『恋敵のシスター 後編』
その日の放課後。宗介が校門を出たところで、
「……相良宗介さん、ですね?」
聞き覚えのある声が横からかけられた。彼は横目で声の主を見る。
「斉口 昌(さいぐち あきら)、だったな」
そこには私立涛朋(とうほう)学園女子高校の制服姿の彼女が静かに立っていた。立っているだけなのにそれだけでも立派に絵になる。
しかし宗介にはそういった感覚に乏しいので、それ以上の感情はない。
「尾行していたようだが、今度は直接やって来たという訳か?」
すると彼女はやや演技っぽく驚いた顔を見せ、胸の前で両手を組む。
「お友達の方から『アフガニスタンの紛争地帯で育ったから勘が鋭い』とお聞きしていましたけど、凄いですね」
しかし、心底感心しているところを見ると、見た目はともかく本心は演技ではなさそうだ。声の方は相変わらず静かでハッキリとした言い方だが。
「ところで、千鳥かなめさんはどちらですか? ぜひお話したい事があったのですが?」
「彼女は生徒会の仕事で忙しい。済まないが出直してほしい」
宗介は「打ち合わせ」通りのセリフを答える。昌は小さくため息をつくと、
「あなたにもお話があるのですが、お時間ございますか?」
昌は静かに、穏やかに微笑んでそう訊ねる。それだけでたいがいの男なら二つ返事で「はい、あります」と答えそうな笑顔である。
しかし宗介は違った。紛争地帯で育ち、苛烈な戦いの中で過ごした彼にとって、初対面から無条件で友好的な態度は逆に怪しい以外の何物でもないのだ。
特に女性や子供が相手だとつい警戒心が弛んでしまう男は多い。そこを突いて致命的な攻撃を与えるのは常套手段だ。油断はできない。
本人やその周囲に秘密結社やカルト宗教、テロリストに関係した人間がいないと判っていても、当人が危害を加えてこないという保証は全くないのだから。
偵察や軍事的工作活動が宗介の得意分野ではあるが、こうして目標たる人物が直接やってきた以上、本人から情報を聞き出す事も、取るべき手段の一つだ。
話術は苦手分野だが、危険があるかもしれないのに他の人間にやってもらう訳にはいかない。だからわざわざ自分が出る事にしたのだから。彼はそう固く心に決め直すと、
「いいだろう」
極めて簡潔に答えた。すると彼女はにっこりと微笑むと、
「感謝します。立ち話もどうかと思いますので、いきつけの店でよければ、そちらでよろしいでしょうか」
動作や態度はあくまでも静かで、どこかしら優雅な雰囲気すら漂っている。しかし宗介は相変わらずだ。
特に「いきつけの店」など、彼からすれば明らかに「罠を張って待っている」「店の主人と結託している」といくらでも勘ぐれてしまう展開だ。
「いきつけの店、とは?」
「駅前ですから、どうかご心配なく」
昌は静かに歩き出した。その後に宗介が自然体のままゆっくりと続く。本人はもちろん、その周囲にも注意と警戒を払いつつ。
そして。そんな様子を校門の影からこっそり覗き見ていたのはかなめ達だった。
「よし。まずは作戦第一段階成功」
小さくかなめが呟く。
本来ならちまちました行動より自身が単刀直入に行く方が彼女の性格には合う。
そうしたかったのだが、殺意を持ったターゲットに近づくのは危険だと、宗介に押し切られてしまったのだ。
極めて愚鈍な宗介に交渉事を任せる方が危険だとかなめも主張したのだが、危険な事に関してはとても敏感な宗介の言葉だけに、最後にはかなめも引き下がるしかなかった。
「しかし。演奏会が近い筈なのに、ずいぶんヒマなのね?」
適確すぎるかなめのツッコミであるが、それは当の本人に言わねば全く意味がない。
「……何だろうね、話って」
首だけかなめの方を見た恭子が彼女に訊ねる。恭子は「昌が宗介に一目惚れしたのでは」と思っているだけに、その胸中はいささか複雑である。
恭子自身はかなめと宗介の二人はお似合いのカップルだと思っている。しかしこのままうまく行き過ぎるのよりは、多少のドラマや刺激があった方が面白いと考えていた事は確かだ。
でも実際そうなってみるとやっぱり落ち着かないし、言い出した本人だけに少しばかり責任を感じてもいる。
「しかし。俺達の時は立ち話だったのに、あいつは喫茶店で仲良くお茶かよ」
校門から離れて行く宗介の後ろ姿を苦々しく見つめる小野寺。この差は何だと彼の両目が熱く語っている。
「でも、一応おごってくれたじゃない。おはいお屋のトライデント焼き」
熱くなる小野寺を風間がそっと声をかけるが、全く効果はない。
かなめは校門の陰から首だけ出した体勢のまま、
「とにかく。あの殺気の原因だけでもはっきりさせないと」
思い出しただけも身震いしそうなあの「殺気」。自分が清廉潔白だなどとはこれっぽっちも思っていないが、訳も判らず恨まれ続けるのはご免だ。
「だから尾行でしょ。そのための作戦なんだから」
瑞樹の言葉は面白半分の雰囲気があるが、目は真剣である。他人の色恋の行方ほど面白いものはない。己に実害がないならなおさらである。
「相良くんの事は心配じゃないの?」
「少なくとも、キョーコが考えてるような『心配』は、するだけ無駄よ。あいつの辞書に『恋愛』なんて単語は載ってないんだから」
かなめは渋い顔で恭子に返答し、
「行くわよ、みんな」
かなめは鞄をしっかり抱えるようにして、足音を立てないようそろそろと歩き出した。残る四人も同じようにそろそろと後に続いた。
その様子は正直に言って、とても怪しい一行にしか見えなかった。


先頭を行く昌。それから数歩離れた位置を歩く宗介。そんな二人から一〇メートルは離れた位置をこそこそと歩くかなめ達。
やがて二人は、駅の真ん前にあるベージュ色のビルに入って行った。
「紅茶専門店マザーリース ↑2F」。看板にはそうある。
「ああ、ここかぁ。アキラは紅茶が好きだからなぁ」
昌と何回かお茶を飲んだりした事があるが、どこへ行っても必ず紅茶を頼んでいた。銘柄には特にこだわっていないようだったが、彼女が紅茶以外を飲んでいるのを見た事がない。
「ここの紅茶と焼きたてワッフルの組み合わせは絶品なのよね〜」
瑞樹がどこかうっとりとした様子である。味覚の反芻でもしているのだろうか。
「じゃあ、あたし達も入る?」
「いいねぇ。あいつだけにいい思いさせてたまるか」
興味をそそられたらしい恭子が問いかけ、小野寺がすぐさま話にのる。
「けど、そうしたらあたし達がつけてた事がバレちゃうって。ここ結構狭いし」
瑞樹の言葉に「それもそうだ」と思い直し、店に入るのを我慢する。
「でも、外からだと二人の会話がさっぱり判らないけど?」
当然の風間の疑問。するとかなめは「待ってました」と言わんばかりに小さくキザな笑みを浮かべると、
「ふっふっふ。こんな事もあろうかと、ソースケからしっかり便利アイテムを借りてあるの」
かなめは鞄の中から取り出したのは、イヤホンをつけたデジタル無線機だった。機械本来の性能なら「聞こえない」周波数の電波をもクリアに受信可能な、違法改造済みの品だ。
既に宗介の制服には盗聴用の小型マイクを仕込んである。二人の会話をこの無線機で聞き取り、ヤバくなったら彼の携帯に電話やメールを送って行動を指示する作戦だ。
効率が悪いのは承知だが、さすがに喫茶店内でイヤホンマイクをつけさせるのは明らかに不自然だから、こちらの方がマシだろう。
「えっと、確かここをこうして……」
イヤホンを耳に押し込みつつ、あやふやな記憶を元にスイッチをいじっていく。
『こう…………ーひー……ね……し……』
イヤホンにノイズ混じりの声が聞こえてくる。昌の声だ。かなめはチューニングダイヤルを微調整していく。一応操作法を聞いてはいたが、やっぱり実際にいじってみないとよく判らなかった。
『で……ブラッ……ィーを…たつお願いします』
だが波長が合ってきたのか、音声がだいぶクリアに入ってくるようになった。
恭子達はもう一方のイヤホンに耳を近づけあって、内容を聞いている。ハッキリ言ってこれも怪しい光景だ。
『でも、紅茶でよろしかったですか?』
『問題ない。ブラックティーはアフガンではよく飲まれていた』
ブラックティーといっても本当に黒い訳ではない。クセや苦味が少ない普通の紅茶だ。アフガニスタンでも寒い地域では特に多く飲まれる。
お酒を飲まないイスラム社会では、大人同士の宴会でも出るのはお茶だ。これでもかと砂糖をたっぷり入れて飲むのが非常に贅沢とされており、彼等にしてみれば砂糖抜きのお茶など考えられないという。
(コーヒー出しても文句言わないヤツだけど、よくお茶飲んでたんなら、そのくらいはちゃんと言えっての)
「どうしたの、カナちゃん?」
急に険しい顔になったかなめを、恭子が心配する。かなめは無言で「何でもない」とリアクションすると、二人の会話の盗聴に神経を集中する。
『それで、お話の方なんですが……いくつかありますが、まずはこれを』
昌の声の後に、カチンという金属音とガタガタという音がした。
『これは演奏会のチラシか?』
『はい。よろしかったらぜひ皆さんでお越し下さい』
(ただのCMか)
かなめはどこかに脱力感を覚えた。それだけのためにわざわざこんなお店に来るとは、一体何を考えている。
しかしそう思ったのも一瞬だけ。これをきっかけに本題に入るに決まっている。その本題が問題なのだ。
それからしばしの間が空くと、今度は昌の声が聞こえてきた。
『……ところで。あなたと千鳥かなめさんは、一体どういった関係なのですか?』
(来たか。しっかしストレートな)
声こそ穏やかであるが、そこに微妙な「トゲ」が含まれている事に、かなめは気づいた。おそらく女同士にしか判らない、微妙なものである。
『関係、とは?』
『「過激なコンビ」と仰る方や「何だかんだと仲のいい二人」と仰る方もおりましたので』
前者が小野寺達で、後者が恭子だ。かなめはそう見当をつける。そして前者の二人をじろりと睨んだ。
『周囲の意見がこうも違うので、本人に聞いた方が確実だと思ったのですが』
言っている事は判る。けどストレートだ。口調が静かで丁寧なだけに、逆に不気味にすら感じる。
『クラスメートだが』
だが、その宗介の即答ぶりに、かなめ達は言葉に詰まる。
「確かにそうだけどさ……」と苦笑いする風間。
「それはないよ、相良くん」と肩を落とす恭子。
「まー、あいつだったらそう来るだろうけどねー」と冷めた目の瑞樹。
「色気のある答えを期待するだけムダか」とため息をつく小野寺。
そしてかなめは無言で小さく舌打ちしつつ、会話の続きを待つ。
『でも家が近所で、よく食事をごちそうになると……』
『肯定だ。彼女の温かくてうまい食事は本当に助かっている』
彼の迷いのないさっぱりとした答えに、恭子達はニヤニヤと笑ってかなめを見つめる。皆にそう見つめられたかなめは「うるさい!」とジェスチャーを送って、再度会話の盗聴に集中する。
『け、けど一般論として、それは「ただのクラスメート」とは言わないのではないでしょうか?』
昌の声に、さすがに疑いや呆れといった不況音が入り始める。しかし、その問いに対する宗介の答えは、
『そういうものなのか?』
その宗介の鈍すぎる答えに、ガックリと肩を落とす一同。揃ってツッコミを入れたくなったが、こんな事でいちいち連絡を取っていたらキリがない。
そこへ「お待たせしました」という店員(らしい)声が聞こえ、カチャカチャという音も飛び込んでくる。注文のブラックティーとやらが来たらしい。
店員の「ごゆっくりどうぞ」の声がして、数秒ほど間が空いて、昌の声が聞こえてきた。
『……では、あなた達二人は恋人同士ではないのですか?』
『恋人同士ではないが。そんな事を聞いて、どうするつもりだ』
会話が次第に緊迫感を帯びてきたのが判る。
『単刀直入に言います。彼女と別れてもらえませんか?』
昌のストレート過ぎる発言。単刀直入にも程がある。
「……カナちゃん、大丈夫?」
恭子が心配そうにかなめの顔を覗き込んでいる。他の者も同様だ。
当のかなめ本人はギリギリ歯ぎしりをし、握りこぶしを作っていた。自分でもよく判らないところから怒りがこみ上げてきている。
原因や出所はともかく、己の心が怒りに満ち溢れている事だけは、自分でもよく判った。
かなめは「持ってて」と言わんばかりに無線機を押しつける。
「カナちゃん!?」
いきなり無線機を押しつけられた恭子は、逆にあたふたとしてしまう。かなめを止める間もなく、彼女はズカズカとビルの外階段を上がって行く。
(ったく、最初っからこうすりゃよかったのよ)
後ろで呼ぶ一同を無視して階段を駆け上がったかなめは、そのまま飛び込むように店内に入った。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
爽やかに営業スマイルを浮かべる店員を無視し、二人用のテーブルが奥へと続いている狭い店内を見回す。
すぐに宗介の後ろ姿を発見した彼女は、一直線に彼の元へ向かうと無言で一発殴り飛ばした。
「……なかなか痛いぞ、千鳥」
憮然とした表情を浮かべる宗介だが、すぐさま昌からかなめをかばうように立ちはだかると、
「危険だから君は来るなと念を押した筈だ。なぜ来た?」
「どうだっていいでしょ。黙んなさい、あんたは!」
かなめは再び宗介の頭を殴りつけると彼を押し退け、座ったままの昌の前にずいと立った。一方座ったままの昌もかなめを見上げている。例によって、殺気に満ち溢れた鋭い視線で。
だがかなめは、その視線に負ける事なくキッパリと言った。
「えと。斉口 昌さん、でしたね。あたしに用があるのなら、あたしに直接言ってもらえません? こういう回りくどいのって嫌いなんですよ。しかもこいつに『別れて下さい』って頼むなんて」
殺意を以て来る相手には、殺意を以て返す。そこまで物騒ではないにせよ、ピリピリとした空気になっているのはよく判る。それこそ遅れてやってきた恭子達が、そこに割って入れないほどに。
昌は鋭い視線のまま、かなめに訊ねた。
「あなたと相良宗介さんは、おつき合いしていないんですよね?」
「ええそうよ。こんな常識知らずな戦争ボケ男なんか、どついてもおつき合いなんてしてないし」
かなめは胸を張ってハッキリと答えた。
「けどね。こんな風にこそこそ嗅ぎ回られるのは頭に来る程度の仲ではあるわよ?」
「そうですか……」
かなめの答えを聞いて、昌の目が一瞬キラリと光ったような気がした。その光に何か言いしれぬ不安を感じたかなめは、無理矢理空元気を絞り出すと、
「そんな風に一人で納得してんじゃないわよ。言いたい事があったらハッキリ言ったらどう?」
仲が良さそうに見える男女。しかしその二人はカップルでも何でもない。そうと判った女がどういう行動に出るか。かなめは平静を装ってがっちり身構える。
昌は少しの間何やら考えていたが、静かに立ち上がると、
「そうですね。あなたの仰る通り、己の胸の内を正直に告白するべきですね」
来るか。かなめは何となくじりじりと横に移動して通路を塞ぐ。それが宗介をかばっているように見えるのは気のせいか。
「千鳥かなめさん……」
昌は相変わらず鋭い殺気を放った目でかなめを見つめてこちらに迫ってくる。
(な、何? このまま殴ったり首絞めたりする気!?)
思わずかなめは一歩後ろに引いてしまう。宗介はかなめを押し退けて前へ出ようとするが、間に合わない。
昌はかなめの両肩にそっと手を置き――
「この男と別れて、わたしの恋人になって下さい」
昌の口から出た言葉は、かなめはもちろん宗介をも停止させた。後ろで見ていた恭子達は言うまでもない。
「ボーリング場で一目見た時から、神のお導きと信じてました。男を蹴散らす勇猛果敢さと女も羨む美貌との絶妙のバランス。まさにわたしが追い求めていた理想の相手です!」
そんな言葉を紡ぐ口。言葉こそ穏やかで笑顔まで浮かべているが目は殺気立ったままだ。それこそ今まで以上に爛々と輝いて。
だから、それがある種の「告白」だという事に、その場の皆が気づくのにずいぶんかかってしまった。
昌に両肩を掴まれた状態でその場に棒立ちしていたかなめだが、停止していた思考がぎこちなく動き出す。
「ちょっと待って。恋人って。あたし達、女同士ですよ!?」
「あなたもそんな事を言って、わたしから離れるんですか!? 好きになるのに性別なんて関係ないわ! 遠慮せずに『お姉様』と呼んでいいのよ」
昌はぐいと力任せにかなめを抱き寄せ、ひしと抱きしめる。昌の方がやや小柄だからあまり絵にはならないものの、これにはさすがのかなめも口を引きつらせ、完全に怯えていた。
「男なんて割り込ませず、二人で小さくも美しい愛を育んでいきましょう。あなたがいれば、神様を敵にまわしても、少しも怖くなんてないわ!」
そう訴える昌の顔が一番怖い。この場の皆がそう思っていた。
「いや、あの、冗談は……」
「わたしは神に誓って真剣よ。これ以上ないくらい……」
「そりゃ判ったけど、それは真剣じゃなくて、殺気立ってるって言うんです!」
かなめは昌を突き飛ばすように追いやると、鞄の中を引っ掻き回してコンパクトを取り出して開き、鏡を昌の顔面に押し出した。
すると、昌の動作がピタリと止まった。それから口調だけは穏やかで、
「誰なんですか? この怒り狂った般若のような人物は?」
『あんただあんた』
異口同音に皆が呟く。だが昌はその発言に信じられないくらい驚いている。考え込むような間が少し開いた後、昌はぽつりと呟いた。
「ひょっとして、わたしが告白した人が皆断わってしまうのは……?」
「レズ云々じゃなくて、その殺気立った目が原因じゃない?」
昔の人は云いました。「過ぎたるは及ばざるがごとし」。真剣なのも度が過ぎればただ怖いだけ。
冷静すぎるかなめの発した、まさにとどめの一言。
「さよなら、わたしの恋……!」
昌は涙ぐんだ顔を伏せ、顔見知りの瑞樹に気づく事なく一目散に出口へ駆け出した。それこそ誰かが止める暇もない。
その場に残るのは、形容しがたい気まずい空気だけ。かなめ達も一体どうしたものかと、手持ち無沙汰な気分だ。
「女子校にレズが多いってホントだったんだね」
「あんな綺麗なのに、もったいないなぁ」
風間と小野寺がポツリと呟く。それは明らかに偏見だろうが、目の前で現物を見てしまうとそういう偏見を持ちたくもなる。
「だから言ったでしょ。友達にはなりたくないタイプだって」
「知ってたんならそう言ってよ……」
呆れる瑞樹に恭子が突っ込む。それから宗介に向かって、
「でも良かったね、相良くん。カナちゃんを持って行かれないで」
安堵した表情の恭子達に囲まれた宗介は、
「そうだな。あんな殺気の持ち主では、千鳥にどんな猟奇的な事を仕出かすか判らんからな」
『違うだろ』
とても「いかがわしい」事を考えていそうな宗介に、他のメンバーがかなめに変わってツッコミを入れる。
一方のかなめは未だ心臓がバクバクいっていた。だがある意味気の毒だろう。ここまで熱烈に告白してきた初めての人物が「女性」だったのだから。
そして。そんな事が絶対できそうにない男――宗介が場違いなくらい冷静にぽつりと言った。
「……あの女。代金を払ってないな」
宗介の手には機械で打ち出されたレシートが一つ。
結果を見れば典型的な食い逃げ同然である。そして店の店員がかなめ達をジーッと見つめている。さすがに逃げられそうにない。
さんざん引っ掻き回された上に紅茶代まで払わされるはめになるとは。
バクバクいっていた心臓がなりをひそめ、さっきまでとは違う怒りがかなめの胸にこみ上げてきた。

     ●

かなめが「隣の女子校の生徒から熱烈な告白を受けた」というのは、瑞樹によって陣代高校に広められた。
それによってかなめが瑞樹にツッコミを入れたり、かなめが少々からかわれる事はあったが、本当にそれだけで済んでしまった。
それは噂を聞いた生徒の大半が、こう思っていたからかもしれない。

「千鳥なら、お姉様って『呼ばれる』方だよな」

<恋敵のシスター 終わり>


あとがき

はい。「恋敵のシスター」をお送り致しました。
実はこの話。ネタだけはずいぶん前に思いついてました。でも「いきなりフルメタル・パニック(永井朋裕・著)」にてかなめを「お姉様」と呼ぶキャラが登場しちゃったからなー。
さすがに『オフィシャルと同じ事やっても』という考えがあったのとオチがなかなかつけられなかったので保留してました。が、さすがにネタ不足なので引っぱり出しました。
そんな訳で下級生から上級生に変更して、こういうお話と相成りました。……その間に劇中のボーリング場が閉店しちゃってたけど(2006年2月末)。「聖地巡礼」しても、このボーリング場はもうありません。
でも今回はゲストキャラの斉口 昌さんに引っ掻き回されて、フルメタキャラがロクな活躍してませんな。オリキャラばっかり目立っちゃう二次創作作品というのはあんまり好かれないんですけどね。
ちなみに「前編」にあるポスターの主な演奏曲やゲストキャラの名前には、苦しいですがちゃんとそうつけた意味も理由もあります。よかったら探ってみて下さい。

タイトルの「シスター」ですが、この単語って俗語からわいせつ言葉に至るまで山と意味があるのでねぇ。
今回は広辞苑にも載っている「女学生間の同性愛の相手」という意味の方にしておいて下さい。
※今の海外のマニアさんなら「yuri」とか「shoujo-ai」で通じるそうですけどね、こういうの。

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