『安請け合いのリクエスト 中編』
次の日の土曜日。お昼過ぎになって、かなめは恭子と共に秋葉原に到着した。
「電気街口」と書かれた出口から出ると、老若男女様々な人間達が入り乱れ、どこかのお店のテーマソング(らしきもの)が響きわたり、揃いのジャンパーを着てチラシのような物を配る人々の声が聞こえ、すぐ側では献血を願う拡声器の声がこだまする。
「しかし……すごいわね」
かなめは開口一番そう呟いた。
佐々木に書いてもらった手書きの地図は、家にあった東京都の地図と照らし合わせてチェック済みである。
それでもこうして実際にその地に立ってみると、高いビルが立ち並ぶ様に圧迫感まで感じ、それがどれだけ役に立つのか、少々不安になってきた。
「とりあえず、二手に別れよ。キョーコはこの通りのこっち側。あたしは信号を渡ってこっち側を行くから」
修正を加えた手書きの地図に指を走らせて、かなめは指揮官よろしく作戦の最終確認を済ませていく。
それらをいちいちうなづいて聞いた恭子は、かなめから地図のコピーを受け取り、ポケットにしまいこんだ。
「判った。『ちょびっト』の初回限定版DVDだね」
そう言った恭子の肩にかなめが片手を置き、どこかの軍の指揮官になったつもりで力説する。
「JBのライブ・ビデオとニュー・アルバムが手に入るかは、君の双肩にかかっている。頼むぞ、キョーコくん」
「で、あたしには何してくれるの?」
恭子がすまし顔でかなめの肩をつつく。
「もうキョーコの好きな事、何でもしてあげちゃうから。お願い」
かなめはかなり芝居がかっているとはいえ、かなり媚びた口調で恭子の両手を握りしめて懇願する。
「落ち着いて、カナちゃん。目がマジだよ」
彼女の呆れ顔を黙殺し、かなめは静かに、かつ力強く宣言する。
「それはともかく。準備はいい?」
恭子は何か言いたそうにしていたが、結局無言でうなづいた。
「では、作戦開始!」
二人は電器店が立ち並ぶ大通りに向かって、人混みを縫うように歩き始めた。


信号を渡ったかなめが最初に向かったのは、八階はあるであろう大型の店舗だった。
その店の入口では、耳に何かの飾りをつけた髪の長い女の子がチラシを配っていた。何気なく差し出されたそれを何となく受け取って店内に入る。
店の奥の方を見ると、天井に「エレベーター こちら↑」と書かれたプレートが釣ってあり、それを頼りにエレベーターホールへ向かう。
ボタンを押してエレベーターを待っている間に、さっき受け取ったチラシをちらりと見た。
パステルで書かれたような淡い色彩のイラストの下に「ちょびっト・タイピング練習ソフト」の文字。イラストは、さっきチラシを配っていた女の子の格好に酷似している。
マンガ(おそらく)のキャラが、パソコンのタイピングをいろいろ教えてくれるというソフトだろう。
「いろんなモンが出てんのね、最近は」
いらないので捨てようかとも思ったが、近くにゴミ箱がないので仕方なく四つにたたんでリュックにしまった。
……イラスト自体は結構綺麗だし。
エレベーター側に貼られた店内案内によると、アニメのビデオやDVD売り場は六階にあるようだ。
「よし。とっとと済ませちゃおう」
意味もなく自分自身に気合いを入れて、やってきたエレベーターに飛び乗った。
そうして六階に到着。早速カウンターで暇そうにしていた店員に聞いてみる。
しかし、結局その店では売り切れであった。DVDのみの通常版はそれなりに残っていたものの、限定版は昨日で売り切れたらしい。
何故か店員の露骨に嫌そうな顔に見送られ、かなめは次の店に向かった。


結局次の店にもなかったので、かなめは三軒目の店にひた走る。この時ばかりは、膝丈のセミタイト・スカートと履き慣れないショート・ブーツという装備をちょっとだけ後悔した。
おまけに、道には大きなリュックや肩掛け鞄を持った人がゾロゾロと歩いており、すり抜けて歩くのも難しい。身体のあちこちに鞄やリュック、相手の肩がガンガンぶつかってくる。
さらに、鞄やリュックの中に何が入ってるのかは判らないが、かなりパンパンなので、当たるとかなり痛い。
「ったく……。何が『早めに行けば何とか買える』よ。全然売ってないじゃない」
佐々木の昨日の言葉を思い出し、心の中で彼に悪態をつく。だが、悪態をついたところで何も変わらない。
今度の店も、一軒目と同じく背の高いビルだ。入口にあった店内の案内図を見ると、この店のアニメのビデオやDVDのコーナーは四階らしい。
「まったく。何でアニメのコーナーって、揃いも揃ってビルの上の方に作るのよ」
さっきよりはマシだが、それでも何度も高いビルを上がったり下がったりした為、運動が得意で比較的体力派のかなめでも愚痴を言いたくなるのは無理もなかろう。
しかし「JBのため!」と気合いを入れ直し、ビルの中に突入した。
入口脇にあったエスカレーターを、誰もいないのをいい事に駆け上がっていくが、それも途中まで。後はとんとんと足踏みしつつ、エスカレーターが上がるのをひたすら待つ。
そしてエスカレーターが四階に到着した時、そこに見慣れた人物を発見した。
ぼさぼさと言っていい、ざんばらの黒髪。油断なく鋭い視線で辺りを警戒している、口をヘの字に結んだ戦争ボケ男――相良宗介であった。
「ソースケ!?」
「むっ、千鳥か?」
さすがの宗介も、いきなり現れた彼女を見て驚いている。かなめも同様だ。
「あんた、何でこんな所にいるのよ!?」
彼の言葉をそのまま信じるならば、今日は上官の道案内の筈。それを思い出し、その後の言葉を飲み込んだ。
しかし、このフロアはアニメのビデオやDVD、サウンド・トラックを売るフロアの筈。宗介の上官という事は、まぎれもなく軍人である。
そんな軍人さんが、こんなフロアに用があるのか? かなめはそんな事を考えた。
「まあいいや。あたし、今日はちょっと急ぐから。じゃあ後でね、ソースケ」
一通り店内を見回してカウンターの位置を確認すると、小走りで駆けて行った。途中ずいぶん背の高い黒人男性とすれ違うが、
(ガイジンさんでも、アニメ好きな人はいるのね)
と、別に気にもとめなかった。


かなめが宗介と出会う少し前――
そのフロアのカウンターに、二メートル近い身長の、黒人の男が立っていた。
Tシャツにジーンズ。その上に薄手のジャケットを羽織っただけという、ちょっと季節に合わない恰好だが、がっしりとした逆三角形体型の為かむしろサマになっている。
男は懐から一枚の紙切れを取り出し、店員に差し出した。
店員は彼を見て呆気に取られ「え〜と、英語で『いらっしゃいませ』って何て言うんだっけ?」と言いたそうな目で男を見上げていたが、
「予約したDVDを引き取りたいのだが」
男の口から出た、思いのほか流暢な日本語を聞いた店員はようやく安心し、紙切れ――予約引換の伝票控えを確認して、背後の棚から目的のDVDを持ってきた。
「はい。『ちょびっト』のDVD・初回限定版ですね」
店員の事務的なその声が、彼に任務達成の瞬間を超えた感動と感激を与えていた。
彼がそのDVDの発売を知ったのは、同僚達に内緒で愛読しているアニメ雑誌だった。
常連としているアニメ評論サイトでも話題になっており、一度見てみたいとも思っていた。
しかし休暇などなかなか取れないので買いに行けない。予約する事も考えたが、そうなると「職場」内の人間を経由して自分の手元に届くため、ひた隠しにしている自分の趣味がバレる危険が高まる。
それだけは、体面もあって避けたかったので、DVDの購入を半ば諦めていた。
しかし、コピーをしてもらうのは、彼なりのこだわりがあるのかやりたくはなかった。
だが、ひょんな事から今日の休暇が取れた。その事をアニメ評論サイトで知り合った仲間にメールを送ったところ、
《それなら、知り合いに頼んで何とかしてみますよ》
という返事が返ってきたのだ。
そして、彼は本当に何とかしてしまったのだ。
『案内役』と会う前に、彼からその予約引換の伝票を受け取り、現在こうして無事購入に成功。諦めかけていただけに、喜びもひとしおである。
店名の刻印されたビニール袋から掌に伝わってくるDVDプラス初回限定版の特典であるフィギュアの重みが、まぎれもなくこれは現実だと語っていた。
(アラーよ……)
イスラム教徒らしく、心の中で自身の神にありったけの讃辞を述べ、『案内役』の待つエスカレーターまで戻った。
途中、彼と何か話していた髪の長い少女とすれ違ったが、別に気にもとめなかった。
『待たせたな、サガラ』
今度は英語で『案内役』――相良宗介に話しかけた。自身の内心の喜びを欠片も出さない無表情な顔だ。
『いえ、中尉殿』
宗介の方も背筋を伸ばし、英語で答える。
中尉殿――多国籍構成の極秘対テロ組織<ミスリル>のベルファンガン・クルーゾー中尉は、無表情の中にも満足気な目で、
『目的は達成した。ご苦労だった』
『いえ。下士官としての務めを、果たしたまでです』
相手の中尉は休暇中なのだが、あくまでも宗介の応対は真面目なものだった。
確かに、軍曹である宗介が、中尉であるクルーゾーに敬意を払うのは当然である。
『ところで、今お前が話をしていたあの少女が……?』
『はい。彼女がチドリ・カナメです、中尉殿』
クルーゾーは振り返り、ここからでは横顔しか見えない彼女の方を見る。
「申し訳ありません。その商品は売り切れました。現在は予約なさった方の受け渡しのみなんです」
「そうなんですか? 前の店も売り切れだったんですよ。すごい人気があるんですね」
少し離れたカウンターから、店員と彼女の声が小さく聞こえてくる。何を買いに来たのかは判らないが、どうやら買う事は出来ないようである。
『彼女が何を買いに来たのか、聞いているのか?』
『申し訳ありません。自分には判りません』
苦しそうな顔で少しうつむいた宗介が答える。その答えを聞いたクルーゾーは、
『それならば、彼女のサポートをしろ。お前にどこまでできるかは判らんがな』
突然の事に、宗介が言葉に詰まる。だがクルーゾーは、
『こちらの用事は終わった。後はどこかで食事でもして帰るだけだ。もう道案内の必要はない』
それから彼は、まだ店員と話し込んでいるかなめの方を見ると、
『それに、お前は<ミスリル>の契約内容を変更してトーキョーに――いや、彼女の側にいる事を選んだ筈だ。それならば初志貫徹してみせろ。命令にしてもいいんだぞ』
いつも通りの厳しい眼差しでかなめを見ながら、宗介に命じる。
宗介はうつむいたまま「了解しました」と告げたため気づかなかったが、クルーゾーの表情は微妙に焦りの色が交じり始めていた。
やがて決着がついたのか諦めたのか、少々がっかりした顔でこちらに歩いてくるかなめの姿が。
「どうかしたのか、千鳥?」
「う、ううん、別に」
そう返事をした時、ついさっきすれ違った黒人男性が、宗介の隣に立っているのに気づいた。
ずいぶん背が高い。おそらく二メートル近くあるだろう。決して小柄な筈ではない宗介も、彼が隣に来れば子供にしか見えない。
「ね、ソースケ。ひょっとして、この人があんたの言ってた『上官』さん……?」
以前彼女は宗介と同じ隊の人達と会った事があるが、この人物を見かけた覚えはなかった。
クルーゾーはわずかに「しまった」という顔つきをしていたが、すぐに幾分穏やかな表情になると、
「ベルファンガン・クルーゾーです、ミス・チドリ。こうしてお会いするのは初めてですが、あなたの話は部下達から何度か聞いています」
かなめの身長に合わせるように少し背を折るようにして、すっと右手を差し出す。
「あ、いえ、こちらこそ。ソースケがいつもお世話になってます」
言ってから「世話してるのはこっちか?」と心の中で自分自身にツッコミを入れ、かなめもその手を握り返した。
ごつごつして力強いのに、暖かみのある手。戦いを生業とする軍人の持つイメージとはかけ離れた、優しい手。彼女はどこかでこの感触を味わった気がしていた。
(あれ? 何か……)
クルーゾーを見たかなめは、初めて会った筈の彼に、手の感触と共に奇妙な親近感を覚えた。
雰囲気、というのだろうか。何となくというレベルではあるが、誰かに似ているのだ。
(ソースケかな?)
彼女は、目の前の宗介とクルーゾーを見比べてみた。
日本人と黒人。身長も二〇センチくらい差がある。
クルーゾーは逆三角形体型でがっしりとしているが、宗介の方は、鍛えて引き締まっているものの、どちらかといえば痩せ形の部類に入るだろう。ずいぶん違う筈なのだ。
しかし、むっつりと押し黙った様子やどことなく生真面目そうな印象は、ずいぶんと似ていた。
(ソースケがもう少し年を取ったら、こんな感じの軍人さんになるのかな?)
バカがつくくらい真面目で、責任感が強くて、寡黙だけど優しい軍人……。
そこまで考えた時、今自分がいるのがアニメのビデオを売っているお店という事に気がついた。
(という事は、ソースケもこういうの好きなのかな?)
……そして、休暇になると、黙々と孤独にアニメのビデオ観賞をしている宗介。
そこまで考えて、かなめは自分の想像を振り払った。
(これじゃ、ただのネクラなアニメオタクだってば……)
意味もなく脱力感に襲われるかなめ。そんな時、ポケットの中のPHSが呼び出し音を奏でた。
かなめは「ちょっと待って下さい」とばかりに手を上げ、PHSを取り出す。
液晶画面には知らない携帯電話の番号が表示されている。ちょっと前にあった「ワン切り」ってヤツか? とも思ったが、呼び出し音は何度も鳴っている。
かなめは恐る恐る電話に出た。
「……もしもし?」
『あ、カナちゃん? あたし』
聞こえてきたのは恭子の声だった。彼女なら自分のPHSを持っている筈。それなのに、なぜ見知らぬ携帯からかけてきたのだろう。公衆電話ならともかく。
「キョーコ? どうしたのよ、一体?」
『今ね。佐々木くんが隣にいるの。生徒会の』
「佐々木くんが?」
正直驚いた。ほとんど会った事がない筈の恭子を覚えていた事もそうだが、まさか秋葉原に来ていたとは。
『今、佐々木くんの携帯電話借りてるんだけど……』
「自分のPHSはどうしたのよ?」
かなめが呆れた口調で言うと、
『あ、充電忘れてて、バッテリーが切れちゃったの。ごめん』
いかにもありがちな答えを聞いて、ガックリと首を倒す。
「それで、DVDは手に入ったの?」
『いや、ダメだったんだけど……』
申し訳なさそうな彼女の声が電話の向こうから聞こえる。しかし、恭子は続けて、
『それで、これから落ち合えないかな。佐々木くんの友達の人が手伝ってくれるって』
かなめは少々腑に落ちない部分があったが、手伝いは多い方がいいだろうと思い、承諾する。
とりあえず自分がいる場所を話し、このビルの入口で合流する事となり、電話を切った。
その時、クルーゾーが自分の方を凝視しているのに気づく。疑問に思ったかなめは、
「どうかしたんですか?」
すると、クルーゾーは慌てて視線を逸らし、
「い、いや、その携帯の……いや、申し訳ない。忘れてくれ」
その慌てように首をかしげるかなめだったが、店の奥にエレベーターを発見すると、
「それじゃね、ソースケ。あたし、ちょっとキョーコ達と落ち合うから……」
「いや。彼と行きなさい」
クルーゾーが宗介の背を叩く。しかしかなめは、
「だけど、今日は道案内だって……」
クルーゾーは一歩かなめに近づき、
「自分の用事はもう済みました。それは先程彼にも言ってありますので、お気づかいなく。それから……」
それからかなめを無理矢理引っぱって、二人で宗介から離れる。クルーゾーは彼女の耳元でそっとこう言った。
「それから、あなたは我々の隊の何名かとは面識があるようですが、私が『こういった』アニメなどを購入し、観賞している事は、決して口外しないで戴きたいのだが」
いきなり何を……と身構えたかなめであるが、その答えを聞いた瞬間、きょとんとして彼の顔を見つめた。
だが、すぐに声を殺して小さく笑うと、
「判りました」
にこやかにそう答える。
「それじゃ、ソースケを借りて行きます」
「失礼致します、中尉殿」
かなめは軽く頭を下げ、二人で店の奥のエレベーターホールへ向かった。
エレベーターで一階に下り、店を出る。すると既に恭子と佐々木が来ていた。
そしてもう一人。地味なモス・グリーンのスーツ姿の見知らぬ人物がいた。細みで長身だが、少しばかり猫背の三〇前後の男だ。
耳にイヤホン・マイクをつけた顔はどこか子供っぽい印象がある。美形というよりは愛嬌がある感じだ。
「あ、センパイ。紹介します。この人がインターネットで知り合った遠山さんです」
「私が遠山です」
何故か妙に自信に満ち溢れた、偉そうな態度である。
「けど、よくキョーコの事覚えてたわね」
「あのおさげとメガネは特徴ありますから」
かなめの問いに苦笑いで佐々木が答える。恭子はその後ろで宗介にすすっと近寄って、
「何だかんだ言って、やっぱりカナちゃんと一緒だったんだね、相良くん」
「いや。たまたまこの店で会ったのだ。それ以上でも以下でもない」
彼はいつも通りにむっつりとした顔のまま答える。遠山と名乗った男はかなめに向かって、
「お話は常盤さんから伺いました。もしかして、あなたに買い物を依頼したのはアンドリュー・ウッドヘッドくんですか?」
かなめはぎょっとした顔で遠山を見つめる。かなめは恭子に彼のフルネームまで言った覚えはない。かなめの表情から図星と判断した彼はかなめを落ち着かせるように、
「彼とは面識があるのでね。おそらく自分が限定版を買った事を仕事仲間に知られたくないから君に頼んだのだろう。実に彼らしい」
遠いアメリカの友人に、こんな形で接点があるとは世間は狭い。おまけに彼はこの事は口外しないと約束さえした。
かなめが意味もなく感心していると、遠山がイヤホン・マイクに手を添えて何やら話し始めた。どうやら電話があったらしい。小声の早口で何やら喋っているのが判る。
通話が終わると、彼は間髪入れずにあっさりと言ってのけた。
「見つかりましたよ。『ちょびっト』の初回限定版」
かなめと恭子は、自分達が走り回ってちっとも見つからなかった物を、あっという間に見つけたという事実に驚いていた。一体どういうコネを使ったのか。
「見つけた店は二軒あるのだが、一軒は中古販売店だし、ここから少しばかり歩く。近い店でいいかな?」
かなめはそれでいいと了承する。
「しかし、あたし達の苦労は何だったんだろ」
着いた早々高いビルを昇り降りし、さらには人混みを幾度もかき分けて探し回った物をあっさりと見つけたのだから、かなめの落胆ぶりも無理もないだろう。
「遠山さんは、ここ秋葉原の主みたいな人ですから。人脈も広いですし。それに……」
「それは違う。自宅と仕事場が近いから、毎日来ているに過ぎない。主などとはおこがましい」
何か言おうとする佐々木を制し、やんわりと反論すると、
「ただ、この面々でその店に行くのは、少々心苦しいのだが」
一同を見回した遠山が、困惑顔で呟いた。

<後編につづく>


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