『恋敵のシスター 前編』

ぱごーーん。
ある土曜日。学校最寄りの泉川駅近くに立つ閑散としたボーリング場に、豪快にピンを倒す音が響く。
おお、と皆が感嘆の声を上げる中、憮然とした顔でクラスメート達の元に戻ってきた相良宗介は、
「……これでいいのか?」
あっけないような、物足りないような、そんな顔で自分の手を見ている。
「うんうん。初めてにしちゃ上出来よ、上出来」
そう言って両腕を組んで仁王立ちしているのは千鳥かなめだ。うなづく彼女は、まるで弟子の成長を見届けた武術の師匠のようである。
そんな二人を見た常盤恭子も、
「相良くんって元々運動神経いいし、真面目にやればプロになれるんじゃない?」
後半はもちろん本気で言ってはいないが、運動神経がいいのは、皆の認めるところだ。幼い頃から海外の紛争地帯で育ち、思考が「物騒な方向に」極度に偏っているだけで。
「そうだよね。とても初めてとは思えないよ」
風間信二も目を輝かせている。
「さっきみたいなピンの配置だとプロでも難しいらしいぜ。ビギナーズ・ラックにしたって凄すぎだよ」
小野寺孝太郎は液晶画面に映し出されるスコアボードを見て難しい顔をしている。いいところを見せようと力み過ぎてガーターになった自分とは随分な差だ。
「よーし、次はあたしの番か。初心者に負けてなるものか」
かなめは自分のボールを布で拭きつつ、セッティングされた一〇本のピンを睨みつける。
それからふと宗介の方に目をやると、
(いつもはバカみたいにトンチンカンな事しでかしてくれるけど、ああしろこうしろって細かくキッチリ言っておけば、結構マトモにできるんじゃない)
ここへ来る電車の中で「ボーリングとは何たるゲームか」というものを延々と話して聞かせた甲斐があったというものである。
しかし、やはり教えた当人としては、彼に負けるというのはプライドが許さない。さすがに宗介には劣るが、かなめも運動神経はかなりいいのだ。
自己流ながらもぴしりとボールを構え、緩やかに、そして鋭くボールを投げた。
「……ああっ!」
だが、やはりどこかに変に力が入っていたのだろう。ボールは緩やかにコースを外れ、かろうじて一番端のピンを一本倒して落ちた。
ため息とやや冷たい視線を後ろに感じたかなめ。悔しそうにぎゅっと握りこぶしを作ると、
「……やっぱりボールが悪いのかしら。ちょっと替えてこよ」
うまくいかなかった時、自分の実力を他の物のせいにする。よくある事だ。しかも決してカッコ良くはない。
まだ二投目が終わってないのに、ボールが置かれた場に行って「あーでもない」「こーでもない」とうんうん唸っているかなめに、
「カナちゃん。せめて自分の番が終わってからにしてよー」
恭子が声をかけるものの彼女の作業は終わらない。聞いていないと判断し、しょうがないと座り直す。
その時視界の隅に入ってきた光景を見た恭子の表情がわずかに固くなった。
彼女のわずかな変化に気づいた宗介は、すぐさま彼女と同じ方向を見た。やや遅れて風間や小野寺も見る。
そこではあまりガラの良くなさそうな大柄な男達が、小柄な女子の肩に手をかけて何やら話をしていた。
ちょっと距離があるので話の詳細はともかく、女子の声が「止めて下さい」「困ります」と小さく聞こえてくる。
「む。あれは『ナンパされて困っている女の子』か?」
小野寺がめざとく彼女に注目する。彼女は手にしている紙の束を胸の前で構えるようにしているが、そんなもので男達が引き下がる訳はない。
「困っている人は助けるべきだよな、相良? 風間?」
そう二人に問いかける小野寺の凛々しい表情は、「颯爽と助けてあわよくばお近づきになろう」という下心が見え見えだった。
恭子は呆れてため息をつくが、目の前で困っている人を放っておくのも夢見が悪い。それが自分と同じ女性ならなおさらだ。
「けど、無茶は止めてよ?」
かなり心配そうに言う恭子に向かって、小野寺が調子よく答える。
「当たり前だろ。……けど相良がいるしな」
「相良くん。発砲はさすがにまずいよ?」
小野寺と風間の注目を浴びる宗介だが、特に気にした様子もなく、
「安心しろ。銃など必要ない」
いつも通り変に自信たっぷりに答えた宗介はすぐさま立ち上がると、つかつかと一直線に男達の元へ向かう。そしてどこからか何かを取り出した――ように見えた途端、
「……!?」
男の一人がびくんと硬直した後、その場にへなへなと崩れ落ちた。それを見てぎょっとする残りの男も間髪入れずにばたりと倒れこむ。
その場に立っているのは宗介と、からまれていた彼女だけだ。
「怪我はないか?」
場違いなくらい落ち着いた宗介の声。しかし彼女の方は一体何が起きたのかも理解できていないらしく、不思議そうにぽかんと彼を見つめているだけだ。
だが数秒経って、ようやく自分が男達が倒れたのだと判り、口を開きかけたその時、
「ナニしとるか、このバカーーッ!」
ごす。
突然のかなめの怒号とともに、宗介の背中に一六ポンドのボーリングの玉が見事直撃。彼はぱたりと倒れた。
「……かなり痛いぞ、千鳥」
かなめは立ち上がりかけた宗介の胸ぐらを掴み上げると、かなり容赦なくガシガシ揺さぶる。
「やかましいっ! あんた一体ナニしてんの!?」
宗介はかろうじて取り落とさなかった右手の中の物をかなめに見せた。
「ただのスタンガンだ。電圧は倍以上に上げているが、健康体の人間なら死ぬ事はない」
「上げるなっ! つーかそもそも使うなっ!」
げし。
かなめに膝蹴りされた宗介は再びぱたりと倒れこむ。
「まったくあんたってヤツは。無差別に人様に襲いかかるなんて真似までするとは思ってなかったわよ、この、この、この」
倒れたままの宗介を容赦なくかかとでガシガシ蹴りまくるかなめ。
そこへようやく呆気にとられていた恭子達がやってきた。
「カナちゃん落ち着いて。別に相良くんが襲った訳じゃないんだってば」
「その子がからまれてたから、相良くんが助けようと……」
「そうそう。早とちりするなって、千鳥」
「へ?」
恭子に言われ、風間と小野寺に指差され、そこでようやくかなめは気づいたのだ。
紙の束を持ったまま、その場にぽかんと立っている女子に。
かなめは宗介を足蹴にするのを止め、気まずそうな笑みを浮かべつつ、
「あ……えと。大丈夫でした?」
思えばかなり間の抜けた問いである。
(うわ。結構美人……)
初めてまともに彼女を見たかなめは、素直にそう思った。後ろで見ている恭子達(特に男子二人は)もだ。
切れ長の目に小さめの口。そして何より綺麗な肌。クセのない髪を腰まで伸ばした長髪。ほっそりとして凹凸に欠ける体型のため、どことなく中性的な印象の少女だ。
自分達と同じくらいの年齢だろうが、その割に服装がTシャツにオーバーオールにスニーカーと、どことなく子供っぽく感じなくもない。
だが、背筋がぴしりとして非常に姿勢がいい。かなめより少し小柄なのに上から見下ろされているかのような圧迫感すら感じる程だ。
「あ……えと。大丈夫でした」
かなめの問いに同じ言葉で返す彼女。文法的にはかなりおかしいが、それだけ動転しているのだろう。
しかしその声は静かだが非常にハッキリした、聞き惚れてしまいそうな程に綺麗な声だった。
倒れていた宗介がようやく立ち上がる。それに気づいたかなめは、
「あ、ソースケ。ゴメンね?」
苦笑いを浮かべて素直に謝る。だが宗介は気を悪くした様子もなく、
「俺はこいつらを片づけておく。君達はボーリングを続けてくれ」
そう言うと、倒れたままの男を軽々と担いで外へ出て行く。
かなめは悪いと思ったが、自分が力仕事を手伝える訳でなし。それに万一男達が気づいたらこっちが襲われないとも限らない。
しかし、ボーリング場の管理人が腕組みをして釣り上げた目でこちらを見ているのに気づいたかなめ達。
あからさまに、遠回しに「出て行ってもらおう」と言っている、その目。その態度。
事情はどうあれ、ここまで騒いでしまったのでは、何も言われない方がおかしい。
一同は紙の束を抱えた彼女を残して、すごすごとボーリング場を出て行くはめになった。
彼女の「妙な」視線に全く気づく事なく。


休みが明け、かなめは泉川駅前で会った恭子と共に、駅前商店街を通って学校へ向かっていた。その後ろではやや気落ちしたように見える宗介がとぼとぼと続いている。
ボーリング場を出た時にかなめがこっぴどく怒られたのを、今でも引きずっているように。
「……ったく、ちょっと気を抜くとこれだもんなぁ。せっかくおばさんがくれた割引券だったのに」
かなめは訳あって一人暮らしなので、安売りの品物があれば学校帰りに商店街に寄る事もある。なので顔を覚えられている店もいくつかある。そんな顔馴染みの店のおばさんがボーリング場の割引券をくれたのだ。
「まあまあ。今回は別にどこも壊したりしてないんだしさ」
恭子がそっとフォローを入れるが、言い方がどことなく無責任である。
「……あ、もうすぐなんだ、これ」
恭子が店先に貼られた手作りらしいA4サイズの小さなポスターをめざとく見つける。
「ホントだ。よく続くなぁ」
そのポスターは、かなめ達の通う陣代高校の近所の私立高校・涛朋(とうほう)学園女子高校主催の定期演奏会の物だった。
ここは西東京でもレベルの高い学校である。女子の制服が可愛いのが取り柄である都立陣代高校とは違う。
かなめ達の陣代高校も吹奏楽部がそこそこ有名だが、この高校にはそれ以上に有名な音楽科がある。いわば音楽のエリートが集う名門校だ。
かなめは吹奏楽部には縁がないが、生徒会副会長ゆえに近所の学校の噂の一つ二つは聞き知っている。
「この学校って名前に『女子』ってついてるけど、音楽科だけは共学なのよね。男子は少ないけど」
「へぇ、そうなんだ」
かなめの言葉に恭子が素直に感心する。宗介はポスターの真正面に立つと、

『涛朋学園女子高校音楽科 定期演奏会
開催日:○月×日(□)
開 場:所沢かしのきホール
開 演:19:00
料 金:無料

演奏曲目
モーツァルト作曲/ピアノ、クラリネットとヴィオラのための三重奏曲 変ホ長調 K.498
ドビュッシー作曲/カンタータ「選ばれた乙女」
ハンス・ジマー作曲/スペクターズ・イン・ザ・フォグ
ロバート・ジョンソン作曲/あなたは見たのか、輝く百合を

主催:涛朋学園女子高校』

彼はご丁寧にもチラシの内容を逐一読み上げた。
「間違いない。あの時の女は、このポスターを貼っていた」
「あの時?」
いきなりの宗介の発言に、かなめが不思議そうに訊ねる。
「ボーリング場にいた、Tシャツにオーバーオールを着た女だ」
「そうなの?」
思わず聞き返してしまうかなめ。宗介はいつも通り淡々とした声で、
「肯定だ。ボーリング場の掲示コーナーに貼ってあるのを見かけた」
いつの間にそんなところを見ていたのだろうか。時として宗介の観察眼は恐ろしいものがある。こういうところは素直に凄いのだが。
「って事は、音楽科の生徒なのかな。地道な広報活動ご苦労様……と」
視線を前に向けた時、こちらに来るブレザー姿の女生徒と目が合った。
竪琴をかたどった校章が胸ポケットに刺繍された濃紺のブレザーは、件の涛朋学園女子高校、それも音楽科の制服だ。
「あれは、ボーリング場にいた女だな」
一目彼女を見た宗介が短く呟く。
私服と違って制服に身を包んだ彼女は、どこか落ち着いて大人びて見える。ぴしりと背を伸ばして静かに歩く様はまさに「お嬢様」を連想させる。
その彼女がこちらに気がついた。向こうは小さく微笑むと、
「……先日のボーリング場の時の方々ですね?」
静かだがハッキリとした、聞き取りやすい綺麗で特徴的な声。その声でようやくかなめと恭子もあの時の少女だと判った。
彼女は持っていた紙の束を脇に挟むと、胸の前で両手を組んで頭を下げた。まるで修道女を彷佛とさせる。
「陣代高校の方だったんですね。お噂はかねがね」
どんな噂だかは聞きたくないし知りたくない。かなめは心の中でそう思った。
その「ロクでもない」噂はほとんど全部宗介が原因だ。かなめは宗介を一瞬だけじろっと厳しく睨みつけた。
「ポスターを貼ってるんですか?」
彼女が手にした紙の束を見た恭子が気さくに訊ねる。すると彼女は手にしたポスターの束を少し掲げて見せ、
「はい、そうですよ。お時間がありましたら、ぜひお越し下さい」
お嬢様を連想させる容姿に違わぬ丁寧な言葉遣いで、再び軽く頭を下げる。その雰囲気に思わずかなめ達も同じように頭を下げる。
「ではわたしはこれで。神のご加護がありますように」
言い回しもやはり修道女っぽい。彼女の通う涛朋学園女子高校はキリスト教系統の学校ではない筈なのだが。
自然体だが静かに優雅に去ろうとした彼女が、かなめと一瞬目があった。
「??」
かなめはその目に変な違和感を感じた。
ぎこちなく会釈してすれ違う。そしてかなめは彼女の後ろ姿をそっと見ると首をかしげながら、
「あたし、あの子に何かしたのかな?」
再び学校へ向かって歩き始めたかなめは、腑に落ちないような顔でそう呟いた。
「なぜそんな風に思ったのだ?」
疑問に思った宗介がストレートに訊ねてみる。
「いや。なんつーのかな。自分でもよく判らないんだけど。怖いと言うか、寒気がするって言うか、とにかくそんな目に思えてさ」
「目?」
すかさず聞いてきた恭子の問いに首を倒して肯定するかなめ。しかし宗介は何かに警戒しているような険しい顔つきだ。
「……どうしたの、ソースケ。変に殺気立っちゃって。イスラム教のアフガン出身のアンタにとっちゃ、キリスト教っぽいあの子は敵にでも見えるって訳?」
きょとんとするかなめだが、宗介はいつも以上に厳しい目で口をヘの字にしたまま、
「あの女。今こちらを見ている。凄まじい殺気だ」
『え!?』
かなめと恭子がおっかなびっくりで慌てて振り向く。確かに彼女がこちらを振り返った状態だった。もっともすぐさま視線を逸らして小走りで離れていったが。
「それにしても、あの殺気はただ事ではあるまい。千鳥。本当に心当たりもないのか?」
「ある訳ないでしょ!?」
記憶の糸を手繰ってみても、あの少女と何かあった記憶は一切なかった。その精度については少々自信がなかったが。
「知らないうちに怨みを買う事もあるかもしれん。きっとそのたぐいだろうが……」
宗介がむすっとしたまま少し考え込む。
「だが、武器を携帯している様子もないし、戦闘訓練を積んでいるようにも見えなかった」
出会ったばかりの彼女の身体を思い浮かべ、冷静に分析を始める宗介。
「だが、自爆テロを考えているにしては、爆発物を隠し持っている様子もなかった。そもそもキリスト教徒にとって自殺は大罪の筈だ。一体何を考えている」
「それはこっちのセリフだってば」
いきなり出てきた物騒な思考に、思わずかなめはげんこつで宗介の頭を軽くこづく。
「何でそこでいきなり『自爆テロ』なんて物騒な単語が出るのよ」
「そうだよ。どこを自爆テロするんだか」
かなめと恭子がどっと疲れたように呆れている。しかし微妙に彼に染まっているような気がしないでもない返答だ。
「テロ行為というものは平穏を乱す事が目的だ。極論を言えば標的などどこでもいい。もちろん効果的な標的であるに越した事はないが。それに……」
宗介の饒舌な言葉がわずかに止み、彼はかなめを見つめながら、
「君は生徒会の副会長だ。いわば陣代高校生徒のナンバーツーと言える。組織の頂点に近い人物こそ、格好のテロのターゲットだ。決して油断はするな」
「人を勝手にテロのターゲットなんかにしないでよ、ったく」
かなめは再び宗介の頭をごつんと叩く。
そんな二人のやりとりを見ていた恭子は、どこか意地悪そうに小さく笑うと、
「これは……恋だね」
いきなり出てきた単語にかなめの動きが止まる。
「恋!?」
「きっとあの女の子、相良くんに一目惚れしちゃったんじゃない?」
得意そうな笑みを浮かべ、横目でかなめを見つめる恭子。だがかなめは「まさか〜」と苦笑いをするだけだ。
「からまれてたところを助けてくれた、なんてベタなシチュエーションだけどさ。やっぱり自分を助けてくれた人ってカッコ良く見えるモンじゃない?」
確かにベタではあるが一般論としてもそれは正しい。恋心まではいかなくともいい人には見える。
惚れっぽいお嬢様が助けてくれたナイトに一目惚れ、という物語のお約束パターンがないとは決して言い切れない。
「やっぱり、気になった男の子のそばに、その男の子と仲良さそうな女の子がいたら、そりゃいい気分はしないでしょ、カナちゃん」
恭子の視線の先には明らかに宗介がいる。かなめは「違う違う」と手を振りつつ、
「だから、こいつとは別に何でもないってのに」
しかし。宗介が思考回路こそ物騒だが、見た目は精悍な「いい男」だというのは、以前同じ学年の女生徒によって証明されている。
当時のシチュエーションを考えてみるに、からまれていた男達をあっという間に片づけた男の子に、容赦なくツッコミを入れた女の子が自分である。
全く知らない相手や普通の男友達にそういった態度を取れる女の子はいないだろう。それなりの間柄だという事はすぐ判る。
しかし。もし恭子が言っている事が正しいのであれば。あの殺気のこもった視線のターゲットは自分という事になる。
人それぞれだろうが、そんな女子が抱く気持ちは空しく諦めるか――憎悪に心を燃え上がらせるか、だ。
あの女より私の方が彼に相応しい。
あの女がいる限り、彼は振り向いてくれない。
あの女さえいなければ。
家の前でこっそり待ち伏せていた彼女が、腰だめに構えたナイフごと体当たりするようにその刃を自分に――
「ま、まさか……いくら何でも」
よくある二時間ドラマの殺人事件を連想したかなめは、思わず顔を引きつらせてブルブルッと震える。
その時。敏感とは言えないかなめだが、自分の背中にさっきと同じ、いやそれ以上の殺気を感じたのだ。
おそるおそるこわごわと振り向くと、五〇メートルは離れた電信柱の影からこちらを見ている人影が。
明らかにさきほどの彼女だ。真剣な目つきを通り越し、明らかに爛々と殺気を漂わせた目で。
もし視線で人が殺せるなら、既にかなめは一〇回以上死んでいるであろうほどに。
さらに視力のいい宗介は、彼女の口が小さく、そして素早く動いている事に気づいた。
「な、何か言ってるの?」
口の動きから相手の話を察する「読唇術」。それに近い芸当が可能な宗介が読み取ったのは、
「『地獄へ落ちろ』。そればかり繰り返している」
……………………。
三人は言いしれぬ寒気を全身に感じ、一目散に学校めがけて走り出した。

<中編につづく>


文頭へ 進む メニューへ
inserted by FC2 system