トガった彼女をブン回せっ! 第21話その4
『面積ってのはどういう意味だゴルァ!』

昭士はジェーニオを伴い、細い階段を下りて展望スペースに向かっていた。
《エッセの気配はないし、アレも動き出しそうな感じはないし》
女性体のジェーニオはロボットを見上げながら昭士にそう言う。もっとも異世界の精霊にロボットの事がどのくらい判るのかは判らない。
それからジェーニオは今思い出したかのように、
《相棒の方が全速力でお嬢さんを運んで来てくれてる。もう少しすれば着くのかな》
相棒とは男性体のジェーニオの事で、お嬢さんはスオーラの事だ。さっきこっちの世界に来ると言っていたし。
昭士達の学校からこの合宿所までは、直線距離なら一二〇キロほどだ。さっき時間がかかると言われてしまった一二〇〇キロの十分の一。
そんな距離ならジェーニオにかかればあっという間だろう。彼の手にかかれば文字の通り「一直線に」ここまで来られるのだから。
昭士は棒立ちになったままのロボットを見上げつつ、ようやく一息つけたような気分になっていた。
……周りを地味に飛び交っている蚊などがいなければ、なおさら。
(虫除けスプレーでも持ってくるんだったなぁ)
今頃後悔しても仕方ない。無言の空気が流れる。
「と、と、と、ところでさ」
間が持たなくなった昭士は不意にジェーニオに話しかけた。相手が女性という事でドモり症以上にドモっている。ように聞こえる。
実際は傍若無人な暴君である実妹・いぶきのせいで女性に対して関わりたがらないだけだ。頼みごとは引き受けるがこっちからは接しない。
だがエッセと戦う事を選び、スオーラ達と接するうちにこれでもだいぶマシになった方だ。
「い、い、いつもは男の方がく、く来るんだけど、きき、今日は何で?」
《たまにはいいでしょう?》
精霊ゆえの「人外の」妖艶さ、とでも言おうか。異性を無条件で惹きつける魔力を発しているかのような微笑み。
昭士は気まずそうにそんな微笑みから身体ごと視線を反らした。
もっとも昭士が視線を反らしたのはもう一つ理由がある。それはジェーニオの格好だ。
青白い素肌の上から直接丈の短い赤いチョッキを着て、足首で細くなる膨らんだ白いズボンという、中近東の民族衣裳のような格好だ。これは男性体も女性体も全く同じ格好だ。
だが、その赤いチョッキはボタンを開けたままなので、宙に浮いて上から昭士を見下ろしているその体制だと、胸が見えそうで見えないという、何とも悩ましい事になっているのだ。
関わりたがらないとはいえ昭士も立派な高校生男子。性的な事に興味がない訳ではないし気にならない訳がない。からかわれるのが嫌であえて考えないようにしていただけだ。
そんな様子を知ってか知らずか、はたまた本当にからかっているのか、その様子にジェーニオはプッと吹き出す。
《からかってごめんなさいね。ちょっと気になってたものだから》
ジェーニオは地面に下り立つと不意に真面目な表情になった。それからゆっくり口を開く。
《あなたと妹さんの関係がね》
唐突な質問だったが、昭士の表情には不思議と驚きが少なかった。まぁそうだろうと言いたそうに。
いぶきは昭士を拒絶しかしていない。にも関わらず無視や絶縁を一切する事なく、一方的に暴力を振るい続けている。
そのせいで昭士は何度か入院した事があるし一歩間違えば死んでいたケガも負ったそうだ。
そんな感じで十五年もの間一方的にイジメを受け続けて来たようなものなのだ。どんな聖人君子であっても恨みつらみがあって当然というもの。
だが昭士が恨みつらみの果てに傷害・殺人を起こした事は一度もない。もちろんいぶきが持っている能力の為に、実行しても失敗に終わる事が判っているから。だがそれだけでは理由にならない。
むしろ昭士の状況を考えれば家庭内別居はもちろん、離れ離れに住まわせるべきだろう。
なのに二人は未だに同じ屋根の下で暮らしている。どうひいき目に見ても仲は良くない。ケンカばかり――いぶきの一方的な攻撃でしかないが――している。
間違っても「喧嘩するほど仲が良い」というものではない。それなのに。気になっても当然と言えるだろう。
だが気になったから、聞かれたからといって、昭士にその理由を答える事はできない。
その辺は昭士にも良く判らないのだ。
自業自得とはいえ妹が刑務所入りしているのを喜ばしく思っているという訳ではない。家名に傷がつくからという理由ではないが。
理不尽というのもおこがましい仮借ない暴力を受けていたい訳ではない。反撃する手段がないにせよ。
どれだけ非人間的であれ「妹だから」という理由で説明がつく訳もない。
昭士はジェーニオの質問に答えられず、また答えたくなくて、周囲の蚊を手で追いやり始めた。
そんな時、彼の携帯電話が震えた。追いやりながら携帯電話を取り出して蓋の画面を見ると、剣道部主将の沢からの電話だった。
自由時間とはいえいきなり合宿所を飛び出したのだ。文句の一つが来ても仕方ない事ではある。怒られても仕方のない事である。もちろんそんな電話になど誰が出たいと思うか。
……自業自得の事態とはいえ。
だが出ない訳にもいかない。昭士は不承不承ガラケーを開いた。
「もも、も、も、もしもし」
『おう。お前が出てったのを見たヤツがいたんだが……もしかして「出た」のか?』
事情を知っている沢は、後半部分の声を潜めてそう訊ねてきた。彼なりの気遣いである。昭士がそれを肯定すると、
『先生には気づかれないようにはしてるがな。変な影が山の方に出たのを見てたヤツは山ほどいるし、時間の問題だろうけどな』
何の気休めにもならない言葉である。そもそも「変な影」目当てに見物人が来てもおかしくない状況なのだ。
肝試しの為にその山の近くに行っている学校があると沢は言う。その学校の面々がやって来ないとも限らない。
「面々」は来なくとも、どこの学校にもこっそり別行動をするはた迷惑な生徒はいるものだから。油断はできない。
『で。その「変な影」がそうなのか?』
「そそ、そそ、そうみたいです」
『……何なんだ、結局?』
単なる興味本位だろう。昭士は素直に答えると、電話の向こうで少し考えるような間が開いてから、
『まぁ大丈夫だと思うけどな。だって韓国製だろ?』
総てがそうとは言わないが、質が悪いというのがもっぱらの評判であり、そう評価されているのがあちらの製品だ。
しかしこの像はまがりなりにも鋼鉄でできているのだ。いくら質が悪いと云われていても簡単に破壊できる筈がない。
おまけにグレムリン型エッセが空を飛べるようにしてしまっているのだ。その際に他の部分もいろいろと改造していない保証がどこにあろうか。
もちろんそんな部分までは話さなかったが、昭士のそんな話を聞いていた沢は、
『そのロボットをとっととブッ壊せば、いいんじゃねーの?』
しかしそのロボットを壊してもグレムリン型エッセを倒した事にはならない。あくまでもエッセはこれに乗ってここまでやって来ただけなのだから。
そもそも今の昭士達だけでこの全長二十メートルものロボットを破壊する方法はないのだ。できるならとっくにやっている。
昭士がエッセと戦う戦士の時に使うのは、妹いぶきが変身した大剣「戦乙女の剣」。エッセに対しては絶大な威力を発揮するものの、それ以外の存在に対してはただの重く硬い鋼でしかない。
もちろん何度も叩けばさすがに壊せるだろうが、さすがに疲れそうである。しかも音が周囲に響きまくる。無駄に人を引き寄せかねないのだ。
沢は「スオーラさんによろしく」とつけ加えて電話を切った。
早く帰って来られるかどうかは、総てグレムリンがいつ現れるかにかかっているのだ。もちろん口に出す事はなかったが。
昭士は改めてロボットを見上げる。この像は全長二十メートルだそうだが、二十メートルといえば六階か七階建てのビルくらいの高さである。
だが二十メートルという高さは、下から見れば意外に小さく見えるのだ。だがそれでも鋼鉄でできた建造物である事に代わりはないので、
(ホントに壊せるのかな)
そんな不安を抱いても仕方あるまい。だいたい壊すべきなのはこのロボットではなくエッセの方なのだ。
《……来たわよ》
ジェーニオが夜空を見上げながら昭士にそう言う。彼が同じ方向を見ると、綺麗な星空の中に黒い影がポツンとあるように見える。だがその影はドンドン大きくなっていく。
男性体のジェーニオがスオーラの脇から腕を入れて持ち上げた状態で運んでいたのだ。
[アキシ様、遅くなりました]
数メートル上空からそう言いつつ飛び降りて地面に着地したのはスオーラだ。その姿は昔のロックだかメタルだかパンクだかのファッションに見えなくもない代物だ。色を除けば。
スポーツブラ(ぽいもの)の上から丈が短い長袖のジャケットを着て、マイクロミニのタイトスカートに膝より上のサイハイブーツ。更にマントをつけて頭には先が折れている魔女の帽子という格好だ。
年齢は昭士と同じなのだが、こちらの世界のスオーラは年齢以上に容姿・スタイル共にかなり大人びている。町を歩けば間違いなく男も女も振り返るほどである。
そんな彼女はベルトに一振りの短剣の刀身を挟んでいた。その短剣から声がする。
『お久し振りでありんすぇ』
微妙にゆったりとした花魁言葉だ。実際には久し振りというほどの年月は経っていない筈なのだが、確かにそう感じる。
この短剣はジュンという。もちろんこれはこの世界だからこの姿なのであり、スオーラの故郷であるオルトラ世界へ行けば人間の姿となる。
この世界でいうならアマゾネスのような、深い森の中で未だ原始的な生活を営む女性だけの村・ヴィラーゴの出身。
外見は小柄で細身の黒人の女の子であるが、そのパワー――筋力は下手な力持ちを遥かに凌駕している。加えてその皮膚は下手な武器なら弾き返してしまうほどだ。
そんな特徴の為か、短剣の時の彼女は相手を攻撃する事ではなく使い手の身を守る事に長けている。受け止めた攻撃の威力はもちろん衝撃や反動も吸収して、使い手はほぼノーダメージ。
こちらは極めて非協力的ないぶきと違ってスオーラや昭士に協力的なので、揉める事は全くない。この姿で戦った事は少ないが、非常に頼りになるのだ。
そんな一同を見回し、昭士は何となく安心感と心強さを感じていた。
昭士達もこれまで何度もエッセと戦って来ているが、ここまで事前に準備を整えられた例は数少ない。一旦姿を消したエッセが再び姿を現わす時は、前に姿を消した場所の近くである。ここにいればすぐ対応できる筈だ。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。
それを待っていたかのようなエッセの出現を告げるその音が、今回ばかりは若干の嬉しさを感じる。
スオーラは自分の胸に右手を突っ込み、手が身体の中にめり込んでいく。すぐに身体から出てきた右手が持っていたのは何と分厚い本。魔導書と呼ばれる本である。
男性体と女性体のジェーニオが二人揃ってまっすぐロボットの頭の方を見上げていた。きっとそこに現れたのだろう。
そして昭士もポケットから未だ音が鳴り響くムータを取り出す。そして自分の眼前に力強く突き出した。
ムータから青白い火花が散り、それが大きく広がっていく。その火花は昭士の目の前に青白い光の扉を形作った。
その扉が昭士に迫り、彼の身体と交差して消える。すると昭士の服装が一変していた。
Tシャツにサマージーンズという私服が、一瞬にしてバイクレーサーのような姿に。
いつもは学校の制服から変身するので青いつなぎ姿に胸当てなのだが、元の服が違うと変身後の姿も違うようである。だが動きにくい訳ではないのでその辺は有難かった。
そんな格好のまま昭士はムータを高々とかかげ、大声ではないが力を込めて叫んだ。
「キアマーレ!」
このキーワード一つで、いぶきはどこにいようとも昭士の目の前まで飛んでくるのだ。
実際はるか遠くからいぶきの――戦乙女の剣の気配がする。
『……ぇぇぇぁぁぁぉぉぉぉぉぉおおおおっっっ!!!』
遠くから聞こえる悲鳴。先程のスオーラを超えるスピードで飛んでいるのだから悲鳴が上がるのも致し方ない。いくら剣に姿を変えていてもいぶきの五感と性格は残っているのだから。
どがんっ!
本当に昭士の目の前に突き立った戦乙女の剣。だがその姿もいつもとは違っていた。
いつもは丈夫そうな皮張りの鞘に収まっているのだが、今回は日本刀に見られる漆が塗られているような感じのつやつやした鞘に収まっている。
おそらくいぶきの方もいつもの制服ではなく独房に入っていた時の囚人服だったからだろう。そんな大剣を彼は見上げていた。
刀身の部分だけでも一八〇センチ近くあり昭士の身長よりも高いのだから仕方ない。彼は少しジャンプして剣の握りを掴むと、落下の勢いを利用して剣を傾け、それから着地と同時に地面から剣を鞘ごと引き抜いた。
『……毎度毎度勝手に呼びつけンなって言ってンだろうがっ、このバカアキ!』
少しクセのある刺々しい怒鳴り声。これこそ昭士の妹・角田いぶきである。昭士は剣の柄に浮き彫りになっている「両腕を広げた女性像」の顔面を拳で叩くと、
「お前、刑務所から逃げたんだってな? たった三週間もじっとしてらんねーのか、オイ?」
さっきまでのドモり口調から一変。昭士は更に続ける。
「今日のお仕事はあのデカブツの解体作業だ。頑張ってもらおうか」
『っっっざけンな! ンな気っっっっっ色悪い事はあたし抜きでやれって何度言えば判ンのかって言ってンのよ!』
《相変わらずだな。今エッセが飛び降りて来たぞ》
二人のジェーニオの声がハモる。変身するといぶきが持っている「周囲の動きを超スローモーションで認識する」能力が昭士に移るので、彼もエッセが迫っているのは判っている。
その姿は確かに二本足で直立するウサギであった。表面はエッセ独特の金属光沢を放っている。大きさはだいたい人間の子供くらい。
だが微妙に透けているようにも見えた。それは元が妖精だからかもしれない。本来妖精は普通の人には見えないからだ。
それ以上に昭士が気になったのは、その直立ウサギが腰にガンベルトを巻いていた事だ。西部劇のガンマンが腰に巻いているアレである。もっとも作りの方は相当安っぽかったが。
そのエッセはロボットの足元に着地。そしてすぐさまこちらに迫って駆けてくる。そのスピードはとても素早い。加えて半分透けている。おそらくその動きが「判って」いるのは昭士だけのようだ。ジェーニオ達すらその動きには反応できていない。
《きゃっ!?》
女性体のジェーニオが驚きの声を上げる。当たり前だろう。グレムリン型エッセは彼女の右手に噛みついていたのだから。
《このっ!》
左手でそのエッセを叩こうとしたが、エッセの方はすぐさま飛び退って離れていく。
昭士達とエッセは適度な間合いを開けたまま、お互いが対峙した格好になる。
だがエッセの方はこちらに襲いかかってくる気配がない。それどころかこっちにまるで関心を払っていない。
なぜなら。エッセが手に持っているのは、さっき拾ったコーヒー味のチューイングガム。女性体のジェーニオが持っていたのを奪い取っていたのだ。単に噛みついたように見えただけだった。
エッセはさっきそうしたであろうように、封を解かずにガムにかぶりついた。だがすぐさまベッと不味そうに地面に吐き出す。さらに手に残ったガムを地面に叩きつけた。
続けて地面に叩きつけたガムをこれでもかこれでもかと憎々しげに足で踏みつけている。何度も何度も何度も。
[え……ええと。エッセ、ですよね?]
この中で一番エッセと戦った経験を持つスオーラが疑問を持つほど、そのグレムリン型のエッセが取っている行動が信じられなかった。
エッセが食べるのは、自身のガスで金属へと変えた生物のみ……の筈だった。それ以外の金属や生物のままの生物は、襲いはしても決して食べはしなかったのだ。これまでは。
だがこのグレムリン型のエッセは興味津々でガムにかぶりつき、しかし不味そうに吐き出している。
「何か、食いたいのに食えなくてイラついてるみてぇだな」
変身した事によってドモりがなくなった昭士がボソッと呟く。確かに言われてみればそう見えなくもない。
エッセはその姿を模した生物の性質にかなり引きずられる。グレムリンの好物はチューイングガムらしい。という事は……。
《好物を食べたいが食べられない。確かにそれは苛つくだろうな》
男性体のジェーニオが構えを解いて、どこか呆れたように昭士に同意する。
《してどうするのだ。同情して見逃すつもりなのか?》
[アキシ様、それはさすがに……]
二人の発言に昭士は「判ってる」と言いたそうにうなづくと、戦乙女の剣の鞘に手をかける。そして鞘の方を滑らせるように動かして刃を剥き出しにさせる。
刃の部分だけでも自身の身長よりも長いので、普通の刀剣類のように「柄を持って鞘から引き抜く」事ができないのだ。
だがそうすると、いぶきの怒号が辺りに響く。
『脱がすなって言ってンだろうがエロアキ!』
そう。この剣はいぶきの肉体が姿を変えたもの。中身は女子高生なのだ。性格はどうあれ。見た目はともかく人前で、屋外で裸にされて喜ぶ訳がない。そこだけは昭士も同意するが、
「今のお前を見て欲情も発情もしないから、安心してろ」
長い刀身に見合うよう長く作られた柄を両手で握って剣を構える。その重量は三百キロを超えるものだが、使い手である昭士だけはその重量をほとんど感じずに振り回せる。
とはいうものの、肝心のエッセはいぶきの怒号に驚いて、ロボットの脚を登って行ってしまった。きっとこれに乗って反撃するか、はたまた逃げ出すつもりなのだろう。
「させるかよっ」
昭士はゆっくりと後ろに振りかぶりながらロボットに無造作に近づいていく。そしてまだ動いていない脚が間合いに入ると同時に、その剣を真横に振り切った。
なんと。たったそれだけで鋼鉄製のロボットの脚が「爆発した」のである。左脚の膝から下が跡形もなく吹き飛んだ。その破片はいぶき――戦乙女の剣の太すぎる刃を盾にして防いだので昭士は無傷である。
『でででででででででででででででででっっっっっっ!!!』
「はあっ!?」
至近距離で鋼鉄の破片と爆風を受け続けて痛がりまくるいぶきと、思ってもいなかった結果に逆に驚いている昭士。もちろん離れて見ていたスオーラ達も同様だ。
戦乙女の剣は、確かにエッセに対して絶大な威力を発揮できる。それこそ一撃で確実に倒せるくらいに。
だがそれ以外の物質に対しては、重く硬い鋼鉄と同じ威力でしかない。叩きつけただけで相手が爆発する訳がないのだ。
まさかエッセが改造をした(?)事により、ロボットの装甲がリアクティブ・アーマーになったとでもいうのだろうか。
ちなみにリアクティブ・アーマーというのは、装甲自身が爆発して攻撃を跳ね返す仕組みの装甲である。現代ではほとんど使われていないが、かつては戦車や装甲車に使われていた事もある。
『オイオイオイバカアキ! 盾になるならてめぇがなってあたしを守れよこの野郎!』
だいぶ破片が減って来た時、いぶきが当然のように文句を言ってくる。ちなみに爆発と破片を至近距離で、なおかつ直撃だったにも関わらず、その刀身にはかすり傷一つどころか跡すらついていない。
それはいぶきが痛がれば痛がるほど戦乙女の剣は強大な威力を発揮するためだ。それは武器の強度という意味でもそうなのだ。
しかしその声に若干元気がないのは、さすがにやむを得ないか。彼女の五感は健在なのだから。
「俺じゃ盾にもならねぇよ。強度的にも面積的にも」
『面積ってのはどういう意味だゴルァ! こんな変なカッコにしやがったのはてめぇだろうが!』
……などと言い争いをしている余裕などなかった。
二本脚で建つ像の、脚が一本なくなったらどうなるか。そんな事は子供にだって判る理屈である。
倒れたのである。あっさりと。それも昭士達の方に向かって。
二人のジェーニオはすかさずスオーラを連れて逃げ出す事に成功している。昭士も倒れる像の根元近くにいた上に、動きを把握する能力によって無事避難に成功。
どががごごごごごんんんっっっ!!!
しかし。全長二十メートルの鋼鉄の像が地面に轟音立てて倒れた衝撃はなかなかのものである。地震ではないかと思うくらいの激しい揺れが起こった。
宙に浮いていたジェーニオとスオーラはともかく、地面に立っていた昭士は、あまりの揺れに転びそうになる。
だがそこに女性体のジェーニオがサッと入り、彼を空中に持ち上げた。
すると眼下のロボットに、いくつもの大きなヒビが入り出すのが見えたのだ。それこそ胴体はもちろん腕や脚や身体のあちこちに。
それはおそらくパーツの合わせ目だろう。どうやってくっつけたのかまでは判らないが、まるで接着の甘かったプラモデルが壊れていくように見える。
あちらの製品は質が悪いと評価されてはいるが、倒れただけでここまでバラバラになるとは。そこは完全に昭士の想定外だった。
昭士とスオーラはジェーニオに抱え上げられたまま、どんどんとバラバラになっていくロボットを見下ろしている。
ロボットは展望スペースの中央近くにいたのだが、倒れた事でスペースから上半身がはみ出しており、上半身のパーツが轟音を立てて山の木々を薙ぎ倒し、坂を転げ落ちて行っている。
[え、えーと。これで終わりなのでしょうか?]
詳細を聞いていないスオーラが、余りにもあっけなく壊れてしまったロボットを見て呆然としている。
繰り返すが、今回倒すべきはグレムリン型のエッセであり、このロボットではないのだ。だがこの様子を見ていると、こちらが何もせずに決着がついてしまったと錯覚するほどである。
昭士の方は油断なくロボットを見下ろしている。グレムリン型エッセがどう動くかさっぱり読めないからだ。
潰されてしまったかもしれないが、その程度で倒せる相手ではない。
隙を見て逃げ出すかもしれない。不意を打って襲ってくるかもしれない。はたまた得意の機械いじりを駆使してロボットを直してしまうかもしれない。あらゆる事態を想定しておきたいのだ。
だから昭士は観察し続けていたのだ。
壊れゆくロボットを。

<つづく>


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