トガった彼女をブン回せっ! 第11話その4
『やりたくないならやるンじゃねーわよ』

スオーラが光の扉を出た先は、昭士達の学校・市立留十戈(るとか)学園高校の男子更衣室の中だった。
これは以前も経験している事なのでスオーラは特に驚かない。というより彼女の世界では男女共に全裸でない限りは見て・見られる事を恥ずかしいと考える概念がないからだ。
だが幸い更衣室には誰もおらず、騒ぎになるような事はなかった。
それでもスオーラは静かに足早に更衣室を抜け、そっと扉を開けて辺りを伺い、素早く部屋を飛び出す。生徒ではないがこの学校の関係者なので堂々としていて構わないのだが、その様子は完全に侵入者だ。
『何をしていんすか?』
スオーラが右手に握る短剣。そこからゆったりとした花魁言葉が。
これがこの世界でのジュンの姿なのである。短剣――正確には柄がない、短剣の刀身部分のみ。
だが今は本来柄をはめる部分(茎(なかご)というが)に厚手の布が幾重にも巻かれ、ちょっとした柄のようになっていた。
その刀身の長さは二十センチ程。幅は広くそしてかなり厚みがある。先端の尖り具合も微妙だし、何となく脆そうにも見える。
しかしこの短剣は、スオーラの世界では「マーノシニストラ」と呼ばれる物で、自分の身を守る「盾」として使うための剣なのだ。
実際スオーラはこの短剣の力で、建物の廊下を埋め尽くす程巨大なヘビの突進を軽々と受け止められたくらいだ。
賢者曰く、これは刀剣類のもっとも古く原始的な構造と言えるそうだ。原始的な生活を営むジュンだから、こんな原始的な刃物に変身したのだろうか。
そんなジュンが姿はもちろんゆったりおっとりとした花魁言葉に変わるのだから、世界が変わるというのは面白い。
スオーラは短剣を自分の眼前にかざすと辺りをはばかった小声で、
[ジュン様。この世界では言葉を話す武器はないそうです。お気をつけ下さい]
『判りんした』
この世界ではこうした刀剣を持ち歩く事自体がマズイ。いくら切れない刃で模造刀同等とはいっても、刃がむき出しの状態であれば尚更マズイ。
そしてスオーラはその事に全く気づいていなかった。
ぴぴぴぴっ。ぴぴぴぴっ。ぴぴぴぴっ。
ポケットに入れっぱなしの携帯電話が鳴り響く。スオーラは剣を剥き出しにしたまま、ぎこちない動きではあるが片手で電話を取り出す。
蓋についた小さな液晶画面には「角田昭士」と表示されているのだが、彼女には何故かこの世界のあらゆる文字が文字として認識ができない。
しかしこの携帯電話の番号を知っている人物は限られている。スオーラは安心して片手でパクンと携帯電話を開いて電話に出た。その辺はだいぶ慣れたようだ。
[セナスラミカラ。モーナカ・ソレッラ・スオーラでございます]
『セセ、セナ……え?』
電話の向こうで戸惑いつつもドモっている昭士の声が聞こえた。
[アキシ様でしたか。どうかされましたか?]
電話の向こうの昭士は何を言おうか考えるような間を少しだけ開けると、
『も、もうすぐ学校に、つくつ、着くから。キャキャ、キャンピングカー、じゅじゅ、準備してて』
[了解しました。正門に車を出しておきますので]
『あ、そそ、そ、それから』
電話を切ろうとした矢先、昭士の言葉が続いた。
『いい、いぶきちゃんと、れんれ、連絡が取れなくて。もも、もしみかみか、見かけたらよろしく』
[判りました]
そんな短いやりとりで電話を切ったスオーラは、すぐキャンピングカーを停めてある駐車場へ走る。ここからそう遠くない場所だ。
ところがスオーラが駐車場までやって来ると、そのキャンピングカーを取り囲む人だかりができているのに気づいた。
このキャンピングカーが今のスオーラに仮住まいと言ってもいい。誰か自分に用事でもあるのだろうか。
そう思ったが実際は違った。その人だかりの中央に、入口を背にして立っているいぶきの姿があったからだ。
その表情は露骨に警戒心を剥き出しにしたもの。どうやらまた朝のように報復目的の人間達に追いかけ回され、ここに逃げてきたという所だろう。
[何をしているのですか!]
珍しく声を荒げるスオーラ。その声に人だかりがギョッとしたように一斉にスオーラの方を向く。そして別の意味で更にギョッとなる。
そう。彼女はまだジュン=短剣を持ったままだったのである。端から見れば抜き身の剣片手の怪しい人物だ。
[詳細な事情は判りませんが、大勢で一人を寄ってたかって攻撃するとは何事ですか!]
そして、大声を上げながら勢い余って剣先を突きつけたからたまったものではない。「何だこいつ」。人だかりのほぼ全員が薄ら寒い恐怖を感じたのは言うまでもない。
だがそれでも、いぶきに対する恨みを晴らす方が、彼等の中では勝ったらしい。スオーラに一番近かったガラの悪い中年男性が彼女に近づくと、
「なぁお姉ちゃんよぉ。事情が判らないなら口出しはしない方がいいぜ? こっちだって関係ない連中にまで手を出したくはねぇんだ」
そうだそうだと同意する声が上がる。他はともかく今ここにいる連中は、多少の分別はあるらしい。
しかし。
[わたくし達は今、イブキ様の力を必要としています。この場を見過ごす事はできません。それにこう取り囲まれては車を使う事すらできません]
剣の先でいぶきを指差して、演説のように力一杯喋るスオーラ。ところがそれを聞いたいぶきは気持ち悪くて吐くようなリアクションを取ると、
「ナニナニ? またやろうっての? しつっこいわねあンた達も」
独特のアクセントで「やれやれ」と言いたそうにため息をつくいぶき。
「こっちは何度も何度も何度も何度も、そンな事やりたくないって言いまくってるってのに。それでもまだ巻き込もうとしてるって訳? 勝手に人の事使おうとしてるって訳? いい加減にして欲しいンだけどって何回言えば判ってもらえますかね、パンツ丸出しの痴女さンは?」
言葉こそ丁寧だがそれに敬意はこれっぽっちもない。まさしく慇懃無礼を体現した態度だ。
そしてその言葉に思わず人だかりの目がスオーラのマイクロミニのスカートに行く。確かにちょっと動いただけで下着が丸見えになるミニ丈ではあるが、別に丸出しではない。
それにスオーラの国では「下着は裸を見せないために穿くもの」であり、下着そのものなら見られて恥ずかしいと思う事はない。そのため下着は「重ね着している服」としか思っていない。
この辺は文化の差であろう。だから男達のそんな品のない視線を浴びても、スオーラはびくともしていない。
人だかりを挟んだ状態で、いぶきとスオーラの視線が火花を散らしそうなくらいに熱くなってきた。
しかし、そんな重い空気を壊したのは、スオーラの携帯電話の着信音だった。
スオーラは視線をいぶきに合わせたまま手探りでポケットの中から携帯電話を取り出した。電話に出る所までそのままならカッコ良かったかもしれないが、彼女は開いた携帯電話のテンキーに視線を落としてボタンを押した。
[セナスラミカラ。モーナカ・ソレッラ・スオーラでございます]
『スス、ス、スオーラ。いい、今せいせい、正門に着いたけど』
[申し訳ございません、アキシ様。今イブキ様と、イブキ様に報復を望む方々との間で争いが起きかけています]
『ええええっ!?』
スオーラからの返答に、昭士の声が裏返る。それは当然だろう。いくら恩や情など全くない、暴力過剰な人物であっても実の、双子の妹である。
[わたくしの車の前の出来事なので、片づかない事には車が出せません]
電話の向こうから聞こえる昭士のうなり声。どうしたものかと困り果てている様子が目に浮かぶようである。
『どど、ど、どうしよう? ささ桜田さん、し仕事があるからって、くるくく車で帰っちゃったし……』
昭士の言葉にスオーラも彼女――桜田富恵(さくらだとみえ)を責めそうになってしまうが、彼女は自分達の手助けが本業ではない。警察官としての職務の方がどうしても優先される。それにエッセとの戦いに必要以上に他の人を巻き込む事もできない。
[……判りました、アキシ様。強行突破します。正門でお待ち下さい]
少しの間何か考えていたスオーラが、静かに、そして力を込めてハッキリと言い、電話を切った。
「ふぅん。ファンタジー世界の人間のクセに、文明の利器なンて使ってンだ? 盗ンだの?」
いぶきの鼻で笑うバカにした発言。その目も明らかに他人を見下しているもの。それは「いつもの」いぶきなのでスオーラもサラリと聞き流す。胸の内はともかく。
スオーラは剣を片手に持ったまま、人だかりをかき分けるようにしてキャンピングカーの入口に近づく。取り出した鍵でロックを解除すると、
[イブキ様。わたくし達と同行してこの車に乗るか、ここで皆さんに袋叩きにあうか。どちらがお望みですか?]
究極の選択。というほど大げさではないが、スオーラはいぶきから視線を反らした状態で、そう問いかけた。
他人を助ける事、助けになる事を死ぬほど嫌ういぶきである。決して同行は望まないだろう。だが同時に大勢の人間から袋叩きにあう事も望むまい。
果たしてどちらを選ぶのか。
「どっちも選ぶ訳ないでしょ。ココから逃げ出せるに決まってンじゃない。バッカじゃないのこの痴女」
即答。それこそ潔いくらいの即答ぶりである。ほんのわずかの迷いもない。その力説具合も堂々と胸を張って言い切ったものだ。
「人助けか袋叩きか、なんて二択にして手伝わせようなンてサル以下の浅知恵ってのよ。ンな事するくらいならココで捕まって、こいつらにレイプされる方が百兆億万倍もマシね。ま。あたしがこンな連中に捕まる事は絶っっ対にあり得ないから」
いぶきのあらゆる攻撃が他人にノーダメージプラス自分に跳ね返って来るとはいっても、周囲の動きを超スローモーションで認識できる能力は健在なのだ。この場から逃げ出す事も可能だろう。
しかしスオーラは「そう来るだろうと思った」という表情を浮かべてドアを開けると素早く飛び乗った。
[では車から離れていて下さい。巻き込まれて轢かれるのはお嫌でしょう]
バタンとドアを閉じ、しっかり鍵までかけた。
それから数秒後。車のエンジンの音が小さく響き、車もわずかに振動する。どうやら動くというのは本当らしい。
ギュルルルルッ!!
キャンピングカーの六つのタイヤが猛烈な勢いで回転し、アスファルトを削る。まるでF1レースのバーンナウトのようだ。
それから目を疑う事が起こった。
何と。けたたましい音を立てながら、マイクロバス並に巨大なキャンピングカーがその場で半回転したのである。それも猛烈なスピードで。
戦車ならその場で旋回する事は可能だが、これは車である。しかもマイクロバス並に大きな車である。それが猛スピードで一瞬で半回転する。
その思わぬ、そしてあり得ない車の動きに大慌てで飛び退いた一同。
「見た目の割に荒っぽいなー」
などというつぶやきが漏れる中、車はエンジンをかけた状態でその場に停まっている。それは何故だろう。
答えは簡単。いぶきが車のドアにへばりついていたからだ。わずかな突起に指先をかけ、目を見開いた状態で車内のスオーラを睨みつけている。
周りこんでその様子を見にきた男達も、その様子に唖然としていた。
「ちょっとあンた何してくれンの、人の事殺す気!? あたしの力を必要としている、みたいな事言ったクセに、聞かなかったら即殺害? 大した聖職者様ね、ホントに!」
ドアを壊さんばかりにガンガン叩きながら訴える。こればかりは見物していた人達もいぶきに賛同しかけた。
スオーラはロックを外してドアを開けると、地面に下りたいぶきに向かってこう言った。
[わたくしはきちんと言いましたよ。『車から離れていて下さい。巻き込まれて轢かれるのはお嫌でしょう』と]
確かに言ったが、巻き込まれるという意味合いが完全に予想外の方向だ。
[それに、周囲のあらゆる動きを超スローモーションで認識が可能なイブキ様が、この程度の事態に巻き込まれる筈はないと、信頼しておりますし]
先程の仕返しのような、露骨な嫌みを込めたスオーラの言葉。それを純粋な笑顔でハッキリと言い切る。
(怒らせると怖いタイプだなー)
いぶき以外の車外の人間が震え上がってそう思う中、
「ちょっと待った。超スローモーションが何だって?」
スオーラの言葉を聞いていた一人がわざわざ挙手までして訊ねる。
[イブキ様の持つ、いわゆる『特殊能力』という物です。自分の周囲のあらゆる動きを超スローモーションで認識可能なのです]
そしてスオーラも素直にその問いに答える。アッサリと。当然周囲はザワついた。
「そ、それじゃ、俺達が簡単にボコられてたのは……!?」
[その能力に因る所が大きいと思われます。ですから皆さんの攻撃がイブキ様に届く事はまずありません]
スオーラがそこまで言った時、彼女のみぞおちにいぶきの拳が叩き込まれた。
「あンたね! ベラベラベラベラネタバレ発言してンじゃねーわよ!」
そこまで一息で言って、いぶきは自分のみぞおちを押さえて膝から崩れ落ちる。スオーラが受ける筈だったダメージがそっくりそのまま自分に返ってきたのだ。
[そして今のイブキ様は他人への攻撃が自分に跳ね返って来るようになってしまいました。皆さんはおそらくその噂を聞いて報復に来たのだと思いますが、認識能力は健在です。そのため報復は時間と体力の無駄であると、ご忠告申し上げます]
スオーラは皆に向かって「日本式に」丁寧に頭を下げる。
そしてまだゲホゲホと咳き込んでいるいぶきを見下ろすようにすると、
[さてイブキ様。もう一度お聞きします。わたくし達と同行してこの車に乗るか、ここで皆さんに袋叩きにあうか。どちらがお望みですか?]
「そ、そンなの……」
当然反発して言い返そうとするが、普通の人間なら一発KOの位置と威力で打ち込んだ拳である。気絶しないだけでも大したものだ。だが当然普段通りに動ける訳がない。
スオーラはそれを見越して、立てない状態のいぶきの腹に拳を叩き込んだ。それも数発連続で。
ここでは魔法使いだが、元の世界では戦う技術を学んだ聖職者――僧兵でもあった。素手で戦う技くらいは鍛えてあるし、またお手のものである。
細腕とはいえ鍛えられた拳を叩き込まれたいぶき。いくら周囲の状況を超スローモーションで認識できても、自分の身体が動かねば何の意味もない。むしろ殴られる事が判っているのに避ける事ができない恐怖感に襲われるだけだ。
それを鑑みた上で、スオーラはもう一度言った。
[死んでもやりたくない事をさせられる屈辱か。女性として心身に傷が遺る事が間違いのない強姦か。お好きな方をお選び下さい、とお尋ねしています]
再び露骨な嫌みを込めたスオーラの言葉。恐ろしい内容を純粋な笑顔でハッキリと言い切った。もはや選択肢を強制させる脅迫も良い所である。
(こういうタイプは絶対怒らせたらダメだ!)
車外の男達は背筋に変に冷たいものを感じて、内心震え上がっている。
[それにこの場の方々も]
いきなり話がこちらに来た、とばかりに男達がビクリと身体を震わせる。
[一方的にやられて報復をしたいという気持ちは判ります。止めろとは言えません。ですが、これ以上不毛な事は謹んで下さいませんか? さもなくば……]
スオーラは笑顔で男達を見回す。しかし男達の全員がその笑顔を額面通りに受け取る事ができなかった。少しでも逆らえば自分の命がない。そんな心臓を握り潰されるような恐怖。
誰もが無言のまましばし時が流れる。だがその恐怖に呑まれたのか。一人、また一人とその場を立ち去って行く。
スオーラはその様子を見届けると、未だうまく身動きの取れないいぶきをどうにか捕まえて車に放りこむと、まだ残っていた面々に向けて、
[では皆様これで失礼致します]
ドアを閉めて数秒後。今度はスムースに車が発進し、駐車場を出て行った。


駐車場から昭士の待つ正門までは、徐行運転の車なら数分とかからない。
だが昭士の方が待ち切れなかったのだろう。動きだして十秒と経たぬうちに前方から走って来るのが見えた。
スオーラは彼の顔がハッキリ見える距離になってから、片手で「入口の方に寄ってくれ」と合図を出す。それが見えた昭士も慌てて道の端によって立ち止まった。
スオーラはそんな彼に目の前にピタリと車を停めてみせ、操縦席のレバーでドアのロックを解除、そして開けてやる。
[アキシ様。遅くなりまして、申し訳ございません]
ドアが開くと同時に車に乗り込んで来た昭士を出迎える、スオーラの優しい声。とてもさっき力任せに脅迫をした人間とは思えない別人ぶりである。
昭士は自分の足元で浅く荒い息をして苦しんでいるいぶきを見下ろすと、
「な、な、何かあったの?」
[説得の時間がなく、また説得の言葉も思いつきませんでしたので、強制的に]
スオーラはレバーでドアを操作してロック。再び車を走らせながらそう言った。
「きょきょ、きょ、強制的!?」
スオーラの口から出た言葉に、昭士は自分の耳を疑うように聞き返した。
だがスオーラはこちらを向いていないためか表情は見えない。だからか妙に冷たく感じられた。
『悪く思んせんでくんなまし。しとつとてのこさずわっちが言い出した事でありんすぇ』
そこに割って入るように話しかけて来たのはジュンだ。器用に運転席のそばに立てかけられている、短剣の刀身。そこから花魁言葉が聞こえて来る。
『わっち達が駆けつけた時、たくさんの人に取り囲まれていんした』
ジュンが静かにそう説明を始める。あちらの世界でのジュンを知っているだけに、この花魁言葉とのギャップに本当に同一人物なのかを疑いたくなってしまう。
『ああいう連中はこちの力がずっと上だと見せてやればいいので、そうしただけでありんすぇ』
確かにジュンの言う通り、こっちが強いと見るなり一気に態度が変わるケースは多いが。どうやってそうしたのかを聞きたいような聞きたくないような。それが昭士の本心だった。
「人の事撥ね飛ばすつもりだったクセに、ナニ言ってンのよこのバカ女」
珍しく腹を押さえてグッタリしているいぶきがボソッと文句をつける。
「は、はは撥ねる!?」
昭士が今度はいぶきの言葉に驚く。撥ね飛ばすとはどういう事だろう。車でだろうか。
だがハンドルを握ったスオーラは結構、いや、かなり無茶な事をしでかすタイプに変わる。
以前も猛スピードで街を駆け抜けた事があるし、舗装されていない山道を突っ切って崖同然の急な山肌を駆け下りた事だってある。
いぶきを説得(?)するためにそのくらい荒っぽい事をやってもおかしくはない。と思うのだが。
だがしかし、それにしても「撥ね飛ばす」とは、いくらいぶき相手とはいえ「らしくない」気がするのは、ジュン発案の作戦だからだろうか。
[たとえイブキ様相手でも、ああいった作戦はもうやりたくはありませんね]
『判りんした。今後はなるべくやりんせんようにしんす』
[なるべく、ですか]
魔法使いと短剣の会話が続く。声には出さないが昭士もスオーラと同じ事を思った。
「やりたくないならやるンじゃねーわよ、バカ女。ったく人の事ブン殴りやがって。あとで必ず倍以上ブン殴ってやるからね」
ボクシングで腹部への強打があとあとまで痛みが響くように、さすがのいぶきも本調子のように動く事はできないようだ。壁に背を預けながらゆっくりと立ち上がる。
だがいぶきは基本有言実行タイプ。特にやられた事はくどいくらいにやり返して来る。今のように与えたダメージが跳ね返って来ると判っていても絶対にやるだろう。
そんなやりとりをしている間に正門に到着したようだ。道路に出るタイミングを計りながら、
[ところでアキシ様。目的地へ向かうにはどちらに行けばよろしいのですか?]
スオーラにそう言われるまで、目的地を話していなかった事をすっかり忘れていた昭士。
「え、ええ、ええと。確か……」
昭士は急いで携帯電話にメモした内容を表示させる。
「あ、ああ。ウウウチの隣の、くく九代鈎(くよかぎ)市にある、の、のの軒久地平(のきぐちだいら)ううう運動公園。けけけどそこって……」
[ああ。ドッグランを見に行った公園が、確かそのような名前でした。しかし……]
スオーラは確かにその公園に行った事がある。だが普通とは違う手段で行ったので、車での行き方は判らない。
バキッ!
いきなり車のドアが蹴破られる音が響いた。その音に昭士とスオーラが反応すると、その先では、
いぶきが飛び下りていた。

<第11話 おわり>


文頭へ 戻る あとがき メニューへ
inserted by FC2 system