トガった彼女をブン回せっ! 第23話その5
『お前。使うか』

昭士とガン=スミスの不毛としか形容できない低レベルの口喧嘩は、双方が言い疲れるという形で終結した。
スオーラが差し出した紙コップの水をお互い一息で飲み干すと、
《……ともかく、アンタがこいつを持てない限り、アンタだけじゃエッセは倒せても馬を元には戻せない》
《……確かに持てなかった事は認める。だがソレとコレとは別だ。女を戦わせるのは論外。それはガキも同じだ》
テンションこそ落ちているが、今にも口喧嘩ラウンド二が始まりそうな雰囲気は確かにある。
そこにスオーラが溜め息を一つついて、
「そうはおっしゃいますが、わたくしもアキシ様も共に十五才です。わたくしの国では十五才で一人前の大人と見なされます」
昭士の国では二十才が一人前の大人と見なされる年齢ではあるが、そこにはあえて触れない。
「それにジュン様は十四才ですが、故郷の村ではすでに一人前の戦士として扱われています。一人前と見なされている人物を子供と扱うのは、いささか偏狭ではありませんか?」
スオーラの真剣な眼差し。その真剣さを真正面から受け止める事ができないとばかりに、ガン=スミスは視線をそらす。
《……まぁそうだな。こっちも十六で大人だからな。その辺は……》
ガン=スミスの言葉が唐突に止まる。その表情は明らかに何かを警戒するものだ。彼は革のチョッキのポケットからムータを無造作に取り出すと、
《バレストラ》
ムータに言い聞かせるかのようにそう呟くと、ムータがひとりでに手から跳ねるようにしてガチャガチャと変化しだした。
そしてその変化が終わった時、ムータはボウガンに姿を変えていた。
拳銃の先に小さな弓がついたようなデザインになっており、装飾などが一切ないシンプルすぎるタイプだ。
宙にあったそれをしっかりとキャッチしたガン=スミス。それを見た昭士が、
《ボウガンか》
《BOW GUN(ボウガン)? こいつはクロスボウってんだよ》
昭士の和製英語をアメリカ人らしくしっかり訂正すると、遥か先の何もない空の一点を睨みつけるようにして、ボウガン――ではなくクロスボウを拳銃のように片手で構える。
だが、そこには矢も何も装填されていない。
《おいおい何やって……あ、帰って来た》
昭士も彼と同じ方向を見るが、何も見えない。だが「判った」。クロスボウを構えたままのガン=スミスの視界を遮るように手を出す。もっとも二十センチの身長差があるので、大してカッコ良くは決まらなかったが。
《もしかしてアレを撃つ気か? アレ敵じゃないから。撃つ必要ないから》
それからスオーラに、
《スオーラ。ようやくジェーニオが帰って来たぞ》
《ジェーニオ?》
ガン=スミスの視線の先には、青白い肌の人物の姿があった。こちらの世界で何度か見かけた、サッビアレーナ国の民族衣装。らしい。
戻ってきたジェーニオは自分にクロスボウを突きつけているガン=スミスの上から下まで見回してから、
“いきなり武器を突きつけられる謂れはないのだが”
“いきなり武器を突きつけられる謂れはないのだが”
ジェーニオはこの国の南部に現れたエッセに関する情報を仕入れに行っていたのだ。そしてガン=スミスの情報は賢者からもたらされたもの。だから彼の事は知らないのだ。
一方のガン=スミスも、右半分が女性で左半分が男性というジェーニオを見て、大口開けて唖然としている。
(まぁアメリカって、精霊とか妖怪とかいるイメージ、ないモンなぁ)
昭士一人が彼のリアクションに微妙に納得したようにうなづいている。とはいえ実際にはアメリカにもそうした存在の伝説や言い伝えは沢山あるのだが。
「サッビアレーナの精霊・ジェーニオです。わたくし達の協力者でもあります」
唖然としているガン=スミスにスオーラがそう説明するが、彼は少しの間何かを考え込むように黙ると、
《右が女で左が男か。じゃあ、股のトコどうなってんだ? ついてんのか?》
周囲の空気が冷え込む一言を言ってのけてくれた。


開口一番下ネタをかましたからか、あからさまに蔑んだ目でガン=スミスを見るジェーニオ。
“武器といい発言といい、信用に値する人間ではなさそうだな”
“武器といい発言といい、信用に値する人間ではなさそうだな”
そんなジェーニオの発言も仕方ない。クロスボウをムータに戻したガン=スミスは「気になるだろ、なぁ」と昭士に同意を求めようとするが、
《言って良いかどうか少しは考えろよ》
とそっけなく追い払うようにバッサリと言い切る。だがその視線は携帯電話に落としたままだ。
ジェーニオはスオーラにこの国の南部・メリディオーネ地方へ飛んで集めてくれた情報を話している。
今回現れたエッセは、先程ガン=スミスが話していた通りダチョウ型。空を飛ぶ事はできないが、地上を最高時速七十キロで走る。全長も二メートルを超えるので、現存する鳥類の中では最大の大きさである。
細かな体躯の形から察するに、そのダチョウはこのオルトラ世界に生息する種・ストルッツォ種と呼ばれるものらしいと、数少ない目撃者は言っているという。
《どんなヤツなんだ、そいつ?》
昭士もダチョウの生態や種類はサッパリなのだが、携帯電話を見たまま二人の会話に口を挟む。
「ストルッツォ種のダチョウは、この世界でもっとも大型で、しかも速く走るダチョウです。ですが……」
スオーラはそこまで話すと、少し何かを思い出すような仕草の後、
「確か雨などで身体が濡れると悪臭を放つという特徴があった筈です。あまり自信はないのですが」
“その通り。さすがだな”
“その通り。さすがだな”
ジェーニオが肯定するのだから、おそらく事実なのだろう。
しかし身体が濡れると悪臭を放つとは。そんなダチョウは地球では聞いた事がない。同じ姿形らしいが、そうした細かい事は世界が変わると結構変わるようである。
《悪臭かぁ。けどこの辺って川とか池とかあるのか? そもそも雨降らなそうだし》
見渡す限り水気のない荒野。いくらエッセが元の生物の特徴を受け継ぐといっても、水に濡れないと発揮されない特徴を、こんな荒野で心配しても始まらない。
“メリディオーネ地方は今日から数日間は大雨に見舞われるようだ”
“メリディオーネ地方は今日から数日間は大雨に見舞われるようだ”
ジェーニオが少し困った顔でそう言った。
“その時にエッセが現れたら、その通りになるだろうな”
“その時にエッセが現れたら、その通りになるだろうな”
《おいおい。そんなフラグ立ててくれるなよ》
呆れた昭士が携帯電話を畳みながらそう言った時だった。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
聞き慣れた音がステレオかサラウンドかといった具合に共鳴して響き渡る。ジュンを除く一同の表情が硬く、険しくなった。
そんな中スオーラが真っ先にキャンピングカーに飛び込んだ。そして運転席のカーナビ画面を覗き込みながら、
「間違いありません、エッセです! 場所は昨日と同じメリディオーネ地方南部です!」
エッセがこの世界に複数回現れる時は、前回とほぼ同じ場所に現れる。これもエッセの判っている特徴の一つだ。
《ったく、結構なフラグ立てやがって》
昭士は地面に立てたままの戦乙女の剣を抜き、肩に担ぎ上げる。
《おいオッサン! アンタの馬が攻撃されたのはどの辺だ!?》
《オッサンは止めろ。オレ様はまだ三十代だ》
文句を言いつつも、昭士が何を言いたいのかはきちんと理解しているガン=スミスは、
《ここから町の方に、あと一キロくらい行った場所だ。行けばすぐ判る》
昭士はキャンピングカーを軽く叩きながら、
《よし。ジェーニオはこいつの見張り番。まぁ盗るヤツがいるとは思えないけどな》
“判った。必要ならすぐに呼べ”
“判った。必要ならすぐに呼べ”
ジェーニオは言われた通り、キャンピングカーの入口に立つ。それを見届けた昭士は、
《じゃあ俺達はあと一キロ歩くぞ。案内しろ、オッサン》
《だからオッサン言うな、このガキ!》
先程のケンカの続きのような、昭士とガン=スミスの言い合い。だがそれでも小走りでめざす方角に向かってはいる。
「……行きましょうか、ジュン様」
「済んだら。食べたい。何か」
スオーラとジュンは、そんな彼等の後ろをゆっくり追いかけた。
とはいってもジュンはジャングル育ちで体力もあるし走るのも速い。そしてスオーラも変身していればスピードや瞬発力は超人並みだ。
出遅れたにも関わらず、ものの数秒で二人に追いつく。
「アキシ様。エッセが現れたのであれば、それこそ車で行くかジェーニオに運んでもらう方が良いと思うのですが?」
スオーラのもっともな質問に昭士は走りながら、
《さっき調べたんだけど、ダチョウってのは結構、臆病なクセに、攻撃的な性格、らしくてな》
息を少し整えると、さらに続ける。
《そんなヤツが、獲物を食う直前で、この世界に、居られなくなって、消えたんだぜ? 絶対食いに来る》
確かに先程のガン=スミスの話によるとそうなっている。食べようとした時に食べる事ができなくなるというのは確かにショックも大きい。次こそ食ってやると意気込んできても当然だろう。動物ならなおさら。
昭士のその考えが理解できたガン=スミスは横を走る昭士の頭を軽くこづくと、
《ウリラをエサにする発想は許せねぇが、ヤツが来るってんならちょうど良い。リベンジマッチだ》
ガン=スミスは不敵に小さく笑う。
《それに、キャンピングカーを、万一でも、攻撃、されたくない》
「それは判りますし、彼の馬を狙う可能性が高いのも判りますが……」
息切らせる昭士の発言にスオーラは「こちらから出向く方が」と意見をつけ加える。現れる場所はほとんど判っているのだから、待ち伏せも可能だろう。そこを叩けば確かに労力は少なくて済む。
《おそらくもうこっちに向かって来てんだろ。なら待つ方が早い》
などと話しているうちに、昨日ガン=スミスがダチョウ型エッセに襲われた地点に到着した。とはいっても、目印らしい目印など何もない、見渡す限り岩だらけの荒野である。
ただ一つ。前脚を高々と上げた格好の馬の像を除けば、であるが。
ガン=スミスの話によれば、この像が彼の愛馬・ウリラである。
《ウリラ……》
彼の表情がすうっと消える。泣きたいのに泣けない。悲しみたいのに悲しめない。怒りたいのに怒れない。そんな感情を押し殺した無表情。
そんな顔のまま、彼は馬の胴体をできるだけ優しく撫でる。
《すぐに元に戻してやるからな》
優しくそう声をかけながら撫でていたその手がピタリと止まる。目も馬を優しく見ていたものから、何もない遥か先を憎々しげに見つめるものに変わる。
それと全く同じタイミングで昭士も同じ方向を見た。
《来るな》
《ああ》
昭士はさっきから黙ったままのいぶき――戦乙女の剣を鞘から引き抜く。
《良く判ったな。オレ様みてぇに目が良いのか?》
《いや。俺のは特殊能力。見えてなくても周囲の物の動きが把握できる。それにアンタの視力は射手のムータの使い手だからって分も加わってると思うぞ》
飛び道具を扱う人間にとって、より遠くの物をハッキリと見る事ができるのは、有利な条件と言って良い。射手のムータ特有の能力なのかもしれない。
ガン=スミスと昭士の会話にいぶきが珍しく割って入る。
《毎回毎回何度言ってンのにどうしてこれっぽっちも理解できないかねぇこの大バカくンは?》
明らかに怒っている。いつものように爆発的ではないが、とても冷ややかに。
当たり前である。いぶきの肉体がこの戦乙女の剣に変身するのだ。鞘から抜かれるという事は、姿が姿なら裸にされるに等しいのだ。こればかりはいぶきがどんな性格であれ、十代の女子高生であれば怒って当然である。
服が変化した鞘を地面にポンと投げ置くと、その大剣を両手で構え――ようとした時だった。
一気にそれどころではなくなってしまったのだ。
今回のダチョウ型エッセは、このオルトラに住む種類。身体が濡れると悪臭を放つという特徴を持つ種類らしい。
嗅いだ事など一度もないが、どう考えてもそれとしか思えない痛烈な「悪臭」が漂って来たのである。
相手の姿が埃粒ほどにしか見えていないのに「これ」である。
臭いだけではない。目が痛い。涙が止まらない。吐き気もする。食べたばかりの朝食を戻しそうになる。
相手の姿が埃粒ほどにしか見えていないのに「これ」である。
動物園独特の動物臭。劇薬のような刺激臭。何かが腐ったような腐敗臭。そういった嫌な臭いのオンパレードがない交ぜとなったような。そんな形容しかできない「悪臭」。
色々と文句や愚痴や悲鳴を上げたくとも、開けた口から悪臭が体内に入り込んで汚染されそうで怖くて口も開けない。例外は口を開ける必要がないいぶきだけである。
だが剣の姿になってはいても、彼女の五感はそのままである。これほどの悪臭の直撃を受けて短い悲鳴と共に無言になった。気絶したのだろう。
とはいえこれでは戦うどころではない。スオーラも何も出来ていないところを見ると、魔法でどうにかできる臭いではないようだ。
エッセが出現するのはここからずっと南。そこがどれだけ雨が降っていようとも。たとえ身体が濡れていても。ダチョウの速度で走り続けていればここまで来る間に自然乾燥してるだろう。その読みが見事に外れた訳だ。
その結果がこの有様である。まだ敵の姿すらまともに拝んでいないのにすでに手も足も出せない状態だ。
もっとも。今の昭士の「能力」であれば目を閉じていても正確に動く事は可能。鼻をつまんで片手で剣を振り回せば戦えない事もない。
だがそのためにはあっちが「昭士に向かって来て」くれねばならない。昭士の持つ「周囲の動きを超スローモーションで認識できる」能力は、カウンターで使ってこそ最小の労力で最大の効果を発揮するからだ。
もし動物的な「カン」で危険を察知して近寄って来なかった場合は膠着状態にもなりかねないし、かといってこっちが追いかける事もできない。
その時、昭士は身体に風を感じた。北から南へ行く風だ。そのせいか、南から漂ってくる悪臭がほんのわずかだけ薄くなったような気がした。
そこでようやく昭士は薄目を開けて周囲を見回す。特に怪しい物が何も来ていない事は「能力」のおかげで判ってはいるのだが。
何と。この悪臭漂う中ジュンは平然としているではないか。目を閉じ吐き気を堪えるスオーラに「大丈夫か」と声までかけている。
そしてダチョウ型エッセもドンドンこっちに向かって来ている。しかも速度が一気に上がっている。食べ損ねた馬を見つけたからだろうか。
だがそのスピードがどう考えてもダチョウの速度ではない。昭士の「能力」では計れないものの、推測でも新幹線くらいのスピードは出ているのではないかと思わせる速さである。
こうなればこっちまで来るのは時間の問題だ。現に南に向かって風が吹いているにも関わらず臭いが強くなっているのだから。
《ジュン!》
昭士は唯一(?)動けそうなジュンに向かって叫んだ。
《何としてでもあの馬を守れ。無傷でな!》
「判った」
ジュンはポンチョを脱ぎ、さらに着ている服まで全部乱暴に脱ぎ捨てる。森の中の時のような裸にフンドシ一つという姿になると、裸足で岩だらけの荒野をエッセめがけて駆けて行く。
そのスピードも新幹線並のエッセには遠く及ばないが、それでも人間とは思えないスピードだ。間違いなく世界記録モノの速さである。あっという間に昭士達からの視界(見えていないが)から消えてしまった。
やがてジュンの視力でも(常人に比べてかなり良いのだが)ダチョウ型のエッセの姿がハッキリ見える距離になった。そのエッセはジュンを弾き飛ばさんばかりに一直線に彼女めがけて突っ込んでくる。
だがジュンは全く慌てる事なくその場に立ち止まった。そしてしゃがむと同時に指先を荒野の土に少しだけ突き刺す。
そしてタイミングを見計らうようにエッセとの距離を慎重に見極める。そして自分の眼前にまで迫って来た瞬間、腕に力を込めた。その腕に一瞬だけ赤い火花が走る。
すると一瞬で土が大きく、そして高く「めくれ上がった」のである。
ジュンが生まれ育ったヴィラーゴの村は村人総てが戦士であり呪術師でもあるという。その例に漏れずジュンも一つだけ術――物を硬くする魔法が使える。
つまり土を硬くして、畳返しのように思い切り持ち上げたのだ。エッセをも巻き込んで。
それに巻き込まれたエッセは足を取られ、後ろに半回転して頭を地面にぶつける。そこに重量のある胴体が重なり、勢い余ってそのままゴロゴロゴロッと何十回転も転がって行った。
壁のように垂直に立てた土からヒョコッと首だけ出して様子を伺うジュン。通常攻撃が効かないとはいえ、普通の動物なら首の骨を折る重傷である。多少なりとも行動に制限の一つも起きてくれれば良いのだが。
よたよたと立ち上がったダチョウ型エッセの首が中央付近からポッキリと折れ曲がっており、頭が九十度傾いてしまっている。
痛みを感じないエッセらしく悲鳴の一つも上げないが、それでも視界と自分の身体の向きの違いがすぐには理解できていないようで、てんで見当違いの方向に走って行く。
だが目標から離れていく事には気づいたらしく方向を修正しようとするがそれにもうまく行かず、ふらふらとたたらを踏むようにふらついて再び地面に倒れる。
そこでようやくエッセの姿がかき消えて行った。どうやら重傷を負った事でこの世界にいられる力を失ってしまったのだろう。とりあえず危機は去った。
相変わらずエッセの発した悪臭は漂っているものの、いなくなった事でだいぶ薄れてきた事から、ようやく安堵できた一行。とはいえ本当に安堵して良いのか互いに薄目を開けて顔を見合わせているような状態だ。
《SHIT! 何も出来なかったぜチクショウ!》
地面を悔しそうにガンガン踏み付け出すガン=スミス。それからどうにか目を開けて馬の方を見ると、相変らずの姿勢で立っているのを見て、本当に安堵した表情になる。
「あんなに遠くてもここまで臭いが漂ってくるのですね。書物で得た知識だけでは判らない事も、まだまだたくさんありますね」
《それはこっちも同じだ。ここに来るまでに乾いてると踏んでたんだがな》
「確かに洗濯物も、生乾きの時が一番臭いますし」
スオーラが合っているのかズレているのか判らない見解を示す。昭士は洗濯などロクにした事がないのでその辺は良く判らないが、とりあえずうなづいておく。
そこにジュンが走って戻って来た。ずいぶん遠くまで行っていた筈なのに、すごいスピードと体力である。
「やったぞ」
珍しく偉そうに胸を張るジュン。とはいえほぼ全裸なので昭士は微妙に視線を反らしている。
一応この世界では、公的な場ではともかく女性であっても胸を見られる事を恥ずかしいと思う考えがないので、スオーラも特に何もコメントはしない。せいぜい脱いだ服を片付けるか着るかしろと言うだけだ。
そしてガン=スミスも平然としている。別にオルトラ世界の考えに感化された訳ではない。
彼がいた頃のアメリカ、というか白人社会においては、黒人やアジア人といった人種は「人間」と扱われていなかったからだ。
例えるなら現代の人間が類人猿の裸を見て嬉しいか、興奮するか、というレベルにしか考えていないのである。また逆にジュンや昭士に自身の裸を見られても何とも思わないだろう。
そういった時代の人間なのだから、いきなり変われというのも無茶というものだ。
「あ、あの、ジュン様? 臭いは平気だったのですか?」
スオーラが皆が聞こうとしていた質問を真っ先にする。するとジュンはふん、と強く鼻を鳴らした。すると鼻の穴から飛び出して来た物が、二つ。手のひらに落としたそれをスオーラに見せる。
それは緑色の何かをくしゃくしゃと丸めた物、に見えた。
「詰めた。これ」
ジュンの話によると、故郷の森の中に生えている植物の葉っぱだそうで、現地では「クング」と呼んでいるそうだ。ガスや毒液などの悪臭を放つ獲物と対峙する時に使うそうだ。
《テメェ、ブラック! こういう便利なモノを自分だけ使ってんじゃねぇ!》
ガン=スミスの怒りはごもっとも。
「お前。使うか」
《要るかボケェ!!》
自分が使っていた物をガン=スミスに差し出すが、もちろん彼はさらに激怒。
そんなやりとりと今起きた事とを総合し、昭士とスオーラが同時に思ったのは、
「このままじゃどうにもならない」。
それだけだった。

<第23話 おわり>


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