トガった彼女をブン回せっ! 第18話その2
『……ナンでアンタがウチにいる訳?』

「……ナンでアンタがウチにいる訳?」
補習の時間、そしてそれを過ぎても独り教室で熟睡していたいぶきは散々寄り道してから極上の笑顔で家に帰ってくるなり、リビングにいた人物に向かってしかめ面で悪態をつく。いつも通りのクセのある発音で。
いぶきは一人暮らしではないから、当然家には家族がいる。両親と兄の昭士だ。
それは良いのだが(いぶき的には兄の存在も我慢ならない事らしいが)、そこにスオーラがいた事である。
スオーラは大鍋を持ったままどことなく申し訳なさそうに頭を下げる。今はオルトラ世界での「魔法使い」の格好をしている。
だがその格好というのが、少々問題がある。
上半身は裸にスポーツブラのような物。下半身は少し動いたら下着が丸見えになりそうな長さの黒いタイトスカート。それだけである。
本来着ている縫製パーツごとに色がバラバラの丈が短いジャケットと白いマント、それから魔女を思わせるつばの大きな先折れトンガリ帽子は脱いで、部屋の隅に畳んでおかれていた。
これに脚線にピッタリとした革のサイハイブーツを加えたのが、彼女の魔法使いルックである。
ハッキリ言って魔法使いに見えないどころか、下手をすればただの変な趣味の女である。黙っていれば冷たい印象の、スタイルが抜群の大人の女性であるから、余計に変に感じる。
だが彼女の故郷では別に変ではないし、特に色がバラバラのジャケットは魔法使いの証として誇らしいくらいなのだ。
夜になって若干涼しくなったとはいえ今は夏。長袖のジャケットやマントを着込んではさすがに暑苦しいだろうが、だからと言ってスポーツブラ(のような物)一つというのは。
オルトラ世界は女性であっても上半身が裸である事を気にする事はない。その辺りは文化や習慣的な差である。
だからスオーラ自身は全く気にしていないのだが、豊満と表現する他ないたわわな胸が小さく揺れ動く様は、いくら女性への興味が薄い昭士であっても目の毒である。彼はこの場にはいないが。
スオーラは大鍋を座卓の中央に敷かれた鍋敷きの上にそっと置くと、貶む目で見下すいぶきにわざわざ向き直り、
[買い物途中で、サクラ様と出会いました]
その答えにいぶきは「ああそうか」と溜め息をつく。
さくらというのはいぶきと昭士の母親の名前である。彼女ももちろんスオーラの正体は知っている。
事情を説明するために初めて会った時は、命がけで侵略者と戦うという面にかなり難色を示していたものの、警察官である父と、腹を決めた夫の説得に渋々折れる形で、「二人の」活動を認めてくれた。
しかし今ではスオーラをすっかり気に入ってしまい、この辺りのスーパーや商店の細かな事情や買い物テクニックを伝授する間柄である。
もしかしたら実の娘のいぶきよりも仲が良いかもしれない。もっともいぶきの性格を考えれば、実の母親であっても仲が良くなろう筈もないのだが。
[一人暮らしではメニューや栄養が偏るだろうと、ここで夕飯を食べるよう仰って下さいました]
「呼ぶなよ。とっとと帰れ露出狂が」
自分の母親の提案に露骨に嫌な顔をして、いぶきは自分の部屋に歩いて行く。
「ったく、せっかく久し振りに良い気分で帰って来たってのに、アンタがいたンじゃ台無しだっての」
不機嫌さ全開の嫌な顔のままブツブツ呟いている。
[イブキ様、夕食は……]
「テメェが作ったモンナンぞ、食いたくもねーわっ!」
声をかけて来たスオーラにわざわざ中指を突き立ててから、自分の部屋のドアを拒絶と怒りを込めて荒っぽく激しい音を立てて閉じた。
その音に身を竦ませてしまうスオーラだが、
[この鍋はサクラ様がお作りした物なのですが……]
聞こえていないのか聞くつもりもないのか、いぶきの返答が部屋の中からする事はなかった。
そこで入口の方からバタバタとした音と共に、
「あらあらスオーラちゃん、お鍋任せちゃってごめんなさいねぇ」
どことなくのんきな母さくらの声がする。手にはコンビニの袋が。そこから缶ビールやペットボトルのジュースを取り出すと、
「スオーラちゃんはお酒ダメだったわよね。ちゃんとジュースを買って来たから、夕飯の時に飲むと良いわ」
[そこまでして戴かなくとも。食事だけでも申し訳ないと思っているのですから]
下手に出るスオーラに、中年女性特有の押しの強さで「良いから良いから」と笑いながらそれらを冷蔵庫の中にしまっていく。
「いぶきの靴はあったけど、昭士はまだかしらね。今日は補習だけの筈だから、さすがにそろそろ帰ってくると思うんだけど、どこに寄り道してるのかしら」
せっかくの料理が冷めちゃう、と年甲斐もなく子供っぽいノリで呟くさくら。
スオーラが部屋の時計を見ると、時計の針は六時過ぎを差していた。
確かに補習しかないにしては、帰宅が遅すぎる。昭士は割と律儀な性分なので、時間が遅くなる時には必ず連絡が入るのだ。それがないのに遅いのだから、何かあったと考えてしまっても無理はない。
だが、侵略者・エッセがらみでない事は確かだ。
スオーラは畳んだジャケットのポケットから一枚のカード状のアイテムを取り出した。
ムータと呼ばれているそれはエッセと戦う戦士の証であり、オルトラ世界へ行く扉を作り出す鍵でもあり、そして元の世界で「戦う姿に」変身するためのアイテムでもある。
このモデル体型の姿はこの世界でのスオーラの姿であり、エッセと戦う魔法使いの姿でもある(元の世界ではもっと小柄で中性的なスレンダー体型である)。
この世界に来ると自動的にこの姿になるためか、どうしても今の自分の姿に変な感覚を感じてしまう。「本当の自分ではない」と。
更にムータにはエッセが出現すると音と点滅で知らせる機能がある。色々と条件があって、出現しても知らせない時はあるのだが、今は本当に出現していないようだ。
それにもし昭士がエッセがらみのトラブルに巻き込まれているのなら、彼もムータを使ってエッセと戦う姿に「変身」している筈だ。その時妹いぶきも強制的に変身させられる仕組みになっている。
彼女は今部屋に閉じ籠っている状態であり、何やらブツブツと文句を言っているのが微かに聞こえるのだから、それはないだろうとスオーラは推測する。
[アキシ様を探して参りましょうか?]
「いいわよ。昭士の携帯にメール送るから」
さくらは自分のスマートフォンを取り出すと、慣れた手つきでメールを作り、送る。その様子はまさしく流れるよう。見事の一言である。
「前まではいぶきに間違われてケンカをふっかけられてたけど、ここ最近はそういう事も少なくなったし。どこか寄り道してるだけでしょ。古本屋さんとか」
のんびりというか軽いノリというか。あまり心配しているような風に見えないさくらの表情。だがそれはこれまでが必要以上に心配せざるを得なかっただけであり、一母親として確かに心配はしているのだ。
「ああ、スオーラちゃん」
さくらは急に思い立ったかのようにスオーラを指差すと、
「さすがにそろそろお父さんも帰ってくるし、その格好は……ね?」
先程も言ったがスオーラの今の格好はスポーツブラのような物一つきり。いくら日本の夏が暑いといっても、スタイルを考えればさすがに「過ぎた」格好かもしれない。露出という意味ではなく。
スオーラは畳んでいたジャケットを広げて袖を通す。とはいってもこれはこれで腰の部分が丸出しなくらい丈が短いので、あまり変わらない気がする。おまけに生地が厚いので全く夏向きではない。
本来ならこの暑い日本の気候に合わせた服を着るべきだし、スオーラも何着か持ってはいるのだが、それではいざという時に困るのだ。
スオーラの魔法は「専用の魔導書のページに魔力を込めて、様々な現象を起こす」もの。これ以外は使う事ができない。
その本は普段はスオーラの体内――胸の奥に収められているのだが、この魔法使いの格好でない限り、上半身裸にならねば体内から取り出す事ができないのである。
まさか敵に遭う度に、魔法を使う度にいちいち脱ぐ訳にもいくまい。それこそ露出狂か何かである。
そのため変なコスプレだのと言われても、この格好を止める訳にはいかないのである。
その時、ジャケットのポケットに入れっぱなしだったスオーラの携帯から着信音が。
事情はどうあれこの世界で活動するにあたっては、携帯電話がないと不便である。そのため顔馴染みとなった女性警察官・桜田富恵(さくらだとみえ)から贈られたプリペイド携帯である。
画面にはその女性警察官の名前が表示されている筈なのだが、メチャクチャな綴りで誰の事なのかサッパリ判らなかった。
日本語をスオーラの国の文字に変換すると約束したジェーニオが、画面の隅で「ごめんなさい」と謝っている。文章を訳す事はできても、個人名を名前としてではなくそれぞれの漢字を直訳してしまったからだ。
だがこの番号を知っている人間は限られているし、見知らぬ人間からかかってくるような事はまずあるまい。そう思ってスオーラは電話に出た。
[はい。モーナカ・ソレッラ・スオーラでございます。どちらさまでしょうか]
『ああ、スオーラさん。桜田です』
電話の向こうから桜田富恵の声が聞こえる。だがその声は何か焦っているような慌てているような、そんな雰囲気すら感じる。
文字は理解できなくても声に含まれた感情は読み取れたスオーラは、逆に訊ねる。
[トミエ様でしたか。何か火急の事態でも起きたのですか?]
『ところで、今日の午後から昭士君を見かけなかった?』
[アキシ様ですか? 今日はお会いしておりませんが。アキシ様に何かあったのですか!?]
スオーラの声が後半小さくなる。ここが彼の家であり目の前には彼の母親がいるのだ。昭士に何かあったかもしれないという話題を聞かれたくはない。
『それは判らないんだけど……』
そう前置きをした富恵は「本当は内緒なんだけど」と念を押して、話を始めた。
実は昭士には、警察から護衛するための私服警官が張りついている。さすがに学校の中や自宅までは入っていけないものの、それ以外の場所では着かず離れず尾行を続けているそうなのだ。
それはスオーラも全く気づいていなかった。声を失わんばかりに驚いている。
だがその私服警官から、昭士が学校から出た様子がないと報告を受け、慌ててスオーラに連絡を取ったのだ。
もし学校内からオルトラ世界に行ったのであれば出た様子がなくて当然だし、それならスオーラに聞けば判るだろうと踏んで、こうして電話をしたのである。
スオーラは足音を忍ばせて部屋を出て廊下を歩き、いぶきの部屋の前でそっと聞き耳を立ててみた。
「ナニやってンだ露出狂! 今度はノゾキかぁっ!」
スオーラの気配を察知したいぶきの怒鳴り声。同時に何かをぶつけたようなガツンという音。きっと何かをドアめがけて投げつけた音だろう。
その怒号を聞いたスオーラは驚くと同時に一安心し、富恵に報告する。
[トミエ様。イブキ様はご自宅のご自分の部屋にいらっしゃいます。アキシ様お一人でオルトラ世界へ行ってはいない筈です]
オルトラ世界へ行く鍵であるムータは昭士が持っており、また彼にしか使えない。
彼がエッセと戦う軽戦士に変身するのと呼応して、いぶきは大剣に姿を変える。彼女の意志に関係なく。
そして彼がオルトラ世界へ行くと、いぶきの意志や事情に関係なく彼女もオルトラ世界へ飛ぶ。
ただし、二人一緒の場所からオルトラ世界へ行かねば、現れる場所はもちろん時代までバラバラになる。それで過去大騒動が起きた事すらあるのだ。それをまた昭士がやるとも思えないが。
そういった事情を聞いている富恵もさすがにおかしいと感じたらしく、
『そう考えると、昭士君に何かあった可能性があるわね。彼から何か連絡はないの?』
その問いにスオーラは「ないようです」と静かに答える。
『判ったわ。さすがに警察が勝手に学校に入る訳にもいかないけど、可能な限り調べてみるから。スオーラさん達は昭士君からの連絡を待ってて。決して独断専行しないように』
最後の方はどことなく押し殺した迫力のような物を感じた。「勝手に動くな」と。
[は、はい。判りました]
そのためかスオーラは、素直に了承し、電話を切った。
それを待っていたかのようなタイミングで、いぶきが部屋から出てきた。彼女は脇目も降らずに冷蔵庫へ向かい、そこにあったペットボトル(自分の記名入り)を取り出し、蓋を開けてそのまま口をつけて一気に飲む。
そこへさくらが少しムッとした表情で、
「いぶき。昭士を知らない? 学校からまだ帰ってこないんだけど。もしかしたらとは思うけど、またあなたが何かやらかしたんじゃないでしょうね?」
「ああ。帰る前に学食近くで見つけたからブン殴ったけど。それが?」
いぶきは何でもない事のような口調でサラリと言った。
「殴った!?」
母さくらが驚く。いぶきのこうした言動はいつもの事とはいえ被害者は我が子である。加害者もだが。
「正確には廊下の隅に立ってた消火器ブン投げただけよ? もう避けられもせずにガッツーーンて当たってさ。頭に。もうおっかしいのナンのって。バカ以外の言葉が出てこないわ」
話の後半からこみ上げてきた笑いを隠しもせず、ケタケタ笑いながら説明するいぶき。話している内容からは信じられない、楽しそうな笑い顔である。
「もうアレからブン殴った痛みがはね返ってくるようになったけど、無生物相手や飛び道具なら大丈夫って証明されたからね。遠慮なくいけるわ」
確かにいぶきの言う通り。いぶきのあまりの傍若無人な暴力ぶりを誰が見かねたのかは知らないが、いぶきは暴力を振るうと相手が受けるダメージがそっくりそのままいぶきの身にはね返るようになった。当然相手は無傷で。
だが、そんな程度で彼女が八つ当たりじみた暴力を止める訳もなく、自分の力で自分自身を殴り倒し気絶させる事態が頻発していた。
しかしそんな彼女が「無生物への攻撃は大丈夫」「飛び道具で攻撃すれば大丈夫」という抜け道を見つけてしまったのである。
その暴力の一番の被害者である昭士の、気の休まる日々は短かったな。スオーラは心底そう思った。
一方さくらも驚くだけではない。いぶきの真正面に仁王立ちになると、
「いぶき! あなたはどうして暴力を振るうのを止めないの。それで周りのみんなにどれだけの苦労と迷惑をかけていると思ってるの! だいたい消火器を投げつけるなんて何を考えているの。下手すれば死んでるのよ!!」
「あの程度の攻撃を避けられないバカアキが悪い。だいたい弱っちいクセに人助けなンて出しゃばる気持ち悪いヤツなンて、どうなろうと知ったこっちゃないわよ。そンな無能をどうしようが怒られる筋合いはないっての。むしろ『よくぞ無能を始末してくれました』って国民栄誉賞が十人分くらい来るべきよ」
怒鳴るさくらに呆れ顔のいぶき。二人の言い合いを止めるべきなのか止められるのか。そんな葛藤で動けないでいるスオーラ。
[あ、あの。イブキ様。頭に当たったという事はアキシ様は……]
恐る恐るスオーラが会話に割って入る。聞かれたいぶきは「変な事を聞く」と言いたげにキョトンとした顔で、
「さあ? 興味もないわ。死ンでくれてれば嬉しいけどね」
一遍たりとも悪びれる事なくサラリと言ってのける。その態度にとうとうさくらの手が動いた。
しかしいぶきの特殊能力。周囲の動きを超スローモーションで認識できる力によって、その平手打ちを雑作もなくかわしてみせる。そこで反撃の拳などが出ないのは、相手が実の親だからだろうか。
「それじゃあたしは外でご飯食べるから。そこの露出狂と一緒なンてゴメンだし」
貶む目で一瞬スオーラを見たいぶきは、そのまま玄関に向かって行く。「今日は祝杯だ!」と心底嬉しそうにはしゃいだ声をあげて。
その背中を見て涙を浮かべるさくら。どうしてこうなってしまったのか。自分ではどうにもできなかったのか。そんな後悔の涙である。
しかしいぶきはそれに気づこうとする様子すらなく、鼻歌まじりに外に出て行ってしまう。
「イブキ様。この辺りのあらゆるお店の出入り禁止措置を受けている筈でしたよね?」
いぶきと他の客とのトラブルに巻き込まれたくないがため、あらゆる飲食店・コンビニエンスストアは、彼女が入る事を禁止している。
もはやいぶきの側から手を出さなくても、町には見つけ次第報復に走る人間が溢れているのだ。
いくら周囲からヤクザだのチンピラだの云われている人種であっても、過剰な暴力的言動をするいぶきより遥かにマシという扱いである。
そのためもう未成年として扱わない。彼女が何か壊したり人をケガさせた場合、必要な費用は総ていぶき本人が支払う事になっている。そのための条例まで施行されたほどなのだ。
裏を返すなら、そのくらい彼等との事件や厄介ごとを起こしまくってきたとも言えるが。
しかしそれでもいぶきが態度を改める様子はこれっぽっちもない。むしろ自分の自由が減ったと解釈し、いら立ちと腹立ちからさらなる暴力や八つ当たりが増えているのだ。
その暴力や八つ当たりのダメージが自分自身にはね返るにも関わらず。
だがそれももう抑止力では無くなってしまった(抑止効果はなかったが)。抜け道を見つけてしまったいぶきが今後どんな行動に出るのか、スオーラにも予測がつかないでいた。
「どこで食事をとるつもりなのでしょうか、イブキ様……」
しかし、それでもスオーラがいぶきの事を「様」付けで呼ぶのを止めなかった。


同じ頃。市立留十戈(るとか)学園高校の学食にて。
空になった皿が乗ったトレイ。その脇に投げ出すように置きっぱなしの携帯電話。椅子には白い学生服がかけられて、足元にはカバンが。
「アラ、忘れ物?」
午後六時となりそろそろ学食を閉める時間。学食職員がそれらの忘れ物――というよりも、ちょっと席を外すと出て行ってそれっきりになってしまった物――を見て、困ったものだと溜め息をついている。
「ああ、済みません。知り合いなので預かっておきますよ」
横からそう声をかけてきたのはこの学校の女子生徒。益子美和である。職員は「助かります」と頭を下げ、トレイだけを回収する。
美和はテキパキと彼の上着を椅子から外し、軽く畳んで自分の腕にかける。それからもう片手でカバンを腕に通し、その指先で携帯電話を摘むと、職員に軽く頭を下げて学食を去って行く。
そして。そこから充分離れて人気のなくなったところで携帯電話から出てきたのは、待ち受け画面にいた精霊ジェーニオである。彼は目立たぬよう五センチほどの身長のまま美和の肩に乗っかると、
《助けに行かずとも良いのですか?》
少しだけ困った様子の彼に、美和は淡々とした口調のまま、
「必要はありません。というよりも、一から十まで助けに入ったのでは、彼のためにもなりませんし」
一応昭士達を影ながら助ける役目をするとは言ったが、やり方はあくまでも「盗賊流」だとも言ってある。
盗賊たるもの。自分のミスや隙が招いた事なら自分で切り抜けさせる。美和もそういう風に育てられたので、同じようにあえて突き放す。
《ですが彼は今軽戦士になっていません。それに連絡手段もない。無事を保証できません》
変身するためのアイテムも携帯電話もこの場に置きっぱなしなのだから、ジェーニオの心配も当然である。
しかし美和の方はいたって落ち着いたもの。相変わらず淡々としたまま、
「大丈夫ですよ。今の彼はモーナカさんを釣るためのエサですから。殴られはしても殺されはしません」
美和は上着をかけた方の手で一つで自分のスマートフォンをチョイチョイと操作する。そこにはどこかのLINEのやりとりらしい物が表示されていた。
元々美和はこうしたパソコンなどのネットワークをどうにかする術に長けている。電波や機械との相性が良いジェーニオが協力すれば、ネットの世界では情報の暴露も消去も思いのままだ。
それを活用して他人のLINEの書き込みを堂々と盗み見ている。そこには今し方美和が言った通りのやりとりが書かれてあった。
昭士を人質にスオーラを呼び出して、彼の目の前でいたぶろうというのだ。いたぶるのが暴力的ではなく性的な意味であろう事は書き込みを見れば――見なくてもスオーラ自身を見れば一目瞭然、というやつである。
服装はともかく容姿もスタイルもトップクラス。男性はもちろん女性の大半からも気に入られ好かれるできた性格。
そんな女性が一番親しい人間が――平々凡々なレベルの剣道少年の昭士である。
美男美女ならいざ知らず、並男と美女という組み合わせでは、こうしたやっかみが生むトラブルに巻き込まれない筈がないのだ。
むしろ今までよくこんな事件がなかったなと感心する程である。
それは昭士達の事情を知る生徒達が影に日向にスオーラ達を守る形になっていたからなのだが、試験休みである今はそんな生徒達もいない。首謀者達にしてみれば千載一遇のチャンス到来なのである。事を起こさない筈もなかった。
もっとも。その引き金を引いたのはいぶきである。
昭士が帰宅前にトイレに寄った帰りの出来事である。
例によって八つ当たり気味の暴力を振るうが総て自分にはね返る。その腹立ち紛れにそばにあった消火器を持ち上げて、渾身の力を込めて投げつけたのである。それも彼の後ろから。
そしてそれが見事に昭士の頭にヒット。昭士にはいぶきのような「周囲を超スローモーションで認識」する能力などないので直撃し、その場にバッタリと倒れた。
その様子を見たいぶきは、自分に痛みがはね返ってこない事に驚き、同時に喜び、嬉しさのあまりに倒れた昭士の背中を踏みつけて去った程だ。もちろんこちらの方は踏みつけた痛みがはね返ったが。
そんな風に気を失った昭士を見つけた首謀者達が、動き出さない訳がないのである。
「とは言うものの、誰かに知らせる必要はありますかねぇ」
美和はスマートフォンの画面を見る。するとそこにはこんなやりとりが。

 で。あの女のメルアドか番号、誰か知らね?
 知らん。そもそも今どこにいるんだよ。
 いつもは駐車場のキャンピングカーに寝泊まりしてるけど、今いないぞ?
 よし。じゃあ忍び込んでパンツでも盗ってこいよ。
 何か変に頑丈でさ。鍵開かねーよ。窓も割れねーし。
 おい聞いてんだろうが。答えろよ。

「……知らせる必要は、ないでしょうかねぇ」
人質にして呼び出すつもりなら、そのくらい調べておけ。美和は真剣にそう思った。顔には出さなかったが。
だがさすがに無視もできまい。美和はそう判断すると彼等のLINEのやりとりの画面を消した。
そして電話帳から呼び出した「桜田富恵」の番号に、
電話をかけた。

<つづく>


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