トガった彼女をブン回せっ! 第18話その3
『……時代劇なら『年貢の納め時だ、悪党共』とか言うんだろうなぁ』

昭士がようやく薄目を開けた。
どうやら自分は転がされているようだ。腕はもちろん身体は紐だかロープだかで縛られており、頬に当たるのは木の床の感触。
窓からうっすらと入ってくる明かりで、ここが自分の学校にある剣道場だという事が判った。
だがその窓は剣道場の足元に空気の入れ替え的な小さい窓と、下枠が二メートルは上という高い位置にある大きな窓しかない。窓は東向きなので、夕方はあまり光が入ってこない。それでも夜中でない事だけは判る。
そばに腰かけて酒を呑みながらスマホをいじっていた人物が「おい、気がついたぞ」とどこかに声をかけた。
その声の後スマホの明かりを頼りにやってきたのは、昭士も見覚えのある人物だった。
とはいうものの名前までは知らない。いぶきに叩きのめされて通院や入院した人間の一人である。
しかも本気かワザとかは知らないが、時々『昭士を』見かけては報復とばかりに殴りかかってくるような、世間で不良・チンピラ・ヤンキー・DQNetc.と呼ばれるような人間だ。
本人達は少し前に流行ったカラーギャングを気取っているようで、全員が赤いバンダナを頭や腕に巻いている。一応その男がリーダーらしい。
「よぉ色男」
ガムをクチャクチャとさせながらつま先で彼の頭をコツコツとつつく。ここでサッカーボールのように蹴り飛ばさない分、いぶきよりよほど優しい性分だ。
だが真っ当な生活を送っている人間とは言えない。そんな人間がこんな暗がりに人を縛って転がしておく筈もない。
「これから何をするか説明してやる。親切だからな、オレは」
わざわざ顔のそばに屈み込んで酒臭い息を吹きつけながら、ニヤニヤ笑うリーダーらしき男。周りの男達も小声ではあるがはやし立てるような声をあげる。
「お前はあの女を呼び出す人質ってヤツだ。判るか? ん?」
まるで子供に、というよりは相手を小馬鹿にした態度である。男はそのまま自分の持っているスマホの画面を昭士に突きつける。
そこに写っていたのはスオーラであった。少し離れている上に視線が完全にこちらを向いていないので、離れた位置からこっそり撮った可能性が高い。
ちなみに画面の隅にあった時計で、今が夜の六時半過ぎというのが判った。
男は含み笑いをすると、
「あの女の連絡先、吐いてもらおうか。ケガしたくなけりゃ」
男は拳でシャツの上から肩をガツガツ叩く。結構強い力で。
しかし昭士は無言のまま、歯を食いしばって耐える。その様子が面白くなかったようで、いきなり叩く位置を肩から脇腹に変える。不意を突かれたようなその攻撃に昭士の表情が苦しく歪む。
しかし、悲鳴だけは上げない。
「へぇ。いつも妹にやられてるだけあって、耐えるねぇ」
男はそばで見ていた別の男に目配せする。目配せされた男は、くわえていたタバコを手に持つと、昭士のシャツのボタンを二つばかり外して胸をはだけさせ、火のついた方をそっと押しつける。
「やり方は古いけど、結構効くんだよなぁ、これ」
そのまま文字でも書くように、皮膚の上にタバコを走らせる。それもゆっくりと。
もちろん熱い。だが昭士は懸命に堪えて声を押し殺す。
その男の指にだんだん力が籠って、押しつけるようになってくる。暗くて見づらいがその顔も怒りで歪んだものになっていく。
「だいたい、こんな冴えないヤツとあんな美人が仲イイなんて、面白い訳ねぇだろ。しかもいつもいつも『様』付きで呼ばれるわ、時々二人揃ってどこかへシケこむわ。ナニしてんだよ。リア充がよぉ」
妬み全開のその言葉に、周囲の男達も小声で「そうだそうだ」と喚いている。その喚きを聞いたリーダーも、
「そりゃー妬まれて当たり前だよなぁ。気づいてなかったのか、お前はよぉ」
リーダーは火をつけたタバコの先を、昭士の胸板にギュッと押しつけた。さすがに昭士の口から小さく悲鳴がもれる。
それに気を良くしたかのように、彼は口を開く。
「どうせ弱味でも握って色々イイ目みてんだろ? でなきゃお前みたいな平凡男があんな美人と付き合える訳がねぇ。連絡先の代わりに、そいつを吐いてくれれば、このまま解放してやってもいいけどなぁ?」
タバコを押しつけて黒くなった痕を「イイ気味だ」と言わんばかりに睨みつけている。
もちろん昭士がそれを口に出す事はしなかった。
彼女がこの世界の人間ではない事。それをバラす訳にはいかないのだ。それはしてはいけない事だと、事情を知る面々と固く約束している。まさか昭士がそれを破る訳にはいかない。
だがそんな無言の態度は彼等を余計に怒らせるだけなのは判っている。彼等はしびれを切らして昭士のシャツの胸ポケットや制服のズボンのポケットを漁っていく。
もちろん昭士の携帯電話を取り上げて、電話帳に入っているであろうスオーラの番号にかけるつもりなのだ。
しかし出てきたのは、五寸釘のような細い鉛筆を挟んだ生徒手帳だけだ。携帯電話は学食の椅子に引っかけた上着のポケットに入れっぱなしなのだ。もっとも席を立つ直前はテーブルに置きっぱなしだったが。
あれこれ探して携帯電話を持っていない事が判ると、
「使えねぇな。携帯くらい持っとけよ、今時の学生のくせに」
生徒手帳をポンと放り、いらだち紛れに腹を蹴る。あるいは背中を蹴る。尻や足を容赦なく蹴り飛ばす。それに更に数人が加わり、完全に袋叩き状態で、白いシャツも白いズボンもみるみる汚れていく。
「番号くらいは覚えてんだろ。オラ吐けよ」
持っていた缶に少し残っていたビールを昭士の顔面に注ぐ者がいた。目に入ってさすがに昭士も身をよじった。
しかしそれでも悲鳴の方は押し殺す。聞かれたくないというよりも聞かせたくないと言わんばかりに。
「……意外と粘りますね、こいつ」
疲れたのか飽きたのか。蹴るのを止めた男が昭士を見下ろしている。
「そりゃーそうだろ。普段こいつがやられてんのはハンパじゃねーからな」
リーダー格の男はタバコに火をつけると、今度はきちんと口にくわえる。そしてタバコを口から外し、昭士の顔めがけて細く長く煙を吹きつけると、
「そりゃあもうこっぴどくやられてるからなぁ。入院も一度や二度じゃないって聞くし」
肉親あり家族であり、そして何より双子の片割れという事もあり、いぶきに一番近い存在なのは昭士だ。
理由はともかくそれすら酷く嫌悪し拒絶しているいぶきが昭士にする八つ当たりや暴力は過剰というレベルではない。一歩間違えば死んでいたケースも多いのだ。
いぶきはそれを責められても「死ななかったのか」と舌打ちし「ナニが悪いんだ」と激昂する程である。力加減など考える訳もない。
普段からそんな暴力を受け続けている昭士なのだ。あからさまに死なないよう加減された拳や蹴りなど、彼にとっては単に「痛い」だけで済むものだ。
リーダー格は「しょーがねぇ」と前置きをつけてから、
「よーし決めた。あの女の前でみっともないトコを見せつけてやるつもりだったが……やっぱ逆にするか」
最初からそのつもりのくせに。昭士はそう思っていた。こういう連中の考える事だ。いくら昭士でも見当くらいつく。
しかしスオーラはハッキリ言って強い。自身も僧兵としての修行を積んでいるし、今も訓練を欠かさない。
彼女の事情を知る者が多い剣道部の何人かが興味本位で手合わせした事があったが、剣道対棒術という差を考慮しても、スオーラに勝てる者の方が少なかったくらいだ。たとえ何人いようとも、こうした手合いを一発で気絶させる事くらい雑作もあるまい。
だが、それはあちらも読んでいるようで。
「聞いた話じゃ、あのスオーラとかいう女。相当強いらしいな。剣道部の連中も何人かは木刀持ってても勝てねぇってくらいだし」
彼は嫌らしい笑みをわざわざ浮かべるとこう続けた。
「けどな。お前がいればさすがに無抵抗だろ。お前の妹と違ってデキた女らしいからな」
含み笑いが次第に大きな声になる。しかし場所が場所なので慌てて声を押さえると、
「どうせお前もたっぷり楽しんでんだろ、あの身体。オレらにも貸してくれたっていいよな?」
もちろん昭士とスオーラにはそんな関係では一切ない。これは彼等の誤解以外の何物でもないのだが、世間一般も誤解と思うかというと、そうではない。
「安心しろ。人質になってくれたお礼に寝とってやっから。ついでに無修正のAVなんかメじゃねぇのを、ナマで見せてやるよ。特等席でっ!」
そう言うと、昭士の腹につま先を叩き込む。かなりきつめだったので派手に咳き込んだ。それを見て小さいが明らかにバカにした笑い声を出す。
それから集まっている面々と「こういうエロマンガみたいな事、やってみたかったんだよなぁ」などと、小声ではあるが楽しそうな声で話している。
しかしスオーラを呼び出す手段がないのでは意味がない。
結局昭士そっちのけで「どうやってスオーラを呼び出すか」という話になっていった。行き当たりばったりの犯行としか思えないくらいに。
思わず昭士も口に出さずに「最初から考えとけ」と思ったが、表情に出ていたのだろう。たまたま昭士に視線を向けた下っ端のメンバーが、わざわざやって来て腹を蹴り飛ばした。
ガダン。
剣道場の入口から音がする。この場の全員が驚いてそちらを向いた。
「……よぉ。面白い事やってるみたいだな、オイ」
入口に立っていたのは、彼等よりも少しだけ年上の男だった。ユニクロで売っていそうなTシャツにステテコ。履いていたサンダルを脱ぎ、手に持った状態で道場に入ってくる。
「ほぉ。あいつの言ってた通りだな。初めて人の役に立ったな」
小さく笑いながらズンズンと道場内を歩き、かつ周りの面々に「靴の跡がつくから脱げって言ってんだろ」と睨みを利かせつつ昭士の元までやって来た。
この男もリーダー格の男と同じく、いぶきに病院送りにされた人間だ。だが彼の名前は知っている。
遠藤 圭(えんどう けい)という、一応剣道をやっている昭士の兄弟子に当たる人物だ。全国で通用するレベルではないが、市の大会では結構優秀な成績をおさめている。
だが気が短く怒るとすぐに手が出るタイプなので問題がないとは言えない。とはいえいぶきのように傍若無人かつ極度の自己中心的なタイプでは断じてない。機嫌が良い時とそうでない時の落差が激しすぎるタイプと言った方がいい。
しかし。いわゆる「不良グループ」とは距離を置いていた筈だ。
巷では「角田いぶき被害者の会」みたいな物ができていると聞いた事がある。その縁で知り合ったのかもしれない。会員番号一番の昭士を差し置いて。
その兄弟子は相変らずのいかつい顔で昭士に凄んでみせると、
「相変わらず妹の躾ができてねーな、昭士よぉ」
彼曰く、町をふらついていたいぶきが例によって報復の意味で襲われていた。しかし彼女はそれを柔道の「投げ」で撃退した。正確には「仲間に向かって仲間を投げ飛ばした」であるが。
それで見事に追い返すのに成功した訳だが、同時に誰かのスマートフォンが落ちており、その画面にはLINEのやりとりが表示されていたのだ。
昭士を人質にスオーラを呼び出して、彼女を性的な意味でいたぶりまくろうという内容。
いぶき視点ではスオーラは「やりたくもない事を無理矢理やらされ、巻き込まれるきっかけを作った張本人」である。そんな人間が困ったり不幸になったりするのだから、それを見た彼女が喜ばない訳がない。
だが関わり合いになるのはご免と、そのスマホをポイと投げつける。近づいて来た遠藤めがけて。どうにかそれを受け止めた彼も、その内容を知る事となった訳だ。
「しっかし、お前達も気をつけろよ。ここに忍び込んでるのがバレたらどうすんだ?」
この剣道場は学校の敷地の中でも隅の方にあり、人通りも少ない。もちろん最近の学校らしく無人の警備システムなどがある筈だが、警備員はもちろん警察が来ている気配もない。
すると遠藤は「ああそうか」と言いたそうな顔で昭士に向かうと、
「この学校はオレの出身校だぞ? 合併する前の。実は警備システムに抜け穴があってな。この剣道場への忍び込み放題のルートがあるんだよ」
と、驚くべき情報をサラリと白状してくれた。それからリーダー格の男に目をやると、
「人質盾にしてってのは気に喰わんが、声ぐらいかけろよ、赤畑(あかはた)よぉ」
赤畑と呼ばれたリーダー格の男は「済みません先輩」と上半身を九十度倒すような深いおじぎをしている。年の差を考えるとまさしく「頭の上がらない先輩とその後輩」だ。
「どうすんだよ。遠藤さんが来たんじゃ、美味しいトコ全部持ってかれるぞ?」
「じゃあお前が文句言ってこいよ」
「やだよ。ブチ切れた遠藤さんの怖さ知ってんだろ?」
遠藤に聞こえないようヒソヒソと話しているメンバー達。昭士には完全に丸聞こえなのだが、同意はしておく。
「だいたいオレ一度も会った事ないんだぞ、彼女に? 一回くらい会ってみたいって思っちゃ変か? ん?」
最後の方は完全に脅迫である。いかつい顔なので余計に恐怖感が増す。
自称カラーギャング団とは無関係ではあるものの、先輩格と凶暴さの二点から、彼にはなかなか逆らえないらしい。
一刻も早く何とかしようと、各自のツテを総動員でスオーラの連絡先を調べる事にしたようだ。皆スマホにかじりつくようにしている。
状況はたいして変わっていないが、遠藤の機嫌が良い間なら少なくとも自分への暴力は止まる。ようやくゆっくりできそうだ。
昭士は縛られたままという危機的状況にも関わらず、ホッと一息ついた。
だが。
「おい昭士。お前ナニ企んでんだ?」
遠藤が昭士だけに聞こえるよう、そっと小声で話しかけてきた。
昭士はそれに答えようとするが、さっき痛めつけられたダメージが回復していないようで、うまく話せなかった。遠藤は「話さなくていい」と手で制すると、
「剣道の試合で一発逆転を狙ってるような、そんな雰囲気だったから、気になってな。……まぁ大概うまくいった試しはないんだけどな、お前」
彼の言う通り、実際試合中にそんな作戦がうまく決まった事は滅多になかったが。ムラのある性格はともかく、一剣道家として見ればそれなりの実力の持ち主なのだ。洞察力という意味でも。
「そこでだ。オレにその女を紹介してくれるってんなら、あいつらブチのめしてお前を逃がしてやってもいいぞ?」
何という交換条件。下心の種類が異なるだけだ。結局大差ない。ストレートに(性的な)暴行にいかないだけマシかもしれないが。
ぱぱぱぱぱんっ!
その時、不意に外から爆竹を鳴らす音が聞こえた。いきなり聞こえてきたその音に、赤畑達自称カラーギャング団が驚いて辺りをキョロキョロと見回している。
「え、ええ、え、遠藤さん」
その時、相変らずのドモり口調で昭士が小声で声をかける。
「……も、ももも、申し訳ありません」
彼に謝罪すると、その後聞き取れない小さな声で、昭士は一言呟いた。
途端、転がされている昭士の背中――正確には後ろ手に縛られている手の辺りに青白い光が灯った。
いつもならそれほど目立たないのだがこの中はほとんど真っ暗である。思った以上に人目を引いたようで、全員の視線が昭士に移る。
横になる昭士の真上に、青白い四角が浮かび上がっている。それが昭士の上に毛布のように覆い被さった。
「ふんっ!」
気合いを込めた昭士の声。同時に彼を縛りつけていた紐がブツリと千切れた。
薄暗い中すっと立ち上がる昭士。窓から入る月明かりが彼の姿を浮かび上がらせる。
殴られ蹴られて薄汚れていた白いシャツとズボンが、何と青いつなぎに姿を変えているではないか。
昭士は自信たっぷりの表情で取り囲む男達を見渡すと、
「……時代劇なら『年貢の納め時だ、悪党共』とか言うんだろうなぁ」
ドモり口調はどこへやら。自信に満ち溢れた声で啖呵を切る昭士。
この姿こそ、彼の侵略者・エッセと戦う戦士としての姿である。だがそんな事を目の前を連中が知っている訳もない。
豹変した昭士を見て一体何が起こったのか。全く判っていない。理解の範疇外である。
「だいたいさぁ。いぶきのヤツが警察その他からマークされてんだから、兄貴の俺にもそれ相応のモンがついてるって事くらい、読んでおけよ」
昭士はそう言うと、床に捨てられっぱなしだった生徒手帳を拾い上げる。
「お前らがスオーラをどうこうしようとしてた事は、ぜ〜んぶコイツが拾って、なじみの警察官がリアルタイムで聞いてたから。言い逃れは止めといた方が良いぜ?」
盗聴の技術は現在進歩しており、手帳にこっそり仕込む(昭士の場合は手帳に挟んだ鉛筆)など朝飯前。マイクが拾った音声を電波で飛ばして離れたところで聞くので、その場にいる必要もない。
もっとも小型ゆえにバッテリーの持ちが問題だが、それでも数時間程度なら問題はない。
いくらカラーギャング団とはいえ、しょせんは自称がつくレベル。そこにいる殆どは月明かりの元でも判るくらい血の気の引いた顔であり、ちょっとしたきっかけで一目散に逃げ出しそうな雰囲気だ。
がたんっ!
唯一の出入口の方で大きな音がする。それは赤畑らをビクつかせるには充分過ぎた。
ある者は悲鳴をあげて足元の窓を開けて逃げ出そうとする。しかし鉄の柵がはまっているので逃げられない。
ある者は頭上の窓から逃げようとする。しかし上るための取っ掛かりがない。
ある者は八つ当たり気味に昭士に殴りかかってくる。だがそれも当たらない。
昭士が侵略者として戦うこの姿になると、いぶきが持っている「周囲を超スローモーションで認識」する能力が昭士に移動するのだ。薄暗い中であろうと殴りかかってくる連中をあしらう事などたやすいのだ。
加えてある程度は筋力も上昇するらしく、あえて避けずにその手を取って半ば力任せに投げたりしている。
もちろん相手はケンカ慣れしていても武道という意味では素人。充分加減はしている。そんな相手に本気で挑むのはいぶきだけだ。
[何を大騒ぎしているのですか?]
何と。入口を開けて剣道場に入ってきたのはスオーラだったのである。彼女はこの薄暗い中でも昭士の存在に気づき、ブーツのまま道場内を小走りに駆けてくる。
[アキシ様。やはりこちらにいらっしゃいましたか。ですが、これは一体何なのですか? カツヒロ様やサクラ様が心配なさっていますよ?]
カツヒロ――克央というのは昭士の父親の名前だ。優しいが家族の中でも影が薄い。とはいえ目立ち過ぎるいぶきや昭士と比較すれば薄いのもやむなしというレベルだ。
すると昭士は別に隠し立てするつもりもなかったので、周りで唖然としたりまだ慌てている自称カラーギャング団を指し示し、
「ああ。こいつらが俺をダシにスオーラを呼び出そうとしてたんだよ。お前とヤるのが目的で」
と、ストレートに説明する。
[ヤる、とは、何をされるのですか?]
だがスオーラには今一つ通じなかったようだ。世界の違いか育ちの違いか。その辺は判らないが。
これがコントだったら、この場にいた面々が派手にコケているくらいの間がぽっかりと空いた。
さすがに昭士もドモり症がなくなって饒舌になったとはいえ、同じ年頃の女子相手に性的な話題がスラスラできる程ではない。
スオーラから微妙に視線をずらして「あー」だの「うー」だの困った顔になっている。むしろ「察して下さい」という表情になっている。
そんな昭士を見た赤畑達は「あー、こいつホントに手ぇ出してないんだ」と、呆れるやら感心するやら。興醒めもいいところである。
しばし黙って考えるような風だったスオーラの顔が、急にこわばった。
[……あの。アキシ様。先程の『ヤる』とは。もしかして]
冷や汗をびっしりとかくスオーラに、昭士は淡々と、
「多分スオーラが今考えてる通りの事だと思う」
その途端、道場内の空気が一気に冷え込んだ。ような気がした。これはまさしく人の放つ殺気。昭士や遠藤は剣道で体験してはいるが、赤畑達はそうではないだろう。
スオーラの手にはいつの間にか魔法を使う時の魔導書が。そしてそこからページを一枚破り取り、良く判らない言葉を一言呟く。
「∞≦【♀′●⇔∃※@≒#≪&∽§‡⇔□÷」
怒りの形相のまま聞き取れない程の早口の母国語で怒鳴る。同時に魔法が発動。昭士としゃがんでいた遠藤を除く総ての人間が、一瞬で壁に叩きつけられた。台風並の突風の仕業である。
そんな空気の中に飛び込んできたものだから、自分達の仕事をしばしの間忘れてしまったのだった。
警察官達が。

<つづく>


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