トガった彼女をブン回せっ! 第21話その3
『ミステリーモノの探偵かお前は!』

合宿二日目・夜。
午後の練習を終え、夕食が済み、ようやく訪れた自由時間。
しかし、この合宿が初めてである一年生は、さすがにこの練習漬けの一日がきつかったらしく、部屋でのんびりと休んでいる者が多かった。
ホテルや民宿ではなく部活動の合宿の為の合宿所なので各部屋にTVなどはない。
最近の携帯電話・スマートフォン事情を考慮して通話とメールくらいなら不自由しないが、さすがにネットサーフィンや動画閲覧となると少々不満が出る環境である。
それを事前に聞いていたので、遊び道具として携帯ゲーム機から定番のトランプまで持ってきてはいるが、テンション高く騒ぐほどの元気はなかった。
だがそれでも部屋に閉じ籠っているよりは誰かと話をする方が良いようで、昭士と同室の部員は別の部屋へ行っている。
なので一人残っていた昭士は電話をかけていた。電話の相手は地元に住む顔馴染みの警察官・鳥居(とりい)だ。
昭士の祖父が警察官(留十戈市の隣の警察署の署長)という事もあり、勤める署は違うものの何かと気を配ってくれている兄貴分のようなものだ。
『……そうか』
事の経緯を聞いた鳥居は、そう一言だけ漏らした。彼もスオーラやエッセの事を知っている人間であり、スオーラの事を言いふらしたりしないよう提案した人間だ。
「も、ももし、いぶきちゃんがひつ、必要になったら……」
昭士の不安な声に鳥居もうーんと唸って即答できないでいる。
いぶきというのは昭士の双子の妹だ。同じ学校に通っており、一応剣道部員でもある。だが今は刑務所に入っている身だ。
元々いぶきは「他人の為に」何かをするという行動を、見るのも嫌いだし自分がやるのはもっと嫌い。そんな事をするくらいなら死んだ方がマシとキッパリ言い切って自殺未遂までした事がある。
そういった事を歯に衣着せず遠慮なく言うものだから当然敵が多い。ガラの悪い学生から町のチンピラに至るまで。
そんな連中とケンカになった際、いぶきは相手を容赦なく叩きのめす。しかも彼女が持っている一種の超能力――周囲の動きを超スローモーションで認識する力をフル活用した上で。
急所攻撃は当たり前。手加減など一切ない。凶器攻撃がないだけマシだが、中には一生ものの障害が遺った者がいる程だ。
これまでは中学生という事と、露骨とはいえ相手から手を出すよう仕向けていた事から本人への厳罰だけはなくしていたが、高校生になった事と反省の色が全くない事から、キッチリ厳罰に処する条例までできた程だ。
もちろんそんな条例ができた程度で態度を改めるようないぶきではなく、むしろ自分のどこが悪い。自分は何も悪くないとふんぞり返っている。
そういった事情で、いぶきは刑務所に、それも独房に入れられている。
二十四時間監視下に置かれ、自分の意志で腕一つを動かす事すら禁じられる生活。刑期が短くとも精神的におかしくなって病院に運び込まれるケースがかなり多いらしい。
だがいぶきは自分から進んで独房入りを志願した。「署内での一週間の雑務手伝いと三週間独房に入るのとどちらが良いか」と聞いた上で。
そんな理由で独房入りをしている妹ではあるが、双子ゆえに彼女と勘違いされ報復を受けたり、彼女自身から仮借ない暴力を受け続けてきたので、そういった意味では同情はしてないし心配も全くしていない。
彼がしているのはそうしたものとは別の「心配」だ。
昭士がムータの力で変身するとエッセに絶大なダメージを与えられる「戦乙女の剣」を使える戦士になるのだが、その戦乙女の剣になるのは妹のいぶきなのである。
剣になっても五感は残るし誰かに協力するのを嫌う性格はそのままなので、あらゆる意味で扱いに困るのだ。
しかしエッセに絶大なダメージを与えられる武器がないまま戦いに行くのはあまりに無謀。しかしそのいぶきは独房に入っているので、仮にこの場に現れても武器がない。
もっとも、エッセとの戦いで経験を積んだ結果なのか、いぶきがどこにいようが昭士の前に強制的に呼び出す事は可能なのだが、独房にいる人間を強制的に呼び出してもいいものなのか。
昭士の心配は基本的にそこにある。鳥居が唸って即答できなかった理由もそれである。
いつもの調子で昭士がいぶきを呼び出せば、独房の中からいぶきがこつ然と消える事になるし、刑期を終えていない人間を出すためにはよほどの理由がいるだろう。
しかし、その理由をおいそれと話す訳にはいかないときている。かといって二十四時間監視体制の中、こっそり出してこっそり戻す事などもちろん不可能だ。
一介の警察官でしかない鳥居はもちろん、昭士の祖父である警察署署長でも、そこまでの権限は持っていない。
『使わないように戦うってのは……無理だろうなぁ』
鳥居も間近でエッセを見た事がある。しかも金属の像にされた事もある。その強さや恐ろしさは身をもって体験しているのだ。昭士に手を抜いて戦えなどと言える訳がない。
完全に会話が止まってしまった。権限的にも権力的にも、そして頭脳的にも。打開案が思い浮かばないのだから仕方ない。
これ以上は時間の無駄であるし、鳥居はまだ勤務時間中という事で通話を切る。
昭士は通話の終わった携帯電話を操作し、昼間戎から送ってもらった写真を見ていた。ロボットの肩にグレムリンらしきものが乗っている写真である。
そしてその写真に添えられていた韓国語の文章は「何だあれ?」。訳してもらっておいて文句をつけるのもどうかと思うが、これを書いた人ももう少し気の利いた事を書けばいいものを。
そう思ってしまうのは、この直立ウサギのようなエッセを知っているからに他ならない。これが普通の反応だ。
そして電話の最中に送ってきたらしい写真には、そのロボットの像が空へ飛び去っていく姿がしっかりと写し出されている。
さらにメール本文にあったアドレスへ飛ぼうとすると、なかなか画面が切り替わらない。
おそらくガラケーからでは表示できない、普通のパソコンやスマートフォン用のページなのだろう。そう判断し昭士は表示を中断させた。
当局は画像や情報が外に漏れるのを警戒していたようだが、やっぱりこうして漏れている。
あちらの国の警戒網が杜撰というよりは、今の世の中どんなに警戒してもネットへの情報流出を止める事は限りなく不可能に近いという事だろう。
そんな事を思いつつ、昭士は携帯電話をパタンと閉じる。
一度エッセが姿を見せた以上、いつになるかは判らないが、近い内にまた姿を現わす筈である。
さっきも考えた事だが、一番頼れる戦乙女の剣は使えるかどうか判らない。
そうなるとムータの力で「変身」したスオーラの魔法だけが頼りとなるが、こちらに来られるかどうか判らない。
たとえ来られたとしても魔法の威力が読めないので、周囲への被害がどのくらいになるのかも見当がつかない。
最悪武器のない状態でたった一人で戦わねばならないハメになるかもしれない。心配になって当たり前である。
そして世の中というものは、そんな考えの方が現実になるものである。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
唐突に鳴り響く、空気を震わせるような鈍い音。昭士は表情を引き締めてムータを取り出した。それは日中の時と同じく青白く点滅を繰り返している。
それすなわち、世界のどこかに(どこかの世界かもしれないが)エッセが現れたという事。戦士としての昭士の出番である。
とはいえ、どこに現れたのかも判らないのでは、出動のしようもない。昭士は何となく窓から身を乗り出して夜空を見上げた。
都会(と言える程の都会ではないが)に住んでいると絶対に見えないであろう満天の星空。星の海とは良く名づけたものだ。
星の事も宇宙の事も昭士にはサッパリ判らない。この夜空がとても綺麗な事くらいしか判らない。だがそれで充分だろう。美しさの前に細かな理由や理屈など何の価値があろうか。
……手の中で点滅を繰り返しているムータがなければ、これほど心休まる時もないのだが。
昭士がそんな風に嫌そうな顔でムータを睨むと、睨まれて恐縮するかのように点滅が止んだ。そして同時に携帯電話がブルブルッと震える。また電話である。
蓋に付いた小さな画面に「スオーラ」と表示されているのを確認すると、昭士は電話に出た。
「もも、もしもし」
『アキシ様、モーナカ・ソレッラ・スオーラでございます』
育ちの良さか教育の良さか、相変わらずバカ丁寧に聞こえる彼女の言い回しである。
『先程わたくし達を語る偽者が捕まったとの知らせを受けまして、ようやく外出の許可が下りました。今からそちらの世界へ向かいます』
バカ丁寧ではあるが、その声はようやく解放された喜びに満ちた弾んだものである。
「あー、ちょちょ、ちょっと待って」
昭士は今にも飛び出しそうな雰囲気を察し、彼女を制止する。
「お、俺今、がががっ、合宿所。ばば、場所わか判る?」
昭士は今合宿に行っている事は話したが、どこに行っているかまでは話していない。
たとえ場所を言っていたところで、こちらの世界の土地勘が全くないスオーラがここまで来るのは無理だろう。
もっとも昭士も場所の名前が判るだけでどこをどうすればここまで来られるのかをきちんと説明できる訳ではない。せいぜい来る時に乗った路線名と下りた駅名くらいしか判らない。
まぁナビゲーション機があればどうにか来られるかもしれないが。半ば無責任にそう漠然と考えてはいる。
だがスオーラの方は場所までは聞いていないと言われてハッとなるような間が開くと、
『ですが今回現れたエッセは、移動速度がとても速いです。時速一〇〇〇キロを超えています。合流できたとしても、追いかけるのはとても難しいと思います』
先日そのくらいのスピードはおろか、瞬間移動までできる動物と一戦交えたのだが。昭士は声に出さずそうツッコミを入れる。
スオーラの言うエッセは、間違いなくグレムリンの姿をしたものだろう。時速一〇〇〇キロを越えている移動速度という事は、件のロボットを乗っ取ってそれに乗っているとしか思えない。
グレムリンは機械をいじるのが好きらしいが、まさか腕しか動かないロボットをそこまで改造できるとも思えない。パーツや時間的な問題で。
しかし現に音速で飛んでいるし。ロボットを大改造でもしてアニメ通りの性能を発揮していると考えていいかもしれない。
(……まさか巨大ロボと戦うハメになるとは)
二十メートル対一六二センチの戦い。身長差のある戦闘を経験していない訳ではないが、やりたいものでは当然ない。
「とと、とりあえずさ。そその辺は合流してからで」
昭士はスオーラに下りた駅名を告げると、通話を切った。無責任ではあるが、道案内できる程この辺りに詳しい訳でもないのに、あれこれ言う方が無責任だろう。そう割り切る事にした。
ふと窓から遠くを見ると、午前中石段を駆け上がった山が見えた。もっとも今見えるのは山の形と、頂上にある神社――そのそばにあると聞いている駐車場から漏れる明かりくらいだ。
曲がりくねった車道をバイクや車で爆走する「走り屋」が出没するとも聞いている。その走り屋達の車のライトだろう。
周囲に明かりはないし、今は夜だ。何十台もの車が集まればその明かりはこんなに離れた場所からでも良く見えるのだ。光源で繰り広げられている光景はともかくとして、その明かりそのものは夜空に負けないくらい美しいものだ。
だが。そんな明かりが急に「欠けた」。ぼんやりとした半月の左半分だけが欠けているように見える。それも「大きな人の形」に。昭士も思わず身を乗り出す。
この異変に気づいた他の部屋の面々も昭士と同じように山を見、指差し、スマホなどで写真を撮っている。
そして何人かの剣道部員が足音立てて昭士の元に駆けてくる。
だが昭士は彼等をかき分けるようにして部屋を飛び出し、合宿所の出口へ駆ける。
そして学校のような下駄箱から素早く靴を取り出して履くと、後ろから誰かが呼び止める声を無視して飛び出して行った。


昭士は走りながら携帯電話を片手で開き、電話帳を開――こうとした時、そこから光と共に飛び出してきたモノがあった。
《エッセが現れたようね。あの山の頂(いただき)か》
飛び出した光は、すぐさま昭士の頭上で形となった。ジェーニオである。だが、今回は女性体である。
いつも昭士のそばに現れるのは男性体の方なのに。すると女性体のジェーニオは、昭士の後ろに回り込むと彼の脇から腕を差し入れてそのまま浮かび上がる。
何度か体験してはいるが、やっぱり自力で飛べない自分の身体が宙に浮くというのはやっぱり怖さがある。
だが今回はそれ以上に、皆が見ている前で「浮いて」しまったのではという、別の怖さがある。昭士は後ろを振り向くが、騒いでいるようには見えない。
《人の目は意外と夜の闇は見通せないものよ》
女性体のジェーニオは小さく笑って、更に高度を上げる。眼下には今朝苦労して登っていた石段があるし、二つ目に行った神社、確か「嘉嶋神社(かしまじんじゃ)」も見える。
空を飛べるというメリットをしみじみと感じる昭士だったが、今はそれどころじゃないと握ったままの携帯電話を開いて電話をかける。
電話はすぐ繋がった。その相手はさっき話していた警察官の鳥居だ。
『な、なんだ、アキ。今勤務ちゅ……』
「エ、エ、エ、エ、エエ、エッセが出ました。がっ、合宿先の山に!」
『何だってぇ!?』
鳥居の大ボリュームの叫び。昭士も思わず耳から離してしまう。よく携帯を落とさなかったものだと自分で自分に感心する昭士が口を開くよりも早く、
『一体何だよオイ! お前の行った先にエッセが現れたってのか!? ミステリーモノの探偵かお前は!』
行った先々で事件に遭遇する探偵。確かにそれを彷佛とさせても仕方ない巡り合わせ。そこで納得しても始まらない。
「い、い、いぶ、いぶきちゃんは……」
さすがに独房からは出してもらえないだろうが、ダメ元で聞いてみる。だが鳥居は、
『ああ、ちと待ってくれ。今電話……』
鳥居のそばの電話が鳴っている音が聞こえる。彼は携帯を保留にしないでほったらかしのまま電話に出ているようだ。
『……はぁ!? 何ですか、そりゃあ!?』
さっきの「何だってぇ」以上の驚きの声。昭士は思わず携帯を今以上に耳にピッタリと当て、音を聞き取ろうと集中する。
すぐに会話が終わったようで、鳥居はほったらかしにした携帯電話を取ると、
『ヤバイぞアキ。いぶきのヤツ独房抜け出しやがった!!』
鳥居の再びの大ボリュームの叫び。携帯を思わず耳から離してしまうが、同時に絶望感すら感じる程にガックリとした昭士であった。


鳥居に電話をかけてきたのは、いぶきが収監されている刑務所の所員からだった。
独房内の囚人は二十四時間監視下に置かれ、腕一つ動かすにも監視員の許可がいる程自由というものが全くない。
だがいぶきの性格からして、そんな事は気にしないだろう。監視員が怒ろうが怒鳴ろうが「知ったこっちゃない」「自分のやりたいようにやる」という言動を貫くに決まっている。
事実閉じ込められた部屋の中で勝手気まま。監視員の言う事を何一つ聞かず、やむを得ず殴って言う事を聞かせようにも「能力」でかわして反撃する。
さらには「言う事を聞かなければ食事を抜く」と脅迫してもどこ吹く風。なのでほとほと困り果てていたという。
そんな時、いぶきは我慢の限界に達したとばかりに扉を力一杯蹴り飛ばした。するとことさら頑丈に作られている独房の扉が、まるでベニヤ板のように吹き飛んでしまったのだ。
するといぶきはこれ幸いと部屋から出る。部屋の外にいた所員を殴り飛ばして脱走をしたという訳だ。
所員が電話でそう話してきた時、鳥居は疑問をぶつけてみた。
いぶきの性格を考え、両手両足を頑丈な手錠で拘束していた筈ではないか。扉を蹴り飛ばせるような体制になれるものだろうか。両足揃えてジャンプし、扉を蹴ったとでもいうのか。
すると所員は声を震わせながらこう答えた。
「いとも簡単に手錠の鎖を『引きちぎった』」と。
それで身体の自由を取り戻し、扉を破って本当の意味で自由を取り戻したいぶきは、持っている超能力――周囲の動きを超スローモーションで認識する力で監視員や刑務所の所員を片っ端から薙ぎ倒した。
そんな流れを聞けば、確かに驚くに決まっている。
古今東西様々な脱走犯がいただろうが、こんな堂々とした犯人はちょっといないだろう。
そんな訳でそれどころではないと、鳥居は電話を切った。
《……そういう状況なら、呼んでも良いんじゃないかしら》
ジェーニオは昭士に向かってそう言った。電波との相性が良い彼女達の事。今の会話など筒抜けであろう。
確かに脱走した事はまずいが、それ以上に「どこに行ったのか判らない」方がまずい。それならばこちらに呼びつけた方が居場所が判る分まだマシである。
が。「まだ」その時ではない。
そんな会話をしているうちに、ジェーニオは昭士を山頂付近の神社の境内に静かに下ろした。
ここは山頂だけあって敷地面積は狭い。だが社のすぐ裏手が切り立った崖のようになっており、そこから数メートル低くなったところに駐車場と売店がある、ちょっとした展望スペースがある。そこを結ぶのは崖に張りつくように作られている細い階段だけだ。
合宿所から見えた光景によれば、この駐車場にロボットが着地しているようなのだが、それにしては静かすぎる。
普通ならロボットが来た事によって大騒ぎして逃げまどう人々の怒号が聞こえてきそうなものなのに。
もしやエッセの能力によって金属の像に変えられ、食べられてしまったのか。そんな嫌な想像までしてしまう。
昭士が階段の上から見た展望スペースの様子は、そのどちらでもなさそうだった。
何故ならあれだけ明るく照らしていたヘッドライト――車が一台も止まっておらず、ここを照らすのは展望スペースにある街灯のみ。
そこには全長二十メートルのロボットが直立しているだけだ。もっともきちんと見えるのはロボットの膝くらいまでで、月明かりはあるもののそこから上は殆ど見えない。
もちろんグレムリン型というか直立ウサギ型のエッセの姿は全く見当たらない。
人間よりも視力や感覚が優れている精霊のジェーニオでも判らないようで、彼女は周囲を見回しては首を振っている。
もしやこの世界での活動限界が来て、エッセは姿を消してしまったのでは。そんな安易で楽観的で――そしてそうあってほしいという考えが浮かぶ。
《ちょっとこっちに来てくれない? 変な気配みたいなのがするのよ》
辺りを見回していたジェーニオは、神妙な顔つきで社を見ている。
「け、け、気配って?」
そばに街灯はあるものの、月明かりの下の神社というものは独特の怖さがある。何もない筈なのに「ナニカが」いるような。これがお墓なら死んだ人の霊がいるだの何だのと理由はつけられるが(怖さがなくなる訳ではないが)、ここは神社である。
確か名前は「金烏明神(かなうみょうじん)」。祀られている神様の名前は知らないが、金烏と「叶う」を引っかけて“願った事が叶う神社”と云われている事を今日聞いたばかりだ。
敷地の中には神社の由来を書いた立て札が立っており『室町時代(西暦一五一五年)金の鳥を見つけた村人が神の使いと思い祀ったのが始まり』と書いてある。ハッキリ言えばとても胡散臭い。色々な意味で。
だが……午前中に来た時はスタンプを押して急ぎ下山する事しか考えていなかったからロクに見ていなかったが、小さな社と境内、その割に大きいと思われる絵馬をかけるスペースには、もうつけるところがないのではと思うくらいビッシリと絵馬で埋めつくされていた。
偶然か真実かは知らないが、本当に叶わないならここまで登ってきてまで絵馬をかけたりはしないだろう。
金の烏と書く神社の為か、絵馬には金色の烏が描かれているのが、月明かりの下でも見てとれる。
その金色の見え具合が明らかに異なって見えるのは、金色の発色具合が違うからだ。絵馬にもグレードがあって、値段が高い方がより綺麗に金色が見える、みたいな感じなのだろうか。
さらに注意書きには「絵馬は裏手階段を下りた展望スペースの売店で扱ってます」とある。今が夜でなかったら「いぶきを何とかして下さい」と書いて納めたいくらいである。
そんな昭士に構わず、ジェーニオは狭い境内に注意を払ってあちらこちら観察している。やがて自信に満ちた表情で、
《間違いないわね。この建物の中だわ》
と、彼女が指差したのは――もちろんこの神社の社である。昭士には本当かどうかは知らないが、この中にこの神社の神様がいる。事になっている。
一応日本人の端くれとして、そこに堂々と侵入するのはさすがに気が咎めるのであるが。異教どころか異世界の精霊であるジェーニオには何の関係もないようである。
……そもそも手伝いとはいえ盗賊団にいた過去もある事だし。
昭士が止める間もなく小さな賽銭箱を飛び越え、観音開きの戸を何のためらいもなくあっさりと開ける。
明かりはないので当然中は暗い。月明かりもさすがに社の中にまでは届かない。
と思いきや。何と社の裏側に大きな穴が開いているではないか。中に破片が飛び散っているところから考えて、外から蹴破りでもしたかのようだ。
それでも決して明るくはなかったが、ジェーニオはだいぶ夜目が利くらしく、ガランとした社の中をざっと見回すと、そこにあった物をひょいと掴んで出てきた。
「あ、あ、あ、あ、あの。ここ、いちいち、一応宗教施設……」
引きつった昭士の言葉を無視しているかのようにジェーニオが戻ってくる。
その手にあったのはチューイングガムだった。いかにも売店等で売られていそうな典型的かつ昔ながらのパッケージ。ちなみにコーヒー味だ。
だが妙なのである。封の切り方が。
パッケージの上の方に「ここを引っぱって開けて下さい」という目印がついているにも関わらず、明らかに噛み千切りでもしたような――というよりパッケージのまま三分の一ほど食べたと言った方が通じるような開け方なのである。
少なくとも小さな子供でもこんな開け方はしないだろう。そもそも社の中に投げ込もうとも思うまい。
それとも心ないマナーの悪い人間の仕業だろうか。昭士がそんな風に思っていると、
《変な気配はそれから感じるのよ。それ、何か判る?》
昭士はジェーニオにチューイングガムの事を説明する。食べるもの、お菓子の一種と聞いてますます不思議そうな顔をするジェーニオ。
昭士がその理由を問うと、彼女は不思議そうな顔のまま、
《そうでしょう? それ、明らかにエッセの気配なのよ》
「え!?」
昭士が驚くのは当然だ。エッセは生物を金属に変えるガスを吐き、そうして金属に変えた者だけを食べると聞いている。少なくとも昭士はそう聞いている。
一方このガムは噛み千切るというか食い千切るというか。どう見てもそんな風にしか見えないものだ。
《まさかエッセがお菓子を食べる訳はないだろうし。でも気配の残り香、みたいな“もの”を確かに感じるのよ》
嘘つきは泥棒の始まり、という言葉が日本にはある。泥棒の一員だった者の言葉を安易に信じるのもどうかとは思う。
だがやり方はともかくジェーニオも美和も昭士に隠し事はあっても嘘を言った事はない。人間には判らない感覚を信じていない訳でもない。
なぜなら、昭士が調べたグレムリンに関する資料の中に、確かに「チューイングガムが好物」と書いてあったのを覚えていたからだ。
これは昭士の世界の資料ではあるが、同じ存在でも世界が変われば外見や特徴が変化する事を、実体験として彼はよく知っている。あちらの世界ではともかく、この世界のグレムリンはチューイングガムが好物になるのかもしれないのだから。
とりあえず保管しておく事をジェーニオに頼んだ。
証拠品として。

<つづく>


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