トガった彼女をブン回せっ! 第12話その2
『これも何かの皮肉なのでしょうかね』

いきなりパソコンの画面を見て声を殺して笑い出した昭士。そのあまりの唐突さに驚いたスオーラが駆け寄って同じように画面を見てみる。
だがそれは検索結果を知らせるもの。この世界の文字を「文字として」理解も認識もできないスオーラが見ても何の意味もない。
それを思い出したスオーラは恥ずかしそうに彼からススッと離れていく。
もちろん一緒に覗き込もうとした警察官は違っていた。彼は検索された単語を見るなり、昭士と同じように吹き出しかけた。
彼は検索窓を指差すと、
「おい少年。何だよ、この『前がライオン後ろが蟻』ってキーワードは」
昭士は秘密を見られて慌てて取り繕うかのように、無意味に手をジタバタとさせながら、
「い、い、いや。そそそういうもくもも、目撃情報なら、やややってみようかなって」
その答えに警察官はたまらず笑い出した。
確かに言いたい事は判るが、だからといってここまでストレートに行動に移さなくても良かろう。警察官の笑いはそういう意味であるが、
[どこのどなたかは存じませんが、意味もなく他人の行動を一笑に付すというのは、あまり感心できる事ではございませんよ]
勘違いが元とはいえ、静かだがだいぶ刺のある言い方で警察官を責める。
黙っていれば冷徹な印象を与える今のスオーラが、静かに怒ると冗談抜きで怖い表情に見える。さしもの警察官も恐れを感じて一歩後ずさってしまった。
スオーラは表情を元に戻して昭士に訊ねた。
[アキシ様。これは一体何なのですか?]
「イイ、イン、インターネットの検索。ここ、こうしていいい、色々、しし調べられるんだ」
それで目撃情報通りの「前がライオン後ろが蟻」という単語を検索したらこんな結果が出た、という事を説明する。
昭士は画面をゆっくりスクロールさせた。すると小さな画像がいくつか並んだ検索結果が表示される。
[! アア、アキシ様、これは!?]
スオーラが指差したのは、明らかに前がライオン後ろがアリという、奇妙極まりない生物のイラストだった。
だが表示されているのはイラストだけなので、それ以外の事は判らない。
「ちょちょ、ちょっと待って」
驚いて急かすスオーラをなだめるように、昭士は繋げてあったマウスを手に画面を操作。検索結果の中から一番詳しそうな「ネット百科事典」のページを表示させる。
昭士は表示結果の画面にわざと顔を近付けるようにしている。だが警察官がその画面を自分の方に向けると、
「少年じゃドモり口調で聞きづらいだろうから、俺が読んでやる。外人さんは日本語は読めなさそうだしな」
少しムッとしかけた昭士だが、ドモり口調で長文を読み聞かせるのが大変なのは判っているので、素直にその警察官に任せた。
それによると、この「前がライオン後ろが蟻」という姿の怪物は『ミルメコレオ』という、伝説上の生物だと云う。
ライオンとアリの性質を合わせ持っており、中世の書物にその記述がある。
ライオンの頭部にアリの身体、もしくはライオンの前半分とアリの後ろ半分という風に描かれる事が多い。
肉食のライオンの性質の為植物が食べられず、草食のアリの性質の為に肉が食べられないため、何も食べる事ができずにすぐに死んでしまう。
といった事が書かれていると、必要そうな部分だけを読んだ警察官が顔を上げ、動きを止めた。
スオーラがうっすらと涙を流している事に気づいたからだ。
さっきと違い、冷徹な印象のあるスオーラがそんな表情を見せるとこちらが驚いて何もできなくなってしまう。そのくらいのギャップがあるのだ。
警察官は読み上げた文章のどこに「泣きどころ」があったのかと画面とスオーラを見比べているし、昭士の方も一体どうしたのか、しかし何と声をかけたら良いのかとおろおろしてしまっている。
スオーラは自分の左胸にそっと手を当てると、小さく、そして聞き取れない言葉で何か呟いた。元が聖職者だけに、きっと祈りか何かの言葉だろうと、昭士は見当をつけた。
[食べる物がなくすぐに死んでしまう生き物、ですか。こちらの世界の神様は、ずいぶんと残酷な生き物を産み出したのですね]
スオーラの言いたい事は判るつもりだが、伝説上の生き物という事は実在のしない生き物とほぼ同義である。いくら心優しい性根の人間でも、そういった生物にまで同情するとは思わなかった。
昭士は「世界が違うと感じ方まで違うのか」とどこか感心したような表情だ。
[肉も草も食べる事ができないとされた生き物が、金属のみを食べるエッセになるとは。これも何かの皮肉なのでしょうかね]
ミルメコレオの特性を思ったスオーラがしんみりとして息をついた。
だがそんな彼女の動きが微妙に止まる。ふと何かを思い立った。そんな表情だ。
[待って下さい。ライオンは肉食ではありますが、植物が全く食べられない訳ではありませんよ。草食動物がある程度消化した物なら食べられます。アリも草しか食べられない生き物ではない筈です]
さすがにあちらの世界で高度な教育を受けていただけの事はある指摘である。
[この記述は明らかに間違っています。発行元に連絡を取って、大至急改定するべきです]
そんな事を言われても。昭士と警察官の目が素直にそう語っていた。だがスオーラの言葉は続く。
[間違った記述を信用する訳にはいきません。むしろ怪しいですね]
そうしてしばし、男二人を無視して考え込む。やがて、
[……この生物は本当にこの世界にいるのですか?]
というスオーラの真面目な顔の質問に、警察官はようやく笑いながら、
「いる訳がないだろ。これはあくまでも想像上の生き物だよ。昔は多かったんだ、こういうのが」
「けけけ、けど、エエエッセって、じじつ、実在の生き物の姿になるって」
[その世界の生物、とは聞いておりますが……『実在の』とは聞いていませんでしたね]
昭士の言葉を聞いてスオーラも考える。
確かに彼の言う通り、エッセは生き物の姿形を取ってこの世界に(あるいはスオーラの世界に)現れる。しかし「実在」しない生き物の姿形になるなどあり得るのだろうか。
これまでスオーラの住むオルトラ世界にいない生き物になる事はあった。だがそれらは昭士達の世界には実在する生物だった。
という事は。この生物は昭士とスオーラの世界にいないだけで、他の世界には存在するのかもしれない。
その辺りはさすがにスオーラでも判りかねる事だったが、その辺の追求は後でもいいし、様々な事を調べてくれている賢者に伝え、彼からの報告を待ってもいい。
今大事な事は、この世界に現れたエッセを確実に葬る事だ。
エッセはあまり長い時間この世界に留まる事ができない。そして再び現れる時は、一度姿を見せた地点の近くに姿を見せる事がほとんどである。
この運動公園の中に現れたのであれば、再びこの公園の中に姿を現わす確率が非常に高い。それは既に伝えてあるので、警察官をありったけ動員して公園内に配置。すぐさま連絡が来るようにしてもらっている。
姿を現わす間隔は様々で、数十分後の時もあれば半日後だった時もある。長くても丸一日だった事はない。
最初に姿を現わした時刻は監視カメラの映像から考えて夕方の五時過ぎ。それから二時間は経っている。気を抜いていていい時間帯ではない。
その辺が普通の戦いと違う所である。活動時間が決まっている生き物の狩りであれば、そうでない時間を休憩に当てる事ができる。だがエッセの場合はいつ現れるか判らない。
現れたらすぐに行動に移せるようにするためには、あまりのんびりくつろぐ事もできない。かといって張りつめ続けていればいざという時に充分に戦えなくなってしまう。その辺りのバランスを取るのがとても難しいのだ。
警察官も任務によってはそういう事もあろう。こういう時はどうしているのかと昭士が聞いてみる。
「どうもこうも。そういう時は二交替とか三交替で任務にあたる事が多いからな。お前達はできないのか?」
「むむ、難しいですね。どどどっちか一人だと、しょしょ、正直せん、せん、戦力的に……」
昭士一人では攻撃力は頭抜けているがそれ以外の事が一般人に毛が生えた程度。
スオーラ一人ではあらゆる状況に対応できるが、あまり連続して魔法を使う事ができないので決定力に欠けると言わざるを得ない。
それゆえに、こちらの世界では二人揃って事にあたるのが一番良いのだ。そんな説明を受けた警察官は、
「まぁチームで戦うってのはそういうものかもしれないな」
何かを悟ったかのように呟いたその時だった。
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
いきなりどこからか鳴り響く不気味な音。昭士とスオーラの顔が引き締まった。これはエッセが現れた事をカードが教えてくれている音だからだ。
そして、それと同時に警察官の無線から雑音混じりの声が聞こえてきた。
『たった今、ドッグランの広場に巨大なライオンが……でも後ろは何だ!? とにかく訳の判らん化物が!』
巨大なライオン。しかし訳の判らない化物。そんな化物はエッセ以外にあり得まい。
[ドッグランの広場ですね? アキシ様!]
スオーラはとっさに自分の胸に手を当てた。そこから体内に手を差し入れ、専用の魔導書を取り出そうとする。
だがその手が一瞬止まった。
あの時オルトラ世界で、本が元に戻ろうとしている感触は確かに感じていた。だがもう元に戻ったのだろうか。
これまでは破り取ったページを回復させるのに約一晩くらいかけていた。しかしゆっくり休めばページは元に戻るとしか聞かされておらず、具体的に時間を計った事がない。
あれから二時間も経っていない。いや、経って二時間といった微妙な時間である。魔導書は使えるまでに回復しているのだろうか。そんな心配が彼女の手の動きを止めたのだ。
だがすぐに思い直した。公園内を巡回している警察官では、エッセに対抗する手段を持たない。下手をすれば金属像が増えるだけ。最悪その人間はエッセのエサだ。
止めた手を再び動かし、自分の胸に押し当てる。そうして自分の身体の中に手を突っ込み、そこから魔導書を取り出そうとしたのだが、手が身体の中に入っていかない。だが「全く入らない」という訳でもないという、わずかだが奇妙な、そして覚えのある感触。
それは確かムータを手にしたばかりの頃。考えなしに威力のある魔法を立て続けに使って倒れそうなくらいに疲労して回復に時間がかかっていた時。
まだ回復し切っていない時に使おうと手を入れようとした時の感触だった。
という事は、まだ自分の魔導書は回復し切っていないのだろう。ならば使わない方針で行くしかない。
そう。自分がやらねばならないのは迷う事ではない。一刻も早くエッセの元に駆けつける事だ。
そう思ったスオーラは昭士をひょいと抱き上げると、
[アキシ様、現場に急行しますよ!]
抱き上げたまま五、六歩助走をつけるように駆けたかと思うと、スオーラは一気に跳躍。あっという間に街灯より高く飛び上がり、そのまま暗くなりかけた空へと消えてしまった。


「ススス、スオーラ。落ち、落ち、おちちち」
「落ち着いて」と言おうとしている昭士だが、いきなり抱きかかえられた上いきなり地上五、六メートルの高さにまで飛び上がられては、逆に落ち着けず説得力がない。
だが時間がない事は理解している。もしエッセを見つけてくれた警察官が巻き込まれたら。スオーラはきっと悔やむだろう。
犠牲者が出てしまって当然であり止むを得ないとずっと戦って来たが、それでもまだ十五年しか生きていない、良く言えば上流階級のお嬢様である。魔術体術は鍛えられても割り切る気持ちまで鍛えられてはおるまい。
公園内の街灯に着地、そして直後に跳躍。もう昭士はどこをどう歩けばさっきの場所に戻れるのかが判らない。そのくらいのスピードである。
[見つけました!]
ずっと下を見ていたスオーラが短く叫ぶ。昭士も気をつけながら下を見ると、薄暗くなった公園内を、のしのしと歩く化物の姿が見えた。
さっきネットの画像で見た姿。前半分はライオン。後ろ半分がアリという姿。ミルメコレオという名前だったか。
だがその体表はこれまで戦って来たエッセ達と全く同じ。素材は不明だが金属光沢を放つ物で覆われている。というかできているものだ。
さっきスオーラは「食べる事ができずに死んでしまう、可哀相な生物」と涙まで浮かべていたが、下のエッセは自分が金属に変えた生物しか食べる事ができない生物。そちらは可哀想ではないのだろうか。
思わず突っ込んでみたい衝動にかられたが、そんな事をしている場合ではないと思い直す。
昭士がそんな事を思っている間に、スオーラは地面に着地。それもミルメコレオ型エッセの真正面だ。地面に下ろされた昭士はポケットの中のカードを取り出す。そのカードは目の前のエッセと共鳴しているかのように点滅を繰り返している。
[アキシ様、変身を。その間の時間は稼ぎます]
スオーラはエッセを見据えたままそう言うと、何と単身素手のまま飛びかかって行ったではないか!
別に変身にそれほど長い時間がかかる訳ではないのはスオーラも知っている筈なのだが、そうした理由をすぐ昭士も理解した。
なぜなら。エッセのすぐ目の前に警察官が倒れていたからだ。外傷がない所を見ると、エッセを見て驚きのあまり気絶でもしてしまったのだろう。
だがこのまま放っておいたらエッセが金属に変えてしまうのは間違いない。実際エッセはライオンの頭部を大きく後ろにのけぞらせ、今にも金属化のガスを吐き出そうとしていたのだから!
スオーラは警察官をかばうようにエッセに背を向けて着地。マントをバサッと盾のように広げた。
ちょうどそこめがけてエッセはガスを一直線に吐き出す形となった。もちろんマントに遮られ警察官にもスオーラにもガスが降り注がれる事はなかった。
昭士はその様子を見届けたかのように、取り出していた点滅するカードを自分の眼前にずいっとかざしてみせた。
すると、点滅と同じ青白い火花がカードから散り、それが広がって行く。広がった火花は昭士の目の前で青白い光の扉のように、四角く固定される。
昭士は自分からその光の扉に飛び込んだ。そしてその光の扉から出て来た昭士の服がガラリと変わっていたのだ。
黒い古典的な学生服から、青一色の作業着を思わせるつなぎ姿に。胸には金属の胸当てが、腕と脛にも金属の防具をした戦士の姿。スオーラの世界では「軽戦士」と呼ばれる戦士の格好らしい。
そんな戦士の姿となった昭士は、点滅の収まったカードを高く掲げたまま、
「キアマーレ!」
カードの意志(?)が教えてくれたキーワードを叫ぶ。
このキーワードにより、どこにいたとしても、いぶきは昭士の前に呼び出されると云うからだ。
………………。
しかし何も起こらない。
昭士はてっきり一瞬で目の前に出現するとか、自分が変身した時のように青白い扉のような物が現れ、そこから飛び出してでも来るのかと予想していただけに、その辺りは拍子抜けも良い所である。
だが。ずいぶん遠くの方から何かの気配を感じる。何か大きな物がこっちに向かってくる。そんな気配が。
『……ぅぅぇぇぇぇぇええええええええええっっ!!!』
同時に遠くから聞こえてくる悲鳴。その声は明らかにいぶきの発する物だ。だいぶ暗くなって来た空を見上げると、そんな悲鳴と共にドンドン大きくなってくるのはいぶきが変身した大剣――戦乙女の剣(いくさおとめのけん)である。
ドガンッ!
空を飛んで来た大きな剣は、切っ先を下にして地面に突き立った。見事なくらい正確に。昭士の真正面に。
「……ああ、ビックリした。まさかマヂで空飛んでくるとは思わなかったぜ」
変身した事によってドモり口調では無くなった昭士が、呆気に取られた様子で目の前の大剣を見つめる。
その剣には、普段ある筈の鞘がなかった。いぶきの場合彼女の肉体が大剣、着ている服が鞘に変身するのだが、抜き身のままという事は……。
『……こっちも、まさか着替えの真っ最中にこンな事になるなンて思いもしなかったわよ、え? バカアキ?』
人間の姿であったなら、こめかみに血管をピクピクと浮かび上がらせて静かに怒っている事だろう。だが今はそんなヒマではないしそんな状況でもない。
昭士は彼女の訴えを無視すると、地面に突き立った自分の身長よりもずっと大きな大剣の柄を鷲掴みにして、勢い良く引き抜いた。
二メートルを超える全長。三百キロはある重量をものともせず肩に担ぐようにして、一気にエッセめがけて突っ走る。
彼が向かっているエッセ――前半分がライオンで後ろ半分がアリという奇妙極まりない生物(?)が見えているのか、いぶきがかん高い声を上げる。
『うわっ、ナニあの気味悪いの。まさかこのあたしをあンなのにぶつけるつもりじゃないでしょうね、バカアキ!?』
「決まってんだろ、お前は剣なんだから」
彼女の訴えを完全にスルーして、昭士は剣を振り上げた。
「待たせたスオーラ! そこどけ!」
走りながら斜めに剣を振り上げた昭士は、エッセの前で牽制しているスオーラに怒鳴る。
後ろから来る昭士の動きを読んだかのように、数歩手前でサッと素早く横に避けるスオーラ。そこに絶妙のタイミングで飛び込んだ昭士は、自分の身体ごと回転させるようにして戦乙女の剣を叩きつけた。
しかしその剣は空を切った。エッセが素早く脚を動かして紙一重で避けたのである。
昭士が戦士に変身すると、いぶきが持っていた「周囲を超スローモーションで認識する能力」が彼に移動する。だからこのエッセの避けもきちんと肉眼で認識できてはいた。
しかし彼だけはほとんど重さを感じないとはいえ、降り下ろしている真っ最中の二メートルもの大剣を素早く鋭角に方向転換できるほどの技量はまだない。
『ナニやってンのドへたくそ!』
「こうすりゃイイだろ!」
しかし。いぶきに怒鳴られた昭士も転んでもただでは起きなかった。地面スレスレに振り下ろしたままの剣を、エッセが避けた方向に強引に振り回したのだ。バットでも振るかのように。
さすがのエッセもこれは読めなかったらしい。戦乙女の剣の平がライオンの頭部にまともに当たった。まるで剣を使ったビンタである。
グギンという音がして、エッセのライオンの頭が完全に九十度折れ曲がった。普通の生き物なら完全に首の骨が折れている致命傷だが、エッセにそんな常識は通用しない。
しかし折れ曲がった首がこちらを向いて来ない。どうやら曲がったまま動かなくなってしまったようだ。これは好機である。
自分の顔が向いている方向と身体の向いている方向が異なる場合、これは動きにくくて当たり前だ。実際エッセもどう動いたものかとライオンとアリの手足をジタバタとさせているだけだ。
[はあぁっ!]
スオーラが折れ曲がった首の死角から回し蹴りを叩き込む。バランスが取れなくなったのかその場にゴロリと倒れるエッセ。
昭士は「今だ」とばかりにもう一度大剣を振り上げる。自分の身体を振り回されて叩きつけられたいぶきの方はさすがに目を回しているようで、
『まてまてまてまて、聞いてンのかコラバカアキ……』
文句を言おうとしたが、当然彼は聞くつもりはない。今度はきちんと狙いを定め、九十度折れ曲がって横を向いたままのライオンの顔面に剣を振り下ろした。
『…………ぇっ………………っぇ…………っっ!!!』
声にならない悲鳴が剣から轟く。だがそれでも剣の勢いと切れ味が止まる事はなく、狙い通りライオンの顔は真ん中からキレイに真っ二つに叩き斬れた。
前半分のライオンの脚と後ろ半分のアリの脚をジタバタとさせながら、かき消すようにその姿が消えていく。
剣を振り下ろした状態のまま、昭士は大きく息をついた。終わったのである。例によってあっけなく。
別にエッセが弱い訳ではない。ただ今回は対処しやすい(?)大きさの地上生物だった事が幸いしただけである。
そしてそれ以上に「戦乙女の剣」が対エッセ戦でこれほどまでに有効な武器だからである。だから元のいぶきの性分が嫌われ者以外の何者でもないにも関わらず、昭士やスオーラは彼女を見捨て切れなかったのだ。
ところが。スオーラだけは緊張感を解いていない。厳しい顔で周囲を警戒したままだ。
『ナニやってンのよバカ女。終わったンだからとっとと帰らせろ』
「裸でか?」
『うるさいこの変態。人の事好き勝手にしやがって。テメェの服よこせ』
いぶきは着替えの真っ最中に剣に変身「させられた」のだ。もしこのまま元の姿に戻ったら公園のど真ん中で下着姿という、とんでもない事になってしまう。
[待って下さいお二人とも。まだエッセは倒されてはいませんよ]
スオーラは少し離れた場所に転がっている物を指差した。それを見た昭士は表情を凍らせる。
それは金属の像にされた犬の姿だった。犬種までは判らないがだいぶ大型の犬だ。しかも後ろ半分だけの。
確かにエッセが倒されていれば、金属の像にされた犬達は元の姿に戻っている筈だ。半分だけにされたものまではどうか判らないが。
それが今もこうして金属の像になったままという事は。あのエッセはまだ生きている。そうとしか考えられなかった。
だが常識外れの生き物(?)エッセとはいえ、顔面を真っ二つにされてもまだ生きていられるのだろうか。
当然その辺りの疑問は残る。だがスオーラもそれに見合う解答は持ち合わせていなかった。
『ったく。ンな事はどうでもイイから服よこせ服。あたしは帰るンだから』
黙ってしまった二人の雰囲気をぶち壊すいぶきの発言。わざと空気を読まない彼女らしいと言えるが、昭士もスオーラもそれにツッコミを入れるほどの余裕はなかった。
ところが。それに答えるかのようなタイミングで、
ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん。ぶぉぉぉん……。
再び鳴り響く不気味な音。エッセが現れた事を知らせる音である。二人は慌てて周囲を見回してみた。
だがその気配はない。誰かが襲われるような悲鳴も全く聞こえない。しかしカードは相変わらず不気味な音を発し続けている。
このカードは現れた事は教えてくれても、どこに現れたのかを教えてくれないのが玉に瑕であった。
「次改良する時はその辺もやってくれよ、ったく」
昭士が悪態をついたその時、昭士の携帯から着信音が。腰のポーチから携帯を取り出して蓋の小さな画面を見ると、電話はオルトラ世界にいる賢者からであった。
「はい」
『剣士殿。大至急こちらに。エッセが現れました!』
挨拶や前置きを抜きに、賢者の悲痛な叫びが聞こえてきた。
電話の向こうから。

<つづく>


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