『安請け合いのリクエスト 前編』

「……そう。そっちは元気なんだ」
夜の九時過ぎ。ニューヨークに住む妹からの電話を受けていた千鳥かなめは、つくろった元気な声で返事する。
『お姉ちゃんも気をつけてね。一人暮らしなんだから』
妹・あやめは父の仕事の関係で、父と共にニューヨーク暮らし。母は死去。その為かなめは家を守って一人暮らしの身の上だ。
「大丈夫よ。結構慣れたし。ま、心配してくれてありがと、あやめ」
それから二言三言話して、電話は切れた。
電話が切れた事により、部屋から物音が消える。自分以外誰もいないんだ、と嫌でも痛感する瞬間だ。
さすがに日本とニューヨークの間の国際電話。おまけに一四時間もの時差もある。長電話などまずできない。
慣れたとはいえ、やはり一人暮らし故の寂しさは隠し切れない。少々折り合いが悪いとはいえ、親と共に暮らしたいという気持ちはある。
(寂しいのに慣れるってのも、いいモンじゃないわね)
切った電話を寂しげに見つめていると、再び呼び出し音が鳴った。一瞬びくりとしたものの、かなめは気を取り直して電話に出た。
「はい、千鳥ですけど」
『HELLO?』
いきなり電話の向こうから聞こえてきた英語。それも男の声だ。
「は? あの、その、え〜と……」
父の仕事の都合で、かなめもニューヨークで四、五年暮らしていた事がある。いわゆる帰国子女だ。
日常会話程度の英語なら今でも苦もなく理解できるかなめではあるが、それでもいきなり英語で訊ねられると少し泡喰ってしまう。
『ごめんごめん。カナメかい?』
声を殺した笑い声と共に、英語のイントネーション混じりの日本語が聞こえてきた。
『久し振りだけど、覚えてるか、俺の事?』
ずいぶん前に聞き覚えのある声。無論、彼女は彼の事を忘れてはいなかった。
「アンドリュー!?」
かなめは珍しくすっとんきょうな声を上げてしまった。
アンドリューとは、かなめがニューヨークにいた頃近所に住んでいた同い年の少年だ。
大の日本びいきという事で、かなめも結構面倒を見たし、世話にもなった。
当時は(おそらく今も)小太り体型で、お世辞にも二枚目とは言えない容貌だったが、性格「だけ」を取れば間違いなく「イイ男」で、気前もいいしきっぷもいい。世界のどこに行っても「嫌われない」タイプと言えるだろう。
ただ一つの趣味を除けば、の話であるが。
「いきなり電話してきて、一体何の用なの?」
急に電話をかけてきたという事は、絶対に何かある。懐かしさよりもうっとうしさの交じった声で訊ねるかなめ。その雰囲気を電話ごしに感じ取ったのか、アンドリューも申し訳なさそうな声で、
『いや。突然で済まないけど、君に頼みたい事があるんだ。ホントはこれから日本に行く予定だったんだけど、それが仕事の都合でダメになって』
「頼み? それに、仕事って?」
『うん、実は……』
アンドリューは一呼吸分間を置くと、
『日本のアニメで「ちょびっト」っていうのがやってるんだけど、そのDVDを買ってきて欲しいんだよ』
やっぱり、と力なく肩を落とすかなめだった。


アンドリューは確かに大の日本びいきだ。そのせいもあって、日本語は読み書き会話、いずれも苦もなく扱える。
特に新旧を問わず日本のアニメ・特撮が大好きで、自宅には日本から買った物、もしくは輸入されたビデオやレーザー・ディスク等が山のように置いてある。
かなめが日本人だという事で、「日本でこういうのがやってただろう?」と、よく話しかけられたものだ。
彼にしてみれば共通の話題で盛り上がりたかったのだろうが、肝心のかなめは、別にアニメ・特撮のファンという訳ではない。
確かに「ウルトラマン」「仮面ライダー」「機動戦士ガンダム」といった超メジャー作品であれば話は別だが、それでも熱心に見ていた訳ではない上に「名前くらいは知ってるけど」というレベルでしかない。
ところが、アンドリューの方はそう思わなかった。
「こうしてアメリカに輸出されているのだから、日本では誰もが知っている有名な作品に違いない!」と真剣に思っていたようで、かなめが「知らない」という度に、
『何だと? 君は本当に日本人か!?』
と言って憤慨したのである。
中には一六歳のかなめが生まれる遥か前に放送された作品もたくさんあったのだが、そんな事はお構いなしだった。
こうして自分が好きな事を語って、テンションが上がって熱くなるというその心境は理解するのだが、憤慨されるのは心外である。
「でも……そういうのって通販とかやってるんじゃないの? インターネットとか」
今ではインターネットで、家にいながら世界各地の物を買える時代だ。かなめの呆れ声の提案ももっともと言える。
「そういえば仕事って言ってたけど、今なにやってるの?」
かなめはその話を打ち切ろうと話題を変える。するとアンドリューは幾分軽やかな口調で、
『アメリカに「ANIMELICA EX」っていう日本のアニメや特撮番組を紹介する雑誌があるんだけど、そこの編集長』
これには驚いた。自分の趣味をそのまま仕事にしてしまったようだ。しかも編集長である。
アメリカではマンガ・アニメは子供のものと考えられており「単純明快」「健全な内容」が求められている。
それに対し日本のマンガやアニメは必ずしも「子供向け」ではないし、中には下手な小説や映画よりも完成度の高い作品もある。
そうした日本のマンガやアニメがアメリカに入ってきて、マンガ=子供向けという評価も少しずつ変わっているようだと、以前彼が話していたのを思い出す。
「へ、へー。結構偉いんだ」
かなめの声に動揺が走る。
確かにアメリカでは、学生のうちに仕事を興したり仕事を持つというのは、多くはないが珍しくはない。
自分と同い年の筈なのに既に雑誌の編集長とは。かなめが驚くのも無理はない。
しかし、驚くと同時に違和感を覚えた。そういう仕事ならば、アニメや特撮にうとい自分よりも簡単に手に入るだろうし、コネだってたくさんあるだろう。
「え? で、でも、それなら仕事のツテで手に入らないの? 仕事仲間に頼むとかさ」
その問いに、アンドリューは苦笑して答える。
『確かに手に入るんだけど、そっちで手に入るのは通常版だけなんだ』
「ツージョーバン?」
『ああ。普通にDVDソフトのみの通常版と、初回限定グッズがつく限定版の二種類販売されるんだ。カナメにはその限定版の方を買ってきて欲しいんだ。いくら仕事にしてたって、そっちまで買うのは他の仕事仲間の目もあってね』
どうしても欲しいけど、自分で買うには周囲の抵抗があるから、買ってきて欲しいと。そういう事らしい。
『このところ仕事が忙しくて、予約するのすっかり忘れてたんだ』
アンドリューが電話の向こうで悔しがっているのが目に浮かぶようだ。しかしかなめは、
「気持ちは判るけど……それにしたってねぇ。あたしよりもっと事情の判る人に頼んだ方が……」
『そうするのがスジだろうけど、それだと俺が買ったっていう事実をバラされかねないし。その点カナメなら彼等とは接点がないし「昔の友人が送ってきた」って事で説明もつく。カナメ。頼むよ、この通り!』
「う〜ん……。そうは言ってもねぇ」
頼み方にかなり真剣味が帯びてきたが、やっぱりかなめは消極的だ。
自分も欲しいものであれば、多少はやる気も出そうなものだが、特別欲しくもないアニメのDVDでは。
アンドリューもそれを感じ取ったようで、最後の手段と言いたそうに、
『もちろんタダでなんて言わないよ。確か、カナメはジェームズ・ブラウンが好きだったよね?』
かなめはジェームズ・ブラウンのファンであるし、CDも彼直筆のサイン入りを始めとして、何枚か持っている。
『この間、彼のライブ・ビデオとニュー・アルバムが出たんだけど、買ってくれるんならそれを送ろう。日本じゃまだ発売されてないみたいだし、どう?』
「乗った!」
気がつくと、かなめは二つ返事で承諾していた。


「……とまぁ、そんな訳でね」
昼休み。かなめは生徒会室でプラモをいじってた、生徒会の備品係・佐々木博己に声をかけてみた。
かなめの周りで『そういった事』に詳しそうだから多少は……と思って話を振ってみたのだ。
「ああ。『ちょびっト』ですか。確か、発売は昨日でしたね。初回限定版には主人公のみぃちゃんのフィギュアがついてくるんですよ」
佐々木は苦もなくそう言ってのけた。かなめが有名なのかと問うと、
「そりゃ、原作者が有名な方ですから」
かなめは得意そうに説明する彼をぽかんと眺めていた。
「おまけにフィギュアの原型を、その道では有名な方が担当しただけあって、出来もなかなかのものですし。そっちだけでも買う価値は充分にあります」
そこまで行くと、かなめには未知の世界である。彼女はあいまいにうなづくと、
「なるほどね。じゃあ、学校の帰りにでも、その辺のお店に寄って……」
「それは止めた方がいいですよ」
かなめの考えを、佐々木はストップさせる。
「どうして? そんなに有名なら、その辺のお店でも売ってるんじゃないの?」
「ところが、そうじゃないんですよ」
佐々木はプラモをテーブルの上に立たせると、改めてという雰囲気を出して詳しく説明を始めた。
「実は、フィギュアなどがついた限定版っていうのは場所を取るんで、小さなお店だとなかなか置かないんですよ。現に昨日調布のお店では二つくらいしか置いてませんでしたし」
「そうなの?」
「ええ。フィギュアを壊さないようにって事で、専用のケースに入ってるんですが、それでだいたい一〇センチちょっとくらいの厚さの箱になるんで、やっぱり大きな店の方が、手に入る確率は高いですね」
佐々木は両手で「このくらい」と言いたそうに宙に四角を描く。
「それに、大きな店でも場所を取る事に変わりはないんで、結構嫌がられてるみたいですね。秋葉原のアニメイトでバイトしている友人がぼやいてました」
アニメイト。名前からして、その「大きな」お店の名前だろう。饒舌になった佐々木の話はまだ続く。
「それに、初回限定版・通常版っていうのは、ファン心理をあおって販売数を上げる為にやるんでしょうけど、たまに初回限定版がいつまでも売れ残ってるパターンもあるんで、それは見ていてみっともないと思うんですよ」
「はぁ……」
「そもそも限定版・通常版ってだけで品物を売るケースは多いんですけど、そういう商法で売りさばく時代はとっくに終わってると思うんですよね。去年の冬に、ある作品で『初回限定・フィギュア付単行本』というのが出たんですが、ブームが過ぎてたせいもあって、今でもマニア向けのお店で買えますよ。三割引くらいで」
「そおですか」
もうかなめにはついていけない世界に突入してしまっているらしい。一体何の話をしているのかさっぱり判らない。
「でも『ちょびっト』だとどうかなぁ。初回限定版は結構生産されるらしいんですけど、早めに行けば何とか買えるとは思います」
「そう、いろいろありがと」
かなめは参考になったのかどうなのかさっぱり判らない顔で、昼休みの生徒会室を後にした。


かなめは自分の教室に戻ってきた。すると廊下の隅で携帯電話を片手にぼそぼそと「英語で」で喋っている男子生徒が目に入った。
『……しかし、自分は……いえ、決してそのような……はい、了解しました』
彼は少々渋い顔で通話を切り、上着のポケットに電話をしまう。そこで、彼がかなめに気づき、
「千鳥か。どうかしたのか?」
彼女に油断なく鋭い眼差しを向けるのは、戦争ボケの帰国子女として校内で有名になってしまった相良宗介だ。
「電話? 誰と? 英語でって事は……<ミスリル>の仕事?」
かなめは周囲に聞こえないよう、彼の側でこっそりと訊ねた。
戦争ボケの帰国子女とは仮の姿。本当は多国籍構成の極秘対テロ組織<ミスリル>に席を置く現役の軍曹なのだ。
かなめはその秘密を知る唯一の生徒。だから宗介も素直に答える。
「いや、<ミスリル>の任務ではない。明日の土曜日、俺の上官が休暇で日本に来るのだ。その為に道案内を依頼されたのだ」
「上官って……まさか!?」
かなめの脳裏には、自分と同い年なのに<ミスリル>で「大佐」の地位にいる少女の顔が浮かんだ。
「いや。君は会った事がない人物の筈だ」
「そ、そう……」
宗介の表情は幾分緊張している。しかし、彼はウソを言うタイプではないから「彼女」ではないだろう。きっとウマが合わないとか好かれていないとか、そういう上官なのだろうとかなめは推測した。
「そっか……。土曜がヒマだったら、ちょっとつき合って欲しかったんだけど」
「なになに? デートの相談?」
いきなり会話に割って入られ、二人はすごい勢いで飛びすさった。
「キョーコ!」
「常盤!」
かなめと宗介の声が綺麗に重なる。そこにいたのはかなめの親友である常盤恭子だ。彼女はかけているトンボメガネをくいと上げて二人を交互に見つめると、
「仲がいいのも結構だけどさ。もうチャイム鳴ったよ」
「え、そうなの?」
「う〜ん。チャイムが聞こえないほど話に夢中になってるとは。二人の仲も随分進展したんだねぇ」
恭子は芝居がかった口調で腕を組み、うんうんとうなづいている。
「ベ、別にそんなんじゃないわよ、ね、ソースケ?」
「う、うむ。今の俺の知人からの電話について、説明をしていたのだ」
かなめの方は照れが入り、宗介の方は機密漏洩かと思い、二人とも狼狽している。恭子はそんな二人を見つめて、
「あたしとしては、ラブラブな二人の会話を邪魔するつもりはなかったんだけどさ〜」
「ラブラブじゃないわよ」
咳払いをしつつ、トゲのある調子で言い返す。
「ところで、デートじゃないなら何の相談?」
「はいはい。後でじっくり話してあげるから」
かなめが間髪入れずにそう言うと、彼女の背を押すようにして教室に入った。


放課後。学校最寄りの泉川駅近くのマクドナルドで雑談しながらの軽食。そこでかなめは恭子に昨日の電話の一件を話して聞かせた。
「へ〜。あたし達と同い年で、雑誌の編集長さんなんだ。すごいね」
話を聞いた恭子は、素直に感心する。一方かなめの方は少々冷めた目で、
「ま、昔からアニメとか特撮とか、いっぱい見てたみたいだし。『クールだ』とか言って」
「クール?」
「この場合は『カッコイイ』みたいな意味よ」
かなめは帰国子女らしく、辞書にあまり載ってない言い回しに解説を入れる。
ニューヨークにいた当時、目をキラキラとさせてアニメや特撮にまつわるエピソードをいちいち語るアンドリューの姿が思い浮かんだ。
その時の彼は、確かに独特のオーラのようなものを感じて、悪い意味で近寄り難いものがあったのは事実だ。
しかし、一途に一つの事に打ち込んで、ついにはそれを仕事にまでしてしまった。
何事も極めれば立派なものである。その功績は素直に讃えてしかるべきだと、頭では思っている。
「まあ、明日は空いてるから大丈夫だけど。どこで買うの? 新宿?」
恭子がそう訊ねて紅茶を一口飲む。かなめはポケットから折り畳まれたコピー用紙を取り出し、
「さっき生徒会の佐々木くんに聞いたんだけど、新宿よりは秋葉原の方がいいだろうって。そういうのを売ってるお店の数も多いみたいだし」
かなめの家からなら新宿の方が近い。だが、ここは玄人(?)の彼の意見に従う事にした。
「でもカナちゃん。秋葉原って、行った事あるの?」
「ううん。ずいぶん行ってない。ニューヨークへ行く前の、小学校の時以来かなぁ。色々電化製品買いに」
かなめが「いつだったっけ」と思い出しながら恭子に話すと、
「気をつけた方がいいよ。今の秋葉原って、すっかりオタクの町になってるから」
静かに諭すように恭子が語る。まるで命からがら逃げ延びてきた探検家を思わせるしみじみとした目だ。
「この間MDプレーヤー買いに行ったついでにぶらぶら歩いてみたんだけど、エッチなイラストのアニメのポスターがバンバン貼ってあるし、道行く男の人は、何故か決まって大きなリュックやカバン持ってるし、変な水着みたいなコスプレお姉さんがチラシ配ってたりとか……」
幼い子供に言い聞かせるようなノリで切々と自分の体験談を語る恭子。
彼女の言う「エッチなイラスト」というのは、ミニスカートの少女が膝を抱えるように腰かけているのでパンツが丸見えになっているとか、制服のスカートがどう見ても不自然に翻っている(しかも妙にロー・アングル)とか、着物の襟を大きくはだけた流し目の少女などのポスターだ。
実はそのどれもがお色気過剰路線の深夜帯アニメの宣伝ポスターなのだが、知らない人が見れば間違いなく誤解するだろうし、そう思うのも無理はない。
それらを逐一語る恭子を見たかなめは苦笑いをして、
「大袈裟ね。たまたまその日がそうだったとかじゃないの?」
「う〜ん。でも、あのノリはただ事じゃなかったなぁ」
恭子はもう懲り懲りという雰囲気でポテトをもぐもぐとかじる。
「別に地雷が埋まってたり、テロリストに襲われたりする訳じゃないんでしょ? 大丈夫よ」
かなめがけらけら笑って言うと、
「カナちゃん。それって相良くんの発想だよ」
鋭いツッコミにかなめの笑いが止まる。確かに戦争ボケ思考の宗介なら、そのくらいは言うだろう。
「キョーコ。あ、あんなヤツと一緒にするのやめてよ。気色悪い」
図星を突かれて、照れ隠しにむすっとした顔になる。そんなかなめを見た恭子は、
「ま、『朱に交われば赤くなる』って、昔から言うし」
「あー、はいはい」
かなめはため息一つつくと、改めてコピー用紙に目をやる。そこには、佐々木の手による秋葉原駅周辺の大雑把な地図が書かれており、いくつかの店の名前と位置が記されていた。
家に帰って東京都の地図と照らし合わせれば何とかなるだろう。そう楽観したかなめだが、
「で、相良くんも行くの?」
その一言で、ストローですすっていた爽健美茶を吹き出しそうになる。
「な、何をいきなり……」
涙目になって咳き込むかなめを、生暖かい目で見つめる恭子。
「あ、そっか。昼休みのあの相談は、その事だったんだね」
一人で勝手に解釈して、うんうんとうなづく。
「何だかんだ言って、いつも一緒だもんね、カナちゃんと相良くん」
「ベ、別に……好き好んで一緒って訳じゃないわよ」
かなめが口を尖らせて、恭子から視線を逸らす。すると恭子は、
「まぁまぁ、照れなくてもいいよ。あたしはカナちゃんの味方だから。二人の邪魔なんてしないよ」
以前「頭に天使のわっかを乗せたらさぞ似合うだろう」と評した、何の悪意もない笑顔を浮かべる。
ただ、今回に限って言えば、ちらちらと悪魔のしっぽが見え隠れしているように感じるのは気のせいか。
「あたしは、明日はちょっと用事があって行けないけど、頑張ってね、カナちゃん」
「ちょっと、キョーコ。あんたさっき『明日は大丈夫』って言ったばっかりじゃない!」
テーブルに両手をつき、身を乗り出すように詰め寄るかなめ。だが恭子は先程の笑顔のまま、
「それがね。たった今、急にダメになっちゃったの」
両手を合わせて謝罪する恭子の目は「二人で仲良く行ってらっしゃい」と声高に語っていた。その目を見たかなめはテーブルに突っ伏して、
「この悪魔……」
吐き捨てるように毒々しく呟いた。やはり悪魔のしっぽが見えたのは気のせいではなかったようだ。
かなめはそんな気分を変えるように空元気を出すと、
「ソースケは、明日外国にいた頃の知り合いが日本に来るんでダメなの。佐々木くんも、明日は人と会う用事があるって言ってたし……」
かなめは再びため息をつく。
「なるほどね。相良くんと一緒に行けないから、すねてると」
「すねてないっ!」
反射的にかなめは身を起こし、恭子の頭に軽く手刀を叩きつけた。

<中編につづく>


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