『整備班長ジャンがしたこと 中編』
翌朝。大神はシャノワールにやって来た。薄めたとはいえ飲み慣れないウイスキーを飲んだからだろうか、ほのかにズキズキとする頭を抱えて。
(二日酔いになるよりはマシだけど……)
そういえば日本の帝國華撃団での上官も大の酒好きではあったが、「洋酒ってヤツは薬臭くて好きになれねぇ」と言って飲んでいなかった覚えがある。
確かに「薬」を飲んで二日酔いになるのでは洒落にもなるまい。思い浮かんだ考えに苦笑する。
「よぉ、冴えないツラして何やってんだ?」
入口でけだるく声をかけてきたのはロベリアだった。いかにも起き抜けというか寝不足というか。元気や覇気という言葉が抜け落ちているような様子で。
「ロベリアこそ元気がないようだけど、一体どうしたんだい?」
「アンタの知ったこっちゃないよ」
間髪入れずにべもない返事。だが彼女のこういう反応はいつもの事だ。さすがに慣れてきた大神は、
「隊員の事を気にかけておくのも、隊長の役目だ」
「ほー」
「みんなにはいつも元気でいて欲しいからね」
「ほー」
信用していない呆れた冷たい視線を送るロベリアだが、ふと何かを思いついたように、
「そんなに言うんなら、元気のない元凶を何とかしてもらおうじゃないか」
何か良からぬ企みを思いついたような、得意げな笑み。その不穏な雰囲気に逃げようとする間もなく大神はあっさりと捕まった。
「ほら、早くこっちへ来な」
大神はロベリアに荒っぽく二の腕を捕まれ、引きずられるように店内に連れ込まれた。
彼女は大神が何か言うのにも耳を貸さず、黙ってずるずると腕を引っぱって店の奥に向かっている。奥にあるのは地下へ行くエレベーターホールだ。
ロベリアは大神を押し込むようにエレベーターに乗り込むと、慣れた手つきでボタンを押し、エレベーターを下降させる。
このシャノワールの地下には倉庫やシャワー室がある。そこまではシャノワールの人間誰もが知っている。ちなみにロベリアは倉庫の一画を勝手に拝借して、自分の部屋として使っている。
そしてそのさらに地下には、巴里華撃団関係者しか知らない、華撃団中枢部と言える指令室や格納庫がある。
「いつも以上にうるさくてよ。朝なのに寝てられやしない」
ロベリアは不機嫌そうな顔を隠そうともせず、嫌味ったらしくぶつぶつ呟いている。
普通朝は起きるだろ。そう言いたくなる大神だが、これ以上不機嫌になられても困るので、黙っておく。
それにしても地下が「いつも以上に」うるさいとは、どういう事なのだろう。
指令室はともかく、格納庫は光武Fやその他のメカの点検整備や修理などでほぼ毎日フル稼動している。
わずかな痕跡からその存在が漏れるか判らないので防音対策もしっかりしており、前に一度ロベリアの部屋を訪れた時も地下からの騒音や振動は全くなかったと記憶している。
長年泥棒稼業をしてきたロベリアには、自分とは比べ物にならないほど聴覚や気配を読む力に長けている。その優れた感覚が遠い地下からの騒音や振動を聞き取ってしまっているのだろうか。
そんな風に考えた大神だが、エレベーターはあっという間に倉庫のあるフロアを通過し、ぐんぐん下降している。
そして着いたのは格納庫だ。
エレベーターのドアが開くなり、何やら言い争う声が聞こえてくる。整備班達だけのものではない。とすると……。
「何やってるんだ、みんな」
言い争うようにしていたのは、やはり自分の部下達だった。彼女らと整備班の面々が、ジャンを取り囲むようにして対峙している。大神は先頭に立つグリシーヌとコクリコに事の詳細を訊ねてみる。
なんと、彼女達は整備の手伝いに来たのだという。ジャンの姪が出産のため病院へ行った事を聞き、何とかできないものかと考えた結論である。
「隊長さんからも、何か言ってやってくれ」
グリシーヌやコクリコ達の真剣さが汲み取れるだけに、いつものように一喝できず困った顔で助けを求めるジャン。
すると彼女達は今度は大神に向かって、
「確かに我々は機械の事は素人だが、それでも何かできる事はあるだろう。『義を見てせざるは勇無きなり』だ」
力強くそう宣言するグリシーヌ。
「そうだよ。何か運んだり片づけたりするくらいならボク達だってできるよ」
目を輝かせて「手伝わせて」と訴えるコクリコ。
「お願い致します。及ばずながらお手伝いをさせて下さいませ」
男子をたてるという日本の「大和撫子」たれと教育された花火にしては珍しく、きっぱりと大神に告げる花火。
その静かな迫力に、思わず大神もたじろいでしまう。女子の発する無言の圧力の怖さ、である。
そんな圧力とは全く無縁なのがエリカである。
「ジャン班長が大変なんですから、ここはわたし達が力になるのが一番だと思うんです」
だが、エリカにそう言われるほど不安を感じるものはない。普段の彼女を知っている人間は誰しもそう思うだろう。
「それに、町のおばさんから聞いたんですけど、初めての出産の時は精神的に不安定になってしまうものなんだそうです」
例によってエリカがうなづきながら口を開く。
「おまけに旦那さんであるセザールさんがケガをしてしまって、ますますセシルさんは不安で心細くなってると思います。それを元気づけてあげられるのは、やっぱりジャン班長だけだと思うんです」
エリカにしては、至極まともな事を言っている。そのまともさに周囲から驚きの目を向けられている事には気づいていない。
だがロベリアがいる事には気づいたようで、彼女は目を潤ませて、
「ロベリアさん、やっぱり来てくれたんですね、エリカは信じてました!!」
両手を広げ、褒めてあげたいくらいの猛スピードでロベリアに飛びついた。
「バッ、バカ野郎。放せエリカ!!」
露骨に嫌がるロベリアに全く気づいた様子がなく、エリカは抱きついたまま声を弾ませて、
「あれだけ熱心に訴え続けたんですから、何だかんだ言っても仲間思いのロベリアさんがわたし達を見捨てる筈はないと思ってました。有難うございます!」
「アタシはただ隊長を連れて来ただけだっての!」
何とエリカは、明け方からついさっきに至るまで、ロベリアの枕元で「整備班の人達を手伝いましょう」と延々と語っていたそうである。
最初は無視を決め込んでいたロベリアだが、エリカは飽きる事なく延々と訳の判らない理屈を並べ立てた説得を続けていたそうである。それもロベリアの耳元で。
もちろん説得だと思っているのはエリカただ一人で、世間一般的には単なる睡眠妨害。それも極めてタチの悪い。
おまけにエリカの理屈は理屈になっていない。脈絡もなく思いついた事をただ並べているだけである。
聞いているだけで疲れてくるがその疲れで眠れる訳ではない。ある意味拷問のようなものだ。「元気がない元凶」という喩えは実にその通りだと大神は思う。
そんなロベリアに心から同情する大神。だがエリカの気持ちも判らない訳ではない。
たとえ素人でも何かしたい、何か手伝いたいと考えるのは当たり前だろう。ロベリアを除けば皆そういう性分なのだから。整備員の数は充分にいたとしても、少しでもみんなの役に立ちたいと彼女達が考えるのは至極自然な事だ。
「ともかくそういう訳だ。姪御殿の元へ行って、少しでも支えになってやって欲しい。これは我々の総意だ」
グリシーヌが真剣な目でジャンを見つめている。すかさずロベリアが小声で「アタシは入ってないぞ」と呟くが、彼女はそれを無視する。
整備班の面々も口々に「行ってやって下さいよ」「こっちは任せて下さい」とジャンを励ますように声をかけている。
一方のジャンはむしろ困ったように口を歪ませると、
「そうは言うがなぁ。俺なんかがお産の場にいたって、何の役にも立ちゃしない。ここで機械いじってる方がマシだ」
言いたい事は判るが、どうにも納得のいかない彼女達。
「そもそも今行ったって『仕事はどうしたの?』って気を使われるだけだろ。それこそマズイだろう。おまけに俺は整備責任者だ。いくら身内の大事でも責任者が仕事を放り出せる訳がないだろ」
ジャンの本音を「男の理屈」と言い切る事は簡単だが、そう言い切ってしまいたくない。そんな複雑な気持ちを抱え、一同が黙り込んでしまう。
だが大神はあえて心を鬼にして言った。
「そのセシルさんの助けになれる人は他にもいるけど、整備の責任者はジャン班長しかいないんだ。それに何十人も休んでいる訳じゃない以上、整備は整備班に任せるべきだよ」
その一言に彼女達は驚く。大神の言葉はさらに続いた。
「俺達は出動がかかった時に、万全の体制で出られるようにしておく事の方が大事だ」
「……貴公らしくないな。困っている人々の助けになる事が悪いとでも言う気か?」
案の定グリシーヌが静かな表情で返答する。だがその奥には今にも飛びかかって来そうな猛獣の気配が垣間見える。自分の行動を真っ向から批難されて、内心ではかなり怒っているようだ。
「いきなり『手伝わせてくれ』って言われても、整備班の人達は面喰らうだけだよ。下手をしたら自分達の腕を信用していないって思われて、士気にも関わってくる」
少なくとも軍隊ではそうだ。巴里華撃団は軍隊ではないが、似た性質の組織である事は事実だ。
「それともグリシーヌは、整備班の人達を信用も信頼もしていないのかい?」
うっと返答に詰まり、内心あたふたしているグリシーヌ。表面に出ていないのはさすがと言うべきか。
「そっ、そんな事は言っておらぬ。無論信頼している。でなければ大事な機体を任せたりはせぬ」
「じゃあ、信頼して任せようよ。素人があれこれ横から口を出すほど、迷惑なものはない」
キッパリとした大神の言葉は、経験に裏打ちされたかのような説得力をもって彼女達に響いた。
「じゃあ、ボク達は何もしちゃいけないの?」
そんな中、悲しそうな顔で大神に訴えるコクリコ。そんなコクリコを見たジャンは、
「……あー、そのー、ま、なんだ」
何と形容していいか判らぬ不思議そうな顏のままのジャンがぎこちなく声をかける。
「気持ちはもらっておく。いよいよってなった時には、甘えさせてもらうとするよ」
その一言でコクリコの顔がぱあっと明るくなる。
「じゃあさ。せめて整備してるトコ、見ててもいい?」
コクリコはジャンと大神を「お願い」と言いたそうに見つめている。
「あ、わたしも見てみたいです〜。何だか面白そう」
エリカも諸手を上げて笑顔でそう言った。
グリシーヌも花火も無言ではあるが、気にはなっているようだった。
「……まあ、作業の見学くらいならいいだろう」
少し考えてから、大神が口を開いた。
「でも、シャノワールでのステージに穴を開ける真似はダメだ。それだけは注意してくれ」
「今日はわたし達の出番はないから大丈夫ですよ、大神さん」
エリカの言葉に皆がうなづいた。だからこそ整備の手伝いを買って出たのであるが。
ロベリア以外の面々は嬉々として、それぞれの機体の元に向かう。それが始まりかのように、整備班の面々も大急ぎで整備を始めた。
その様子を見守っていた大神の肩をジャンが叩く。
「らしくない物言いだったじゃないか、隊長さん」
普段ならグリシーヌの言う通り「みんなで手伝ってあげよう」と言っていただろう。それは大神自身も判っている。
彼は苦笑いもせず真面目な顔で光武F達を見ていた。
「戦いにおいては『見る事も訓練のうち』って云います。いい手本を見て真似をしたり、戦う相手を隅々までよく観察して戦法を考えたり、勘じゃなくて相手の武器を見て攻撃を受けたり避けたりする事を覚えるのも立派な訓練。武器の使い方を学ぶだけが戦う訓練じゃないでしょう」
いきなり始めた的外れに思える例え話に不思議そうな顔をするジャン。
「それと同じで、自分達には無関係に思える光武Fの点検作業を見るだけでも、きっと何か得るものがある筈です」
自分とは縁がなく楽そうに見える他の現場にも、自分と遜色ない苦労がある。それを自分の目で見て自分の考えで理解する事は、決して無駄な事ではない。
「それにみんなは、光武をただの道具にしか見ていない気がするんです。戦闘が終われば完全に整備班まかせ。自分の扱っている機体に起きた事を詳細に報告するのは搭乗者の義務ですが、なかなかやってもらえなくて」
戦闘中に起きるトラブルは戦闘中でなければ判らない。指令部でモニタリングされているとはいえ、詳細な報告ができるのは搭乗者だけ。それと整備を手伝ったり口を挟んだりするのは違うのだ。
「それが重要だって事に、自分で気づいてくれればと思ったんですが」
「確かにそういう報告はほとんどないな。派手に壊れた時は別だが」
大神のセリフをジャンが肯定する。
「ちゃんと報告してもっと彼女達に合わせた調整ができれば、光武はもっともっといい働きができる筈なんです」
光武の設計思想は「乗り手の能力を素直に増強・延長させる」である。日本での二度にわたる戦いでその事を身にしみて理解している大神だからこそ出る言葉だ。
「彼女達に合わせる、か……」
かつてヨーロッパを巻き込んだ大戦乱「欧州大戦」。もちろんジャンも機械整備員という立場でその戦争に参加していた。
だが戦争時は扱う機械に搭乗者が合わせる事が常識で、それができない者は戦場で死ぬだけだった。
大神の言う「搭乗者の方に合わせる機体」。それがいい事くらいは判る。大きすぎる服や小さすぎる服では満足に動ける筈がないからだ。
国同士が戦う戦争ではそんな事をしている余裕はない。だが今は違う。それができる環境なのだ。
元々光武は「乗り手に合わせて武装の換装ができる」設計になっているのだが、武器を変えるだけでいいのだろうか。いやよくない。それならば……。
それでジャンが思いついた事が形になるのは、もう少し先の事になる。


格納庫に様々な音が響き渡る。
機材を動かすクレーンの音。パーツを運ぶ台車の車輪の音。金属同士が動き、触れ合って立てるかん高い音。溶接をする激しい火花の音。それに人々の(特にジャン班長の)怒号が加わる。
それらの音が混ざり合い、壁を跳ね回り、自分の身体を打ちのめす、あらゆる音に満たされた空間。
どんなに栄えた賑やかな市場も、ここと比べれば静かな廃虚だ。
用事で地上へ行っていた大神が再び地下に戻って来た昼下がり。整備の見学をしている筈のエリカ達は、そんな音から若干遠く離れた格納庫の入口付近にペタンと座って、元気なくぼーっとしていた。
どうかしたのかと大神が声をかけると、少し間が開いてコクリコが口を開いた。
「中がすっごくうるさくってさ。耳の奥がガンガンしちゃって……」
「ホントですね〜。頭がフラフラします」
元気が取り柄のエリカも目をぐるぐると回している。
「同感です」
おとなしい花火などは気分を悪くしたらしく、あからさまにぐったりとしている。
「ったく、あんな中にいられるヤツらの気がしれないね」
さすがのロベリアもあの音の洪水は堪えたらしく、少し青ざめた顔で静かに壁に寄りかかっている。
「だっ、だが、整備班の面々はこの轟音の中で精密作業をしているのだ。我らが遅れを取る訳には……」
ポールアックスを支えにしてふらふらと立ち上がろうとするグリシーヌを、大神が大慌てで止めに入る。
普段なら「放せ、無礼者!」と一喝しそうなグリシーヌだが、そんな元気もなくその場に片膝をついてしまった。
「今度はもっと静かな時に行きましょうね〜」
目を回したままのエリカが、誰に言うともなく言った言葉に、何となく皆が同意する。
金属音の津波に慣れた整備員達はともかく、今までそんな場所にいた事のない彼女達には相当堪えたらしい。自分の目論見が失敗に終わったのを感じた大神は、どうしたものかと思案する。
「でもボクの光武F、ちょっとだけ改造してもらったんだ」
疲れて力はないが、嬉しそうな笑顔でコクリコが言った。
改造といっても大した事はしておらず、単にマニピュレーターの稼動範囲を少しだけ大きくしてもらったという。
コクリコの光武Fにこれといった武装はないので、その分マニピュレーターを自分の手のようにもっと自在に使いたいと思っていたようなのだ。
光武Fが人型をしているのは手が使えるからだし、自分自身の延長と簡単に考えやすいからでもある。あいにくと指は三本しかないが、武器を持つ以外にも手の使い道はいくらでもある。
「私もボウガンではなく、弓を用意して戴ける事になりました。完成は少々先になりますけど」
花火が軽く挙手してそう告げた。彼女の弓の腕前は相当なものなのである。同じ矢を放つ武器でも、弓とボウガンではさすがに勝手が違うらしい。
「グリシーヌも、使い慣れているポールアックスを用意してもらえばいいのに」
花火に言われたグリシーヌは自分の光武Fがポールアックスを持っている様を想像し、
「確かにその方が有難いが、盾を持てなくなる分防御に不安が出るな。単純に装甲を厚くしては動きが鈍くなるし……」
ポールアックスはその名の通り、長い棒の先に斧の刃がついた武器だ。いくら腕力があっても両手でなければ満足に扱える武器ではない。
「じゃあこっちは鉤爪を両手につけてもらおうかね」
ロベリアが両手をガシッと広げてにやりと笑う。ただでさえ鉤爪という物騒な武器なのだ。これでは平和を守る正義の味方というよりは、完全に悪役である。
カッコイイだろ? と皆に視線を送るロベリアだが、そこにエリカが手を挙げて、
「じゃあ、わたしは人間大砲がいいでーす」
「それ武器じゃないって」
コクリコのツッコミに皆がクスクスと笑っている。その様子を見て大神も安堵していた。
彼女達が意識してとった行動ではないが、一応自分の考えていた事を少しは実行してくれていた事が判ったからだ。
どんなに便利でも、既製品では使っているうちに不満が出てくる。その不満を「個性」と言い換えてもいい。
そして、その個性を最大限に活かせる機体が作れれば――。機械が素人の大神もそれが実現した時を想像すると、胸の奥が熱く昂ってくる。
その時こそ、巴里華撃団の真の誕生と言ってもいいだろう。それを目指すのが自分のなすべき事だ。
そこに内線電話のベルが鳴る。一番近くにいた大神が受話器を取った。シャノワールオーナーの秘書にして華撃団のオペレーターでもあるメル・レゾンからだった。
「はい、こちら格納庫……え!? 本当かい!? ……判った、すぐに知らせる!」
大神は荒っぽく受話器を置くと、格納庫の入口からありったけの声で怒鳴った。
「ジャン班長!! セシルさんの赤ちゃんが無事産まれました! 男の子だそうです!!」
辺りは相変わらずうるさかったが、大神の歓びと気迫がこもっていたからだろう。その声は格納庫にいた総ての人間の耳に届いた。
直後、格納庫の中はその機械の音よりも遥かに大きな歓声に包まれたのだ。


その知らせを受けたジャンは格納庫を飛び出した。正確には皆に押し切られたからなのだが、表面に出してはいなかったものの、やはり気になっていたのだろう。その足取りは仕事を終えて酒場に向かうよりも遥かに早かった。
その背中を見送った一同。グリシーヌはポールアックスに捕まりつつもすっくと立ち上がると、
「我々もめげてはいられんな。ジャン班長がいないのだ。少しでも整備の助けにならねばな」
花火もコクリコももちろんエリカも。グリシーヌのその言葉に力強くうなづいた。
ロベリアだけはだるそうにしていたものの、「一人で帰る訳にもいかないか」とぼやいてため息をつく。
そんな一同を見回した大神は、
「よし。巴里華撃団全員、整備の補助に加わるんだ!」
「よぉ、隊長。アタシ達はいつでも万全の体制で出られるようにしておくんじゃなかったのかい?」
力強い号令を茶化すロベリアの言葉。だが大神はその返答を予想していたかのように、
「機体のそばにいれば、すぐに出動できるだろう? 整備の音に負けているようじゃ、砲弾飛び交う戦場でなんか戦えないぞ」
かくいう大神も、華撃団任務以外の実戦に立った事はないが。その返答にロベリアがあきれ顔で、
「そうやってハッパかけようって寸法かい? 見え見えなんだよ、アンタの考えは」
自分を引っかけて乗せようという単純な考えだ。ロベリアでなくとも見抜けるだろう。しかし彼女は、
「ま、今回は乗せられてやるか。寝るにはまだ早いしな」
壁の時計をちらりと見て、わざとらしくあくびをする。
「では各自、自分の光武Fの元へ向かう事!」
「判りました〜」「心得た」「うん、判った」「はいはい」「判りました」
各自バラバラに返答をし、言われた通り自分の機体の元に向かった。
整備の補助といっても、機械の知識がない以上やれる事はたかが知れていた。
だがそれでも彼女達は自分なりに質問し、意見を出し、協力して修理が進んでいく。
しかしそれでも、整備班長たるジャンがいないためか、どことなくノリが悪い。いつもはうるさいだけの「ウダウダしてる奴ぁ、セーヌ河にたたっこむぞ!!」という怒号がないと、どこか寂しく感じてしまうのだ。
ところが。その直後、格納庫内にけたたましい警報が鳴り響いた。
『パリ13区オーステルリッツ駅に蒸気獣・ポーンが出現!』
メルのアナウンスを聞いた大神は小さく舌打ちする。自分の光武Fだけ、まだ完全に修理が終わっていないからだ。装甲に使われる特殊合金・シルスウス鋼の到着が予定より遅れたのが原因である。
だが他の隊員の光武Fは、どうにか修理が終わっている。出撃するしかない。
大神は、警報に負けない声で一同に命令する。
「巴里華撃団・花組、出撃せよ!」
『了解!』
力強い号令に、華撃団の五人の少女の返答が綺麗に重なった。

<後編につづく>


文頭へ 戻る 進む メニューへ
inserted by FC2 system