは血相変えて昭士に詰め寄ると、顔を昭士の顔面に思い切り近づけて、怒りを押し殺した声で一語一語区切るようにハッキリ言い切る。
《オ・レ・さ・ま・は・オ・ト・コ・だっ!!》
宝塚的男性役な雰囲気だが、ガン=スミスは明らかに女性だ。声は低めでも、ちゅうね……もとい、成熟し切った女性にしてはボディラインの凹凸があまりに貧相で寂しすぎても。
《あんまりナメた口聞いてるとこいつでズドンと行くぞ、イエローモンキーが?》
ガン=スミスは抜いたままの拳銃の銃口を昭士に向けて凄んで見せる。
「オレ。判る。こいつ。女」
BLTサンドを食べられた恨みを丸出しにしたジュンの呟き。野生のカンというべき何かで見抜いたのだろうか。
《うるせぇブラック。ちっとは黙ってろ》
機嫌悪そうに呟くその声はともかく口調や仕草はどう見ても中年男のそれなのだが。
「もしかして、こちらの世界では女性で、元の世界では男性なのでは」
スオーラが確信をもってそう言う。おそらくそうなのだろう。こうして世界が変わると外見が変化するケースは多い。
スオーラは中性的少年体型から長身のモデル体型になるし、ジュンは黒人少女から短剣になる。さっきから黙ったままのいぶきは大剣に変わるし。
その言葉にガン=スミスは「そう! そうなんだよ!」と何度もうなづきながら同意すると、
《もっとこう、バインッバインに変わったんなら弄りげぇもあるけどよぉ。何だよこれ》
両手を使って大げさに巨乳やくびれた腰、突き出た尻を描くガン=スミス。だがこんな冗談を言ってる場合ではないと、
《オレ様と同じ力を持ってるってんなら、頼む。手を貸してくれ》
スオーラの手を両手で握りしめ、ガン=スミスは頭を下げる。
「内容にもよりますが……さすがに悪事の荷担はできませんよ?」
何となく周囲を警戒し、はばかった声でそう答える。そのリアクションを見たガン=スミスは、
《初対面とはいえ、信用ねぇなぁ、オレ様》
ガックリ首を倒した。

<つづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system